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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-12-31 2011年演劇ベストアクト

[]2011年演劇ベストアクト

 年末恒例の2011年演劇ベストアクト*1 *2 *3 *4 *5 *6 *7 *8を掲載することにしたい。*9。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。

2011年演劇ベストアクト

1,マームとジプシー「Kと真夜中のほとりで」こまばアゴラ劇場*10

2,ままごと「わが星」アイホール)、あゆみ森下スタジオ)

3,TAKE IT EASY!千年女優梅田芸術劇場

4,悪い芝居「駄々の塊」アートコンプレックス1928)

5,クロムモリブデン「節電ボーダートルネード」(HEPHALL)

6,渡辺源四郎商店「どんとゆけ」ザ・スズナリ)、「あしたはどっちだ」ザ・スズナリ

7,柿喰う客「悩殺ハムレットABCホール

8,岡田利規+森山開次「家電のように解りあえない」(あうるすぽっと)

9,SPAC「オイディプス」静岡芸術劇場

10,バナナ学園純情乙女組「バナ学バトル★★熱血スポ根秋の大運動会!!!!」(元・立誠小学校)

次点、ロロ「夏も」京都アトリエ劇研)

次点、野の上「臭う女」京都アトリエ劇研)

次点、快快「SHIBAHAMA」in OSAKA(コーポ北加賀屋

次点、東京デスロック「再/生」(KAIKA)

特別賞、くじら企画「山の声」(independent theater2nd)

 東日本大震災という未曽有の出来事の後、2011年の演劇がどうなるかに注目したが、ポストゼロ年代の劇団の快進撃は続いた。ままごと(柴幸男)、東京デスロック多田淳之介)、快快(篠田千明)、柿喰う客(中屋敷法仁)らに加えて、バナナ学園純情乙女組(二階堂瞳子)、ロロ(三浦直之)らそれに続く世代も台頭した。なかでもこの世代のスタイルを集大成しかつ洗練させた舞台で今後動きの中心になっていくことを確信させたのがマームとジプシー藤田貴大)だった。ここではアゴラ劇場で上演された「Kと真夜中のほとりで」を選んだのだが、数多く上演した作品のいずれもが一定以上の完成度の高さを持っているのが、藤田貴大の特徴で、残念ながら評価が高く多くの人がほめている「塩ふる世界。」が劇場横浜STスポット)まで行ってキャンセル待ちまでしながら直前で「きょうはここまでです」となり、見られなかったのだが、私が見ることができた3つの舞台「コドモもももも、森んなか」「あ、ストレンジャー」「Kと真夜中のほとりで」はそれぞれ少しずつ方向性が違うけれども、いずれも甲乙つけがたい印象的な舞台であり、その総合力の高さに今年一番の勢いを感じて、1位に選んだ。

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 ポストゼロ年代の新たな世代では京都で初めてそのライブを目の当たりにしたバナナ学園純情乙女組「バナ学バトル★★熱血スポ根秋の大運動会!!!!」も同時多発的でカオス的に展開されていくオタ芸風パフォーマンスは「いま・ここで」ならではの魅力を感じさせ、マームとジプシーとは対極的ながらも決して引けをとらない衝撃力があった。身体表現と映像を駆使して「オタク的」なイメージが奔流のように飛び込んでくるスタイルのインパクトは大きく、近い将来クールジャパンのキラーコンテンツとして海外を含めブレークするだろうとの確信を抱いた。これを1位に置いても構わないのだけれど、「果たして演劇として評価すべきものなのか」、むしろジャンルで言ったらももいろクローバーZとかのが近いんじゃないかという若干の躊躇とそれでもはずすのにしのびないとのジレンマから苦渋の選択でとりあえずこの順位に置いた。逆に言えば演劇ベストアクトとかではなく、現代アートとしての可能性ならこれがダントツ上位かもしれない。

