ピクファン5 銀鱗亭の5コマ


全てが燃える 枯れ木は燃え落ち
鉄は溶けて、道となる



会戦に本格的参加した銀鱗亭
城塞宿の拠点メイムナーは たとえ戦場の只中にあっても「通常営業」である

これは宿設立から続く絶対のルールであり、宿の内部は外の世界と隔絶される
これほどの状態のおいても宿エリア メイムナー上部階層は平穏そのものだ

しかし下層はもはや血塗れの戦場(いくさば)
防衛班はもちろん 警備班すら動員されている
最下層の難民エリアは侵入路から近いため、絶対防衛目標の一つ
上部と下部に分かれる通路はあらゆる場所が最終防衛ラインである

現在進行形で侵入者を阻む両班であったが 同時に防衛班は
レディのオーダーである積極戦闘による戦闘の終結に寄与せよという
難題に立ち向かうべく 多くが戦場の只中にある

それでも進入を許していない、アラド・ミュール両部隊長以下、粉塵の働きが
宿を今この瞬間も宿たらしめていた
アルモニカを初めとしたエルダードラゴン達が本格的に参戦すると言うことは
もはや宿が宿としての機能を喪失する瞬間でもあった
それだけは避けなくてはならない



城塞宿内部では、それだけで無く前線への支援も行われる

前線に物資を転送する役目を担う
エルティ=フレアロットとヒザクラ=ノーザンラント2世の二人
そして後者のヒザクラは、モガミの給弾のため砲弾転送を行うのだ


彼女は連続の大質量転送に疲れを見せつつあった

肉体的疲労ではない
竜の血を持つ彼女の肉体は堅固であり スタミナは人並み外れている
彼女が送る砲弾が、少なくない人間を吹き飛ばす現実が ただ、辛かった

そして、万一モガミが撃沈されることあらば
乗員三名と直援二人を転送で脱出させ、モガミをは見捨てなければならない
1万トンを超える質量を転送するには命の危険が大であるからだ
それをアルモニカに厳命されたがゆえの苦悩

アルモニカは監督者として
1人を、妹分であるモガミを見捨て 5人の家族を救う覚悟を

モガミには、たとえ撃沈されたとしても救援はないという覚悟を

そしてヒザクラに1を捨て5を取ることを要求した



銀海でモガミを救おうとしたあの時
結局自分の力はなんら寄与することはなかった

海底でモガミと共に沈んだヒザクラを救ったのは
ライブラが探し当てて放たれたメイムナーの回収アンカーであり
アンカーと鞍の固定フックを繋いだのはマロウ
溺れ意識を失っていた両名を窒息から守っていたのはスレイブのバリヤだった

一万トン以上の質量をあの状態で
もしも転送に成功していたならば、自身の命も危うかっただろう
けれど、そんなことはどうでもよかったのだ、しかし
それは受け入れられなかった

大勢に生還を喜びと説教とともに迎えられた
うれしかった、だが悔しかった


拙は覚悟してカチコミする、ハイクを詠むその時は ノーヘルプ

ヒザクラ=サンのソウルは拙より重い、ノーハイク


そういって、そして反論には耳を傾けず、彼女は旅立った
自分のことはいいのだと、怒りと悲しみを込めて叫んでも
否しか応答はついに無い


確かに、自分には臣民がいる ノーザンラントの民が
無為に自身を危険に晒すなど、本来あってはならないことなのかもしれない

けれど、仲間を救いたい たとえ理想論といわれても

握り締めた銀鱗のエンブレム、それが決意の印だった


そしてヒザクラにはもう一つやらなければならないことがあるのだ
時がくれば、エルティに砲弾のことを頼まなければならない

祈りを込めて、請われるままに彼女は砲弾を送り続ける
たとえ この砲弾こそが、モガミに悪意を向けさせるものだとしても


「こんなもの、見つからなければよかったのに」


砲弾が放つ鈍い光、それが酷くおぞましいものに見えた






夜明け しかし終わりの到来を告げる光ではない ただの日の出だ

モガミ達にとって暗い悪夢の夜明けであり
これまで良いように撃たれ続けた両軍にとっては、光明の夜明けである


同時に行われた、両軍の進撃は嵐のごとく 巨大な津波となって迫る
三叉路は完全に抑えられ
後退を余儀なくされたガルガディア軍はもはや、受け止めるしかないのだ
逆撃を仕掛けるごとく、突撃するボーダルウォール騎士団や続く各騎士団


その中に、夜陰に乗じて後退し

ガルガディア軍の防衛ラインに達したモガミの姿もあった






一晩続いた砲撃で
トライガルド・ザイランス両軍を疲弊させたことは確実であったが
それを感じさせないほどに軍の勢いがあり
そのまま単独で丘陵に留まっては完全に包囲されてしまう

そう判断したルーナはミロニに後退を促したのだ
パーティーの中で正規の軍人経験があるのは彼女だけである

ミロニはその判断が正しいこと、無理をするべきでないことを理解していたが
ガルガディアと共闘するという点は一抹の不安を抱えた
セティもそれに同意を示す

銀鱗亭という立場の難しさからくるものだ

三国の敵でも味方でもない自分達は 常に後ろから撃たれる可能性を抱えている
事実銀海で盾に回ったモガミはガルガディア艦隊に撃たれており
女主人のオーダーは三国軍戦闘に明確に介入するものだ


味方とは みなされない


その危険性を冒してでも防衛線まで後退したのは
退路もなく囲まれれば
全員枕を並べての討ち死にするしかないからだ

今回は隠れる場所はない大地の上
いかに脱出のアテがあったとしても、全包囲されてはその隙もない

それでも、ガルガディアへの一方的な肩入れと見なされかねない
中立の立場を危うくする行為だ

これこそが銀鱗亭の抱えた捩れであった、手足を括られたまま戦わねばならない
それでも生きて帰る、それだけの強さが 彼ら彼女らに要求される

古竜でない、無力な人と若竜の集まりに待つ運命は限られる

もとよりモガミに近接武装は無く 対空武装も存在しない
直援はヒジリと彼女の竜シマシマ一騎だけであり
大軍勢との直接交戦など悪夢でしかない

状況的に心象はどうあれ
受け入れられるだろうという希望の元、到着したのは夜明け前



散弾で地形を変えながらガルガディア警戒ラインに達したモガミは
これまでの砲撃から友軍として受け入れられたのか
警戒はされながらも防御陣地までエスコートがついた

おっかなびっくり戦線に現れたモガミに
不思議なことにガルガディア将兵は思いのほか好意的であり
掘られた塹壕に身をひそめるボーダトーチカ郡の乗員達は
通過するモガミに両手を振りながら歓声と共に見送り
戦列の旗騎士達は戦闘旗を起こして出迎えた

待機場所は防衛用の大型ゴーレムの設置場所に程近い、駐竜場に案内されると
竜部隊の世話役から、必要な物資があるかとさえ聞かれた

居並んで体を休める竜達の中に一際大きな
数十倍の全長のモガミが巨体の膝をゆっくりと折り 腹を地面に下ろす



「いやー、罵声でも浴びせられるかと思ったけど そうでもなかったね もがみんもやっと座れるし」


(足はノーモンダイ それよりバクハツサウンドでイヤー=ペイン ドタマがガンガン)


「まあ、一年二国にボッコにされてりゃあ とりあえず取り込んでおこうって気にもなるさ 油断すんなよ」


「敗戦からずっとガルガディアに支援物資だしたり、色々してたからじゃないかな」
「けど、やっぱり完全には信用しないみたい 陣地の砲がいくつかこっち向いてる」

ヒジリが暗闇の向こうを見ながら小声で砲への警戒を告げる


「ま、そうな あーミロニ、セティは?」

「もがみんの頭の上で寝てるよ、寝かせとこ 流石に疲れてるだろうし」



太陽が姿を見せる束の間の休息

砲撃のススで汚れた顔を三人はガルガ兵に渡された濡れタオルで拭いあい
一緒に渡された硬い軍用パンと薄い肉の味しかしないスープに口をつけた

それは、銀鱗亭の中では考えられない粗末な食事だ
いかに自分達の家が別世界か、改めて感じる

見渡せばどの兵も自分の騎乗する竜の傍で同じもの
いや 明らかに自分達の量は多かった
騎竜と自分の食事を分け合っている兵もいるのだ
兵の糧食に事欠くほどに追い込まれている、これが一年現実だった

銀鱗のエンブレムを着けているのに、何故食料まで分けてくれるのか
宿のオーダーを無視していると思われているのだろうか

ほとんど盾にするために来たような自分達に向けられた好意が、痛かった


自分達が何をしているのか、何がしたいのか一瞬判らなくなった
犠牲を減らすべく単独で戦うのではなかったのか

自分の手にあるパンをくれたガルガディア軍は
戦うべき相手の筈ではないのか、何をどうすれば良かったのか


スペルビアで味わった苦い思い出がミロニの中で僅かに持ち上がる
しかし、顔には出さなかった 出すほどではなくなった

師の宿った服がここにある 仲間が二人、傍でつとめて明るく振舞っている
背中を預ける二人の竜とあえて離れて待機している鎧竜

あの時は1人だった、右顔の火傷を受けた時もきっと

今は違う、どうにかなる やれるだけやろう

そう言い聞かせると、背を任せていたモガミの首部装甲鱗を爪で弾いた



( ? )


「なんでもないよ」




装甲鱗をもう一度弾く、硬質な音が暗闇に響いた








僅かな時間、語り合う 仲間と そして

日の光が地平線から装甲鱗を照らす



「さー いくかー!! みんなっ」



全員が頷いて立ち上がりモガミの背中から吊るされたタラップを上る


(セティ起きる、ビッグ=バトルはじまる)


「…ん、起きてるよ ずっとね」


(しってる)


「もがみん」


(ん)


「一緒だよ」


(共にある)





大気を震わせ、装甲鱗が軋みあう威圧的な音を立てながら
200.6メートル、11200トンの巨体が4本の足で立ち上がり、存在を誇示する
同時に砲の固定が外れ、100センチ砲「ジェリコの角笛」が持ち上がり天を睨む

