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2016-10-31

東京デザインウィーク2016の感想

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  東京デザインウィーク2016に友人たちと行ってきたのでその感想と写真です。




■開催概要


ABLE & PARTNERS

TOKYO DESIGN WEEK 2016

会場: 明治神宮外苑 絵画館前

〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町2-3

主催: TOKYO DESIGN WEEK

DESIGN ASSOCIATION NPO


前期:2016年10月26日 〜 10月31日

後期:2016年11月2日 〜 11月7日 ※11月1日は終日閉場

開場時間:11:00〜21:00 ※最終日は20:00まで

2015年来場者数:106,321名

入場チケット:2,500円(一般当日券)

※昨年の入場料3,000円から2,500円に料金改定致しました。


http://tokyodesignweek.jp/


  Air Tent展、スーパーロボット展、Creative Life展、学校作品展、写楽インスパイア展、りんご音楽祭など。いろんなコンセプトの展示や音楽などのイベントがある。


  前期(10月26日 〜 10月31日)と後期(11月2日 〜 11月7日 ※11月1日は終日閉場)で展示内容が変わるみたい。自分は10月29日に行ったので前期の内容だった。




■体験型の展示もたくさん


  場所は明治神宮球場とかがある明治神宮外苑。ひろびろとしたスペースの中で、屋内展示の建物があったりステージがあったり、フードコートがあったり。

  音楽のライブとかのイベントは全然見られなかったけど、展示をざっと全部見て回ったけど所要時間は4〜5時間くらいかな。


  デザイナーが考えたアクセサリーや家具などが展示してあって、デザインしたひと本人が居て説明をしてくれたり。


  美術系大学の学生たちがつくっているようなものは、体験型のプロジェクトが多かった印象。作品だけがぼーんと目の前にあっても、使い方、遊び方がわからないものだらけ。でも、学生系はその場所に学生さんたちがたくさん居るのでレクチャーしてくれる。

  体験型では自分で、デザインされた空間に入る作品が多かったとおもう。一人だと恥じらいが強いので、複数人でいくと一層楽しめる。


  体験型のアートとかインスタレーションアートの展示というと、初台の東京オペラシティーにあるICC(NTTインターコミュニケーション・センター)にちょっと近い感覚。




■写真撮影OKみたいです


  入口にいたスタッフの方に「写真撮影できますか」と訊いてみたところ、「大丈夫です」とのことで、いろいろ撮ってきた。


  商品やプロジェクトという表現が合いそうな展示が多いとはいえ、作品でもあるのだからぜんぶ写真撮影可っていうのはけっこう太っ腹に思える。SNSとかでの宣伝効果を期待してということかもしれないけど。


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  フードコートでは屋台がいくつかあって、お肉系が多かったかな。ジンギスカンとかピザとかパエリアとか。ジンギスカン入りのタコスみたなものを食べた。


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■りんご音楽祭@TDW


  野外と室内でやるライブで好きなバンドのPolarisが出るみたいだったけど、時間がなくて見られなくて非情に残念……。


  翌日、部屋で延々と Polarisを流していた。


Polaris - 深呼吸
D


  ほかに、アナログフィッシュ、Seiho、DE DE MOUSE、青葉市子などが出演。


■EOS Kiss X7&SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS


  写真撮影の使用機材は、ボディがCanonの「EOS Kiss X7」でレンズがSIGMA の標準ズームレンズ「17-50mm F2.8 EX DC OS」です。


  友人たちと移動しつつ、明暗の差のある室内や屋外を行ったり来たりなので、自分の腕が足りないこともあって明るさの調整が難しかった。


  でも、SIGMAの「17-50mm F2.8 EX DC OS」はF値が2.8と低く17-50mmをカバーしてくれているので寄るのも引くのも簡単。ただ、このレンズだけで565 gっていうのはけっこう重量感なんだけど。数か月使っていてやっとこの重さに慣れてきた感じ。


■追記(2016.11.06)

「『子どもが中に!』ジャングルジムから火の手 神宮外苑」


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※この写真は事件当日のものではありません


  燃え上ってしまったらしい展示のジャングルジム。昼間に行ったので電球があったかは記憶にないけど、中には人が入れるようになっていて、おがくずがたくさんあったので、確かに非常に燃えやすいオブジェではあった。日本工業大学による「素の家」っていう作品らしい。残念な事件だ。