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 ままごと「わが星」「あゆみ」、TAKE IT EASY!千年女優はいずれも再演だが、壮大なモチーフを身体表現を駆使して展開する舞台は3・11以降の世界像を感じさせた。「わが星」は初演の時には見ることができなかったので、今回初めての観劇となった。あゆみは昨年ベスト1に選んだ作品の再演ではあるが、繰り返しのループ部分が大幅に増えるなど演出・脚本ともに大幅に進化を遂げ、事実上の新作と言ってもよいものに変貌していた。この2本の合わせ技で1位に選ぼうかとも考えたが、昨年すでに選んでいることもあり、次席に置いた。

 TAKE IT EASY!千年女優アニメ千年女優」の舞台化である。藤原千代子という伝説の女優を主人公に平安時代から宇宙まで現在・過去・未来と時空を越えた千代子主演の映画の“入れ子構造”により絢爛たる輪廻転生譚を繰り広げた原作アニメ映画を主人公である千代子のほか主要キャストやサブキャストなど200以上に渡るキャラクターを5人の役者が入れ替わりながら演じる「入れ子キャスティング」という手法で元惑星ピスタチオの末満健一(ピースピット)が演出。2009年1月に初演された舞台の再演で今年の1月にHEPHALLで上演された後、東京福岡とツアーを回り梅田芸術劇場での最終公演があった。

 このツアーの間に3・11があって、梅芸での上演は震災後となったのだが、この舞台が今年を象徴するように思われたのは「千年女優」において地震が大きなモチーフとなっていることなどいくつかの偶然が重なったためでもある。この物語地震の場面ではじまり、地震の場面で終わる。それは原作アニメもそうだったので、今回の震災とはまったく関係のないことだが、この舞台の初演の時にすでにある種運命的なものを感じていた。というのはTAKE IT EASY!という劇団は旗揚げのきっかけが高校生たちの手によって阪神大震災直後に被災地・神戸で上演された「voice」という震災劇だったからだ。個人的な感慨にすぎないのだが、私は実はその公演の映像をタイニイアリスで見ている。それは阪神大震災により上演できなくなったある劇団の公演の代わりにそこで上映されたものだったのだが神戸で高校演劇をしていたいくつかの高校の演劇部のメンバーが合同で上演したものだった。

 その時の参加メンバーが中心になって旗揚げしたのがTAKE IT EASY!だったからだ。さらに今回の「千年女優」の再演は昨年急逝したアニメ映画今敏監督への追悼公演として企画されたものでもあり、ひとりの女性の千年の輪廻転生を描いた物語をここで再び舞台として上演することには鎮魂の意味もあったのだが、東日本大震災後の最終公演はさらにそれにいろんな意味での思いが加わり、俳優たちの気迫を感じる入魂の舞台となった。

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 関西勢では悪い芝居の活躍も目立った。こちらも劇団事務所でもある京都の民家を使った「団欒シューハーリー」、一風変わった無言劇「猿に恋」、そして回転機構を使ったユニークな舞台装置が非常に印象的な「駄々の塊」とそれぞれまったくスタイルの異なる異色の舞台を次々に上演。昨年末上演した「キョム」と合わせて、この1年で関西を代表する若手劇団の地位を確固たるものにしたといえよう。

 なかでも「駄々の塊」は次々と物語が展開していくうえで、広げていった風呂敷をなにも拾わないまま舞台が終了してしまうなど、従来の演劇観からすれば明らかに失敗作というか、破綻した内容なのにそれでも面白いし、さらに言えばこういう形式が従来の舞台のような首尾一貫した構成よりもよりビビッドに「いま・ここで」をとらえているのではないかと思わせた不思議な作品であった。

 マームとジプシーやままごと、東京デスロックなど洗練された方法論を展開する首都圏劇団とは対照的な作風ながら、それでいて、ポストゼロ年代劇団の特色である1作品ごとにスタイルが変貌し特定のスタイルを持たないなど両者に通底した共通項のようなものもあり、悪い芝居に対してはその本質がどこにあるのかがいまだとらえかねているところがあるのだが、そのなにが出てくるかうかがいしれないような部分が魅力でもあり、いずれにせよ関西の注目株であることは間違いない。