ガルガディア兵達は、これまで見たこともないその威容を見上げ
そして静かな地響きを立てて歩き出した巨竜を見送る、手を振りながら

かつて彼女の遠い祖先がそうであったように、砲を背中に背負い人を乗せ


朝日の柔らかな光をその背に受け

暗闇に溶け込んでいた暗紺色の姿が浮かび上がる

大地にその影を、砲を背負った勇ましい影を 一万年ぶりに大地は描いた

















地鳴りだ

眼前に広がるトライガルド軍・ザイランス軍のそれは壁が迫るかのごとき


号令とともに整列した飛竜が次々と飛び立つ
騎兵と歩兵が隊伍を組、出撃していく

ボーダトーチカの群れが立ち上がり、兵が踵を打ち鳴らす
既に突撃準備を整えつつあるボーダウォール騎士団

長官クレスカの手がゆっくりと上がる
その手の動きに合わせるように
緩慢な動作で満身創痍のボーダウォールが立ち上がった
ガルガディアの残存軍の全てが、これぞ最後の炎と


全てはこの決戦のために、この場で全てを出し尽くすために


日の出と共に始まったそれは 後に、こう呼ばれる





「三帝決戦」と










振り上げた手は  下ろされた























「やっぱねー!! そんなこったろうと思ったよ!!」

「ひだり、左ー!! もがみん左へっ わあああ!!」




最後の大会戦 歩兵と騎兵の激突から始まった戦闘
装甲竜モガミは集中的に火力を叩き込まれる

夜間、散々やられた恨みを全て込めるがごとき強襲
多数の飛竜が爆薬筒を大量に担ぎ、一斉に襲いくる
いかに連射銃を備え付けられたとはいえ
シマシマ一騎でどうにかなるものではない


「また来たよ! 次は10時 あれ あれ狙って!」


見間違えようもないその巨体は良い的であり
トライガルド・ザイランスの飛竜隊がそれこそ交互に襲いかかる

小型の飛竜に積める程度の爆薬では、モガミはどうということはない
それが千発もかくやと無ければの話であったが

乗員防護用のシールド魔法で、ミロニ達は辛うじて無事であったが
何時までも奇跡に近しい幸運が続くともかぎらない

あまりに目立ちすぎ、あまりに恨みを買ったがゆえの集中砲火

周辺のガルガディア軍にはそのため、空爆はそれほど行われず
いかに両軍が大砲「ジェリコの角笛」を恐れるか表していた
それに兵としても、これほどの存在なら武勲として申し分ないのだ

本人達にその意思がなくとも
囮として 攻撃吸収、被害担当艦としての役目は十分と言えた



(マトバタイム)



戦闘開始からすでに20時間


複数回の突撃を繰り返すガルガディア軍であったが
既にまともな突撃力を残しているのは
ボーダウォールただ一つとまで追い込まれ

前線は押されに押され、衝撃を吸収できない
そして制空権は奪われ、いいように空爆され
ガルガディア軍は戦力を包み込まれ削り取られ
徐々に後退を余儀なくされつつある

いかに前進していたとはいえ
モガミの至近にすら 歩兵が届きかねない距離まで追い込まれた

そこは防衛用の固定大型ゴーレムが設置された拠点
その前曲なのだ、抜かれれば防御陣地が1ブロックは機能を喪失する

ゆえに動けない、ガルガディア陸兵達を
一気に壊走させてしまう可能性があるのだ


だから 退かない 最大幅を持つ大街道

それを跨ぐように 四本の足でアーチを作り 立ちふさがる



「回頭右20!! 砲仰角-5 モガミもっとはやく!!」


ルーナの必死の照準も既に意味を失いつつある
眼前はすでに敵だらけなのだ

既に火砲を向けられだして久しい
対竜の大型火砲の少ないトライガルド軍ゆえに
装甲鱗で弾ける程度の攻撃とはいえ、その数は多すぎた

再び一斉に数発被弾するが、堅牢な装甲鱗は貫通を許さない
この冠絶した防御力がなくては、とうに屍を晒していたことだろう

被弾しながら旋回をどうにか終え、砲身が水平からより地面に向く


大轟音と閃光とともに徹甲弾が50メートルの砲身から放たれる


戦列を組む、オリオール自走弩砲ゴーレム中隊が列ごと砲弾に吹き飛ばされ
派手に爆発・誘爆するが、吹き飛んだ味方ゴーレムに一瞥もくれず
大地を埋め尽くすごとく、彼らは進む 進撃する

本当なら榴弾を叩き込みたいところだが
あまりに乱戦であり、歩兵を三国全軍巻き込めば大惨事である
たとえ自身が危険に晒されようとも、それだけはできなかった



次弾のため砲を持ち上げようとしたその時

砲が生み出した爆煙を突き抜けて
砲弾がモガミの後部デッキに直撃し炸裂する 


「…っかは ごほっ!  セ、セティ!! ヒジリ!!」


むせながらミロニが呼ぶ声にヒジリだけが答えない

セティは装填レールに転げ落ち難を逃れたが
デッキ上で防空射撃していたヒジリは爆風を受けて吹き飛ばされ転がった
どうにかモガミから転げ落ちる寸前 飛び出したセティに掴まれる

防護魔法のおかげで体が吹き飛ぶことは免れたものの
全身に大小の傷を負い、意識は戻らない
それを察したのかシマシマが咆哮を上げる、それはどこか悲しげだった


「ヒザクラさん!!」


そのままの流れでヒジリをヒザクラに転送させると
セティは入れ替わりに転送された砲弾を掴むや
レールに投げ落とすと 9トンの砲弾を殴りつけて装填した


「モガミー!! ごほっ…ま、まにあわん 膝をおとせぇぇぇ!!」

ルーナの叫びに答え
崩れ落ちるように前足を折ったモガミと共に下がった砲口が
いまにも取り付こうとしていた大型ゴーレムの鼻先に突き立てられ
あろうことか0距離という至近で火を吹いた

原型も留めず四散した残骸が周辺の兵を巻き込みながら燃え上がる

これが繰り返され、モガミの周囲はすでに火の海
それはモガミの体温を上昇させ、体力を徐々に奪っていく

装甲が溜め込んだ熱を排熱できなくなっているのだ
それは装甲竜最大の弱点である、熱による蒸し焼き



さらに十数発の砲弾が直撃し、上部構造物が少しづつ破壊されていく
砲装置そのものは遺失兵器ゆえの頑丈さか、機能は健在であったが
すでに長距離測定儀は全て失い、ルーナの肉眼照準しか意味をなさない

後部の装填デッキも含め装甲鞍は半壊に近い
モガミ自身もあまりに撃たれすぎ
時折意識が飛んでいるのか 動きが明らかに緩慢だ
このままではいずれ転倒し、動けぬまま火あぶりにされてしまう



「ルーナ! もうだめだ下がろう!」

いよいよ追い詰められだしたことを悟ったミロニは
戦況の助言を求めてルーナに声をかけた、しかし

「ルーナ!? ルーナ!!」


答えのない相棒の元へ向かって
彼女の居るはずの右舷側砲撃指揮所にミロニは走る

それを見た弓兵がミロニを狙うが、満身創痍のシマシマがそれを吹き飛ばす
シマシマ自身も装甲の多くを失い、連射銃の弾丸はもう僅かだ



右舷に走りこんだミロニの目に飛び込んだのは
砲弾が直撃し滅茶苦茶にひしゃげた指揮所の残骸

思わず友の名を叫んで取り付き半壊した扉を蹴り破る



潰れた鋼板に押しつぶされ、血まみれのルーナがそこにいた
しかし足は挟まれ、1人で救い出すことはできそうにない


セティを呼ぼうと銀鱗に手をかけた瞬間



大轟音とともに衝撃 吹き飛ばされたミロニは残骸に頭を打ち
そのまま意識が薄れていく、掠れる意識の中で見たのは

どうにか身を起こそうと意識を取り戻したルーナと

その手を取って転送をしようとするヒザクラの姿であった








「ロデリック様、装甲竜依然として健在 かなりの被害を与えていますが」

「バカヤロウ、もっと砲火を集中しろ アレが暴発してみろ、全員ミンチだぞ」
「足だ、左足に狙いを集中しろ、転倒させろ」
「あの様だ、もう立ち上がれはせんだろう」

「かなり砲を両足に当てていますが今だに…」

「全部だ 手持ちを全部つぎ込め 手を抜くな」






モガミは背中の仲間達が次々倒れていく姿がひたすら苦しかった

しかし自らの力ではどうすることもできない
砲撃を回避しようにも体は緩慢にしか動かず

あげく足は砲撃でもつれだし、のろのろとのた打ち回ることしかできない


そして唐突に砲撃が一瞬止む そして瞬間

圧倒的な量の砲弾が彼女の左前足に命中した、その数はゆうに100発以上
モガミの足に隠れながら、抵抗していたシマシマ
その衝撃ではじかれ転倒してしまう


さらにグラつくモガミに 止めとばかりにもう一斉射

派手な轟音とともに装甲鱗が剥がれて吹き飛び
ついにモガミの巨体が膝を折って前のめりに崩れ落ちた

長い首がしなりながら地面を叩き、衝撃で意識が飛びかける
1万トン以上の巨体が大地に落着する轟音と衝撃 砂煙が舞い上がる





意識を手繰り寄せたモガミは、背中の仲間達が救い出されたことを悟った
これであとは自分とシマシマだけ…
しかし吹き飛ばされたシマシマは装甲の残骸を残して姿が見えなかった

