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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-12-31 2009年演劇ベストアクト

[]2009年演劇ベストアクト

 大晦日恒例の2009年演劇ベストアクト*1 *2 *3 *4 *5 *6を掲載することにしたい。(まずは表のみ掲載、後ほどコメントも加筆の予定)。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。なお、2009年ダンスベストアクトはこちら*7にあります。

2009年演劇ベストアクト

1,ミクニヤナイハラプロジェクト「五人姉妹(吉祥寺シアター)

2,ロマンチカ・横町慶子ソロアクトライブかわうそ原宿ラフォーレ

3,SPAC・宮城聰演出「夜叉ケ池」*8静岡芸術劇場

4,篠田千明(快快)「アントン、猫、クリ」こまばアゴラ劇場

5,屋敷法仁(柿喰う客)「学芸会レーベルこまばアゴラ劇場

6,TAKE IT EASY!!「千年女優(HEPHALL)*9

7,悪い芝居「嘘ツキ、号泣京都アートコンプレックス1928)

8,少年王者舘「夢+夜」京都アートコンプレックス1928)

9,渡辺源四郎商店今日もいい天気」青森アトリエグリーンパーク)

10,青年団東京ノート国立国際美術館

次点東京デスロックLOVE KOBEver.」(神戸アートビレッジセンター)

特別賞、上海太郎カンパニー「Rhythm」伊丹アイホール

ミクニヤナイハラプロジェクト「五人姉妹

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平田オリザ以降、現代口語演劇群像会話劇が主流となってきた2000年代演劇だが、チェルフィツチュの登場とともにその流れが変わりつつある。テン年代を翌年に控えて、この2009年は身体性の演劇(身体表現重視の演劇)の復権の様相が明確になってきている。その中でもっとも刺激的な活動をしているひとりがニブロール矢内原美邦で、この年はミクニヤナイハラプロジェクト「五人姉妹と再演の「青ノ鳥」と2本の極めて優れた舞台成果を残した。

 90年代を通じて身体性の演劇代表として平田関係性の演劇と拮抗した舞台成果を挙げてきた宮城聰(SPAC、ク・ナウカ)、林巻子(ロマンチカ)が健在ぶりを見せてくれたのも嬉しいことであった。SPAC「夜叉ケ池」は昨年初演の舞台であるが、私は今年が初見。新ヒロイン、たきいみきを得て、ク・ナウカ時代とはまた違う泉鏡花を見せてくれた。宮城演出による泉鏡花といえばク・ナウカ時代代表作として国内外で何度も再演された「天守物語」が思い起こされる。宮城が「夜叉ケ池」を演出したと聞いた時に最初イメージしたのは美加理が富姫を演じてこの世のものならぬ美しさと存在感でワン・アンド・オンリーの魅力を発揮した作品だった。美加理抜きでこの時のようなテイストを再現するのは無理ではないかというのが、実際に舞台を見る前の危惧であったのだが、その心配はたきいみきが美加理とはまったく異なるやんちゃでお転婆な白雪姫を演じきったことで見事なまでに解消された。

 たきいの演じる白雪姫妖怪ではあるのだけれど、例えば美加理の演じた「天守物語」の富姫のように高貴で近寄りがたい威厳というのはなくて、人間っぽいというかなんとも人懐っこい感じで、親近感を抱かせる印象。終演後に本人をつかまえては「あんみつ姫みたい」と話したのだけれど、どうもそれではしっくりこないなと思って考えていたらふと思いついたことがあった。それは今回の「夜叉ケ池」はなにか宮崎駿の「崖の上のポニョ」そのままじゃないかということであった。宮崎映画では宗介を好きになった魚の子ポニョはその恋愛成就させるために海辺の街に大洪水を起こし、海の底に沈めてしまうのだけれど、そんなことは全然気にかけない。それはポニョまだ子供でその恋愛が「ポニョ、宗介が好き」の一直線だからだ。

