Masashi’s Web Site Memo@はてな このページをアンテナに追加 RSSフィード

研究
4年生のための研究生活ガイド〜物性実験編〜(→B4、M1向け)
磁性物理掲示板 3(→東工大物理の田中研の掲示板)spinリスト (Twitter)(スピン系の研究者(?))
ESRの直接遷移 磁気共鳴における線幅
研究以外
Memoの下書き(→本の感想、体重情報等)本の感想リストアニメ感想リスト
[寒剤](→寒剤業務に関わる情報)高圧ガス保安法覚え書き
Togetterおすすめ
◇お奨め漫画 完結(?)連載中
大岡山飲食店 自由が丘飲食店 目黒駅飲食店 新宿飲食店
『新版 固体の電子論』(斯波弘行)の取扱いについて

2012-03-30(Fri) 試行錯誤の経験があるかないかが問われています

2012-03-28(Wed) あの人は、わたしと時間を共有することに意味を見出してくれるかな?

[]学会会場で食べたステーキ屋さんのランチ

f:id:fujisawamasashi:20120325121602j:image

f:id:fujisawamasashi:20120325121552j:image

1000円でした。美味しかった。コストパフォーマンスが良かったです。

[]学会はこんなポスターでした

左側が今回の新しい発表。右側はおまけで、1年前の学会で発表しそこなったお話です。

f:id:fujisawamasashi:20120324101615j:image


おまけをよく見ると[(:3[__]というのが見えます。

f:id:fujisawamasashi:20120324101629j:image

[]関西学院大学

学会の時に撮った写真。綺麗なキャンパスでした。

逆光ばっかりですねー。

続きを読む

2012-03-27(Tue) あなたの試行錯誤の結果? それとも、他人からもらった結果?

[]「「放射線の強さ」は距離の二乗に反比例する?」 (田崎晴明)

放射線原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

放射線の強さ」は距離の二乗に反比例する?」

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/details/InvSq.html

めも。


なんか電磁気学の勉強を思い出す。

[]第8回ESR 入門セミナー

http://www.sest.gr.jp/2012/02/8esr.pdf

日時:5月18-20日

場所:八王子セミナーハウス、

申し込み締め切り:4月16日

2012-03-26(Mon) 謝罪や叱責も、意思疎通や交渉の一部

[]「16. 科学とその退廃 (2012/3/25)」(牧野淳一郎『811ノート』)

http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/811/note017.html

話を原子力にもっていくと、GX よりもさらに悲惨な開発失敗の歴史が続いています。「新型」転換炉は原型炉ふげんが「成功」したあと実証炉が計画されましたが、あまりの高コストのため中止となりました。高速増殖炉にいたっては原型炉「もんじゅ」が 1991 年に試運転が始まって 20年以上たった現在でも度々の事故のため本格運転にいたっていません。

再処理工場についても同様、10年以上にわたって「試験」が続いています。

要するに、実現性が限りなくゼロに近い上にお金の問題で到底無理、と上の方で判断しない限り、一度動きだした何かは「成功」するまでとまらない、というのが、旧科学技術庁の所管であるところの宇宙・原子力分野における過去数十年の実態であるわけです。高速増殖炉、再処理工場、GX ロケットのどれをとっても国費でまかなうことで初めて可能になったものであり、莫大な国費を浪費しただけにおわっています。

うーむ。

こういうのって、どうすればいいんだろう?



下記の点も面白い。

しかし、そうはいっても原子力に固有な事情はあります。当初から民間主体では事故があった時の補償が不可能であることははっきりしており、そのために原賠法が作られて電力会社の負担に上限を設定したわけです。この上限の存在の結果、電力会社による電力コストの見積りは本質的に無意味なものになり、さらに安全性のために努力することも、本来はリスク低下からコスト減につながるはずのものが、コスト増としか認識されなくなったわけです。このため、電力会社にとっては、事故のリスクがなんであれ、安全対策をなるべくしないで原発をどんどん建設し、運転することが合理的です。

また、そのように潜在的な危険が大きいものの建設を進めるために電源三法交付金制度が導入され、原子力発電所を新規建設したところには莫大な税金が流れ込む仕掛けを作っています。このため、一度原子力発電にコミットした地元自治体が意志を変えることは極めて困難になっています。つまり、官僚機構の生態を制度化して地方自治体に移植しているわけです。




下記も参考。

牧野淳一郎『811ノート』

http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/811/face.html


こっちも参考。

「学術的ロボット研究の問題点について 産業技術総合研究所 荒井裕彦」

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20101108/p4

2012-03-23(Fri) 叱責する側も、される側も冷静であるべき

2012-03-22(Thu) 長い目で見て、プラスになることが大事だと思う

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その13

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120321/p3 の続き

論文でもなんでも良いですけど、文章化することの意味はなんでしょうか?」と聞いたことがある。


先輩には、「質問したら負けだ」と言われたことがある。そのアドバイスはもう少し早く欲しかったかもしれない。でも、そのアドバイスを聞いていても、あたしの行動が変わったかどうかは微妙だけど。たぶん変わらなかったのではないだろうか。


アドバイスというものはいつも後になって意味が分かるものだ。「負け」が意味するものについても。


「(論文を書く目的は)仕事だからですか?お金になるからですか?地位、名誉のため?自己顕示欲ですか?」とあたしは問う。

「ふむ、そうかも」と先生は言う。続けて、

「でも、『自己顕示欲』という言葉はちょっとネガティブバイアスがかかっているかもね」と言った。


ある行為について、いろいろな捉え方ができる。いろいろな比喩で表現できる。前に先生が科学の理論と地図を比較したように。


「書くのは面倒だ。本当に面倒。嫌になる」といきなり先生は言い始めた。「世の中には書くのが好きな人もいるね」とあとで補足していたが。


「でも、いろいろ良いこともある。自分の論理の穴が見えるようになる。弱点を知ることができる。強みも分かる。書くという行為は客観を手に入れるための一つの方法だと思える」

そういうものかもしれない。


「書く過程で、新しい事を思いつくこともある。書くことにより自分自身に印象づけることができるね」

言われてみれば、思い当たるところはある。



先生にとっては、論文を書くことは「お手紙を書くこと」らしい。誰かに情報を伝えるための。時と空間を超えた誰かに伝えるために。


あたしたちは過去から膨大なメッセージ(「情報」という言葉の方が適切かもしれない)を受け取っている。意識して受け取る物もあるし、無意識に受け取っている物もある。その受け取ったメッセージや情報をそのまま伝えたり変質させて伝えるように体ができている。


自然に何かを継承し、それを誰かに受け渡す。

だから、「論文を書くことは自然なこと」と先生は言っていた。


でも、あたしには自然には思えなかった。質問の仕方を変えてみることにした。

「なぜ、あたしに論文を書くことを奨めたんですか?」と。

「『論文にする価値があると思ったから』では駄目なの?」と先生は答えた。

「えっと、"あたし"が、というところが大事です」

「そうだねえ。どうしてだろうねえ」と先生はのんびり答えた。


論文を書く過程で、過去の人々の営みに触れる。論文を投稿する上で査読が入ることにより、今生きている人達との対話ができる」

対話自体の価値、対話より生まれる価値があるということかな?


「そして、未来の人達がそれを読むこともある。自分ががんばって考えたこと。それを誰かが理解してくれるのは単純に嬉しいことだよ。そして、その人達が新しい結果を出してくれるかもしれない。それもまた嬉しいことだと思う」


綺麗な景色を見て、それを自分の大好きな人にも見て欲しいって気持ち。自分の大好きな人に、綺麗な景色を見せてもらえる嬉しさ。そういうのが世の中にはあるのだと思う。


その時の先生の答えについてすぐに納得できたわけではない。でも間違っているとも思えなかった。だから、あたしにとってその答えが正しいのか?どれだけ妥当なのか?については、これからも論文を書き続けることによって考えようと思った。



続いて、先生は「論文は杭みたいだ」と言った。


「崖を登るときに使う杭。そして、杭には人の名前が彫られている。途中までは、十分に信頼がおける杭を使ってある程度の高さまで登ることができる。どれが信頼できて、どれが信頼できないかはある程度はわかる。でも、高い場所に行くと、信頼できる杭がどれか分からなくなる。ちょっとの刺激で抜けてしまう杭だってある。そういうのに多くの人が騙されて落ちてしまう。そんな中で信頼できる杭を見つけて登って、新たな杭を崖に打ち込む。そしてその杭を使って登ることにより、新たな景色が見える。自分が打った杭を使って誰かが先に進んで、新たな杭を打ってくれると、なんか嬉しいんだよ」


そして、さらりと次のように言った。


「あなたもその楽しさや嬉しさが分かる人だと思ったから。だから論文を書くことを奨めた」


そう言われて、その時あたしは黙ってしまった。ちょっとうつむいてしまい、視線を相手からそらしてしまった。


あたしはその時どんな表情をしていたのかな?

・・・分からない。


覚えていることは・・・。

何か頭の中でぐるぐる回っているみたいな。

頭が熱を持っていた気がする。

胸が締め付けられるような感じ。

呼吸するのが少々苦しくて、ちょっと気持ちがふらふらするような。


あたしは、その時どんな気持ちだったかな?

しいて言えば複雑な気持ち。

「その14」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120405/p1 に続く。

2012-03-21(Wed) 謝る側も謝られる側も、冷静であることが大事かな

[]日本統計学会創立75周年記念出版『21世紀の統計科学』(全3巻) 増補HP版 (2012年1月)

http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/atstat/jss75shunen/

2008年に日本統計学会75周年記念出版として刊行されました国友直人・山本拓監修『21世紀の統計科学』(全3巻)の増補版を,日本統計学会のホームページを通じて提供することとなりました.本書の増補版のオンライン公開が統計科学の今後の発展に資することを期待しております.

第I巻 社会・経済統計科学 (国友直人・山本拓編)

第II巻 自然・生物・健康の統計科学 (小西貞則・国友直人編)

第III巻 数理・計算の統計科学 (北川源四郎・竹村彰通編)

ただ!

