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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-06-21 松本雄吉インタビュー「具体・維新派・Gonzo」

[] 松本雄吉を追悼する インタビュー「具体・維新派Gonzo」 (2009年収録インタビュー再録)

――大阪教育大学美術専攻に在学されて、美術出身演劇世界に入ってきたということなのですが、関西にいらしたということで若いころに「具体美術協会」にも展覧会を見に行ったり、精神的な影響を受けて自分でもパフォーマンスをしたというような話を以前お聞きしたことがあるのですが。

 松本雄吉 具体(具体美術協会)の場合、終わってからはじめて全体像が記録された。具体そのものが現役の時は「ここからここまでが具体美術だ」という風に見ていたという記憶がない。むしろそれぞれの具体のメンバーがあちこちでやっていたというだけで、具体としての活動はそれほどなかったんじゃないかなと思う。僕らもまだ若かったから、どこからどこまでが「具体美術協会」の会員でというようなことはそれほど認識がなかった。

 でも、具体が起こしたいろんな作業というか流れのなかで「この人も具体だろうな」というのはあって思い込みで見ていた人もいたかもしれない。だからひょっとしたら具体じゃない人のパフォーマンスも具体だと思って見ていたかもしれない。

 具体をよく見ていたのは1960年代大学の時ではなくて高校の時だった。だから全然理屈くそも分からないで見ていた。当時は前衛といってもピカソとかだったのが、いきなり具体と出会ったから落差がものすごく大きかった。まず作品の大きさに驚いた。キャンバスが大きいんです。人間の体よりも大きなキャンバスだという驚き。もうひとつは厚み感。白髪一夫とか絵の具の盛り上がりのボリュームがすごいから、キャンバスの広さと絵の具の厚みが衝撃的だった。

 グタイピナコテカがまだあったから、そこに行けばかならず具体の展覧会をやっていた。そこはレンガ倉庫みたいなとこころで今考えれば吉原製油の倉庫だったのかもしれない。受付もだれもいないし、扉もあけっぱなしで誰が入ってもいいような状態。入場料ももちろんいらない。そこで最初に見たのが白髪さんとか、ああいう人なんでそれはもう理屈じゃなくて身体で感じる美術というか……。それまではピカソであれ、クレーであれほとんど美術史しか見たことのない人ばかり。たまたま京都美術館に来たのを見たけれど、こんなにでかい作品じゃなかったから。その後でアメリカフォークバーグとかの前衛美術も見たけれどそれは70年代

――具体と出会ったことが美術学校にいきたいというきっかけになったんでしょうか。

 松本 高校生のくせに生意気古典なんかは全然やる気がなくて、いきなり前衛という感じで。そのころだと皆競うようにして美術東京芸大とか京都美大とかっていうアカデミックコースがあったんだけれど、それより、前衛ということだったら教育大という話になった。

――具体の活動としては展覧会以外にパフォーマンスとかもやられていたんですか。

 松本 「美術手帖」とかもまだいまのようには紹介していなかった時代から、結局大学に詳しい人がいて、それだったらここでこんなことをやっているよとか、パフォーマンスをやっているよなどという具体のディティールを知ったのは大学にいってからだった。具体のパフォーマンス中央公会堂で一度見た。具体美術協会主催して協会員だけでなくていろんな人が出ていたんだけれど、それはもう超アングラ。その時に村上三郎の例の紙破りも見た。

――当時の印象としてはどんな感じでしたか特にお客さんの反応とかは。

 松本 そうやね。一種サロン的な秘密パーティーじみた感じだったかなあ。美術家舞台芸術というか、舞台美術というか、そういうのをやったのはあれがはじめてじゃないかと思う。それは後で知ったんだけれど草月(東京草月会館)でもやっていた。ハイレッドセンターとか草間さんとかその辺が美術家自分の身体を使ってボディアクションをするということを。

――維新派の初期のころも美術をやっていた人がほかにも参加していたと聞いていますが、演劇の影響というのももちろんあったとは思うのですが、そういう具体とかの舞台の影響も受けていたのでしょうか。

 松本 パフォーマンス的なことをやろうと思っていたから、そういうのは多分にあったと思う。なにかやっぱり今思うと具体の人って海外情報は強かったと思う。その当時やったらジョン・ケージの真似ごととかしていたミュージシャンもいたし、それが美術家ジョン・ケージの真似をすることもあったし。