ヒザクラが上手くやってくれたのだろう


自分も逃げなければ、共に 約束

恥ではない、そういえば昔、あの時もそうだった
砂漠を逃げ惑った時もそうだった


あまりの痛みに左足に力が入らず、立ち上がることができない



地面を削りながら必死にもがく

立ち上がろうと 足掻く

血のあぶくを吹きながら吼える





容赦なく砲弾が叩き込まれる  











動かなくなるまで















「やってくれたぜ、お前」



凄まじい惨状に陥った自軍を見渡しながら、崩れ落ちた巨竜を見やる

本来であれば、ここを抜き ボーダウォールの側背を突く予定が
この巨竜、そして要塞ゴーレムと決死隊の防戦で
ついにここまで抵抗されきった、抜けなかった

攻撃の機会は完全に失われ
ボーダウォールの主砲がつい今しがた
自軍の本隊を吹き飛ばしたところだ


趨勢はついにガルガディアに傾いた


そしてボーダウォールの主砲が もう1度放たれようとしている

ロデリックはここからの逆転はないと判断した
後は可能な限り追撃を逃れ
いかに後退できるかにかかっている、長い傭兵暮らしで
この匂いを感じることは慣れていた

竜の死骸と要塞ゴーレムの残骸に一瞥をくれると
ロデリックと傭兵軍は風のように後退する


再び朝日が覗こうかという大地に残されたのは 

死体と死骸と残骸のみ



巨竜の戦いは 終わった



























日の出

歴史の日の出



ガルガディアを包む
2国の戦力を崩壊させたという歓喜の雄たけび

ファングヘイムを朝日が優しく包み込む


ガルガディアは勝利した










そして巨大な装甲竜が鱗と装甲の破片を撒き散らし
くず折れて、眠りに突く場所にも光が指す

力尽きた竜に寄り添うように座り込む 小さな姿がそこにはあった

全身ぼろぼろで
地面に半ば埋まったモガミの頭に縋る セルセティア=ジェンマ


モガミが沈もうとするその時 セティはヒザクラの手を取らなかった

共に、共にと 共に帰ると

直後に命中した砲弾の爆発でヒザクラとセティは引き離され
彼女は宿へ飛ばざるえなかった

しかしその後

撃ちまくられた衝撃で、セティは100cm砲の薬室の中に落ちたのだ
大砲弾の発射に耐える、堅牢な砲尾は 鋼鉄の嵐に耐え切った

それが彼女の命を救ったのだ







「-------------------」

「-----------------」

「--------------」








もう動かない友に語りかけた言葉なんだったのだろうか

それは彼女1人にしかわからない

















ただ 判っていることは













































ボロボロのモガミが

セティを背中に背負って 
徒歩で宿に帰ってきたことだけだ


二本足で

ピクファン5 銀鱗亭の4コマ

戦いの風が変わった、誰が言うとも無しに それを感じとる


あらゆる勢力が激突し、すべての兵が一つの目的に向けて武器を振り上げ駆け抜ける

それは一つの歴史に終止符を打つ 時代の鐘 夜明けを望む人々の咆哮

誰もが終わりを感じていた、この夜を超えればと 誰もが

誰も彼も、そして





ファングヘイムを包む状況は混迷を深めつつある

ボーダウォール騎士団がこれぞ最後よとばかりに踊りこみ
オルケストラがこれを迎え撃つどころか逆撃に転じるという荒業によって
前線は乱戦の様相である

剣林弾雨の前線に兵達は次々と倒れ、生きた屍と死んだ屍のみが戦場を支配した
両陣営はすり減らす人間の数を競うように兵を送り込む
屠殺場と化した前線はさながら地獄の一幕
終わりを求めて 生き残れることを祈って彼らは戦い続ける



その地獄に、今まさに送り込まれようと派遣される トライガルド軍所属 ザコーネ騎士団
戦いに向けて歩みを進める彼らであったが 突然の停止を余儀なくされる
騎士団長 ザコーネリーダーは、眼前に広がる光景を前に立ち尽くすしかなかった


これまで歩いてきた街道は 彼のつま先からなくなっていたのだ



ファングヘイムに向けての街道は大きなものは三叉路であるが
一本のみではそれは民路としても軍路としても機能しない
道路は国家の血管であり血脈である、大型のものを基幹として複数用意される

問題は彼らが進むそのうちの一本が
巨大なクレーターと化し 道沿いに進むことが困難であることだ

一体何が どんな破滅的な行為がここで行われたというのか
数十メートルにわたる巨大な破腔が石畳で舗装された道を地面ごと吹き飛ばし
吹き飛んだ土くれがそこらじゅうをうめつくし 終末的な様相である

街道がつかえなければ輸送のための馬車や輜重は移動が困難である
ただでさえ丘陵が多く、山岳に近いこのエリアでは
人の手の入っていない場所を推し進めるのは難しい

あげくヘタなところを進もうものなら 待ち伏せはもちろん野生動物の襲撃も頻発する
ドラゴンに出くわそうものなら死傷者も覚悟せねばならないのだ


ザコーネリーダーが、幕僚と進軍について意見を聞こうとした その時


遠い深遠の向こう はるかな丘陵の先で何かが光った


暗闇の中で太陽が顔を出したがごとく、その光は一瞬であったが 輝きに輝いた
それが何らかの発射炎、砲撃であったことは 続く遠雷のような轟音で明白である

即座に散開する騎士団、これまで生き残った兵だ 錬度は並大抵ではない
指示などなくても心得ている だが…

この惨状を作った奴からの砲撃ではないのか という恐怖が一軍を支配する

直射(砲身水平発射) ではなかったのか 着弾まで時間があったことが彼らの心をより蝕む




そして   何かが落ちてきた
















「…う、うう こ、こんな…」

その身を半分以上土くれに覆われ、というよりも埋まってしまったザコーネリーダーが
動ける部下に救い出されながら唸る、あまりの光景に

この世の終わりではないかという 破滅的な衝撃波は
伏せてさえいた彼らをすべて吹き飛ばし
虚空を身ひとつで舞わせた、人も武器も馬車も獣も 一切の区別なく

着弾点と思しき場所は完全に地形が変わり 街道の変わり果てた姿さながらの状態である
「砲弾らしき何かが」落着したのは、武器弾薬食料を積み込んだ輸送荷馬車列のやや近く

直撃ではない、幸いそれたのか当たりはしなかった

だがそれだけだ、吹き飛ばれた土が、舐めるように彼らに襲いかかった衝撃波が
馬車も物資も全部もっていってしまった 人もだ

頑丈な鎧のおかげか、飛散した残骸が直撃しても息があるものが多いが
衝撃で粉々になった馬車の残骸に巻き込まれ
命を落とした者や 吹き飛ばされた衝撃で死んだ者もいる
いかにそれたとはいえ、もたらした被害の大きさは目を覆わんばかりだ

しかもまだ「何をされたか」すら判っていない


「発射地点はどこだ!! 何がいる 何をされた!!」
「探せ!! 夜間遠視鏡を誰か!! 動ける斥候はいないか!!?」

「くそぉ!! こんな…装甲馬車まであんなに吹っ飛ばすなんて どんな砲弾だ…」

怒号と悲鳴が奏でられる中、どうにか体制を立て直していく

すでに暗視可能な魔法望遠鏡を覗き込んでいた団員達が
発射炎が見えた場所をくまなく走査し、ついに


「だ、団長」

「みつけたか!」


彼がガチガチと歯を鳴らし、覗き込んだ遠視鏡を握り締め 捕らえた先には

自らが放熱し くゆらせる白い霞に覆われた 黒い巨体が闇に浮かび上がっている

それはあまりに大きすぎ、距離と大きさの差に実感がもてない 大きさが理解できない


「そ、装甲竜が…」

「ハァ?!」


「馬鹿でかい装甲竜の 背中に…あれは…」

「推定距離…約20km地点!! 超大型装甲竜 数1 背部に巨大砲!! 砲をつんでます あいつは!!」



信じられない巨大な竜が、空前の巨砲を背中に乗せている
いかな歴戦の傭兵団といえどあれほどのものを相手にしたことはない

そもそも大型の装甲竜など、ザイランスの砂漠にしか残っていない筈ではないか
一目で理解できるあれが、これまで出くわしたものが相手にならないサイズであることが

あれほど離れていては、接近するための道がなくては 何も出来はしない

恐慌に近い感情が多くを支配する、一方的に撃たれるというのは 人の心を容易く折る


「!! 砲が動きます! こ、こっちをむいて!!」


砲弾を込めるべく伏せていたであろう砲身が再び持ち上がり
あきらかに自分達に砲口が向いたことを見たとき
ついに彼らの士気と規律は崩れた、今できることは あの悪魔のあぎとからいかに逃れるか

撤退の鐘は鳴らされた、乾いた金属の響く音に続けて 再び遠雷の轟音が大気を揺らす


ザコーネリーダーは撤退しながらも供回りに指示を飛ばす

「本隊に伝令を! いそげ!」




次の言葉は 大地をえぐる衝撃と暴風にかき消された









「ワレ 街道進路上ニテ 砲撃ヲ受ク 山岳街道ハ敵ノ砲撃ニヨリ消滅 進軍不能
「敵ハ大型装甲竜 数1 背部ニ大型砲ヲ搭載 遠距離ヨリ砲撃 支援無キ進軍ハ不可能」


「砲撃を受け、死傷者多数! 輜重隊は半数以上が移動不能! 救援を!」


「あいつをどうにかしてくれ!! 道という道が、全部吹き飛ばされちまう!!」



次々と入る知らせを聞いた、傭兵団司令部は騒然とした
決戦地ではボーダウォールの突撃を受け、砲撃射程内に捉えられつつあるというに
予備兵力はもちろん、武器弾薬を送る術すら 断たれようとしている

「こいつは…まいったことになったな 補給を断たれちゃ勝負にならん」

ロデリックは本陣の天幕で呟く、なにより戦争に浸かって来た身だ
この状態が続けばどうなるか重々理解している、どんな結末が待つか言うまでもない

しかも偵察に出向いた飛竜は、何者かの攻撃を受けてほぼ未帰還であり
砲撃している存在が、大型装甲竜であることと
黒い巨体を捉えた不鮮明な映像しか得られない


「ロデリック様、いかがいたしましょう」

「どうもこうも、最低でも夜が明けんことには 近づけもせんだろうよ」
「こいつの大砲は1門しかない、装填に時間もかかる 対処は可能さ」
「飛竜をブチ落としてるのは護衛か何かだろうが、これも一匹しかいない」

「はっ しかしながら…」

「そうだ、俺たちには時間がない ガルガディアは確かに追い詰めつつある」
「だがこちらも限界ギリギリだ、飢えたままの兵では勝てんよ」
「ボーダウォールはオルケスラが受け持っているが、突破されるのも時間の問題だ」
「だが待つしかない、兵は一旦下げろ、夜明けを待って一斉飽和攻撃を仕掛ける」

そう告げつつ、部下を下げさせると
件の砲撃竜の推定位置を書き込んだ地図に目を落とす


報告から推測されたエリアは明らかに推移している、移動しているのだ この闇の中を
そして視界0といって良い状態で、正確に目標を破壊している

そう正確 正確にだ、あろうことか軍に「直撃させてない」奴の目的は軍の無力化にあるのだ

よほどの砲撃手と観測員が指揮をとっていることは間違いないが
それにしてもこの行為は常軌を逸している



「くそ この闇さえなければな… 奴は何故見えている」








「潜砂竜だと?」


ザイランス本陣の天幕で報告を受けたライネイス=ハンは目を剥いた

現在進行形で自軍のみならずトライガルド軍にも
目を覆わんばかりの被害をもたらしている存在が
かつて銀海で沈めた装甲竜(ザイランスでは潜砂竜)であると察したからだ


「王、この竜は何故か故意に軍に直撃させていません、これはまさか…」

「銀鱗亭だ、あの雌竜めが またしても我の邪魔をするか…」


そう文字通り邪魔なのだ、しかも銀鱗亭は中立をこれまで名乗りながら
今回、ほぼガルガディアに組しているといってよい配置であり

あげく城塞宿からは戦闘員が多数出撃し、敵味方を問わず甚大な被害をもたらしている
かつ砲撃は戦場の特性上もあるとはいえ、ガルガディア軍には向けられていない


「王、斥候が確認しました 間違いありません、銀海に没した筈のモガミ級」
「特徴からして恐らくモガミかスズヤでしょう、やはり巡洋艦級です」
「背部に巨大な砲を1門背負っており、発射速度は毎時六発、これまでとは比較にならない脅威です」