[]New to Oxford Journals in 2012

http://www.oxfordjournals.org/our_journals/ptep/

Progress of Theoretical and Experimental Physics (PTEP) is a new international journal that publishes articles on theoretical and experimental physics. PTEP is the successor to Progress of Theoretical Physics (PTP), which will terminate in December 2012 and be merged into PTEP in January 2013. PTEP will be a fully open access, online-only journal published by the Physical Society of Japan.

めも。

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その12

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120320/p1 の続き

論文が掲載された後、先生に、何故あれを投稿するべきと見なしたかについて尋ねてみた。


「価値があると思ったからだよ」と、先生はとっても軽い調子で答えた。


どういうところに価値があるとみなしたのだろうか?何故先生はこれを面白いと思ったの?どういう基準でこれが論文に値すると思ったのだろう?膨大な背景知識からそれが面白いと直観したのだろうか?先生の琴線に触れたのかな?それならどういう点で?これらは今までずっと思っていた事。あたしのうちに秘めていたこと。あたしは、その疑問を先生にぶつけてみた。


「まず、着眼点かなあ」って言われた。


「あとだね、あの簡単な数式。とっても初等的だよね」

「うんうん」と先生は勝手に頷きながら言う。


「最初、『あれ?』って思って。『変だなあ』って、思って。『やっぱりいいのかな?』って思って。『何であうの?』って思って。『もしかしてこれは凄いことかも』って思って。『でも当たり前だな』って思って。『でもなんでこれに誰も気がつかなかったわけ?』って思って。『この方法論はいろいろな所で適用できそう』って思って。そういうのが頭の中をぐるぐる回っていたと思う」

何か、遠くの方を見つめるような、そんな表情で先生は言う。

新しい知識を得たときに、あたらしい謎が生まれたときに、頭の中でなにかがぐるぐる回っている感覚というのはあたしにもわかる。ある程度整合的だった物に、新しい要素が組み込まれることにより整合的ではなくなることがある。今までの自分の持っていた知識体系を大きく変化させなくてはいけない時に感じる感覚。


「最初に、とにかく驚いた。そして美しいと感じた。そして、これはちょっと時間が経ってのことだけど必然だなって思えた。なんでこんなの単純な事を、僕も含めて誰も思いつけなかったんだろうって思った」

先生は右のこめかみに右手の人差し指をあてて、少し目を細めている。それは、何かを思い出そうとするときに先生がする動作だったと思う。

あの当時、先生がそんなふうに思っていたとは・・・。あたしの想定外だ。

先生は軽く目を瞑って、ゆっくりと話した。

着眼点と数式以外はねえ。当初のレポートは、論理展開もめちゃくちゃだし、図とかもわかりにくかった。あのままでは駄目だった。でも、扱った問題は面白いと思った。扱った手法は誰しも考えるものとも言える。でも導出した微分方程式がやっぱり面白かった。前提条件とか間違ってたし、途中計算も間違っていた。でも結果の式はあっている」

論文を作成する段階で、過去の文献を当たったりしながら、いろいろあたしも考えたし、先生ともその後何回も議論を行った。もう間違いだらけだと言って良かった。でも、最後の結論の数式だけは紆余曲折を経た中でも最後まで生き残ったのだ。

先生は続ける。

「扱う主題、そして結果が良かった。新しい道が開けるような。フロンティアを発見したようなそんな気持ちだねえ」

これはちょっと大げさかもしれない。先生は誇張気味な時があるのだ。


「何回も言っているけど、研究者の仕事は"問題を発見すること"。大きすぎる問題に対しては、それを解決するための"別の小さな問題を発見すること”、でも良いよ。"解く事ができるものに帰着すること"も、大事な仕事だね」

それは、研究を続けていて感じたことの一つでもある。


「誰も問題だと思っていなかった問題。数理化できない問題だと思われていた物。あなたは数理化できると直観し実際にやってのけた。そこがすばらしい」

自分が考えた問題にはとっても愛着がある。でも、それがどれくらいすばらしい事なのかって言うのはいまいち掴めていないところもある。でも、先生にとっては、すばらしいと思えることのようだ。


「図の作り方や論理展開についてはある程度は他者の力を借りれる。でも、問題点を気がつくことだけは他人の力を借りることができない。そこが最も大事な所だよ」

試験とは違う事。いろいろな人の力を借りても良い。でも、問題を見つけることは誰も助けてくれない。それが研究者研究者じゃない人を分かつ基準だと思う。


「複雑な何かから、そこに面白い何かがあると直観し、大事な要素を抽出し、とにかく力尽くで結果を導く。洗練されるのはまた後でも良い。あなたのレポートを最初に見たときに、そういうスピリットみたいなものを感じてやっぱりびっくりしたんだ。そういうのができる人が、どういう経緯か知らないけど、ここにきたんだなあって」


そんなふうに先生はあたしのことを思っていたのか、ってあたしはその時にびっくりした。不覚ながら、じーんときた。「長い付き合いでも、相手が自分の事をどう思っているかを案外聞く機会はない」ってそのときに思った。



先生は本当にびっくりしたのかな?

基本的に、先生は故意に嘘は言わない。でも、前提条件を明確にしないことはある。それは、先生にとって当たり前すぎるからだろう。「これって、こういうことですか?」とあたしが質問してみると、「こんなことも知らないの?」と、呆れ顔で言われることが何度もあった。そういう返答にカチンと来ることも多かった。答えを聞いた後も、「そんなのわかるかよ!」と毎回のように思っていた。でも、時間が経ってみれば、先生が「こんなことも知らないの?」と言った理由もわかる事が多い。昔の事を思い出して、「不勉強で思慮が足りませんでした、ごめんなさいごめんなさい」と頭の中で謝っている。直接謝らないのは、時間が経ちすぎて今さら感があるから。


先生は思っていることを比較的ストレートに言う。でも、ストレートに言われたことがそのままあたしに理解できるかと言うと、また違う。あたしが考えるための手がかりだと思っていつも聞いている。結局理解という物は、自分の頭の中でするしかない。


先生は本当にびっくりしたのかな?昔の事だし、先生の考えが変化しているって可能性もある。でも、印象深かった事であるならば、本当にそのときにびっくりしたのかもしれない。

「その13」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120322/p4 に続く

2012-03-20(Tue) 謝るさいに、公正な第三者に近くにいてもらうのは、時に有効

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その11 

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120318/p1 の続き

新しいところはあんまりないです。

「それでだね」と先生が言ったところで、あたしの意識が戻ってくる。また別のことを考えていたらしい。


「…conclusion(結論)に関しては、もう少し再構成が必要ではあるが、まあ、必要な項目はこれで足りるだろう」と先生。


あれ。いつの間にか結論?何か、他にもたくさんの事を言っていたような気もするが、途中であたしの頭は聴くのを拒否したようた。オーバーフローかも。これ以降が記憶に残っているのは、先生が恐ろしいことを言い出したからだ。


「きちんと論文になったら、是非とも有名雑誌、例えば"Falling Love Affairs (FLA)"に投稿しようよ。"Phenomenological Research of Loves (PRL)"や、"Nature -love technology-"とかも良いかも」と先生は喜々として語った。こんな目をキラキラさせた先生を見るのは初めてで、なんかいろいろな意味で眩しい。


有名な雑誌は・・・。いやいや、無理でしょ、こんな適当なレポートをそんな有名な雑誌に載せるのはさ。


そして、いろいろな紆余曲折があったものの、けっきょくあたしはレポートを論文としてまとめることになったのだ。



論文を書くにあたって、先生にいろいろアドバイスをもらった。そして時間はかかったものの投稿までこぎつけた。さて投稿したのだけれど。思った通り、この論文が世に出るまでもの凄く時間がかかった。先ほど述べた有名雑誌は全て、reject または放置をくらう。


「面白い結果ではあるが、general interest(「一般的興味」と言う意味かな?)ではない」とか。「既に似たような結果がある」とか、定番のreject(不採用)文章。こいつら、絶対読んでいないんじゃないか?と思わせる掲載お断り文章が目白押しだった。


こういうふうに無視に近い扱いを受けると、最初は乗り気ではなかったあたしも、早くこれを世に出したいと思うようになった。まあ、人様に見せるためにさんざん苦労したから、その苦労が報われたいとささやかながら思うようになったのだ。あくまでも有名雑誌に拘る先生をなんとか説得し、ちょっと(?)マイナーな雑誌に出すという妥協をすることにした。


その、なんとか投稿したところが"Abnormal Nature of Humanity"という、ローカルかつマイナー雑誌である。


マイナー雑誌なのに(失礼)、5人も査読者がいた。ありがたいことに、5人全員が、早期の出版を進めてくれた。もちろん細かい修正ポイントはいくつも指摘されたけれど。


「この論文誌が消えることはあってもこの論文は不朽であろう」とか「この論文に報告された内容の経済効果は計り知れない」とか「人類は新たなる問題を発見した」とか「この研究成果を世に知らしめることにより、10万人規模の雇用が発生する」とか「論文を読んで涙が出たのは、18年と3ヶ月ぶりだとか」とか、あまりにも大げさなものや荒唐無稽な評が多くて、これは褒め殺しならぬ、褒め褒め大殺戮だなと思った。


もう少し内容に踏み込んだコメントとしては、

「男性の拒絶の言葉が回文で、それが500字を超えていることなどは、特筆に値する」とか「女性の多重入れ子構造の"だじゃれ"を使った引き留め行為は、見ていて切なくなり泣けた」とか「あれだけ真摯に言葉をぶつけ合っている二人は何にもわかり合えていない究極のすれちがいぷっりは凄い」とか「お互いに好きとか愛しているとか言っているのに、それにお互いだけはどうしても気がつけないで、不安な気持ちになり、さらに言葉を練って相手にぶつけるけど、それは、どんどん遠くに離れていくのと一緒。愛の滑稽さを表している」とかまあ、あたしが頑張っている点についても一応見てくれていたようで少し安心した。


妙に解析方法について、詳しく突っ込んだ査読者もいて、これはとても勉強になった。「有限個で一応の解は出たけど、無限の時はどうするのか?」とか批判的なだけではなく、有意義な提案をしてくれてありがたかった。「べき関数か、指数関数的減衰かという解釈だけど、それは指数関数とべき関数の積では解釈できないのか」という指摘もあった。これが、あたしの研究テーマをさらに進める事になるのだが、それはまた別の話である。


