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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

1001-09-31 KATHY+graf「炎のメリーゴーランド」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 KATHY+graf「炎のメリーゴーランド」を横浜BankART Studio NYKで見た。KATHYはあえて分類すれば一応、ダンスカンパニーということになるのだが、2002年の結成以来、これまで主として美術フィールドで活動してきた女性3人の集団で、その正体は謎という覆面カンパニー(黒のストッキングと金髪の鬘をいつもかぶり、観客には顔を見せない)ということになっている。

 カンパニーの名称でもある「KATHY」というのは米国女性の名前で、彼女の指令のもとに彼女らはいろんな場所に出没、その強大なる力に操られるままにパフォーマンスを見せる、ということになっている。通常のダンスカンパニーとは異なり、これまでの活動暦を振りかえると主として美術フィールドで活動をしてきた彼女たちではあるが、今回は初の単独でのでの有料公演となった。

 会場となったBankART Studio NYKは地下鉄みなとみらい線馬車道駅にほど近い海岸通にある倉庫を改装して、アートスペースとした建物で、公演はここの建物と海との間にある野外空間と1階のスリースペース(ホール)を使って行われた。

 「あっ」と驚かされたのは冒頭のKATHYたちの登場シーン。壮大な音楽が鳴り響いて、いよいよ始まりだ、という気分にさせておいて、建物の一部が扉が開いているのでそちらから登場するんだろうと思わせておいて、そこではなにも起こらず、肩透かしと思った瞬間、海の方に向かって左から右の方向になにやら大音響を鳴り響かせて、クルーザーが通り過ぎ、それが大きく旋回して岸壁に着き、聖火のようなトーチを持ったKATHYたちがそこから現れるというこのBankART Studio NYKのロケーションを憎たらしいほど鮮やかに利用した印象的なオープニング。この贅沢さにはには思わずやられてしまった。脱帽ものである。

 上陸するとKATHYたちは持ってきたトーチでよたよたと用意された燭台の方に近づき、今度は周りを取り囲んだ黒尽くめの魔の手先のようなものたちと一緒にスカートの裾を広がらせながら、クルクルと回り始める。ここまでがオープニングでこの後、パフォーマンスは室内に移動して続けられる。

 ここでは巨大な金の船が舞台奥から登場。これは横浜トリエンナーレの会期に合わせ、横トリでは奈良美智とコラボレーションをして話題を呼んでいる家具工房grafが製作。grafは船を作っただけでなく、黒子となって船を押したり、まさにKATHYに全面協力の公演であった。

 船は舳先の部分にKATHYを乗せながら、ゆっくりと倉庫の中を前進。すると今度は白い王子たちと宮廷の美女たちが奥の方から出てきて、バレエ音楽に合わせて、踊り始めるが、これがよく見ると全員が黒いストッキングの覆面に金髪のカツラという全員が囚われのKATHYたちなのであった。

 このあたりは明らかにダンスもリフトや回転などもふんだんに入っていて、「眠りの森の美女」を思わせるクラシックバレエパロディを演じてみせる。

 この後も観客にクイズをさせてはずれた解答者をKATHYたちが拉致して、無理やり覆面とカツラを被せて一緒に踊らせたり、天井にゴムの綱でぶら下がったKATHYたちが空中パフォーマンスを見せたりとアイデアが満載の1時間。舞台作品というよりは体験的に楽しめるアトラクションの趣きもあって、なかなか楽しい公演であった。

 KATHYの特徴はいわゆるコンテンポラリーダンスとは一線を画したようなテイストにある。ダンス自体はバレエの色合いを残したもので、この日最初に見せたくるくる回転やよたよた歩き、滅茶苦茶に暴れるような動きとバレエじゃない動きを挿入しながらも、パロディとしてのバレエ的なるものはそのまま残されている。

 ただ、コンセプトやその時にかかわるアーティスト(今回はgraf)のコラボレーション的な巻き込み方やその時の場所に合わせて内容を変化させていくことなどにおいて、現代美術におけるコミュニティアート的なものとの共通点も持っていて、それがまず現代美術のフィールドで受け入れられ、評価された要因でもあったと思う。

 今回の公演もいわば海際の倉庫跡という会場の立地にいわばあてがきしているようなところもあって、このままでの再演は難しいとは思うが、ぜひ関西での公演も実現してほしい集団であった。  

演劇コラムニスト) 

1001-09-30 Monochrome Circus+藤本隆行「Refined Colors」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

共に京都に本拠を置く集団であるMonochrome Circus坂本公成とdumb typeののコラボレーション作品「Refined Colors」を京都造形芸術大学studio21で観劇した。YCAM(山口情報芸術センター)の企画として、昨年7月に山口アーティスト・イン・レジデンスの形で製作されたもので、その後、シンガポールマレーシアなどのアジアツアーをへて、両者の本拠地でもある京都で上演されることになった。

 初演も見ているが、今回の京都公演ではこの後に予定されている欧州スペイン)ツアーをにらんで、ダンサーを3人(坂本公成・森川弘和・佐伯有香)に絞り込んだことでダンス部分が一層タイトになり、作品の完成度も高まった。オリジナルの音楽(音響)を提供した南琢也(Softpad)、真鍋大度も加え、きわめてクオリティーの高い舞台作品に仕上がった。

 「Refined Colors」の特徴は、R(ed)、G(reen)、B(lue)の3色の発光ダイオードを組み合わせて、自由に色を作り出せる新しい照明器具「LEDライト」を使ったダンス作品だということだ。LEDライトデジタル制御で瞬時に約1670万色のカラーバリエーションをつくりだすことができ、次世代の照明といわれている。デジタルカメラで撮影したものをコンピューターで再構成し、照明として取り込むことも可能で消費電力が格段に少なく発熱もほとんど伴わない上に、重装備が不要。音響や照明の操作も全てノートブックPCで行うことにより、機動性に優れた公演が可能となる。この照明の部分を藤本隆行が担当した。

 dumb typeからこのプロジェクトに参加したのは照明の藤本だけであり、パフォーマンス部分はMonochrome Circus坂本公成と森裕子の振付で、音楽池田亮司のものとは方向性が異なるものだが、それでも舞台の印象全体からはdumb type的なクールな匂いが感じられる。これは参加した坂本公成、南琢也らがdumb typeチルドレン的な立場のアーティストであるせいもあるかもしれない。古橋梯二なき後、本家のdumb typeの作品自体は音響・映像インスタレーション的な志向を強めているように見えるだけに藤本がダンスカンパニーとのコラボレーションにより、本格的なダンス作品を手掛けたということには今後のdumb typeを考える意味でも興味を引かれた。

 Monochrome Circusは振付家でコンタクトインプロビゼーション(コンタクトインプロ)の指導・実践者でもある坂本公成と森裕子の2人を中心に、ダンサーやアーティストにより編成されている。その活動でもっとも特徴的なのは出前公演「収穫祭」プロジェクト。ダンスの小品をどこにでも呼ばれれば出かけていって、劇場以外の場所で観客の目の前で踊ってみせるのが「収穫祭」のコンセプトだが、その過程において様々な形起こる出会いを作品のなかに取り入れていくというダンスをコミュニケーションツールとしたコンセプトアートの側面も持っている。

 「Refined Colors」は「収穫祭」とは異なり、劇場で上演されることを前提とした舞台作品だが、出かけていった場所とコミュニケートすることで作品が変容していくという意味では「収穫祭」的なコンセプトもそのなかに取り入れている。dumb typeを連想させるハードエッジなテイストアジアツアーを通じて、現地でサンプリングした音や光を作品のなかに取り込んでいくような融通無碍なMonochrome Circusテイストが渾然一体と溶け込んでいるところが、この両者の共同製作ならではのオリジナリティーを感じさせた。

 Monochrome Circusの振付ではこれまでコンタクトインプロにおける即興性が強調されてきたきらいがあるが、この作品は照明効果との関係性もあって、ほとんどのシーンでタイトな振付の要素が強まり、音楽シンクロしてアクロバティックなリフトや倒れこむような動きが多用されるなどいつもの公演以上に身体的な強度が強いムーブメントとなった。

 坂本公成によれば「この作品は今後も変化し続ける」ということで、照明にしても振付にしても実験的な要素も強いだけにまだ汲みつくされていない可能性も感じさせられた。欧州ツアーをへてどのような次の変容を見せてくれるのか。その時には再び関西で上演されることに期待したい。 

 

 

演劇コラムニスト) 

1001-09-29 矢内原美邦プロジェクト「3年2組」

[]舞台上で加速するノイズ的身体/矢内原美邦プロジェクト「3年2組」

 MIKUNI YANAIHARA project「3年2組」(7月17日マチネ)を吉祥寺シアターで観劇した。ニブロール矢内原美邦によるプロデュース公演。ニブロールのメンバーからは矢内原美邦と映像の高橋啓治が参加。今回はニブロール本公演ではなく、それ以外は衣装広野裕子)、音楽スカンク)と外部のスタッフが入ったので全体としてどういうテイストになるんだろうと見る前は若干の危ぐを覚えての観劇だったが、まさに矢内原美邦ワールド。本公演以上にニブロールの匂いがする舞台だった。

 「3年2組」という表題の通りに舞台とある学校の3年2組の教室からはじまる。その後、それぞれの級友が回想する当時の出来事や彼らがその後どうなったのか、そして、卒業して何年後かに当時校庭のどこかに埋めたタイムカプセルを掘り起こそうということになる、といったエピソード台詞を交えて、断片的、コラージュ風に語られる。

 台詞のある演劇のある意味、宿命的ともいえる欠点は俳優が言葉を発してしまうとその瞬間に舞台上の時間が停滞してしまい、ダンスパフォーマンスが持つようなドライブ感が殺がれてしまうことにある。ニブロールの魅力は特に音楽に乗せて、加速していくようなドライブ感のある舞台が進行していくところだが、例えば以前にニブロールがやはり演劇公演だとして上演したガーディアンガーデン演劇祭での「ノート(裏)」ではどうしてもそうしたよさが、台詞によって分断されてしまった。

 これを回避するためには例えば維新派のように言語テキスト自体を単語のような短いフレーズに分解して、ボイスパフォーマンス的なものに変形させていく手法はあって、言語テクストを多用するダンスでもそうした方法論が踏襲されることはあるのだが、矢内原の選択は違った。

 「3年2組」で矢内原は会話体を温存しながら、その台詞を速射砲のように俳優が発話できる限界に近い速さ、あるいは場合によっては限界を超えた速さでしゃべらせることによって、言語テキストにまるでダンスのようなドライブ感を持たせることに成功し、それが流れ続ける音楽や映像とシンクロしていくことで、ダンス的な高揚感が持続する舞台を作りあげた。

 興味深いのは矢内原振付で特徴的なことに動きをダンサーがその身体能力でキャッチアップできる限界ぎりぎり、あるいは限界を超えた速さで動かし、そうすることで既存のダンステクニックではコントロールできないエッジのようなものを意図的に作り出すというのがあるが、この作品ではそれを身体の動きだけでなくて、台詞フレージングにも応用しようと試みていたことだ。

 ダンス振付と一応、書いたが、通常「振付」と考えられている「ある特定の振り(ムーブメント)をダンサーの身体を通じて具現化していく」というのとは逆のベクトルを持っているのが矢内原の方法の独自性なのだ。もちろん彼女の場合にも最初にはある振りをダンサーに指示して、それを具現化する段階はあるが、普通の振付ではイメージ通りの振りを踊るために訓練によってメソッドのようなものが習得されていく(典型的にはW・フォーサイス。彼は彼の常識はずれの身体的負荷を持つ振付を具現化するためにサイボーグとさえ称される超絶技巧を身体化できるフォーサイスダンサーを育成した)のに対して、ここではその「振り」を加速していくことで、実際のダンサーの身体によってトレース可能な動きと仮想上のこう動くという動きの間に身体的な負荷を極限化することによって、ある種の乖離(ぶれのようなもの)が生まれ、それが制御不能なノイズ的な身体を生み出すわけだ。そして、こういう迂回的な回路を通じて生まれたノイズ舞台上で示現させることに矢内原の狙いがあると思う。

 ここで思い起こされるのはチェルフィッチュ岡田利規が言葉と身体の関係性のなかから生まれてくるある種の乖離(ずれ)の重要性というのをやはり強調していたことだ。それに至るアプローチの方法論としてはまったく異なるというか、逆のベクトルを持っているようにも思われるこの2人のアーティストが結果的に同じようなものを求めているのは興味深い。これは偶然ではないという気がしてならないし、「ノイズ的身体」という考え方があるとすると、これは「現代の身体」を考えていくうえでひとつのキーワードになりうる問題群かもしれない。

演劇コラムニスト) 

1001-09-28 2005年上期の関西の演劇ベストアクト このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 「キタで芝居を見るhttp://homepage2.nifty.com/kitasiba/」のサイトから依頼を受けて、2005年上期の関西演劇ベストアクト*1を選んでみた。

2005年上期の関西演劇ベストアクト

 作品

1、WI'RE「H●LL」伊丹アイホール

2、クロムモリブデンボウリング犬エクレアアイスコーヒー(in→dependent Theater 2nd)

3、遊劇体「金色夜叉 貫一編」京都府芸術文化会館)

4、ニットキャップシアター「ヒラカタ・ノート京都府芸術文化会館)

5、ベトナムからの笑い声「ニセキョセンブーム」アートコンプレックス1928)

 役者

1、風太(くじら企画「サヨナフ 連続ピストル射殺魔ノリオ青春」の演技)

2、川田陽子(くじら企画「サヨナフ 連続ピストル射殺魔ノリオ青春」の演技)

3、奥田ワレタクロムモリブデンボウリング犬エクレアアイスコーヒー」の演技など)

 正直言って今年上半期の関西演劇公演は不作だったといわざるをえない。ベストアクトに選んだが実は遊劇体「金色夜叉」、ニットキャップシアター「ヒラカタ・ノート」は昨年上演された作品の再演(新・KYOTO演劇大賞本選公演での上演)。ほかにも、くじら企画「サヨナフ 連続ピストル射殺魔ノリオ青春」、スクエアラブコメ」などの秀作はあったが、いずれも過去に評価の高かった舞台の再演で、結局、再演ながら今回が初見であった前記2本を選び、後の2本は今回はベストアクトからははずすことにした。

 WI'RE「H●LL」伊丹アイホール)は1年を通じて物語と演劇の可能性を探るという連続公演「スカリトロ」シリーズの一環として企画されたもので、全体として3つのフェーズに分かれたシリーズの集大成となる公演。第1のフェーズはJUNGLE iNDPENDENT THEATEREで上演された「DOORDOOR」と題するリーディング公演。第2フェーズは昨年末、大阪芸術創造館の全館を使うインスタレーション美術)&パフォーマンス公演「CROSS1」と大阪現代芸術祭「仮設劇場<WA>」での「CROSS2」で、同じ物語と登場人物(キャラクター)、テキストを共用しながら、まったく異なったアプローチでの上演を試みた。

 この「スカトリロ」シリーズは「CROSS1」「CROSS2」を見たがこれまでの印象は「やりたいことはなんとなく分かるけれど、それじゃ全然できてないのじゃないの」というもので、実はサカイヒロト(WI'RE)の場合これまでの他の公演を見ても事前のアイデアを聞くとすごく面白そうでも、実際の公演を見に行くといろんな事情で当初構想したことの半分も実現してなくて思わずがっくりなんてことが多かった。その意味では今回の「H●LL」は初めてのクリーンヒットといえるのではないかと思う。

 特に前半から中盤にかけてのテキストのリーディングとダンス的な身体表現、映像、音楽が一体となっての空間構成は見事なもので、アイホールの空間をこれほど巧妙に使いこなした演出というのは珍しいと思い感心させられた。これまでの公演では外部からの客演を加え、それが結果としてうまい関係性が作れずに中途半端に終わっていたが、この公演では出演者を劇団員である5人の女優だけに絞り込み、過去に起こった事件を「記憶のなかの出来事」として、舞台上との距離感を持たせながら、リーディング(語り)やダンス的身体表現をまじえながらあくまでアンサンブルとして表現していくようにしたのが成功した。

 関西でいまもっとも充実している劇団であるとここのところ毎回書いているクロムモリブデンボウリング犬エクレアアイスコーヒーも昨年の「なかよしshow」などと比較するとやや小粒の感はないではないが、今年上半期の収穫といえよう。「なかよしshow」はマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」を下敷きにしていたが、この「ボウリング犬エクレアアイスコーヒー」も明らかに同じ映画を意識した設定。ここで描かれるのは米コロンバイン高校の連続銃射殺事件が直前のボウリングストライクを出した高校生たちが興奮したことが原因で引き起こされたことが証明されて、そのために世界的にボウリングが禁止されている世界である。