「当然だ、シャルヴィルトの声明を見ただろう」
「奴らはやる気だ、これまでのような防衛戦闘ではない、自発的戦闘行為だ」

マルズークの報告にラザンが答える、憎憎しげに


「夜戦は避けよ、直援は一騎とあるが 連発銃で飛竜を落とす輩だ」
「夜戦で飽和させても陸兵が間に合わん、夜明けを待って一斉に騎兵と飛竜で攻め立てる」
「かならず沈めろ、城塞宿に退かせるな」

「心得てございます」


「しかし王、このままではカリンディが再び孤立します」

「援兵は少数を迂回路を使って強行させろ、だが気取られるな すぐさま砲撃が飛んでくる」
「カリンディには兵を宥めさせ、耐えさせよ ガルガディアも限界が近い」



幕僚が退出し、一人になった王はひとりごちる

「人の姿を真似ても所詮 竜は竜か、中立の言葉の意味もわからぬか、シャルヴィルト」











「次ー!! 目標ファングヘイム西第八街道、道飛ばすぞー!! 弾種榴弾!!」

装甲竜モガミの背部、戦闘艦の艦上と化したその場所で行われている行為は
脅威の一言に尽きた

ルーナ=フェブリスの叫びに答え、砲弾の転送が行われる
レールの真上に落着した人間のそれを遥かに上回る巨大な砲弾を
セルセティア=ジェンマことセティが
小さな体から想像もできぬ力で全長4メートル、9トンを超える大砲弾を薬室に蹴り込む

「装ー填ー!!」

「よっし いくよ! けーいほー!!」

装填完了の報告がセティから上がる
そして巡洋竜モガミの艦長に納まるミロニ=アトゥメテンが警報スイッチを押し 鐘が鳴り響く中

はるか昔に忘れ去られ、城塞宿メイムナーの奥底に封印された 旧世界の遺物

砲身長50メートルの巨大兵器 100cm砲「ジェリコの角笛」が持ち上がる

「射距離32600 風東に7 モガミ 砲仰角52」

「ワッショイ」

天を睨む角度で持ち上がった砲を支えるモガミは既に四肢を踏ん張り
衝撃に備える構えだ、同時に爆風避けに全員が身を隠す

「ヒジリ・シマシマの退避確認ー」

「全員準備よし!!」

「カウントー!! 3−! 2ー! 1ー! てっー!!」




轟音と爆風 灼熱の発砲炎を吹き上げながら
鋼鉄の砲弾が爆薬の力に押し出され、天に向けて駆け上がる

両軍を押し留めた、破壊の力こそ この100cm砲であった



「くあー…きっくー… 防護魔法かかっててもこれだもんなぁ」

「いよーっしゃあ!! 次いくぞ次ー!!」

「ひー、流石に重たいっていうよりでっかいよこの弾ー!!」


「ミロニの奴ハイになりすぎでしょ まったく そろそろ夜明けだ こんだけ派手にやったんだ」
「両軍とも大挙して襲いかかって来るぞ、ヒジリ そろそろ上に上がってくれ」

「それはいいですけど、下がシマシマだけになるのは これからこそまずいんじゃ?」

「いや、下はけん制してもらうだけでいいんだ、これからモガミに派手に駆けてもらうしな」
「この巨体だ、取り付つくのも楽じゃない、それより空から襲われたらおしまいだ」
「対空警戒こそ大事さ、どうあっても逃げられないからな」

「ん、了解  シマシマ、下をお願い」

重厚な装備を身に纏った竜らしき存在は身を揺らすことでヒジリに答えた




ルーナは白んできた地平線を睨みながら呟く

「見逃してはくれんよなぁ…やっぱ」




彼女の魔眼が捉えた先には、集結しつつある軍団があった

ピクファン5 銀鱗亭の3コマ

ガルガディアの艦隊は銀海の底へ消え 岸辺にはザイランスの咆哮が響き渡る

戦いの趨勢はここに決した

もはや敗残の身となったガルガディア艦隊にできることはただ 落ち延びるのみである

会戦序盤に海軍戦力をことさら打ち減らされたザイランス軍は
岸辺の長距離砲と残存の竜を使い
逃げ延びようとするガルガディア軍に引導を渡すべく、鉛球にて葬送のしらべを奏ではじめた。


「ライネイス様、我が方の勝利のようです」

「うむ、だが手ぬるいな あの敗残共をすべからく銀海へ没しせしめよ」

「御意に、では引き続き…」


勝利を伝えるマルズークとライネイスが言葉を交わすその時
慌しく陣に入ってきた伝令が息も整えずライネイス・ハンの前に傅く


「申し上げます! 移動要塞に動きあり!」


「何事だ、中立などとのたまう邪魔者共が今更何を」

「要塞海面下より何かが射出された模様! 極めて大型です! 詳細はいまだ不明!」


「捨て置け、自らは戦うこともできぬ奴らだ」

「よろしいので? 大型となると 竜かもしれません、踊りこまれると厄介ですぞ」


懸念を述べるマルズークを手を払う仕草で止めるライネイスは海の一点を睨みながら語る
みればそこには巨大な黒い影が浮上しつあった


「竜がどうしたというのか、大方目撃された潜砂竜であろう」
「時代遅れの木偶の坊が踊りこんだからとて、我と我が軍にとってなにほどのこともある」


ライネイスの問答に値せぬという意を察したマルズークは一言「御意に」と呟くと
伝令兵に追撃続行の名を伝えに走らせた、と同時に巨体が海を割って現れる


唐突に発生した濁流に岸辺の将兵と、敗残の船達が巻き込まれ
多数が海に無力にも引きずり込まれて、敵も味方もない混乱が広がろうとする中

ついに海面から聳え立ったそれは、暗い色の装甲鱗で覆われたその半身に水を滴らせ
6門の砲を振り上げながら大咆哮を上げた もはや聞いただけで人々に死を与えるがごとき
その圧倒的な威容と咆哮に、至近で海へ投げだされなかった兵士達は慄いた

なんということだ、その大きさはゆうに200メートルはあろう
巡洋艦級の装甲竜、ザイランスの固有種であることは浮上という行為を行う以上明白である


「照合でました! 巡洋艦級潜砂竜 モガミクラスと思われます!」


その背に乗せられた6門の砲が持ち上がり左右へとそのアギトを向け始める

ガルガディア軍は己らの命運を悟り、ザイランス軍は邪なる侵略者の哀れな末路を期待した


しかし、そこで誰もが予想しない行為をそれは成す



岸辺に向かって自らの横腹を晒したのだ





「クハ、クハハハハ! なんだあいつは、何をしているんだ」

「は…おそらくは戦闘力を失い、要塞に逃げ込む溺者や脱出艇の盾になろうとしているのかと…」
「あの位置では敗走するガルガディア艦隊の盾にもなります、追射をさせない気ですな」


戦場に満ちる殺意の声音がいまだ満ちる中のその時、乾いた音とともに3発の信号弾が上がる
放ったのは浮上した装甲竜、その背に備え付けられた船の艦橋のような部分

その色は 白・赤・白  「救難支援」である



「沈めろ」

「ライネイス様?」


「あの忌々しい竜を沈めてしまえ、中立だと? 救助だと? 我を愚弄するのもいい加減にせよ」
「何様のつもりだ、我々は大陸の覇権と国の隆盛を賭けて戦ってきたのだ」
「それを戦場にただ何もせず居座り、力をもって火の粉を避け 挙句、助けてやるだと」

「耄碌したか、シャルトヴィルト 力ある者の成すべきことはその程度の偽善か」

「マルズーク! あれを沈めろ! 時代遅れの老竜達に 我らの力と意思を教えてやれ!」


「直ちに」







装甲竜はエデリオン大陸全域に分布する大型竜である

かつて大地を支配していたのは何者の牙も通さない彼ら竜の一族であった

しかし今や大陸は人間に支配され
よほど未開の地でもなければ彼ら彼女らの姿を見かけることはない

ザイランスにしても砂に潜り、身を隠すことで僅かながら生き延びるのみである

何故彼らが今、それほどの体躯と力を持ちながら大陸を支配できぬのか

これほどまでに数を減らしたのは何故か、それは

今、彼らの装甲鱗が もはや絶対の鎧足りえぬからである





苛烈

戦場の最中の浮上したモガミの身に襲いかかるは豪雨のごとき砲火
岸辺から船から、そして守るべき敗残の艦隊から
銀鱗亭以外のすべての勢力から彼女は砲を放たれた

無理もあるまい、味方なのだと宣言をしないのだから
どちらの味方でもないのなら、どちらにとっても敵である それが戦場の理ではないか

浮上する際に巻き込んだ船の乗員こそ仲間達が救助しているとはいえ
敗走の混乱による恐慌の只中に現れたそれが、自分達に盾になっているなどと どうして判ろう

ましてザイランス軍は侵略者に鉄槌を下す邪魔をされているのだ
その砲火に容赦などない、そこを退けと 鉛球の咆哮をもって叫ぶ



モガミが背負う装甲鞍にそなえられた主砲 15.5センチ砲3門2機が
ようやく役目を思い出したかのように天を向き、轟音と共に弾丸が放たれた

すわ反撃かと、その閃光を目にした両軍が見たのは

空から敗残達を狩り立てようと、迫る飛竜達の目を潰すための 煙幕弾


三国どの軍も装備しえぬ、高性能な筈の砲塔2機はそれきり沈黙した

最初から次弾など用意されていないのだ
弾庫にあるべきものを運ぶ者も、装填するべき者も
最初から誰もその背には乗り込んでいない

こうなることをすべて承知の上での 自身がどうなるか覚悟の上での乱入である



「・・・・!! ・・・!!」


右横腹を晒す、ガルガディア側はまだいい
艦載砲ではよほどの魔道砲でもないかぎり、有効打にはならない
最大の敵である火炎砲艦は、飛竜隊に優先的に狙われたのか 問題になるほどの数は残っていない

