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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-07-23 lal banshees 「ペッピライカの雪がすみ」@こまばアゴラ劇場

[]lal banshees 「ペッピライカの雪がすみ」(2回目)@こまばアゴラ劇場

lal banshees

『ペッピライカの雪がすみ』

2016年7月21日(木)〜7月25日(月)全6公演

会場:東京都 駒場東大前 こまばアゴラ劇場

振付演出横山彰乃(東京 ELECTROCK STAIRS)

芸術監督平田オリザ

出演:

横山彰乃

北川結(モモンガコンプレックス

後藤ゆう

 菅彩夏

涌田悠

2016-07-22 贅沢貧乏 家プロジェクト アパート編その2『みやけのFUSUMA』

[]贅沢貧乏プロジェクト アパート編その2『みやけのFUSUMA』

出演:影山徹(劇団子供鉅人)、西山真来、大竹このみ

2016-07-21 lal banshees 「ペッピライカの雪がすみ」@こまばアゴラ劇場

[]lal banshees 「ペッピライカの雪がすみ」@こまばアゴラ劇場

lal banshees

『ペッピライカの雪がすみ』

2016年7月21日(木)〜7月25日(月)全6公演

会場:東京都 駒場東大前 こまばアゴラ劇場

振付演出横山彰乃(東京 ELECTROCK STAIRS)

芸術監督平田オリザ

出演:

横山彰乃

北川結(モモンガコンプレックス

後藤ゆう

 菅彩夏

涌田悠

 KENTARO!!が率いるダンスカンパニー東京 ELECTROCK STAIRS」の主要メンバーである横山彰乃によるダンスカンパニーlal bansheesの旗揚げ公演。

東京 ELECTROCK STAIRSでは最近個々のメンバーの個人による個別活動が盛んになってきているが、これもそうした公演のひとつ

物語性は特にないが、単に音楽に合わせて群舞で踊るというようなありがちなものではなくて暗い森の中で何かよく分からない生き物たちが蠢いている、というような一種不可思議イメージがあってこうした個性的世界観が色濃く出ているのが面白い

ダンスでは振り付けダンサーが合わせていくというより、それぞれのダンサー自分の踊り方を生かしながらそれぞれ踊る。だからユニゾンの動きとかをみても、きっちり揃っているというよりも動きの処理はそれぞれ違う。ただ、感心させられたのは呼吸で合わせているのかやり方は判然とはしないのだが、全体的に見れば群れとしての動きにはきちんとした調和があるということだ。

さらに言えば5人のダンサーを今回は使っているのだが、その構成が常に変幻自在に変わり続けること。日本コンテンポラリーダンスで群舞の名手といえば横山師匠のKENTARO!!、井手茂太黒田育世らの名前が思い浮かぶが、これほど自在フォーメーションが変わる振り付けは見たことがない。狭い空間でありながら、上手に出入口のようなものを使って舞台に登場するダンサーの数をゼロから5人まで変化させ、その上で舞台上にいるダンサーソロデュオトリオなど変えてみせる構成力も巧みだ。

もっともこの作品が魅力的であることとはそうした技巧上のことではないところにある。ダンサーが魅力的であり、しかもほかのところで踊るのを何度か見ている横山北川を見ていると分かるのだが、単にそのダンサーが手癖で踊っているのではない魅力が上手くすくいとられているように見えたことだ。この作品再構成してトヨタコリオグラフィーアワードでの最終選考会でも踊られるという。ここからどのように変化するか楽しみだ。

2016-07-20 パフォーマンスとしてのももいろクローバーZ

2016-07-16 笑の内閣『ただしヤクザを除く』と青年団リンク 玉田企画「あ

[]第23次笑の内閣『ただしヤクザを除く』@東京こまばアゴラ劇場

23次笑の内閣『ただしヤクザを除く』@東京こまばアゴラ劇場

作・演出=高間響 東京公演

日程:2016年7月13日(水)〜18日(月・祝)