横町慶子ソロアクトライブかわうそによるロマンチの復活も特筆すべき出来事だった。横町慶子のソロアクトということだが、横町はセリフこそないが全編に田口トモロウによるナレーションがかぶさり、レビューやショー以上の物語があるから普通の芝居とはだいぶ違うスタイルではあるが、これは演劇といっていいと思う。

 自動車を運転中、事故に巻きこまれた男が突然現れる謎の美女(横町)と遭遇する怪談のような話だが、ほぼ同じ場面が少しの変奏を加えながら何度も何度も繰り返される。観客は次第にどれが現実でどれが幻想かを区別することができなくなってくる。入れ子を何重にも重ねたような劇構造とそこに登場する横町演じる謎の女の組み合わせが面白い

 途中、「ジャック・ラカン」の名前唐突引用されるし、「ハイウェイヒプノシス」など精神分析学用語と思わしき言葉も劇中に出てくるので、なにかその辺りの文献を参考にしたのかと林巻子本人に聞いたところ、こうした特異な劇構造のヒントとなったのはアラン・ロブ・グリエのアンチロマン(反小説)だったということらしい。ただ、いずれにせよ60年代後半から70年代前半ぐらいのフランス匂いがこの作品からはうかがえる。ミステリ好きの目には映画になった「わらの女」「悪魔のような女」などボワロー&ナルスジャックやカトリーヌ・アルレー、ミッシェルルブランというトリッキーな技巧を駆使したフランスミステリ作家の作品が連想させられた。

 テン年代2010年代)に向けて新たな息吹を感じさせたのがこまばアゴラ劇場で開催された「キレなかった14才♥りたーんず」という若手演出家による連作企画。冒頭で「身体性の演劇(身体表現重視の演劇)の復権の様相が明確になってきている」と書いたが、これは宮城・林の存在に加え、ここに参加した劇作家演出家の多くが平田オリザ的な群像会話劇とは明確に異なるスタイルを取ろうとしていることもあり、これは今後次の時代ひとつの流れを作っていきそうな気がした。その中でもトップランナー的な位置を占めそうなのが快快と柿喰う客だ。特に柿喰う客の中屋敷法仁は明確に「反・現代口語演劇」を標榜して創作に取り組んでいるのが興味深い。本人にスター性もあり、今後この世代のオピニオン・リーダーとなっていきそうな存在と思う。ここでは学芸会レーベルを選んだが、中屋敷作品は柿喰う客の劇団公演でも「恋人としては無理」「悪趣味」の2本を観劇。「恋人としては無理」では惑星ピスタチオ西田シャトナー)の無名時代彷彿とさせるところもあり、まだまだ、荒削りなところが目立つが多彩な才能を見せてくれたことへの合わせ技1本というところであろうか。

 一方、快快の評判は小指値時代から聞いて気にはなっていたのだが、残念ながら劇団公演ではなかったものの、ようやく生でパフォーマンスではない1本ものの芝居を見ることができたのが篠田千明(快快 faifai)「アントン、猫、クリ」である

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快快も最初に取り上げたヤナイハラミクニプロジェクト同様に演劇に加え、映像ダンスなどを駆使したマルチメディアシアターである。この集団は特定の作・演出がいるのではなく、その公演ごとに中心メンバーの構成が入れ替わっての集団創作形態をとっている。そのため、過去の上演を映像で見てみると公演ごとに作風が変化してどういう集団なのかのイメージが固まらない傾向があるのだが、この「アントン、猫、クリ」は快快公演ではなく、中心メンバーの一人である篠田千明が「キレなかった14才♥りたーんず」。これで篠田は確かな才能を示したと思う。

 彼らと同世代作家関西にもいて、そのひとりが「キレなかった14才♥りたーんず」にも参加した杉原邦生(KUNIO)だが、もうひとり注目しなければならないのが悪い芝居の山崎である。作品自体はまだ若書き的な粗さも目立つが若い時の大人計画、あるいはクロムモリブデンを思わせる独特の毒とポップな味を組み合わる独特のセンスは将来の大化けを予感させた。