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2015-07-02

2015年6月の読書

  6月。引っ越しやその他の活動があり、読書に時間をあまり割けなかった記憶。が、それにしては良いものを読んだという満足感はあった。『幽霊たち』、『平凡』、『方舟さくら丸』、『鈴木ごっこ』は一年間の個人的ベストに入りそうな出来の本だった。





2015年6月の読書メーター
読んだ本の数:12冊
読んだページ数:3138ページ
ナイス数:142ナイス





■フィクション


界感想
  『文學界』連載の連作短編集。「旅先で見知らぬ女性と情事に陥ることもあるのではないか、と期待して、下半身が効かなくなるのを恐れて酒をセーブしようとなどとつゆとでも考えたのが、子供じみて馬鹿馬鹿しくなる」(「八橋」)。東京にいる本来の女とは心が食い違いはじめているようで、各地の旅先で瞬間の女を求める。度を越していて一歩引けば滑稽にさえ映るハードボイルドに浸っているが、虚しい男の下心が衝動としてある。次の一歩への躊躇いとか迷いが濃い。現実に挟まる記紀仏教などの古来の日本的な物語が幻想性の味になっていていい。
読了日:6月28日 著者:藤沢周





幽霊たち (新潮文庫)幽霊たち (新潮文庫)感想
  ミステリアスであり探偵たちの話ではあるがミステリーではない。なぜなら、そこには事件がないから。事件の起こらない世界の探偵はインクの切れたボールペンで書く小説みたいなもので、退屈とアイデンティティへの不安と暴走で狂ってしまってもしかたがない。この、何も起こらないから何かを起こす手法というのは解説によると他の作家もやっているみたいだが、この作品では実に上手く成功しているようにおもう。中編小説で本当に事件が起こらない、というのはほぼ有り得ないので大体先は読めてしまうが、それでも文学作品として読み応えがあった。
読了日:6月21日 著者:ポール・オースター





平凡 (新潮文庫 草 14-1)平凡 (新潮文庫 草 14-1)感想
  私小説風だがどこまで作者の人生に基づいているのかは不明。本編を読んだだけでは作者自身の生活に見えるのだが。幼少期から作家として成熟し切って役所に勤めるようになる頃まで。確かに平凡な人生だが、読んでいて私はおもしろいと感じた。主人公は作家になるが、その職業的な部分の描写は抑えられていて、恋や身内の死、という平凡な事件が小説の主な要素となっている。平凡だからこその共感も生まれる。明治文学、自然主義文学、言文一致というのがポイントか。読んでいて漱石の『こゝろ』と堀辰雄の『風立ちぬ』、西村賢太を何度か思い出す。
読了日:6月21日 著者:二葉亭四迷





方舟さくら丸 (新潮文庫)方舟さくら丸 (新潮文庫)感想
  シニカルでブラックユーモアたっぷりな独特の比喩が溢れかえる安部公房節を堪能。それだけでも十分なのに、『砂の女』みたいに話の筋も面白い方向性の作品になっている。モグラやサクラたち対ほうき隊の抗争や交渉の様子は、洋画でよくある麻薬組織対警察みたいでサスペンス性が非常に高い。終盤があまり盛り上がらなかったのが残念だが。発表されたのが1984年で、もろに冷戦という時代の影響下にある小説。時代の特有性でもあり、当時の読者は核戦争に真剣に怯えていたのかもしれないが、今の読者にしてみれば滑稽にしか思えない視点の違い。
読了日:6月13日 著者:安部公房





鈴木ごっこ (幻冬舎文庫)鈴木ごっこ (幻冬舎文庫)感想
  『家族ごっこ』という映画の原作。木下半太さんは初めて読んだけどおもしろかった。オチは納得しずらいけど『ファイト・クラブ』みたいに二度目で再確認したくなるものではあった。赤の他人が四人集まって家族を演じる、という設定でだいたい食卓で話が進むので演劇っぽくて、安部公房の小説でありそう。描写はもっと軽いのですごく読み易いけど。調べてみたら2012年頃に演劇で上演していたらしくYoutubeに全編アップされている。サスペンスホラーという感じのジャンルか。
  【演劇】ニコルソンズ「鈴木ごっこ」https://www.youtube.com/watch?v=14fJ-cuViaE
読了日:6月11日 著者:木下半太