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 3・11がもしなかったら渡辺源四郎商店の2本立て公演「どんとゆけ」、「あしたはどっちだ」(いずれもザ・スズナリ)はもっと大々的な注目を集めて今年のベスト1の最有力候補だったかもしれない。それというのはこれは死刑制度という大きな問題に正面から取り組むために被害者家族が死刑囚を自ら処刑するという「死刑員制度」という架空の制度が導入された世界舞台にした異色作であるとともにテレビドラマ化もされた「モリのアサガオ」でも知られる漫画家郷田マモラとのコラボレーションにより、畑澤原案の物語舞台漫画をほぼ同時期に発表して競作するという話題性にもこと欠かない舞台でもあったからだ。

 舞台自体もきわめてクオリティーの高いものであったが、5月7日というまだ震災の余韻もなまなましいころの上演だったこともあり、話題もいまひとつ盛り上がりを欠き、優れた舞台ではあったが、今年の気分としてはどうもこの舞台を年間ベストアクトの最上位に位置付ける気分にはならなかった。

 震災が公演を直撃という意味ではクロムモリブデン「裸の女を持つ男」は4月の公演でありながら、主要なモチーフのりピーと押尾学の事件という当時の雰囲気から言えばまったく場違いなものだっただけに東京の公演会場であるシアタートラムはもうかなりビミョーな空気が冒頭から流れて、非常に気まずいものとなってしまっていた。実はこの作品、後から映像で見返してみたらよくできていて悪くなかったのだが……。だが、転んでもタダじゃおきないのがこの劇団の凄さでまさに不謹慎きわまるタッチで3・11とその後起こった出来事を笑い飛ばした怪作が「節電ボーダートルネード」なのであった。これはこの集団がこのところ追求してきた演劇と身体表現パフォーマンスの融合のひとつの完成形を見せてくれたということでもあり、女優陣の好演もありひさびさに青木秀樹ここにありを見せつけた作品でもあった。

 ともに震災そのものを描いた作品ではもちろんないが、人間の通じ合わなさを描いて、震災後に各所で起こったディスコミュニケーション、人間はいかに解りあえないかということを象徴する舞台として、岡田利規+森山開次「家電のように解りあえない」と小野寺修二演出のSPAC「オイディプス」静岡芸術劇場)はきわめて興味深いものであった。柿喰う客の中屋敷法仁の活躍ぶりも特筆すべきもので柴幸男が演出したうりんこ「アセリ教育」もなかなか面白かったのだが、女優だけのシェイクスピアとしてシリーズ化しそう女体シェイクスピアの第1弾でもある「悩殺ハムレットは新感覚の「ハムレット」上演として注目すべき舞台成果であった。 

2011-12-30 2011年ダンスベストアクト

[]2011年ダンスベストアクト

 2011年ダンスベストアクト*1*2*3 *4 *5を掲載することにした。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。

2011年ダンスベストアクト

1,白井剛「静物画-still life」京都芸術センター

2,アンサンブル・ゾネ「Still Moving2 穏やかな不協和音神戸アートビレッジセンター両国シアターX(カイ)

3,Monochrome circusENSEMBLEアートシアターdB

4,東京ELECTROCK STAIRS「届けて、かいぶつくん@シアタートラム

5,KIKIKIKIKIKI「ぼく」アイホール

6,contact Gonzo「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」アイホール

7,黒子沙菜恵+宮北裕美「服をきるように さらっと振付て踊る」アートシアターdB*6

8,いいむろなおき「Yのフーガ'11神戸アートビレッジセンター

9,金魚「HEAR」青山円形劇場

10,矢内原美邦構成・振付「お部屋」松山ひめぎんホール

東日本大震災の影響もあってか停滞感の漂う2011年のコンテンポラリーダンスの状況のなかで、白井剛、岡登志子、坂本公成の充実ぶりが目立った。

白井剛「静物画-still life」「true」といずれも再演で今年のベスト級の舞台を連発して充実ぶりを示してくれた。なかでも「静物画-still life」は再演ながら昨年の初演と比較するとほとんど別物とも思われるほどに完成度が高まり、白井の代表作といえる舞台に仕上がった。特に関西から参加の若い2人(高木貴久恵、竹内英明)の成長ぶりが著しく、アンサンブルに綿密に磨き上げられたすきのない精緻さを感じた。