日程:2016年

7月13日(水)19:30 蓮

7月14日(木)19:30 蓮

7月15日(金)19:30 桜

7月16日(土)13:00 蓮/17:30 桜

7月17日(日)11:00 桜/15:30 桜

7月18日(月)13:00 蓮

※受付は開演時間の40分前、開場は開演時間の30分前

※上演時間は90〜100分を予定

アフタートークゲスト

7月13日(水)19:30 蓮 鈴木邦男氏(一水会顧問

7月14日(木)19:30 蓮 菅野完氏(「日本会議研究」著者)

7月15日(金)19:30 桜 安田好弘氏(弁護士

7月16日(土)13:00 蓮 宮崎学氏(作家

7月16日(土)17:30 桜 広田淳一氏(作家演出家アマヤドリ主宰

7月17日(日)11:00 桜 阿蘇山大噴火氏(裁判傍聴芸人

7月17日(日)15:30 桜 宮台真司氏(社会学者

会場:こまばアゴラ劇場http://www.komaba-agora.com/

[]青年団リンク 玉田企画「あの日々の話」@アトリエ春風舎

 作・演出玉田真也 舞台美術:濱崎賢二(青年団)照明:井坂浩(青年団

 音響池田野歩 宣伝美術小西朝子 衣裳:正金彩(青年団

 制作:杉浦一基、小西朝子 ドラマトゥルク:木下崇祥

 総合プロデューサー平田オリザ 企画制作青年団、(有)アゴラ企画・こまば

 アゴラ劇場 主催:(有)アゴラ企画こまばアゴラ劇場

 出演:

 前原瑞樹:石川

 野田慈伸[桃尻犬]:斎藤

 木下崇祥:浅井

 山科圭太:細川

 近藤強:小川

 菊池真琴:麻央

 郄田郁恵:沙織

 長井短:文

 森岡望:洋子

 玉田真也:店員

2016-07-13 第23次笑の内閣『ただしヤクザを除く』

[]第23次笑の内閣『ただしヤクザを除く』@東京こまばアゴラ劇場

23次笑の内閣『ただしヤクザを除く』@東京こまばアゴラ劇場

作・演出=高間響 東京公演

日程:2016年7月13日(水)〜18日(月・祝)

日程:2016年

7月13日(水)19:30 蓮

7月14日(木)19:30 蓮

7月15日(金)19:30 桜

7月16日(土)13:00 蓮/17:30 桜

7月17日(日)11:00 桜/15:30 桜

7月18日(月)13:00 蓮

※受付は開演時間の40分前、開場は開演時間の30分前

※上演時間は90〜100分を予定

アフタートークゲスト

7月13日(水)19:30 蓮 鈴木邦男氏(一水会顧問

7月14日(木)19:30 蓮 菅野完氏(「日本会議研究」著者)

7月15日(金)19:30 桜 安田好弘氏(弁護士

7月16日(土)13:00 蓮 宮崎学氏(作家

7月16日(土)17:30 桜 広田淳一氏(作家演出家アマヤドリ主宰

7月17日(日)11:00 桜 阿蘇山大噴火氏(裁判傍聴芸人

7月17日(日)15:30 桜 宮台真司氏(社会学者

会場:こまばアゴラ劇場http://www.komaba-agora.com/

2016-07-12 青年団リンク 玉田企画「あの日々の話」

[]青年団リンク 玉田企画「あの日々の話」@アトリエ春風舎

 作・演出玉田真也 舞台美術:濱崎賢二(青年団)照明:井坂浩(青年団

 音響池田野歩 宣伝美術小西朝子 衣裳:正金彩(青年団

 制作:杉浦一基、小西朝子 ドラマトゥルク:木下崇祥

 総合プロデューサー平田オリザ 企画制作青年団、(有)アゴラ企画・こまば

 アゴラ劇場 主催:(有)アゴラ企画こまばアゴラ劇場

 出演:

 前原瑞樹:石川

 野田慈伸[桃尻犬]:斎藤

 木下崇祥:浅井

 山科圭太:細川

 近藤強:小川

 菊池真琴:麻央

 郄田郁恵:沙織

 長井短:文

 森岡望:洋子

 玉田真也:店員

2016-07-07 青年団リンク 玉田企画「あの日々の話」

[]青年団リンク 玉田企画「あの日々の話」@アトリエ春風舎

 

