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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2003-09-30 ひさびさの平日休みだったが……

 ひさびさの平日休みだったが、前日明け方まで起きていたため、起きたのは夕方。

1日中寝ていたことで困ったことに。本当は忙しくて未納になっていた電話料金を払うために電話局に連絡しなければいけなかったのだが、またもや9時〜5時の営業時間内に連絡できず、自宅の電話を止められてしまった。困るのは電話が不通になると自宅パソコン内の原稿ネット経由で送ることができないことで、ただでさえ締切に遅れている原稿があるのに困ったことだ。振込用紙が自宅にないので今日、連絡するとしていつ復旧するのだろうか。

 dB通信から北村成美「シゲニカルゲート」のレビュー原稿執筆の依頼があり引き受ける。原稿執筆は全然かまわばいのだけれどひとつだけ引っ掛かっているのはCUT INN原稿と締め切り(10月15日)がかぶっていること。まだ、日にちがあるので前倒しで原稿を書けばそれですむことではあるのだけれど、なにやら悪い予感が(笑い)。

[] 演劇企画ユニットDONNA-DONNA「タバタバ/綿畑の孤独の中で」

 HEP HALLで演劇企画ユニットDONNA-DONNA「タバタバ/綿畑の孤独の中で」(7時半〜)を観劇。

 「ロベルト・ズッコ」の作者でもあるコルテスの戯曲佐藤信の演出、みやなおこ・ハラトモヒロ(「タバタバ」)、柄本明KONTA(「綿畑も孤独の中で」)のコンビで上演した連続2人芝居である。キャストがいずれも(ハラトモヒロという人はよく知らないのだけれど)実力派だけに期待したのだが、ちょっとよく分からなかったというのが正直なところであった。「綿畑も孤独の中で」は綿畑の真ん中で通りすがりの2人の男が出会うところから始まるが、その出会いはどこか寓話的であって、ある時には神と悪魔が対話する思想・宗教劇、あるいはある時には「ゴドーを待ちながら」「動物園物語」を思わせるような不条理劇を彷彿させるところもあるが、結局のところ会話の内容があまりに抽象的すぎて、2人の対立点を追いかけるが難しく、

この日は体調もいまいちだということもあって取り残され、舞台の主題がどうにも焦点を結びかねた。

 一方、「タバタバ」の方は話自体の設定は「綿畑も孤独の中で」と比べれば分かりやすく理解するのになんの問題もないのだけれど、演技(特に姉を演じたみやなおこの演技)は当然、演出の指示もあると思うのだけれど、あういうばた臭さを感じさせるものでいいのだろうかというのに疑問を感じたのである。明示はされていないがこれは犯罪が起こるまでの前日談として書かれていることが感じられ、もしそうであるなら暴力的な台詞、行為がところどころ小さく爆発するのはいいにしても、全体のトーンとしては普通に抑えた演技の方がよいのではないかと思われたからである。

2003-09-29 仕事に行っただけの日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 前日が遅かったこともあり、午後起きて仕事に出掛けるが、ほとんどそれだけでなにもできず。

2003-09-28 少年王者舘と北村成美

 少年王者舘「それいゆ」(2時〜、一心寺シアター倶楽)、北村成美「シゲニカルゲート」(7時〜、アートシアターdB)を観劇。

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少年王者舘「それいゆ」は5年ぶりの再演ではあるが、今回はモチーフにおいて共通点が多かった維新派「nocturne 月下の散歩者」に引き続いてというタイミングで見比べる結果になったことで、類似部分があると言われることが多い、松本雄吉、天野天街の間にシンクロニシティーと資質の違うゆえの対比を同時に感じることができて興味深かった。「それいゆ」「nocturne 月下の散歩者」はいずれも満州からの引き揚げ者が登場、主人公が融通無碍に時空を超えて行くという共通点がある。

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 北村成美「シゲニカルゲート」(7時〜、アートシアターdB)なにわのコリオグラファーしげやん、こと北村成美の魅力がいろんな形で味わえる好企画であった。全体は3部構成で第1部が昨年初演されて以来再演を重ねてきた「ラベンダー」、第2部は劇場から飛び出して、シアターdBがその中にある都市型「遊園地施設」フェスティバルゲートの中庭に誘導されての即興の要素が強いダンス、第3部はこれが初演となる新作「うたげうた」であった。

 「ラベンダー」は昨年にフランスへの短期留学から帰還してすぐにその時の体験などを元に作った舞台であるが、その後、再演を重ねたこともあり、初演の時の八方破れぶっちゃけダンスの印象からかなり洗練された舞台へと進化してきている。

第1部が終わるとバスの添乗員よろしく先導する案内人に連れられて、観客はぞろぞろと劇場を出て、回転木馬のある遊園地の敷地に入り、少しひらけた中庭のような場所に移動させられる。第2部はこの公演とは直接関係のない公開空間で行われた。激しいロック調の曲がかかり、第2部とはうって変わって派手なピンクの衣装を着た北村が1階上の渡り廊下のようなところに現れ、そこから身を乗り出すように踊りはじめる。それをあっけに取られて見ていると北村は走って、観客の中に降りてきて、観客のすぐ近くで自らの存在を誇示するように激しく踊りだす。この時にはいつの間にか通り掛かりの人もいったいなにが始まったのかと足をとめて北村の元気いっぱいの踊りに見入っていた。

 劇場に戻っての第3部「うたげうた」はそれまでのテーストとは一変して静謐な雰囲気の舞台。客席に乱入したり、舞台上でバタバタ暴れ回ったりしないという意味で静かなイメージなのだが、かといって、いきなり冒頭部分では薔薇の花を花弁の方から口にくわえて、それを口から入れたり出したりしてみせるなど普通のダンサーならまずやらない北村らしさは健在。作品の熟成度としては「ラベンダー」よりは劣るが今後、リトルアジアダンスプロジェクト、踊りに行くぜ!と練り上げていく機会にはこと欠かないので、そうした試行錯誤を通じてどのような作品に成長していくのかに注目していきたい。少なくとも素材としては十分な可能性を感じさせる作品だった。

2003-09-27 東京で観劇行脚

 イデビアン・クルー「理不尽ベル(3時〜、パークタワーホール)、日韓ダンスコンタクト(5時〜、青山円形劇場)、トリのマーク北京探偵(8時〜、ザ・スズナリ)を観劇。

[] イデビアン・クルー「理不尽ベル」@パークタワーホール

 イデビアン・クルー「理不尽ベル(3時〜、パークタワーホール)で観劇

 日韓ダンスコンタクト青山円形劇場で観劇。上演されたのは日韓次の4人(4組)の作品でいずれもソロ作品であった。

・「epilogue」振付・出演:Noh,Jin-hwan 廬振渙

・「ピノキオ?」振付・出演:Hong,Sun-mi 洪仙美

・「春の日々が過ぎ去る」振付・出演:Jang Eun-jung 張銀庭

・「SHOKU soloversion」振付・出演:黒田育世

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 北京探偵はトリのマークの公演としてはあまりにも薄味で以前からずっと懇意にして応援してきたし、面白いと思ってきた集団だけに最近の方向性についてちょっと危ぐを感じてしまった。これは「ギロンと探偵」の連作シリーズ作品の1作であり、本来これだけを取り上げてあげつらうのはフェアじゃないのかもしれないが、最近のトリのマークは公演数が多すぎて全部に付き合うのは物理的に無理だし、逆に毎回かならず来るような常連客が増えてしまったことで外から見ると閉じているという雰囲気を感じさせることも多くなっている。

 そしてなににもまして、作品の構造が2、3年前に比べると単調になっている。今回はシリーズもののせいもあるかもしれないが、こうした印象はこの作品だけではなくて最近の何作品かに共通して感じられることであり、やはり年間で14〜15回という公演回数はやはり異常だと思う。その準備の期間の少なさが本来この劇団の特徴であった観客に取って未知のイメージを公演という枠組みを通じて喚起されるというものだったのだが、俳優にあて書きされたようなキャラに頼るようなところが増えてきており、普通のファンはそれでも満足な人もいるのだろうが、私はトリのマークのそういうところが面白くて見ているわけじゃないし、戯曲だけを読んでも面白いであろうような戯曲内部の構造の面白さなどは薄れてきている気がして、物足りなくて仕方がないのである。