――関西では具体だけではなくて、それに影響されたほかのグループの人たちとかのパフォーマンスも盛んだったんですか。

 松本 有名なのが名古屋のグループで「グループ位」というのがあった。それは過激だった。美術館パーティーしおった。パーティーの間、素っ裸で一面泥を塗って泥の中でやった。時期を同じくしてはじまったのがアンデパンダンから、そこでやったんじゃなかったかな。それともう一個なんとかい展覧会があって、グループ位の人がどこの美術館でも占拠して泥パーティーのようなことをやっていた。

――維新派結成より以前に自分でもパフォーマンスをやられていたとか。どんなことをしていたのでしょうか。

 松本 いろんなことをやったからなあ。なんかやはり占拠型が多かったかな。ひとつ場所作品をそこに置くのではなくてその場所作品化するというような。あまり作品意識かいうのではなくて、その場所を作りたいというようなことがあった。ただ、その時は自分の身体を使ってというような芝居じみたことはなかったから、身体を巻き添えにしてなにかやるというのはやはり維新派になってからかもしれない。

 例えば教育大の正門入って講堂があるんですけれど、その講堂をちゃんと使用許可を出したかどうか分からないのだけれど、中に一週間立てこもって廃材かなんかを使って、花をこともあろうに女性生理用の綿を使って、それを桜の花を作った。

――そういうのは直接維新派旗揚げにつながっていっているのでしょうか。

 松本 直接はないけれど、そういう美術といっても半分悪ふざけのようなことをやっていて、そういうところで演劇みたいなことを傍観していて、演劇って遅れているなという思いはあった。

――そういう意味では新劇のなかから新劇批判みたいな形で登場してきたほかのアングラ劇団とは設立の経緯が違いますね。

 松本 だいぶと違うみたいやね。そのころ大阪でもアングラ劇団が二、三劇団あって、その人らの意識アンチ新劇だったみたいだけれど、僕らは新劇のことも知らなかったからそういう意識全然なかったから。

――美術活動をしていてそこに身体性とかが入ってくるのにはなにかきっかけがあったんですか?

 松本 それはやはり東京から流れてきたような人とまったく別に芝居みたいなものを立ち上げないかという話があって、それも訳わからんとはじめたようなところがあるんだけれど、自分の身体を実際に使って舞台に立つということが美術パフォーマンスはそういう意識でやっていないから、身体が見られるとか全然思っていない。だから、そういう緊張感というか人前に身体を晒すという美術の流れとは全然別のところがあって、流れの中でやったような感じだけれど、ちょっと違う部分もあった。

――松本さんが口癖のようにおっしゃっている「行為性」という言葉があるのですが、そのような言葉も当時よく言われていた言葉だったのでしょうか。

 松本 「行為性」というのは美術的な言葉だった。表現ではなくて、行為しなければいかんという。ただね、行為という言葉ものすごく広く使われていた。

政治的なところではテロにつながるような、革命につながるようなことだし、美術家が言うのはタブローから美術館を出て、街に美術を持ち出すというか。あるいはパフォーマンス系の人たちの意識からすると作品よりも作品を作っている本人の意識の流れの方が大事だとか。

――今から見るとよく分からない部分もあるのですが、具体の人たちが作品というだけでなくて、作る行為を見せたり、パフォーマンスをやったりするというのは

 松本 総じて作品を残す意識がなかった。それはひとつには皆貧しいので立派なアトリエを持てるわけじゃないし、ゲルニカ匹敵するようなキャンバスにわーと描いて、終わったら燃やしてしまうとか、皆そんなんやから作品を売買する対象とは全然考えていなかった。作品というのは自分が完成できたというとそれで終わりのような考え方だったから、たぶんにそういうふうな流れのなかで、出てきた発想のようなところがあった。だから自分が砂浜に棒で書いて波でさーと洗われたら作品はなくなっちゃうみたいな行為性というか。

――先日横浜トリエンナーレ映像を見たのですが、具体の金山明さんの作品でそんなのがありました。

 松本 それは須磨と違うかなあ。須磨ビエンナーレとか。あるいはもの派の人で須磨海岸の土を削って、削った土を使って山を作るとか。それで完成かと思ったらそれをまた埋め戻してというのもあった。時間の流れのなかで作品を作る格闘の過程というか、その時間こそが大事だというような考えがあった。ほとんど、なにかそういうことでやっていた。

――演劇世界からすると維新派は野外劇として分類されるわけですが、必ずしもそういう意識ではなくて、特に初期のころは舞台芸術というよりは行為性の過程での作品のようなところもあったのでは。

 松本 初期はね、そうかもしれない。だから、見せるというよりはやっている本人がどれだけ楽しむかということ。だから、PLAYがやったデカイ卵を作ってアメリカまで流すというパフォーマンスなどもその典型。これもPLAYだけれど、皆で北海道原野集団で歩くとかね。僕らよりも少し上の世代で今もう70代になっているんじゃないかと思うのだけれど、池水慶一さんという人が中心でこの人はまだ現役でやってるはず。