作・演出玉田真也 舞台美術:濱崎賢二(青年団)照明:井坂浩(青年団

 音響池田野歩 宣伝美術小西朝子 衣裳:正金彩(青年団

 制作:杉浦一基、小西朝子 ドラマトゥルク:木下崇祥

 総合プロデューサー平田オリザ 企画制作青年団、(有)アゴラ企画・こまば

 アゴラ劇場 主催:(有)アゴラ企画こまばアゴラ劇場

 出演:

 前原瑞樹:石川

 野田慈伸[桃尻犬]:斎藤

 木下崇祥:浅井

 山科圭太:細川

 近藤強:小川

 菊池真琴:麻央

 郄田郁恵:沙織

 長井短:文

 森岡望:洋子

 玉田真也:店員

2016-06-23 青年団「ニッポン・サポート・センター」@吉祥寺シアター

[]青年団ニッポン・サポート・センター」@吉祥寺シアター

作・演出平田オリザ

出演:山内健司松田弘子、志賀廣太郎永井秀樹、たむらみずほ、辻美奈子小林智、兵藤公美、島田曜蔵、能島瑞穂大竹直、村井まどか河村竜也、堀夏子、海津忠、木引優子、井上みなみ富田真喜、藤松祥子

 青年団が8年ぶりの平田オリザの新作「ニッポン・サポート・センター」を東京吉祥寺シアターで上演した(6月23日ソワレ観劇)。平田の新作はその間も一連のロボット演劇プロジェクト舞台版「幕が上がる」などその間も多数あったが、自らが主宰する青年団の本公演としては2008年の「眠れない夜なんてない」以来となる。「ニッポン・サポート・センター」は、生活困窮者ドメスティックバイオレンス(DV)の被害者などが集う駆け込み寺型のNPOの事務所を描いている。

ニッポン・サポート・センター」で描かれるのはあくま生活支援NPO日常であり、そこにはDVの可能性もある性格不一致の問題から子供を連れて夫の元を飛び出した妻を探して、男が訪ねてくる。さらには何か相談したいことがあるようなのだがなかなかその内容を明らかにしたがらない女性らが次々とこのセンターを訪ねてくることも描かれている。

 ただ、一見日常をただ淡々と描いているだけのように見えても平田が紡ぎだすのは単なる現実ではなく、重層的に構築された創作物なのである。そこにはいくつかの仕掛けが組み込まれている。一つ目はこの芝居では舞台の後方の壁のところにカラオケボックスの扉のように密閉された3つの扉があり、それがこの組織相談に来る相談者が担当者相談するためのスペースとなっているという設定だ。

 平田舞台では多くの場合、上手、下手に通路状の出入り口があり、ロビー集会スペースのようなセミパブリック空間から登場人物がそちらに出ていってしまうとフレームアウトした後の登場人物の行動は想像するしかないように作られている。ところがこの芝居ではさらに3つの扉があって、相談などでそこに入ってしまえばそこで何をしているか、何が話し合われているのかは分らないということになっている。その空間で行われていることは基本的には舞台フレームの外側での出来事なのだが、面白いのは人が出入りするために扉を開けるとその時だけは中の音が漏れて声が聞こえてくることで、平田はそれをうまく使うことで観客の空想力を刺激し、中で話されていることを想像させるような仕掛けを各所に用意している。

もうひとつの仕掛けは平田舞台では自作である『十六歳のオリザの冒険をしるす本』(講談社文庫)を下敷きにした「冒険王」や立花隆著「サル学の現在」に触発された「北限のサル」など原作はいわずとも特定作品が着想の源泉となっていることが多いが、「ニッポン・サポート・センター」は平田自らがクレイジー・キャッツの「ニッポン無責任時代」と山田洋次監督の「男はつらいよ」(「フーテン寅さん」)シリーズを下敷きとし「寅さん世界」と「現実世界」を二重重ねにしたような重層的な構造を作っている。

