sibafutukuri アニメとか音響音楽とか このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2014-12-08

『WIRED』Vo.14の「ハメロフ博士の世界一ぶっとんだ死の話」への共感


  『WIRED』最新号Vol.14の特集は「死の未来」。あまり気になるテーマではなかったが、デザインや写真を眺めているだけでも楽しい雑誌なので手に取った。でも読み始めたら凄く面白かった。まだ「スタートアップ大国イスラエル」と「ハメロフ博士の世界一ぶっとんだ死の話」しか読んでないが。


  麻酔医スチュアート・ハメロフ博士による「意識と『量子もつれ』と不滅の魂」の話がおもしろくて、希望の詰まった妄想に駆られて胸が苦しくなるほどだ。死者の意識の行方についてハメロフはこう語る。「『量子もつれ』によってひとかたまりになった『量子魂』なら、もしかしたら存在するかもしれないよ」と。


  「意識は、物質でできた肉体から離れてそのまま宇宙に留まるんだ。時間の概念がない、夢に出てくる無意識にも似た量子の世界だよ。ひょっとすると『量子もつれ』によって魂になった量子情報が『魂』と呼ばれるのかもしれないな」(スチュアート・ハメロフ)


  「そう、すべての物質には、空間にでさえ原始意識があるということになる。でもそれらに物事を統合する能力(微小管)はないから、意識といってもランダムで断絶していて、認識力はなく意味を感じない、原始的で未熟なものだよ。まるでメロディも音色もバラバラな、オーケストラのウォーミングアップみたいなもんだね」(スチュアート・ハメロフ)


  理論は科学的で理数系的なのでだいぶちんぷんかんぷんだが、言っている結論はなんとなくわかるし共感できる。たしかに「ぶっとんだ死の話」だが、アニミズムや汎神論風の意識や神についての意識を持っているぼくにとっては、自分のその意識をハメロフは実験と仮説で支持してくれる。


  「オーケストラのウォーミングアップ」という例えが面白い。ウォーミングアップとは演奏前のチューニングのことだろう。どこにでも、空間にでも意識は存在する。が、それは音楽のようではなくて音響だ。構成されたものではなくて、それ以前の原始的に当たり前に存在する音だと。


  オーケストラのチューニング音が好きだ。だってあれは紛れもなく音楽としてのドローン・アンビエントだから。残念ながら曲の演奏が心に響かない時、演奏前のドローンがその時の公演のピークになる。面白いのがチューニングの出来不出来はオケの成熟度にあまり比例せず、安定して心地よいことだ。


  チューニング音が安定していることで、ぼくの中でオーケストラの満足度の基準点が常にそこに置かれることになる。だからオーケストラはその基準点を越える演奏をしなければならなくなる。


  チューニング音は音楽度で言うと零度の音楽だろう。そして快楽度で言っても零度であり、満足できるオケならプラスへ上がるだろうが、そうでない場合はチューニング音以下の零度以下のマイナスへと下がる、ということ。


  ハメロフが言うには周囲や万物に意識があっても人間が気づけないだけ、ということだろう。だが、オーケストラのチューニング音をドローン・アンビエントとして音楽として把握できるぼくはわりかし意識できない意識というものにタッチできなくはないのではないか、とそういう馬鹿らしくもある妄想を膨らませて楽しい。

2014-12-06

2014年11月の読書

2014年11月の読書メーター
読んだ本の数:10冊
読んだページ数:2777ページ
ナイス数:92ナイス


■フィクション


前夜(上) (講談社文庫)前夜(上) (講談社文庫)感想
  放浪者ジャック・リーチャーがまだ現役の軍警察だった頃の話。ベルリンの壁が崩壊した1989年大晦日から物語は始まり、年が明けた90年の直後、リーチャーのもとにかかってきた電話から事件は始まる。リーチャーは1960年生まれとのことなのでちょうど30歳の頃で、その若さは新鮮でありながら思考の冷静沈着さと行動の無茶苦茶ぶりというのは、歳をとってからも変わらないので違和感があるのだが。リーチャーの場合、「若い頃はやんちゃだったんだな」ではなく「若い頃も」なのだから。原著八作目、邦訳四作目。
読了日:11月30日 著者:リー・チャイルド