 もっとも、この舞台では元々、中国人の俳優北京から招いて出演してもらうために動いていたのが、うまく行かなかったという経緯あったみたいで、それが実現していたらもう少し印象は違っていたのかもしれない。だが、実際の公演からは少なくとも今回のスズナリの舞台に関してはパワーダウンを感じざるをえなかった。この集団にはなんとかその活動の範囲を広げて、もう少し広い枠組みで活動できるようになってほしいと考えているので、固定ファンが付くのは悪くないのだが、活動の枠組み自体はそういうところで左右されてほしくないのだけれど。こういうことを書くと嫌われるかもしれないけれど、一度、こういうことは書く必要があるかもしれないと思ったのである。

 「グーツムーツの博物館」http://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/review1-9.html

http://mcgi2.nifty.ne.jp/cgi-bin/thread.cgi?user_id=BXL02200&disp_no=3634&log_no=465&msg_per_page=50&def=10

 ここから始まるツリーも参考に。門さんとトリについて論争しています。 

門 2003/10/02 23:24 「ギロンと探偵」シリーズと本公演はやはり分けて考えるべきではないか。本公演は今年はかなりおもしろい作品が続いている。「ギロンと探偵の12ヶ月」は企画の性質上、年間通して見る観客をめがけて作るしかなく、そもそも企画としてどうか、という話になるのではないか。

P 2003/10/03 00:05 連作とはいえ、確かに今回の作品は面白さとして微妙に「?」だった。キャラクターの素性がわかってくるのはかえって興ざめでもあると感じたし。ただ今年のギロンシリーズは意図的にこういう方向性を試しているのではないかという気もします(そしてその方向性は他の劇団にまかせとけと私は思います)。憶測ばかりで申し訳ない。ついでに言えば

P 2003/10/03 00:06 (続き)嫌われるとかそういうものではないと思いますよ、中西さん。

うーのうーの 2003/10/03 02:34 今回の公演はツーショットの会話の組み合わせが少なかったのも世界観が広がらなかった理由の一つかも知れません。でもこの公演ひとつ取って批判材料にするのはどうかと。トリのみなさんにとって劇場公演は準備的にかなり負担がかかってるわけだし。

中西理中西理 2003/10/03 18:28 正直言って12カ月連続公演という企画が話としては面白くてもそれ以外の公演に対しての負担になっているんじゃないかと思ってしまったわけです。劇場公演で準備に負担がうんねんは公演自体がよくないならば批判はだめの理由にならないのではないでしょうか。

中西理中西理 2003/10/03 18:34 トリのマークでこの作品のみを取り出すのは難しいとはいえるが、あえて挙げるならば「グーツムーツの博物館」http://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/review1-9.html。あのレベルのものは最近ないのではないかと思う。

門 2003/10/05 03:12 ここでは議論しにくいので掲示板に続きを書きましたよ。

2003-09-26 会社で仕事 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 少し早めに起きて映画ロボコン」にでも行こうかと思っていたが、起きたら2時を回っており、すぐに着替えて会社に向かう。

らららら 2003/09/27 02:21 「ロボコン」おすすめします。地味で堅実な演出なのですが、そこが味になっていて。やっぱり古厩作品が描く青春の姿は愛おしいと思いました。

中西理中西理 2003/10/01 13:20 ららさんどうも。「ロボコン」は映画より以前からロボコン自体のファンなのでぜひ見に行きたいと思ってます。問題はなかなか時間がとれないことです。

2003-09-25 HEP HALLプロデュース「ケツバン」

 朝から仕事で出社。

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 HEP HALLプロデュース「ケツバン」(7時〜、HEP HALL)を観劇。

 メンバーが集まらず試合が出来ないために求人雑誌に時給で参加する野球選手を募集する草野球チームの話である。どう言えばいいのか。こういう種類のプロデュース公演としてはけっして出来が悪い方ではないし、見ている時には十分以上に楽しめもする。だが、こぐれ修(劇団★新感線)、中川浩三(元そとばこまち)ら出演者がいくら芸達者であってもそれだけじゃ耐えられない、なにかそれ以上のものが舞台からほしい自分がいるので困ってしまう。以前は演劇表現としての刺激が別になくても役者が魅力的であればそれだけでも楽しめたものだが、最近は妙にハードルが高くなっている気がする。いつからこういう風な体質になってしまったのか……。

 こぐれ修、中川浩三らのハイテンションの演技はHEP HALLの前身であるオレンジルームで劇団★新感線やそとばこまちがつか芝居を演じていた時代の雰囲気を彷彿とさせるところもあって懐かしく、今回のHEP HALLの第1回プロデュースがオレンジルーム時代からこの小屋を運営してきた福田昌治プロデューサーの退任前の最後の仕事だと考えると「らしさ」はやはりあって、一種の感慨の念が引き起こされてくるということはあるのだが、企画意図のあっていくぶんやむをえないところはあるとはいえ、芝居のテイストにすごく古めかしさを感じてしまったのも確かなのである。

 ロビーにこぐれ修あての「舞台復帰祝い」の「花束」が出ていて、その送り主が「劇団★新感線一同」だと思いきや「劇団★新感線一部」となっていて、しかも花束をよく眺めたら、パチンコ屋の新装開店によく並んでいる「あれ」だったので思わず笑ってしまった。あの劇団らしいシャレだが、いったいだれが贈ったのだろう(笑い)。

 「バーフィネガンズ・ウェイク」で現代アートにおけるコピーとオリジナルなどを主題に議論。白熱して気が付いたら明け方近くになってしまい、またもや原稿書きは全然できずじまい。

2003-09-24 「ダンスの未来」公開選考会

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 ダンスの未来」公開選考会(7時〜、京都府民ホールALTI)を見る。

 来年2月に京都府民ホールALTIで行われるダンス企画「ダンスの未来」の出演者を選ぶための公開選考会である。

参加したのは小川珠子・坂本公成(モノクロームサーカス)・セレノグラフィカ・浜口慶子舞踊研究所・花嵐・森本達郎(Satzkamer)の6団体(人)。この公開審査会はプレゼンテーションとはいっても必ずしもパフォーマンスを見せるという形式でなくてもいいらしく、そのため予定されるパフォーマンスの一部を見ることができたのはSatzkamer・セレノグラフィカ・浜口慶子舞踊研究所だけであった。

 それでも坂本公成(モノクロームサーカス)は自分たちの過去の作品のビデオとそのビデオの一部に合わせて今回のテーマである音楽家との共同製作で作品作りに参加する音楽家(THIS)の即興演奏が紹介された。これはバイオリンとピアノのデュオなのだが、即興でありながらジャズではなく、あえていえば現代音楽だがそれも調性のまったくないようなものではなく、聴いていてとても心地よく、モノクロームサーカスとの組み合わせでぜひ作品を見てみたいと思わされた。

 もっとも、今回の公開選考会では最初にプレゼンを行った小川珠子などは制限時間があることも了解しておらずだらだらとダンス音楽についての講義をはじめてしまい「おい、ちょっと待ってくれ」といった雰囲気。審査する方は専門家ばかりなはずなのにいまさら、ヒップホップダンス音楽に同期するが、我々のはそうじゃないなどと言われても、そんなことはいいから早くなにをやるのかしゃべってくれと思ってしまった。それと比べるとまだましだが、花嵐などは面白そうなのにひょーたんオーケストラの音がいっさい聞けないからアジア的な音楽がなんだのと能書きだけを聞かされても困ってしまうのだ。

 そういうわけで私がこのプレゼンだけで選ぶとしたら、坂本公成(モノクロームサーカス)と作品の一部を見せてくれてそれがそれなりに面白かった森本達郎(Satzkamer)の2組。次点としてプレゼンはうまくなかったけれど花嵐だろうか。