 作中で登場人物が口ずさむ歌として「俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ わかっちゃいるんだ 妹よ」で知られる「男はつらいよ」の主題歌引用される。この歌は「ドブに落ちても 根のある奴は、いつかは蓮(はちす)の 花と咲く」という箇所に出ている「はちす」っていったい何のこととか芝居中の各所に出てくるのだ。

 歌の引用にとどまらずにこの芝居には登場人物の造形や全体のタッチにも人情喜劇である男はつらいよ」が影を落としている。アフタートークなどで平田自身もそのことは明らかにしているが、この芝居に登場するセンターはいわばサポートスタッフとして近隣の住民が参加しており、それを志賀廣太郎山内健司松田弘子といったベテラン俳優が演じているのだが、平田は彼らを「男はつらいよ」でいえば「とらや」の住人やその近所の人のようないわゆる「おせっかい」な存在さらにいえば島田曜蔵が演じている見習い職員は堀夏子演じる女性職員片思いをしており、これはいうなれば寅さんとその思われ人であるマドンナ関係に擬えることができるような関係性となっている。

 一方でここで描かれるのはあくま現代日本地方都市でもある。男女のやりとりや夫婦間の不和、夫の浮気などの問題が例え起こったとしても、それが「寅さん世界であるならばよくも悪くも近所の人がおせっかい相談に乗ってなるところだろうが、いくら地方はい現代ではそういうわけにはいかない。

 平田オリザは「寅さん世界」を下敷きにしながら場所現代の駆け込み寺型NPOに持ってくることで例えば近所の理髪店の親父のような昔ながらの近隣共同体登場人物もここでは否応がなく、サポートスタッフという組織のなかでの役割を振り当てられるさまを描き、そこで起こる違和感というか、関係のきしみのようなものコメディー仕立てで描いていく。

 彼らはここではあくま善意の協力者として登場はするが、最近はやりの言葉として使っている人権関係用語(例えばヘイトスピーチなど)の用法はかなりデタラメコミカルに描かれてはいもの言葉の端端から「この辺りにはホームレスはいいから」などと無意識路上生活者差別するような言葉を発したりしていて、その有様は明らかにポリティカルコレクトネス(PC)には反している。こうしたものはたとえば「ソウル市民」に登場する日本人善意であっても無意識朝鮮人のことを差別しているという描写比較するならばその罪も軽いが、それでも平田はこうした重ね合わせによりいわゆる近隣共同体現代日本で生きにくいような現状を描き出していた。

 その一方で現代日本では昔だったらありえなかったようないろんな問題地方都市NPOとも無関係ではありえなくなっている現状も描いてみせた。そのひとつ商社に勤務しアフリカでの鉱物資源到達の仕事を手掛けていた男性仕事に関連しての精神的なストレスに耐えかねて、仕事退職し、妻の故郷であるこの町にやってきて仕事を探しているというエピソードも挿入されている。逆に貧困にあえぐシエラレオネの子供たちを支援する仕事のためにアフリカに渡ろうとしているNPO職員話題も出てくる。こうした話題は単なる話題というだけではなく、この世界孤立して閉じているのではなく世界に向けて開かれているのだということを提示している。こうした重層的な構造平田演劇典型であり「ニッポン・サポート・センター」はそれによく合致する。

 ところがこの作品平田典型から外れた要素もいくつか持っており、実はそれが観劇後、私に若干の違和感を抱かせた。ひとつ目は平田作品場合、多くの作品時代の設定は近未来のいつかとなっていることが多いが、この「ニッポン・サポート・センター」にはそれがなく、はっきりと時点を書いているわけではないが、それをそのまま「現代」としてもおかしな点はあまりなさそうな設定になっていることだ。実は芝居が始まってしばらくしてそのことに気がつき「どうしてなんだろう」と考えたのだが、そのこと自体はそこまで大きな違和感ということでもなかった。

 違和感の多くは今回の舞台の終わり方にあった。この舞台では登場人物が劇中で歌う歌が「男はつらいよ」のほかにもうひとつある。それは野坂昭如らも歌ってCD化もされている「やまと寿歌」という歌だ。