  ご冥福をお祈りします。

2016-09-04

杉本博司 ロスト・ヒューマン

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  恵比寿に行く用事があって、ガーデンプレイスの東京都写真美術館のリニューアルがそろそろだと思いだしたら、まさに当日だった。


杉本博司 「ロスト・ヒューマン」


  杉本博司さんの「ロスト・ヒューマン」。写真美術館のリニューアルもこの展示も広告の不穏さが不安ながらも楽しみにしていたけど、正直、なにも意味がわからなかった。という感想。


  戦艦の模型や変な人形がたくさんあったり。内装はレトロな風に作ってあって凝ってはいたけど、居酒屋の半兵ヱとかナンジャタウンとかみたいな、作り物のレトロ空間という印象は拭えない。


  写真作品の展示がすくない。あっても、なぜか同じようなものが何枚も飾られている。自分以外の人間には違う映像または白い空間になにかの映像が映っているのかもしれない。でも、自分には映らないのでそれまでだ。


  浅田彰、磯崎新、平野啓一郎、渋谷慶一郎など、いわゆる著名人と言われているような人たちがうすら寒いテンプレな文章を書いていてそれが作品のまえに置いてあるけど、そんなの読みたくない。


  杉本博司さんの写真自体は好きだけど、こんかいの展示はよろしくない。ブランド力を使って好きなことをやった、というだけ。現代アートに寄り過ぎ。人が大勢で凄く混んでたし、おみやげ屋では沢山の人がカタログを買ってたけど、異常としか思えない。反対に、なにかしら文字情報がないと理解できない展示とも言えるが。読んで考えなければならいほどの価値はなさそうだし、直感的な面白さが欠けているのはどうかとおもう。


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  地下でやってる「世界報道写真展2016」はすごくよかった。『ナショナルジオグラフィック』的報道写真群。


ON THE BEACH (Ima photobooks)

ON THE BEACH (Ima photobooks)

2016-05-01

AI囲碁 - 『WIRED』Vol.22 「人類と人工知能の頂上決戦:目撃者4人の証言」

ヒカルの碁 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

ヒカルの碁 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)


  囲碁と言えば、昔マンガの『ヒカルの碁』にはまって、ちょっとかじってみたくらいでまったくの素人だ。

  でも、2016年3月12日のDeepMind(Googleが買収)のAlphaGo対イ・セドルの対局で、AI側が4勝1敗と勝ち越したニュースは衝撃だった。

  それは、この対局の2か月ほどまえに、『WIRED』Vol.20のAI特集でAIが囲碁で人間に勝つにはあと10年くらいは掛かるんじゃないか、みたいな記事を読んでいたからだった。



  そして、2016年4月刊行の『WIRED』Vol.22の記事で3ページだけだが、「GO: THE ULTIMATE MATCH 人類と人工知能の頂上決戦:目撃者4人の証言」で、3月の対戦について書かれていたのを読んだ。

  「証言」をしているのは、マイケル・レドモンド(棋士。今回の決戦の実況中継を担当)、宮内悠介(SF作家)、高木秀和(囲碁ライター)、北川拓也(理論物理学者)の4人。それぞれの文章は短めだが、立場のちがう4人の視点のちがいがおもしろい。


  その中でも、実況中継を行ったマイケル・レドモンドの発言をここで引用していきたい。


「DeepMindの研究者たちと接するなかで、AlphaGoは芸術作品であるという確信をもつに至った。」

「彼らは、わたしが思いつきで提案したような考えはすべて検討済みで、大変な作業の結果、この人工知能が生まれたのがわかったからだ。」


  人間に勝ったあるいは越えた(と自分は考えているが)AlphaGoが「芸術作品」なのかも、という視点はもしかしたらそうかも、と思える。「芸術」とか「芸術作品」っていう定義が至極あいまな世界なわけで、個人的主観にすぎないが、AlphaGoの勝利から感じる気持ちには特別なものがある。

  だが、マイケル・レドモンドが「AlphaGoは芸術作品である」という根拠を、研究者たちの試行錯誤や努力に定めている点が不可解でならない。


  ゴッホが凄いから「ひまわり」が芸術なのか?モネが凄いから「睡蓮の池」が芸術なのか?ルノワールが凄いから「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」が芸術なのか?