査読という行為の中に、創造的でかつ教育的なことをする人もいる。それを初めて知った。「(まったく関係ないけど)査読者の論文を引用しろ」とか、つまんないことに難癖付けたり、故意に査読を遅らせたりとか、査読行為にそういう悪いイメージを持っていた過去のあたしに対して、現在のあたしは猛省を促したい。


そして、科学への真摯な想いをあたしは感じた。学術にたいする誠実さと言い換えても良い。それは、それを体験できただけで、あたしは生きていた価値があったって思うくらいものだった。(先生からは感じなかったのかというと、身近にいると駄目な面もたくさん見てしまうから・・・。駄目人間の仲間として共感できる部分はたくさんある。同志といっても過言ではない、とか言うと過言である。尊敬できる部分もないわけではない。念のため)


別にこれをみんなに分かって欲しいと思っているわけじゃない。とにかく、あたしはそれを知って安心したのだ。世界に、こんな面白いことを考えている人達が数人いるだけでも、この世界は生きるに値する。

「その12」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120321/p3 に続く。

2012-03-19(Mon) 相手の状況を十分に考慮して、謝ろう

[]QMKEK 量子論の諸問題と今後の発展

http://www-conf.kek.jp/QMKEK/

平成24年3月16日(金)17日(土)

高エネルギー加速器研究機構(KEK)研究本館小林ホール

こういうのがあったんですね。


http://www-conf.kek.jp/QMKEK/poster.pdf

ポスター発表のプログラムを見てたら、「量子」という名前の人がいてちょっとびっくり。

[][]「エリート留学生寮を事業仕分け 漂流するグローバル人材獲得政策」

http://diamond.jp/articles/-/16639

グローバル人材という言葉にはネガティブな印象を持っている私ですが、それは置いといて。


良い人材が欲しかったら金がいると思う。海外から良い学生を集めたいのなら、秋入学とかより、衣食住と医療を保証するのがよっぽど良いと思うよ。


そして、日本のことを知ってもらって、日本に友人をたくさん作ってもらって、できれば日本に愛着をもってもらう。その後は、日本で暮らしてもらっても良いし、帰国してもらっても良いし、間を取り持つような職についてもらっても良い。

そういうのが日本の今後のプラスになるのだと思う。

2012-03-18(Sun) 謝罪のさいに、本当の理由を言わない方がいいこともある

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その10

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120317/p1 の続き

あたしはマグカップに紅茶を入れて先生に渡す。自分の分も注ぐ。


先生は、軽く紅茶の匂いをかいで、一口だけ紅茶を飲んだ。そして論文の話をはじめた。

「discussion(考察)に関してね。新しい演算子提案。このフレームワークは十分妥当だと思うし、これに対応する状態もなかなか画期的で良いと思うよ。ただ、やっぱり思い入れがあるせいか、他の人にはわかりにくい感じがあるかな。独りよがりの感は否めないな。それぞれの線形独立性の証明が成されていないし、各ベクトル間の重み付けも規格化も不十分だと思う」

さっきから、さんざんわかりにくいとか言われているし、駄目だしをされまくっている。どの点で批判するかが、研究者としての着眼点を反映しているはずなので、批判意見をきちんと押さえることは、自分の指導教官評価することにもつながるかも、とか関係ないことを考えつつ聴いていた。


「一般的に考察は何を書けば良いのですか」と、一応聞いてみる。

先生はこんな感じで答える。


「近い研究結果との比較、検討はあると良い。まあ、どこかに君と同じくらい頭のおかしな人はいるはずだから、きっと似たような研究成果はある。そして、君の研究は実体験よりからの解析だけど、もう少し理論よりの研究があるはずだから、そっちを探してそれとの比較。さらに、introductionで書いたことと対応づけることが必要。「一つの答えを出した」なり、「その出した答えをもとに新たな問題提起ができる」というのでもいいかな」


先生の話を聞きながら、あたしは紅茶の匂いをかいでいた。紅茶のおかげで間を持たせることができるかなあ?などと、紅茶に対して失礼なことを考える。


先生の言う、「頭のおかしい」は褒め言葉だというのは、後に先輩に聞いた話である。あたしは、誉めるとか貶すとかそういうそういうこととは関係無しに、事実として「あたしの頭はおかしい」とうすうす感じていたので、別にそのポイントについては苛立つこともなく嬉しがることもなく、ふつうに聞き流したような気がする。


先生は紅茶をもう一口飲んで、さらに話し続ける。

「ちょっとresultsの話に戻るけど。やっぱり、図や表はもう少し綺麗に作らないとだめだね。論文の顔なんだから。論文の文章が引用されることはなくても、論文の図はいろいろな所で引用されたり言及されたりするもの。だから、ここは絶対に手を抜いては駄目。研究者としてのセンスが問われるところの一つでもあるから。図の大事さを説明したら何日でも語り尽くせない気がする」

「うーん、そうですか」とあたし。

図に対するこだわりは先生の部屋を見れば分かる。

あたしはまた部屋の中をぐるりと見回した。

「その11」http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120320/p1 に続く

2012-03-17(Sat) 失敗直後は頭が混乱しているから気をつけて

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その9

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120314/p1 の続き。

また妄想に陥っていたあたしを先生の声がサルベージする。

「ちょっとお茶でも飲もうか」と言って先生がこたつから出ようとしたので、「あたしが淹れますよ」と言ってこたつから出た。

「じゃあ、お願い」と先生は言い、またあたしのレポートをじっと見つめる。


温まった体に、こたつの外の空気は快い。畳の端まで行き、そこで靴を履いて流し台とガスコンロがあるところまで歩いて行く。


バルブをひねり、浄水器から水を出し、小さなやかんに入れる。やかんをガスコンロの上において、点火する。銀色の光沢を持つやかんの表面が一瞬だけくもるが、火をつける前の光沢を示す。


目の前の棚の高いところにはマグカップがいくつか置いてある。Maxwell方程式が書いてあるマグカップと、オイラーの公式が書いてあるマグカップを取り出す。黒い紅茶缶から適量の紅茶を取り出し、丸形のガラスのティーポットに入れる。お湯が沸くまでちょっと周りを見渡す。


棚にはマグカップ以外に置物がある。手のひらサイズの小さなうさぎの置物がふたつ。ちょっとデフォルメされている。色は黄土色。片方はティッシュで洟をかんでおり、片方は白いマスクをしている。あたし基準ではとっても愛らしい。ぎゅーっと抱きしめてやりたいくらい。でも、あたしもいい年の大人の女性であるのでそんなはしたないことはしない。・・・異論はないね?


自分で言っていて異論を思いついた。大人の一部の(多くの?)行動を見て「はしたない」と思う事があたしには多い。ある組織内の地位に由来する権力を使って「えげつない」ことをする人もいる。他にも「なんでこの人達はこんなに傲慢なんだ?」と、思う事も多い。


「ぎゅーっと抱きしめる」のは、はしたないうちには入らないかな? 今までの基準を弛めることにしよう。ちょっと前に流行った規制緩和というやつだな。規制緩和というのは、その内実をきちんと考えないといけない気がする。どのような波及効果があるのかも押さえておきたい。上品な謳い文句や、綺麗な字面だけを見て、中身はドロドロしているということはありそうだ。


右斜め前に、50cm(縦)×30cm(横)くらいの鏡があり、あたしの姿を映している。どちらかというと卵型の顔。肌は普通の人に比べて白いかもしれない。薄い青縁の眼鏡をしている。緩いウェーブがかかった黒い髪を、銀色の髪留めで留めてある。ポニーテールと見えなくもない。ひたいと耳は隠れていない。瞳は薄墨色をしている。耳は普通の人より大きいかな? 白いセーターに小さな銀色の鎖のネックレス。ついでに黒っぽいジーンズをはいている。身長は最近計測していないけど、165cmくらいかな。日本人の女性の平均身長より高いと思う。靴はスニーカーで、歩きやすさ重視。先生はサンダルを履いていることが多いかな、ってちょっと思い出す。鏡の中で動きがあったので、背後を見る。先生が窓際においてある植物に水をやりながら、外を眺めている。


水が沸騰しはじめたので、火を消す。やかんからティーポットにお湯を入れる。紅茶の葉にお湯を注いでいる時の匂いがあたしはとても好きだ。紅茶を飲むこと自体よりも、淹れているプロセスが好きかもしれない。その次が紅茶を最初に口に含む瞬間。口と鼻の中で、匂いがふんわりとひろがるあの感覚はとっても好きだ。緊張がほぐれて心地よくなり、優しい気持ちになる。紅茶を飲んだときに、今まで緊張していたとか疲れていたとか、そういうのの認識ができる気がする。


紅茶は本来ティーカップに入れるべきだろうけど、ここにはそういう洒落た物がないのだった。プラスチックでできた丸く白いお盆を取り出し、マグカップとティーポットを載せて、掘りごたつまで運んでいく。先生はどこからか、チョコクッキーを出してきたようだ。先生と長い間話していると、いつの間にかお菓子がでてくるような気がする。


論文を書くのをますます断りづらくなっているのかもしれない。外堀を埋められつつあるような気がする。研究室に所属したときに、「先生の話に付き合ったら負けだから」と、先輩が助言してくれた。ただ、「負けることが悪いことなのかはよくわからない」とも、何かちょっと困った顔でその先輩は言っていた。

「その10」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120318/p1 に続く。

2012-03-16(Fri) 謝る前に、誰かに相談すると良いよ

[]講演会「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」の記録

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/kashiwa20120310.html

メモ。

2012-03-15(Thu) どういう釈明が有効か、少しは考えて

[]「ユニファイ規格ねじの豆知識」

http://www.tokusyu-neji.jp/Unified.htm

ユニファイ規格のねじはアメリカ国内を中心に使用されていて、徐々にISO規格の広まりによって使用範囲が少なくなる傾向にあります。

サイズの基本寸法がインチのため、インチねじとも呼ばれています。

メモ。

2012-03-14(Wed) パートナーがいれば、もっと先に進めるのだろうか?