 この世界でインターネット自殺サイトで知り合った仲間が集団自殺決行のため待ち合わせるところから物語は始まり、そこに自殺願望の少女(奥田ワレタ)を救おうとする人(齋藤桂子)、殺人願望を持つ人(金沢涼恵)、ボウリング場を復活させようと企む兄妹(森下亮、重実百合)、彼らを利用してなにやら陰謀を企んでいるらしい女(山本景子)らが次々と現れる……と筋立てを説明するとこのようになるものの、筋立てはもはやこの舞台のなかではそれほど重要とはいえない。

 このような世界の設定はあくまで舞台の背景にとどまっていて、物語によってそうした主題に正面から切れ込んでいくようなところは今回は薄く、途中なんども繰り返される音楽にのせて、列を作って役者がぴょんぴょん飛び回りながら、舞台上を駆け巡るシーン(ないしシーンのつなぎ)やそれぞれのキャラを生かしたコント風の会話などに代表されるように内容よりものりとテンポを重視した演出で、ナンセンスで出鱈目な展開を強引に見せきってしまう力技に感心させられた。

 遊劇体「金色夜叉 貫一編」ニットキャップシアター「ヒラカタ・ノートはいずれもしばらく公演を見てないうちにその表現のスタイルの変貌ぶりに驚かされた。遊劇体は以前は野外演劇を中心にネオアングラ的なスタイルでスペクタクル性の強い舞台を作っていた印象が強く、それが「金色夜叉」をというのでアングラ劇的などろどろした世界を描き出すのかと勝手に思い込んでいたら、まったく違った。「金色夜叉 貫一編」は抑制された演出のなかに様式性を見事に持ち込んだ舞台で、ともすれば手垢のついた古色蒼然なイメージになりがちな尾崎紅葉の「金色夜叉」をギリシア悲劇のような構築美で現代化してみせた。

 一方、ニットキャップシアターもコロスのような集団演技や維新派を彷彿とさせるようなボイスパフォーマンスを現代演劇のなかに融合させた斬新な演出で、以前見た時のコント風の芝居をやる集団という印象を一変させた。この2劇団は今後こうした方法論でどんな舞台成果を生み出すのか要注目といえよう。

 関西は笑いの本場などと言われていても、かつて遊気舎の後藤ひろひと東京に進出して動員を大量に増やすまで黙殺されていたようにこと演劇に関する限り、先鋭的な笑いへの評価は不当に低いのではないかという気がしてならない。こういう状況の中からはヨーロッパ企画スクエア*2のようにだれにでも分かりやすい笑いは生まれてきても、決して一時期の猫ニャーのような破壊的な笑いというのは生まれてこないのじゃかいかと思う。

 そういう逆境のなかにありながらも純度の高い笑いを、しかも笑いだけを追求し続けて孤高の存在となり、今年上半期も「ニセキョセンブーム」で健在ぶりを示したベトナムからの笑い声はだからこそ貴重である。

 笑いを追求するといっても、そのテイストが一種類といわけではなくて、笑いのデパートのようにさまざまな切り口から迫るのがベトナムの特徴だ。最近では短編を並べたオムニバス形式の公演が続いているのだが、それはひとつにはこの形式がいろんなテイストの笑いをほどよくミックスして提供するのに向いているということがあるのであろう。

 「モグラパンチ」はあえて分類すればシュール系の笑いということができるだろうか。田舎のゲームセンターのようなテーマパークのようないかにもしょぼい施設に迷い込んだカップル(黒川猛、山方由美)がルールも分からず、どうしたらいいのかが分からない変なゲームを次々と強要されて、途方にくれていくという話なのだが、こういうわけの分からなさが増幅して次から次へとエスカレーションしていくという笑いは脚本の黒川猛が得意とするところだ。最近は長編がないのは残念だが、最初にこの集団を知った「ザ・サウナスターズ」や遊気舎が上演した「ドッグ・オア・ジャック-改訂版-」なども当時はシチュエーションコメディなどと言われていてそうじゃないんじゃないかとどうも違和感があったのだが、大きく分けるとこの「エスカレーションの笑い」に入るのじゃないかと思う。

 普通の人が突然、理解不能な状況(異界)に巻き込まれて、困りに困るという状況から生み出される笑いというのはガバメント・オブ・ドッグスの故林広志なども得意としていた笑いの構造ではあるが、故林が日常/異界の対立軸をはっきりと構造化して、途中で関係の逆転などが入ることはあっても、構造自体にはゆるぎがないことが多かったのに対して、黒川の場合には最初に設定されたシチュエーション自体がその先の展開へのあくまでもトバ口に過ぎなくて、舞台が進行していくうちに異常な状況(というか、それをもたらすほうの異常性、あるいは異常なキャラ)がひとり歩きして、最初の設定さえどうでもいいものとなっていくところにその特徴がある。この「モグラパンチ」でも最初の2つのゲームまでは日常/異界的な対立軸にしたがって、筋立てが進行するが、結局、これは表題にもなっている最後の本当に訳の分からないところに持っていくための手段に過ぎずだから終わった後では最後の場面の印象しか残らない。

 「ザ・演劇ドラフト会議」は演劇にも野球のようにドラフト会議があったらどうなるんだろうという発想から生まれたもので、分類すれば演劇野球の両方に対する2重のパロディといっていいのだろう。ただ、ここでもパロディ(=批評性の笑い)ではない要素が大きく入り込んできていて、それがこのネタをなんともいうに言いがたきものに変質させていっている。

 一方、「クローンズ」の笑いはあえて分類すればブラック(黒い笑い)であるのだが、これも実際にはネタとしてのブラックテイストクローン人間が閉じ込められているビニールシートで作られた容器のようなものとそれに裸体に近い男たちが入って熱演するというビジュアル的な情けなさのインパクトが上回っていて、本来からすればこれは脚本だけを読めばブラックではあっても笑える話ではないのにそれを役者の体当たりの演技で笑えるものに強引に仕立て上げた力技が馬鹿馬鹿しくもおかしいのだった。

 この集団のもうひとつの武器は役者でもある宮崎宏康の製作した特殊美術にあるが、「匠・からくり人形師」はそれを最大限に生かした作品。宮崎の作ったあやつり人形の造形には目を見張らせるものがあり、おおいに笑わせてもらったが、惜しむらくは今回の人形はこのために作ったものではなくて、以前に使ったことがあったものを使いまわししていたことで、観客というのはわがままなものだから、せっかくならば新作の特殊美術が見たかったという不満が残った。

 実は今回の舞台は予告段階ではひさびさの1本ものの長編だということで、ここでも書いた「エスカレーションの笑い」の特徴として、まさに抱腹絶倒なんども椅子からころげ落ちそうになった最高傑作「ハヤシスタイル」のように長編でより生きるものではないかと思っているので、そこのところは残念であった。次回公演こそ期待したいのだが、どうなるだろうか。

 



 







 

 

 

*1関西に拠点を置く劇団関西で上演した演劇のみを対象にした

*2:念のために言うが決してこれらの劇団の笑いを否定しているわけではない

1001-09-27 ポツドール「愛の渦」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 今もっとも刺激的な演劇を見せてくれるのはチェルフィッチュポツドール、と昨年から飽きるほどいろんなところで言ってきたが、ポツドールの新作「愛の渦」(作演出・三浦大輔)もそうした期待にたがわぬ好舞台であった。

 「愛の渦」で取り上げられたのは見知らぬ男女がそこに集まってきて、乱交パーティーをする場所を会員制クラブをして提供する風俗店の一夜の出来事だ。ここでは風俗店を舞台にセックスを前提とした場を選択することで、それ以外の各自の背景が意図的に捨象され性の欲望に支配された性的動物としての人間を赤裸々に描きうる状況が提供される。

 これは本来は複雑な関係性をフラットなものに還元するという意味で安易とも見えかねない危険性も含んでいるが、三浦が巧妙なのはこういう状況においても人間が優れて関係的な生き物で性欲だけで生きているわけではないということをきわめて冷徹な筆致で提示していくところだ。平田オリザ演劇について「あたかも動物を観察するかのようにある空間で登場人物に起こる出来事を観察させるような演劇」と書いたことがあったがこの芝居も作演出の三浦舞台の間の俯瞰的な距離感に同じような印象が感じられる。その意味で三浦は平田の正統的な後継者とみなすことが可能かもしれない。

 それが一番よく現れるのは途中で会話が途切れてきまずい雰囲気が漂いだした時に登場人物がそれぞれの職業とか出身地を聞き始める余計にきまずくなってしまう場面。もうひとつは後半の登場人物それぞれの本音が爆発して、一触即発になりそうなところで、そこではこういうフラットな関係にも登場人物にはそれぞれの思惑があって、この場がけっして、性のユートピアではありえないということが冷徹に明らかにされていく。

 こういう直視がはばかれるような人間性の嫌な部分をかなりの部分、舞台上で提示してしまうのが、三浦のひとつの持ち味で、これまでの舞台では舞台上で実際に男性が女性に暴力をふるうようなところもかなりリアルな演出でやってしまうところにある種の珍しさがあった。

 だが、いくら性を主題にしていても舞台上で実際のセックスを見せるわけにはいかないわけで、この舞台では階段の上の部屋が実際に事を行う部屋として設定されていて、そこからはかなりリアルなあえぎ声とかが聞こえてきたりするのだが、観客のだれひとりとして、そこで実際に事が行われていると考える人はないだろうし、リアル追求といってもそれは演劇である限りは嘘がいかにリアルに見えるのかが問題なのは言うまでもない。そこには明らかに平田と同じ問題意識が感じられる。

 90年代に登場して三浦と同様に性的欲望を自らの主題としてきた劇作家大人計画松尾スズキがいる。哲学者ニーチェの語彙を引用して、アポロン的側面の強い関係性の演劇(平田オリザに代表される)に対し、松尾の劇世界はディオニッソス的と表現したことが以前にあった。松尾はこの人間の欲望により支配された世界をある種の神話的な世界を構築することで描き出した。

 これまで便宜上、三浦を平田の後継者として描写してきたが、そういう見地からすれば三浦には松尾の後継者的部分もある。例えば「激情」という舞台には、その舞台設定や世界観から松尾スズキの「マシーン日記」などを彷彿とさせるところがあった。

 今回の「愛の渦」はそういう意味からすれば描かれている世界や描き出す手法は違うのだが、誤解をおそれずに言えば、ポツドール三浦大輔ディオニッソス(=松尾スズキ)的な主題(モチーフ)をアポロン(=平田オリザ)的な方法論で構築していく、という言い方もできるかもしれない。

 松尾スズキ平田オリザ演劇において刺激的な実験を行ってきたという意味では好きな作家だが、最近の作品には舞台自体のクオリティーという意味ではなく、方法論的実験性という意味では物足りない思いがある。だからこそ、松尾や平田が90年代に行ってきた実験を踏まえて、三浦がある意味そうした前提を出発点として、今後どのような演劇的地平を開いていくのか。そこに今後も注目していきたいのである。

演劇コラムニスト 中西理)

 


 







 

 

 

1001-09-26 チェルフィッチュ「ポスト*労苦の終わり」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 チェルフィッチュ「ポスト*労苦の終わり」(作演出岡田利規)を横浜STスポット(3月21日ソワレ)で観劇した。昨年1年間にわたり、「今もっとも刺激的な舞台を作るのはチェルフィッチュ岡田利規だ」と会う人会う人に言い続けてきたのだが、それが岸田戯曲賞を受賞。今回は受賞後初の舞台として注目されたなかでの公演となった。

 平田オリザ岩松了長谷川孝治、松田正隆ら90年代の「関係性の演劇」の影響を受け90年代末には五反田団の前田司郎、ポかリン記憶舎の明神慈、ポツドール三浦大輔ら先行する作家たちと志向性の異なる若手劇作家が登場した。ただ、ここでもスタイルとして会話劇的な体裁をとるという共通点は見られた。

 岡田の場合も現代口語を舞台にのせるという意味では先に挙げた前田三浦と共通する問題意識から出発している。前田三浦舞台の登場人物による会話を覗き見させるような形でいまそこにあるそこはかとない雰囲気を追体験されていくような「リアル」志向の舞台を構築したのに対し、岡田のアプローチには会話体において「ハイパーリアリズム」、演技・演出においては「反リアリズム」というところにその特徴がある。

 チェルフィッチュはハイパーリアルにそれまでの既存の演劇が捉えることができなかったような現代の若者の地口のような会話体に迫っていく。だが、その方法論はそれまでの現代口語演劇劇作家たちがそうであったような群像会話劇ではない。モノローグを主体に複数のフェーズの会話体を「入れ子」状にコラージュするというそれまでに試みられたことがない独自の方法論により構築されるまったく新しいタイプの「現代口語演劇」である

 「ポスト*労苦の終わり」もそのスタイルを踏襲した舞台で、ここでは役者が舞台に登場して「これからはじめます」と客席に向かって語りかけると、そこから舞台ははじまる。この客席に向かって語りかけるモノローグブレヒトの異化効果やシェイクスピアの多用した傍白を連想させるが、こういうモノローグ的なフェーズと会話を自由自在に組み合わせてテキストを構成としているのが大きな特徴だ。作品のなかで提示される出来事は多くの場合、伝聞ないし回想として語られ、リアルタイムにいまそこで起こっていることとしては演じられない。断片化されたエピソードは実際に出来事が起こった時系列とは無関係に行きつ戻りつしながら、ループのような繰り返しを伴いコラージュされたテキストのアマルガム(混合物)として提示されていく。

 「ポスト*労苦の終わり」はこれから結婚しようとしているカップルと結婚が破たんしたカップルと2組のカップルそれぞれの関係性を微細に描写していくことで結婚とはなんなんだろうということについて観客に考えさせる芝居ということができるかもしれない。

 ただ、主要人物の4人を1人1役で特定の役者が演じるというわけではない。例えばある場面をある俳優が語るとすると、そこには「その時の自分」と「その時の会話の相手」、それから「その両方を俯瞰する第3者としての自分」といういわば地の文的なフェーズがテキストには混在している。これをひとりの俳優が演じわけていく。そうすることで演じる俳優と演じられる対象との間にある距離感を作るのが、岡田の戦略で、さらに舞台では同じエピソードを違う俳優が違う立場から演じ、これが何度も繰り返される。

 複数の俳優が同じある人物を演じることで、それぞれの人物について、実際に舞台上で演じられている人物の向こう側に自らの想像力である人物像を再構成するという作業が舞台を見ている側に要請される。こういうインターテクスト的な読み取りが観客それぞれの過去の経験を想起させるような形で想像力を刺激されるのが、岡田舞台の魅力だ。

 方法論こそまったく違うが、私にとっては見る側の内面の鏡のような形で舞台が存在し、おそらく観客の数だけの多様な読み取りが可能な開かれた舞台という意味である時期のピナ・バウシュ舞台を思い起こさせた。8月にはびわ湖ホールでの新作公演も決定しており、これは関西舞台ファンは必見といえよう。

演劇コラムニスト 中西理)

 


 







 

 

 

1001-09-25 ■2004年の演劇ベストアクト − 私が選ぶ10の舞台 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

■2004年の演劇ベストアクト − 私が選ぶ10の舞台

 中西 理<演劇コラムニスト

 チェルフィッチュ「三月の5日間」「労苦の終わり」

 クロムモリブデンなかよしshow」「ユカイ号」

 維新派キートン

 ポツドール「ANIMAL」

 トリのマーク向島のトリのマーク 花と庭の記憶」(連作)

 五反田団「いやむしろわすれて草」

 ジャブジャブサーキット「しずかなごはん

 弘前劇場「背中から40分」

 ポかリン記憶舎「煙の行方」

 マレビトの会「島式振動器官」


 

 2004年最大の事件はチュルフィッチュの岡田利規の登場だ。平田オリザが90年代半ばに「現代口語演劇」をひっさげ颯爽と登場して現代演劇の大きな流れを作って以降その方法論に触発されるように劇作家が次々に出現したが、その多くは群像会話劇であった。チュルフィッチュが衝撃的だったのは「口語演劇」でありながらモノローグを主体とするまったく新しいアプローチを持ち込み、演劇として再現することが難しいような若者の地口のような会話体を駆使し「ハイパーリアルな口語劇」を実現してみせたことで、岡田平田以来の才能といっていい。渋谷のラブホテルにこもりきりの男女から、イラク戦争までを俯瞰してみせた「三月の5日間」とこれから結婚するカップルと別れたカップルそれぞれの関係性を微分したように細かく描きこみ結婚について考えてみせた「労苦の終わり」という全然違う題材を扱う2つの傑作を上演し、この方法論でできることの豊饒性を予感させた。

