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2015-08-30

だれも知らない建築のはなし、村野藤吾の建築、鈴木理策写真展

渋谷のイメージフォーラム「だれも知らない建築のはなし」を見て、

目黒区美術館での展示村野藤吾の建築−模型が語る豊饒な世界」を見て、

初台で鈴木理策写真展 意識の流れ」を見てきた。

さすがに三軒は疲れる。




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・「だれも知らない建築のはなし」


磯崎新安藤忠雄伊東豊雄ピーター・アイゼンマン、チャールズ・ジェンクス、レム・コールハースという主に6人の建築家へのインタビューで構成されたドキュメンタリー。

新国立競技場についての会見での安藤忠雄さんの発言は無責任としか思えなかったが、この映画を見ると安藤さんが業界ではぐれものであり、しっかりとした主義を持っているということがわかる。

レム・コールハースは著書で書いているとおり発言も皮肉混ざりの同じ調子で痛快でもあった。

おもしろかった。


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・「村野藤吾の建築−模型が語る豊饒な世界」


村野藤吾さんの設計による建築物の模型がたくさんあった。一部は写真撮影がOKで良いけど、模型を前にすると他のものもやっぱり撮りたくなる。

模型が無数にあるがどれも白いだけの骨組みなので、最後の方にはぜんぶ同じに見えてくる……。






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・「鈴木理策写真展 意識の流れ」


鈴木理策さんは雑誌の『IMA』でたまに作品を目にしていたので気になってはいた。特徴がないようで、しっかりと作風がある写真家。

でも、やっぱりこの人の作品群の特徴はすくないし言葉で説明するのも難しい。ただの写真とただ綺麗な写真と鈴木理策の写真、この境界線はとても曖昧なのだけど、展示されている作品のほとんどが一人の写真家の作品として成立している。

写真単体としてだけでなく、動画が床や壁に流れているなど工夫もあり、会場全体の「流れ」が工夫されていて、ほんの少しインスタレーションアートの会場に近くもある。

全会場、全作品撮影OKなのはすごく心が広くて嬉しくおもう。

その反面、見る方は鈴木理策に試されているかのようなプレッシャーも感じるところ。

見るだけならそこに選択肢はないけど、写真を撮るあるいは撮りながら見る、という選択肢が発生するので。

来場者の見方という方法が増えれば見方による展示の見え方がとうぜん変わってくる。見方の良し悪しというものはないという前提で考えるとしても、というかむしろだからこそ、自分に合った見方を来場者は探るという不自由な自由さが生まれてしまう。

例えば、

「カメラとは身体の外に知覚を成立させる驚くべき装置。」

という一文が壁のパネルに書かれていて、こういうシンプルだけど複雑で言葉少なな作者の解説&謎かけがいくつか提示されている。

こういうカメラや写真についてメタ的に考えている鈴木理策さんだからこそ、写真撮影OKという作者の「許可」も展示のギミックとして意図的にOKしたようにおもえる。




・会場の写真


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2015-08-08

記憶と記録としての室伏鴻


  先日、6月に亡くなった舞踏家室伏鴻さんのお別れの会に行った。若手の踊りといい麿赤児さんのスピーチなど、いろいろな意味で涙の出る会で、参加できてとてもよかった。室伏さんはその奇怪さやスマートさなどが枠外に抜けていてどこか憧れる存在。また生で観たかった。


  知識で言えばかじった程度しかないので何かを述べるのは恐縮なのだが、今日観て改めて思ったのが、暗黒舞踏というのは理解できない気色悪さが大抵の割合を占めているけど、視点や意識を変えて見てみると思いがけないことが表現されている表現形式でもある、ということ。異物に混入した一欠けらのダイアモンドのよう。


  しかしダイアモンドだけでは、直射日光の下でろうそくの火が何の価値もないのとおなじで、異物に覆われているからこそ表現としての暗黒舞踏の意味があるのだとおもう。


  暗黒舞踏という世界は自発的に入り込んだ世界ではなく、両親に連れられて一ケタ歳児の時代から見させられていて大概の記憶は潜在的な記憶としてしか脳内に存在しない。少し前までは毛嫌いしていた世界であり、今は許容できているし興味もあるのだが、入りにくい分野だから自発的ではない。