  自分の思考の限界からか、なぜか画家と絵画作品ばかり挙げてしまったが、作り手が凄いから作品は芸術だ、という論理は至極つまらない、としか言えない。


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(ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」)




  上に引用したマイケル・レドモンドの発言と思考もこういうつまらないものでしかない。

  このつまらなさの原因は、マイケル・レドモンド自身が棋士であり、AIに負ける側あるいは飛び越される側だから、という面が強い。彼は、AI研究者とかプログラマではなく、言い方を変えれば芸術家だ。彼は囲碁をする者は棋譜や独特の定石や布石を作りだす芸術家、と考えているのかもしれない。その辺りがマイケル・レドモンドのAIに対する限界だった、と思える。


「わたしは、AlpaGoが人間を超えたとは思っていない。」


  ただの棋士として、人間としての負け惜しみにしか聞こえないが。この後に続く言葉は興味深い。


「誰も予想できない手がもっと頻繁に出なければ、『布石の革命』は起こらないだろう。」


  「布石の革命」という言葉の意味がいまいちわからないが、囲碁の進歩という意味で捉えると、AIの打つ囲碁にも人間の打つ囲碁にも、もっと広げるべき余地があるというようなことだろうか。

  AlphaGoが人間を超えたか否かは別として、AIの囲碁がもっと進化すべきで、その余地がある、というのはその通りだろう。

  その進化で自分が思うのが、AIはAIと囲碁の対局をしなければならない、ということ。今までは人間に勝つことが目標だったから、人間と対局していたのはわかるが、目標を達成したいま、AI対AIの囲碁を作り上げていけばもっとおもしろいことになるのでは、と楽しみになる。

  こんなところで言われるまでもなく、DeepMindの研究者の方などはもう研究を始めているのかもしれないけど。


  人工知能にも人間にも打てなかった、(人工)超知能同士でしか打つことができない定石が生まれるかもしれない。

  超知能を作りだしてしまうことは危険性もあるのだけど、囲碁という人間の作ったルールの中限定の知能ならまだ安全そう。AIたちの生み出すAI囲碁によって、人間の棋士たちのプライドや常識は打っ飛んでしまいそうなものだけど。



  今回の『WIRED』Vol.22の記事を読んでいてそんなことを考えた。

  『WIRED』Vol.20のAI特集はかなりおもしろいのでオススメです。


■関連エントリー

『シンギュラリティ 人工知能から超知能へ』を読みながら考えたこと(16.04.17)

2014-09-14

SFの国でのSFの日

日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)

日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)




  昨日、京王線の芦花公園駅で降りた。世田谷文学館で開催している「日本SF展・SFの国」という企画展に行くためだ。




「日本SF展・SFの国(2014年7月19日(土)〜9月28日(日))」




  中に入ると、なかなかの盛況ぶりだった。なんどかここには来ているが、今までで一番賑やかに見えた。見るからにオタクな大学生グループもいれば、おじさんおばさん、キャピキャピした10代の女の子、子連れの親子と、よくわからない客層だったが。


  そして、展示の内容もなかなかよかった。SFは好きなつもりだが、「日本のSF」と限定して考えてしかも古典的なものがメインとなると、あまり興味はないのであまり期待はしていなかったのだけれど……。でも、入ってみるとワクワクしてくるのだった。


  『SFマガジン』の歴代の表紙が飾られていたり、SF作家の原稿や手紙、マンガの原稿、ハヤカワ文庫や『SFマガジン』の表紙になったイラストの原画などなど。


  『ウルトラマンシリーズ』の「タロウ」か「エース」の隊員が身につけているヘルメットと銃の実物まであって、銃は特に握ってみたくなった。ガラスケースの中に置かれていたので当然無理なのだが。握ってみると、ほんとうに光線でもでそうな気分になる。




  最も印象的なのは、『SFマガジン』の表紙の原画だ。画家の方の名前は忘れてしまったが、確かに思わず見入ったのは創刊号のものだとおもう。何枚も最終稿に至るまでの作品があって、どうにか試行錯誤して「SF」らしい絵にしようという気持ちが伝わってくる。