 関西では「なかよしshow」「ユカイ号」と才気溢れる好舞台2本を上演したクロムモリブデン青木秀樹の快進撃が続いた。なかでも劇団を題材に「メタシアター」「社会派演劇」「笑いの演劇」といった様々なスタイルの演劇を作品中に引用、それで思いきり遊んでみせた「なかよしshow」は刺激的な舞台だった。

 一方、維新派キートン」も祝祭劇からハイアート舞台へ方向性を大きく転換したという意味でメルクマールとなる舞台であった。サイレント映画時代の喜劇王キートンへのオマージュとして作られた作品で台詞はほとんどなく、すべてが身体の動きと美術も含めたビジュアルプレゼンテーションの連鎖により進行していく。舞台は絵画が動く巨大なインスタレーションとさえ見てとることができるほどで、維新派の野外劇ならではの祝祭性をこれまで愛好してきたものとしては若干の寂しさを感じたが、クオリティーの高さ、オリジナリティー、いずれも文句のつけようがないレベルの高さであった。

 方法論的刺激を感じた舞台としてはポツドール「ANIMAL」も挙げたい。最初から最後まで大音響でヒップホップ音楽が流れ、台詞がまったく聞こえない状態で舞台は進行する。それでも登場人物の関係性が分かるのミソでその実験精神に脱帽した。

 トリのマークアサヒアート・フェスティバル、越後妻有と2つの現代美術系の企画に参加、その活動のフィールドを広げた。演劇の枠組みだけでは捉えきれないその活動が遅ればせながら評価されてきたようで、今後の展開が楽しみだ。

 群像会話劇系の舞台ではジャブジャブサーキットのはせひろいちと弘前劇場の畑澤聖悟、五反田団の前田司郎が健在ぶりを示した。ポかリン記憶舎の明神慈による「煙の行方」も独自の身体のあり方で女優の魅力を引き出した好舞台だった。

 最後にまだその挑戦はトバ口であり、舞台成果としては十全のものではないが、会話劇を遠く離れ、新たなアプローチに取り組んでいる松田正隆にも注目したい。



 

 

 

1001-09-24 「祝祭からハイアートに変容する維新派」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 維新派「キートン」(構成・演出松本雄吉)を大阪南港ふれあい港館駐車場の特設野外舞台で見た。サイレント映画時代の喜劇王キートンへのオマージュとして作られた作品である。台詞はほとんどなく、すべてが身体の動きと美術も含めたビジュアルプレゼンテーションの連鎖により進行していく。「キートン」にふさわしく、冒頭からキートンをイメージさせる場面やキートン映画からの引用(「セブンチャンス」の花嫁のシーン、「キートンの探偵学」の映画に入っていくシーンなど枚挙にいとまがない)が次々と舞台上で展開される。不思議なのはここではそれに加えて、入れ子構造のようにシュルレアリスム絵画(デ・キリコルネ・マグリット)を思わせる場面や構図がそこここに「見立て」のように展開されることだ。さらにシュルレアリスムに加えてパフォーマーが途中で背中に背負って登場する便器(「泉」)のようにマルセル・デュシャンからの引用も散見される。

 舞台は絵画が動く巨大なインスタレーションとさえ見てとることができるほどで、全体の印象としても「ハイアート」感が強く、その分、お祭り的な祝祭感は後退した。維新派の野外劇ならではの祝祭性をこれまで愛好してきたものとしては若干の寂しさを感じたことも確かだが、クオリティーの高さ、オリジナリティー、いずれをとっても文句のつけようがないレベルの高い舞台であった。

 特筆すべきなのはキートン役を演じた升田学が「笑わん殿下」の再来とでも言いたくなるようなはまり役であったこと。維新派の場合こういう形で特定の役者がクローズアップされるということはめったにないのだが、今回ばかりはぜひ触れておかなければならない好演ぶりであった。

 ヂャンヂャン☆オペラという維新派独自の音楽劇のスタイルは内橋和久の音楽にのせた「大阪弁ラップ」のような役者の群唱(ボイス)によって構成され、野外ならではの巨大な美術とも相まって、ここでしか見られない祝祭空間を演出してきた。実はそれが変わりつつあることが新国立劇場の前作「nocturne」で感じられたのだが、今回の「キートン」で変化は一層露わになった。

 ただ、これはヂャンヂャン☆オペラが放擲されたというよりは次のフェーズに移行したという風に解釈した方が正確かもしれない。内橋の音楽は多くの場合5拍子、7拍子といった変拍子によって構成されていて、そこにボイスが加わるのがヂャンヂャン☆オペラ元来のスタイルだが、今回は多くのシーンで変拍子に合わせてのパフォーマーの群舞的な動きのアンサンブルがそれまでのボイスの群唱に置き換えられている。これを「動きとしてのヂャンヂャン☆オペラ」と呼ぶとすると、今回の作品ではこれまであった言葉の羅列ではなく、こちらが舞台を構成するメインの要素となっている。

 ここでの「動き」は変拍子に合わせて動くということだけでも、バレエモダンダンスコンテンポラリーダンスといった既存のダンスジャンルとは明確に異なるアスペクトを持つものではあるが、それぞれのパフォーマーの動きは過去の維新派舞台よりも数段洗練され、精度の高いものとなっていて、これはもう「ダンス」と呼んでも間違いではない水準に高められていた。

 その分、これまでのヂャンヂャン☆オペラにあったお囃子(下座音楽)的な気分はこの作品ではあまりなくなっていて、傾斜舞台電柱が立ち並び、照明効果によってその影が幻想的に浮かび上がるシーンなどいくつかの場面では静謐な雰囲気のなかで舞台は絵画的に展開していく。

 巨大な舞台セットはこの公演でも健在。ただ、これまでの作品とは若干異なる性格付けがなされていた。これはひとつには舞台美術に今回、黒田武志が参加していて、そのテイストによるところもあろうが、その以上に今回黒田に美術を委嘱することになったことも含めて、大阪教育大学美術を専攻していた松本雄吉の美術家としての側面が色濃く出てきていることにあるのではないかと感じられた。松本は学生時代に「具体美術協会」に共感するなど演劇以前に日本の前衛美術に憧れた美術青年でもあった。

 実はキートンが活躍した二十世紀初頭(1910−20年代)は欧米において、ダダイズムシュルレアリスム表現主義といった前衛芸術が百家争鳴の輝きを見せた時代でもある。直接は関係のないキートン、デ・キリコデュシャンがひとつの舞台で出会うことで美術家としての松本がこの作品に込めたのは前衛芸術が輝いていた時代への限りない憧憬だったと思われる。そして、そこには前衛演劇の旗手として彼らを受け継ぐには自分であるという自負も込められていたかもしれない。




 

 

 

1001-09-23 ■2004年の演劇ベストアクト − 私が選ぶ10の舞台 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

■2004年の演劇ベストアクト − 私が選ぶ10の舞台

 中西 理<演劇コラムニスト

 チェルフィッチュ「三月の5日間」*1「労苦の終わり」

 クロムモリブデンなかよしshow」*2「ユカイ号」

 維新派「キートン」

 ポツドール「ANIMAL」

 トリのマーク「向島のトリのマーク 花と庭の記憶」(連作)*3

 五反田団「いやむしろわすれて草」

 ジャブジャブサーキット「しずかなごはん」*4

 弘前劇場「背中から40分」

 ポかリン記憶舎「煙の行方」

 マレビトの会「島式振動器官」*5

 

 2004年最大の事件はチュルフィッチュの岡田利規の登場だ。平田オリザが90年代半ばに「現代口語演劇」をひっさげ颯爽と登場して現代演劇の大きな流れを作って以降その方法論に触発されるように劇作家が次々に出現したが、その多くは群像会話劇であった。チュルフィッチュが衝撃的だったのは「口語演劇」でありながらモノローグを主体とするまったく新しいアプローチを持ち込み、群像会話劇ではたわいなさすぎて、到底、演劇として再現することが難しいような若者の地口のような会話体を駆使し「ハイパーリアルな口語劇」を実現してみせたことで、岡田は平田以来の才能といっていい。これまで同じ作家舞台を2つ選ぶことはしないできたのだが、渋谷のラブホテルにこもりきりの男女から、イラク戦争までを俯瞰してみせた「三月の5日間」とこれから結婚するカップルと別れたカップルそれぞれの関係性を微分したように細かく描きこみ結婚について考えてみせた「労苦の終わり」という全然違う題材を扱う2つの傑作を上演し、この方法論でできることの豊饒性を予感させたことにも驚嘆させられた。

 関西ではこれもやはり「なかよしshow」「ユカイ号」と才気溢れる好舞台2本を上演したクロムモリブデンの青木秀樹の快進撃が続いた。なかでも劇団を題材に「メタシアター」「社会演劇」「笑いの演劇」といった様々なスタイルの演劇を作品中に引用、それで思いきり遊んでみせた「なかよしshow」は刺激的。こうした悪意に満ちた遊戯性は猫ニャーなどにも見られたものだが、資質の違いかクロムの場合はそれがクールさではなく、どうしようもない「無駄な熱さ」で体現され、そこには東京スタイリッシュとは一線を画す野放図な魅力がある。

 一方、維新派「キートン」も祝祭劇からハイアート舞台へとその方向性を大きく転換したという意味でメルクマールとなる舞台であった。サイレント映画時代喜劇王キートンへのオマージュとして作られた作品で台詞はほとんどなく、すべてが身体の動きと美術も含めたビジュアルプレゼンテーションの連鎖により進行していく。舞台は絵画が動く巨大なインスタレーションとさえ見てとることができるほどで、全体の印象としても「ハイアート」感が強く、維新派の野外劇ならではの祝祭性をこれまで愛好してきたものとしては若干の寂しさを感じたことも確かだが、クオリティーの高さ、オリジナリティー、いずれをとっても文句のつけようがないレベルの高さであった。

 方法論的刺激を感じた舞台としてはポツドール「ANIMAL」も挙げたい。舞台上で最初から最後まで大音響でヒップホップ音楽が流れ、台詞がまったく聞こえない状態で舞台が進行していく。それでも集中して見ていれば登場人物の関係性がなんとなく分かってくるのがこの芝居のミソでなんども使える手ではないが、その実験精神に脱帽した。

 トリのマークはアサヒアート・フェスティバル、越後妻有と2つの現代美術系の企画に参加、その活動のフィールドを広げた。演劇の枠組みだけでは捉えきれないその活動が遅ればせながら評価されてきたようで、今後の展開が楽しみだ。

 群像会話劇系の舞台ではジャブジャブサーキットのはせひろいちと弘前劇場の畑澤聖悟、五反田団の前田司郎が健在ぶりを示した。ポかリン記憶舎の明神慈による「煙の行方」も独自の身体のあり方で女優の魅力を引き出した好舞台だった。

 最後にまだその挑戦はトバ口であり、舞台成果としては十全のものではないが、会話劇を遠く離れ、新たなアプローチに取り組んでいる松田正隆にも注目したい。



 

 

 

1001-09-22 上方芸能原稿 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 関西コンテンポラリーダンスが最近すごく面白い。主として若手の振付家を対象にその年に上演された作品のうち8本を選び、最優秀作品(振付家)を審査するトヨタコレオグラフィーアワードが設立されて3年がたつがこのうち1年目に砂連尾理+寺田みさこ、3年目の2004年は東野祥子(BABY-Q)と関西を活動の拠点としている振付家・ダンサーが知名度では上回る東京の振付家を抑えてグランプリを受賞。これ以外のコンペでも関西勢は常連が何人も出てきて、いわば百家争鳴。現代演劇でいえば松田正隆関西劇作家が相次ぎ岸田戯曲賞を受賞した時に似たような状況がこの分野で起こっている。

 ところが東京と比較すると関西ではダンスに普段、演劇を中心に観劇をしているような観客が足を運ぶことはまだ少なく、それがダンスが公演として自立しにい理由になっている。コンテンポラリーダンスといえば小難しく聞こえて、敷居が高そう。だが、実は最近はファッション性や娯楽性も兼ね備えた作品も多く、初めて見に来た観客が「これがダンス」と驚くようななんでもありの世界にもなっていて、それが日本ダンスの特徴ともなっている。

 実は情報誌などを中心に注目の舞台が上演される時の事前の紹介記事などは以前と比べると掲載が増えた。ところが残念なのは関西では同時にこの分野の「批評の不在」を嘆かざるをえないことだ。継続的にコンテンポラリーダンスの動向を紹介している雑誌媒体がほとんど存在しないし、フォローしている舞台評の書き手も限られている。

 せっかく盛り上がりがあっても、実際の舞台がどうだったのかという検証がされる場がないため、一般の人にはせっかくの活況がすんなりとは伝わりにくい実情があり、それをなんとかしないといけないと思うのである。

 

 

 

1001-09-21 永遠かもしれない このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 舞台冒頭ではまず出演を控え、誰もいない劇場で物思いにふける漫才師が真面目なタッチで描かれる。漫才師藤井耕平(前畑陽平)は過去に自動車事故で恋人と実姉と漫才の相方を失い、心に深い傷を負っていることが明らかになる。亡くなった彼らは妄想のように頻繁に甦り主人公の前に現れる。ここのところはちょっとジェイムズ・サーパーの「虹をつかむ男」やそれを下敷きにしたウディ・アレンの「ボギー!俺も男だ」を思い起こさせるのだが、実はこうした設定がこの後展開していく舞台の重要な鍵を握ることになる。

 この舞台では劇中劇ならぬ劇中漫才として実際に耕治と彼と新コンビを組む坂野小梅(篠塚茜)の漫才が披露される。この漫才ネタの最中に予想もしないキッチュ物語が挿入されていく。次から次へとネタを脱線し、延長、反復を繰り返す。観客はそこに、忠臣蔵や「タッチ」を思わせる高校球児ベタ青春物語キャッツ・アイや時間旅行もののチープなSF海猿白雪姫サザエさんなどのパロディが展開させるが、重要なことはそこにはなくてこの次から次に展開されるベタ物語群がいずれも漫才のいわゆる「のりつっこみ」の「のり」に当たる部分がビジュアル化され肥大化したものだということである。

 それぞれに展開される物語や場面はいずれもそれなりに工夫され、面白く見られはするのだが、シベ少的本質はそこにはなくて、どうしてか耕平の妄想のなかで展開する物語のなかに巻き込まれてしまった小梅が漫才を進行させるためにその物語を終わらせてその結果「なんでやねん」のつっこみが入るために奮闘するのだが、その頑張りに反して物語は次から次へと逸脱を繰り返し、しかもまどろっこしいばかりに執拗に反復される。そしてそのことが結局、この芝居は永遠に続くかもしれないと思わせる。こういう構造を構築することで通常の演劇ドラマツルギーを根底から突き崩してしまっているのが、この集団の真骨頂なのである。

 

 

 

1001-09-20 ワイアーレビュー このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 WI'RE「CROSS2(⇔)」(サカイヒロト構成・演出・美術)を大阪港・中央突堤2号上屋倉庫内の<仮設劇場>WAで観劇した。<仮設劇場>WAは昨年行われた「小劇場のための<仮設劇場デザインコンペ」により大賞に受賞した作品を実際に製作したもので、これを大阪港の倉庫の中に設置して、今年の4月から6月の3ヵ月にわたって12団体が「大阪現代演劇際」として連続公演を行うのだが、このWI'REの公演が実質的に杮落としとなった。