装甲鱗が弾いた流れ弾が、彼らと仲間に襲いかからないことを祈るばかりである


だが左舷側、岸辺に展開したザイランスの沿岸砲はどうにもならない

あそこには火竜咳(対竜大型火砲)が山のようにあるのだ
反撃の許されぬ身ではただ耐えるしか道はない
そしてそれはモガミの装甲鱗を無意味なものとする
彼女ら装甲竜を、滅びの道へと誘った調べ 火の大魔法を砲弾に込められた 人類の牙

通常の鉄弾すら、これほどの量を叩き付けれては 鱗を抜かれなくとも消耗する
海水で冷却されているからいまだ健在なものの
陸地であればもうこの段階で立ち上がることはかなわぬだろう


「・・・!! ッ!!」


しかし、本陣近くの砲から放たれる弾丸が、あろうことか装甲鱗を貫く

かなりの特殊金属や魔道合金弾頭でなければありえないことだった

その弾頭にとりつけられたモノが、かつて巨大

フブキvsバーサーカー

地下鉄襲撃


AM 2:00 春木市 冬咲町 15番街地下 地下鉄道沿線内

8両目車内




「きた、前後」


揺れる地下鉄車内
その床に自身の槍を突き立て耳を当てていた少女が呟く

 
「まあ、これだけ面子がそろって 一戦も無しはないっスね」


答えるは座席に腰掛けた長身の青年

二人の周囲、撒き散らされた あまたの血肉と緑色の残骸
その中に佇むは、契約の主従

聖戦の始まりは地下鉄の轟音を 開戦の鐘とした



互いらの欲を賭けた、戦争の始まりである





「感3 前1 後2 うるさくて他わからぬ」

「十分、同時にくるんスか?」

「…片方づづカイシャクできるほど間はない」

そう言うと少女は槍を床から抜き、踵を返して後ろの車両に向かう


「チコ、前へいけ」

「…二人いる方は任せて欲しいんスけど」

「前をマッハカイシャクできたら混ぜれ、知ってるヤツだ」

槍を握る手に力がこめ、全身に魔力が流れ始める
戦いを前に昂揚したのか、フブキの全身に光のラインが走りはじめた


「知り合い? わかるんスか」

「んむ、チコも知ってる」








赤毛だ」













目にするは黒

揺れる車内に蠢く黒

まるで煙が充満するかのように、空間を埋め尽くしたそれは

確かに旧敵のそれであるはずだ

もはや人の形すら失いつつある、黒い瘴気に包まれた「元」人間

赤毛といわれ、そして今は黒に沈んだその名は

ネアクート・アグオハム


今生偽る名は、バーサーカーである







致命的だ

現状はその一言につきた
相方と二手に分かれ
旧敵であろう相手と当たることを選んだフブキの思考は困惑に満たされる

相手の正体は判っている
自らが赤毛と呼ぶそれは確かにネアクート・アグオハム
灰色戦争で相対した魔道師
術者というにはあまりに不適なその拳の冴えを忘れることは無い

その心音・呼吸、心紋と呼ばれる人体が放つ特有のノイズパターン
それは個人ごとに異なる
たとえ呼吸が乱れていようと所詮振れ幅でしかなく
一致する固有ノイズは存在しないのだ

そして耳が受け取る情報の全てが
眼前の「黒い瘴気の塊」が赤毛であることを示している


一体何があったというのか
フブキはもはや人の形すら定かでない旧敵の姿に戦慄した

元々魔力量は天蓋のそれであり
強固な障壁として力の一端を担っていたであろうそれは
暗黒の瘴気と化して、触れる全てを冒涜している

フブキが宿した人間から見ればおぞましい魔力量ですら
今この車両に満たされたものに比べれば霞でしかない

瘴気から自らの身を守る魔力が
酷く頼りなさげに感じられるほどの有様に


有体にいうとフブキは、完全に腰が引けていた



「ザ…ザ、ザッケンナコラーッ!!」



若干といわずビビり気味のフブキが繰り出すは、刺突である


腰が引けていても破滅的な膂力(りょりょく)から放たれる槍の先端は
並の手合いであれば掠めただけで挽肉に変える一撃だ

危険な相手だからこそ、有効な一撃を打ち込む
その判断は死線を潜り抜けたがゆえに身についた強食の規定

大戦時ネアクートに有効であったのは
必殺の意思を込めた刺突ただ一つである
防壁に阻まれ、打撃は一切効果がない
それを打ち抜くは砲撃のごとき槍の先端ただ一つ


黒い瘴気を衝撃波で穿ち飛ばしながら前進した矛先

だがそれは…

闇の中から湧き出した細い腕に「捕まれた」その腕のもまた闇色

刺突が急停止した反力でバーサーカーを包む一帯の瘴気が吹き飛ばされる

城壁すら穿つ、竜麟槍の槍撃を右手で掴んだ全身闇色の女性
紛れもなくネアクート・アグオハムの塗りつぶされたシルエット


それにしてもなんたる力か

フブキの膂力は装甲竜として標準的であるとはいえ
50000hp 5万馬力である

人型ではその全力を行使することは叶わぬといえども
今先立って行使された刺突の内包運動エネルギーは
この車両をゆうに爆砕することが可能な領域に達していたのだ

それを「片手」である

しかも…つかまれた竜麟槍を押し込もうにも拮抗しているではないか

思いもかけぬ先手の結果にフブキは冷静さを失う
元々恐慌気味であった思考が堰を切ったように危険を告げ
もはや人型に合わせて、力をセーブすることすら忘れ
その矮躯の力の源、生命エネルギーと血と魔力を練る炉心
原子炉もかくやに匹敵するエンジン(心臓)が
血液と共にエネルギーと魔力を全身の筋肉に注ぎ込む


「イヤーッ!! イヤーッ!! イヤヤァァァァァァーッ!!」

「オオオオオオオオオオオオッッッ!!」


互いの咆哮が破壊され歪みはじめた車両の中に響く

フブキの目じりに雫が滲んだ瞳と
バーサーカーの黒に染まった視線が交差がする中


ついに均衡は崩れた

押し切ったのはフブキである

筋繊維が断裂するも構わず搾り出した5万馬力の底力は

果たしてバーサーカーに打ち勝った

お互い重力と力場制御で支えていた車両の床が
おぞましい力に耐えられず歪ませられ陥没させながら
一歩、二歩とバーサーカーを押し込む

たまらず開いた片手で槍柄を握り締め力の限り支えるも
バーサーカーとして補正された力とて、支えられる限界を超えたのだ

後退を余儀なくされるバーサーカー、その背には車両間通路である

もしバーサーカー、ネアクートに思考する力が残されていれば
この単純な力くらべに付き合わず
掴んだ槍を一気に引いて18番の肘鉄をフブキの急所に入れていた筈である

フブキが力を入れれば入れるほどダメージが大きくなる
そのカウンターが発動していれば
いかな堅固な装甲竜の装甲麟とて
まして人型になって防御力の下がったそれなど貫徹して心臓を抉るだろう

5万馬力もの力がそっくりそのまま返ってきては
そもそも装甲のさほど厚くないフブキの胸甲部が耐えられる道理はない


バーサーカーバーサーカーであるがゆえに
フブキは命を繋いだとも言えた



そんな状況を考察する余裕のないフブキだが
押し込み続ける目的はあった

車両間通路は地下鉄が曲がるために接合部の床は…
スライド式の薄い鉄板だ

いかにバーサーカーが床を抜かないように力場を維持しているとはいえ
もはや維持限界を超えつつあるのは破壊しつくされ
今にも抜けそうな車両の床が証明している


そう…フブキは「自重制御」でバーサーカーは「力場制御」である

事あるとき、自重制御の応用で反力を打ち消せるのだ


ジリジリと押し込まれ
狂化したネアクートの下がった右足が接合部に打ち付けられる


破砕音と共に砕かれるスライド、そして体制が崩れるバーサーカー

衝撃音ともに急激にバーサーカーの体が沈み

その瞬間フブキの手元が捻られると

ついにネアクートのその手から槍が解き放たれる


ここだ


たたらを踏んで、つられて崩れようとする自分の体を持ち直したフブキ
込めた力分、前に逃げようとする体を反制御で減速させる

からくも姿勢は整った、あとは撃つのみ

一瞬の隙を逃さず槍を引き戻すその「戻し」の速度は
相棒の技の冴えによく似ていた

これはリロード(装填)である

引き戻される勢いにまかせて逆手に持ち替え
上段から突き落とす体性に切り替えたそれは

砲弾を込められた大砲にも 引き絞られた弓矢のそれをも幻視させた

勝機を信じて放たれようとする、必殺の一撃

バーサーカーはついに太もも近くまで足が
破砕した車両の構造に埋まり逃れるには…あと数瞬




そう、数瞬あれば…十分!!



「死ね!! コッラーァァァ!!」



恐慌を振り払うかのような咆哮と共に

全力の打ち込みのための踏み込みが繰り出される











すでにズタズタの床に




「ア、アイエエエェーッ!?」



見事に床をぶちいたフブキの足が
車両連結器を支える基幹構造を完全に踏み抜いた





轟音を立てて切り離される車両の破断面に
どうにかしがみつくフブキの目に

しだいに離れていく後部車両の破断面に足をかけ

放つ瘴気を風に流しながら





こちらを見つめるバーサーカーの姿があった

ピクファン外伝ファイナル


そこは英傑集いし地

生者も死者区別なく

ただ奪い奪われ、永劫戦う虚構の世界

ある者は新たな旅立ちの地

ある者には今生最後の地


往くがいい我が友

安らかに眠れよ我が友


いつかどこかで また会おう







城攻戦

魔道師勢力に城をほぼ占拠された今
剣の陣営がとるべき手段は、唯一つである
城門を開き、突入し 中の兵を殺しつくす以外に勝利はない

兵法いわく「城を攻めるは下策、心を攻めるが上策」と言う

しかし今、それをするだけの時間の余裕はない
いまより3度夜が過ぎる時、この戦いは終わるのだ

ならばただ…ただ力あるのみ

号令一同、剣の切っ先となって城にその身を突き立てるべく 進撃する




この世のものとも思えぬ大魔道と戦技飛び交う主戦場
程近い剣陣本営に集結しつつある予備兵力、その第5陣に フブキの姿はあった


ヴァイスシュワルツリッター、白黒騎士団が巨大ゴーレムを撃破したのち
盟友達が所属する部隊が、最前衛に向かうという報を聞きつけ
フブキは騎士団から離れ 戦線に単身乗り込んだのである

騎士団長クロナは負傷し、前局には出られない
他の騎士達も護衛に残るとあって 共に進んでは遅すぎた
もはや一刻の猶予もないと判断し、その矮躯が誇る全力で駆けてきたのである