  だから暗黒舞踏やその演者たちというのはなんとなく自分の中の原風景の一部となっている。そういう状況の中でやはり一番影響を受けているのは音楽面。室伏鴻さんは音楽でBrian Enoの"Music for Airports"をよく使っているし、他の部隊でもノイズ系や環境音楽系が多い。


  暗黒舞踏はダンスでありながらダンスと呼ぶにはあまりにダンスらしくなく、そこで流れる音楽もまた音楽と呼ぶにはあまりに音楽らしくないものが多い。ダンスでありながら静寂の時間も多くケージの音楽を感じさせるし、音楽の中の静寂が音楽として実に効果的でもある。


「室伏鴻さん死去 日本を代表する舞踏家・振付家」(朝日新聞デジタル)


Ko Murobushi butoh performance “Ritournelle” - part II
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2015-08-02

2015年7月の読書

2015年7月の読書メーター
読んだ本の数:13冊
読んだページ数:3007ページ
ナイス数:118ナイス


■フィクション


ガラスの街 (新潮文庫)ガラスの街 (新潮文庫)感想
  ニューヨーク三部作と呼ばれる内の一作目。柴田元幸さんによる新訳。探偵、監視、自己の喪失、という点でテーマや発想としては『幽霊たち』にとても近い。ミステリーらしい舞台設定で始まるのだが、事件を解決するのではなく監視対象や監視する自己に執着していく流れは見事。しかし、単純に『ガラスの街』の方が長く、100ページ弱しかない『幽霊たち』の方が圧倒的にまとまっていて、完成度が高い。ただ、『ガラスの街』の物語の広がりも決して無駄ではなく、尾行する者とされる者の区別が曖昧に溶けてゆく過程は滅多にない読書体験になる。
読了日:7月4日 著者:ポールオースター





リケイ文芸同盟リケイ文芸同盟感想
  理数系の文庫編集部から文芸編集部に異動になった理系編集者の奮闘記。オチは読んでいて妬ましさが勝って納得できないが、それまでは十分おもしろいし、勉強にもなる。編集者志望の大学生とか、営業部志望の大学生なんて稀だろうけど、どっちの観点からも小説や出版業界を分析している物語なので、そういう人たちに丁度いい材料になりそう。異世界に迷い込んだ主人公がその文化に染まる一方ではなく、反対に理系ならではの思考を啓蒙していく部分もあるので意外であり一本道ではない稀な構造になっていた。
読了日:7月18日 著者:向井湘吾





ぼくは愛を証明しようと思う。ぼくは愛を証明しようと思う。感想
  恋愛工学。簡単に言えばナンパ必勝法くらいのものだが、自称非モテの主人公がスキルを磨いてどんどん女を引っかけていくものだから、もしかしたら自分にもできるんじゃないか?と思ってしまう。面白いし勉強になるのだが、二股三股を続けていけば破綻が起こっても不思議ではないものの、物語の構造から自然と導き出される展開の変化やオチの付け方がご都合主義的なのがどうしても陳腐さを感じさせてもったいない。だが、それは作者だけの問題でなく、物語の構造の問題だから一層悲しくもあるのだが。誇大広告風のタイトルにはすこし疑問が残る。
  「恋愛工学」を謳っているが、少なくともこの本では男視点からのナンパ指南書でしかない。女性視点の恋愛が抜け落ちているので、これを恋愛工学と呼ぶならば、それはだいぶ男の独善的な理論でしかなくてジェンダー的に問題があるとしか言えない。そもそも作中で主人公たちが女をあからさまに見下しているゲスい本ではあるのだが、著者が小説外で 「恋愛工学」を本気で主張しているなら人格を疑ってしまう。というか、このネーミングにした時点で自ずと本性が見えてくるというもの。
読了日:7月24日 著者:藤沢数希





