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2014-07-22

Ambient Mix Jul.2014 - Arika

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Ambient Mix Jul.2014 - Arika




ひさびさにDJでミックスした音源をMixcloudにアップしました。

2013年の8月以来のような気がします。

時間が早い。


Mixcloudにアンビエントチャートというものがあるらしく、先ほど確認したら43位になっていました。

どうもありがとうございます。




在り処。

私の居場所だ、となんとなく思う。

そんなアンビエントでドローンなミックス。



■Setlist

Time - Artist - Track - Album


00:00 The North Sea & Rameses III - Night Blossoms Written In Sanskrit - Night Of The Ankou

17:10 The Green Kingdom - Whispered Through Pines - Incidental Music

21:00 Autistici - Automated Night Light - Amplified Presence

22:50 Mark Harris - Running Forward_ To The Object Of Ones Affection - The Angry Child

28:50 Tim Hecker - Bordr Lens Pt. 1 - Haunt Me, Haunt Me Do It Again

33:00 Chihei Hatakeyama - Alone By the Sea - Alone By the Sea

43:00 Federico Durand - Un Claro del Bosque Iluminado... - El Estanque Esmeralda

48:20 Dirac - A Rest in Tension - Emphasis

59:20 Biosphere - From A Solid To A Liquid - Dropsonde




Incidental Music

Incidental Music

Alone by The Sea

Alone by The Sea

El Estanque Esmeralda

El Estanque Esmeralda

2014-07-06

2014年6月の読書

2014年6月の読書メーター
読んだ本の数:8冊
読んだページ数:2911ページ
ナイス数:69ナイス




■フィクション


百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))百年の孤独 感想
  幽霊になって現れる先祖、何カ月も何年も降り続く雨、豚の尻尾を持った子供、老婆の目が見えなくなっても生活ができ、周囲の人々が気づかない。現実と魔術との境目がない。有り得ないが有り得そうな羊皮紙の上の物語。マジックリアリズムのモデルとしては価値があるだろう。こんな偏執狂的で珍奇な本を書けるのは凄い。しかし、作者の遊びに付き合わされている感じが強く、虚無感しかない。老人は敬うべきなのだろう。だからこの本も蔑にしてはいけないのだろう。好奇心を持って読み始めたが、百ページより後に残ったのは義務感だけだった。
読了日:6月16日 著者:ガブリエルガルシア=マルケス





行人 (新潮文庫)行人 (新潮文庫)感想
  Kindle Paperwhiteで読み始めたので全体の量が分からなかったのだが、いつまで経っても読み終わらない気がして1000ページはあるんじゃないかと思っていたら実際はその半分くらいか。しかし、結末は何も解決していないように思えてあっさり終わった。今まで持っていた漱石のイメージと違う。前半は家族内での会話、出来事が多く、嫁を貰う、嫁ぐなどの結婚が話の題材になっていて時々混ざる滑稽さも合わせて小津安二郎の映画を思い出すものだった。しかし後半になると気が変になった兄に話が移り、ミステリアスなまま終わる。
読了日:6月11日 著者:夏目漱石





フラッタ・リンツ・ライフ―Flutter into Life (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)フラッタ・リンツ・ライフ―Flutter into Life (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)感想
  「スカイ・クロラ」シリーズ四巻目。読んでいる最中はとても心地よかったのだけど、感想を書こうと思うと内容を全然覚えていなかった。クリタとクサナギのちょっと危ない関係の際々な距離感がよい。クサナギはティーチャを、クリタはクサナギを尊敬し憧れる。パイロット同士の一次元上がったような人間関係がよい。読んでいるとアニメで観たくなる。
読了日:6月30日 著者:森博嗣





新宿鮫 (光文社文庫)新宿鮫 (光文社文庫)感想
  ハードボイルドっぽくはあるが、警察官のなかではぐれてるっていっても真っ当な警察だしなんか物足りないなぁ。チャンドラーも合わなかったし、この路線はダメかもしれない。話の筋は上手いけど、もう今となっては新鮮味のかけらもない。流行り廃りの早いジャンルなんだろう。
読了日:6月30日 著者:大沢在昌