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その8

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120312/p1 の続き

依然として、先生とあたしは掘りごたつに入って向かい合っている。


そういえば、先生がスーツを着ていることはほとんどみたことがない。夏場はTシャツにジーンズとかだし、冬場は青灰色の作業着を着ているのを多く見かける。基本的に動きやすく、汚れても良い服が好きみたいだ。髪型とかも気にしていないように見える。とっても短め。「もう少しお洒落に気を遣っても・・・」とは、あたしは考えない。教育者にとって外見が大事とは想定はできる。でも、この先生はこの先生なりの方法論でやってきたわけだし、別にこのままでも不具合はないじゃないか。


「いくつかの事に気をつければ、今よりかは外見的に魅力的になるだろうな」とも想定できる。でも、そういう指摘をするのって、あたしとしては苦手。配偶者友達、同僚等に言われているようなことかもしれないし。そういうことを、指摘するような・指摘できるような、関係ではない、とも言える。


その種の「助言・指摘・質問」することによって、あたしが測られるという側面もある。例えば「どんな質問するか」が、その人の価値観(の一部)を示す。


血液型を聞かれて答えたら、「あなたはこんな性格だね〜」と言われたらげんなりする。血液型性格診断からの自衛のために、血液型は秘密にしている。輸血や献血のためには秘密にはしないけど。血液型性格診断はいいかげんに止めて欲しい。止めて欲しい。止めて欲しい。


「質問内容により測られる」という話だっけ。安易な「助言・提言・指摘」をすることにより、先生が持つあたしのイメージが変化するはず。今後の事を考えて、あんまりプラスにならないと判断した。あたしだって、そういう計算くらいする。そういう計算ができない人がたまにいて、とっても素直に自分の事を出しているように見えて、時に眩しく羨ましく嫉ましく微笑ましい。


だいぶ脱線した。まとめると・・・。ようするに億劫と言う事だ。


先生は話を続けているようだ。

「results(結果)に関してはなかなか珍しい結果だし、オープンにしても良いと思う。書き方が一人よがりで、他人の視線を完全に無視しているのが問題。でも、見る人がみれば面白い結果だとわかると思うよ。まあ、グラフや概念図をうまくキャッチーに見せる工夫が必要かな」

と先生が言う。


先生と話していて、ずっとモヤモヤしたものがあった。それは何だろう?と考えてた。あたしは・・・、あたしのまとめたレポートが、あたしなりに面白い。「身近な人に見せる価値くらいはあるかな?」って思えるくらい面白い。こういうことはあまりない。でも、これってさらに多くの人に見せる価値があるのだろうか? わざわざ面倒なことまでして? 前提条件や背景となる情報を知らない人に、面白さを伝えるって、けっこう大変なことだと思う。かなり大変だ。絶望的に大変だ、と言うと言い過ぎかもしれないが。「何かを伝えること」・・・、それは何かの見返りがなくてはやっていられないことだ。


先生は、「面白い」と言ってくれているし、それは「それなり(?!)」に嬉しいこと。でも、先生は、なんでこれをきちんとした論文として出したいのだろう? それが仕事だから? 業績になるから? 自分達だけで楽しいだけでは駄目なのだろうか? 今回の件に関しては、別に国の税金を使った研究じゃない。もちろん、あたしは学生だから、大学院に所属している意味では、公的な援助を受けているとも言えるけど。


これを公にする事に価値があるの? その基準はなんだろう? それが、あたしは先行研究とされるものを知らないことによるものだろうか? 価値があるってどういうことだろう? そんなことを、先生の話を聞くのと同時に考えていた。


それはそれとして。「resultsに書くべき事は何ですか?」などと質問する。

「resultsで書くべき事・・・。分かったことを全部載っければ良いってわけじゃない。誌面ばかりとって無意味。読む人が困るような事をしては駄目。自分の主張との関連性を見きわめ、重要なデータだけを提示すれば良い。質・精度等を吟味する。読者に正確な描像を与えるために必要なものを取捨選択する必要がある」

と答えてくれた。


正しいような気がする。でも、ちょっと難癖をつけてみよう(=質問してみよう)。「質問すること・質問の質」が、相手にあたしの理解度を伝える。

「でも、それだと恣意的になる可能性があるのではないですか」


「確かに、恣意的な面はあるね。でも、なんでもありってわけじゃない。あなたの研究全体の枠組みの中で逸脱するようなデータをとってくることはできない。そして、いままでの先行研究との結果とも、ある程度整合的ではないと受け入れられない。それは、それぞれの研究分野における方法論、哲学、そして美的センスなども関係してくる。この点に関しては、ある程度研究を続けていればわかってくるよ」

と先生は、机の上にある紙に落書きしながら答えた。

たぶん、うさぎの絵を描いているのだと思う。・・・自分で言っていて自信がない。あひるかもしれない。残念ながら(実際の所どうでもいいが)、先生には絵心がないと思う。


絵のことはどうでもいい。

「それは、「使いこなせるようになる」って事ですか?」とあたしは尋ねる。


「まあ、新規でそこそこ正当な論文をかける程度にはなる」と先生。

あたしは

「えっと? それはどういうことですか」

という感じで考え無しの質問を続ける。正直よく分からなかったし。きちんとした論文を書いたことがないのだから、わからないのも仕方がないだろう。


「どこまでが主観でどこまで客観かの線引きは難しい。そして、多くの人は、方法論・哲学美的センスの背景には無自覚。現在正しいとされる考えが、何故正しいのかに対して無頓着。そして、それで良い。自転車が何故倒れないで進むことができるのかの原理を知らなくても、自転車に乗ることはできるね」

こういう比喩は面白いと思う。


いいかげんな質問が続いたのであたしなりに咀嚼して答えるべきと思って、

自転車が倒れない原理を知っているよりも、自転車に乗ることができる方が、一般的な人にとっては幸せかもしれないですね」

という感じで答える。やっぱり駄目かもしれない。


「意味を考えるのは体が慣れた後でもいいと思うよ。ある程度研究を続けてから、あらためて研究における方法論や哲学や美について考えてみると良い。実例を知らないで、理論ばかり考えても多くの場合は不毛だよ」と先生。

「それは分かる気がします。でも・・・」と言いながら、あたしは「ちょっと納得がいかない」ような顔をする。そういう思いを込めた表情をしたつもりでも良い。


「背景知識や常識とされているものに対して、疑問を持ち、筋の良い問いかけをする事ができ、そしてそれが解けた場合に、ブレークスルーが起きる。良い疑問を持つことができるのが、すばらしい研究者であり科学者だよ」

と先生が言った。


「どうすれば良い疑問を持てるのでしょう?」と、安易にあたしは尋ねる。


先生は、「その問題は難しいんだよ」という表情でこう答えた。

「それは・・・、分からない。常識を成立させている条件をきちんと吟味する。『理論と実験』『理論と理論』これらの間に整合的ではない異常があることがある。そこについて深く検討するなどがあるかな。偶然そういうものと出会うと言う事も多い。その機会をできるだけ拾うための方法論の一つが、今の学術の体制だと思う。学術の体制は、国によっても違うし、時代とともに変化する。どれが最良かわからない」


このような話題は、科学の哲学とか科学の方法論に関わることなのかもしれない。限定された誰にでもできる手続きで、白黒つけることができるものも科学の一部だと思う。でも、判断する際に、多くの前提条件が必要な物は簡単に白黒つけることができない。「現在知りうる情報の範囲内では、これこれがもっともらしい」というのも科学の一部だと思える。価値基準の共有が難しいと価値判断が困難になり、それゆえ哲学的論争を引き起こすこともあるだろう。


「多くの有象無象のデータから、どのデータを信頼できる物と見なし採用するべきか?」という問いは科学の分野でいつでもあったのではないだろうか。


何故かダーウィン進化論を思い出した。ダーウィンビーグル号でガラパゴス島に行った。世界中を巡ったわけではない。そこで得た知見が、進化論の補強になった。良い具体例が、理論の進展に大きく寄与すると言う事はあるらしい。何でもかんでも取り込んで全部をまんべんなく考えるよりも、適切な具体例を見出し深く考察することが大事なのかもしれない。

ある人が、「どういうパターン認識の仕方をするか?」「ある対象からどの情報を抽出するか?」は、環境で決まるのかも知れないし、先天的資質で決まるかもしれないし、両方が複雑に絡み合っているのかもしれない。パターン認識・抽出能力は、人の特質・個性の一つだろう。


理論が進めばデータを見る目も変わる。理論を知っているから、エラーデータか信頼がおけるデータかを判断できることもあるだろう。より信頼できるデータが集まれば、理論も変更しなくてはいけないことがある。理論とデータは互いに強く結びついている物だと思う。


恣意的かどうか」の話が出てきたときに、あたしはミリカンによる油滴の実験についての逸話を思い出していた。電子の電荷の大きさ(電気素量、素電荷、elementary electric charge)を求める実験だ。電子の比電荷(電子の質量と素電荷の比率の事、e/m)は高校の物理を習った人なら、どうすればその値を求められるかはわかると思う。でも、素電荷の求め方は、比電荷の求め方に比べて、いろいろテクニカルでマニアックな要素を持っているように思う。素人考えだけど。


電荷の正確な値は20世紀初頭ではまだ分かっていなかったのはなんだか驚きだ。物理量としてとっても基本的な量だし。


ミリカンは油滴実験の結果を丁寧に論文に書いた。何らかの条件でうまく測定できなかった結果についても書いた。要するにやったことを網羅的に書いた。そしてそれは信頼がおけないと正直に書いた。そのために煩わしく本質的ではない論争に巻き込まれてしまったらしい。明らかにあわないデータを省くということをしなかった。理由が分からないけど実験データが変な値になるなんてよくあること。それがおかしいことは分かっても、その理由をきちんと詰められないことは多々だ。


計測したデータを、考えなしにそのまま出す事が誠実だとは言えないと思う。読者が混乱してしまうことがある。ある種の抽出は必要だ。「この測定データは捨てて良くて、この測定データは捨ててはいけない」という基準。それはどのように決まるのだろうか?取捨選択のアルゴリズムが人の頭の中にあることは確かだ。それは経験とか直観とか言われるかもしれない。経験や美的センスと名付けられたものを由来に、「なんとなく大丈夫」とか「なんとなく駄目」とかが分かるのだと思う。「なんとなく」かあ。「なんとなく」というのは、現時点ではコンピューターには任せられないこと、となんとなく思った。