本来の体重にくらべれば、小石以下である人化時の体は
およそ時速80km近い速度で疾走する、別戦線から一足飛びに合流できたのは
駆逐艦級が誇る、快速のたまものであった



「さあて、嬢ちゃん、やるのかい?」

フブキが盟友達を見つけることが出来たのは
遠方からでも目立つ、この漆黒の甲冑を纏った男のおかげである

名を濁して甲冑を外さぬ黒い男をフブキは知っていた
甲冑で隠れて判らないが「城砦宿」で暮らしていた頃の
懐かしい、僧衣に身を包んだ男であるはずだ
フブキは記憶の中にあるシルエットと今の姿が異なることに違和感を覚えていたが
その力強い心紋(心音・呼吸音のパターン、個人ごとに異なる)を聞きまごうことはない

そして彼は、フブキの本来の姿を知っている



「むろん」

そういうとフブキは、愛槍を隣の青年に投げ渡した
60kgという破格の重量槍だが
チコ=エリデネーゼはさしたる苦もなく受け止める

二言三言と言葉を交わし、信も言もそれで十分


装甲甲冑を腰から外すと、服を脱ぎ
髪を解いたフブキは一糸纏わぬ姿となる
開かれた場に静かに歩き出すその姿は人々に戦場を忘れさせ
現実感無き世界を演出した

遠巻きに何が始まるのかとざわつく中 それは起きる


その身を縛る全ての枷を解き放った体に、光の線が幾重も走り輝く
彼女を中心に空間が歪み、突風が吹き荒び
恐るべき魔力の渦が、体から吹き出すと それが黒い形となって天を覆った
暴風のごとき魔の風と地鳴りのごときが収まるとそこには…

それはいかなる威容か、山と称すべきその姿は竜である
4つの足で大地を踏みしめ、岩山のごとき堅固な姿
天を突いてそそり立つは 全長118m 全重1680tの巨竜


かつて砂漠の国に記されたその名


駆逐艦級装甲竜種 ハツハルタイプ 識別名 フブキ






地震さながらの大音響を立て、暗紺色の巨体が疾駆する

なんたる有様か、100メートルを超えるそれは今、轟音を立て4つの足で「走っている」
1000トンを超えるソレは、時速60キロに達する速度で大地に恐るべき足跡を残しながら
城砦に向かい、全速をもって突撃しているのだ


攻城戦の要は城壁と門の破壊にある
それが適わぬかぎり突破はできない
ならば崩せばいい

攻城兵器がない?

あるではないか、今ここに


わが身こそが 最強にして最大の 破城槌である





第4次攻撃が終わり、死体で埋め尽くされた城門前からでも
遠目で何が起きているかよくわかるだろう

地鳴りを響かせ、大気を引き裂く大咆哮をあげながら 自らに向かって突進してくる物体が

騒然とした魔道師達が一斉に魔法弾を放つが、今更そんなものが通用するはずもない

大質量と運動エネルギーが加わった移動物体が
前方からの攻撃を弾きやすい鱗の形状と重なるや
堅固なそれ突破することかなわず、弾かれ むなしく消えるのみ

自動車が60キロで迫ってくるのとはワケが違う
城まであとわずかに迫ったそれは人知を超えた大怪獣である

足が速すぎる、対処するには遅すぎた 大魔法は間に合わない


もはや黒き破壊の矛先は すぐ目の前




狙いをつけ 全力で駆けるフブキが笑う


もう遅い 死ね 





いまやその首は「衝角(ラム)」
頑健な頭部装甲はその切っ先

フブキの背中、そこには突入要員として彼女の盟友達が乗り込こんでいた
背部装甲麟は前方の攻撃から身を守る盾のように使うことが出来る
そこから頭を出し、景色を見た者達の目に飛び込んだ光景のそれは

終末的の一言

みるみる近づいてくる、城壁


乗り付けるのではない、取り付くつもりなどない

これから起きることをを察した全員が一斉に防壁麟に隠れ
お互いの身を支えあい、絶句し、衝撃にそなえる


狙いは門ではない、壁である


「城壁」なのだ








美しく、優雅に聳え立つ

灰色城(シンデレラキャッスル)が

その日




揺れた












崩壊した城砦外周を 黒い巨体が闊歩する


砕けた城石、いまや岩の残骸となったそれが 辺り一面に広がる
衝撃で吹き飛び、弾かれた構造物が人と物といわずなぎ倒し
城の1区画を丸ごと吹き飛ばしてしまった

燃料や弾薬、薬剤が引火し 一面火の海となって全てを焦がす
城門至近の防壁 フブキが激突した区画は消滅してしまったのである



あえて門を狙わなかったのはいくつか訳がある


破壊された構造物が飛散し、周囲の兵や建造物を破壊すること

壁を崩すことで、城壁の上にいる兵を無力化すること

門の閂(かんぬき)の予備や操作施設・守衛所が門横には集中していること

門のように容易に修復できず、後続の安定した突入口となること


この4つから その着弾箇所は選ばれた


フブキは城の弱点を知っている、「城砦落とし」は初めてでは無い、それに
これこそ装甲竜本来の戦い方「野生化する前」本来の 彼女達の用途である
本能が知っている、背中に載せる砲がなかろうと問題ない

この身に砕けぬ城など、この世に銀麟の城ただ一つ
たかが石を積み上げて作った壁など、厚紙を引き裂くかの容易さだ



瓦礫を踏みしめ、砕きながら火の海の中をゆっくりと進む
夜の闇の中 炎の照り返しででゆらめく姿

こんなものに抵抗する手段など、あるのかと
その絶望的な威容を前に、魔道師達の気は折れかけていた






だが、しかし


その巨体の背から兵が降り立ち
掃討を始めようかというその時

辺りを見回していたフブキの目が捕らえたのは

瓦礫も気にせず 高台から優雅に歩いてくる


金髪に、赤いローブの 「見覚えのある杖」を掲げた女






そんなばかな こんなどうして


フブキは困惑と恐怖に総毛立つ
いるはずがない、こんな所に居るはずがと

目標は紛れも無く自分
しかもすでに恐るべき魔力が「収縮ずみ」である


だめだ、死ぬ あれは まずい

恐怖で硬直した筋肉を叱咤し、逃げようとする



そんな哀れな子竜を見逃すほど

大魔道師 エルティ=フレアロットは 寛容ではなかった













フブキが覚えていたのはそこまでだ


光が走り、その身を全周覆った巨大な炎の壁 それに炙られ
どうにか人化して炎から逃れようとしたところで、意識が失せた

背に乗せた仲間達が勇戦し、それで助かった、助けられた
みな手ひどく負傷し、どうにか助かった

あのエルティ=フレアロット相手に である

幸運と言うほか無い、あれは知人以外には無慈悲な存在なのだ
腕が飛ぼうが足が飛ぼうが、息があるだけマシな話だ




結果からいうと、勝った  らしい


この様では、何の感慨も沸かない
熱い勝利の鬨もなく
ただ目が覚めたら 全てが終わって

勝っていた

自分は野戦病院に寝かされ
周りは痛みにうめく戦士達の怨嗟の声しか聞こえない

なんともしまらない 戦いの結末である


夢、夢のようだ


それはどうも、横に座っている男も同じであるらしかった











門が開く


それぞれの世界への帰路

それは別れの時


それぞれ別れを惜しみながら
続々と光の門へ消える戦士達

皆後ろを振り返り、見送る者は手を振りながら





はじめてこの世界へきた時は一人だった
一晩、二晩越えて 仲間が増えた 今はこれだけいる
でも、これで最後

全員ではなかった、大勢が力尽きた
あの時背に乗せた仲間たちも、幾人か見つからない

帰ったのだと、思いたかった



一人、また一人と門へ消えていく

自分の番が近い










「フブキ、順番だ いくぞ」

ユキカゼがフブキを促す

別れの時である


「それじゃ、帰るとしますかね どうやら俺達は同じ世界らしい 奇遇だな」

「何が奇遇だ、何しにきたんだお前」

「それはこっちが聞きたいぜ、リムは先いったのかね」

「しらんよ、大体なんだ 知らん土地にきたとおもったら知ってる奴らばかりだ つまらん」



黒騎士がしらじらしく言うと

すれ違いざま、フブキの肩を軽く手で叩き
ユキカゼと並んで門へ歩いていく

ユキカゼと軽口を言いながら、しかし振り返りはせず
別れは済ませたといわんばかりに




「フブキ、槍を」


チコが竜麟槍を差し出す
あの時に渡してそのままだったことを
今更ながらフブキは思い出した

受け取り、手の中のそれを見つめる


この槍には思い出がある、色々な獲物を仕留めた
強者と死合った、魔法も弾いた

業物だと褒められた、これを超えるものはそうはないと
体格に優れぬ自分が、唯一誇れる一振りだ


だからこそ、こうする価値がある



フブキは槍の刃元にくくり付けてある布を解いた
腰から3本の細布を取り出すと元の位置にくくりつけ 縛る

これでよい さらばだ



「チコ」

「?」

「もっていけ」


愛槍を青年へと突き返す
それ以上の言葉はいらない


「預かるよ」

「だいじにしろ… サヨナラ」


最後は、ただそれだけ


踵を返したフブキをチコは見送る
フブキも振り返ることは無い

ただ門に消える間際



フブキの右手が拳を握り締め、天へ突き出された









「ずいぶん気に入られたものね」


思わず振り返り、手の中の槍を構える


「やめときなさいな、祭の後よ」



チコに声をかけたのは、つい先日に死闘を演じた大魔道師
エルティ=フレアロットその人であった



「何の用っスか…」

彼が緊張するもの無理はない、この金髪の女魔道師に誰も彼も散々な目に合わされた
ナナをはじめ、仲間は数人行方知れずである 友好的に接せられるはずも無い


「面白いモノ、渡されてるなと思ってね」
「それ、どういうものか判る?」

「やらないっスよ…」


即答

しかし、言葉の意味は気になった 鱗で作った槍だとは聞いていたが
おそらく貴重品なのだろう、だとしたらうれしい反面
悪いことをした気にもなる

チコが無言で続きを促すと、魔道師は薄く笑いながら答え


「商売してる身としては、興味をそそられるんだけどねぇ」

「布は何色? 何本巻いてある?」


そう問いかけた


意味深な問いに、手の中に目を落とす
槍の先に掲げられた布は、何時も灰色2本であったそこは


黒地に赤と白の線が、2本づつ入った布が 3本


それを、矛先を突きつけるように見せると
悪魔のようだった魔道師は破顔した


「あらまぁ! 本当に気に入られたものね」


「これ、何か意味があるんスか」


「ええ、判らないのも当然 彼女達の文化だし」
「それに、知ってるかどうかなんてどうでもよさそうだしね」


そうか、この槍は
ようやく気づいた、槍も布も何かのメッセージだ
餞別なんて 軽いものではないと


「あの子達にとって、自分の鱗を使った武具を渡すというのはそれなりに重大なのよ」

「それも、よりによって槍だなんて 本当に仲が良かったのね」




ああ、やっぱり





「その布の意味はね」



















さらば、我が友

















pf-wk end

フブキvsチコ戦

盟友とて同胞とて、牙を突き立てるなら一時であれ 敵には違いない
眼前に武具をそなえ現れるからには
打ち合うほかに語る口、持つことあたわず



唸る槍と棒の交差は続く

互いの獲物は2メートルほどの鋼
片や突き殺すための武器であり、対するは修験の具 棒である

その射程は棒側が勝る、棒使いは槍使いにくらべておよそ30センチは長身
鍛え絞られ 引き締まった痩躯のそれは、手中の使い込まれた長柄によく似ている
振りぬかれ伸ばした手に握られた棒 それから繰り出される打撃は有に4メートル近い殺傷距離を誇った