「酒は旨いし肴も旨い、稲穂は垂れてる柿は色ずく……」などと始まるこの歌は最初表題どおりに日本のことを寿ぐ歌であると思われるが、実は皮肉な仕掛けが用意されている。それは歌が2番、3番と歌い継がれていくに従い次第に政治的な色彩を帯びた歌詞となっていくことだ。

 平田作品中でほとんど劇伴音楽BGM)を使わない代わりに登場人物に歌を歌わせるということはよくあって、むしろ定番といってもいいが、これまでこれほどメッセージ性の強い歌を使ったことはおそらくない。

 「クルマパソコンケイタイ電話 原発軍隊何でもあるさ 日の丸かかげて歌え君が代 ほんにこの国よい国じゃ あとはなんにもいらんいらん 余計なものはいらんいらん」という歌詞舞台上にいる俳優が皆加わり、この部分を群唱するのだ。もちろん、この部分はあくま既存の歌を舞台上で歌ったというだけなので、セリフなどでメッセージを発した訳ではない。ただ、これは歌詞内容からして明らかに政府批判の歌であり、平田がこの歌を舞台上の俳優に歌わせることで現政府に対する批判を行ったという印象を与えるラストであったことは間違いない。ここでこの作品が「未来」ではなく「現代」を描いていることの意味合いが浮かび上がってくる。

 安部政権参院選に勝利を収め、改正賛成派で憲法改正の発議に必要衆参両院で3分の2以上の議席を確保したが(この作品が書かれたのは選挙前ではあるが)平田現在のそうした政治的な状況に大きな危機感を感じている。それがこうした異例の舞台を書かせた要因のひとつとなったのではないかと思われたからだ。

 

2016-06-21 松本雄吉インタビュー「具体・維新派・Gonzo」

[] 松本雄吉を追悼する インタビュー「具体・維新派Gonzo」 (2009年収録インタビュー再録)

――大阪教育大学美術専攻に在学されて、美術出身演劇世界に入ってきたということなのですが、関西にいらしたということで若いころに「具体美術協会」にも展覧会を見に行ったり、精神的な影響を受けて自分でもパフォーマンスをしたというような話を以前お聞きしたことがあるのですが。

 松本雄吉 具体(具体美術協会)の場合、終わってからはじめて全体像が記録された。具体そのものが現役の時は「ここからここまでが具体美術だ」という風に見ていたという記憶がない。むしろそれぞれの具体のメンバーがあちこちでやっていたというだけで、具体としての活動はそれほどなかったんじゃないかなと思う。僕らもまだ若かったから、どこからどこまでが「具体美術協会」の会員でというようなことはそれほど認識がなかった。

 でも、具体が起こしたいろんな作業というか流れのなかで「この人も具体だろうな」というのはあって思い込みで見ていた人もいたかもしれない。だからひょっとしたら具体じゃない人のパフォーマンスも具体だと思って見ていたかもしれない。

 具体をよく見ていたのは1960年代大学の時ではなくて高校の時だった。だから全然理屈くそも分からないで見ていた。当時は前衛といってもピカソとかだったのが、いきなり具体と出会ったから落差がものすごく大きかった。まず作品の大きさに驚いた。キャンバスが大きいんです。人間の体よりも大きなキャンバスだという驚き。もうひとつは厚み感。白髪一夫とか絵の具の盛り上がりのボリュームがすごいから、キャンバスの広さと絵の具の厚みが衝撃的だった。

 グタイピナコテカがまだあったから、そこに行けばかならず具体の展覧会をやっていた。そこはレンガ倉庫みたいなとこころで今考えれば吉原製油の倉庫だったのかもしれない。受付もだれもいないし、扉もあけっぱなしで誰が入ってもいいような状態。入場料ももちろんいらない。そこで最初に見たのが白髪さんとか、ああいう人なんでそれはもう理屈じゃなくて身体で感じる美術というか……。それまではピカソであれ、クレーであれほとんど美術史しか見たことのない人ばかり。たまたま京都美術館に来たのを見たけれど、こんなにでかい作品じゃなかったから。その後でアメリカフォークバーグとかの前衛美術も見たけれどそれは70年代