河童 (集英社文庫)河童 (集英社文庫)感想
  睡眠薬で自殺したらしいが、傍から見たら作家として成功しているしお金には困っていそうだけど、何にそんなに絶望しているのか理解できない。精神的に病んでいたのだろうけれど。晩年に書かれた私小説風の作品とシニカルで童話風の作品が混ざって収録されている。「点鬼簿」や「歯車」などの私小説に近いものは、解説を読むと凄惨な事実そのままを書いていたりするので驚き、そして作者の人生も含めて読者の好奇心を満たしてくれる。病んでいる人の心理に痛々しさと現実味を感じる。「河童」はあまり面白くなかった。集英社文庫版。
読了日:7月18日 著者:芥川龍之介





薮の中・将軍 (角川文庫)薮の中・将軍 (角川文庫)感想
  大正10年頃に書かれた小説とすこしのエッセイを集めた一冊。古典翻案ものが多く、現代的な小説もすこし入っている。特に中国古典ものは読むのが大変で、話の展開は面白いようなのだが集中力が追い付かず。「藪の中」も入っていて、黒澤明監督で三船敏郎出演の映画は観たことがあったので原作を読めてよかった。「神々の微笑」の神さまたちがそこらじゅうに蔓延っている感じが好き。
読了日:7月23日 著者:芥川龍之介





車輪の下 (新潮文庫)車輪の下 (新潮文庫)感想
  スーパーのチラシでも読んでいたほうがマシな本だった。ただ、この本は本当に読む人によって評価が大きく変わるのだろうな、と最後まで読んで思った。自分は受験勉強を強制されたことはないし、エリートでもないのでこんなモヤシっ子には一ミリも共感できないのだが、共感できる人には凄くできるものなのだろう。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に近くてそっちは好きなのだけど、この『車輪の下』はチラシ以下に思える。どっちの主人公も寮生活を経験しているし。その二つの僅かな差でこうも評価が変わるのが不思議なところ。
読了日:7月2日 著者:ヘルマンヘッセ





新潮 2015年 08 月号 [雑誌]新潮 2015年 08 月号 [雑誌]感想
  藤沢周「禊」:いつもと同じ男臭さと幻覚による視点の飛び。幻覚は味でもあるが、どんな美味でも同じ味は飽きる。 大城立裕「病棟の窓」:藤沢さんの「禊」もほぼ病院内で進展する話で、リンクするようにこちらも入院した老作家視点の話。沖縄の街を病室から眺める。初めて読んだ作家だがよかった。「水木しげる出征前手記」:文章だけ読むとただ青臭く背伸びした中身のない青年の中身でしかないが、結果論だが赤紙によって徴兵される出征前の独白になった、という背景を考えるとかなり切羽詰まっている気持ちが伝わってきて、痛ましい。
読了日:7月20日 著者:





文學界2015年8月号文學界2015年8月号感想
  谷崎潤一郎好き向け。
読了日:7月20日 著者:





文學界2015年7月号文學界2015年7月号感想
  演劇人・岩井秀人「俳優してみませんか講座」が面白かった。笑った。西村賢太芝公園六角堂跡」と高柳克弘「蟹」はまあまあ。特集「『反知性主義』に陥らないための必読書50冊」は政治に関心がない自分としてはあまり興味が向かず。反知性主義って初めて聞いた気がするし。唯一二人の方に選ばれていた渡辺京二『逝きし世の面影』が気になる。富野由悠季監督も影響を受けた本らしいので、近々読みたい。
読了日:7月2日 著者:


「岩井秀人さんの『俳優してみませんか講座』を読んで考える演劇人の書く小説」





■ノンフィクション


口語訳 遠野物語 (河出文庫)口語訳 遠野物語 (河出文庫)感想
  青空文庫の原文のものを読んだらちっとも頭に入ってこなかったので、反省してこちらの口語訳を読んだ。分かり易いし、おもしろい。奇妙な話もあれば怖ろしい話もあり……。ただ、解説などにあるように「再創造」はしていないまでも「再構成」はしている、ということで原文とは実際のところかなり違う部分もあるので、批判が出てくるのはしかたがない。とは言え、柳田の原文は美しかろうが現代日本人が読むにはあまりに古い文章なので、こういう本は必要だろう。次は「遠野物語拾遺」の入っているものを読もうとおもう。
読了日:7月18日 著者:柳田国男,小田富英