CROSS2


どんな火がこの世界を焼き払うか

論争を続ける諸学派は

次の事について考えるだけの知恵がない

彼女のこの熱がその火ではあるまいか、と。


イントロ


闇の中、劇場は赤く脈打っていた。

「扉の向こうには、闇。ゆらゆらと青白く丸い光が浮かぶ。

幾つもの月が扉の向こうに昇っている。

幾何学の動きで巡る月の間を抜けて私は円形の劇場へと進む。

4本の巨大な柱が墓標のごとくに立つその中心に、一匹の獣が立ち尽くしている。

さまざまな毛皮が継ぎはぎされた異形の影の足元には、赤黒い肉の花。

静かに広がっていく血と、腐臭。

天を仰ぎ獣は慟哭する」

劇場の中央にうずくまっていた影が巨大な眼球を抱いて立ちあがる。

「私の周囲の景色がぐにゃりと歪み、流れ出し、回り始める。

火花をあげて疾駆する幾つもの風景、幾つもの記憶」

映像1 轟音とともに走馬灯が流れる。


速度=距離/時間


気がつけば私は冷たく堅いベンチシートに腰掛けている。

向かい側には女が一人。文庫本を読むともなく膝の上に広げている。

車輪の軋む音だけが満ちる車内に他に乗客はいない。

私 「ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・」

イナバ 「・・」

私  「1本の長さが25mなんですよ・・基本的にね。もちろん新幹線なんかの場合はもっと長

いんですが、ええ、基本的に。つまりですね、レールの繋ぎ目の音の間隔で今、この電

車がどれくらいのスピードで走っているのか計算できるというわけです」

イナバ 「・・」

私 「ほら・・ほとんど1秒毎にゴトッてなるでしょう。ということはですよ、秒速25mで走って

いるということです。時速に直すと・・ええと・・幾らになります?」

イナバ 「・・」

私 「ええ、90kmです。時速90km。結構出てるな・・本当はもう少し押さえないといけないは

ずなんですけどね、この区間はね。まあ分からないでもないですけど。こう単調な景色

ばかりじゃあねえ・・運転手も早く終点に着いて熱いコーヒーでも飲みたい、まあそんな

ところでしょう。どこまで行かれるんですか?」

イナバ 「・・私?」

私 「もちろん。え?今まで私が誰に喋ってると思ってたんです?」

イナバ 「さあ」

私 「この車両には私とあなたしかいないのに?え?え?独り言言ってたってわけです

か?さっきからずっと」

イナバ 「そうみたいですね」

私 「ガッカリだなあ。ガッカリですよ。せっかくこうやって会えたのに」

イナバ 「・・」

私 「捜しましたよ・・イナバさん。イナバミツさん」

カーブにさしかかり、大きく車体が揺れる。

イナバ 「・・」

私 「まあ今は違う名前なのかもしれないですけどね」

イナバ 「嫌いなの。古臭い名前でしょ」

私 「いやあ・・」

イナバ 「まだ決めてないから」

私 「名前?」

イナバ 「どこに行くのか」

私 「ああ」

イナバ 「どのホームで降りて、どの町に暮らすのか」

私 「捜しても見つからないはずだ」

イナバ 「この電車もたまたま来たのに乗っただけだから」

私 「奇跡ですね、こうやって追いつけたのは・・色んな人に会いましたよ。あなたの足跡を

追って。医者や、監察官や、お友達にも」

イナバ 「友達」

私 「ええ」

イナバ 「友達なんて、いないわ」

私 「じゃあきっと私の勘違いなんでしょうね。彼女たちもそう言ってましたよ。あなたなんか

友達じゃないって」

イナバ 「・・誰?」

私 「工場で働いてた時の」

イナバ 「ああ・・古い話。ずっと昔の・・もう何年も誰とも会ってない」

私 「それでも・・みんな忘れられないみたいでしたよ、あなたの事を」

イナバ 「元気だった?みんな」

私 「ええ・・多分」

イナバ 「なんかおかしな事言ったかな?」

私 「いえ」

イナバ 「今、笑ったわ」

私 「いや、やっぱり友達なんだなあと思って」

イナバ 「捕まえに来たの?私を」

私 「こんな格好した警官はいませんよ」

イナバ 「じゃあ」

私 「憶えてませんか?あなたに殺された女の子の、父親の顔」

私は立ち上がり、イナバに向かってゆっくりと歩き出す。

かすかに音楽が聞こえ、四方から人影が後ろ向きに近づいてくる。

イナバ 「吐く息に白く曇ったガラスの向こうで、景色は残像も残さず走り消えていく。暖房をけ

ちってるのか空席の多さのせいか、なんだか肌寒い気がして読んでいた文庫本を閉じ、

ダッフルのポケットに両手を突っ込む。どうせたいして面白くもなかったし。やっぱり雑

誌にすればよかったかな。次の駅の売店で買おう。それから熱いコーヒーも。通勤時間

だっていうのにこんなに空いてるのはもちろん、この線路の先に大きな町がないから、

だろう。売店もなかったら嫌だな。まあでも多分、自販機くらいはあるでしょ。あるかしら。

ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・レールの音は1秒より短く、だからきっとこの電車は90kmを超

えたスピードで走っている。ポケットの中の切符を指先でなぞる。この先には何がある

んだろう。この線路の先には。指は答えを見つけられず、その代わりに一つの名前を

探り当てる。棄てたはずなのに。投げ棄てたはずなのに、いつも気がつけばこうしてポ

ケットの中にある。私は知っている。それが私の名前だからだ。私の、本当の、名前だ

からだ。漠然のバク。砂漠のバク。索漠のバク。それが私の名前だ。私の指先は、ポケ

ットの中のナイフの刃を感じている」


都市風景スクランブル


転調する音楽車輪が火花をあげる。

映像2 風景が回り、記憶が回る。走馬灯のように。メリーゴーランドのように。

人々がぶつかり、離れ、全力で駆けぬけるありふれた都市の日常。


想像力を殺す

白衣の男が、大きな医療鞄を抱えて現れる。

無造作に床に投げ捨て、それを舐めまわすように見つめる。

その足元に伸びる人影に振りかえると女が立っていた。

トサカ 「見上げた天井の模様に人の顔が浮かぶ。目を閉じても想像はやまない。想像してし

まう。目を閉じた後の夜を。10年後の自分を。隣に寝ている彼が腐り消えてしまう事を。

何処かの町で母親に殺される子供の泣き声が、海の向こうで続く爆撃が聞こえる。私

は、今や海原のように膨らんでしまったベッドを漂いながら、願う。世界が今、ここだけ

でありますように。広がりもなく奥行きもない、X軸とY軸がただ交錯する今、ここ以外の

世界など消えてなくなってしまえばいい。だからそう、想像力を、殺してしまおう」

先生 「・・・・へえ」

トサカ 「眠れないんです」

先生 「はい」

トサカ 「怖くて」

先生 「あの、今日は休診日なんで・・ていうか勝手に診察室入っちゃってるし・・ていうか僕、

獣医ですから」

トサカ 「あ」

先生 「間違ってるでしょ、色々」

トサカ 「また間違った。いつも間違えるんです。初対面の時のキャラの作り方、他人との距離

のつめ方。ビショップビショップポーンポーン。なぜかしら、あなたが遠い」

先生 「帰ってください」

トサカ 「冗談よ」

先生 「・・明日の九時からやってますんで」

トサカ 「ネットでね、調べたの」

先生 「え」

トサカ 「凄いわよねえ。何でもすぐ調べられるんだもん」

先生 「・・・・・・・・またかよ」

トサカ 「また?」

先生 「・・あなたには関係ないでしょ」

トサカ 「そうかしら。同じ町に性犯罪者がいるだなんて。怖くて夜も眠れなくない?」

先生 「・・」

トサカ 「同じ町に性犯罪者が/」

先生 「やめて!そんな大きな声で」

トサカ 「ああ、聞こえてないのかと思って」

先生 「ちゃんと・・刑期も終えたんだ」

トサカ 「でもあれでしょ?どこに住んでるのかこんな簡単に検索できるってのはさ、警戒せよっ

て事でしょ」

先生 「もういい加減にしてくれよ」

トサカ 「襲うの?私も襲うの?」

先生 「襲わないって!」

トサカ 「意気地なし!」

先生 「い、いく・・」

トサカ 「二度ある事は三度あるって言うし」

先生 「二度ない!一度だけだし!ちょっと魔が差しただけだし!」

トサカ 「魔」

先生 「そう!あるだろ、そういうの誰だって」

トサカ 「・・そうね」

先生 「そうだよ・・そうなんだ・・」

トサカ 「魔はどこから差すのかしらね。そもそも魔って何?悪魔?魔法?」

先生 「・・なんですか魔法が差すって」

トサカ 「知らないわよ」

先生 「とにかく。お願いだからほっておいてもらえませんか」

トサカ 「なんかこんな事言ってますけど」

先生 「誰に言ってるんですか」

トサカ 「駄目だって」

先生 「・・なんで」

トサカ 「言ったでしょ。想像力が私に見えないものを見させ聞こえないものを聞かせるの」

先生 「それはアンタの勝手な想像だろが!」

トサカ 「想像だけじゃないわよ。ネットで読んだもの。信じらんない。なんであんな事ができる

のかしら。もしかしたら、その袋の中にはあの時と同じに下校途中の小学生が眠らされ

てたりして」

先生 「うわああーっ!」

トサカ 「襲うの?襲うのね?OK、我に叫ぶ用意あり。うわああーっ!注目―!世界の中心に

キチガイが二人いまーす!」

先生 「畜生、いつもこうだ。住所を変えても、表札を変えてもお前らみたいなのが邪魔しに来

るんだ。眠れない、だ?それはこっちの台詞だよ」

トサカ 「ほお」

先生 「反省?してるに決まってんだろ?あの子は僕が逮捕される時に何て言ったって書い

てあった?読んでもこれは書いてなかっただろ?何も言わなかったからさ。あの子はね、

ただ黙って僕を見てただけだ。警官の質問に黙ってうなづきながら、ただ見てたんだ、

あのガラスみたいな目を思い出すたび、僕は/」

トサカ 「合格!」

先生 「・・?」

トサカ 「やっぱりあなたしかいないわ」

先生 「何が」

トサカ 「だから、私を、眠らせてほしいの」

先生 「あのね、何度も言ってるけど僕は・・」

トサカ 「あなたにしかできないの」

先生 「・・」

突然、鞄がのたうち回る。

トサカ 「!」

先生は眼鏡と一体化した、触手のような胃カメラの先端をトサカの喉の奥に突き刺す。


ライ麦畑で捕まえさせて


渦巻く記憶の中からはじきだされた女を抱きしめる獣。のような風体の男。

電車がホームを通りすぎた残像のような風が吹く。

床に倒れこむ二人。

捕手 「アホか、何してんねん!」

メー 「・・あれ?」

捕手 「・・あれ?やないやろ、何考えてんねん」

メー 「・・どんな感じかなーって」

捕手 「どんなもこんなもあるかアホ!地下鉄飛び込んだら人間は何も感じません。アホか」

メー 「そうかなあ」

捕手 「そうや。アホか」

メー 「なんか呼吸するみたいにアホが出てくるね」

捕手 「俺が今、止めへんかったらアンタ死んどったんやで」

メー 「ええっ?」

捕手 「いや、ええって言われても」

メー 「ありがとうございました、じゃ」

捕手 「どういたしまして…ってちょっと待ちなさーい」

メー 「なんですか」

捕手 「大丈夫なんか」

メー 「そっちこそ大丈夫?ゼイゼイ言ってる」

捕手 「ほっといてくれ。これは元々や。喉が・・そんなんどうでもええねん。もう飛び込み自殺

したりせえへんやろな」

メー 「そんなー、する訳ないじゃないですかー」

捕手 「しかけてたやないか今」

メー 「だからどんな感じかなーって思っただけなんですよ」

捕手 「思うのも禁止や。うちの家でそんなんされたら夢見悪いからな」

メー 「家?」

捕手 「住んでんねん、ここに」

メー 「・・ああ」

捕手 「ああってなんや。あれやろ、ホームレスや思てるやろ?」

メー 「だってそうなんでしょ」

捕手 「ちゃうちゃう。俺の寝たとこがその日の俺の家」

メー 「・・ああ」

捕手 「だから、ああってなんやねん。ホームイズマイホーム。今イチやな。俺はな、キャッチャ

ーやねん。キャッチャーインザホームや」

メー 「・・ああ」

捕手 「今の『ああ』は分かってへん『ああ』やな」

メー 「ピンポン

捕手 「『とにかくね、僕にはね、広いライ麦畑やなんかあってさ、そこで小さな子供達が、み

んなでなんかのゲームをしてることが目に見えるんだよ。 何千っていう子供達がいる

んだ。そしてあたりには誰もいない ― 誰もって大人はだよ ― 僕のほかにはね。 で、

僕は危ない崖のふちに立ってるんだ』・・」

メー 「・・ああ」

捕手 「・・サリンジャー読んだことないんか」

メー 「誰?」

捕手サリンジャー小説家

メー 「漫画しか読まないから」

捕手 「・・ああ」

メー 「ガッカリの『ああ』」

捕手ピンポンや。手え出し。飴あげるわ」

メー 「ありがとう」

捕手 「出しおった。変わった子やな」

メー 「私、そんな若くないですよ」

捕手 「若い子はみんなそう言います。あれ、なんやアンタ、手・・」

メー 「?ああ、指」

捕手 「指。・・ないな」

メー 「ないですね」

捕手 「痛い痛い」

メー 「え、もう痛くないけどな」

捕手 「いやそうじゃなくて・・」

メー 「昔ね、ガッていっちゃったんですよ」

捕手 「ガッ?」

メー 「旋盤にね。あとプレス機にね。ふたたび旋盤にね。ガッガッガッ。合計3ガッです」

捕手 「アンタ女工なんか。若いのに大変やな・・」

メー 「そんなに若くも大変でもないです」

捕手 「その根拠のない明るさがまた泣けるわ。飴あげよ」

メー 「ありがとう」

捕手 「・・ほんまに変わってるわ。他の人間みんな、俺のこと臭い臭い言うて逃げんのに」

メー 「私、鼻が悪いから」

捕手 「真実いうのは常に残酷やねえ」

メー 「キャッチャーなんですか」

捕手 「ん?」

メー 「仕事」

捕手 「ああ・・。超有名な小説があってまあその駄洒落というかなんというか・・解説すると物

凄い恥ずかしいです。俺もなりたいなあ、そういうもんに、ちゅう、まあ・・」

捕手はぶつぶつと話し始め、あくびするメーの体はその毛皮の中に埋もれていく。


都市風景2 知覚の魚(久保ソロ1)