――具体と出会ったことが美術学校にいきたいというきっかけになったんでしょうか。

 松本 高校生のくせに生意気古典なんかは全然やる気がなくて、いきなり前衛という感じで。そのころだと皆競うようにして美術東京芸大とか京都美大とかっていうアカデミックコースがあったんだけれど、それより、前衛ということだったら教育大という話になった。

――具体の活動としては展覧会以外にパフォーマンスとかもやられていたんですか。

 松本 「美術手帖」とかもまだいまのようには紹介していなかった時代から、結局大学に詳しい人がいて、それだったらここでこんなことをやっているよとか、パフォーマンスをやっているよなどという具体のディティールを知ったのは大学にいってからだった。具体のパフォーマンス中央公会堂で一度見た。具体美術協会主催して協会員だけでなくていろんな人が出ていたんだけれど、それはもう超アングラ。その時に村上三郎の例の紙破りも見た。

――当時の印象としてはどんな感じでしたか特にお客さんの反応とかは。

 松本 そうやね。一種サロン的な秘密パーティーじみた感じだったかなあ。美術家舞台芸術というか、舞台美術というか、そういうのをやったのはあれがはじめてじゃないかと思う。それは後で知ったんだけれど草月(東京草月会館)でもやっていた。ハイレッドセンターとか草間さんとかその辺が美術家自分身体を使ってボディアクションをするということを。

――維新派の初期のころも美術をやっていた人がほかにも参加していたと聞いていますが、演劇の影響というのももちろんあったとは思うのですが、そういう具体とかの舞台の影響も受けていたのでしょうか。

 松本 パフォーマンス的なことをやろうと思っていたから、そういうのは多分にあったと思う。なにかやっぱり今思うと具体の人って海外情報は強かったと思う。その当時やったらジョン・ケージの真似ごととかしていたミュージシャンもいたし、それが美術家ジョン・ケージの真似をすることもあったし。

――関西では具体だけではなくて、それに影響されたほかのグループの人たちとかのパフォーマンスも盛んだったんですか。

 松本 有名なのが名古屋のグループで「グループ位」というのがあった。それは過激だった。美術館パーティーしおった。パーティーの間、素っ裸で一面泥を塗って泥の中でやった。時期を同じくしてはじまったのがアンデパンダンから、そこでやったんじゃなかったかな。それともう一個なんとかい展覧会があって、グループ位の人がどこの美術館でも占拠して泥パーティーのようなことをやっていた。

――維新派結成より以前に自分でもパフォーマンスをやられていたとか。どんなことをしていたのでしょうか。

 松本 いろんなことをやったからなあ。なんかやはり占拠型が多かったかな。ひとつ場所作品をそこに置くのではなくてその場所作品化するというような。あまり作品意識かいうのではなくて、その場所を作りたいというようなことがあった。ただ、その時は自分身体を使ってというような芝居じみたことはなかったから、身体を巻き添えにしてなにかやるというのはやはり維新派になってからかもしれない。

 例えば教育大の正門入って講堂があるんですけれど、その講堂をちゃんと使用許可を出したかどうか分からないのだけれど、中に一週間立てこもって廃材かなんかを使って、花をこともあろうに女性生理用の綿を使って、それを桜の花を作った。

――そういうのは直接維新派旗揚げにつながっていっているのでしょうか。

 松本 直接はないけれど、そういう美術といっても半分悪ふざけのようなことをやっていて、そういうところで演劇みたいなことを傍観していて、演劇って遅れているなという思いはあった。

――そういう意味では新劇のなかから新劇批判みたいな形で登場してきたほかのアングラ劇団とは設立の経緯が違いますね。

 松本 だいぶと違うみたいやね。そのころ大阪でもアングラ劇団が二、三劇団あって、その人らの意識アンチ新劇だったみたいだけれど、僕らは新劇のことも知らなかったからそういう意識全然なかったから。

――美術活動をしていてそこに身体性とかが入ってくるのにはなにかきっかけがあったんですか?