セレノグラフィカは実力のある人たちではあるが、今回のプレゼンを見てその続きが見たいという気には残念ながらならなかった。さて、どこが選ばれているだろうか。

 選考会終了後、坂本公成と会うのは随分ひさしぶりだったので、夕食とりがてら少し話を聴いた。来年は坂本氏は大忙しで、6月ぐらいには山口県の山口情報芸術センターでダムタイプの藤本隆行とダンス作品を共同製作。これは山口で上演した後、シドニー・ビエンナーレ(舞台芸術祭?)で上演される予定らしい。これにはダンサーとしてモノクロームサーカスのメンバーが参加する。この他、船橋、仙台でもWSを継続したうえで「大収穫祭」の上演など計画中らしい。この他にもアジア各国のアートプロデューサーとのミーティング(京都でやって来たクリエイターズ・ミーティングのアジア版と称していた。日本(坂本)、シンガポール、ソウル、香港、台北のフェスティバルディレクターが一堂に会するという企画。さらに再来年にはアメリカニューヨークでのダンスショーケース公演にも参加の予定もあり、準備中という。

     

2003-09-23 ガーディアンガーデン演劇フェス公開選考会

[] ガーディアンガーデン演劇フェス公開最終選考会

 ガーディアンガーデン演劇フェス公開最終選考会(2時〜、スフィアメックス)を見る。この日はH・アール・カオス春の祭典」の公演もあり、チケットも持っていたのだが、6時からの開演には間に合いそうになく、断腸の思いで観劇を断念した。個々のパフォーマンスについては後ほど詳しい感想を下北沢通信サイト(http://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/index.html)に書くことにしたいが、今年は昨年、ニブロールが参加したせいか10集団中、3つがダンス系。結局、出場3劇団は得票順にチェルフィッチュAPE、らくだ工務店に決まった。内容から見て新時代の会話劇というに相応しいチェルフィッチュの圧勝。私もこれがダントツと思ったが実際の審査でも満票で他を圧倒する支持を集めた。

 チェルフィッチュ、こどもとあそぶ、劇団MCR、APEジュース劇団かわいい子、初期型、激弾スペースノイド、PORT + PORTAIL、らくだ工務店の10劇団のうち私がもし選ぶならチェルフィッチュ、初期型、PORT + PORTAILの3集団。

2003-09-22 ヤノベケンジ展を見る

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国立国際美術館でついに「ヤノベケンジ近作展 MEGAROMANIA」を見る。ある人に現代美術のことについてどんなものが現代美術とみなされるのだとか、逆になにがみなされないのかなどと事細かに聞き出していたら、「そんなことを言ってないで見にいってください」と言われてしまった。「うーん」、それはその通りなのだけれど、私が興味をより持っているのは現代美術そのものよりも(もちろん、それにも興味はあるのだけれど)、現代美術がよって立つ基盤の前提なのである、つまり、現代美術のそれぞれの個物の作品がそのフィールドの内部の人に取ってどのように語られ、位置付けられているのかについて知りたいのである。

 ヤノベケンジの展示自体は平日の昼間に行ったこともありなんとなく閑散とした遊園地をひとり回っているようなわびしさのようなものがつきまとった。展示物の造形自体はけっこう馬鹿馬鹿しいヘタウマ系のもので、廃墟の未来というイメージからすると造形自体のインパクトがそれほど圧倒されるほど強く迫ってくるというわけでもない。この人もどちらかというとコンセプトが面白いタイプであるような気がする。アトムスーツ、アトムカーともにハイテクというよりはローテクの固まりのようなショボさで、もちろんこれは貶しているわけではなく、そのショボく情けない感じの例えば「アトムスーツ」を来たヤノベがチェルノブイリまでわざわざ出掛けていって、そこで写真を撮ったり、現地の人と交歓したりしている写真を見ていると、本人の意図をどこまで反映しているのかは不明だが、その情けなく、ショボい感じに思わず笑ってしまうのだ。 

2003-09-21 維新派「nocturne 月下の散歩者」楽日

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 維新派「nocturne 月下の散歩者」(1時〜、新国立劇場)の楽日を観劇。

 本来ならば感想を書かねばならないところではあるが、京都のフリーペーパー「PAN-PRESS」のレビューに書く予定なのでしばらく待ってほしい。(締め切りは9月28日)

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 PROJECT FUKUROW「KAFKA 架蜉架」(5時〜、鉄仙会能楽研修所)を観劇。

石川ふくろうがロボット製作、佐成哲也が振付・ダンス。どちらも以前に見た時にはあまり感心しなくて、今回はかなり時間が経過しているからよくなっていることを期待していったのだが……かなり厳しい。ムーブメントは依然単調だし、ロボットは(あれをロボットといえるとしてだが)せめて自立して歩行してほしい。

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 超歌劇団featuringロリータ男爵「ゲートボールショック・ネオ」(7時〜、タイニイアリス)を観劇。

 超歌劇団とロリータ男爵の合同公演にゴキブリコンビナートからセリトニン瘍子ら3人が客演した。合同公演とはいえ今回は超歌劇団のうるけん一郎太が作・演出を担当している(しかも、過去の上演した「ゲートボールショック」という舞台の再演ということで、当然のことながら超歌劇団色が強い。

 東京のフリーペーパー「CUT IN」から原稿依頼があり、そちらにレビュー執筆。

2003-09-20 立身出世劇場「港町マクベス」を観劇。

 起きたら1時ごろ。またも「ヤノベケンジ展」見られず。

[] 立身出世劇場港町マクベス

 立身出世劇場港町マクベス(2時〜、近鉄小劇場)を観劇。

 「港町マクベス」って表題に「マクベス」ったあるとどうしてもそれをどう料理したのかシビアな目で見てしまう。いろいろ、言いたいことはあるが、入れ子で劇中劇として「マクベス」が出てくるし、それぞれの登場人物にもそれを思わすところはあるけれど、シェイクスピアの「マクベス」が下敷きというにはあまりに原作と離れすぎであろう。翻案するのはかまわないが、もう少し原作の筋立てを尊重してほしかった。

 これは「マクベス」っていうよりもどうみても東映やくざ映画パスティッシュみたいな作り方であり、関秀人がそれを好きだというのは分かるのだけれど、いくら活劇でも在日の中国人、韓国・朝鮮人が日本人のやくざと抗争を繰り広げるって話を今やるのであるならば、東映映画が作られた当時と比べて最低限配慮しなければならないディティールのリアリティーはあるんじゃないかと思う。ひとつには横浜(のようなところ)を舞台にしているがどうもみても無理がある。なぜ大阪ないし、神戸の港湾地区じゃだめだったのか。そちらに設定していれば最小限、言葉のリアリティーは生まれて、こんなにステレオタイプ舞台にはならなかったのではないかと思うのだがどうだろうか。

[]「中ハシ克シゲ Zeroproject2000〜2003」

 児玉画廊「中ハシ克シゲ Zeroproject2000〜2003」を見に行く。「ゼロ プロジェクト」は、その土地にゆかりのあるゼロ戦を、プラモデルから撮った実物大の写真を張り合わせて制作し、燃やすというプロジェクトである、というような話は以前から聞いてはいたが、その実態に実際に触れるのは今回の写真展が初めて。

写真を張り合わせて制作したゼロ戦というのをもっと張子のように精密な立体造型のものをイメージしていたら、ただ、写真を貼り合わせたペラペラのしょぼーい感じのもので思わず笑ってしまった。しかし、皆でへろへろペラペラゼロ戦を担いで燃やす場所に持って運んで行っている人々の様子は実に楽しそうであり、なにか私も一緒に担いでみたくて羨ましくなってきた。

2003-09-19 寝て1日過ぎる このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 東京に3日間滞在したのでひさびさに会ったH氏と話がはずみ気が付いたら明け方に。そのため、仕事の時間(3時)ぎりぎりにしか起きられず早めに起きて行くつもりだった「ヤノベケンジ展」はこの日も断念した。明日がラストチャンスだろうか。