  しかも、その絵には絵以外にも針金か糸みたいなものが貼り付けてあり、立体感を出している。原画を見てみるとどうも絵としては異物の存在が気になるのだが、実際の雑誌の表紙を見ると気づかないくらいのものになっている。


  展示されている他の絵にもそういうものがあった。確か真鍋博さんのものだった。絵と言っても、写真が切り貼りされていたりいろいろな紙が紙の上に貼られているものなど。


  そういった工夫は「SFらしさ」を表現するための工夫なのだろうか。ジャンル固有のものと言うと言い過ぎかもしれないが、ふつうの「絵」からは外れたものを目指す故の工夫に思える。


  絵画における立体感というのは、印刷物を見るだけでは気づきにくい。そう、なんどか展示を見ていくうちにわかった。油絵だって実物を見るとごつごつと固まった絵具が立体的なのだ。


  その立体感の極端な例でぼくが思い出すのは、2013年の「アメリカン・ポップ・アート展」で見た作品群だ。そこには平面的な絵ももちろんあったが、絵の上にラジオやら家具やらが飛び出すようにくっ付けてあるものがあった。あれは、絵画=平面、という固定観念を崩すために画期的なアイデアだろう。




  絵の方に話が偏ってしまったが、もちろんSF作家についても多く扱われている展示だった。いろいろと読みたくなった。星新一さんや筒井康隆さんなど。


  日本のではないが、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を自室の本の山から引っ張りだしてきた。映画『ブレードランナー』も観て、一度読んだ本だ。でも、展示で飾られていたイラストを見て、なんでこの「電気羊の夢」についての問いかけなんだ?という疑問が沸いてその答えがみつからなかった。だから、また読みたくなったのだ。


  そして、前に読んだ時に思った疑問も解決されず頭の中に淀んで漂っている。それは、アンドロイドはそんなに悪い奴らなのか?というものだ。作中では、どうもアンドロイド=悪という見方しかされていないように思えて、なんだか納得できなかった。


  この二つの疑問のどちらかでも、二度目の読書で見つかればいいものだが、どうだろう。




2014-03-30

フィクションとしてのファッション


  2014年3月19日のツイートより。




  今月のファッション誌『GINZA』(2014年4月号)は「ファッションが恋したアートの話」という題の特集で、つまりファッションとアートなんだけど。店頭で開いた瞬間、まさにアートな写真が出てきてこれはヤバいと思った。目が見開いて目が覚めた(帰りの電車で寝たけど)。『GINZA』を初めて買った。


  岡本充男という方の撮った写真が特にいい。ポーズは『ジョジョ』を思い出す。そして顔面は髪の毛の残像のようにメッシュで覆われることのように、モデルの顔面がフィクション化されている。人間と人形の中間的存在で、かつ美しい。




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(Photo by Mitsuo Okamoto)




  そして書店のコミックスコーナーに行ったら『ジョジョリオン』6巻が出てて驚き、そして買う。しかも4月から三部アニメ放送開始と知り、嬉しい。


  『ジョジョ』は例えばモデルのポーズを丸パクリしていたりするほどファッションから影響を受けているわけだけど、逆に『ジョジョ』からファッション方面への影響も出てくるのかな、と思い想像してみると楽しい。


  すでに『ジョジョ』はファッション誌とかのコラボをたまにしているが、やはりまだファッションという文化に従属して内包されているだけの印象を受ける。マンガを超えたオリジナリティを期待してしまうのだ。


  ファッションはフィクションなのだ、と気づかせてくれた人がいて環境があり、前まで苦手でむしろ毛嫌いしていたが今では興味が湧いてくる。直接言われたわけではないがファッション好きの知人に影響されて、「ファッションはフィクションである」という持論を密かに持つようになった。


  実用性、利便性、日常性にこだわらず、フィクションあるいはアートあるいは物語として、ファッションを見る。それでやっと自分に合った見方を見つけられた気がする。極端に言えば絵画、写真、映画とファッションは変わらないのだと。というかそれらを見ればファッションを見ることにもなるのだから。




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(Photo by Mitsuo Okamoto)




http://twilog.org/sibafu_gokyo/date-140319


http://www.mitsuo-okamoto.com/index.html


http://mitsuo-okamoto.tumblr.com/




ジョジョリオン 6 (ジャンプコミックス)

ジョジョリオン 6 (ジャンプコミックス)