 松本 それはやはり東京から流れてきたような人とまったく別に芝居みたいなものを立ち上げないかという話があって、それも訳わからんとはじめたようなところがあるんだけれど、自分身体を実際に使って舞台に立つということが美術パフォーマンスはそういう意識でやっていないから、身体が見られるとか全然思っていない。だから、そういう緊張感というか人前に身体晒すという美術の流れとは全然別のところがあって、流れの中でやったような感じだけれど、ちょっと違う部分もあった。

――松本さんが口癖のようにおっしゃっている「行為性」という言葉があるのですが、そのような言葉も当時よく言われていた言葉だったのでしょうか。

 松本 「行為性」というのは美術的な言葉だった。表現ではなくて、行為しなければいかんという。ただね、行為という言葉ものすごく広く使われていた。

政治的なところではテロにつながるような、革命につながるようなことだし、美術家が言うのはタブローから美術館を出て、街に美術を持ち出すというか。あるいはパフォーマンス系の人たちの意識からすると作品よりも作品を作っている本人の意識の流れの方が大事だとか。

――今から見るとよく分からない部分もあるのですが、具体の人たちが作品というだけでなくて、作る行為を見せたり、パフォーマンスをやったりするというのは

 松本 総じて作品を残す意識がなかった。それはひとつには皆貧しいので立派なアトリエを持てるわけじゃないし、ゲルニカ匹敵するようなキャンバスにわーと描いて、終わったら燃やしてしまうとか、皆そんなんやから作品を売買する対象とは全然考えていなかった。作品というのは自分が完成できたというとそれで終わりのような考え方だったから、たぶんにそういうふうな流れのなかで、出てきた発想のようなところがあった。だから自分が砂浜に棒で書いて波でさーと洗われたら作品はなくなっちゃうみたいな行為性というか。

――先日横浜トリエンナーレ映像を見たのですが、具体の金山明さんの作品でそんなのがありました。

 松本 それは須磨と違うかなあ。須磨ビエンナーレとか。あるいはもの派の人で須磨海岸の土を削って、削った土を使って山を作るとか。それで完成かと思ったらそれをまた埋め戻してというのもあった。時間の流れのなかで作品を作る格闘の過程というか、その時間こそが大事だというような考えがあった。ほとんど、なにかそういうことでやっていた。

――演劇世界からすると維新派は野外劇として分類されるわけですが、必ずしもそういう意識ではなくて、特に初期のころは舞台芸術というよりは行為性の過程での作品のようなところもあったのでは。

 松本 初期はね、そうかもしれない。だから、見せるというよりはやっている本人がどれだけ楽しむかということ。だから、PLAYがやったデカイ卵を作ってアメリカまで流すというパフォーマンスなどもその典型。これもPLAYだけれど、皆で北海道原野集団で歩くとかね。僕らよりも少し上の世代で今もう70代になっているんじゃないかと思うのだけれど、池水慶一さんという人が中心でこの人はまだ現役でやってるはず。

――今回のじゃなくて前の横浜トリエンナーレに出品してらっしゃいました。

 松本 僕らに近い人ではイメージイメージというグループがあって、それは等身大の滑り台を作ってそれを海の浮かべたり、水に浮かべたり、いろんなところに、滑り台を浮かべるというのをやっていた。これも浮かべたら後は撤収して帰るということだった。

――今風に言えばサイトスペシフィックアートというか置くことでの異化効果を狙ってるんでしょうか。

 松本 その人らはいっさいその意味合いについて黙して語らなかった。だから理屈ではないから余計難しかったのかもしれないけれど、その人たちのことはほとんど誰も取り上げなかった。でもそれは凄かったです。一個の滑り台を現地に行って組み立てていた。

――初期の維新派アングラ演劇といよりもそういう人たちと共闘している意識があったのでしょうか。

 松本 ちょっとはあったかもしれない。でも、演劇からねえ、だいぶ違うのだけれど。ただ、どう見えるとか、どう見せるとかではなくて、やっている方の意識だけを大事にすることということはあった。