 

2003-09-18 大駱駝艦「2001年 壺中の旅」観劇

 朝から仕事。

 以前「阿修羅城の瞳」の開演前に流れる音楽について、メールで問い合わせを受けたのですが、私はこの辺りの音楽には弱くて。そういうわけで、ほかのサイトで問い合わせたりしてちょっと調べてみました。新感線の場合、芝居がはじまる前の冒頭の音楽はこのところいつも同じでイギリスのヘビメタのバンドJUDAS PRIEST(ジューダス・プリースト)アルバム「Defenders of the Faith」(邦題は「背徳の掟」という)から「Heavy Duty〜Defenders of the Faith」2曲のメドレー。

 それで今回の客入れ音楽についてはこれもネットで調べてはみたのですが分かりません。どうもレッドツェッペリンのなにかじゃないかと睨んではいるのだけれど。だれか分かる人いたら教えてください。

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 大駱駝艦「2001年 壺中の旅」(7時〜)をフェスティバルゲートのシアターdBで観劇。大駱駝艦の「壺中天舞踏公演in大阪」の第1団。「壺中天」というのは同集団がアトリエ公演として行ってきた小規模な公演で、ここでは振付・演出(振鋳・鋳態)を主宰の麿赤児以外が担当している。この「2001年 壺中の旅」は向雲太郎が振鋳・鋳態。自分自身を含め10人の男性ダンサーが参加している。

 正直言ってちょっとびっくりさせられた。これは舞踏公演そのものというよりは舞踏の要素を活用しながら、それを笑いに強引に持っていったコント的な公演にも見えたからだ。作品は7つの場からなるのだが、閻魔大王夫妻が出てきて、それぞれの男の股間からはみだしている一物(もちろん、ソーセージで擬そうはされてくる)を切り取って、天秤に乗せていく場面から、それで去勢されたという設定だろうか、全裸のままで性器は股間にはさんで見ないようにして集団で踊る群舞はこういう風に隠すやりかたは舞踏にもともとあるものではあるのだけれど、こういう風に集団でユニゾンで踊られると相当に馬鹿馬鹿しいものがあるのである。

 状況劇場にも参加していたし、麿が笑いが分からないということはないとは思うが、少なくとも最近の大駱駝艦の公演では哄笑的な色合いではなく、明らかに笑いを取りにいった場面はあまりなかったし、かつて若手公演として上演されていた若衆公演でもそういうことはなく、その当時の大駱駝艦の本公演の流れの中にあることを感じさせた。

 それに対し、「2001年 壺中の旅」は最近の麿の傾向とは明らかに一線を画した独自性を持つ舞台であった。舞台が明転するとそこにはドラマチックな音楽が流れ、紙吹雪が舞う。この舞台は幕切れにふさわしい劇的クライマックス場面からはじまるのだ。その意味でこれは通常の作品の作り方に対して距離を置いて、それを揶揄したり、引用したりするようなことをやっているわけで、どちらかというと求道的になりがちな舞踏のなかでは実にユニークな個性を見ることができた。

2003-09-17 朝から仕事

 朝から仕事。

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 「網状言論F改 ポストモダン・オタク・セクシュアリティ」(東浩紀編著)を読了。東浩紀村上隆がキュレーティングした美術展「スーパーフラット展」での英文の資料をすべて手掛けたという話を聞き、日本の現代美術に詳しいということはあまり聞いたことはないのに「なぜ、椹木野衣じゃなく東浩紀なのか」ということが気に掛かっていたのだった。もっとも、読んでみるとこの本は東浩紀の本ではなく「東浩紀が編集した本」であり、しかも、以前読んだことのある「動物化するポストモダン」の続編的な「おたく論」を主題にした本なのだった。しかし、「動物化〜」の時にも思ったのだが、東浩紀の持ち出すタームというのは「動物化」といい奇をてらいすぎてて分かりにくいのじゃないだろうか。念のために確認しておくけれど、内容がわかりにくいというわけじゃないよ。この本でも例えば「動物化」というのは「人間」と対比した概念で「機械化」といってもほど同じというようなことを言っているのだが、だったら普通は分かりやすいように「機械化」の方をつかわないだろうか。少なくとも私ならそうするが。

 観劇をあきらめて家に帰り、サッカー日本五輪代表VS韓国五輪代表の試合をテレビ観戦するが、1-2で敗北というスコアだけの問題でもなく、攻撃が形にならず守ってはセットプレーから失点という試合内容にがっかり。そのまま不貞寝をしてしまう。気が付いたら朝であった。

2003-09-16 「阿修羅城の瞳」観劇(2度目)

 朝一番の新幹線(6時発のぞみ)で帰阪。そのまま出社して夕方まで仕事。

[] 大阪松竹座阿修羅城の瞳

大阪松竹座阿修羅城の瞳(6時半〜)を観劇。2回目の観劇である。この芝居の持つメタシアター的構造については歌舞伎と南北についてはhttp://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/review3-1.htmlに書き、繰り返すのも面倒になっている。つかこうへいとの関係、闇のつばき=阿修羅の設定については光瀬龍萩尾望都の「百億の昼と千億の夜」がモデルになっているのではという話もhttp://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/new00-08.htmlの8月27日に出てくるが、そのことでいえば眼光鋭く阿修羅王を演じきった天海祐希は富田靖子よりは萩尾望都漫画に登場する阿修羅のイメージに近かったのではないかと思った。もっとも長い髪が風に揺れるというようなイメージカットからすると染五郎=出門のラストシーンの方がそちらに近かったりするのだけれど。もちろん、この人が座組みの中心であうことは明白なので前回はあえて触れなかったが、おっかなびっくりのところもあった前回公演と比べて、市川染五郎はその後、「アテルイ」にも参加してこれが3回目の新感線ということもあり、非常にうまく溶け込んでいるし、カッコいいところでは抜群にカッコいい。

[] 「アート:”芸術”が終わった後の”アート”」(松井みどり著)

 アート:”芸術”が終わった後の”アート”」(松井みどり著)読了

最近、現代美術に関する本を次から次へと読み飛ばしている。これはもちろん、最近、現代美術というジャンルがなんなのかについてすごく興味を持ち始めているからでもあるわけだが、もう一方ではちょうど演劇以外にダンスを見始めた時のように横断的に近接するジャンルのアートを見ていく時にそこで、例えばそれがダンスだとすると演劇とはなにかというのが逆照射されてくるようなところがあるのである。この本はアメリカ現代美術を中心に80年代以降の主なる現代美術の傾向を取り上げてきているが、松井が描きだすこの現代美術のなんでもありさを例えば日本現代美術ではなくて、日本演劇ないしコンテンポラリーダンスと比較すると面白いのじゃないかと思った。

 例えばこれはピエール・ユイグ(62年−)という映像作品の説明だが、なにかを思い起こさせないだろうか。

 エンターテインメントに対するパラサイト的映像作品のなかでも、01年ベネチア・ビエンナーレでグランプリをとった、ピエール・ユイグは凝ったやり方で映像作品をアプロプリエイトしています。「日蝕」という作品のなかで、ユイグはヴィム・ヴェンダースの77年のスリラーアメリカの友人」の舞台を主演俳優に再び歩かせ、その映像と原作と同時に上映しました。それにより、映像によって作られた場の記憶と比較的最近の同じ場所の「記録」の間に奇妙な混同とずれが生じます。それを示すことで、ユイグは映像に囲まれて生きているために、時空の感覚や記憶が、かつて見た映像との合成のなかで虚構的に形成されるという、私たちの体験の不確実性を暗示しているようです。

 後、マイクケリーの作品「ハイジ」を説明する次のような文章。

 さらに92年の「ハイジ」という作品、これはケリーポールマッカーシーのコラボレーションでマスクを使ったパフォーマンスと人形を使ったビデオを組み合わせていきます。「アルプスの少女ハイジ」を彼ら風に解釈し、幼児虐待に近親相姦、スカトロといじめが横行するおぞましいファミリー・ロマンスを、ケリーマッカーシーがお面をつけて演じている、見るからに馬鹿馬鹿しく、グロテスクな作品でした。

 これなんかは明らかにゴキブリコンビナート辺りを連想させるじゃないかと思う。このようなパフォーマンスがどのような文脈から生まれ、それが例えばゴキコンとどのように表現の前提となる問題意識を共有しているのかについてはもう

少し精査してみないといけないのだが、演劇ないしダンスとして独自性の高い作品は似たような前提に基づく創作活動をジャンルクロスオーバーした外部に持つことが多いのじゃないかということも感じたのである。

匿名希望匿名希望 2003/09/17 10:31 9/11に「阿修羅城〜」チケットの件でメールしましたが、もう譲る方は決まってしまったのでしょうか?