「その9」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120317/p1 へ続く。

2012-03-13(Tue) 「配偶者を見つけろ」って言われても難しいよ

2012-03-12(Mon) 内在する承認欲求を使って、自分を成長させる事の限界

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その7

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120311/p1 の続き

先生はあたしの方を見ながら、「今いる場所から、どんな種類の地図を思いつく?」って尋ねた。


あたしは即興で思いついた地図(?)を言ってみる。

「えっと、どんなのがありますかね。お店の名前が書いてある地図、高さが把握できる地図、植生が書いてある地図、自治体や国の境が書いてある地図もありますね。水だけ取り出しても面白いですね、気体の水、液体の水、固体の水。今は山にいて、沢を流れている水や葉っぱについている水、霧などが気になりますけど、地下にも水脈はあるはずです。時間で変わりますけど、風のながれとか太陽の光の当たり具合でも地図が作れますね。気圧、湿度や温度の地図も作れます。天候を知る図は、ハイキングの時は大事ですね。X-bandの電磁波を空に向けて発してその反射を見ることで、いつ・どのくらい雨が降るかをある程度予想できると聞いたことがあります。動物の現在位置や獣道などの地図も作れます。鉱物が好きな人は鉱物分布とかを知りたいと思うかもしれません」


「時間変化、空間変化するもの。スカラーデータ、ベクトルデータ。精密なもの、過度にデフォルメしたもの。他にもたくさん地図がある。いろいろな地図を知っていると言う事は、いろいろな視点からものを見れると言う事。"客観性とは何か?"と言われると難しい問題だけど、"いろいろな地図を読み解くことができる"というのは一つの切り口かもしれない。地図がたくさんあれば、いろいろなことを予測できる。いろいろなことを制御できる」

と先生が言う。


先生は続ける。

「地図に実際に存在するものを全部詰め込むことはできない。一つの地図は、調べたいあるものに対して有効であることが望まれる。地図は道具の一つで、それぞれの地図で有効範囲が異なる。物理学の素養がある人向けに言うなら、ニュートン力学の有効範囲、アインシュタインの特殊相対論とかが思い起こされるだろうね。ある条件下で、ニュートン力学は十分に正しいって言える。でも、光の速度に近くなると有効性が言えなくなる」

先生はこのとき、電磁気学統計力学量子力学の例についても触れていたけどそれは長くなるので省く。


「理論がどの範囲で有効でどの範囲で有効でなくなるかを考えるのは大事。まっとうな科学者研究者なら、"科学は万能"なんて言わない。むしろ、どの条件下で理論が有効であるかについてとってもsensitive(過敏、鋭敏)だよ。科学は戦うための武器というか道具だね。ある道具を使って仕事をする人は、その道具の性質についてよく知っている。できることとできないことをね」


道具としての科学という視点は先生はよく言われていたと思う。研究者であれ、技術者であれ道具については習熟しておくべきと言う意見だったと思う。「道具は人の手足の延長だ」とか「良い道具は人を鼓舞する」とか言っていた。なんか無駄なものを買う理由になっているような気もしたが、個人のお金の使い方についてはとやかく言うつもりはない。



先生は地図の話すことにのめり込んでいるようだ。まだまだ続いている。

専門家ではない人に『科学ってどんな性質を持つの?』って聞かれたら、『地図みたいなもの』って言うのが良いと思う。地図の読み方って、大人にとっては当たり前かもしれないけど、見たことがない子供にはわからない。地図を渡されても意味がわからないと何にも役に立たない。でも、地図の読み方を知ると、とっても便利になって世界が広がる。必要な物が手に入る。会いたい人と会える。逆に言えば、地図を持たないと何をするのも大変。例えば、地図を持たずに旅行するのはなかなか辛い。そして地図を作る楽しさって言うのも分かってもらえると思う」


「地図を作る楽しさですか?」とあたしは疑問を呈する。オウム返しの疑問は考えていない証拠であると言われたこともある。でも、多くの言葉の中で、あたしが一番気にした点はここだよ、と言う事くらいは伝えられる。


先生はうんうんと頷いく。

「新しい街に引っ越して、いろいろ歩き回って、自分の頭の中に地図を作るの。面白いお店を発見した、綺麗な景色があった、近道を発見した、可愛い猫がいる、風が気持ち良い、とかとかとか。いろいろ。小さい頃、『たんけんぼくのまち』というテレビ番組が好きだった。主人公が配達のために、街を自転車で走り回って、最後に地図を作るの。体験を背景にした地図。あの地図を作っているところを見ると心がわくわくしたし、完成した物をみると自分が作ったわけでもないのに達成感があった。本当に楽しかった」

昔の事を思い出しているようで、先生はちょっと笑顔を見せた。


科学者は、自然や、人や、人工物など、いろいろなものを研究対象にする。それは地図を読めるようになって、新しい地図を作る楽しさがあるからだと思う」

と言って、先生は立ち上がって他の人に出発すると告げた。麓には3時間後くらいに無事に戻ることができた。



別の機会に「うちの研究室は何で山に登るんですか?」と、先生に聞いたことがある。

そうしたら、こんなふうに答えてくれた。


「僕たちみたいな集まりは、物事に対する最適化欲求が強い。一番の近道はどうすればいいだろう?効率的に料理を作るにはどうすれば良いだろう?とかなんでもいいよ。とにかく手続きや情報を圧縮してしまおうと思うんだよね。そういう性(さが)がもともと強い人がここに集まってくるし、一緒にいて勉強・研究することでその性質は強化される」


「確かにそうですね」と私は相づちを入れる。先生は続ける。


「でも、少ない情報しかない時に最適化を行うと、不適切な予想や制御しかできないモデルができてしまうことがある。自分が知っている情報は限られて物であるという認識を持つための一つの方法として、乱雑で簡単には最適化できない情報がたくさんあるところ、山とかにくるのは良いかな?って思ってる。街中も十分に乱雑だけど、日常生活に慣れて当たり前の事になると、思考が働かなくなることが多い。普段は行かない別の場所に踏み込むことによって、見えてくる物って言うのがある」


「そんな理由があったんですかあ」と、ちょっと呆れ気味であたしが答えたら。


「山に登るのは疲れるけど、景色が良いし、体を動かすと気持ちいいし、お弁当も美味しく食べられしねえ」

と言った。そのときも先生はみかんを食べていたように思う。

「その8」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120314/p1 に続く。

2012-03-11(Sun) 「結婚しない、子供を作らない」でいいのなら、気持ちは楽

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その6

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120310/p1 の続き

先生の部屋の壁には周期表エッシャーの絵が飾ってある。さらに、SI基本単位、SI組立単位素粒子表、核種の質量と存在比表、結晶構造の分類表もある。そして基礎定数表も貼ってある。光速プランク定数アボガドロ定数万有引力定数、真空の透磁率、真空の誘電率、電気疎量、ボーア磁子、核磁子、電子の静止質量、電子の比電荷、陽子の静止質量、中性子の静止質量、微細構造定数、ボーア半径、気体定数、ボルツマン定数などが書いてある。「基礎定数は、一見関係ないもの同士を結びつける働きがあるからとっても大事なんだ」と、先生が以前言っていた。「研究する上での指標みたいな物かも」とも。他に、ちょっと変わった図としては、生物の系統樹が載っている。


天井にはいろいろな図が貼ってある。この建物の地図、大学のキャンパスの地図、この街の地図。この国の地図。世界地図。太陽系をモデル化した図。銀河系や宇宙をモデル化した図。ビックバンからの宇宙の歴史を図示したもの。最後のもの以外は2次元の空間に落とし込んだもので、最後のものは空間1次元と時間1次元をモデル化したものだと思った。水を取り去った時の世界地図とかは面白い。海嶺や海溝などがどこにあるかわかる。


これらの図を見ていると、「科学における理論は地図みたいなもの」って先生が以前に言ったことを思い出す。


あれはハイキングに行った時だった。そして道に迷った。その時の言葉だと思う。


「地図(map)は、現実そのものじゃない」

そういいながら、先生は周りの風景をのんびりと見回し、手元の地図に目を落とした。


ハイキングには、先生と助教(29歳、女性)、そして先輩7人(女4名、男3名)とあたしで来た。


助教の人はハーモニカで悲しげなメロディを奏でている。先輩達は双眼鏡で遠くの景色を見たり、虫を捕まえたり、花の写真を撮ったり、風景のスケッチをしたり、木に登ったり、フリスビーを投げたりしている。水たまりに笹舟を浮かべてぼんやりと眺めている先輩もいる。彼・彼女らは、この状況を全く心配しているようには見えない。楽しそうである。


先生は、迷子集団であるあたしたちの状況をまったく棚にあげたような話を続ける。

「現実そのものじゃない。でも、ある種の真実・事実とされるものを表現する」


日が暮れるまではには十分な時間がある。でも、道がわからないままというのはあんまり気持ちが良い物ではない。不安なのはあたしだけだろうか。


GPSで場所が簡単にわかる時代に、誰一人そのようなデバイスを持っていないのもどうかと思う。一枚しか地図がないのもよくない。それを先生に預けっぱなしだったというのも大きな問題だ。・・・などと、自分を棚にあげた愚痴があたしの頭の中で展開されている。自分を棚に上げるのは大得意だ。自分のブーツ(boot)についているツマミ(strap)を掴んで空中に浮かぶことだってできるし。

ブーツに関しては冗談だ。だいたいあたしはブーツはかないし。あたしの冗談はわかりにくいとよく言われる。ここでは冗談であることは言っておこう。でも、冗談の内容に関して説明するのは野暮なので説明はしない。「自明である」とか「読者の問題に取っておく」などとも言わない。「"自明"ってどういうことだろう?」というのはなかなか面白い話だと思う。それは自明ではない。