音を引き裂いて疾駆する長柄棒を迎えるは、その自重 実に60キロに達する豪槍である

切っ先に装甲竜という、竜の鱗を研磨し矛先としてしつらえたその先端は
強度は金剛石をはるかに超え、火で炙られようと溶けず いかなる鋼鉄の質量をも上回っている
しなりに耐えられる高硬度と柔軟性を併せ持つ、3重構造の鋼で作られた朱色の柄が高速で回転し

赤い円を描いて 眉間を穿ちに飛んできた棒の先を叩いて逸らす


これほどの質量武器に叩かれては、鋼であれなんであれ
棒は砕けて散る以外に結末は存在しない

しかし、この使い手の技巧は未だ得物を砕かせない
彼にとって武具は腕の延長そのものなのだ、力を流し収めるは棒術の最も得意とする技
この程度の芸当は驚くに値しない

右手の中で滑るように滑走した柄が急速に斜め落ち、位置を地面スレスレに落とし込むと
豪槍が叩いた力がそっくり込められたまま、しなるように元の位置に跳ね上がり
棒の先端がまるでドアをノックするように 槍使いの鳩尾を叩いた



派手に吹き飛ぶわけでもなく、ただ真後ろに引っ張られたかのように下がった槍使い
黒髪を後ろ頭に纏めた角付の少女、フブキの思考は困惑に満たされる



なんだこれ なんだこれ



息が出来ないのである

口から漏れるのは空気の漏れるような音だけだ


人間の少女を模した肉体に変質しているとはいえ
その本来の体躯は、全長100メートル重さ1680トンの 4本足で大地に立つ陸竜である
装甲の名を関されるほどに強固な鱗は、その手の竜麟槍が矛先そのもので全身を覆われた存在だ

まだ若く小さいフブキのそれですら、生じかの打撃は一切効果がない
人型になっていようと皮膚は鱗をそう変質させただけのもの
人肌特有の柔らかさはあっても、一度打撃を加えられれば表層以下は装甲麟の強度そのままである
こんなノック同然の衝撃で有効打に至る筈がない

しかし現実はただ、打ち据えられる その身が表す通り


槍を使い、自身の鱗で出来た腰アーマーと申し訳程度の防刃帯
そして騎士らしく見えるようにと盗んできた足甲を身につけ
しかし彼女はあくまで竜である、知識として仕込まれた人型の戦い方のそれは
教えた先立の教師達ですら、あくまで種族的な身体能力に頼ったもの

全てはいかに力を込めて槍を振るい、素早く突き…相手を破壊する ただそれだけの技だ
足運び、重心移動はあっても武術というには程遠い
二足歩行生物がその長い歴史で積み重ねた戦闘技巧を前に、歴史浅いそれは ただの棒振りである


息ができない、口も肺も呼吸を求める

全身に残った酸素とエネルギーが体をどうにか動かしているにすぎない
繰り出される流水のような連撃に対応するには 全てが足りない

相性は最悪といえた、これがフブキよりさらに大型の「重巡洋艦級」ともなれば
同じ150センチ程度の人型姿であってさえ、こうもいいようにされることもなかっただろう
脳裏によぎるは、ハトコのいけすかない姿である 200メートルを超え、フブキの10倍の重量を持つ姿

自分にそれだけの体躯があれば、こんな人間を真似て 惨めに人の武器など振るう必要はなかったのに

悪態をつこうにも、声も出すこともできない
呼吸が戻るまでの僅かな時間、それが…眼前の棒使いが味方でなければ
自身に残された最後の瞬間であることを

フブキは認めなければならなかった




棒使いの青年、チコは 彼女に打撃がなんら効果がないであろうことを十分に理解している

赤毛の魔法使いを襲撃したとき、後をつけられていたのは気づいていたし
その後に彼女が赤毛を襲ったとき、様子をこちらもまた 伺っていた

同じ剣の陣営、ギルドクランの野営地も隣で 話もするし…時折夜営の飯釜を囲む仲である
その正体が人でないこと、少女のスペックは大体把握している

自分が食らえば即死の一撃をもらっても、呼吸が乱れるだけという理不尽な防御力
小さな体躯から迸る力強い膂力のそれは、ただ殴りつけただけで人間の五体を四散させうる

いわば暴風圏5メートル 渦の中心148センチの竜巻だ

槍の先端は突けば音速超過の黒光となって「必ず」急所へ突き進む
恐るべきである、人間の限界を遥かに超越した身体能力から繰り出されるそれは
ただ振るうだけですら致命的な一撃なのだ、それでいて体は小さく俊敏さを失わない



だからこその 弱点である


力の強さはそれだけに重しを置かれた体術が全てを物語っている
よほどの相手でないかぎり彼女は本来「急所を狙う必要はない」のだ
掠るだけでも重症を負わせうる攻撃力を前に小手先の技など必要ない

人間型で人間型を倒す場合、急所が有効であるという先入観に陥りすぎだ

一定のリズムで放たれる致死舞踏の数々は直線と曲線を使い分け、素直で美しい
視認困難な速度で疾走する死棘の槍は、死を奏でる指揮者のタクトそのものである

彼女なりに修練したのだろう、高度に洗練され絞り込まれた攻撃パターンはおよそ5セクト
武技の型にして、たったの5つ 修羅を相手にこのアドリブの少なさは 致命を通り越して自殺的だ
武の型とは、何も理由無く沢山あるわけではない、相手に手の内を読ませないために
自分は好きなことをして、相手に好きなことをさせない その点に意味がある


丸見えだ、何をするのか


小さな体に再び棒の先端が刺さる、加減はない 必要ない

貫突であるが、これは先ほど彼女の薄い胸板をノックした一撃と同質のものだ
いわば「透かし」である、打撃そのものは効果がないなら 内部に直接ダメージを与えればいいだけの話
内孔の原理を応用した、衝撃を伝播させるあくまで技巧の技である

魔法などいった無粋な術は必要ない、棒一本 体ひとつで魅せる絶技の一


頑健な体は逆に力が逃げる出口がない、今頃フブキの内臓は揺さぶられ 息をするのも苦しい筈だ
それは何時も何処か掴み所の無い、悪く言えば仏頂面の表情が僅かに歪んでいることが示している

幼すぎる体の体積はこの「透かし」を受け止めるには絶対的に体格が足りない
肉が薄すぎて、一撃が通りやすいのだ 防御力が仇となり 小柄さが技の浸透を早める

彼女の乱れた呼吸を更に崩すように、肝臓があるべき場所を狙って 鋭い棒の石突が延びた




こと戦闘技巧に関して、チコのそれは完全に優越している
有効打を何一つ入れられないフブキとの差は決定的だ


既にフブキに打ち合いを始めた頃の俊敏さは無い

彼女の呼吸が持ち直す、そのタイミングを測って打ち込まれる鳩尾や心臓を狙った打撃
明らかに無力化を狙った技巧の静謐さに反して、冷静さを失いつつあるフブキ
視界を埋め尽くす、生き物のように跳ね回る棒の軌跡を追うことがやっとである

しかしそれを、なまじ追えていることが 彼女にとっての不幸であった
すなわち追えるからこそ、フェイントにかかっているのだ

それはチコの予想を超えている部分でもある

未だ道半ばであると言っても、練達の極に近い棒術から繰り出される連撃
それを本来目で捉えることなど不可能に近い
あえて不規則に 蛇が首をもたげるかのごとき棒の先端は、音の壁を突き破っている

慣れてきたのは確かだ
全身を襲う酸素の欠乏に加えて、少なくない大振りの直撃までもらっている視界は霞みだしていた
意識と五感の全てに至るまで、その人外の知覚能力を失った訳ではないのだ


竜種の感覚は通常の生物の数倍から数百倍と言われている
視力は昼間でも星が見え、嗅覚は種によっては犬を上回る

元々大型陸竜のフブキはお世辞にも感覚が鋭いとは言いがたい
しかしそれも竜種の中では…の話だ

そして目も鼻も大して鋭敏でない装甲竜が、他の種を圧倒している知覚能力が1つだけある


聴覚


すべからく、物体が動けば空気なり地面なりが振動する
それは音であり、空気を伝わり地面を通過するそれを選別して知覚する能力をソナーリングという

フブキの故郷は砂漠だ
彼女らの種族は本来、砂漠で「砂に潜って獲物を待つ」狩猟生態を持つ
目も鼻も砂中では意味が無い、長い時の中で 最も発達した五感の一、それが聴覚である


人型を取るようになってからというもの、視覚に意識を向け気味なフブキであったが
なまじ目が霞んで攻撃が見えなくなったことが功を奏し
自らの種が持つ本来のセンシング能力を取り戻し始めたのだ

その聴感は数キロ先の流水の位置を捉え
息を潜める獲物の心音を「砂中から」把握できるほどのものだ

僅か数メートル先の相手、心音はもちろん 意識を向ければ筋肉の収縮するそれすら判別できる
いわんや、棒を振りかぶる腕のきしみなどと

たとえ棒の先端が音速を超えようと、繰り出す前の予備動作が知覚できるなら
体制を整えることも出来なくはない …最も状況が好転した訳ではなかったが

自分の耳が「妙に良かった」ことを思い出したフブキが
これが相手を先んじることが出来る強力な能力であることに気づくのは
しばらく後のことであった、少なくとも今は嬲られるがままである