前夜(下) (講談社文庫)前夜(下) (講談社文庫)感想
  冷戦終結による軍縮への焦りが、一連の仕込まれた事件の背景になっているように思えるが実は……、という感じだったか。読んでから時間を置いたので忘れたが、面白かったのは確か。自分にとって冷戦時代が未知のものなので、そこをもっと知っていればより楽しめたかもしれない。パリに住む危篤の母を兄と見舞いに行くことになるリーチャー。このエピソードはアメリカで起こっている事件とは関わりがないが、リーチャーというキャラクターを掘り下げていてよかった。読んだ中では満足度が低いが、それでも高水準。未邦訳作への期待が高まる。
読了日:11月30日 著者:リー・チャイルド





アブサロム、アブサロム!(上) (講談社文芸文庫)アブサロム、アブサロム!(上) (講談社文芸文庫)感想
  サトペン家そしてジェファソン町の大河小説。この鬱屈としてどこまでも冗長で古びた井戸の底みたいな長編は大好きなのだが、やはり読んでいてちっとも面白くはない。でも、癖になる。トマス・サトペンの独裁者然とした人物像はクズとしか呼べないように思えるが、そのクズさは個人の責任や問題や許容量を越えて南北戦争という時代の潮流、社会、あるいは世界そのものの法則の擬人化のようにも思える。読んでも読みとれないことが大体だが。しかしこの分からないという不安は探究心を駆り立てるのだから、私は読まなければならない。再読。
読了日:11月30日 著者:ウィリアム・フォークナー





探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて感想
  溝の口周辺でなんでも屋をやっているへたれ三十男と自称探偵の十歳美少女のコンビ。好奇心だけで殺人事件に頭を突っ込んでいく探偵少女やそれぞれの事件の殺人の動機の軽さなど、どうしてもこのライトミステリーらしい殺人の軽い扱いには納得できないが、まぁゲームみたいな感覚なんだろう。しかし推理素人の自分がいくらトリックを見破ろうとしても結局惨敗で、リアリティがないにしても予想外の展開はやはりいい。読み終えてみると、この三十男と少女という探偵コンビが名残惜しくなっている自分がいる。この一冊で終わるのはもったいない、と。
読了日:11月28日 著者:東川篤哉





イッツ・オンリー・トークイッツ・オンリー・トーク感想
  ぜんぜんのめり込めない本だった。かわいそうな私どうよ?っていう選択肢のない質問を常に押し付けられているようで、そういう面倒な女とはまじめに会話をしたいとは思わないのだから。話題の作家で気にはなるが、もう一文字も読みたくないなぁ。
読了日:11月10日 著者:絲山秋子





雨月物語・春雨物語―若い人への古典案内 (1980年) (現代教養文庫〈1025〉)雨月物語・春雨物語―若い人への古典案内 (1980年) (現代教養文庫〈1025〉)感想
  現代語訳だが出版されたのが古く昔の地名がよく出てきて、秋成が国学研究者だったこともあり和歌の引用などが多くて教養を試される。難しく読みづらく、退屈まじりでなんとか読んだが、それでもこの二つの物語は面白い。『雨月物語』も『春雨物語』も中国古典小説や日本の古典を典拠としている不思議な話である、という点では近いのだが実は書かれた時期は30年近く離れているとのこと。「蛇性の淫」と「二世の縁」が今のところお気に入り。原著も読んでみたい。泉鏡花柳田國男を読んだ流れの上の読書。
読了日:11月9日 著者:上田秋成