 関西勢ではアンサンブル・ゾネMonochrome circusの2つのカンパニーの活躍が目立った。この2集団の最近の仕事の高水準での充実ぶりはもはや関西の枠組みだけで語られるべきものではなく、そのプロデュース力や作品のクオリティーの高さを考えるならタスク系や「演劇みたいなダンス」ばかりが目立つ東京カンパニー質量ともに上回る活動内容となっていると思う。

 アンサンブル・ゾネ「Still Moving2 穏やかな不協和音ドイツ在住でヨーロッパを中心に活動し高い評価を受けているジャズピアノ奏者である高瀬アキ音楽監督を担当、加えて元ネザーランドダンスシアターの看板ダンサーだった中村恩恵が前回公演に続き2度目の参加。ともに国際的なキャリアを持つ2人のアーティストとのコラボレーションにより制作した。高瀬と岡登志子は即興演奏ダンスでの交流を通じて何度も共演してきたが、作品の共同制作では2009年の「Still Moving」に続く第2弾。前回は手探り状態の部分もあったが、今回は交流を重ねたことでカンパニーの個々のダンサーの特質への理解も深まり、作品としての成熟感が増してきた。

 ダンサーではカンパニーのメンバーである伊藤愛、岡本早未山岡美穂らがアンサンブルだけでなく、それぞれソロの場面でも個々の個性を発揮するなどそれぞれの顔がより見えるように成長しており、contact Gonzoの創始者でもある垣尾優も常連組の客演者として絶妙のアクセントとなり彩りを添えた。

 神戸アートビレッジセンターでの上演は3・11の震災直後であり、生演奏で参加予定だった高橋が来日できず不参加になり、その時点では余震の危険などもまだ大きかったために東京公演も中止にせざるをえなかった。そうした状況での公演ではあったが、神戸での上演は震災前から制作していた作品であるために今回の震災と作品内容には直接は関係がないはずなのではあるが、いくつかの場面から震災を想起させるイメージをうかがえ、特に後半に置かれた中村ソロには圧倒的な存在感があり、静かななかにも気迫を感じさせられた。

 震災直後に来日できなかった高瀬アキピアノ生演奏をフィーチャリングしての舞台11月に東京のシアターX(かい)での再演で実現して、こちらには初演では振付に徹して出演しなかった岡登志子も自らダンサーとして参加し、岡、中村というベテランダンサーの競演には若いダンサーにはない深みを感じた。

 Monochrome circusENSEMBLEは掌編作品レミング」「朱鷺によせる哀歌」「最後の微笑」の3本立て。いずれも過去に上演された作品の再演であり、初演時の舞台も見ているのであるが、3・11の震災後の目で改めて見ると、ある時は被災地に対する祈り、ある時は津波原発事故など未曽有の被害を受けた日本とその後の混乱を先取りしたようにも見え、「いま・ここで」のリアルを切実に感じる作品として受容した。

 いずれも初演は震災とはまったく無関係なコンテキストで上演された作品ばかりだが、Monochrome circusの作品が具体的な事物というよりは抽象的にわれわれ人間に起こっている普遍的な出来事を人間同士の関係性を通じて描き出すからだ。「レミング」は寺山修司の芝居のモチーフにもなった集団で海に飛び込んで自殺するといわれるネズミの一種*7が表題だが、多数のダンサーが登場して群れとしての群像表現する。物語のような筋立てがあるわけではないが、最初は倒れた人間を支えあったり、はぐれた人間を元の群れに戻そうとするなど集団を制御しようとしていたのが、しだいに集団自体の大きな流れのようなものに個々の人間が巻き込まれていって、自律した活動が出来なくなっていくような状況をコンタクトインプロヴィゼーションなどの技法を生かしながら複数の人間が行う。その動き全体に具体的な意味があるわけではないのだが、今回の場合はどうしてもそこでうごめく人間たちは津波などの自然に翻弄されていく人間やその後で混乱していく私たち自身の姿にも見えてきたのである。一方、「朱鷺によせる哀歌」は表題の通り滅びゆくものとしての朱鷺を表題としたものだが、やはりここでも震災の影は連想され、もう少し大きなわれわれ全体の運命に対する祈りのようなものとして受け取ることもできた。