中西理中西理 2003/09/17 12:52 ごめんなさい。複数のメールが来たので最初のかたに先着でお譲りすることにしましたが、決まったと書くだけでなく、それぞれの人にメールで返事するべきでした。

匿名希望匿名希望 2003/09/18 09:01 すみません、書いてありましたね、読んでませんでした。

2003-09-15 維新派2度目の観劇

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維新派「nocturne」(1時〜)を新国立劇場で観劇した。

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終了後、隣りのオペラシティで美術展「ガール!ガール!ガール!」とNTTインターコミュニケーションセンターで「サウンディング・スペース」展を見る。

「ガール!ガール!ガール!」はAre You Meaning Company、粟野ユミト、イチハラヒロコ、澤田知子、タニシK、チコ・トコ・プロジェクト、藤原靖子、前沢知子、山崎美弥子の若手女性美術作家9人(組)が参加。全体にゆるーいショボさがあるし、これといって飛び抜けたものはないのが残念だが、最近の若い現代美術作家の傾向の一端がうかがえた。成熟した魅力というよりはどこか不安定な未成熟さ、かわいらしさが尊ばれるのはニブルール、珍しいキノコ舞踊団などのダンスと相通じるところがあるかもしれない。凄く面白いというのじゃないし、実際に目の前に出てこられると恐らく困ってしまうのだが、タニシKのスチュワーデス(フライトアテンダンス)の服装のまま町に出ていろんなところで給仕のサービスをするというパフォーマンスはインパクトがあり、これはどうしても濱谷由美子の「アテンションプリーズ」を連想させる。もともと現代美術的にコンセプチャルにキッチュであるところがCRUATACEAの魅力だったということを思い出した。

 桃唄309「貝殻を拾う子供」の打ち上げ(こまばアゴラ劇場)に参加。

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 『「爆心地」の芸術』(椹木野衣著)を読了。この本表題が損しているのじゃないか。こちらが内容を調べもしないで勝手に思い込んでいたのだから、こちらの責任ではあるのだけれど、なんとなく椹木野衣らしくはないなと思ってはいたのだが、全体が反戦芸術への論考なのかと勘違いしていた。だって、表題はともかく表紙が原爆ドームなんだから。実際には1999年から2001年にかけて椹木が各種の雑誌などに書いた文章をまとめた著作集といったもので、展覧会では「日本ゼロ年」から「スーパーフラット展」が中心。現在美術のある種の戦略をプロレスと格闘技に例えるなど内容はアカデミックというよりはかなり挑発的なもので、演劇ダンスでもそうだが、こういう遊びを遊べるかどうか、そしてそれに乗ってくる論客や表現者がいるかが東京関西(特に大阪)の違いなんじゃないかと思う。

2003-09-14 桃唄309とシベリア少女鉄道

 相変わらず東京滞在中である。

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 桃唄309「貝殻を拾う子供」シベリア少女鉄道「二十四の瞳」を観劇。どちらも今年のベストアクトに残ってもおかしくない出来栄えの作品であることは間違いない。しかし、舞台としては対極的。

 桃唄309「貝殻〜」はアインシュタイン、ゲーデル、ハイゼンベルグらをモデル科学者と原罪という非常に重い主題を正面から取り扱った好舞台であった。この集団の作品ゆえ、戯曲構成、演出ともに実験性はなくはないが、前衛劇というよりはよくも悪くも正統派の演劇として高水準のものであることは間違いない。再演ではある(初演のレビューはhttp://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/new-10.htmlの1999年3月16日の日記に)が、戯曲は初演時からかなり大幅に改稿され、初演時のレビューとして指摘した数学者(ゲーデル)の「ただ見つめつづける」数学者の立場というのがはっきりして、現実に干渉しうる物理学者ちの違いを露わに提示している。もっともハイゼンベルグの不確定性原理によれば「観察(見る)行為」は対象である物質を干渉することになるわけではあるけれど(笑い)。

 前回若手中心であった俳優も今回はキャリアのある俳優を起用していることもあり、舞台の完成度は数段上がった。

 一方、シベリア少女鉄道「二十四の瞳」はなんといったらいいのか(笑い)。ここまでくるとコンセプチャル演劇としての仕掛けの鮮やかさはもはや現代美術の域に達しているといってもいいかもしれない。アヴァンギャルドさでは今年随一の作品といえる。内容については公演後までしばらく言及をさけることにするが、どちらもぜひ関西でもやってほしい公演である。

2003-09-13 維新派「nocturne」を観劇

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 朝8時すぎの新幹線で上京。維新派「nocturne」(1時〜)を新国立劇場で観劇した。場面によって凄く印象的な場面がいくつもあったし、音楽的、演出的にも面白い試みが行われていて、さすがを思わせる出来栄えではあるが、物語の構造ラインは少し弱くて散漫なところも感じられた。たぶん、ここから何の前知識もなしに作者である松本氏が本来伝えたい物語の筋道を読み取るのは無理だ。特に最初の30分は水たまりを使って足のステップで音を出すヂャンヂャンならぬ「じゃぶじゃぶタップ」など印象に残る場面はあるが、登場人物の関係性やそれぞれの場面がなにを意味しているのかを読み取るには苦労を要し、ついに分からないところもあった。少年が老人に転生して和歌山に行って以降は事前に取材してだいたいのおおまかな物語の枠組みを聞いていたので理解できたが、東京の知人で維新派も初めてじゃなくて小劇場も多く見ている手だれの観劇者に聞いても満州に和歌山の後行ったことさえも伝わってなかったのでこれはそうとう分かりにくいのではないかと思う。

 えんぺの1行レビューには予習していくべきなどという書き込みがあり、それへの反撥の書き込みなどもネット上には出ているようだが、正直言って、虚心坦懐に見るのも、予習していくのも本人の勝手だが、会場に早めに行き、パンフを買って開演までに粗筋を読んだ方が気楽に楽しめます。維新派に意味を求めるなという人もいるようだが、少なくとも今回は「流星」などと違って筋はちゃんとあるのだし、台詞も単に聞き取りにくいというだけだなく、中国語なので聞き取れても絶対分からないものも多数含まれている。

 このためこれをどう評価するかは微妙なところで、ひとまず保留して、もう一度明後日公演を見てからこの日の印象が正当だったかどうかの判断を下すことにしたい。

 終演後、大阪から来た知人らと一緒に松本雄吉氏を交えて新宿に飲みにいく。以前、演劇情報誌jamciのライターでもあった東京在住の梶浦氏とひさびさに会って、演劇のこと、ミステリのことといろいろ話が出来たのが嬉しかった。話に夢中になって2人だけで話していた時間が長かったせいで一緒に同席していた他のメンバーには嫌がられたみたいだが……。

2003-09-12 朝から仕事

 朝から仕事のために出社。

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 仕事の後、旭区の大阪芸術創造館にて、いいむろなおきマイムソロ「オボロゲナキオク」(8時〜)を観劇。