リーンの翼 1リーンの翼 1感想
  『機動戦士ガンダム』の富野由悠季によるファンタジー小説。「バイストン・ウェル」という世界観による作品はアニメや小説でいくつもあり一つのサーガとなっている。この本は80年代に書かれたものを2010年に再構成したもの。辞書ほどの分厚さで読むのに苦労し挫折していたが、『Gのレコンギスタ』がきっかけの再燃によってなんとか読了。現世と背中合わせになっている異世界へ、第二次大戦中の特攻部隊の飛行機に乗った青年が迷い込む。物語としてさほど惹かれないがたまに文章に現れる富野さんの思想やポリシー、そして富野節が刺激になる。
読了日:6月27日 著者:富野由悠季





さぶ (新潮文庫)さぶ (新潮文庫)感想
  『ドラえもん』の主人公がどちらかと言うと意見は割れるだろうけど、実はのび太が主人公なんだと納得できないけどそう思っている。『さぶ』の主人公は栄二で、さぶは助っ人的な立場の親友。グズなさぶ=のび太、優秀な栄二=ドラえもん、という構図が序盤では見える。しかし途中から栄二に人生崩壊のピンチが訪れるところから物語は大きく変わり栄二一人の視点に移る。さぶが栄二を心の支えとしたように、人への信頼を失った栄二もさぶを支えとし始める。ドラえもんのび太のように、信頼し合う親友関係。一人ではなく、支え合って生きていく人生。
  という感じだが読んでいてあまり心地いい読書ではなかったが。終盤まではただ人情くさく説教くさいだけでまだ無害だが、オチが驚愕。このオチは必要だったのか?ウソをつくなら墓まで持って行ってもらいたいものだ。解かれなくていいミステリーの謎もあるだろうに。女のエゴイズムへの恐怖。『銀二貫』や『邂逅の森』なども読んで思うのは、こういう王道的な人情小説は苦手、ということ。
読了日:6月27日 著者:山本周五郎





24・7 (幻冬舎文庫)24・7 (幻冬舎文庫)感想
  文体や表現がオシャレでグローバルでなかなか真似できるものではない。作家性が強い分クセも強い。内容としては乱痴気騒ぎとセックスだけなのであまり入り込める世界ではなかったが。『ぼくは勉強ができない』とか『放課後の音符』とかの作風のほうが好み。
読了日:6月5日 著者:山田詠美





■ノンフィクション


山の人生山の人生感想
  山人(読みは「やまびと」か「さんじん」か?)。日本に先住していて現在は絶滅した民族のことらしい。実在はせず後に柳田自身が否定したようだが、この本では色々な噂話や伝説を集めて山人の姿を記録している。「山人の特色とは何であったかというと、一つには肌膚の色の赤いこと、二つには丈高く、ことに手足の長いことなどが、昔話の中に今も伝説せられます」。大塚英志原作のマンガ『北神伝奇』はこの本を下敷きにしたフィクションで、柳田の弟子の兵頭北神という架空の人物を中心とした奇譚でオカルト色が強いが一方で真剣でもあり面白かった。
読了日:6月21日 著者:柳田国男





なぜ日本人はご先祖様に祈るのか ドイツ人禅僧が見たフシギな死生観 (幻冬舎新書)なぜ日本人はご先祖様に祈るのか ドイツ人禅僧が見たフシギな死生観 (幻冬舎新書)感想
  ドイツ出身日本在住のお坊さんによる日本人の死生観についての本。キリスト教ユダヤ教イスラム教や海外の文化を仏教と日本人の死生観と比較していて幅広いのが良い。もう少し深く掘り下げてほしいともおもうが。「お葬式で読まれるお経は時間で決められる」、というような本職だからこそ書けるし説得力のある業界話がおもしろい。
読了日:6月11日 著者:ネルケ無方