――演劇のような筋とかセリフとかあるんじゃないものも初期の維新派にはあったんですよね。

 松本 梅田歩道橋を黒いスーツのような衣装を着て渡るだけというものあった。これは美術の人も言っていたけれど、こういうことは評論があったり、誰かが見て評価してくれるということではないから、自分たちでやったことの意識的記憶性というか、あるいはできるんだったらそれが次回につながっていくから、ちゃんと記録して自分でとどめておかなければというのはあった。ただ、今もわからへんねんや、聞かれてもそれがなにやったのかというようなことは。そういった作業がひょっとしたら僕らがやっている演劇底辺にまだ生きているということがあるといえばあるかもしれない。

――話は少し飛んでしまいますが、実は松本さんが今まで話されていたことの延長線上に最近活発な活動をしているcontact Gonzoパフォーマンスがあると考えています。彼ら活動領域関西のみならず最近東京も含む日本各地や海外へと広がっていったきっかけのひとつとして美術部門での吉原治良賞の受賞とパフォーミングアーツコンペティションであるPAMOアワードダブル受賞がありました。松本さんはこのうちPAMOアワード審査員を務め、彼らのことを強く推したというふうにお聞きしているのですが。具体の創始者であった吉原治良の名を冠した賞を彼らが受賞したことは象徴的だと思うし、彼らのパフォーマンスには映像で見た具体のパフォーマンス維新派の初期のパフォーマンスにも通底するところを感じるのですがどうでしょうか。

 松本 それは昔のパフォーマンスと彼らでは決定的に違う。Gonzoはやっぱりコンテンポラリーダンスというのが生まれてから、いってみればポストコンテンポラリーダンスのような位置にいるから、僕らが初期にやっていたパフォーマンスとは違う。

 Gonzoは見る時によって印象が違う。確かに行為性というのはすごく意識してやっている感じはする。やってることは暴力沙汰のようなことだけれど、すごく知的ゲームというか、それはすごく感じる。知性が起立するというような感覚があって、しゃれてるなと思った。アンチにせよそこからずらそうとするにせよコンテンポラリーダンスというのがあって生まれてきたもので、そういう意味では踊りに対するひとつ批評というか、そういうのが強いのじゃないかなと思う。

――歴史的過程をへてきているから共通する部分もあれば大きく違う部分もあるということですね。彼らの場合一見素朴に見えて立ち位置がすごく面白い。一方でコンタクトインプロヴィゼーションというコンテンポラリーダンスの一技法からの流れがあり、もう一方でイベントハプニングなどとも呼ばれていた60年代美術パフォーマンスとの類似性も感じる。まあ、コンタクトインプロを創始したスティーヴ・パクストンももともとマース・カニングハムのところで踊っていたダンサーですから系譜を遡っていけばどちらもジョン・ケージに行く着くわけですが。

 松本 時間の流れのなかで位置づけられているというのは共通点かな。そういう意味でも知的行為をやっていると思う。おれは彼らというのは一種の振幅性というか、すごく行為的な時間を持っているとき表現的な時間を持っているときがあって、それを往還している。これはかなり意識してやっていると思う。身体というのは言葉記号化されるという部分があって、まったく記号性をこばむ非記号性というものもある。そちらの方は往復せざるをえない。そこでちょうど中間にくるのが彼らの得意とする暴力性というか。暴力というものはやはり暴力という言葉に置き換えられる部分もあるが、暴力ということそのもの本来記号化されないような身体性だから、その辺のすれすれを振り子のように往来する。その時間空間に観客がいるということを保証してくれるというか。観客もそれが分かっていてすごく知的時間帯を共有する。彼らもそれを自分たち身体を使ってやっているけれど、それに対しても客観性を持っているから。バランスの問題ものすごくいろんなところから来ているから空間が多層的になる。その辺の面白さだと思う。

――維新派はどうでしたか

 松本 芝居にもそういう時間はあるんだろうね。冷静に考えてみれば舞台というものもそういうことをベースにしてやっているのだろうけれど、それを取り巻くような問題がいっぱいあるから、そういうことに気をとられてそういうような知的作業根本的な面白さというのは忘れてしまっているだけの話かもしれない。

                                   (大阪空堀商店街 維新派事務所にて収録)