伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その2

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120306/p1 の続き。

さて。さきほど話を振られた状態だ。何か話をした方が良いかな。好きな人とだったら、何も言わないでずっと一緒にいても気まずい思いはあまりしないが、この先生とはそんなに近しい間柄でもない。どんな話題を選ぶかに迷ったが、とりあえず順当に論文の話を続けることにしよう。書くことを断る口実を見つけられるかもしれない。
「論文の導入部分ってどんな感じで書けばいいんでしょうか?あたしは投稿論文を書いたことがないからよくわからないんですけど」と、のんきな口調であたしは尋ねる。
「いろいろな流儀がある。そして、たぶん初めて論文を書く人にとっては、導入部分が一番難しいと思う」と先生が答えてくれた。


そして、右手の人差し指を自分のあごにあてて、ちょっと沈黙。たぶん考えつつ、こんな感じの事を言った。
「科学としての面白さを述べる事は大事だね。そして、この研究がこの分野の研究全体に占める意義とか役割を述べるのも重要だよ。そして、今まで行われてきた研究と自分の研究との関係性について言及する事も必要だね」
と言って、こたつの上にある紙に


 ・面白さ
 ・意義・役割
 ・先行研究との関係


と箇条書きした。


「ほほー」と、あたしは軽く相槌をうつ。先生は、机の上のみかんに手を伸ばしながら言った。聞いたことを長い間覚えていることができないあたしにとって、紙上で文章や絵にして視覚化してくれることは嬉しい。「自分でやれよ」だが。自分で考えて書くことによって、記憶も理解も強化されるように思う。自分の脳の中にそういう回路を組み込むみたいな。人によるのかもしれないけど、あたしは書くことによって記憶及び理解がとっても進む。だから、メモ帳はいつも持ち歩いている。そのメモ帳には、あたしが思いついたくだらない駄洒落や親父ギャグがたくさん書いてある。ここぞと言うときに使うために溜めてあるのだ。ここぞという時は1年に1回程度である。

「大事な事を理解するため」「忘れてはいけないことを記録するため」に使っていたメモ帳が違う使われ方をしているような気がするな。当初の目的とは違う使われ方をする、というのは日常生活においても、生物の進化においてもよくあることではないだろうか。「英語学習用のソフトウェアで勉強したいから、ゲーム機を買って〜」みたいに親におねだりする子供のことを想定したりした。これはちょっと違うか。


早口でいろいろ言って、相手の理解していないことを把握できていない人がいるから困る。あと、「何か質問は?」と言っておいて、実際に質問すると嫌がる人がいる。質問を喜ぶ人もいる。先生は質問を喜ぶ人だった。それがたぶん、「胡散臭い研究をやっているなあ」と思いつつ、あたしがこの研究室に所属しようと思った理由の一つなのではないかと思う。


質問する方のマナーっていうのもある。ただ分かりませんと言っても駄目だと思うし。相手に何が分からないかをうまく伝えることができないと。でも、それは簡単ではない。あたしの場合は地道な研鑽が必要だろう。


地道な研鑽・・・。良い言葉だ。あたしの場合は、何をしていても自分は地味な研鑽をしているとみなしている気がする。他人からみたら、始末におけないとは思う。このように、あたしだって他人の目を気にすることは強く主張しておきたい(?)。


あたしの心が妄想を抱いている時も先生は話し続けていたようだ。
「『この研究で伝えたいことは何?』『この研究の目的は何?』『どうして、このようなアプローチをとったの?』など、読んでいる方は普通に考える。それに対する答えとしても、さっきの3つの事項は書いて欲しいな。実際は、場合によるし、これらのいくつかを省いても良いし、別のことを書く必要がある場合もあるかな」
と、先生はみかんを剥きながら答えた。


「あなたの論文を読む人は、基本的に前提知識がない。そう思って書くべき。多くの読者は前提知識を知らないし、知らないことを想定して書くべきだね。先行研究論文を適切に引用し、reference(参考文献)として載せると、読者に読んでもらいやすくなるよ」
と、先生は言いながら、


 適切な引用&reference → 前提知識の提供


と、先ほどの紙に書いた。


「ふむふむ」と、あたしは相づちをうつ。あたしも人がいいな。こうやって泥沼にはまっていくんだろうか。そういば知り合いにレンズ沼にはまっている人がいたなあ。良いレンズを求めて、ひたすら新しいレンズを買い続ける。この「良い」がくせ者で、素人には何がなんだか分からない。分かる人だけに分かる世界はあるよね。オーディオの世界もよくわからないな。「良い」とは何か?どういうことなのか?そういうのは本当に難しい。


さて、正直、論文を書くことに全く乗り気ではない。なんとか断れないかな?と、相づちを打ちつつ考えている。


先生は「あなたもみかんを食べていいよ」と目であたしに合図しながら、みかんを食べた。あたしはみかんに左手を伸ばした。

「その3」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120308/p1 に続く