先生は地図を見たり、目を瞑ったりを繰り返しながら何かを思い出そうとしているみたい。そして、あたしの方を見てこんなことを言う。

「地図の書き方は無限にあり得るかもしれないけど、慣習で一応の形式が決まっている。そして地図においては、事実を抽象化して、分類して、単純化してある」


先生は、「どうしたら帰ることができるか?」「どうしたら今の場所を把握できるか?」を考えていたのではないらしい。いや考えてはいるのかもしれないけど。


そして、

「今、『地図』って言ったことを『科学の理論』に置き換えてみようか」

と言った。


迷子状態の時に地図というか科学に関しての講義(?)がされるとは、ハイキングを始める前には思っていなかった。この先生はただ者ではない。よく、失態の理由を聞くとごまかす人がいるが、先生は別にごまかそうと思っているわけじゃない。素直に今考えている事を話しているだけなのだ。だから余計困るというのはあるかもしれないが。あたしにはまだ修行が足りないのだろうか。


先生は続ける。

「科学の理論って、自然に存在する物ではない。でも、ある種の真実・事実とされるものを表現する。科学の理論の表現の仕方無限にあり得るかもしれないけど、慣習で一応の形式が決まっている。そして科学の理論においては、事実を抽象化して、分類して、単純化してある」


普段なら先生の言っていることを、もうすこし面白がれる気がするが、今は気持ちがちょっと乗り切れない。そわそわしているあたしの不安に気がついたのか、「今の居場所は"だいたい"把握したから安心していいよ」と言って、先生は地図の一点をさした。今まで歩いてきた経緯からなんとなく辻褄があっているように思う。この種の先生の気遣いは珍しいかもしれない。


「辻褄があっている」というのは良いことだ。本当に良いことだ。矛盾がないと言う事も良いことだ。そういえば、「言葉・理論には矛盾があっても、現象・現実には矛盾がない」「事実ではなく解釈に矛盾がある」というようなことを先生に聞いたことがある。矛盾はあたしたちの心の中にあるのかもしれない。



「地図・科学の理論の特徴とか性質っていろいろあるよね。まず、とっても機能的。つまり使いやすい。ある目的を達成する上で役に立つ。でも・・・」と先生は地図について言いたいことがいろいろあるようだ。


先生は近くの岩に腰をおろし、あたしも隣に座るようなジェスチャーを見せた。あたしは先生に近づいてちょこんと隣に座る。


「それを読み取る(解釈する)ためにはある程度の訓練が必要だね。例えば、山登りをよくする人は、山の地図を見て、いろいろなことを把握できると思う。初心者だと、地図をどうみれば良いのかよくわからない。"地図と科学の理論とはとっても似ている"。地図には科学の理論の性質が凝縮されているね」

と先生はあたしの方を向いて言った。

「その7」http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120312/p1 に続く

2012-03-10(Sat) 誰かに恋い焦がれる衝動を使って、自分を成長させる

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その5

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120309/p1

の続き

先生は喜々として話し続けている。

「このmethod(方法)は面白いよね。着眼点に光る物がある。圧倒的に説明不足だけどね。ある程度の前知識なくて、これ読んで理解できる人はそうそういないよ」


まあ、内輪向けのレポートだからね。説明不足ではあると思う。


先生の言っていることを話半分で聞きながら、あたしはまた部屋を見渡す。さっきから部屋を見回してばっかりだ。小さい頃から注意力が散漫だと言われていた気がする。


部屋には大きなホワイトボードもおいてあり、半分はカレンダーで今月及び来月の予定などが書いてある。残り半分には、連絡事項等の紙がマグネットで留めてある。マグネットは可愛いものが多い(あくまでもあたしの主観であるが)。あひるパンダ、猫、兎、羊、猫、犬、カエル、魚各種などなど。この先生はあんまり外見は繕わないが、こういう細かい小物は好きなようだ。


ホワイトボードには数式や装置の図、数理モデルの概念図が書いてある。先生とあたしの先輩達とが、議論の時に書いたと思われる。こういうのを見ると、研究しているんだな、ってわかってちょっと安心する。あたしは研究が好きというよりも、研究をしている人達の持つ雰囲気が好きなのかもしれないってちょっと思う。


迷走していた心を先生の話している話題へ誘導し、あたしは

「(methodでは)一般的にどういうことを書けば良いんでしょうか」

と聞いた。先生は、

「きちんと条件を書くことが大事かな。せめて専門家であれば、その状況を的確に把握できる程度に。どこまで細かく書くかは本人次第ではあるんだけど。どの論文誌に出すかで、つまり対象読者を想定して、詳細な所まで書くべきか、それとも細かい事は省くかを判断する必要があるね」

と答える。


ここらへんが論文投稿を拒否する糸口になるかもしれないと思い、あたしはこう尋ねてみた。

「方法のところで書くべき事はわかりました。普通の科学の研究においては、再現性が大事だと思うんですけど、あたしのテーマだと再現性があまりないと思います。こういうのでも論文として受け入れられるんですか?」


先生は、ちょっと黙って、ちょっと首をかしげてこう言う。

「そういうのが気になるの?いいんだよ、再現性なんか気にしなくても」

「うーん、そうなんですか。科学の研究にとって大事な事なのではないですか」とあたし。

「うん、大事な場合もある。でも全ての場合で大事なわけではない。あなたのテーマだとそんなに気にしなくても良いと思うよ」

と、かるーく言った。


「でも・・・」

あたしは躊躇うような表情を作る。半分演技で半分本気だ。


「みんなが科学というと、例えば物理学とか化学とかを思い出すよね。典型科学とでも呼ぶとしよう。それらは『観察可能』『実験可能』『反復可能』『予測可能』『一般化可能』などの性質があるかな」

と先生はそう言いながら、紙に「典型科学」と書き、さらに性質を箇条書きしていく。


典型科学の性質

 ・観測可能

 ・実験可能

 ・反復可能

 ・予測可能

 ・一般化可能


「あっ。そういうの面白いですね」とあたし。


先生は、それぞれの簡単な説明と具体例をいくつか教えてくれた。それも印象深かったけど、長くなるのでここに記すのはやめておく。

「それぞれの、中身はとっても深いんだけど省略。知りたければ本を紹介するのでそっちで勉強してね」

と先生。


そして、話は戻ってくる。

「全ての科学がこれらの項目を満たさなくちゃいけないわけじゃない。さっきも少し言ったけど、物理学で宇宙の進化を扱う場合は、実験できないし反復もできないよね。生物の進化の研究だって。歴史に関わる科学は、いわゆる典型科学とは異なるアプローチをする。そして、他にも・・・」


「ちょっと待って下さい。それはつまり・・・」

とあたしが遮ると、先生は笑顔でこう答えた。

「あなたのテーマは十分に科学の研究として論文に値するということ」


「うーん、そうですか」と、あたしは眉間にしわを作って答えた。


話を脱線させて、論文を書く事をうやむやにするあたしの密かな目論見は脆くも崩れ去る。強がりを言うなら、この方向で抗っても無理そうな気がしたので、譲歩する。冷静に考えれば、余計逃げ場がなくなってしまったかもしれない。藪蛇というか、犬も歩けば棒にあたるというか。自分の浅はかさは筋金入りだと思う事は日常生活で多々だ。

「その6」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120311/p1 に続く。

2012-03-09(Fri) 言語化して外に出すと、自分が変化するのです

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その4

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120308/p1

の続き

先生の研究の話に戻る。「情報を抽出し、うまく配列し、系統付け、もっともらしい『説明・解釈』をつけるのが仕事」と言っていた。別の言い方をすると「モデルを作る」ことが仕事。何を以て「もっともらしい」と言えるのか、その基準は難しいらしい。すごーい難しいらしい。「何でもありではないが、かなり自由で、自由だから説得力をもたせるのが難しい」とのこと。「ある前提・ある状況の中で無矛盾であること」が必要だと言っていた。「何に帰着させれば良いのか?」に関わる価値判断が難しい・・・らしい。「らしい」が続いているのはあたしがよく分かっていないことを意味する。


あたしはみかんをもぐもぐと食べ始める。味はまあまあかな。柑橘類系では伊予柑とか清見、ネーブルオレンジ、グレープフルーツ等が好きだ。瑞々しいのが好み。


あたしは本棚の方を見る。本は大量にあり、見えている部分の後ろ側にも本が並んでいる。そこにマンガや絵本や画集があることを知ったのは、この研究室に所属してから。内容的に、あたしと趣味が合うと言えなくもない。子供向けを装い、実は大人も楽しめるちょっとブラックでえげつない絵本のコレクションを見たときにはちょっと嬉しかった。ある種の禁忌を取り扱った本。読むと気持ちがぞわぞわするというか、背筋がさわさわするというか、毛を逆撫でされるような感じがする本が世の中にはあったりする。子供には読ませたくない本?いや、子供にこそ読ませたい。子供に読ませたいが、子供にはもったいない。子供にはその贅沢さがわからないだろう。


人間の営みの中で、研究というのも贅沢なものの一つだと思う。余裕があるから贅沢ができるのだ。ある価値観からすれば、贅沢というのは、無駄なものという事だろう。あたしの最大の贅沢はなんだろうか?って考えたりしたこともある。よくわからない。「どういうのを贅沢だと思う?」という問いは相手の価値観を知る上で面白いかもしれない。


西側には広い机が2つと椅子が1つ。机は白色だ。椅子は黒色。椅子の値段は10万円と言っていた。あたしみたいな貧乏な学生からすると、目の飛び出る値段。「不本意ながら椅子に座る時間が増えたから買った」と先生は以前言っていた。事務仕事が増えて研究する時間が少なくなったことをいつもぼやいている。先生が言うには、某研究所の会議室の椅子はなかなかのお値段で、一つ当たり50万円くらいするとか。なんか違う世界があるようだ。会議の時だけ使う椅子なのに。


先生は、掘りごたつは研究をする場所、普通の机は事務仕事をする場所、と分けている。気持ちの問題だと思う。でも先生にとっては大事な事のようだ。先生が言うには、「研究は強制されてやるようなものではない。だから、何かを理解したい・解明したいという強い気持ちが大事なんだ」そうだ。でも、「その気持ちがいつでもあるわけではない」とも言っていた。雑務をやって疲れて元気がでないこともある。安易な誘惑に誘われて研究をしないこともある。こたつに入ると研究するぞ、と思えるのだとか。ちなみに、こたつに入っても研究できないときは寝る。ともかく、眠かったら寝て、目が覚めたら研究する。掘りごたつで寝るのって難易度が高いのではないか?と話を聞いたときに思った。