映像3 水の影、が辺りを包む。

三人の男がガラスの水槽の中にいる。

  画面の中、冷たい海溝の底を無数の目が耳が鼻が舌が指が泳いでいる。

知覚の魚が、無表情な男たちに絡みついていく。

「カイメンカラフカサ二百mマデヲヒョウソウ、フカサ二百mカラ千mヲチュウソウ、フカ

サ千mイジョウヲシンソウ、スナワチシンカイトイイマス。シンカイニハヒカリガトドカナイ

ノデ、ホトンドノサカナノメハタイカシテイマス。カノジョタチハ、ワズカナシンドウデオタガ

イノスガタヲカンジトリマス。メクラノサカナガクロイウミニシズンデイマス。メクラノサカナ

ガクロイウミヲオヨイデイマス。メクラノサカナガ・・」


レンタルされる日常


ヘッドマウントディスプレイヘッドフォンをつけた女が目の前のプレーヤーのボタン

カチャカチャと押している。

マムシ 「・・あれ?」

首をひねってDVDを取りだし、不審気に調べる。

ツタヤの店員が通りかかる。

マムシ 「すいません」

店員 「はい?」

マムシ 「あれ?どこ?見えない!何も見えない!」

店員 「いやいや、それ、つけてるから」

マムシ 「これ。このDVD変なんですけど」

店員 「はあ。いやでもお客さま、私に面白DVDオススメされましても」

マムシ 「なにニヤニヤしてるのよ。『このDVD変なんですけどー』と『このDVD変なんですけ

ど』じゃ全然違うでしょ」

店員 「え?え?」

マムシ 「トーンとか、表情とか」

店員 「『このDVD変なんですけどー』・・『このDVD変なんですけど』・・本当ですね」

マムシ 「どうなってるんですか?」

店員 「え?え?」

マムシ 「え?何が、え?」

店員 「すみません、ちょっと確認・・させていただきますので」

店員、去る。

クマムシため息をついて別の試視聴盤をセットし、スタートさせる。

映像4 ふたたび水の影、が辺りを包む。

マムシ 「『カンフーハッスル』・・あれ?」

ちょうど店員が近づいてくるのに気がついたので

店員 「え?え?」

マムシ 「まだ何も言ってないわ」

店員 「また、やられてましたか。書き換え」

マムシ 「なのにその内容を知ってるのね。・・能力ね」

店員 「能力です」

マムシ 「私も聞こえるんです。草や木の声が。もしかしてあなたも?」

店員 「聞こえます。すみませんでした、最近よくやられるんですよ。いっそ万引きしてくれた方

が店としては助かるんですけどねえ・・書き換えられるよりは、ええ」

マムシ 「ツタヤのDVDが書き換えできるなんて知らなかったわ」

店員 「出来ないですよ、もちろん。構造的に出来ません。でも不可能を可能にするのがでん

でんタウンじゃないですか。そういうソフトが売られてるらしいんですよ。わざわざなんで

そんな、ねえ?ホント頭にきますよ!・・胃にきますよ!・・膝にきますよ!」

マムシ 「どうして段々部位が下がっていくのかしら」

店員 「え?え?」

店員、ぶつぶつ言いながら去る。

マムシ 「・・もしかしたら・・聞き返してるんじゃないのかも・・もしかしたら・・ソナー?・・目の見え

ない蝙蝠が障害物をかわすために出す超音波のような・・フフ」

ディスプレイフォンをまたつけ、漂う男たちの映像を眺める。

マムシ 「これってどういうイタヅラなのかしら・・カンフーハッスル・・この人は自分で撮って自分

で自分を上書きしたのかしら・・カンフーハッスル・・ハッスルハッスル・・顔がばれたら捕

まらないのかしら・・ねえ、何のために?」

男たち 「いやあ、それはちょっと(秘密です)」

マムシ 「残念」

店員が顔を押さえながら駆け込んでくる。

店員 「た、助けて・・取れない・・」

マムシ 「え?え?」

店員 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」

マムシ 「なに言ってるんですか」

店員 「え?え?え?」

マムシ 「え?え?え?」

わらわらと顔を押さえながら駆け込んでくる別の客。

客 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」

三人 「え?え?え?」

ディスプレイヘッドフォンをつけた人々とつけていない人々までもがのたうち回り、装

着した(あるいはしてもいない)装置を顔から引き剥がそうとするがまるでエイリアンのフ

ェイスハガーのように肉と一体化しておりもはや抜け出す事はできない。

踊り狂っているようにも見える。


人形に話す事を教える


仮面の人々は一塊の気配となって暗がりに澱む。

先生 「・・まいったなあ・・なんで僕があんなののカウンセリングさせられる羽目に・・」

ぶつぶつ言いながら医療鞄を開ける。

先生 「わざわざ免許とり直したってのに・・」

鞄の中から、子供、の人形が出てきた。

先生 「なあ?そう思うだろ?バク」

いきなり入ってくるトサカ。

トサカ 「やっぱり誰かいるんじゃない?」

先生 「ふおおおおおーっ!」

慌てて、かなり強引に人形を鞄にしまう。

トサカ 「ふおおおおおーっ!」

先生 「ま、ま、まだまだだ、い、いたんだすか?」

トサカ 「まだまだいますよ」

先生 「いないで!明日。九時。話。聞きますから。帰って。ハウス!」

トサカ 「まだ帰ってもダーリンいないしー。面白いテレビもやってないし−。あなた暇なんだっ

たらいいじゃなーい」

先生 「だから暇じゃないんだって!ハイヨー!ハイヨー!」

トサカ 「私、犬だったかしら?馬だったかしら?」

先生 「もう結構!」

トサカ 「トサカだけにねー。それよりさっきバク・・とか/」

先生 「ドキッ」

トサカ 「・・言ってたよね」

先生 「言ってません!」

トサカ 「じゃあなんで口でドキッて言うのよ」

先生 「問題はそこです。・・考えてみて?あなた自分が本当に驚いた時、ドキッて口で言いま

すか?」

トサカ 「言わないわよ、当たり前じゃない。コントじゃないんだから」

先生 「そうですよね。そしてこれはコントじゃない。つまり僕は本当は驚いていなかった。つま

りつまり、バクなんて口にしなかった。ですよね?」

トサカ 「・・はい」

先生 「じゃあまた明日、九時に」

トサカ 「ありがとうございました先生」

先生 「気をつけて!忘れ物は?じゃあ!」

爽やかな笑顔でトサカが消えるのを確認する。

先生 「・・バカ。死ね」

気配 「お前が死ね!」

先生 「むふう!死ね!死ね!死ね!」

駆け戻って鞄からそっと舐めんばかりに人形を取り出す。

先生 「よし。今日教えてあげる言葉は『バカは死ね』にしようね」

先生は胃カメラを装着し、その先端で人形の肌に『バカは死ね』と何度も書く。

先生 「憶えた?・・ホントかなあ?先週のやつは忘れてないかな?その前は?『負け犬は死

ね』『靴のサイズが26.5の奴は死ね』『性犯罪者は死ね』・・さあ繰り返してごらん・・」

気配たちからこだまする声。

声 「死ね、死ね、死ね・・」

人形は先生の、そして気配たちの視線に操られるように踊り始める。


あなたは存在しない


人形の足元に眼球が転がり、気配たちの中からイナバと私が浮かび上がる。

私 「死ね。死ね。死ね。死ねよ、ほら」

私はイナバにカッターを差し出す。

私 「早く取ってくれよ。手が疲れるんだから」

イナバ 「自分のを持ってるから」

私 「自分の・・だ?」

私は怒りのあまり思わずカッターでイナバを切りつけかけるが、その衝動を押さえこ

む。

私 「・・それでトキコを殺したのか?」

イナバ 「トキコ・・タカギトキコのこと?

私 「あれだけ殺しても、殺した相手の名前を覚えてるのか」

イナバ 「覚えてるわ。全部覚えてる」

私 「・・なぜ殺した?」

イナバ 「なぜ教えなくちゃならないの?」

私 「なぜ?なぜだって?父親だからだよ!あの子を愛してたからだよ!分かるか一人きり

の娘を殺されたこの気持ちが?分からないんだろう?・・分かるまでこれで自分を刺せ。

刺しながらトキコに謝れ。謝りながら、痛みってやつを理解しながら死ね」

イナバはとても不思議そうな目で私を見ている。

私 「・・取れよ」

イナバ 「でもタカギトキコには父親はいないわ」

私 「じゃあここにいるのは誰なんだ?いいよ。自分でできないならやってやるよ」

イナバ 「あの子の父親は、娘の葬式を終えてすぐ自殺したもの」

私 「・・はあ?」

イナバ 「知らなかったの?」

私 「訳の分からんこと言って逃げれるとでも/」

イナバ 「なぜ私があなたから逃げなくちゃならないの?」

私 「質問をするな!僕に質問をするな!」

イナバ 「でも」

私 「うるさいんだよ!黙れ!」

そんなはずがない、テレビで見たのだから。テレビ

映像5 テレビが青く白く発光する。

気配たちはただぼんやりと何も映らない画面を見ている。

私 「蛍光灯が爆発した。新聞紙で床に散らばったガラス片を掃き寄せながら蛍光灯ってそ

もそも勝手に爆発するんだっけ?と考えていると頭が痺れてきたので速攻で思考を停

止する。よく分からないがきっと爆発するんだろう。実際したんだし。もしかしたら僕が

振り回したバットが当たったのかもしれないが、まあどうでもいい。どっちみち何か見た

いものがあるわけじゃないんでしょう、とアナウンサーが言った。のはもちろん嘘で、モ

ニターの中のアナウンサーは、どこかのドブ川で女の子の遺体が発見されたと、正確

な発音で繰り返しているのだった。画面下には親切にもテロップが出ているが、視力0.

1をはるかに下回る僕にはどうやら文字らしいとしか分からない。眼鏡を探しもせず、

青白い光だけを僕はぼんやりと見る。画面が切り替わると誰かがマイクを突きつけら

れていて、眠っていないのだろうか、赤い目でこちらを睨んでいる。何かを叫んでいる

が、よく聞き取れない。というよりも、そもそも言葉になっていないのだ。兎のように赤い

目から涙が流れ落ちる。どうやら被害者の父親らしい。可哀想に、しかし腹が減ったな、

たしかまだ買い置きのインスタント焼きそばが残っていたはずだと、ついた手の平に鋭

く痛みが走り、赤い血が床に落ちる。皮膚の中に潜り込んだガラスを取り出そうと悪戦

苦闘していて、僕はふいに思い出す。映っているのは、僕だ。ああ、そうか」

列車は大きく車体を傾けてカーブを曲がる。


回想

いつのまにか私を囲んでトサカ・メー・ドクマムシが立っている。

女たち 「知らないって言ってるでしょ?」

私 「どうして?」

女たち 「どうしてって・・どうして、どうしてなの?」

私 「友達、でしょ。だって」

女たち 「もう何年も会った事も電話した事もないもの」

私 「友達、だったでしょ」

女たち 「違うわ」

私 「・・」

女たち 「友達なんかじゃなかった」

私 「でも知りあいだった。とても良く知っていた」

女たち 「・・ええ」

私 「さあ、早く」

女たち 「いい加減にしてよ!何なのよもう!」

私 「だから・・彼女がどこにいるか、教えてほしいだけですってば」

女たち 「知らないの本当に。あの子が退院した事だって知らなかったんだから」

私 「信じられないですよね。人殺しが、ほんの何年かで戻っ・・ああ、すいません」

女たち 「いえ別に」

私 「まあ本当にすいませんって思ったわけじゃないんですけどね」

女たち 「・・あの子は・・病気だったのよ」

私 「今はもう治った?」

女たち 「だから退院できたんでしょ」

私 「まともな人間は保護観察中に黙って姿を消しますか」

女たち 「・・あなたはその、観察の人?」

私 「ええ、まあ」

女たち 「じゃあきっと、あなたの方がよく知ってるんじゃないの?私より」

私 「ええ、よく知ってます。とてもよく」

女たち 「可哀想な子なの」

私 「はい」

女たち 「・・」

私 「ええっと・・」

女たち 「嘘」

私 「え?」

女たち 「可哀想なわけないじゃない。覚えてないんだもの。自分がした事を。全部忘れて、奴

のせいにして」

私 「バク。何だそりゃって感じですよね」

女たち 「いると思う?心の中に、本当に」

私 「分かりません」

女たち 「そう、普通ね、信じられないわよね」

私 「じゃなくて。ただ単に分からないだけですよ。見た事がないものは、ただ単に」

女たち 「・・ええ」

私 「でもあなたは、見た事がある」

女たち 「・・」

私 「5年前、あの場所で」

女たち 「何の話?」

私 「トサカ、ヤギ、ドクマムシ、イナバ・・あなたたちが働いてた工場で、ですよ」

女たち 「・・あなた、何なの?」

私 「だから・・」

女たち 「あの子が話したはずはないわ。覚えてないんだから」

私 「その頃、何人もの人間が失踪したって」

女たち 「知らないわ」

私 「どうでもいいんだけどね。僕はバクに・・イナバさんに会いたいだけだから」

女たち 「知らないって何度も言ってるじゃない!」

私 「教えろよ」

女たち 「知らない!知らない!」

私 「・・」

女たち 「あなた一体、誰なの!」

私 「僕?僕は・・」

私の記憶はブツリとブラックアウトする。


都市風景3 私の身体はあなたの言葉


無数の死亡記事を読み上げる声、声、声。

月明かりの中に異形の影が浮かぶ。

立ち尽くすドクマムシ


回る世界


人形は眠っているのだろうか。

丸い大きな眼球に寄りかかって目を閉じている。

揺れている。

映像6 眼球に不自然な合成で出来たグロテスクなバクの顔が映る。

人形は顔の浮かぶ球と一つとなって寝返りをうち、自転していく。

トサカ、憑かれたように人形を見ている。

背後に、無表情な先生が鉄パイプを手に立ち、しばし様子を見、肩に手をおく。

トサカ 「!」

先生 「・・それ人形ですよ」

トサカ 「わ、分かってるわよ!なんであんなの真っ暗な部屋の真中に転がしとくのよ」

先生 「あんなのって失礼な。バクですよ」

トサカ 「え。今なんて」

先生 「バク。人形の名前。動物園とかにいるのじゃないほうからつけました」

トサカ 「じゃないほう?」

先生 「空想の動物のほうですよ。悪夢を食べてくれるっていう・・聞いた事ありませんか?」

トサカ 「悪夢を」

先生 「そう。ほんの子供の頃、両親が買ってくれたんですよ。この年になって恥ずかしいんで

すが、枕とこいつだけは近くにないと寝つきが悪いんです」

トサカ 「・・私のバクは悪夢を生み出すわ」

先生 「え?」

トサカ 「昔、いたの。そういう知り合いが」

先生 「ああ、バクって渾名の?」

トサカ 「あいつが殺したんだ。私のせいじゃない」

先生 「・・」

二人は黙ったまま、人形を見つめる。

先生 「あなたに何があったのか、そんなこと僕は知らないし・・知りたくもない」

トサカ 「・・」

先生 「ただひとつ言えるのは・・」

トサカ 「・・何」

先生 「何だと思います?」

トサカ 「え」

先生 「この中。何が入ってると思います?」

診察鞄を鉤に引っ掛ける。

トサカ 「・・え」

先生 「なんだかアレみたいですね、肉屋の、ねえ?」

鉄パイプで鞄を思いきり殴りつける。

トサカ 「ヒィッ!」

先生 「・・どうかしました?」

トサカ 「そ、それ・・」

先生 「これが?」

鞄を開ける。

先生 「何も入ってない。空っぽですよ」

トサカ 「・・」

先生 「何を想像したんですか?」

トサカ 「何って、別に何も・・」

先生 「知らなくていい事がある・・そう思いませんか?知らないほうがいい事が」

小さく歌いながら鞄と上着を掛けていく。

先生 「Amazing grace, how sweet the sound    

That saved a wretch like me      

I once was lost, but now am found

Was blind, but now I see・・」

鉄パイプで鞄を殴りつける。

トサカ 「何してんのよアンタ」

先生 「もしかしたら、この皮の下には、ヘルニアで入院中のポメラニアンが隠れているのかも

しれませんね」

鉄パイプで鞄を殴り続ける。

先生 「もしかしたら黄金の毛並のアビシニアンかも」

トサカ 「・・」

先生 「もしかしたら/」

トサカ 「もういいわよ!もうやめてよ!」

鉄パイプをトサカに手渡す先生。

トサカ 「?」

先生 「はい、どうぞ」

トサカ 「冗談」

先生 「あなたの番です」

トサカ 「なんで/」

先生 「カウンセリングを。カウンセリングを始めましょう」

トサカ 「え」

先生 「皮の中身は空っぽなんですよ」

トサカはこわごわと、次第に力をこめて殴り始める。鼻歌う先生。

トサカ 「何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何

も・・するもんか!想像するもんか!」

鞄の中からはしかし想像の血が零れ落ち、想像の悲鳴が漏れ聞こえる。

バクが目を覚まし、あくびする。

その手を取り、抱きしめる先生。

トサカは狂ったように、冷凍庫の肉隗のような鞄を殴り続ける。

先生 「何もかも想像なんですよ、あなたの」


喉の奥のトカゲ


捕手の長い長い話は続いていた。

白い煙が一筋、たちのぼる。

捕手 「アホ!煙草吸うな!消せ消せ。灰皿あるで、ほら」

メー 「なんで?」

捕手 「なんでて。ホームは禁煙や。放送でも言うてるやん」

メー 「んー。無理」

捕手 「無理ってなんや」

メー 「この子たちがお腹すかすから」

捕手 「どの子やねん」

メー 「私は別に吸いたくないんだけど、餌をあげなくちゃ。私のお腹の中にトカゲがいるの。

小指くらいの、緑の、まだらの、尻尾の切れたトカゲが喉をはいあがってくる。お腹をす

かして、何匹も何匹もはいあがってくる・・。グルルル、グルルル・・低くうめきながらは

いあがってくるの・・」

思わず、その首を両手で押さえてしまう捕手

捕手 「ご、ごめん。違うんや、これは・・」

答えず、目を閉じたメーの手足がだらんと脱力する。

捕手 「嘘やろ。しっかりせえ!おい!」

メー 「嘘だよ」

捕手 「ア、ア、ア・・アホー!」

メー 「死んだかと思った?」

捕手 「思うか!生きるとか死ぬとか簡単に言うなアホ」

メー 「アホとか簡単に言うなアホ」

捕手 「俺はな、生き死にを冗談にしたりする奴は許さん」

メー 「生きる。死ぬ」

捕手 「そういう奴はおしりペンペンや」

メー 「痴漢だ!」

捕手 「違うわ!違いますよー。違いますよー・・誤解されるやないか」

メー 「触ったじゃん」

捕手 「叩いたんや!命の重さを知らん奴には痛み、いうんを教えたらなあかんねん」

メー 「こんなに腫れてる」

捕手 「それは元からや。痛みや。痛みを知りなさい」

メー 「・・」

捕手 「聞いとんのか、こら」

お腹を押さえ、うずくまるメー。そのまま、動かない。

捕手 「・・どないしたんや・・おい、腹痛いんか!」

メー 「死んだかと思った?」

捕手 「尻出せ!尻!けつバットしたる!」

二人、思わず笑ってしまう。

笑いながら、メーはホームの白線を越えてジャンプする。


私には「」がない

3人の女性の、アルバムがめくられる。

たとえばラッシュアワーにもまれるメー。

メー 「駅のホームに立てば隣の誰かのイヤホンから

どこかで聴いたことのある曲が聞こえてくる。

後ろの誰かから、斜め前の誰かから聞こえてくる。

幾つもの曲が入り混じって、何の曲だかもう分らない。

電車が止まりたくさんの人たちを吐き出す。

同じ顔。同じ服。同じ匂い。違う。

匂いがない。私には嗅覚がない。

ホームには音楽が流れ続けている」

たとえば観覧車に乗っているトサカ。

映像7 亡霊のように幾もの人影がゆらめく。

トサカ 「インクみたいな色のコーヒーを飲みながら

窓の外を見下ろせばマネキンみたいな人たちが

ベルトコンベアーで運ばれていく。

1234…たくさんのマネキン

イルミネーションの中を運ばれていく。

コーヒーのおかわりを頼む。味はしない。味は分らない。

私には味覚がない。

1234…マネキンの数を数えながらコーヒーを飲む。

黒いインクが食道を流れ落ちていく」

たとえばツタヤから世界を幻視するドクマムシ

マムシ 「コンクリにチョークで線をひく。

一本の線を地面にひく。マイナス

一本の線を地面にひく。プラス。

私の指先から記号がこぼれ落ちていく。

たくさんのバツ印で壁が埋め尽くされていく。

たくさんの十字架で道路が埋め尽くされていく。

私の指先はその痛みを知らない。

私には触覚がない。

街は白く埋め尽くされていく」

吊られていた鞄と外套を身にまとった彼女たちは雑踏の中にまぎれていく。

その中をさまよう捕手

都市風景4 ホモゲシュタルトの祈り(渡邉ライブ

1・久保ソロ2)