天使論天使論感想
  暗黒舞踏系の舞踏家笠井叡さんによる神秘主義の本。父に借りて読み始めたが今日まで読み終えるまで何年掛かったか判然としない。非常に濃い本ではあるのだけど、ほとんど理解できていない。エリアーデスピノザグルジェフバタイユなど興味のある学者などに言及していて、密教錬金術に触れている部分もあるのだが、全体としてはいまいちはっきりと掴めていない「天使論」であり、最終的にはサド侯爵哲学という一つの地点に収束していく経緯であるので、結局はまるっきり私には理解できていない。誰かに解説してもらいたい一冊。
読了日:6月9日 著者:笠井叡





世界の半分を怒らせる世界の半分を怒らせる感想
  アニメや映画の監督をやってる押井さんのメルマガのまとめ。基本的に時事的な事件や社会問題についてのコラム。サッカーや軍事関係は一歩引いて読んでいたけどアニメや映画、宮崎駿庵野秀明とのプライベートな関係とか思想を認めたり批判したりと面白い。押井さんと宮さんってもっと仲悪いもんかと思ってたけど、二人でどっか行ったりもしてるらしく、この本では率直に宮さんや作品を評価していて意外だった。高畑勲(やジブリ作品)や宮沢賢治農本主義者として批判していたり、米は主食として劣っているなど個人的に新鮮な視点。装丁が好き。
読了日:6月27日 著者:押井守





「読書メーター」





界

方舟さくら丸 (新潮文庫)

方舟さくら丸 (新潮文庫)

鈴木ごっこ (幻冬舎文庫)

鈴木ごっこ (幻冬舎文庫)

2015-06-26

岩井秀人さんの「俳優してみませんか講座」を読んで考える演劇人の書く小説

文學界2015年7月号

文學界2015年7月号


  『文學界』2015年7月号掲載。劇作家・演出家・俳優であるらしい岩井秀人さんの小説「俳優してみませんか講座」を読んでるけど面白い。というか、笑いが止まらず読み進められない箇所に出くわしてしまった。ひきこもり青年の世界と自分への自意識過剰で卑屈な分析が痛快。


  演劇人の書いた小説というのを気づくと何作も読んでいるけど、どれも不思議と共通して演劇っぽさを感じる作風があって不思議だ。戯曲とはまた別に、より小説の形をしたもので。演劇人は、どこか「可笑しい」とおもえる小説を書くようだ。コントに近いシーンもけっこうあったり。


  演劇はふだん見ないが、こうしてなぜか演劇畑の小説を読んでいくとそちらへと気が向いていくものだ。岩井秀人さんは「ハイバイ」という劇団の代表らしく、こう自分に刺激になるものを読んでしまうと演劇も見たくなる。


  「俳優してみませんか講座」のような、社会のアウトサイドにはみ出てしまった青年が社会を恨みがましい視線で見つめ、独白で進んでいく物語という点ではどうしても『ライ麦畑でつかまえて』のホールデンを思い出してしまう。しかし、この二つを比較したとき、前者はほぼ講座が開かれる会議室が舞台なのに対して、後者は学校を出て街を放浪するなかでいろいろな場所へ主人公が訪れる、という点で対照的だ。


  本人は真面目に、しかも正しいと思って振舞っているつもりでも、相手や社会には通じず、信念と現実が食い違っていく。そういうディスコミュニケーションが、「俳優やってみませんか講座」では笑いとして捉えられるよう演出されている。信念と現実の食い違いが多々起こる人っていうのはアスペルガーとかコミュ障とか、そういう人たちに近いんだろうけど。




  演劇人の小説の決定的な「演劇っぽさ」とは、一つの場面とか少ない場面で小説を作ろうとすること、だろう。映画で言えば『ソウ』みたいなワンシチュエーションスリラーみたいな。全部がそうではないけど、場面転換の少ない小説が多い印象。


  ふつう、小説を書こうとすると一つの場面に絞ろうとなんて考えるはずもなく、奇をてらった方法として考え付くくらいだろう。けど、演劇の場合は舞台という物理的な制約があるので、少数場面での物語創作が身についているんだろうか。


  劇作家前田司郎さんが書いた小説『大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇』は地獄へ旅行に行く話だから、いろんな地獄の土地を巡るから数え切れないシーンが出てくるんだけど。それでも演劇っぽさはあったな。そしておもしろかった。