■ノンフィクション


青空としてのわたし青空としてのわたし感想
  藤田一照さんとの共著『アップデートする仏教』の姉妹本のようなもの。こちらは山下さん単独ということもあり、旧来の仏教から仏教3.0に至るまでがエッセイ風に分かり易く書かれている。前著もよかったが、これも仏教書として凄く刺激がある。瞑想がどうあるべきか、ということは物事の考え方がどうあるべきか、ということでもあるので自己啓発書としての役割も持つ。どちらにせよ、考え方一つで己も世界も変わってくるのは事実だ。「気づくとは、考えることが終わった世界です」。波と水の区別をなくす。いろいろな境界をなくすこと。
読了日:6月30日 著者:山下良道


「気づくとは、考えることが終わった世界」(14.06.15)





仁義なき映画論 (文春文庫)仁義なき映画論 (文春文庫)感想
  89年、90年頃に上映された映画の評論。たけしが二作目を撮ってから三作目を撮り始めた頃くらいまで。ほとんどの映画を毒舌でけなしているけど、その中でもたまに褒めている映画があって、観たくなる。意外と真面目に監督・北野武としても映画を語っていて、地頭がよさそうだし勉強家なんだなと見直す。最近の映画評論も読んでみたいな。そして、もうすこしたけしの映画を観てみようという気になった。思えば、たけしの本を読んだの初めてだった。
読了日:6月12日 著者:ビートたけし





加入礼・儀式・秘密結社: 神秘の誕生──加入礼の型についての試論 (叢書・ウニベルシタス)加入礼・儀式・秘密結社: 神秘の誕生──加入礼の型についての試論 (叢書・ウニベルシタス)感想
  読んだけど内容をほとんど覚えていない。成人式とかの子供から大人になって社会に加わるためのイニシエーション(加入礼)などについて。期待していなかったのだが意外にもシャーマンになるための儀式なども例証されていてよかった。村から離れ一人あるいは数人のグループで森に入るとか、隔離された場所で怪物に殺されてから再生して戻ってくる、とかそういう実例が多かった記憶。訳者による解説がぜんぜん解説になっていないような。構造主義的な話で興味はあるが。
読了日:6月12日 著者:ミルチャエリアーデ





歌舞伎町裏街道 (幻冬舎アウトロー文庫)歌舞伎町裏街道 (幻冬舎アウトロー文庫)感想
  「歌舞伎町で、友人の風俗ライターが忽然と姿を消した」。その友人を追い歌舞伎町の奥へ奥へと入り込んでいくフリーライターの著者。90年代後半頃のアウトローな現場の状況を報告するルポでありながら、一応友人を探す物語になっているので話の展開としての面白さもある。ヤクザ、売春婦、覚醒剤、中国人犯罪。著者は警察関係者と親密にしていて歌舞伎町交番にも出入りしていたとのこと。その交番で勤務していた高橋和義さんの『職務質問』のネタとかぶるものがいくつかある。新鮮味が無いとも言えるがネタ元がわかる分信憑性があるとも言える。
読了日:6月8日 著者:久保博司






読書メーター





青空としてのわたし

青空としてのわたし

2014-06-30

攻殻機動隊とか電脳とかロボットとか

攻殻機動隊 (1)    KCデラックス

攻殻機動隊 (1) KCデラックス




  攻殻機動隊の新しいアニメをやっていたりする影響で原作を読み返した。『ARISE』という新しいのはたしかまだ第一話しか観ていないが。溜まってから観ようかなと思っている。


  士郎正宗さんによる『攻殻機動隊』第一巻目と、二巻目の後にでた『攻殻機動隊1.5 HUMAN-ERROR PROCESSER』というものの途中まで。『1.5』は半分がマンガで、あと半分はテレビアニメのためのシナリオプロットのようなもの。後半は文章でちゃんと読んでいなかったので、この機会に読んでしまいたい。アニメに近い話もあれば全然違っていたりと新鮮。またアニメを観たくなる。