都市を、人々が歩く。

見知らぬ他人だけで構成されたキャラバンは西へ、西へ。

ふとキャラバンの全員が顔をあげ、東の空を見上げる。

ビルの屋上に誰かが座って音楽を奏でている。

映像7 街が白く溶けていく。

静止した都市の中を一匹の魚が泳ぎぬけていく。

「シズンデイク。シタイガシズンデイク。プランクトンノシタイガシズンデイク。シンカイニ

シロクユキノヨウニフリツモッテイキマス。サカナタチノウエニアワクユキマヨウニフリツ

モッテキマス。ヒライタクチノナカニマリンスノーガトケテイキマス・・」

女たちは魚に導かれるように泳ぎだす。

手に手にビルやアスファルトの上の死骸や標識や・・都市カケラを持って泳いでいく。

男たちは思わず手を伸ばすが届かない。

ただ冷たく固い都市カケラだけが手の中に残る。

イナバは長い回廊を歩いている。

左右に窓とベンチシートが並び吊り輪が吊られた、長い長い廊下を歩き続けている。

目の前にまた現れたドアを開こうとしてふとそこにも嵌めこまれたガラスを、そこに映る

自分を見つめる。

鏡の中のイナバは魚となって泳ぎだし、それを真似るように鏡の前のイナバも泳ぐ。

鏡の中からバクが抜け出して泳ぐ。

どちらが鏡なのだろう。二人の指先が触れ合う、その刹那・・


都市風景5 我々は攻囲されたままである(東野

ロ渡邉ライブ2)


ニュースが次々と読み上げられていく。

映像8 錯綜する記憶。疾走する風景。増殖する細胞

異形の怪物が二人の指先の隙間から溢れ出していく。

悲鳴のような慟哭が溢れ出していく。


すべての質問を拒否します


その音は都市を満たす。

道路を、排水溝を、地下街を、電線を、携帯電話を震わせて都市に満ちる。

あらゆる場所にその音は種のように蒔かれる。

食堂にも。ラブホテルにも。中小企業にも。エレベータにも。ツタヤにも。

マムシ 「私は見る。私は聞く。私は匂う。私は味わう。私は感じる」

私 「私はぼんやりと見ていた。テレビの中の無表情なアナウンサーは、犯人が心身喪失と

鑑定され不起訴になったと繰り返している。まさか、そんな。リモコンを手に次々とニュ

ースを、幾つもの殺人をザッピングしていく。《史上まれに見る残虐かつ無軌道な》犯人

は取り調べた警官に対してこう語ったという。「全て覚えている」。ザッピング。「ニュース

で見た全ての事件を。でも私には犯行の記憶がない。犯人は私じゃない」。ザッピング。

「彼女が、バクが。私は、止めようとした。止めたかった。でも」。獏?夢を食べるってい

う?ザッピング。やがてそのニュースはどのチャンネルからも忘れられる。誰もが忘れ

去る。イナバ、というその女の名前を忘れていく。私以外は。ザッピング。ザッピング。

ザッピング・・」

クマムシディスプレイで観ている。ヘッドフォンで聴いている。

マムシ 「私は見る。私は聞く。私は匂う。私は味わう。私は感じる」

トサカ 「止めて!この音を!私は眠りたいの!何も考えたくないの!」

先生 「それは悪い夢だと思えばいい」

トサカ 「なに言ってやがんのよ!わざわざ思わなくたって悪夢なのよ」

先生 「わざと、思うんです」

トサカ 「・・?」

先生 「大切なのは、今、ここにいるあなただ。そうでしょう?」

トサカ 「私。私の生活。私の・・」

先生 「そう。今、ここにいるあなたが現実なんだ。それ以外は想像かもしれない」

トサカ 「狂ってるって言いたいの!」

先生 「違う違う。今ここ以外は想像なんだって考えてみるんです。あなたの知ってるそのバク

は今ここにはいない。そして/」

トサカ 「でもいたの!」

先生 「昔ね。過去、というのは未来、と同じで僕たちの頭の中だけにあるただの情報だ。違

いますか?」

トサカ 「それはそうかもしれないけど」

先生 「そう、あなたの、持ち物だ。だからそれはあなたの好きにできる。棄てる事ができる」

トサカ 「どうやって?」

先生 「想像、なんですよ僕たち以外は僕たち自身の。想像しなおせばいい」

トサカ 「何を」

先生 「あなたの悪夢が、死んでいくのを」

バクが治療鞄から腕を伸ばし、あくびをする。

先生 「おはよう。いつものアレを取ってくれないかな」

バクは鞄から二つのキョウキを取り出し先生に渡す。

先生 「ありがとう。よくできたね」

生徒たち 「どうしたらいいの?」

先生 「答えは知っているはずだよ」

生徒たち 「答え」

先生 「僕が知っている事は全部君に書きこんだ。全部ね。君は僕だ。自分が信じたい答えだ

けが正解なんだ。だからあらゆる質問には意味がない。あるのはいつも答えだけだ」

マムシ 「私は見る。私は聞く。私は匂う。私は味わう。私は感じる。私は・・想像する」

何組もの男と女が同じ会話をどこか違う場所でしている。

男たちはそれぞれにキョウキを女たちにバトンのように手渡す。

先生はトサカとバクに。捕手はメーに。私は・・イナバに。

男たち 「自分で考えなさい」

女たちはキョウキを投げ捨てる。男たちは拾い上げ、同じ文句とともにまた手渡す。

ただそれだけが何度も繰り返され、ついにキョウキは振り上げられる。

トサカ 「ごめんなさいごめんなさい!でも、でもこれ想像だから!想像のアンタを想像で殴っ

てるんだから!これも想像の血だから!これ想像した悲鳴だから!え?やだ、想像力

を殺すために想像しちゃってる・・殺さなくちゃ殺さなくちゃ・・私は眠らなくちゃいけない

んだから・・想像しないように・・殺さなくちゃ・・」

キョウキでイナバを殴り続ける。

皮膚が破れ骨が突き出し臓器が自分に飛び散ろうともやめようとしない。

いや、やめられない。

想像上のイナバはそんな姿になってもまだ平然と笑い続けているからだ。

長く単調な作業が続き、ようやくキョウキが床に転がった。

トサカの足元には、巨大な肉の花が咲いている。

マムシ 「私は想像する」

肉の花の上を想像の地下鉄が走り抜ける。

想像のホームには想像の捕手が立っている。

捕手 「やりおった!とうとうやってまいおった!アホの子!あのアホの子とうとうホンマに飛

び込んでもうた!捕まえられへんかった!また捕まえられへんかった!」

マムシ 「私は想像する」

クマムシは幻視し、幻聴する。

天を仰ぎ慟哭する捕手

しかし、ホームの下からは奇跡的に助かってしまったメーが何事もなかったかのように

這い出てくる。

メー 「大丈レ」

呆れ、しかし喜ぶ捕手

捕手 「ア、ア、ア・・アホー!」

クマムシは思う。これは誰の想像なんだろう。

マムシ 「私は、想像、する」

バク、キョウキをキョウキではない使い方で、無邪気に遊んでいる。

先生 「何をしているんだ?分からないのか?教えただろう?どうして!・・分かった、特別に

ヒントをあげよう。・・ほらバク、お前の目の前にいるのは何だ?答えは誰だ?んもう

っ!じれったいんん!どうして殺してくれないのお?どうして分かってくれないのお?」

肉の花は逆回転するように閉じ、人の形に戻る。

私はぼんやりと見ている。

綺麗だな、とぼんやり見ている。

イナバ 「寝てんの?」

私 「・・あ」

イナバ 「立ったまま。カッター持ったまま。今誰か見たら捕まるよ、あなた」

私 「・・なあ」

イナバ 「ん?」

私 「僕を殺すのか」

イナバ 「なんで?」

私 「お前はだって、殺すんだろう、誰でも」

イナバ 「ええ」

私 「だから・・なんでって」

イナバ 「別に殺したくないもの」

私 「え」

イナバ 「別にどうでもいいもの」

私 「僕が」

イナバ 「うん」

私 「どうして」

イナバ 「どうしてって言われても・・関係ないし」

私 「関係」

イナバ 「ないじゃん」

私 「・・関係は・・ある」

イナバ 「え?」

私 「お前は・・悪い奴だ。・・人を殺すのは・・悪い事だ・・僕は・・」

イナバ、やれややれという顔で立ちあがると、聞き分けのない子供にするようなキスを

私の唇に残し、消える。

私 「あれ・・これ・・」

イナバはどこにもいない。

私 「・・忘れてる・・これ・・」 

残されたコートを抱きしめる、とガラス球のような無数の眼球が零れ落ちる。


コーヒーカップ、飛行搭、ロックンロール


イナバとバクの指先は思い出す。二人の始まりの物語を。

「ガンジスの水面がキラキラと光る。眩しさに目を細め、私は光っているのが水面でな

いと知る。流木にひっかかったムク犬の死骸。びっしりとわいた蛆の白く丸い背に夏の

日差しが照り返っている。犬の中を蛆が蠢くたびに光は方向を変え、うねる。川沿いの

家から垂れ流された洗剤で泡立つ水の上を、小さな子供靴の片方だけが流れていく」

アニメキャラクターが描かれた赤い靴が踊るように回転しながら流れていくその後

を、自転車の前カゴが追いかける。なぜかしら、と疑問は湧かない。コンクリで川底を

固められたこのドブ川はご近所共有のゴミ箱だ。誰かがふざけてガンジスと呼び、それ

が通り名となった。聖なる川に、ジュースの空き缶や読み終わった週刊誌が分別もせ

ずに次々と投げ込まれる。時には、通常のゴミ収集に出せないような物も。幾らかはそ

のまま沈んで地層となり、大半は踊りながら海へと向かう。多分。実際に辿ってみた事

はないけれど、多分このずっと先には海があるのだろう。多分、いつか全て海はこの町

のゴミたちで埋め立てられるのだろう。吸い終わった煙草を投げ捨て、窓から首をひっ

こめると背中にジュッと音が聞こえた」

「私は眠りたいの」

「うーん、無理」

「このDVD変なんですけど」

「俺はなキャッチャーやねん」

カウンセリングを始めましょう」

「・・捜しましたよイナバさん・・イナバミツさん」

指先が触れ合う刹那に、全ての時間と空間が同時にめまぐるしく再生される。

映像9 現実と想像の過去と未来

「外の日差しに慣れた目に部屋の中は暗すぎて、何も見えず何も聞こえない。音はなく、

匂いがある。むせかえるような血の匂い。五、四、三、二、一。ゆっくりといつもの休憩

室が目の前に現れる。壁に掛けられた「安全第一」の標語。テレビの上に置かれた空

っぽの花瓶。床には一、二、三、四、五。五つの死体が血だまりの中に転がっている。

トサカさん、メーちゃん、イナバ、ドクマムシ先輩、それから私。私は自分が高速撮影さ

れた朝顔みたいに膨れ上がり、萎んでいくのを見ている。自分の体が様々に色を変え

ていくのを見ている。はじめ白かった肌は次第に青紫に、そして再び白く光りだす。蛆

に腕を、顔を、胸を食い破られ、埋め立てられていく五つの死骸を、私はただ見ている」

「ぼんやりと窓の外に目を戻し、犬の姿を探す。いつのまにか、それは消えている。な

ぜかしら、と疑問は湧かない。代わりに私はこないだ見たバラエティー番組の事をぼん

やりと思い出す。番組で紹介されていた不思議な生き物の事を思う。テレビカメラに偶

然写ったスカイフィッシュというその生き物は時速300キロで空を飛ぶのだ、と司会者

は真面目な顔で説明していた。空を飛ぶ魚?そんな、まさかね。眩しすぎる日差しに目

を細め、声に出して私は笑う」

「ガンジスの水面がキラキラと光る。私はこないだ見たバラエティー番組の事をぼんや

りと思い出す。スカイフィッシュ。時速300キロで空を飛ぶ魚。実は、と司会者は言う。

実は、これ、残像なんですよね。残像?ゲストのタレントたちが間抜け面で聞きなおす。

テレビカメラの前を偶然横切った、蝿の 光学的残像。タレントたちは何だよそれ驚い

て損しちゃったよと笑う」

「工場の裏にはドブ川が流れている。ガンジスと渾名された、細くて浅い水路を、ゆっく

りとゴミたちが流れていく。誰かが棄てた空き缶や週刊誌煙草の吸殻、幾つもの動物

の死骸。突然、水面から白い光が沸き立つ。何千何万という蝿の群れだ。朝の日差し

を、何千何万の羽ばたきが跳ね返す。眩しさに思わず私は目を閉じた。まぶたの裏に

焼きついた光の残像が飛んでいる。あ、スカイフィッシュ、と私は、笑う。」

全てを棄てて、イナバだけが残った。


私はただ立っている


イナバ 「私は見ない。私は聞かない。私は匂わない。私は味わわない。私は感じない。私は想

像しない。過去も未来も想像しない。私はただ立っている。私はただ走っている。どこに

向かっているのかも知らないまま、私は走リ続けている」

声はやがて唄のように獣のように霧笛のようになっていく。

ただ一つの巨大な音になっていく。

イナバ、動かない。

冬枯れた木のように立ち続ける彼女を幾つもの月が影なく照らす。


アウトロ


男が歩いている。

月明かりだけの夜道を切り取られた影のように寂しく歩いている。

どこか遠くでこだまする狼の遠吠えのようにふと立ち止まり、首を振ってまた歩き出す。

2年前にはテレビニュースに頻繁に登場した男だと誰が覚えているだろうか。

だが私は知っている。彼の名前を。なぜここにいるのかを。

男は、私だからだ。

これは、私の・・

あれから何日、何週間が経ったのだろうか。何週間?何ヶ月?

・・まあどうでもいい事だ。

私は歩いている。見覚えのある、繰り返された景色の中を。

私は知っている。私はこれが、いつか見た瞼の裏の景色だと知っている。

眠りに落ちてすぐ、閉じた瞼の奥で眼球が転がり回って見た・・

でもこれは、誰の夢なのだろう?