――今回のじゃなくて前の横浜トリエンナーレに出品してらっしゃいました。

 松本 僕らに近い人ではイメージイメージというグループがあって、それは等身大の滑り台を作ってそれを海の浮かべたり、水に浮かべたり、いろんなところに、滑り台を浮かべるというのをやっていた。これも浮かべたら後は撤収して帰るということだった。

――今風に言えばサイトスペシフィックアートというか置くことでの異化効果を狙ってるんでしょうか。

 松本 その人らはいっさいその意味合いについて黙して語らなかった。だから理屈ではないから余計難しかったのかもしれないけれど、その人たちのことはほとんど誰も取り上げなかった。でもそれは凄かったです。一個の滑り台を現地に行って組み立てていた。

――初期の維新派アングラ演劇といよりもそういう人たちと共闘している意識があったのでしょうか。

 松本 ちょっとはあったかもしれない。でも、演劇からねえ、だいぶ違うのだけれど。ただ、どう見えるとか、どう見せるとかではなくて、やっている方の意識だけを大事にすることということはあった。

――演劇のような筋とかセリフとかあるんじゃないものも初期の維新派にはあったんですよね。

 松本 梅田歩道橋を黒いスーツのような衣装を着て渡るだけというものあった。これは美術の人も言っていたけれど、こういうことは評論があったり、誰かが見て評価してくれるということではないから、自分たちでやったことの意識的記憶性というか、あるいはできるんだったらそれが次回につながっていくから、ちゃんと記録して自分でとどめておかなければというのはあった。ただ、今もわからへんねんや、聞かれてもそれがなにやったのかというようなことは。そういった作業がひょっとしたら僕らがやっている演劇底辺にまだ生きているということがあるといえばあるかもしれない。

――話は少し飛んでしまいますが、実は松本さんが今まで話されていたことの延長線上に最近活発な活動をしているcontact Gonzoパフォーマンスがあると考えています。彼ら活動領域関西のみならず最近東京も含む日本各地や海外へと広がっていったきっかけのひとつとして美術部門での吉原治良賞の受賞とパフォーミングアーツコンペティションであるPAMOアワードダブル受賞がありました。松本さんはこのうちPAMOアワード審査員を務め、彼らのことを強く推したというふうにお聞きしているのですが。具体の創始者であった吉原治良の名を冠した賞を彼らが受賞したことは象徴的だと思うし、彼らのパフォーマンスには映像で見た具体のパフォーマンス維新派の初期のパフォーマンスにも通底するところを感じるのですがどうでしょうか。

 松本 それは昔のパフォーマンスと彼らでは決定的に違う。Gonzoはやっぱりコンテンポラリーダンスというのが生まれてから、いってみればポストコンテンポラリーダンスのような位置にいるから、僕らが初期にやっていたパフォーマンスとは違う。

 Gonzoは見る時によって印象が違う。確かに行為性というのはすごく意識してやっている感じはする。やってることは暴力沙汰のようなことだけれど、すごく知的ゲームというか、それはすごく感じる。知性が起立するというような感覚があって、しゃれてるなと思った。アンチにせよそこからずらそうとするにせよコンテンポラリーダンスというのがあって生まれてきたもので、そういう意味では踊りに対するひとつ批評というか、そういうのが強いのじゃないかなと思う。

――歴史的過程をへてきているから共通する部分もあれば大きく違う部分もあるということですね。彼らの場合一見素朴に見えて立ち位置がすごく面白い。一方でコンタクトインプロヴィゼーションというコンテンポラリーダンスの一技法からの流れがあり、もう一方でイベントハプニングなどとも呼ばれていた60年代美術パフォーマンスとの類似性も感じる。まあ、コンタクトインプロを創始したスティーヴ・パクストンももともとマース・カニングハムのところで踊っていたダンサーですから系譜を遡っていけばどちらもジョン・ケージに行く着くわけですが。

 松本 時間の流れのなかで位置づけられているというのは共通点かな。そういう意味でも知的行為をやっていると思う。おれは彼らというのは一種の振幅性というか、すごく行為的な時間を持っているとき表現的な時間を持っているときがあって、それを往還している。これはかなり意識してやっていると思う。身体というのは言葉記号化されるという部分があって、まったく記号性をこばむ非記号性というものもある。そちらの方は往復せざるをえない。そこでちょうど中間にくるのが彼らの得意とする暴力性というか。暴力というものはやはり暴力という言葉に置き換えられる部分もあるが、暴力ということそのもの本来記号化されないような身体性だから、その辺のすれすれを振り子のように往来する。その時間空間に観客がいるということを保証してくれるというか。観客もそれが分かっていてすごく知的時間帯を共有する。彼らもそれを自分たちの身体を使ってやっているけれど、それに対しても客観性を持っているから。バランスの問題ものすごくいろんなところから来ているから空間が多層的になる。その辺の面白さだと思う。