共同幻想論 (角川文庫ソフィア)共同幻想論 (角川文庫ソフィア)感想
  家族とか国家とかそういう、幻想的な共同体についてなんだろう。よくわからなかったけど。わかった数少ない部分も納得できる論ではなかったが。論述の根拠として依拠しているのが、だいたい『古事記』と柳田国男の『遠野物語』であり、その二つの神話あるいは民話の解説や解釈を読めたので、その点はよかった。
読了日:7月18日 著者:吉本隆明





マスメディアとしての近代建築―アドルフ・ロースとル・コルビュジエマスメディアとしての近代建築―アドルフ・ロースとル・コルビュジエ感想
  近代の建築家アドルフ・ロースル・コルビュジエの建築物などの批評。そもそもこの二人の建築家を知らずに読み始めたのもあって、読むのに苦労したが、なかなか新鮮な建築史や建築批評的な分野だったのでおもしろかった。この本の場合、こじつけに近い批評が所々あるけれど。建築についてでもあるが、都市についてでもあり、マスメディア、写真、広告、窓、そして文化などについてでもある。建築を読む、ということを可能にする目を持てればもっと人生楽しそうだ。
読了日:7月18日 著者:ビアトリスコロミーナ





悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス)悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス)感想
  一巻がただただ退屈だったので距離を置いていたのだが、こちらはだいぶ面白く思える。フィールドワークによる分析が明晰な部分は分かり易く、長い旅での異文化らしい困難やその心境などが生々しく。ただ、大部分が読み取り困難。訳があまりに不完全で意味不明な部分が多い。そもそも原著の構成が論文と旅行記が無造作に混ざったもので、中途半端としか思えない。もっと整理された訳文で読める時がくればいいのだが。
読了日:7月2日 著者:レヴィ=ストロース





読書メーター





リケイ文芸同盟 (幻冬舎単行本)

リケイ文芸同盟 (幻冬舎単行本)

2015-07-18

Ambient Mix Jul.2015 - Birds



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「Ambient Mix Jul.2015 - Birds」




アンビエントのDJミックスをつくりました。

今回は短めの約32分。

写真は多摩川河川敷にて撮影。

聴いてください。




■Setlist

1. Shuttle358 - Years later

2. The Green Kingdom - Into the Magic Night

3. Porya Hatami - Spider

4. Seaworthy - Installation 3

5. Seaworthy - Map In Hand, Part. 7

6. Christopher Hipgrave - Grass

7. Drift - Fractured Then Gathered (Reprise)

8. My Autumn Empire - we were happy




Can you prove I was born

Can you prove I was born

1897

1897

2015-07-12

音楽と耳かき

音楽を聴いている時よりも

耳かきをしている時が

気持ちいいと思ったのならば

それはもう終わりかもしれない。

とはいえ、当たり前だが

別に人生が終わるわけでも

世界が終わるわけでもない。

音楽を聴く私、が終わるだけだ。

風呂からあがると無性に耳かきをしたくなる。

耳垢がお湯によって

私から分離したがるのだろうか。

ふやけた耳垢はほじくり甲斐が大してないのだが、

その分離が心地いいのは確かだ。

パリパリとしたそれの掘削が一番だが、

しめった分離物のいいところはまとまっていて、

散らばらないところだ。

耳垢が溜まった耳と

耳垢の溜まっていない耳とでは、

聞こえてくる音楽は変わるのではないか、と思う。

ちなみに、検証してみたことはない。

耳にはさんだ話によると、

パソコンに繋ぐケーブル一本でも

音は変わるらしいのだから。

ちなみに、検証してみたことはない。

耳垢ひとつぶでも私に届く音は

おなじではいられないのではないか。

耳かきといっても一人でする耳かきと、

ひとにしてもらう耳かきがあるだろう。

どちらの方が気持ちいのだろうか。

まあ、一人ですることと二人ですることと

メリット、デメリットがあるだろうから不毛な問いか。

しかし、耳かきにより音楽を越えたとするならば、

よりよいのは、よき伴侶を見つけ、

膝枕により耳かきをしてもらえることかもしれない。

仕事で出会った取引先の、

若いキラキラした女性と浮気でもして

風呂に入っている隙にスマホを妻に覗き見でもされ

挙句に離婚でもしたものならば、

また音楽を聴く私に戻ればいいのだし。