 終演後、偶然、創造館で稽古をしていた遊気舎の魔神ハンターミツルギと会ってエジンバラ演劇祭行きで見られなかったトリオ天満宮Xがどうだったのかとか次回作の構想などいろいろな話を聞く。それも有益ではあったのだが、情報として面白かったのは元遊気舎のプリンスジャミーアリババの消息を聞いたことである。アリババはなんと河内音頭の師匠に入門して音頭とりになっているというのだ。たぶん、そのことが分かっても面白いのは極々一部の人に限られるし、ほとんどの人は「だからどうやねん」の世界であるとは思うが、アリババの持ちネタ(とはいえ故林広志のイベントの映像でしか見たことがない)ラップ漫談を一度でも見たことのある人は私の目が点の気持ちが分かってくれるであろう。アリババのことはだれも知らないかもしれないが、いまや日本の笑いの世界ではかなり有名な存在である故林広志と後藤ひろひとの2人が「こいつはある意味天才かもしれない」と評価しながら、ついに使いようがなかった(笑い)という希有な存在なわけです。

 イアン・ランキン「Strip Jack」を167呂泙覇瀕察柄管瑤279蓮法エジンバラを舞台にしたリーバス警部シリーズの第4長編。日本では第7長編の「Let It Bleed」以降は全部翻訳されているが、それ以前の長編には翻訳はなく、原書で読んでいるところで、未読のシリーズ長編は本書とこの次に書かれた「The Black Book」の2冊のみとなった。

 パリ日本文化会館のサイト(http://www.mcjp.asso.fr/cadrgen.html)にヤザキタケシの率いるアローダンスコミュニケーションの公演「Blue Time/Space X」の予定が紹介されていた。

Danse contemporaine

Takeshi Yazaki / Compagnie Arrow Dance Communication - "Blue Time", "Space X"

Du jeudi 27 au samedi 29 novembre à 20h30

Grande salle (niveau -3)

Tarif 12€ / Tarif réduit 9€ / Tarif membre MCJP 7€

Réservation ouverte à partir du 28 octobre au 01 44 37 95 95 du mardi au samedi de 12h30 à 18h30

Coorganisation Centre national de la danse, MCJP/Fondation du Japon

Photos © Seiichi Hattori, © Naoko Tamura

 この作品はパリ国立ダンスセンターとの共同製作で、センターとの共同製作は日本人の振付家では初のことだという。ヤザキは関西を代表するダンサー・振付家ではあるが、これまで関東での公演はバニョレ横浜プラットホームに1回、「踊りに行くぜ!!」でソロダンスを披露した程度。もう少し東京でも注目されていい存在だと思うのだが。サイトを読んでいたら、むしょうにパリに行きたくなってきてしまって、2泊3日ぐらいなら大丈夫かとスケジュールを調整しはじめる自分がいて恐かった(笑い)。かなり本気度は高い。7割程度だろうか。

2003-09-11 「阿修羅城の瞳」(9日)の感想に加筆 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 仕事は昼(3時)からだが、ぎりぎりまで寝ていたため今日もなにもできず。「阿修羅城の瞳」(9日)の感想に加筆する。下北沢通信サイトの日記風雑記帳を若干更新。

2003-09-10 ローザス映像の上映会 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 仕事の後、いつものバーに行き、ひさしぶりに柳井愛一氏と会い、明け方まで話し込む。大阪の野外劇の裏話などいろいろ興味深い話が聞けて面白かった。しかし、そのためこの日も下北沢通信サイト(http://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/index.html)の方の更新はできず。早くしないとやばいなあと思う。

 私は維新派「nocturne」観劇のためちょうどその時期東京にいってるため行けないのであるが、大阪のgrafでローザスの関連イベントがある。びわ湖のフェスティバルで顔を合わせた時に主催のカンバセーションのMさんから宣伝を頼まれたが、そのままになっていたので、ここで紹介することにする。「Drumming」は以前びわ湖ホールでも上演され、今回やはりびわ湖で上演される「レイン」と同じく、スティーブ・ライヒ音楽ダンスを振り付けた作品で、「レイン」を見ようと思ってる人は必見かな。個人的には「Mozart/Material(The Making of Mozart/Concert Arias)」が好き。

ローザス公演関連企画「Visions on Rosas」

上映プログラム:

ローザス映像作品上映会

9月14日(日)・15日(月/祝)

1日2回上映3:00pmの部/7:00pmの部

graf media gm (大阪市北区中之島4-1-17 瑛長ビル1F)

graf media gm 06-6459-2082 (プレス:工藤)

各回とも\1,000(トークの有無問わず)

※会場の都合上各回とも40名様までとさせていただきます。

graf media gm TEL:06-6459-2082 E-MAIL:gm@graf-d3.com

ギャラリーでの上映となりますので、会場の外音が聞こえることがありますので

あらかじめご了承下さいませ。

■14日(日)3:00pmの部

1. Fase - film version

2. Drumming

■14日(日)7:00pmの部

1. Fase - stage version

2. Mozart/Material(The Making of Mozart/Concert Arias)

3. アフタートーク

■15日(月)3:00pmの部

1. Fase - stage version

2. Mozart/Material(The Making of Mozart/Concert Arias)

■15日(月)7:00pmの部

1. Fase - film version

2. Drumming

3. アフタートーク

2003-09-09 お薦め芝居9月を掲載

 9月のお薦め芝居を執筆、えんぺに送付し、下北沢通信サイトに掲載した。下北沢通信サイトの表紙もクロムモリブデン「直接KISS」の舞台写真と差し替える。依然、日記風雑記帳のコーナーは更新できず。

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 劇団☆新感線+松竹「阿修羅城の瞳」(1時半〜、大阪松竹座)で観劇。「阿修羅城の瞳」という作品自体については前回公演の際に下北沢通信レビューで書いてあるのでhttp://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/review3-1.html今回はここではどちらかというと今回の公演ではということを中心に感想を書くことにした。2000年8月の再演に引き続き、今回は再々演。病葉出門を演じる市川染五郎ありきの企画ではあるが、今回は新感線初出演の天海祐希がよかった。天海が演じた闇のつばきという役は前回、富田靖子が演じたが、その時にこの役はなにか様式的な演技を経験した役者でないと難しい役と書いた記憶(8月23日の日記)がある(http://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/new00-08.html)が、今回の演技では天海は宝塚のトップを張ってきた経歴はダテじゃあないことを見事に見せてくれた。男役と女役では勝手が違うだろうし、本人の個性も当然あるとは思うが、森奈みはると今回の天海祐希を見たら、「清く、正しく、美しく」っていうそのキャッチフレーズとは正反対だけれど宝塚の人は意外と新感線に向いているのではないかと思った。歌もうたえるし、ダンスも踊れる。ちょっとした時に見せる流し目の妖しさなど宝塚のスターとしてしみついた本能のようなものじゃないかと想像されるが、それが普通の芝居ではわざとらしくなっても、新感線の世界でははまるのだ。天海祐希はNODA MAPなどにも何度も出ているのだが、今回の方がずっと生き生きしていたし、本人が本来持っている「普段意外と普通なのだが、スポットライトの下で演じるとスターの輝きを発する」という魅力を存分に発揮できていたからだ。

 天海に限らず適材適所という意味では今回のキャスティングはよかったんじゃないかと思う。ただ、染五郎の出演も今回で3回目。前回はいのうえ歌舞伎歌舞伎の御曹司が初出演、しかも歌舞伎の殿堂のひとつである新橋演舞場での公演ということもあって、花組芝居の加納幸和を鶴屋南北に起用して、劇中劇で染五郎と夢の競演をさせるなど遊びを重視しながら「いのうえ歌舞伎」の「歌舞伎回帰」を感じさせるところがあったが、今回はその印象は薄れた。大南北が役者あがりではなく、大道具の出身だったというのはかなり有名な話で、史実からすれば小市慢太郎の方が南北を演じるには適当だったかもしれないが、小市がだめということではなく、趣向として加納の芝居を存分に堪能したので、それがなくなったのは少し残念であった。