文學界2014年12月号 (文学界)文學界2014年12月号 (文学界)感想
  面白かった:円城塔「プロローグ」、永井均哲学探究」、小林信彦「つなわたり」。新人賞受賞作には不満だらけだったが、初めて読んだ小林信彦さんが良かったりして結果的には満足な12月号。小林さんの「つなわたり」は読んでいる間は凄く楽しかったのだが、読み終えてふと思い返すと何が面白いのかよくわからなくて困った。80年代頃の映画業界人でEDに悩む主人公とその周辺のお話。古いけど未知な時代、未知な世界であり新鮮だったり、自分も業界人っぽい気分に浸れたりしたからかなのかな。他の作品も読んでみたい。
読了日:11月22日 著者:





文學界2014年11月号 (文学界)文學界2014年11月号 (文学界)感想
  読んだ:藤沢周「山王下」、筒井康隆ウクライナ幻想」、片岡義男「五月最後の金曜日」、永井均哲学探究」、穂村弘「も詩も詩」他。円城塔さんの「プロローグ」がお休みで残念。満足できない号だった。代わりに12月号に向けた消化作業が楽で済んだが。柴崎某は気に食わない。片岡さんの短編の会話が変に淡白でその独特さ故に記憶に残る。次の12月号は文學界新人賞受賞作が載るので楽しみ。
読了日:11月1日 著者:





■ノンフィクション


シャーマニズムの世界シャーマニズムの世界感想
  十三人の研究者による様々なシャーマニズムの世界についての論文集。南アジア、台湾、韓国、日本古代のシャーマニズムアパッチ族シャーマニズムアイヌシャーマニズムなど。読みにくいのだが、これだけ多様なシャーマニズムがまとめられた本というのは貴重に思える。ただ、土地という点で幅広いがやはりアジア周辺に偏っていることは否めない。シベリア南アフリカなどのシャーマニズムもあればより世界的な一冊になったかもしれない。ただ、エリアーデが大著『シャーマニズム』でやり残したアジア部分をこの本が担った面はあるだろう。
読了日:11月11日 著者:桜井徳太郎





他力 (幻冬舎文庫)他力 (幻冬舎文庫)感想
  おもしろいが、言っていることは信用できない。主張に続く例証がめちゃくちゃで突飛なのだが、なぜか納得できることもあるので口が上手い人なのだと思う。だから五木寛之という人はカリスマであり詐欺師でもあり、大衆にとって薬にも毒にもなるように思える。大衆からすれば麻原彰晃池田大作と同じ枠内に見え、それはバットマンとジョーカーが同じ「超人」であり、違いは正義か悪かだけ。しかもその善悪は紙一重なのだから、原発や核爆弾と同じく社会に存在するリスクもある。五木さんは宗教寄りの人なので親近性には自覚的でもあるのだろう。
読了日:11月11日 著者:五木寛之