  突然だけど、人間はどこまでが人間なんだろう。『攻殻機動隊』を読んでいたらそんなことを考えてしまった。「電脳化」というものがちょっと謎なんだけど、ネットで見たところ一応生体部分が残っている頭脳らしい。ナノマシンを脳みそに注入してネットできるようにしているとか。劇中で金属の塊っぽくみえるが、あれはケースなのだろう。


  電脳後の頭脳は一応生体部分もある、と分かってちょっと安心した。だって、身体の90パーセントが機械になっても脳みそが無事なら人間と言えそうでしょ。でも、逆に90パーセントは生身だけど脳みそが機械だったら……。それはサイボーグかなにかでは?と思ってしまう。


  素子はいかにも人間ですっていう風にふるまっているけど、微かに脳みそだけは生物なんだろう。だからかろうじて人間、というところだろうか。彼女は擬体を何度も乗り移るし、遠隔操作したりしているからもう後半になってくるほど謎の存在だけど。


  精神と身体は切り離せない、とぼくは考えているので脳みそが生物でも他が機械だったら変なことになりそうだな、とか思うわけだけど。脳みそ=精神、とはいかないわけで。


  基準としてここ数日考えていた。やはり、心臓は偽物でも脳みそさえあれば自分を自分だと言えるような気がすると。どこからそんな根拠がくるのか、とか他の人はどう考えているか、とか気になるところ。



  今日、6月30日は文學界新人賞の締切日だった。ギリギリ当日の朝に郵便局に持って行った。すこし解放された気分だ。


  これのために書いたものではなくて数年前に書いたものをちょこっと修正しただけのものだが……。その今回応募したのが、ロボットが出てくるお話。SFと言えばSFだ。『文學界』にSFを出すというのは間違っているのだろうけど、ぼくはこれが文学にも成り得ると信じているので出した。半径数メートルを書いただけのテーマも深みもなにもないようなものが「文学」であるならば、時にはSFも文学になるのだと思っている。


  そうやって書いたり直したりしていて、ふと、人間とロボットの境目ってどこだ……と自分を見失うことが何度もあった。そういうこともあり、上に書いたようなことを考えてしまう。


  『攻殻機動隊』の世界では電脳化が一般的なようだけど、今の常識でも個人的な意識としても脳みそをいじられるなんて気味悪くて仕方がない。そんなの耐えられないことだ。自分でも似たような話を書いたわけだが、うーん、やっぱり脳みそは切り札で「最後の自分」とでも言えるだろう。


  アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の特に第一期を観たくなってきた。




  さようなら。


  また来月。

2014-06-19

The Field - Cupid's Head

CUPID'S HEAD +1

CUPID'S HEAD +1

The Field - Cupid's Head
D


Track List


1. They Won't See Me

2. Black Sea

3. Cupid's Head

4. A Guided Tour

5. No. No...

6. 20 Seconds Of Affection

7. Mind Mischief (The Field Remix) - Tame Impala




  リリースは去年の2013年だけど、ようやく手にしたThe Fieldの四枚目のアルバム(日本盤)。日本盤はボーナストラックと小林祥晴さんによるライナーノーツ付き。


  うん、やはりいいThe Field。

  ループ、ミニマルの不毛な素晴らしさ。

  どす黒く明滅する蛍光灯の鮮烈さ。



  黒地のジャケットと「Cupid's Head」というタイトル。解説によると、このアルバム制作前のアレックス・ウィルナーがスランプ気味だったというエピソードなどから、なんとなく「地獄」という言葉のイメージが浮かんでくる。

  天使の生首が頭に浮かぶ。地獄へ堕ちた天使の。しかし、このアルバムは地獄へ行きそして帰ってきた時点でのイメージだ。"Cupid's Head"、"A Guided Tour"、"Mind Mischief"の三曲は比較的わかりやすく明るくもあるのだが、その他は深く暗く響く。そして、タイトルが示し連呼されているようにYesよりもNoだ。ダークだ。