事務仕事は心を無にして作業をする。できるだけ頭を使わないようにある種の最適化が成されているそうだ。もちろん、事務仕事だっていろいろ考えなくちゃいけないことはある。でも、そういうのは事務机では考えずに、歩きながら考えたりする。座っているときに考えると、いつまでも考えてしまって、結論が収束しないらしい。方針を考えたり決断したりするのは、散歩しながらの事が多いみたい。先生は「思考は頭だけで行われるのではなくて、身体全体で行われるもの」と言っていた。「方針が決まった時は、座ってしまっても良いけど、方針が決まらないときは歩いていた方が良い」とも。


考えながら歩くと、いつのまにか数時間経っていると言う事が先生にはよくある。歩いているうちにいろいろな事に遭遇する。猫とも遭遇する。お薦め猫スポットを以前教えてもらった。季節によっても異なるし、天候によっても異なるようだ。先生の猫マップは日々更新されている。


妄想状態に陥っていた自分を現在の世界に戻す。先生の事務用の机の上には、ノートパソコンが3台ある。スクリーンセーバーが表示されている。一つは短めの文章が順番に切り替わっている書かれている。もうひとつは風景の写真が切り替わっている。もう一つは、時間発展する3次元の物体を表現しているようだ。どれも、見ていると見入ってしまう。

「その5」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120310/p1 へ続く

2012-03-08(Thu) わたしがどれだけあなたを好きか、伝わらなくても良いのです

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その3

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120307/p1 の続き。

あたしはみかんを剥きながら、部屋を見渡す。


この部屋は、北側が扉、南側に窓、東西には窓や扉等はなくただの壁。東側は本棚で埋め尽くされている。数学、物理、化学生物学、・・・いろいろな本が並んでいる。この人の専門はなんだろう?まだあんまり把握できていない。「過去に起こった現象を数理的に解析する」のが、あたしの現在の理解。数値シュミレーションはしているようだけど、具体的な物を使った実験は基本的にしない。正確に言うと、先生や先輩達は遊びでいろいろ変な実験をしているけど、それを学会で発表したり論文にしたりはしていないようだ。


そういえば「遊びで研究するのが一番健全だよ」と先生が以前言っていた。


「恋人のためのとか、家族のためとか、社会のためとか、国のためとか、経済発展のため、地球環境のため、人類のためとか、就職のためとか、健康のためとか、復讐のためのとか、神さまのためとか、お金のためとか、地位・名誉のためとか、(略)、そういう理由で研究するより、遊びで研究するのが一番良いよ」という主張だ。


動機が強烈である故に、頑張ることができる場合もある。たしかにそういうのも大事。でも、その目的のために目が曇ってしまう時がある。「成果を必ず出さなくてはいけない」事が、視野を狭めることもあるとか。「そういうので、駄目になってしまった研究者を何人も知っている」ということらしい。


ただ、先生が具体例としてあげた科学者達は、十分に有名で実績もあるように思えた。先生は、一般的な価値基準ではないところで人を判断しているのかもしれない。選択と集中が時に大事なことはある。でも、その「選択」はどういう基準でなされるものなんだろうか?


遊びでやっていたものを、周りが崇め奉り、本人も勘違いして自分は凄い研究者だと思い込んでしまう場合もあるらしい。そして堕落する。「遊びを遊びとして極めていけばもっとすばらしい成果になっただろうに」と。いらないものを意識してしまうと、人間はうまく行動ができなくなることがあるとか。


その後、トップダウン型の研究費配分についての毎度の愚痴が始まったのであたしは聞き流した。

「その4」http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120309/p1 に続く

2012-03-07(Wed) 褒め言葉が意味を成すための条件は?

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その2

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120306/p1 の続き。

さて。さきほど話を振られた状態だ。何か話をした方が良いかな。好きな人とだったら、何も言わないでずっと一緒にいても気まずい思いはあまりしないが、この先生とはそんなに近しい間柄でもない。どんな話題を選ぶかに迷ったが、とりあえず順当に論文の話を続けることにしよう。書くことを断る口実を見つけられるかもしれない。

論文の導入部分ってどんな感じで書けばいいんでしょうか?あたしは投稿論文を書いたことがないからよくわからないんですけど」と、のんきな口調であたしは尋ねる。

「いろいろな流儀がある。そして、たぶん初めて論文を書く人にとっては、導入部分が一番難しいと思う」と先生が答えてくれた。


そして、右手の人差し指を自分のあごにあてて、ちょっと沈黙。たぶん考えつつ、こんな感じの事を言った。

「科学としての面白さを述べる事は大事だね。そして、この研究がこの分野の研究全体に占める意義とか役割を述べるのも重要だよ。そして、今まで行われてきた研究と自分の研究との関係性について言及する事も必要だね」

と言って、こたつの上にある紙に


 ・面白さ

 ・意義・役割

 ・先行研究との関係


と箇条書きした。


「ほほー」と、あたしは軽く相槌をうつ。先生は、机の上のみかんに手を伸ばしながら言った。聞いたことを長い間覚えていることができないあたしにとって、紙上で文章や絵にして視覚化してくれることは嬉しい。「自分でやれよ」だが。自分で考えて書くことによって、記憶も理解も強化されるように思う。自分の脳の中にそういう回路を組み込むみたいな。人によるのかもしれないけど、あたしは書くことによって記憶及び理解がとっても進む。だから、メモ帳はいつも持ち歩いている。そのメモ帳には、あたしが思いついたくだらない駄洒落や親父ギャグがたくさん書いてある。ここぞと言うときに使うために溜めてあるのだ。ここぞという時は1年に1回程度である。

「大事な事を理解するため」「忘れてはいけないことを記録するため」に使っていたメモ帳が違う使われ方をしているような気がするな。当初の目的とは違う使われ方をする、というのは日常生活においても、生物の進化においてもよくあることではないだろうか。「英語学習用のソフトウェアで勉強したいから、ゲーム機を買って〜」みたいに親におねだりする子供のことを想定したりした。これはちょっと違うか。


早口でいろいろ言って、相手の理解していないことを把握できていない人がいるから困る。あと、「何か質問は?」と言っておいて、実際に質問すると嫌がる人がいる。質問を喜ぶ人もいる。先生は質問を喜ぶ人だった。それがたぶん、「胡散臭い研究をやっているなあ」と思いつつ、あたしがこの研究室に所属しようと思った理由の一つなのではないかと思う。


質問する方のマナーっていうのもある。ただ分かりませんと言っても駄目だと思うし。相手に何が分からないかをうまく伝えることができないと。でも、それは簡単ではない。あたしの場合は地道な研鑽が必要だろう。


地道な研鑽・・・。良い言葉だ。あたしの場合は、何をしていても自分は地味な研鑽をしているとみなしている気がする。他人からみたら、始末におけないとは思う。このように、あたしだって他人の目を気にすることは強く主張しておきたい(?)。


あたしの心が妄想を抱いている時も先生は話し続けていたようだ。

「『この研究で伝えたいことは何?』『この研究の目的は何?』『どうして、このようなアプローチをとったの?』など、読んでいる方は普通に考える。それに対する答えとしても、さっきの3つの事項は書いて欲しいな。実際は、場合によるし、これらのいくつかを省いても良いし、別のことを書く必要がある場合もあるかな」

と、先生はみかんを剥きながら答えた。


「あなたの論文を読む人は、基本的に前提知識がない。そう思って書くべき。多くの読者は前提知識を知らないし、知らないことを想定して書くべきだね。先行研究論文を適切に引用し、reference(参考文献)として載せると、読者に読んでもらいやすくなるよ」

と、先生は言いながら、


 適切な引用&reference → 前提知識の提供


と、先ほどの紙に書いた。


「ふむふむ」と、あたしは相づちをうつ。あたしも人がいいな。こうやって泥沼にはまっていくんだろうか。そういば知り合いにレンズ沼にはまっている人がいたなあ。良いレンズを求めて、ひたすら新しいレンズを買い続ける。この「良い」がくせ者で、素人には何がなんだか分からない。分かる人だけに分かる世界はあるよね。オーディオの世界もよくわからないな。「良い」とは何か?どういうことなのか?そういうのは本当に難しい。


さて、正直、論文を書くことに全く乗り気ではない。なんとか断れないかな?と、相づちを打ちつつ考えている。


先生は「あなたもみかんを食べていいよ」と目であたしに合図しながら、みかんを食べた。あたしはみかんに左手を伸ばした。

「その3」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120308/p1 に続く

2012-03-06(Tue) 着眼点のすばらしさと、面倒な事をこなすしつこさと

[]伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その1

「伝えたいこと」http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20100815/p1

に大幅加筆したものです。ちょっとずつ載せていきます。

あたし(23歳、女性、大学院生)の失恋経験について、A4の紙サイズで4枚にしてレポートにして提出した。あたしの指導教員(45歳、二児の親、性別不詳)は「これは、きちんと論文にして、雑誌に投稿しよう」と言った。


「血迷ったか」「担当教授、ご乱心」「研究室選び失敗! オワタ\(^o^)/」などのフレーズがニコニコ動画等で横に流れていく文字のようにあたしの目の前に流れていくのを意識した。


でも、腐っても相手は指導教員。落ち着かなきゃ。えっと、どこかの神父さんのように、素数を数えよう。2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、…。なんとか落ち着いた。素数に1が入らないのは素因数分解の一意性のためなんだっけ…。


必死に意識をそらし、逃避モードへと移行しつつあるあたしの心の一部を強引にねじ曲げ、あたしはきっぱりと言った。

「この内容ではaccept(受理)されるのは無理だと思います」


言い換えれば「嫌だ」と言う意味だ。このように、はっきりと拒絶したのに、先生ときたら、

「まあ、確かにいろいろ至らないことはあるよ。introduction(序論)は、きちんと先行研究を踏まえて書き直すべきかな。survey(調査)がもっと必要だね」