 ただ、その辺りの趣向が背景に退いた分だけ、出門とつばき、出門と邪空というこの物語の主軸となる関係の構図はソリッドに描き出されている。これは今回邪空を演じた伊原剛志がストレートに出門への愛憎を演じたということにもあるかもしれない。古田新太がこの役を演じた時のような色悪的な清濁併せのむような妖しい魅力は伊原にはないのだが、その分、出門、つばき、邪空の物語内での関係は符に落ちるものとなっていた。

 新感線組では橋本じゅんは前回公演の渡辺いっけいにも感じたが、あの役ではちょっとしどころがない感じ。一方、桜姫の高田聖子はよかった。やはり、こういうお転婆な娘役をやらせると抜群である。この役は前回、森奈みはるが演じた時も脳天気な姫役をうまく演じ、あたり役だと思わされたのだが、さすがホームグラウンド。インパクトにおいて高田に一日の長があったかもしれない。そういえば、高田聖子を新感線の舞台で見たのはずいぶんひさびさだという気がする。

 チケット依然売れません。再掲&値下げします。(メールがありチケット無事に買い手がつきました。どうも有り難うございます)

チケット販売希望 大阪松竹座「阿修羅城の瞳」 9月25日 1階8列 端の方

1万1000円のところを8000円 送料はこちらで負担

希望者はBXL02200@nifty.ne.jpまでメールしてほしい。

 

クロムのアオキですクロムのアオキです 2003/09/09 19:09 表紙写真 ありがとうございます 何かステキなシーンみたいですね(笑)

中西理中西理 2003/09/09 21:55 アオキさんどうも。写真掲載許可ありがとうございます。素敵なシーンでしたよ、これ。

2003-09-08 お薦め芝居9月の締め切りに遅れる このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

simokitazawa2003-09-08

 本当は昨日がお薦め芝居9月の締め切りだったのだが……書くことができなかった。明け方まで行きつけのバーで知人と話し込んでいたこともあり、家に帰って起きたらすでに夕方5時近く、飛び起きてすぐに会社に向かわなくてはいけない時間であった。そういうわけで今日もサイトの更新は全然できず。下北沢通信サイト(http://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/index.html)の表紙の写真(飛ぶ劇場「ミモココロモ」より)は気に入ってる写真ではあるけれどさすがに掲載してから時間がたったので別の写真にさしかえようと思っていたのだが、なかなか差し替える時間がない。

 原稿を寄稿していた「悲劇喜劇」2003年10月号が郵送されてきた。ということはもう店頭に並んでいるということだと思うので興味のある人はぜひ購入して読んでみてほしい。この号の特集は「現代演劇への挑戦」で、これはこれまで執筆してきた分析的レビュータイプの文章とは違って、最近の和製ミュージカルの流れをちょっと解説してみたというものなので、書いておいてこんなことを言うのはなんなのだけれど自分的には「どうかな」って感じなのだが、

特集の中の論考では松尾スズキの「業音」を論じた一ノ瀬和夫氏の[「同性同名演劇」としての『業音』]が面白かった。

2003-09-07 そとばこまちを見る

[] そとばこまち「猿飛佐助」

 近鉄小劇場そとばこまち「猿飛佐助」を見た。安田光堂脚本による辰巳琢郎座長時代の代表作を現座長の小原延之が演出し上演した。1時開演だが相当に遅れてしまい普通だったら諦めるところなのだが、無理を言って途中入場させてもらった。新生そとばこまちがこの芝居をどのように上演しているのかが、どうしても見たかったからだ。この舞台は見たことはないが、この当時のそとばこまちは見たことがあって、今回の舞台に思わず笑ってしまった。似ている。新人っぽい女の子たちによるどう見てもうまいとは思えぬ群舞であるとか(笑い)、これは脚本どおりなのだろうが、なんともいえないゆるーい笑いとか……。

[] 「ink」

 終演後、すぐに今度はフェスティバルゲートアートシアターdBに駆け付けてオーストラリア演出家Kate Denboroughと関西アーティスト(北村成美、稲田誠、高橋匡太)との共同製作作品「ink」(4時〜)を見る。パフォーマーの手足にはTATOO(いれずみ)のような文様が書き込まれていてどうやら作品自体もそれが主題となってはいるようなのだが、それによって表現しようという内容の方向性がピンとこない。せっかく、北村成美が出演していたのだが、彼女のような個性のダンサーが出演するにしては作品の方向性は明らかにミスマッチで生きていない印象。参加しているアーティストのレベルは高いのでそれなりのことは見せてはくれているのだが、どうしたってこの作品の中心はDirectionを担当してるKate Denboroughでしかないし、私は残念ながら日本人なので彼女の作品に対するアプローチ、特にTATOOに関する関心(これがアボリジニに関係するものなのか、彼女のなかにある日本のイメージから喚起されたものなのかは不明だが)を共有することはまったく出来なかった。

 ただ、この作品ではじめて見たのだが、アーティストとしての稲田誠、高橋匡太には面白く思われるところがあって、一度彼らが自分自身のイニシアティブで企画した作品において見てみたいと思った。

 この手の国際共同製作は今後増えてくるだろうが、よほどきちんと準備しないと本当の意味での成果をえるのは難しい。この作品においても日本人参加者の一部はフラストレーションを抱えたようで、作品のコンセプトについて事前にどれだけのすりあわせがあったのかどうか。作り手であるKate Denboroughがある程度満足を覚えたとしてもそれは基本的には現代日本芸術に対する誤解からでしかないのじゃないかと勘ぐってしまう。つまり、なにも根がないところに東洋的な美を見てしまう類である。

観客の方もこういう作品はいい加減「だめなものはだめだ」とはっきり言うべき時期に来ていると思う。

高橋匡太です高橋匡太です 2003/09/14 02:39 とても的確かつ熱心なレビューありがとうございます。多いにバトルしてしまった出演アーティストの高橋です。最終的にケイトのディレクションの元、公演するにあたって『コレデイイノダ』と集中して本番に望んだ自分と、『コレデええんか?』とゆう表現者としての自分がいます。なぜなら昨年ヨーロッパ各地でいろんなパフォーマーとコラボレーションする中で常に『これでええんか?』と感じてたから。それにTATOOとゆうテーマにもすごく興味があったので、、、。

中西理中西理 2003/09/15 01:43 高橋匡太はじめまして。現代美術、映像の方は素人同然ですが、最近ダンス、演劇との関係で非常に興味は持っています。この種の共同作業は相性をあるけど時間も必要なんだろうとあらためて思いました。ただ、人間一生こいつとつきあってもいいというような相手との出会いなんかはそう簡単にあるものじゃないですよね。高橋さんの作品もぜひ見てみたいので今後も宜しくお願いします。書き込みありがとうございます。

中西理中西理 2003/09/15 01:44 タイプミスで高橋匡太さんから「さん」が抜け落ちてしまいました。もうしわけありません。

2003-09-06 バレエと伊藤キム

 昼ごろ飛び起きてフェスティバルホールで牧阿佐美バレエ団「デューク・エリントン・バレエ(1時〜、フェスティバルホール)を観劇。

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 兵庫県美術館に行き、「クリムト展」を駆け足で見た後、伊藤キム+輝く未来「階段主義」を見る。

 エジンバラ観劇日記8月16日分(http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20030816)を加筆。

 残暑が続く。京極夏彦陰摩羅鬼の瑕」をもう一度、読み返してみるが、冒頭の関口巽と伯爵の哲学めいた会話から、伯爵の1人称描写による関口巽との出会いの印象、関口巽による榎木津の紹介……。さりげない描写のなかに大胆に真相を忍ばせる超絶技巧に感嘆させられた。冒頭の話なんてだれが読んでもハイデッガーの学説の焼き直しかとしか思わないよなあ。

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牧阿佐美バレヱ団「デューク・エリントン・バレエ(改訂版)」

 @大阪フェスティバルホール

 演出・振付:ローラン・プティ 音楽:デューク・エリントン

 芸術監督:三谷恭三 装置:ジャン=ミッシェル・ヴィルモット

 照明:マルク・アンロシュト、ジャン=ミッシェル・デジレ

 衣裳:森英恵、ゼニア スポーツ[ゼニア ジャパン株式会社]、

 アルビエロ・マルティニ

 公式HP http://www2a.biglobe.ne.jp/~ballet/index_m.html

 出演:

