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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2004-03-02 「美しい夏キリシマ」

[] 「美しい夏キリシマ」

 映画「美しい夏キリシマ」(黒木和雄監督http://www.pan-dora.co.jp/kirishima/(シネヌーヴォ)を鑑賞。

 劇作家松田正隆が初めて映画脚本を書いたという話を聞いて、どんな映画なのかが気になって見にいった。黒田和雄監督との共同脚本ではあるし、この物語自体は黒田が若いころに経験したことがもとになっているようなのだが、

映画を見る限り、これはきわめて良質な松田正隆ワールドであった。映画であるから、松田舞台のように一場固定というわけではないが、映画のなかで何度も繰り返されるちゃぶ台をかこんで家族が食事を取る場面は「戦時のなかの日常」を淡々と描き出すこの映画においてきわめて象徴的な場面であり、松田長崎三部作「紙屋悦子の青春」を彷彿とさせるようなところもあって、黒木がなにを期待して松田脚本を依頼したのが納得できる印象的な場面であった。

 この作品は長崎ではなくあくまで宮崎霧島物語ではあるのだけれど、主人公である少年が勤労動員先の空襲でなくなった友人から借りていた聖書宗教画を繰り返し眺めているというキリスト教にかかわる贖罪の問題など、松田がこれまで演劇で取り組んできた主題と通低するような要素もそこここに散見され、映画であるからにはこれはあくまで監督である黒木の作品には違いないが、私の目にはほとんど松田の作品といってもいいのではないかとさえ思われ、映画に初めて参加した現場としてはいい組み合わせだったのではないかと思った。

 一方では冒頭近く、キリシマの山に囲まれた田んぼの上を米軍グラマンが編隊を組んで飛んでいく場面は映画でしか表現できない。最初は実はなにだか分からないのだが、太平洋戦争末期という時代が簡単には想像できないだけに静かで美しい場面であるだけにある意味ショッキングで、脳裏に焼きついた。

 松田正隆は本業の劇作としては長崎三部作のような日常のディティールから立ち上げていくような作品を最近はあまり書かなくなっていて、演劇に向かう時にはあまりそういうところに関心が向かなくなっているのかなとさえ、思わされるところがあるのだが、岸田戯曲賞受賞作品の「海と日傘」を戯曲として読んでみて、その古典をさえ思わせる端正で完成度のきわめて高い脚本にこの人はそのうち映画界が放っておかないだろうというような予感があった。

 今年は自ら演出も手掛ける舞台も含め、舞台の新作も相次いで登場するのでそれを待たないとはっきりしたことはいえないが、今後はひょっとするとこういう古典的タッチのものは映画演劇ではもう少し実験的で前衛的なものをという風に書き分けていくのかもしれない。この映画はそんなことさえ思わせたのである。