  演劇人の小説は会話が多い、とは言い切れないだろうけど、会話が重要な味になっているのではないか、とはおもう。会話の間とか、現実にありそうな変な会話とか、そういうのに凄く気を遣って書かれているような気がする。


  会話の表面的な軽さ、というのが意識されているように思える。旧来の文学の印象が小難しいことを議論している、というものだとすれば、そこからの強引かつ効果的な逸脱というのが演劇人の書く小説の会話にあるように思える。


  表面的に軽い反面、日常的過ぎる会話を異化させることでその意味について改めて考えさせられる、ということが多いように思える。


  「俳優してみませんか講座」の冒頭に、おそらく主人公に対して発せられたであろうバス運転手の言葉が出てくる。「おい、考えろ」というものだ。誰に対して言ったのか、何を考えるのかも抜け落ちたこの言葉。それについて主人公は不必要に考え込むが、このひと言によってひきこもり青年の自意識過剰さや過剰な繊細さ、社会とのズレなどを冒頭で明確にさせる効果がある。「おい、考えろ」、だけなのに。それだけの表面的には軽い言葉なのに、意識は溢れかえるのだ。




  ちなみに、演劇人の書いた小説で読んだものを思い出せるのは、本谷有希子前田司郎『大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇』、木下半太『家族ごっこ』、安部公房




大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇 (幻冬舎文庫)

大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇 (幻冬舎文庫)

2015-06-21

鳥の写真をたくさん載せています。

鳥類が苦手な方は見ない方がいいかもしれないです。

ちなみに鳩は映っていません。

ぼくは鳩、平気ですが。




多摩川河川敷にて。




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使用機種はCanon EOS Kiss X7です。

ダブルズームキットに付属していた望遠レンズを使用。




2015-06-17

古い家、写真。


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2015-06-14

蜂みたいな蛾を追う家守を追う猫と

引越前夜

土曜日


なにか思うことがあっても

なにか書きたいと思うことがあっても

パソコンがない

キーボードを叩きたくても叩けない

マウスもない

ネコはいるけど

部屋の隅で丸まっている

最後の晩なのだから触れていたいのだが

ネコはネコで一人に慣れる予行演習か


何年も住んだ窓の網戸は蔓草がはびこる

今晩はヤモリが三度も室内の光につられてかやってきた

尻尾が短いやつだ

ちぎれた後のヤモリなのか

一度は一人で

二度は一人でも見つけた猫に網戸越しに追いかけられて

三度は蜂みたいな蛾もブンブン鳴りながら一緒に

ヤモリはそのハチ蛾に夢中のようで

網戸をよじ登って狩人になっていた

蛾は蛾で光に無我夢中でヤモリになんて気づかない

その内、ヤモリが蛾の片羽をパクリとくわえた

ブンブンとハチ蛾は羽ばたいたまま身動きできない

しかし、ヤモリのからだ半分くらいある蛾だ

どうも狩人ヤモリ氏には食べられそうにはない

NHKとかアニマルプラネットみたいな

野生動物ドキュメンタリーの取材者になった気分だ

取材者なら静観すべきだろう

けれど、ただの人間である人間なので

網戸をでこぴんで叩いてみる

ハチ蛾をぴんと

狩人ヤモリ氏をぴんぴんと

すると、先にヤモリが羽から口をはなした

しかも落下する

でも大丈夫

蔓だから葉っぱもたくさんあるのだから地までは落ちない

それでも蛾はブンブンうるさい

部屋の電気を消す

さっきから読んでいたKindleだけが白く発光している

やがて、ハチ蛾の羽音は聞こえなくなった


ケータイでパチパチと文字を入力する

原始的な方法だが身近ではある

こうしていると高校の頃を思い出す

やけに高校生たちの中でケータイ日記みたいなのが流行っていた

パチパチと日々文字を打ち込んだものだ、と思い出す


とにもかくにも物は茶色箱に仕舞っていった

身の回りに紙の本は藤沢周一冊だけになってしまった

眠くなってきたのでそろそろ布団に入るが

暇をつぶせる方法がどんどん減っていくのは心細いものだ

ネコはまだ部屋の隅で丸まっている

蔓がはびこる窓からの夜風が涼しくなってきた

うちわもいらないくらいだ