 全体的な停滞感はここ10年ほどのコンテンポラリーダンスをけん引してきた黒田育世北村明子伊藤千枝らの新作の発表がなく、次の世代からもこれまでの流れを変えてしまうような新たな才能が出てきていないことにあるかもしれない。これはゼロ年代・ポストゼロ年代に次々と才能ある若手作家が登場し、きわめて刺激的な状況になっている現代演劇とは対照的である。

 演劇で活躍が目立つポストゼロ年代の作家と同世代作家が少ないなかで孤軍奮闘の感があるのが、ともに横浜ダンスコレクションでのグランプリなど一定以上の評価を得ているKENTARO!!*8、きたまりの2人だ。特に「演劇みたいなダンス」や「タスク系」などといわれるあまり踊らないダンスが増えているなかで、踊ることの快楽を追求し続けているのがKENTARO!!だが今年はソロ活動に加えて、特筆すべきなのは主宰する東京ELECTROCK STAIRS舞台の成果の充実ぶりだ。以前はKENTARO!!のソロがないとちょっともたないようなところもあったが、「水平線サイコ」あたりから、カンパニーの個々のメンバーそれぞれの個性が作品に生かされるようになり、ソロ作品にはないデュオトリオ、群舞などの魅力も存分に発揮されるようになり、一皮もふた皮も剥けた感があるのだが、なかでもよかったのが「届けて、かいぶつくん。KENTARO!!はHIPHOPの出身なので、本人の動きのなかにはもちろんそういう要素はないといえばうそになるのだけれど、作品の作り方は全然違っていて、この「届けて、かいぶつくん」の場合にはよくあるコンテンポラリーダンスともHIPHOPとも違って、「わが星」や東京デスロックの作品のダンス的な場面をむしろ彷彿とさせるようなポストゼロ年代的な筆致もあって、そのあたりが興味深かった。

東京ELECTROCK STAIRS「届けて、かいぶつくん

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 元々はKENTARO!!同様に踊りを中心に置いた作品を作り続けてきたきたまりだがTAKE A CHANCE PROJECTの一環としてアイホールで上演された「ぼく」は男性ばかりが出演した演劇的な作品だった。「ぼく」は白い正方形リングのような舞台を客席が4方に囲むような舞台設定。ここに7人の男たちが入れ替わり立ち代わり登場して、それぞれが個人技を繰り広げる遊び場、あるいは闘技場のような空間設定を演出・振付を手掛ける。途中でいくつかセリフに呼応した動き(振付)を設定している場面もあるが、最初のそれぞれの役者「あいさつ」からはじまって、「自己紹介」「子供の時になりたかったもの」など登場する役者たちはだれかの役を演じるというのではなく、「ぼく=自分」のままで舞台に上がり、自分の言葉を発していく。

 注目すべきことはここに登場しているのはいずれも俳優ダンサーであり、そのうち何人かは自ら集団を率いたり、作・演出、振付も担当するなど舞台に対する計算がきく出演者でもあって、これは一見自分として舞台に上がり「素」の自分を出すようなドキュメンタリー演劇の体裁は装っていても実態はまったく違うのだということだ。出演者は皆「ぼく」として自分として登場し、自分のことを話すが、そこには明らかに自分をどのように演出して演技しようかという計算が感じられて、しかもそれぞれ別々の劇団カンパニー、個人も)から選ばれた7人だけにそこには対抗意識もあり、それゆえそこでは演技というフィールドを通じてのバトルが展開させ、その「場」におけるそれぞれの個人技が最大の見せ場なのである。「ぼく」が面白いのは即興的な要素を含むといっても完全に何でもやっていいというわけではなくて、それがバトルになりえるようなルールがおそらく場面ごとに設定されていると考えられるところだ。