 ルイジ・ボニーノ、ホセ・アルダイール・アコスタ・ロドリゲス、ファビオ・ライムンド・デ・アルメイダ・アラガオ、クリス・ジョブソン、アルタン・フヤグ・ドゥガラー、

 草刈民代、上野水香、塚田渉、菊地研、

 金澤千稲、坂西麻美、平塚由紀子、佐藤朱実、橋本尚美、吉岡まな美、小橋美矢子、笠井裕子、坂梨仁美、青山季可、飯野若葉、橘るみ、山井絵里奈、柄本奈美、加藤裕美、山中真紀子

 相羽源氏、逸見智彦、保坂アントン慶、京當雄一郎、徳永太一、今勇也、中村一哉、和泉澤信行、秋山聡、伊藤隆仁、京當侑一籠、武藤顕三、阿南誠、中島哲也、高橋章、芝崎健太

1. The Opener ドゥガラー この人はキレイに動くし、非常にいいダンサーではあるのだけれど、オープニングの役をつとめるこの演目では少しショーマンシップに欠いていたといえるかもしれない。いきなり始まることもあるが、なんとなく観客席にはとまどいの色が残ったままはじまってしまったの印象。

2. In a Sentimental Mood/Mr.Gentle and Mr.Cool  男性、女性コールド、菊池研

3. Come Sunday  ホセ、ファビオ、クリス

4. Solitude  上野、男性コールド

5. Don't Get Around Much Anymore  平塚由起子、相羽源氏

6. Happy Go Lucky Local  ルイジ、塚田

7. Hi−Fi Fo Fums  ドゥガラー、男性コールド

8. Mood Indigo /Dancers in Love  ドゥガラー

9.Sophisticated Lady:Chelsea Bridge/Satin Doll  草刈、ファビオ、塚田、菊地 草刈民代は彼女を一般にも有名にした映画「Shall we dance?」からも分かる通りに容姿に恵まれたダンサーなのだが、これまで見た限りではどうもその魅力が舞台上では出てこない嫌いがあった。だが、この演目はよかった。ひょっとしたら、舞台での草刈を掛け値なしにいいなと思えた初めての演目だったかもしれない。

こういうコケティッシュで女王さま的魅力が無理せずに体現できるパフォーマーは日本では貴重だろう。

10.The Telecasters  菊池

11.It don't mean a thing(If ain't got that swing)

   ドゥガラー、ホセ、ファビオ、クリス、男性コールド

12.Caravan   ホセ、ファビオ、クリス、男性コールド

13.Cotton Tail 上野,ルイジ

14.Ad Lib on Nippon  草刈、男性コールド

15.Kinda Dukish Rockin'in Rhythm  ホセ、ファビオ、クリス

16.Take the"A"Train 全員

2003-09-05 京極夏彦「陰摩羅鬼の瑕」を読了

 夕方から仕事のため昼に劇団四季「夢から醒めた夢」を当日券で挑戦してみようかなと考えていたら、会社から電話。仕事上で犯したミスで早めに出社せねばならず諦める。

[] 京極夏彦陰摩羅鬼の瑕

  京極夏彦陰摩羅鬼の瑕読了。こういう風に来たか、いかにも京極堂シリーズらしいラストの切れ味。途中でハイデッガーを援用して、一瞬、笠井潔本格ミステリ論(例の大量死が本格ミステリを生んだというやつ)の尻馬に乗るかのようにみせかけておいて、最後にそれを逆手に取った論理は見事のひと言。普通の推理小説だと思ってミステリをトリックとかそういう即物的な側面からしかみない人はこういうのはだめじゃないかと思うけれど、私はこういう論理のつなわたりは面白かった。

2003-09-04 京極夏彦を読む このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 明け方に眠り、夕方起きて会社に行き、深夜(2時すぎ)まで仕事。下北沢通信(http://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/index.html)の表紙へのアクセスが急速に減少したまま戻らないのだけれど、これは単純に季節要因だろうか。それともこちらに書き込みが増えて、日記風雑記帳の更新が滞っているせいだろうか。

 京極夏彦陰摩羅鬼の瑕」を読む。749話588呂泙念貳佞念豕い貌瀕察5極堂シリーズ待望の新作。今回はハイデッガーと儒教(儒学)についての小説でもあり本文中で登場人物の京極堂(中禅寺秋彦)が展開する近世日本儒教論(林羅山論)などそれだけを取り出してもなかなかに面白い。ただ、ミステリ小説としてはなんだか今後の展開が予想できてしまう予感もしている。どう考えても全体を束ねる状況にこれ以上発展しそうな余地がないような気がするからだ。願うべきはこの予想が嬉しい方にはずれるような予想外の展開になってほしいのだが、どうだろうか。

2003-09-03 チケットは依然反応なし このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 チケットは依然反応なし。もう一度再掲する。

 チケット販売希望 大阪松竹座「阿修羅城の瞳」 9月25日 1階8列 端の方

 1万1000円のところを1万円 送料はこちらで負担

 希望者はBXL02200@nifty.ne.jpまでメールしてほしい。

2003-09-02 9月の仕事の予定が分かる このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 9月の仕事の予定が分かる。希望を出していた維新派観劇は3日間(13日1時〜、15日1時〜、21日1時〜)ともにOKで一安心といったところだが、せっかく確保していた「阿修羅城の瞳」(9月25日、1時半〜)のチケットが仕事時間の関係で行けないことが分かりがっくりである。昼の回なので働いている人には厳しいものがあるかもしれないが、だれか引き取り手はいないだろうか。

 チケット販売希望 大阪松竹座「阿修羅城の瞳」 9月25日 1階8列 端の方

 1万1000円のところを1万円 送料はこちらで負担

 希望者はBXL02200@nifty.ne.jpまでメールしてほしい。

 イアン・ランキン(Ian Rankin)「Strip Jack」を112呂泙覇瀕察柄管瑤279蓮法J森圓靴堂榛かの本を読んでいることもあってなかなか進まないが、次第に佳境に入り面白くなりかけてきた。

2003-09-01 ひさびさの休日

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 今日はひさびさの休日。昨今の睡眠不足から回復するために4時半まで睡眠を取った後、伊丹のアイホールに黄金企画×クロムモリブデン「ソドムの中」を観劇。クロムモリブデンは現在の私の関西イチ押し劇団ではあるのだけれど、今回は青木秀樹作演出ではなくて、青木の旧作を劇団員で役者である夏が演出した特別な企画で、これも青木=クロムモリブデンの世界には違いないが、私が買っている最近のクロムモリブデンの作品傾向とは一線を画すところがある。芝居のなかで提示されるイメージそのものには面白いところもあるのだが、作品世界全体の構造がもうひとつ明確に浮かび上がってこない嫌いがあって世界同士の論理的なつながりのある様が分かりにくいのである。

 「ソドムの中」では陪審員がいて殺人事件についての裁判を行っている世界がまず描かれるのだがこれはどんな世界であるのか。陪審員は密室に閉じこめられているようだが、これは本当に裁判なのか。この世界の外に殺人事件が実際に起こった外部の世界はあるのか。この物語の構想としては明確にこの場面同士の関係が提示されたうえで、その関係を一意に決定できないようなほころびを構造のなかに持ち込んでいるように思われるのに今回の上演は論理自体をどうでもいいと思っているのではないかというところがあって、それは違うんじゃないかと思ってしまった。

 それとこれはこちらにも責任はあるのだけれど、会場に着くのが開演ぎりぎりになったせいで入り口近くの客席に座ることになったのだが、この位置からだと役者が背中を向けての演技となることが多く、さらに照明が全体に暗いので登場人物の個別認識がしにくくて、それで疲れてしまったところもあった。ただ、それだけじゃなくて「直接KISS」などと比べるとそれぞれの俳優の突出したキャラクターというのがどうも伝わってきていないと感じた。