読書メーター


2014-11-09

11月上旬の上野

先週、上野公園国立西洋美術館で開催中の

「フェルディナント・ホドラー展」を観に行った。

すごくよくて感動した。

そのついでに上野公園の写真をすこし撮ってきた。

以下。





f:id:sibafu:20141102145012j:image:w300

国立西洋美術館の前にあったロダンの「考える人」。

たくましい。





f:id:sibafu:20141102145106j:image:w300

国立西洋美術館の前にあったロダンの銅像(名前わすれた)。

ポーズがすき。





f:id:sibafu:20141109163044j:image:w450

hasugreen

やんわり緑色の加工。

ブロッコリーみたい。

ほんとうはもっと萎れた色。





f:id:sibafu:20141109161633j:image:w450

hasuviolet

蓮なのにスミレ

写真雑誌『IMA Vol.9』に載っている、

Richard Mosseという人の写真を真似て。







Ferdinand Hodler

Ferdinand Hodler

IMA(イマ) Vol.9 2014年8月29日発売号

IMA(イマ) Vol.9 2014年8月29日発売号

2014-11-03

上田秋成に見るアンビエント

  上田秋成の『春雨物語』を現代語訳で読んでいて、こういう文章があって驚いた。


  雨が降って、宵の間から何の物音もしない。今夜は母親の戒めに背いてしまい、丑の刻(午前二時頃)になってしまったであろうか。雨はすでにやみ、風も吹いていない。月も出たとみえて窓が明るく映っている。詩歌の一つも作らなくてはと、墨をすり、筆を取って、今夜の風情を一、二句に託さんと思いをめぐらしていると、虫の音だとばかり思って聞いていた音に、時々鉦[かね]の音がまじり聞こえてくる。夜毎、あの音を聞いていたが、今夜はじめてそれに気付くとは、なんと不思議なことであった。

(神保五弥、棚橋正博訳『雨月物語春雨物語 ― 若い人への古典案内』、「二世の縁」、pp.165-166)


  アンビエントだと思った。昔の人も、上田秋成という人さえも聞こえるもの考えることは同じなんだな、と当たり前ながらも思った。驚きであり嬉しくもあった。


  今までと変わらない環境のはずが、今まで聞こえなかったものが聞こえる、という体験は稀にある。アンビエントの曲を流しながら、外から聞こえる虫の音や鳥の声が混ざり、曲なのか自然音なのかわからなくなり、曲を止めると外で音は続いていて自然音だとわかる。そういうプロセスで、今まで聞こえなかった音に気づくこともある。


  語り手の男が雨上がりの夜中に「詩歌を一つも作らなくては」と思うのは、その深夜の空間と無音の中の虫の音などを聞いているからで、それを書いたこの文章はアンビエントだと思った。文字によるアンビエント、と言うと変だけどそう思った。そして、その後のいつも聞こえなかった「鉦の音」に気くことまでがアンビエントと言っていいのかはわからないが。しかし、その「気づき」は音楽ではあるだろう。音楽とも言えるし音響とも言える。「気づき」という変化を得たわけで、それは何かの契機になる。


  この「鉦の音」によって自己が拡張されてゆくイメージ、と言えるかもしれない。それは変化がもたらす一つの可能性に過ぎないが。物語の続きとしては、「鉦の音」を聞いた男は下男たちに庭を掘れと命令して、地面の中から棺に入った魂の抜けた身体だけで鐘を打つ者がいた、という奇妙な話になっている。


  音を聞いた男は、その音さえ聞かなければその地中にいた奇妙な鐘つき男と出会うこともなく、その一つの奇妙な世界に入りこむことはなかった。それが良いか悪いかは問題ではなく、聞こえた「鉦の音」という音楽が男をその世界に導いた、という事実が大事だ。


  音楽自体が自己を拡張させる能力があり、アンビエントはことに現実との近似性ゆえに自己を現実へと導く能力が強いように思える。『春雨物語』のこの「二世の縁」の場合は奇怪ものの話だから幻想世界へと踏み込むのだが、現実的にはそんな世界はないわけで、私たちが「鉦の音」に気づいたとすればそれはより現実に強く結び付く契機にしかならないのだろう。


  自然音とか環境音とか居るその環境を含めて心地よい、という最初に引用した文章の前半のようなものは古典作品にもざらにあるだろう。そんなものはやはり誰でも思いつき、そして書くのだろう。でも、秋成は後半の「鉦の音」への気づきという観点も合わせて書いた。だから、秋成のこの文章はアンビエント的でも音響的でもあり私にとって稀有な価値を持っている。


現代語訳 雨月物語・春雨物語 (河出文庫)

現代語訳 雨月物語・春雨物語 (河出文庫)