  ダンスではヒップホップ(ストリート系)のダンスにおけるバトルなどがその代表的な例だが、コンテンポラリーダンスでも複数のダンサー即興で次々と登場して、魅力を争うような形式の公演は珍しくないが、演劇においてはその手の即興というのは珍しい。それはダンスの動きや楽器演奏ほどセリフの演技には自由度がないからだ。

 「ぼく」が面白いのは即興的な要素を含むといっても完全に何でもやっていいというわけではなくて、それがバトルになりえるようなルールがおそらく場面ごとに設定されていることだ。冒頭の「あいさつ」の場面でいえばそれぞれが四方の客席に向けて、お辞儀をしてまわるという約束事があり、その仕方はおそらく稽古場で出してきたもののなかで、演出家によって選ばれた(あるいは本人が選んだ)ものを順番にやっていくということをした後、次の「自己紹介」で自分が「何年生まれでどこの出身である」などということを述べていくのだが、2日間の公演を続けて見たところ、ここは最初の場面よりは裁量に任された部分が多いようで、大体の内容や順番は決まっていても登場の順は交代するし、話す内容もセリフのように同じではない。

 ここにそれぞれの役者の駆け引きが成立するわけで、何度も繰り返されるなかで自ずとそれぞれの得意、不得意によって役割分担が決まってくる半面、それをあえて破るようなしかけを誰がどこで繰り出すかのか、それぞれの個性とともに虚々実々の駆け引きが面白い。ここには舞台プロレスを思わせるような面白さがあった。

殴り合いのような暴力的な身体の接触を展開して活躍するcontact Gonzo。これまで彼らは主として野外やギャラリー空間での活動をしてきたが、アイホールの若手育成企画である「TAKE A CHANCE PROJECT」に参加し、上演した「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」フィジカルな身体的接触だけではなくて、投石機械などを使った模擬的な「戦争ごっこ」を行い、パフォーマンスとしてこれまでとは違う地平を開いた。

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これは最初、ある種のゲームとして疑似戦争行為をするのかと思ったら実はそうではなくて、出演者即興性は維持しながらも大体の流れは構成されていて、それで一見遊びのようにバカバカしい行動の連鎖を通じて本当の戦争の現実のようなものが透けて見えてくる。つまり「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」という作品は暴力やフィジカルな接触というようなこれまでのcontact Gonzoが手掛けてきたコンセプトはある程度継続しながら、これまでのパフォーマンスがパフォーマンス自体で完結していたのに対し現実に対してフックをかけるようなところが増えてきている。この作品自体は個別の戦時的課題を取り上げたようなものではないが、どうしても後半の投石器のような飛ぶ道具が次々と登場して圧倒的な破壊力で敵を無力化させていくようなところを見せつけられるとどうしてもイスラエルパレスチナの問題とかアフガニスタンにおける米国とかいった具体的な戦闘行為を二重写しで連想せざるをえない。そこがこれまでのcontact Gonzoのパフォーマンスとは全然違っていた。

 黒子沙菜恵と宮北裕美関西ではベテランの部類に入るダンサー振付家ではあるが、これまで音楽家美術家など他分野のアーティストとのコラボレーションを中心に単独での活動が多かった2人が初めて共同制作により製作したのが「服をきるように さらっと振付て踊る」だった。

 ソロ活動では例えば宮北は最近、音楽家鈴木昭男(サウンドアーティスト)とのセッション、空っぽ「ぽんぽこりん♪」を京都で月1のペースで開催するなど即興パフォーマンスが多いし、舞台美術家演出家のサカイヒロトとの共同制作による3部作を連続上演したばかりの黒子即興で踊ることが多いのは同じ。だが、今回は表題の通りにすべて「振付」であり、一見シンプルに見えながらも、単純に「音に合わせて即興で踊ってみました」というような場面はない。

 この舞台では手だれの踊り手である2人が培ってきた手管を次々に見せてくれるなかで、自然と「コンテンポラリーダンスってなになのだろう」と観客に考えさせるような仕掛けになっている。それぞれの場面がいったいどんな手法に基づいて作られているのか、その方法に対する2人のアプローチにはどんな違いがあるのかなど、思わず考えさせられることになった。それでいて、ダンス自体が「これは実験です」などという風に堅苦しくはならないのはやはり2人が魅力的なダンサーだからだろう。一見ラフで素朴にも見えるけれど実は緻密。しかも、可能性にあふれ、ビートルズで言えば「ホワイトアルバム」を彷彿とさせるような公演。ぜひとも再演してほしい舞台だった。 