――維新派はどうでしたか

 松本 芝居にもそういう時間はあるんだろうね。冷静に考えてみれば舞台というものもそういうことをベースにしてやっているのだろうけれど、それを取り巻くような問題がいっぱいあるから、そういうことに気をとられてそういうような知的作業根本的な面白さというのは忘れてしまっているだけの話かもしれない。

                                   (大阪空堀商店街 維新派事務所にて収録)

2016-06-02 木ノ下歌舞伎「義経千本桜」@東京芸術劇場

[]木ノ下歌舞伎義経千本桜」@東京芸術劇場

作:竹田出雲 三好松洛 並木千柳

監修・補綴:木ノ下裕一

演出多田淳之介

出演:大石将弘 大川潤子 榊原毅 佐藤誠 佐山和泉 武谷公雄 立蔵葉子 夏目慎也 山本雅幸

2016-06-01 山縣太一『ドッグマンノーライフ』@STSPOT横浜

[]山縣太一ドッグマンノーライフ』@STSPOT横浜

ドッグマンノーライフ」

作・演出振付:山縣太一

出演・振付

松村翔子

山縣太一

上蓑佳代

中野志保

矢野昌幸

横田僚平

藤倉めぐみ

大谷能生

音楽大谷能生

音響:牛川紀政

制作オフィスマウンテン

協力:シバイエンジン

特別協力:急な坂スタジオ

提携STスポット








日時:

2016-05-19 クロムモリブデン「翼とクチバシください」@赤坂REDTHEATER

[]クロムモリブデン「翼とクチバシください」@赤坂REDTHEATER

作・演出 青木秀樹

池村匡紀 岡野優介 小林義典 武子太郎 戸村健太郎

土井玲奈 花戸祐介 森下亮 ゆにば 吉田電話 渡邉とかげ 

奥田ワレタ 葛木英 久保太郎

2016-05-10 Wけんじ企画「ザ・レジスタンス、抵抗」@こまばアゴラ劇場

[]Wけんじ企画「ザ・レジスタンス、抵抗」@こまばアゴラ劇場

2016年4月28日(木)〜5月11日(水)

東京都 こまばアゴラ劇場

作・演出山内ケンジ(城山羊の会)

出演:山内健司永井秀樹、川隅奈保子、端田新菜、大竹直、鄭亜美折原アキラ前原瑞樹、坂倉奈津子石川彰子、串尾一輝、朝比奈竜生

2016-05-03 うさぎストライプ「わかば」@アトリエ春風舎

[]うさぎストライプわかば」@アトリエ春風舎

死ぬほどに幸せだった、バラ色の人生

わたしの子どもは、きっと男の子だと思う。

の子が歩き始めたら、ヒールのついた靴を履かせて、遠くに行けないようにしよう

大きくなったわたしの子どもが、わたしの頭をヒールで叩いて、わたしのことをすっかり忘れて、生きていってくれればいい。

死ぬほどに幸せだった、バラ色の人生

作・演出

大池容子

出演

 亀山浩史:高瀬浩司(わかばの夫。約束を守りながら失踪した彼女を待つ。)

 菊池佳南:植草ふたばわかばの妹。就活のため居候中)

公演日程

2016年5月1日[日]▷9日[月]

2016-04-24 青年団+無隣館「北限の猿」@こまばアゴラ劇場

[]青年団+無隣館「北限の猿」2回目@こまばアゴラ劇場

 @駒場東大前 こまばアゴラ劇場(2016/4/7-24 12ステージ)