大丈夫、彼女に会えば分かるだろうから。

きっと。多分。

「私たち」、都市に沈んでいく。

おしまい。

 

 

 

 WI'RE「CROSS2(⇔)」(サカイヒロト構成・演出・美術)を大阪港・中央突堤2号上屋倉庫内の<仮設劇場>WAで観劇した。<仮設劇場>WAは昨年行われた「小劇場のための<仮設劇場デザインコンペ」により大賞に受賞した作品を実際に製作したもので、これを大阪港の倉庫の中に設置して、今年の4月から6月の3ヵ月にわたって12団体が「大阪現代演劇際」として連続公演を行うのだが、このWI'REの公演が実質的に杮落としとなった。

CROSS2


どんな火がこの世界を焼き払うか

論争を続ける諸学派は

次の事について考えるだけの知恵がない

彼女のこの熱がその火ではあるまいか、と。


イントロ


闇の中、劇場は赤く脈打っていた。

「扉の向こうには、闇。ゆらゆらと青白く丸い光が浮かぶ。

幾つもの月が扉の向こうに昇っている。

幾何学の動きで巡る月の間を抜けて私は円形の劇場へと進む。

4本の巨大な柱が墓標のごとくに立つその中心に、一匹の獣が立ち尽くしている。

さまざまな毛皮が継ぎはぎされた異形の影の足元には、赤黒い肉の花。

静かに広がっていく血と、腐臭。

天を仰ぎ獣は慟哭する」

劇場の中央にうずくまっていた影が巨大な眼球を抱いて立ちあがる。

「私の周囲の景色がぐにゃりと歪み、流れ出し、回り始める。

火花をあげて疾駆する幾つもの風景、幾つもの記憶」

映像1 轟音とともに走馬灯が流れる。


速度=距離/時間


気がつけば私は冷たく堅いベンチシートに腰掛けている。

向かい側には女が一人。文庫本を読むともなく膝の上に広げている。

車輪の軋む音だけが満ちる車内に他に乗客はいない。

私 「ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・」

イナバ 「・・」

私  「1本の長さが25mなんですよ・・基本的にね。もちろん新幹線なんかの場合はもっと長

いんですが、ええ、基本的に。つまりですね、レールの繋ぎ目の音の間隔で今、この電

車がどれくらいのスピードで走っているのか計算できるというわけです」

イナバ 「・・」

私 「ほら・・ほとんど1秒毎にゴトッてなるでしょう。ということはですよ、秒速25mで走って

いるということです。時速に直すと・・ええと・・幾らになります?」

イナバ 「・・」

私 「ええ、90kmです。時速90km。結構出てるな・・本当はもう少し押さえないといけないは

ずなんですけどね、この区間はね。まあ分からないでもないですけど。こう単調な景色

ばかりじゃあねえ・・運転手も早く終点に着いて熱いコーヒーでも飲みたい、まあそんな

ところでしょう。どこまで行かれるんですか?」

イナバ 「・・私?」

私 「もちろん。え?今まで私が誰に喋ってると思ってたんです?」

イナバ 「さあ」

私 「この車両には私とあなたしかいないのに?え?え?独り言言ってたってわけです

か?さっきからずっと」

イナバ 「そうみたいですね」

私 「ガッカリだなあ。ガッカリですよ。せっかくこうやって会えたのに」

イナバ 「・・」

私 「捜しましたよ・・イナバさん。イナバミツさん」

カーブにさしかかり、大きく車体が揺れる。

イナバ 「・・」

私 「まあ今は違う名前なのかもしれないですけどね」

イナバ 「嫌いなの。古臭い名前でしょ」

私 「いやあ・・」

イナバ 「まだ決めてないから」

私 「名前?」

イナバ 「どこに行くのか」

私 「ああ」

イナバ 「どのホームで降りて、どの町に暮らすのか」

私 「捜しても見つからないはずだ」

イナバ 「この電車もたまたま来たのに乗っただけだから」

私 「奇跡ですね、こうやって追いつけたのは・・色んな人に会いましたよ。あなたの足跡を

追って。医者や、監察官や、お友達にも」

イナバ 「友達」

私 「ええ」

イナバ 「友達なんて、いないわ」

私 「じゃあきっと私の勘違いなんでしょうね。彼女たちもそう言ってましたよ。あなたなんか

友達じゃないって」

イナバ 「・・誰?」

私 「工場で働いてた時の」

イナバ 「ああ・・古い話。ずっと昔の・・もう何年も誰とも会ってない」

私 「それでも・・みんな忘れられないみたいでしたよ、あなたの事を」

イナバ 「元気だった?みんな」

私 「ええ・・多分」

イナバ 「なんかおかしな事言ったかな?」

私 「いえ」

イナバ 「今、笑ったわ」

私 「いや、やっぱり友達なんだなあと思って」

イナバ 「捕まえに来たの?私を」

私 「こんな格好した警官はいませんよ」

イナバ 「じゃあ」

私 「憶えてませんか?あなたに殺された女の子の、父親の顔」

私は立ち上がり、イナバに向かってゆっくりと歩き出す。

かすかに音楽が聞こえ、四方から人影が後ろ向きに近づいてくる。

イナバ 「吐く息に白く曇ったガラスの向こうで、景色は残像も残さず走り消えていく。暖房をけ

ちってるのか空席の多さのせいか、なんだか肌寒い気がして読んでいた文庫本を閉じ、

ダッフルのポケットに両手を突っ込む。どうせたいして面白くもなかったし。やっぱり雑

誌にすればよかったかな。次の駅の売店で買おう。それから熱いコーヒーも。通勤時間

だっていうのにこんなに空いてるのはもちろん、この線路の先に大きな町がないから、

だろう。売店もなかったら嫌だな。まあでも多分、自販機くらいはあるでしょ。あるかしら。

ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・レールの音は1秒より短く、だからきっとこの電車は90kmを超

えたスピードで走っている。ポケットの中の切符を指先でなぞる。この先には何がある

んだろう。この線路の先には。指は答えを見つけられず、その代わりに一つの名前を

探り当てる。棄てたはずなのに。投げ棄てたはずなのに、いつも気がつけばこうしてポ

ケットの中にある。私は知っている。それが私の名前だからだ。私の、本当の、名前だ

からだ。漠然のバク。砂漠のバク。索漠のバク。それが私の名前だ。私の指先は、ポケ

ットの中のナイフの刃を感じている」


都市風景スクランブル


転調する音楽車輪が火花をあげる。

映像2 風景が回り、記憶が回る。走馬灯のように。メリーゴーランドのように。

人々がぶつかり、離れ、全力で駆けぬけるありふれた都市の日常。


想像力を殺す

白衣の男が、大きな医療鞄を抱えて現れる。

無造作に床に投げ捨て、それを舐めまわすように見つめる。

その足元に伸びる人影に振りかえると女が立っていた。

トサカ 「見上げた天井の模様に人の顔が浮かぶ。目を閉じても想像はやまない。想像してし

まう。目を閉じた後の夜を。10年後の自分を。隣に寝ている彼が腐り消えてしまう事を。

何処かの町で母親に殺される子供の泣き声が、海の向こうで続く爆撃が聞こえる。私

は、今や海原のように膨らんでしまったベッドを漂いながら、願う。世界が今、ここだけ

でありますように。広がりもなく奥行きもない、X軸とY軸がただ交錯する今、ここ以外の

世界など消えてなくなってしまえばいい。だからそう、想像力を、殺してしまおう」

先生 「・・・・へえ」

トサカ 「眠れないんです」

先生 「はい」

トサカ 「怖くて」

先生 「あの、今日は休診日なんで・・ていうか勝手に診察室入っちゃってるし・・ていうか僕、

獣医ですから」

トサカ 「あ」

先生 「間違ってるでしょ、色々」

トサカ 「また間違った。いつも間違えるんです。初対面の時のキャラの作り方、他人との距離

のつめ方。ビショップビショップポーンポーン。なぜかしら、あなたが遠い」

先生 「帰ってください」

トサカ 「冗談よ」

先生 「・・明日の九時からやってますんで」

トサカ 「ネットでね、調べたの」

先生 「え」

トサカ 「凄いわよねえ。何でもすぐ調べられるんだもん」

先生 「・・・・・・・・またかよ」

トサカ 「また?」

先生 「・・あなたには関係ないでしょ」

トサカ 「そうかしら。同じ町に性犯罪者がいるだなんて。怖くて夜も眠れなくない?」

先生 「・・」

トサカ 「同じ町に性犯罪者が/」

先生 「やめて!そんな大きな声で」

トサカ 「ああ、聞こえてないのかと思って」

先生 「ちゃんと・・刑期も終えたんだ」

トサカ 「でもあれでしょ?どこに住んでるのかこんな簡単に検索できるってのはさ、警戒せよっ

て事でしょ」

先生 「もういい加減にしてくれよ」

トサカ 「襲うの?私も襲うの?」

先生 「襲わないって!」

トサカ 「意気地なし!」

先生 「い、いく・・」

トサカ 「二度ある事は三度あるって言うし」

先生 「二度ない!一度だけだし!ちょっと魔が差しただけだし!」

トサカ 「魔」

先生 「そう!あるだろ、そういうの誰だって」

トサカ 「・・そうね」

先生 「そうだよ・・そうなんだ・・」

トサカ 「魔はどこから差すのかしらね。そもそも魔って何?悪魔?魔法?」

先生 「・・なんですか魔法が差すって」

トサカ 「知らないわよ」

先生 「とにかく。お願いだからほっておいてもらえませんか」

トサカ 「なんかこんな事言ってますけど」

先生 「誰に言ってるんですか」

トサカ 「駄目だって」

先生 「・・なんで」

トサカ 「言ったでしょ。想像力が私に見えないものを見させ聞こえないものを聞かせるの」

先生 「それはアンタの勝手な想像だろが!」

トサカ 「想像だけじゃないわよ。ネットで読んだもの。信じらんない。なんであんな事ができる

のかしら。もしかしたら、その袋の中にはあの時と同じに下校途中の小学生が眠らされ

てたりして」

先生 「うわああーっ!」

トサカ 「襲うの?襲うのね?OK、我に叫ぶ用意あり。うわああーっ!注目―!世界の中心に

キチガイが二人いまーす!」

先生 「畜生、いつもこうだ。住所を変えても、表札を変えてもお前らみたいなのが邪魔しに来

るんだ。眠れない、だ?それはこっちの台詞だよ」

トサカ 「ほお」

先生 「反省?してるに決まってんだろ?あの子は僕が逮捕される時に何て言ったって書い

てあった?読んでもこれは書いてなかっただろ?何も言わなかったからさ。あの子はね、

ただ黙って僕を見てただけだ。警官の質問に黙ってうなづきながら、ただ見てたんだ、

あのガラスみたいな目を思い出すたび、僕は/」

トサカ 「合格!」

先生 「・・?」

トサカ 「やっぱりあなたしかいないわ」

先生 「何が」

トサカ 「だから、私を、眠らせてほしいの」

先生 「あのね、何度も言ってるけど僕は・・」

トサカ 「あなたにしかできないの」

先生 「・・」

突然、鞄がのたうち回る。

トサカ 「!」

先生は眼鏡と一体化した、触手のような胃カメラの先端をトサカの喉の奥に突き刺す。


ライ麦畑で捕まえさせて


渦巻く記憶の中からはじきだされた女を抱きしめる獣。のような風体の男。

電車がホームを通りすぎた残像のような風が吹く。

床に倒れこむ二人。

捕手 「アホか、何してんねん!」

メー 「・・あれ?」

捕手 「・・あれ?やないやろ、何考えてんねん」

メー 「・・どんな感じかなーって」

捕手 「どんなもこんなもあるかアホ!地下鉄飛び込んだら人間は何も感じません。アホか」

メー 「そうかなあ」

捕手 「そうや。アホか」

メー 「なんか呼吸するみたいにアホが出てくるね」

捕手 「俺が今、止めへんかったらアンタ死んどったんやで」

メー 「ええっ?」

捕手 「いや、ええって言われても」

メー 「ありがとうございました、じゃ」

捕手 「どういたしまして…ってちょっと待ちなさーい」

メー 「なんですか」

捕手 「大丈夫なんか」

メー 「そっちこそ大丈夫?ゼイゼイ言ってる」

捕手 「ほっといてくれ。これは元々や。喉が・・そんなんどうでもええねん。もう飛び込み自殺

したりせえへんやろな」

メー 「そんなー、する訳ないじゃないですかー」

捕手 「しかけてたやないか今」

メー 「だからどんな感じかなーって思っただけなんですよ」

捕手 「思うのも禁止や。うちの家でそんなんされたら夢見悪いからな」

メー 「家?」

捕手 「住んでんねん、ここに」

メー 「・・ああ」

捕手 「ああってなんや。あれやろ、ホームレスや思てるやろ?」

メー 「だってそうなんでしょ」

捕手 「ちゃうちゃう。俺の寝たとこがその日の俺の家」

メー 「・・ああ」

捕手 「だから、ああってなんやねん。ホームイズマイホーム。今イチやな。俺はな、キャッチャ

ーやねん。キャッチャーインザホームや」

メー 「・・ああ」

捕手 「今の『ああ』は分かってへん『ああ』やな」

メー 「ピンポン

捕手 「『とにかくね、僕にはね、広いライ麦畑やなんかあってさ、そこで小さな子供達が、み

んなでなんかのゲームをしてることが目に見えるんだよ。 何千っていう子供達がいる

んだ。そしてあたりには誰もいない ― 誰もって大人はだよ ― 僕のほかにはね。 で、

僕は危ない崖のふちに立ってるんだ』・・」

メー 「・・ああ」

捕手 「・・サリンジャー読んだことないんか」

メー 「誰?」

捕手サリンジャー小説家

メー 「漫画しか読まないから」

捕手 「・・ああ」

メー 「ガッカリの『ああ』」

捕手ピンポンや。手え出し。飴あげるわ」

メー 「ありがとう」

捕手 「出しおった。変わった子やな」

メー 「私、そんな若くないですよ」

捕手 「若い子はみんなそう言います。あれ、なんやアンタ、手・・」

メー 「?ああ、指」

捕手 「指。・・ないな」

メー 「ないですね」

捕手 「痛い痛い」

メー 「え、もう痛くないけどな」

捕手 「いやそうじゃなくて・・」

メー 「昔ね、ガッていっちゃったんですよ」

捕手 「ガッ?」

メー 「旋盤にね。あとプレス機にね。ふたたび旋盤にね。ガッガッガッ。合計3ガッです」

捕手 「アンタ女工なんか。若いのに大変やな・・」

メー 「そんなに若くも大変でもないです」

捕手 「その根拠のない明るさがまた泣けるわ。飴あげよ」

メー 「ありがとう」

捕手 「・・ほんまに変わってるわ。他の人間みんな、俺のこと臭い臭い言うて逃げんのに」

メー 「私、鼻が悪いから」

捕手 「真実いうのは常に残酷やねえ」

メー 「キャッチャーなんですか」

捕手 「ん?」

メー 「仕事」

捕手 「ああ・・。超有名な小説があってまあその駄洒落というかなんというか・・解説すると物

凄い恥ずかしいです。俺もなりたいなあ、そういうもんに、ちゅう、まあ・・」

捕手はぶつぶつと話し始め、あくびするメーの体はその毛皮の中に埋もれていく。


都市風景2 知覚の魚(久保ソロ1)