2014-11-02

『Gのレコンギスタ』

  『ガンダム Gのレコンギスタ』、第6話「強敵、デレンセン!」を観た。おもしろかった。モビルスーツ同士の戦いが熱くもあり、悲しくもある。


  深夜アニメを観る本数自体がそんなに多くないし、リアルタイムで観るものとなるともっと少なくなる。そんな少ないアニメのなかでだが、『Gのレコンギスタ』はここ数年のなかで最も毎週楽しみにしているアニメだ。


  アニメ自体もそうだし、物語やキャラクターの言動の解釈や2ちゃんねるで見るリアルタイムの感想など、そういう環境も含めて楽しみであり新鮮。そして、富野由悠季監督にとって少なくともテレビアニメとしては遺作となる可能性もあり、その貴重さを噛みしめる意味でも『Gのレコンギスタ』には自分にとって価値がある。


  第6話で少年ベルリは知らなかったとは言え教官であったデレンセンを殺してしまったわけで。だが、直後に大気圏へと自由落下していくクリムを救った。しかも、デレンセンとの戦いで得たエネルギーがなければクリムの救出は成し得ず、ベルリもクリムも二人とも大気圏へ落下していっただろう。実験的に装備したリフレクターによりデレンセンが撃ったビームを吸収し、それが自分もクリムも救うことになった。


  この命の消失と救出というバランスは、ドラマとして物凄くうまいと思った。ただ知り合いを殺し、初めて人を自分の手で殺すことに自覚するだけでなく、なり行きだが同じ機械で、装備で、モビルスーツで人の命を救えることを体験する。


  また、戦闘後に人をあやめたという事実からベッドに寝転がり現実逃避しようと葛藤しているベルリに、空気の読めない能天気なラライヤがチュチュミ(金魚)を持って遊びにくる。そんな気分ではないのに。それで、もう思い出となってしまった人の思い出を思い出し、現実あるいは自分が歩いていくべき未来に戻される。


  この現実逃避しようとするベルリのシーンは、ただラライヤによってデレンセンを思い出してしまう、というだけではなくてもっと抽象的に(構造的に)捉えることもできるだろう。それは人と人の行き違いだ。キャピタル側であるベルリが海賊(アメリア軍)側にいることでもあるし、救出しに来た少年とわからずその対象の乗ったモビルスーツを攻撃することでもあるし、教官と知らずビームライフルで焼き切ってしまうことでもある。また、ぼくたちの日常にもそういう行き違いはごろごろと転がっている。他人は、世界は、自分の気分など読んではくれない。ただ、ライフルから放たれたビームみたいに向こうからやってくるだけだ。くよくよしていても相手はそんなことを気にしない。ビームを撃たれれば避けるとか、あるいは受ける覚悟をするしかないし、あるいはくよくよする前に撃たれないように未来を操作するべきなのだろう。


  『∀ガンダム』もかなり好きなアニメだが、遥かに期待の上をいく『Gのレコンギスタ』は『∀ガンダム』に並ぶアニメになるかもしれない。比べることは不可能なのだが。なぜなら、架空世界の歴史の順序としては逆だが、『Gのレコンギスタ』は『∀ガンダム』の上に成り立っているのだから。そして、その『∀ガンダム』の前には様々ないくつもの過去の「ガンダム」があり、一番始めには『機動戦士ガンダム』がある。


  「ガンダム」というシリーズはそういうものだ。「ガンダム」という歴史。「ガンダム」の新作が登場する毎に「ガンダム」シリーズは濃くなっていき、その限りを知らない。歴史を知っている視聴者にとっては、『Gのレコンギスタ』は未知のものであり未知のものではない。友人の成長した子供を見る気分かもしれない。既視感もあれば未視感もある。ぼくたちの中で「ガンダム」の歴史はどんどん濃くなっていく。どんどんぼくたちの頭の中で「ガンダム」と「ガンダム」が繋がっていく。


  『Gのレコンギスタ』、これからも楽しみだ。




ガンダム Gのレコンギスタ ED Full 「Gundam: G no Reconguista」 Gの閃光
D