 http://www.komaba-agora.com/

 全自由(整理番号付き)前売・予約・当日 共一般 2500円 学生シニア 2000円

 「カガクするココロ」との2演目セット券 前売・予約のみ一般 4000円

 学生シニア 3000円

 作・演出平田オリザ 舞台監督:海津 忠、森山貴邦 舞台美術青年団美術

 照明:井坂 浩 衣装監修:正金 彩 宣伝美術:西 泰宏 制作金澤 昭、

 山守凌平、無隣館制作企画制作青年団、(有)アゴラ企画こまばアゴラ劇場

 主催:(有)アゴラ企画こまばアゴラ劇場

 出演

             今回      参考1        参考2

             無隣館     青年団若手公演   青年団初演

             2016年     1999年       1992年

                     ダブルキャスト   *現在と別役名

久保農学部)     森山貴邦[青年団] 小林洋平/太田宏   山内健司

木元良二(霊長類研究所吉田庸     佐藤一貴      *松尾洋一郎

木元敏子(霊長類研究所池田あい   近藤圭子/小林加奈子 *杉田美紀

竹越(心理学)     林ちゑ    神原直美/高橋縁   山村崇子

戸塚社会生物学)   中藤奨     成川知也      永井秀樹

佐藤生物)      代田正彦    松田昌樹      大木

杉浦(生物)      うらじぬの 斎藤和草子   *志磨真美*平田陽子

清水生化学)     南波圭   能島瑞穂/後藤寛子  −

辻本言語学)     福井花   藤木卓       *山本佳代子

吉川学部生)     鶴田理紗  福士史麻   *和田江理子

谷本学部生)     西村由花  程山麻理子/佐藤弥栄 *石川泰久

高木セールスマン)  尾粼宇内 岩崎裕司/島田曜蔵  足立

平山事務員)     西山真来   町田知子/岩田奈保子 松田弘

久保明子(久保の妻)  大竹このみ 岩田奈保子/町田知子 工藤千夏

戸塚良子(戸塚の妹)  北村汐里 端田新菜 広瀬由美子

2016-04-12 青年団+無隣館「北限の猿」@こまばアゴラ劇場

2016-04-03 MOMOIRO CLOVER Z DOME TREK 2016 白金の夜明け

[]「MOMOIRO CLOVER Z DOME TREK 2016 “AMARANTHUS/白金の夜明け”」【DAY2】白金の夜明け

人気アイドルグループももいろクローバーZ」の初めての5大ドームツアー「DOME TREK 2016」のファイナル(最終)公演が4月2・3日の2日間西武プリンスドームで開催され、両日に参戦することができた。同ツアー3rdアルバム「AMARANTHUS」、4thアルバム白金の夜明け」のアルバムツアーとして敢行されたもので、そのためもあって札幌ドーム以外の4会場ではいずれも2日間にわたってライブが行われたがいずれも初日が「AMARANTHUS」、2日目が「白金の夜明け」と題し、それぞれの第一部ではアルバム曲アルバムの曲順の通りにノンストップ披露された。今回のツアー名古屋ドームからはじまり札幌京セラ(大阪)、ヤフオク(福岡)と続きこの西武プリンスが5箇所目。私はこのうち、名古屋京セラ西武プリンスの3会場6ステージに参戦することができたのだが、感心させられたのはメンバー全員歌がうまくなったなあということだ。

2016年4月3日 西武プリンスドーム セットリスト

01. 個のA、始まりのZ -prologue-

02. 桃源郷

03. 白金の夜明け

04. マホバケーション

05. 夢の浮世に咲いてみな

06. ROCK THE BOAT

07. 希望の向こうへ

08. カントリーローズ -時の旅人-

09. イマジネーション

10. MOON PRIDE

11. 「Z」の誓い

12. 愛を継ぐもの

13. もっ黒ニナル果て

14. 桃色空

15. overtureももいろクローバーZ参上!!〜

16. 労働讃歌

17. CONTRADICTION

18. サラバ、愛しき悲しみたちよ

19. ももいろパンチ

20. ももクロニッポン万歳

21. 行く春来る春

22. My Dear Fellow

23. コノウタ

24. 行くぜっ!怪盗少女

25. GOUNN

アンコール

26. 走れ!

27. 僕等のセンチュリー

28. あの空へ向かって

2016-04-02 MOMOIRO CLOVER Z DOME TREK 2016 AMARANTHUS

[]「MOMOIRO CLOVER Z DOME TREK 2016 “AMARANTHUS/白金の夜明け”」【DAY1】AMARANTHUS(アマランサス

セットリスト


1.embryo -prologue-

2.WE ARE BORN

3.モノクロデッサン

4.ゴリラパン

5.武陵桃源なかよし物語

6.勝手に君に

7.青春

8.サボテンリボン

9.デモンストレーション

10.仏桑花

11.泣いてもいいんだよ

12.Guns N' Diamond

13.バイバイさようなら

14.HAPPY Re:BIRTHDAY

15.Overture

16.Z女戦争

17.猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」

18.ももクロニッポン万歳!

19.いつか君が

20.行く春来る春

21.黒い週末

22.Chai Maxx 23.ツヨクツヨク [mihimaru GT]

24.行くぜっ! 怪盗少女

25.走れ!

26.スターダストセレナーデ