映像3 水の影、が辺りを包む。

三人の男がガラスの水槽の中にいる。

  画面の中、冷たい海溝の底を無数の目が耳が鼻が舌が指が泳いでいる。

知覚の魚が、無表情な男たちに絡みついていく。

「カイメンカラフカサ二百mマデヲヒョウソウ、フカサ二百mカラ千mヲチュウソウ、フカ

サ千mイジョウヲシンソウ、スナワチシンカイトイイマス。シンカイニハヒカリガトドカナイ

ノデ、ホトンドノサカナノメハタイカシテイマス。カノジョタチハ、ワズカナシンドウデオタガ

イノスガタヲカンジトリマス。メクラノサカナガクロイウミニシズンデイマス。メクラノサカナ

ガクロイウミヲオヨイデイマス。メクラノサカナガ・・」


レンタルされる日常


ヘッドマウントディスプレイヘッドフォンをつけた女が目の前のプレーヤーのボタン

カチャカチャと押している。

マムシ 「・・あれ?」

首をひねってDVDを取りだし、不審気に調べる。

ツタヤの店員が通りかかる。

マムシ 「すいません」

店員 「はい?」

マムシ 「あれ?どこ?見えない!何も見えない!」

店員 「いやいや、それ、つけてるから」

マムシ 「これ。このDVD変なんですけど」

店員 「はあ。いやでもお客さま、私に面白DVDオススメされましても」

マムシ 「なにニヤニヤしてるのよ。『このDVD変なんですけどー』と『このDVD変なんですけ

ど』じゃ全然違うでしょ」

店員 「え?え?」

マムシ 「トーンとか、表情とか」

店員 「『このDVD変なんですけどー』・・『このDVD変なんですけど』・・本当ですね」

マムシ 「どうなってるんですか?」

店員 「え?え?」

マムシ 「え?何が、え?」

店員 「すみません、ちょっと確認・・させていただきますので」

店員、去る。

クマムシため息をついて別の試視聴盤をセットし、スタートさせる。

映像4 ふたたび水の影、が辺りを包む。

マムシ 「『カンフーハッスル』・・あれ?」

ちょうど店員が近づいてくるのに気がついたので

店員 「え?え?」

マムシ 「まだ何も言ってないわ」

店員 「また、やられてましたか。書き換え」

マムシ 「なのにその内容を知ってるのね。・・能力ね」

店員 「能力です」

マムシ 「私も聞こえるんです。草や木の声が。もしかしてあなたも?」

店員 「聞こえます。すみませんでした、最近よくやられるんですよ。いっそ万引きしてくれた方

が店としては助かるんですけどねえ・・書き換えられるよりは、ええ」

マムシ 「ツタヤのDVDが書き換えできるなんて知らなかったわ」

店員 「出来ないですよ、もちろん。構造的に出来ません。でも不可能を可能にするのがでん

でんタウンじゃないですか。そういうソフトが売られてるらしいんですよ。わざわざなんで

そんな、ねえ?ホント頭にきますよ!・・胃にきますよ!・・膝にきますよ!」

マムシ 「どうして段々部位が下がっていくのかしら」

店員 「え?え?」

店員、ぶつぶつ言いながら去る。

マムシ 「・・もしかしたら・・聞き返してるんじゃないのかも・・もしかしたら・・ソナー?・・目の見え

ない蝙蝠が障害物をかわすために出す超音波のような・・フフ」

ディスプレイフォンをまたつけ、漂う男たちの映像を眺める。

マムシ 「これってどういうイタヅラなのかしら・・カンフーハッスル・・この人は自分で撮って自分

で自分を上書きしたのかしら・・カンフーハッスル・・ハッスルハッスル・・顔がばれたら捕

まらないのかしら・・ねえ、何のために?」

男たち 「いやあ、それはちょっと(秘密です)」

マムシ 「残念」

店員が顔を押さえながら駆け込んでくる。

店員 「た、助けて・・取れない・・」

マムシ 「え?え?」

店員 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」

マムシ 「なに言ってるんですか」

店員 「え?え?え?」

マムシ 「え?え?え?」

わらわらと顔を押さえながら駆け込んでくる別の客。

客 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」

三人 「え?え?え?」

ディスプレイヘッドフォンをつけた人々とつけていない人々までもがのたうち回り、装

着した(あるいはしてもいない)装置を顔から引き剥がそうとするがまるでエイリアンのフ

ェイスハガーのように肉と一体化しておりもはや抜け出す事はできない。

踊り狂っているようにも見える。


人形に話す事を教える


仮面の人々は一塊の気配となって暗がりに澱む。

先生 「・・まいったなあ・・なんで僕があんなののカウンセリングさせられる羽目に・・」

ぶつぶつ言いながら医療鞄を開ける。

先生 「わざわざ免許とり直したってのに・・」

鞄の中から、子供、の人形が出てきた。

先生 「なあ?そう思うだろ?バク」

いきなり入ってくるトサカ。

トサカ 「やっぱり誰かいるんじゃない?」

先生 「ふおおおおおーっ!」

慌てて、かなり強引に人形を鞄にしまう。

トサカ 「ふおおおおおーっ!」

先生 「ま、ま、まだまだだ、い、いたんだすか?」

トサカ 「まだまだいますよ」

先生 「いないで!明日。九時。話。聞きますから。帰って。ハウス!」

トサカ 「まだ帰ってもダーリンいないしー。面白いテレビもやってないし−。あなた暇なんだっ

たらいいじゃなーい」

先生 「だから暇じゃないんだって!ハイヨー!ハイヨー!」

トサカ 「私、犬だったかしら?馬だったかしら?」

先生 「もう結構!」

トサカ 「トサカだけにねー。それよりさっきバク・・とか/」

先生 「ドキッ」

トサカ 「・・言ってたよね」

先生 「言ってません!」

トサカ 「じゃあなんで口でドキッて言うのよ」

先生 「問題はそこです。・・考えてみて?あなた自分が本当に驚いた時、ドキッて口で言いま

すか?」

トサカ 「言わないわよ、当たり前じゃない。コントじゃないんだから」

先生 「そうですよね。そしてこれはコントじゃない。つまり僕は本当は驚いていなかった。つま

りつまり、バクなんて口にしなかった。ですよね?」

トサカ 「・・はい」

先生 「じゃあまた明日、九時に」

トサカ 「ありがとうございました先生」

先生 「気をつけて!忘れ物は?じゃあ!」

爽やかな笑顔でトサカが消えるのを確認する。

先生 「・・バカ。死ね」

気配 「お前が死ね!」

先生 「むふう!死ね!死ね!死ね!」

駆け戻って鞄からそっと舐めんばかりに人形を取り出す。

先生 「よし。今日教えてあげる言葉は『バカは死ね』にしようね」

先生は胃カメラを装着し、その先端で人形の肌に『バカは死ね』と何度も書く。

先生 「憶えた?・・ホントかなあ?先週のやつは忘れてないかな?その前は?『負け犬は死

ね』『靴のサイズが26.5の奴は死ね』『性犯罪者は死ね』・・さあ繰り返してごらん・・」

気配たちからこだまする声。

声 「死ね、死ね、死ね・・」

人形は先生の、そして気配たちの視線に操られるように踊り始める。


あなたは存在しない


人形の足元に眼球が転がり、気配たちの中からイナバと私が浮かび上がる。

私 「死ね。死ね。死ね。死ねよ、ほら」

私はイナバにカッターを差し出す。

私 「早く取ってくれよ。手が疲れるんだから」

イナバ 「自分のを持ってるから」

私 「自分の・・だ?」

私は怒りのあまり思わずカッターでイナバを切りつけかけるが、その衝動を押さえこ

む。

私 「・・それでトキコを殺したのか?」

イナバ 「トキコ・・タカギトキコのこと?

私 「あれだけ殺しても、殺した相手の名前を覚えてるのか」

イナバ 「覚えてるわ。全部覚えてる」

私 「・・なぜ殺した?」

イナバ 「なぜ教えなくちゃならないの?」

私 「なぜ?なぜだって?父親だからだよ!あの子を愛してたからだよ!分かるか一人きり

の娘を殺されたこの気持ちが?分からないんだろう?・・分かるまでこれで自分を刺せ。

刺しながらトキコに謝れ。謝りながら、痛みってやつを理解しながら死ね」

イナバはとても不思議そうな目で私を見ている。

私 「・・取れよ」

イナバ 「でもタカギトキコには父親はいないわ」

私 「じゃあここにいるのは誰なんだ?いいよ。自分でできないならやってやるよ」

イナバ 「あの子の父親は、娘の葬式を終えてすぐ自殺したもの」

私 「・・はあ?」

イナバ 「知らなかったの?」

私 「訳の分からんこと言って逃げれるとでも/」

イナバ 「なぜ私があなたから逃げなくちゃならないの?」

私 「質問をするな!僕に質問をするな!」

イナバ 「でも」

私 「うるさいんだよ!黙れ!」

そんなはずがない、テレビで見たのだから。テレビ

映像5 テレビが青く白く発光する。

気配たちはただぼんやりと何も映らない画面を見ている。

私 「蛍光灯が爆発した。新聞紙で床に散らばったガラス片を掃き寄せながら蛍光灯ってそ

もそも勝手に爆発するんだっけ?と考えていると頭が痺れてきたので速攻で思考を停

止する。よく分からないがきっと爆発するんだろう。実際したんだし。もしかしたら僕が

振り回したバットが当たったのかもしれないが、まあどうでもいい。どっちみち何か見た

いものがあるわけじゃないんでしょう、とアナウンサーが言った。のはもちろん嘘で、モ

ニターの中のアナウンサーは、どこかのドブ川で女の子の遺体が発見されたと、正確

な発音で繰り返しているのだった。画面下には親切にもテロップが出ているが、視力0.

1をはるかに下回る僕にはどうやら文字らしいとしか分からない。眼鏡を探しもせず、

青白い光だけを僕はぼんやりと見る。画面が切り替わると誰かがマイクを突きつけら

れていて、眠っていないのだろうか、赤い目でこちらを睨んでいる。何かを叫んでいる

が、よく聞き取れない。というよりも、そもそも言葉になっていないのだ。兎のように赤い

目から涙が流れ落ちる。どうやら被害者の父親らしい。可哀想に、しかし腹が減ったな、

たしかまだ買い置きのインスタント焼きそばが残っていたはずだと、ついた手の平に鋭

く痛みが走り、赤い血が床に落ちる。皮膚の中に潜り込んだガラスを取り出そうと悪戦

苦闘していて、僕はふいに思い出す。映っているのは、僕だ。ああ、そうか」

列車は大きく車体を傾けてカーブを曲がる。


回想

いつのまにか私を囲んでトサカ・メー・ドクマムシが立っている。

女たち 「知らないって言ってるでしょ?」

私 「どうして?」

女たち 「どうしてって・・どうして、どうしてなの?」

私 「友達、でしょ。だって」

女たち 「もう何年も会った事も電話した事もないもの」

私 「友達、だったでしょ」

女たち 「違うわ」

私 「・・」

女たち 「友達なんかじゃなかった」

私 「でも知りあいだった。とても良く知っていた」

女たち 「・・ええ」

私 「さあ、早く」

女たち 「いい加減にしてよ!何なのよもう!」

私 「だから・・彼女がどこにいるか、教えてほしいだけですってば」

女たち 「知らないの本当に。あの子が退院した事だって知らなかったんだから」

私 「信じられないですよね。人殺しが、ほんの何年かで戻っ・・ああ、すいません」

女たち 「いえ別に」

私 「まあ本当にすいませんって思ったわけじゃないんですけどね」

女たち 「・・あの子は・・病気だったのよ」

私 「今はもう治った?」

女たち 「だから退院できたんでしょ」

私 「まともな人間は保護観察中に黙って姿を消しますか」

女たち 「・・あなたはその、観察の人?」

私 「ええ、まあ」

女たち 「じゃあきっと、あなたの方がよく知ってるんじゃないの?私より」

私 「ええ、よく知ってます。とてもよく」

女たち 「可哀想な子なの」

私 「はい」

女たち 「・・」

私 「ええっと・・」

女たち 「嘘」

私 「え?」

女たち 「可哀想なわけないじゃない。覚えてないんだもの。自分がした事を。全部忘れて、奴

のせいにして」

私 「バク。何だそりゃって感じですよね」

女たち 「いると思う?心の中に、本当に」

私 「分かりません」

女たち 「そう、普通ね、信じられないわよね」

私 「じゃなくて。ただ単に分からないだけですよ。見た事がないものは、ただ単に」

女たち 「・・ええ」

私 「でもあなたは、見た事がある」

女たち 「・・」

私 「5年前、あの場所で」

女たち 「何の話?」

私 「トサカ、ヤギ、ドクマムシ、イナバ・・あなたたちが働いてた工場で、ですよ」

女たち 「・・あなた、何なの?」

私 「だから・・」

女たち 「あの子が話したはずはないわ。覚えてないんだから」

私 「その頃、何人もの人間が失踪したって」

女たち 「知らないわ」

私 「どうでもいいんだけどね。僕はバクに・・イナバさんに会いたいだけだから」

女たち 「知らないって何度も言ってるじゃない!」

私 「教えろよ」

女たち 「知らない!知らない!」

私 「・・」

女たち 「あなた一体、誰なの!」

私 「僕?僕は・・」

私の記憶はブツリとブラックアウトする。


都市風景3 私の身体はあなたの言葉


無数の死亡記事を読み上げる声、声、声。

月明かりの中に異形の影が浮かぶ。

立ち尽くすドクマムシ


回る世界


人形は眠っているのだろうか。

丸い大きな眼球に寄りかかって目を閉じている。

揺れている。

映像6 眼球に不自然な合成で出来たグロテスクなバクの顔が映る。

人形は顔の浮かぶ球と一つとなって寝返りをうち、自転していく。

トサカ、憑かれたように人形を見ている。

背後に、無表情な先生が鉄パイプを手に立ち、しばし様子を見、肩に手をおく。

トサカ 「!」

先生 「・・それ人形ですよ」

トサカ 「わ、分かってるわよ!なんであんなの真っ暗な部屋の真中に転がしとくのよ」

先生 「あんなのって失礼な。バクですよ」

トサカ 「え。今なんて」

先生 「バク。人形の名前。動物園とかにいるのじゃないほうからつけました」

トサカ 「じゃないほう?」

先生 「空想の動物のほうですよ。悪夢を食べてくれるっていう・・聞いた事ありませんか?」

トサカ 「悪夢を」

先生 「そう。ほんの子供の頃、両親が買ってくれたんですよ。この年になって恥ずかしいんで

すが、枕とこいつだけは近くにないと寝つきが悪いんです」

トサカ 「・・私のバクは悪夢を生み出すわ」

先生 「え?」

トサカ 「昔、いたの。そういう知り合いが」

先生 「ああ、バクって渾名の?」

トサカ 「あいつが殺したんだ。私のせいじゃない」

先生 「・・」

二人は黙ったまま、人形を見つめる。

先生 「あなたに何があったのか、そんなこと僕は知らないし・・知りたくもない」

トサカ 「・・」

先生 「ただひとつ言えるのは・・」

トサカ 「・・何」

先生 「何だと思います?」

トサカ 「え」

先生 「この中。何が入ってると思います?」

診察鞄を鉤に引っ掛ける。

トサカ 「・・え」

先生 「なんだかアレみたいですね、肉屋の、ねえ?」

鉄パイプで鞄を思いきり殴りつける。

トサカ 「ヒィッ!」

先生 「・・どうかしました?」

トサカ 「そ、それ・・」

先生 「これが?」

鞄を開ける。

先生 「何も入ってない。空っぽですよ」

トサカ 「・・」

先生 「何を想像したんですか?」

トサカ 「何って、別に何も・・」

先生 「知らなくていい事がある・・そう思いませんか?知らないほうがいい事が」

小さく歌いながら鞄と上着を掛けていく。

先生 「Amazing grace, how sweet the sound    

That saved a wretch like me      

I once was lost, but now am found

Was blind, but now I see・・」

鉄パイプで鞄を殴りつける。

トサカ 「何してんのよアンタ」

先生 「もしかしたら、この皮の下には、ヘルニアで入院中のポメラニアンが隠れているのかも

しれませんね」

鉄パイプで鞄を殴り続ける。

先生 「もしかしたら黄金の毛並のアビシニアンかも」

トサカ 「・・」

先生 「もしかしたら/」

トサカ 「もういいわよ!もうやめてよ!」

鉄パイプをトサカに手渡す先生。

トサカ 「?」

先生 「はい、どうぞ」

トサカ 「冗談」

先生 「あなたの番です」

トサカ 「なんで/」

先生 「カウンセリングを。カウンセリングを始めましょう」

トサカ 「え」

先生 「皮の中身は空っぽなんですよ」

トサカはこわごわと、次第に力をこめて殴り始める。鼻歌う先生。

トサカ 「何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何

も・・するもんか!想像するもんか!」

鞄の中からはしかし想像の血が零れ落ち、想像の悲鳴が漏れ聞こえる。

バクが目を覚まし、あくびする。

その手を取り、抱きしめる先生。

トサカは狂ったように、冷凍庫の肉隗のような鞄を殴り続ける。

先生 「何もかも想像なんですよ、あなたの」


喉の奥のトカゲ


捕手の長い長い話は続いていた。

白い煙が一筋、たちのぼる。

捕手 「アホ!煙草吸うな!消せ消せ。灰皿あるで、ほら」

メー 「なんで?」

捕手 「なんでて。ホームは禁煙や。放送でも言うてるやん」

メー 「んー。無理」

捕手 「無理ってなんや」

メー 「この子たちがお腹すかすから」

捕手 「どの子やねん」

メー 「私は別に吸いたくないんだけど、餌をあげなくちゃ。私のお腹の中にトカゲがいるの。

小指くらいの、緑の、まだらの、尻尾の切れたトカゲが喉をはいあがってくる。お腹をす

かして、何匹も何匹もはいあがってくる・・。グルルル、グルルル・・低くうめきながらは

いあがってくるの・・」

思わず、その首を両手で押さえてしまう捕手

捕手 「ご、ごめん。違うんや、これは・・」

答えず、目を閉じたメーの手足がだらんと脱力する。

捕手 「嘘やろ。しっかりせえ!おい!」

メー 「嘘だよ」

捕手 「ア、ア、ア・・アホー!」

メー 「死んだかと思った?」

捕手 「思うか!生きるとか死ぬとか簡単に言うなアホ」

メー 「アホとか簡単に言うなアホ」

捕手 「俺はな、生き死にを冗談にしたりする奴は許さん」

メー 「生きる。死ぬ」

捕手 「そういう奴はおしりペンペンや」

メー 「痴漢だ!」

捕手 「違うわ!違いますよー。違いますよー・・誤解されるやないか」

メー 「触ったじゃん」

捕手 「叩いたんや!命の重さを知らん奴には痛み、いうんを教えたらなあかんねん」

メー 「こんなに腫れてる」

捕手 「それは元からや。痛みや。痛みを知りなさい」

メー 「・・」

捕手 「聞いとんのか、こら」

お腹を押さえ、うずくまるメー。そのまま、動かない。

捕手 「・・どないしたんや・・おい、腹痛いんか!」

メー 「死ん