能力だけで絶対的な技巧の差が埋まるほど、世の中優しくないのである

一方的な戦いは、今しばらく続きそうであった




フェイントにさほど反応しなくなった

追い詰められて逆に集中できるほど、鍛錬を重ねている…というわけではないだろう
どういうわけかこちらの動きに先んじて反応している
棒ばかり見ていた先ほどに比べて視線は手先ではなく こちらの位置だけを見ている

理由はわからないが慣れるだけでは説明がつかない
これだから、こういった竜種というのは相手にするのが厄介なのだ

しかし結果は変わらない、人間の動きをトレースしているだけの彼女と
両手両足を生まれた時から扱うために育った彼との差は到底埋まるものではない

フブキの両手は元来、前肢である
1000トンを超える自重の半分を支えるための「足」だ
物を掴むという概念すら、人化した当初は難しかったと聞く


鍛えぬいたチコにとって、その槍術も体技も 稚拙の一言に尽きた

剛剣が打ち合うならいい、大盾が止めるならいい
剣は折れ飛び、盾は貫かれて持ち手ごとガラクタに変わるだろう
彼女の身につけた技は、戦い方は悪くない

そういう相手と戦うために進化したものがある ただそれだけのことだ


どうだ、チコは棒を振るいながら僅かに昂揚する
これほどの有様で、戦えるどころか圧倒しているではないか
自分の武技が、全てを上回っている筈の存在を圧倒する
自らの研鑽に不思議な快感と確かな何かを

気だるげな目を少しだけ見開いて チコ・エリデネーゼは感じていた





「どーしたッスか 腰がひけてマスよ…!」 


「テ…テメッ… コッ… コラー!!」





to be Continu …

フブキvsネアクート戦

二つの手のひらの合わさる地で
二つ勢力、ひとつの城 それを奪い合うがため

門は開かれた



赤い髪 ネアクート・アグオハム

それが槍が魔道障壁を叩く、快音響く戦陣の只中にいる魔術師の名だ

魔法が使えない魔術師という異色の戦士たる彼女が相対する
小柄な槍戦士を前に彼女の心中は、その派手な打ち合いに反して平坦そのものだ

すでに幾人もの騎士を刈り取った彼女の思考と技巧は眼前の敵を圧倒している
それもそのはず、魔法が使えない自身には そのデメリットを上回る
強力な魔力障壁が全ての攻撃を打ち消し、受け止め 時に相手を殺す


全身を覆い、さらに周囲を包む 2層に分かれた防壁の外壁すら
敵たる騎士、槍戦士の一撃は削り取ることすら適わない
対してこちらの手刀は時折相手を捕らえ、その僅かに覗いた肌に浅い傷を入れていく

小柄な見た目に反して力はあるようで、暴風のように振るわれる槍が風を切り
横なぎにネアクートの右脇腹を捕らえるが、これも防壁に弾かれ 反力が槍騎士の体制を崩す


稚拙な槍さばきだ、槍を力任せに振り回すだけでこれなら棒きれと変わりない
棒というなら、つい先日戦った チコと名乗った半裸の変な棒使いの方が
1と言わず数段は上の棒さばきだ、先端の矛先を生かせないなら槍術とは言わない

魔術師とて護身の体術を持たぬわけではない
それも彼女のような特異な魔術師なら尚更


未だ重心が後ろに逃げ、満足に体を起こすことができない少女の槍の切っ先は 天を向いたまま

その隙を逃す手はない、鋭くしなった右手刀が貫き手と化して槍騎士の腹を襲う
とっさに手の内で回転させた槍の柄がそれを右手甲を打ち阻むが、本命は肘だ
柄に打たれるがまま、瞬間腕を曲げ 踏み込みとともに鋭い呼吸音を残して突進

右肘が鋼板を穿ったかのような重い残響を残して 少女の体が吹き飛ぶ
人体の急所たる人中を捉えた必殺に等しい打撃
事実それは、本来なら板金鎧を陥没させてあまりある一撃だ
魔力障壁をインパクトの瞬間集中させるそれは、一撃で鎧を貫き内臓をミキサーする


だというのに 吹き飛んだ少女は飛ばされるがまま地面に踵を打ちつけ抉りながら停止した
すぐさま槍を構えて逆撃の体制に持ち直す、それが到底人間の耐久力であろうはずもない
彼女の左右即頭部から伸びた赤い角 そして縦に切れた瞳孔が
少女が亜人、それもおそらく竜などの位階の高い爬虫類系の証だ

だがさしもの彼女も、人化している以上は構造は人間のそれを模している
急所に入った一撃は無効とはいかず、表情が変化せずとも呼吸が崩れる


畳みかける好機

ネアクートの脳裏に勝利が見えた、10メートルはゆうに離れた距離を
一足飛びに詰める、全身に魔力がみなぎり 止めの一撃を見舞うために突進する

腰だめに構えた抜き手が今度こそ彼女の肉を穿つべく渾身の力が込められた
いかに頑健な肉体であろうと、これに抗する術はない

残り距離およそ2メートル コンマ数秒後に抜き手は彼女の急所を貫く
左手が腰から離れ腕が伸び始めた瞬間、ネアクートと少女の目が交差する



顔の真横を黒光が通った



ネアクートが感じたのはそれだけだ

髪が盛大に巻き込まれ、自分の赤い頭髪が飛散して宙を舞う


斜めに交差、というよりは互いに弾きあったともいうべき両者の位置が
激突前とそっくり斜めとなって入れ替わっていた、赤毛の少女の体がグラつく
左頬が横一文字に薄く切られ、半身が弾きあった衝撃と重なって意識が歪んだ


突きだ

槍を無造作に振るうことしかしてこなかった、未熟な筈の槍騎士が放った一撃は
ネアクートの顔面を正確にぶち抜くべく放たれた まぎれもない槍の先端だ

ふらつきながら体を持ち直した所に
即座に反転してきた少女の槍がネアクートに襲いかかる

全て突き 恐るべき速度と切り返しで一呼吸に4発である

魔力障壁がその全てを遮るかと思われた瞬間、4発中3発が防御を抜け
かろうじて構えていたネアクートの両腕に払われた

もはやそこに、先ほどまでの稚拙な棒切れを振り回す姿はない
弾かれた先から、その反動を幸いに半月状の円を描いて
蛇のように襲いかかる黒光りする槍の先端がネアクートの身体を障壁ごと叩く
その先端は音速を超過し、空気の渦を纏うかのように錯覚するほどだ

突如として致死の槍を振るい始めた少女の、そのむすっと憮然とした薄い表情が
失敗したと、そうである以上は加減の必要はないと物語っていた




…謀られた


思わず唇を噛む

先ほどから致命傷を狙った一撃は全て「突き」

横薙ぎの打撃は体制を正確に崩すための布石に置き換わり
いつのまにか連続して踏み込む突きに槍の瀑布はシフトしていた

その光景を前に、ネアクートは 自分が完全にハメられていたことを悟った


見られていたんだ ネアクートは毒づく

自分の障壁が強く鋭い貫通攻撃に弱いことを把握されている
序盤の打撃技は全てこちらを油断させるための罠
誰か、おそらく半裸の人とやりあった時 一部始終を観察されていたのだ
対策を立て、こちらを誘い 一対一で戦える場所で仕掛けてきた

見た目に反して、なんて狡猾な

あの一撃で彼女は勝負を決める筈だった
失敗したがゆえに、今全力を持って殺しにきている

リーチの差で一度勢いをつけられると主導権を取り返せない
あちらの獲物は推定2メートル、比較的短い槍とはいえ 素手とのリーチは冠絶して余りある
懐に飛び込まねば勝機はない それを許さないのは動きの変わった槍の軌跡だ

黒光が鈍い光の線を描き、赤い柄がコマのように旋回し 打ち下ろされる


ネアクートか鋭く伸びる死棘を打ち払い、時に体の表面を削られながら流れを観察する
冷静に物を見つめる術は、魔術師にとって必須のスキルだ 

対する少女は、表情の変化は薄いが不満げな感情がわかりやすい 故に勝機はある

幸い、致死はあの先端、黒光りする矛先だけであり 打撃は障壁で変わらず防げる

息もつかせぬ連撃は、無秩序のようで一定のリズムを保っていた
「突き」は「払い」に対して3と1 突きは特に一定のテンポで放たれる
1.1.2.1の極めて静謐なリズムだ 急所を狙うのは最後の一回を除いて全てである


冷静に、冷静に 槍の瀑布を受けながら ネアクートは槍の隙間を探し始めた





赤毛に槍を打ち込みながら、槍騎士の少女 フブキは内心唸り声を上げる

危険な敵だった、信じがたい魔力量とそれに任せた防壁で物理的な打撃をものともしない
そのただならぬ存在感に後を付け、対策を立てて必殺を狙ったのだ

想像だにせぬ強度の障壁が、必殺をこめた顔面への一撃を逸らした
障壁にすべるように矛先が反れ浅く頬を削り取っただけだ

そして今、本気で打ち込む槍をいなされ続けている
攻守は前半と入れ替わっているが膠着していることに変わりない


突きだけを正確に防ぎ、払いは全く考慮にいれてない相手の冷静さに苛立ちが募る
払いは牽制ではなく自分の体制を障壁の反力を使って入れ替えるための技巧には違いないが
体制を突き崩せなければ致命打もいれられない

なによりやっかいなのは赤毛の体の表面に張られた強固な障壁だ
フルプレートの装甲鎧も衝撃で叩き割る筈のフブキの槍は全てそれに防がれ、逸らされている

打撃で殺せそうに無いことを改めて認識するが故の 「突き」へのシフト
人化の師とも言えるユキカゼに仕込まれた、二本足で戦うための技巧の全てをかけて
眼前の強敵を突き殺す、必殺の意思を込めてフブキはさらに押し込む

全身の肉に血と魔力が循環し 繰り出す打撃は視認困難な領域に達していた 


それでも見られている、それを確かに感じた
打ち込みを変調させても視線が確かに、こちらの手の内を探ってきている

危険すぎる、この場で殺さなくては 後が怖い相手だ

あの段違いの魔力が宿った手刀に晒されては
人間の皮膚に変質させている自分の装甲麟が耐えられる保障はない

もとより物理打撃には強くても魔法とか そういうものには絶えられないのだ

体力も身体能力も自分が優越している、押し込み 殺す 勝つのだ

その意思を込めて








「スッゾコラー!! シネッコラー!! 赤毛ッコラー!!」



相手に威圧感を与えると教わった人間語で咆哮した




to be Continu …