  このダークさはこれまでの三枚のアルバムにはなかったものであり、変化の付け方として成功しているだろう。解説によると、制作前には意外なことにアンビエント、ドローンをよく聞いていたとのこと。スランプがそのせいのように思えるのだが、過程はどうあれ結果的に見事な作品が出来上がっている。



  The Fieldは延々と1と1と1の繰り返しをしているような音楽であり、聴いている時間というのは無駄とも言える。その時間を有意義に使う方法はいくらでもあるだろう。でも、The Fieldを特にヘッドフォンで集中し聴き続けていると、その他の時間の使い方こそ無駄だと思えてくるから、この無駄と無駄と無駄の繰り返しによる魔術の恐ろしさを知ることになる。


  無駄と無駄、1と1との間の細かな差異をThe Fieldは導き出している。耳から得た小数点以下の誤差という情報をつまみだす脳の働きが快楽だ。




Tame Impala - Mind Mischief
D
  リミックスのオリジナル。

2014-06-15

「気づくとは、考えることが終わった世界」

青空としてのわたし

青空としてのわたし




  お坊さんの山下良道さんの『青空としてのわたし』という本を読んでいる。

  山下さんは兄弟弟子の藤田一照さんとの共著で2013年に『アップデートする仏教という本を出している。こちらはこれからの仏教を説いたものだった。『青空としてのわたし』もそういった役割が大きいが、それに加えてタイトルや装丁、中身からは自己啓発書の趣が伝わってくる。実際、仏教にも瞑想にもあまり興味がない人にも読み易い仏教書になっているとおもう。

  前著の『アップデートする仏教』がぼくにとって衝撃だったので、こちらも読んでいる。寝起きでぼーっと読んでいたら、「波と水」と題された節でとてもカッコいいフレーズが出てきたので驚き、引用してみたくなった。



  波には高い低いがあります。……しかし観方を変えて、水として観たら、もう高いも低いもありません。生まれることも死ぬこともありません。

  ……波ではなく水なんだ、と観方を変えたときに、今はとても無理だけど遠い遠い将来にあるだろうと期待し求めてきたものが、じつはすべてここにあるということがわかります。

  では、そのことをどうやって本当に納得できるかと言えば、「気づく」ということの本質を理解することによってです。気づくとは、考えることが終わった世界です。

  ……気づくとは、考えが落ちるということなのです。そして、考えるというのは概念の世界だから、考えが終わったときに我々は概念の世界を出て、つまり波の世界を出て、もともと我々は水だと認識する世界に戻っていくのです。


(『青空としてのわたし』、p.146-147)



  「気づくとは、考えることが終わった世界です」。

  意味、内容よりもともかくこの一節が凄い、と思った。そしてしっかりと前後を読んで意味を考えて改めて自分に滲み込んでいくものを感じる。

  波と観るから優越感、劣等感を感じ、競争しようとする。しかし波も水であり、波が水だと考えれば穏やかになるのだと気づく、ということ。概念の行為である考えるが終了したとき、概念の時空から離脱しすなわち気づくことで、我々が立ち戻るべき現実の世界へと戻る。

  自分が「水」だと認識し、主体と客体を分けない、一体と認識することが瞑想をする上で大切、だそうだ。




  『ジョジョの奇妙な冒険』第七部「スティール・ボール・ラン」で、なんでも言葉に「世界」を付ける「マイク・О」という変なキャラがいたし、数日前に観たリドリー・スコット監督の『悪の法則』でもマフィアらしきオヤジが、禅問答みたいな語り口でやたらと「世界」という言葉を使っていた。個人的な印象でしかないが、山下さんの引用した部分の言葉が、これらと繋がっているものと感じ、それによる衝撃が加わっていたのだ。


  「世界」を無駄にやたらと言葉に加えるのって流行っているのか?この付け足された「世界」によって、その発言は安っぽくもなる。「セカイ系」という言葉、ジャンルを思い出す。しかし、この「世界」によって発言された言葉は主体と客体を離れ、一つ俯瞰した次元へと上がるように思える。良くも悪くもだ。対象も言葉の意味も、抽象的にそして敷衍されることになる。言葉が「世界」によって世界へと浮遊するのだ。