とおっしゃる。


先行研究なんてあるのかどうだか知らないが、先生があると言うのだからあるのだろう。あんまり読みたいとは思わないが。


現在いる場所は先生の居室。部屋の奥の半分には畳が敷いてある。畳が敷いてある居室はちょっと(?)珍しいかもしれない。一部は掘りごたつになっている。ここが先生の居室になる前は、化学系の実験室だったらしい。そして、実験装置を置くためのpit(穴)があった。たぶん、NMR(Nuclear Magnetic Resonance、 核磁気共鳴)用の超伝導マグネット(superconducting magnet)が置いてあったのではないのかな。そして、そのpitを掘りごたつとして利用しているらしい。先生は当然のごとくこたつに入っており、あたしも仕方なく先生の対面の場所でこたつに入っている。こたつ布団は白地で、黒い線によりカゴメ格子の模様が描かれている。カゴメ模様は竹細工の篭とかで見かけるもので、日本人の多くにはなじみ深い物だろう。こういう対称的な模様を見ていると落ち着く。フラストレーション(frustration)を感じたりする人もいるかもしれないが。


こたつは嫌いではない。今は冬だし、足下が暖かいのは良いことだ。問題としては、一度こたつに入ってしまうと出るのが難しいこと。potential energy(位置エネルギー)が低く、粒子がtrap(捕捉)されるようなイメージが思い起こされる。potential energy的に一様な空間をこたつが歪め、local minimum (極小)な場所を作っているような感じかな。地球重力場に捉えられている衛星とかを想定してもらえると良い(とっても壮大だ)。


trap(トラップ、罠、落とし穴)と言えば、真空ポンプを思い出す。trapは、真空ポンプ本体と排気しようとする真空容器との間の配管に取り付ける。ポンプ本体から発声する油の蒸気が真空容器に逆流しないようにするためのもの。液体窒素などの寒剤で冷却して蒸気を凝縮させるのはコールドトラップだ。また、活性炭などの吸着剤で蒸気を吸着するトラップもある。こたつは、cold trap (コールドトラップ)ならぬ、hot trap (ホットトラップ)だな。


あたしがこたつから連想する物と言えばみかんと猫だ(?)。猫がこたつの布団の上に乗って寝ていたら、さらに居心地がよくなる気がする。猫を撫でているだけで、人は(「少なくともあたしは」の誇張表現である)癒されるのだ。しかし、さすがにここには猫はいない。知り合いに聞いところによると、別の大学で猫を飼っている教授がいるらしい。本当だろうか?窓を開けっ放しにして出張していたら、猫が進入していていつのまにか居着いてしまったそうだ。そのまま飼い続けることができるなんて、組織としてなかなか緩くて良い感じだ。


もしかして、掘りごたつの中に猫がいたりしないよね。開けてみないと分からないが・・・。開けてみないと分からないと言えば、シュレーディンガー(Schrödinger)の猫を思い出す。そのまんまだなあ。こたつの中を見たくなって、ちょっとそわそわしてくる。


そんなことを、こたつの上においてあるみかんが入ったカゴ(10個程度入っているようだ)を見ながら一瞬で考えた。あたしには、このような妄想癖がある。自分の頭の中で考えていたことを脈絡もなく、対話中にいきなり話題に出すので、「突飛な事を言う人」「相手の話を聞かない人」扱いされるのかもしれない。一応、相手の話を聞いているつもりだし、突飛に見えてもあたしの頭の中では辻褄があい、整合的であり、連続的なつもりなんだけどね。ただ、変な人だと思われていたほうがいろいろ楽な事も多いので、最近は敢えて訂正することもない。訂正しようと言葉を紡ぐと、結果として相手が余計混乱するし、なによりも面倒なのだ。


部屋の床の面積の残り半分は普通にリノリウムの床である。そちらの半分は一瞥した限りでは普通の大学教授の居室らしい。机、椅子、本棚、棚、大きなホワイトボード。水道やガスも利用できて、お茶くらいなら入れることができる。棚にはマグカップや湯飲みが並んでいる。紅茶やコーヒー豆も。流しの所には鏡がある。小さなゴミ箱が部屋の隅においてある。ゴミ箱は数百匹の兎が描かれている。兎と言えば、量子力学多世界解釈を思い出す、と言えるほどあたしは多世界解釈には慣れ親しんではいない。


この題材で論文を書くなんて、あたしは全く乗り気ではない。だが、1回入ったこたつからすぐに出て行くのも少し億劫である。名残惜しいと言い換えても良い。「どんだけこたつが好きなんだ、あたしは」と自分で自分に心の中でつっこむ。付け加えておくなら、こたつも良いけど、お布団の中にいる事も嫌いではない。死ぬときはお布団にくるまれて死にたいものだ。とは言っても、窒息死や圧死を望んでいるわけではないので、誤解なきよう。


自分を優しく包み込み庇護してくれるものを根源的にあたしは望んでいる気がする。子供じみた願いだとは思うけどね。子供が母親に抱かれることを望むようなものかな。お布団に対する信仰の由来はこれだろう。(どうも誇張表現が過ぎるな・・・)

「その2」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120307/p1 に続く

[][]業務上のメモだったはずの何か 2012年2月

  • 2月29日 いろいろ雑務。雪が降ってた。雪かきとかしたよ。
  • 2月28日 マイサイエンスの人が来る。新しいOリング。液晶ディスプレイ設定。でかい。机は狭くなったんだけど、作業画面が広いのは良いね。あーでも、外付けキーボードが欲しい気もする。それかアームを買うか。お家にあるキーボードを持ってくるかなあ。USBじゃないから、つなぐのが必要になるんだよね。電話の新しいのが来たので設定。LEDの電気スタンドが来たので設定。
  • 2月27日 ヘリウム液化・供給。液晶ディスプレイ来た。家で荷物を受け取るために早く帰る。
  • 2月26日 お部屋の掃除とか。
  • 2月25日 試験監督。南館のガスの純度は正常に戻っていた。
  • 2月24日 カタログを見る日。業者の人に来てもらって、部品の注文。電灯が届く。WiMAX関係を調べていろいろ設定。南館からの純度が低下(午後から)。
  • 2月23日 ヘリウム液化供給。あまり注文がなかったから、少し楽。純ガス使用。電話機注文。
  • 2月22日 銀行の通帳記入に行ったら、うまく行かなかった。磁気記録が弱くなっていたらしい。受付で直してもらったら記入ができた。そういうことってあるんだね。はじめて。窓口が開いている時間だったから良かった。緊急の時に使えないと困るなーって思ったり。ヘリウム液化。ウィルソンシール問い合わせ。電気スタンド注文。
  • 2月21日 純ガスカードル受け入れ。接続。
  • 2月20日 ヘリウム液化、供給。今日もたくさん注文があった。疲れたよ。部屋の掃除とかをする。
  • 2月19日 自分の部屋の掃除。お仕事するところの掃除。
  • 2月18日 歯医者の予約。あと、細々としたことを。
  • 2月17日 外壁工事をしている。小池酸素の人が来て、ヘリウム汲み出し口の問題を対処。容器のメンテ。フェアコール注文。工事の見積もり。
  • 2月16日 試験監督説明会。液化供給。外壁工事をしている。
  • 2月15日 PCデスクトップ整理。メールの処理。液化、汲み込みも少しだけ。外壁工事をしている。ヘリウム容器メンテ。
  • 2月14日 事務処理。特殊勤務手当関係。履歴事項追記願というのを出してきた。マウスマウスパッド購入。ディスプレイ注文。試験監督マニュアルを読んだり。回収コンプレッサーのメンテ。潤滑購入先検討。ヘリウム汲み出し用に使うフレキシブルチューブとか。
  • 2月13日 ヘリウム液化供給。極低温物性研究センター研究発表会。もう少し人がくれば良いのにね。物性理論の人とかも。
  • 2月12日 お部屋を掃除したり。髪の毛を切った。
  • 2月11日 親戚のうちに遊びに行った。
  • 2月10日 事務処理とかいろいろ。クリタテックの人が冷却塔薬剤に関して。
  • 2月9日 ヘリウム液化供給。
  • 2月8日 書類用の写真撮影とか。注文する商品の検討。
  • 2月7日 お休み。引越手伝いをしてきた。
  • 2月6日 ヘリウム液化供給。
  • 2月5日 だらだら。部屋のお片付け。ゴミをたくさんまとめました。
  • 2月4日 だらだらすごす。14時くらいに〜に来る。いろいろ論文書いたり。
  • 2月3日 巴商会の人とお話。仁木工芸の人とお話。ウェブサイトをだいぶ更新? 変な時間にヘリウム汲んだり。センターから借りているベッセルは空にしないでね。液体ヘリウムを数リットル残すのがマナー。
  • 2月2日 ヘリウム液化供給。本日は少なめだったので助かった。ナノのミーティング。高圧ガス保安講習会の申請関係。1月期のヘリウムの収支計算。
  • 2月1日 事務手続きいろいろ(勤務簿とか)

2012-03-04(Sun) わたしが、あなたの、どういう部分を観察していたかわかる?

[]『「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』(著:アラン・ソーカル, ジャン・ブリクモン,翻訳:田崎晴明,大野克嗣,堀茂樹)

発売しているようだ。

電子書籍版も出すと良いと思います。

2012-03-03(Sat) 「あなたは十分に頑張った」って誉めて欲しい?

2012-03-02(Fri) 自分を長期的に心地よく支配してくれる人・物・事を探す

2012-03-01(Thu) 易きに流れず、自分で自分を制御できる?

[]ミクさんの雪像

東工大大岡山キャンパスで見かけました。

f:id:sib1977:20120301082515j:image

f:id:sib1977:20120301082540j:image

もっとたくさん写真を撮れば良かった。


夕方には溶けていた。

f:id:sib1977:20120301185359j:image

{量子スピン系の若手研究者増えろー ♪ }> o(*´ω`)っ−.。*゜+.*.。 ゜+..。*゜+*'``*:.。..。.:*・゜゜・*〆⊂(´▽`*)ゞ <{古典スピン系の若手研究者増えろー ♬ }(→研究に関係する情報など)