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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-11-08 グルーポ・ヂ・フーア(Grupo de Rua)「H3」とSPAC「夜叉が池」

[]グルーポ・ヂ・フーア(Grupo de Rua)「H3(エイチ・スリー)」@にしすがも創造

Grupo de Ruaは以前その作品をエジンバラ演劇*1で「H2」という作品を見て、そのカッコよさにしびれてしまったダンスカンパニー。今回の新作「H3」も実験性という意味ではやや前作に後れをとった感がないではなかったけれど、間違いなくこの集団がいまもっとも注目すべきカンパニーであることを確認させた。

 最初の場面は2人、3人という少人数のダンサーが順番で出てきて、お互いにからむように少しずつ動いて見せる。音はない。というか、いわゆるヒップホップというと想像されるような音楽はいっさいかからず、ほぼ無音での動きなのだが、耳をすませてよく聴くとスピーカー音源からは通りを車が通過していくような街頭の音が流れてきている。うかつなことに最初は気がつかず、この会場はいやに音漏れがするな、体育館かなにかを改装した建物だから仕方ないかなどと能天気なことを考えていたのだが、もちろん、この音は外の音なんかじゃなくて、音響効果であり、要するに「ストリートダンス」ということを言いたかったのかと了解した。

 コンテンポラリーダンスでは今年のエジンバラ国際フェスティバルにおえるメインはブラジルから来たヒップホップ(Hip Hop)系のカンパニーGrupo de Rua de Niteróiであった。ここ10年ほどの傾向としてヨーロッパではヒップホップに代表されるようなストリート系のダンスの動きをコンテンポラリーダンスのなかに取り入れるということがあって、前述のマリー・シュイナールもそういう傾向の振付だったが、このカンパニーの振付家Bruno Beltrãoの試みが面白いのはコンテンポラリーダンスヒップホップを取り入れたのではなく、ヒップホップそのものの現代化、前衛化を志向していることだった。

 床も壁も純白に彩られた無機的な空間でこのパフォーマンスははじまる。舞台が始まると後ろの白い壁にはプロジェクターによって「Hip-hop loves the beat of the music」の文字が映し出され、大勢のダンサーが舞台に登場して、リムスキー・コルサコフの「蜜蜂の飛行」の軽快な音楽に乗せて、頭を下にしてくるくると独楽のように回り始める。Hip Hopというのがダンスの種類の名前であるとともに音楽ジャンル名前でもあるようにこの種類のダンスにはアメリカ文化のなかから生まれたということの出自と切り離せないところがあるのだが、Bruno Beltrãoはそういう背景から純粋ムーブメントのストラクチャーだけを切り離して、分析しそれを再構築した時にそこからどんなものが生まれるのかというきわめて刺激的な実験をこの作品のなかで試みてみせる。

 軽快なクラシック音楽に乗せての冒頭の場面はその最初の試みだが、この部分はまだ挨拶のようなもので、ここから通常のヒップホップでは考えられないような場面が続く。しばらくすると「Hip-hop loves the beat of the music」から「of the music」の部分の文字が消えて、「Hip-hop loves the beat」が残るのだが、ここではビートといっても現代音楽といってもいいような非常にゆっくりとした重低音のビートが時折鳴り響くだけで、後は無音な状態のなかで、ひとり、あるいはふたり程度のダンサーが交互に舞台に登場して、ヒップホップの動きのうち、ある特定のムーブメントだけを取り出したミニマルな動きを長い停止の間に何度か繰り返す。

 この部分はまさにヒップホップ解体であって、私にはこのパフォーマンスのなかで一番興味深かったとことなのだが、ダンスとしてはまさにミニマルヒップホップというと連想されるようなグルーブエンターテインメントの要素は完全に剥ぎ取られたある種のポストモダンダンスのようなところがあり、観光客中心にノリのいいダンスを期待してきていたと思われるエジンバラの観客には明らかに戸惑いがあり、落ち着きがなくなっていたり、耐え切れなくなってか席をはずして途中で帰ってしまう客も現れたりして、「どうなってしまうんだろう」と心配になったりしたのだが、その後ちょっとしたコミックリリーフ的に挟み込まれたHip-hop loves」になってからの男性ダンサー同士のいちゃつき合いやキスの場面をへて、最後の10分間はフランスバンドCQMDの音楽に乗せて、ハイスピードでの超絶技巧ダンスが展開される。

 実はこの最後の部分に関してはYOU TUBE上に動画*4を発見したので興味のある人はそちらを参照してもらいたいのだが、ここではミニマルな場面で登場したダンスムーブが振付の部材として使われており、それを脱構築することでそこにヒップホップムーブメント基調としていながら、いわゆるヒップホップダンスとは違うダンスのストラクチャーがヒップホップではない音楽の元に現れていることに気がつくと思う。

前半部分にヒップホップの動きの一部をミニマルな形で見せて、後半部分ではヒップホップ系ではない音楽に乗せて、軽快な群舞を次から次へと展開していくという構造は前作とほぼ同じなのだが、動きのなかでは今回は「後ろ向きに走る」というこれまでのダンスではあまり見たことがないような動きをメインのモチーフにして展開したというのが特徴だろうか。それはスタイリッシュだし、やはりカッコよさにおいてはさすがと思わせるものがあったけれども、これが完全に中心になってしまったことで、前作と比較するとやや動きのバリエーション豊富さという面では物足りない思いも感じたのも確かで、そういう意味ではまだ上演されていない「H2」の方もぜひとも再来日して上演してほしいと思った。さらに言えば私が見た初日は作品のレベルの高さに反して空席もあったのは残念であった。