2011-12-27 「セミネール2011年年間回顧&忘年会」セミネールin東心斎橋

[]「セミネール2011年年間回顧&忘年会」セミネールin東心斎橋

 東心斎橋のBAR&ギャラリーを会場に作品・作家への独断も交えたレクチャー(解説)とミニシアター級の大画面のDVD映像で演劇ダンスを楽しんでもらおうというセミネール。今年は「ポストゼロ年代演劇に向けて」「アート×ダンス」「アート×演劇と複数のテーマ(主題)を掲げてレクチャー&トーク&映像上映会を開催してきました。参加者も少しづつ増えて軌道に乗りつつあるんじゃないかと嬉しく思っています。

 今年は日本にとってあまりに大きな出来事となった東日本大震災原発事故をはじめいろんなことが起きた激動の1年でした。そうであるがゆえに日本演劇ダンス世界にもままごと、マームとジプシー、バナナ学園純情乙女組、ロロ、悪い芝居、柿喰う客などポストゼロ年代と私が位置付ける若手劇団の活動が一層活発なものとなってきていますが、3・11の後、こうした舞台芸術の流れが今後どのように変わっていくのかが改めて注目された年でもありました。今回は年末ということもあり忘年会もかねて、今年上演された舞台について映像などで振り返りながら、皆でわいわいと盛り上がりたいと思います。


2011年演劇ベストアクト

1,マームとジプシー「Kと真夜中のほとりで」こまばアゴラ劇場

2,ままごと「わが星」アイホール)、あゆみ森下スタジオ)

3,TAKE IT EASY!!「千年女優梅田芸術劇場

4,悪い芝居「駄々の塊」アートコンプレックス1928)

5,クロムモリブデン「節電 ボーダー、トルネード」(HEPHALL)

6,渡辺源四郎商店「どんとゆけ」ザ・スズナリ)、「あしたはどっちだ」ザ・スズナリ

7,柿喰う客「悩殺ハムレットABCホール

8,岡田利規+森山開次「家電のように解りあえない」(あうるすぽっと)

9,SPAC「オイディプス」静岡芸術劇場

10,バナナ学園純情乙女組「バナ学バトル★★熱血スポ根秋の大運動会!!!!」(元・立誠小学校)

次点、ロロ「夏も」京都アトリエ劇研)

次点、野の上「臭う女」京都アトリエ劇研)

次点、快快「SHIBAHAMA」in OSAKA(コーポ北加賀屋

次点、東京デスロック「再/生」(KAIKA)

特別賞、くじら企画「山の声」(independent theater2nd)

2011年ダンスベストアクト(暫定)

1,白井剛「静物画-still life」京都芸術センター

2,アンサンブル・ゾネ「Still Moving2」両国シアターX(カイ)

3,Monochrome circusENSEMBLEアートシアターdB

4,東京ELECTROCK STAIRS「届けて、かいぶつくん@シアタートラム

5,KIKIKIKIKIKI「ぼく」アイホール

6,contact Gonzo「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」アイホール

7,黒子沙菜恵+宮北裕美「服をきるように さらっと振付て踊る」アートシアターdB

8,いいむろなおき「Yのフーガ'11@神戸アートビレッジセンター

9,金魚「HEAR」青山円形劇場

10,矢内原美邦構成・振付「お部屋」松山ひめぎんホール

悪い芝居「駄々の塊」

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マームとジプシー「Kと真夜中のほとりで」

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【日時】2011年12月27日(火)p.m.7:30〜 

【場所】〔FINNEGANS WAKE〕1+1 にて

【料金】¥1500[1ドリンク付] (※学生¥1200・1ドリンク付)

 ※[予約優先]  定員20人ほどのスペースなので、出来るだけ予約をお願い致します。当日飛び込みも満席でなければ可能ですが、+300円となります。なお、満席の場合お断りすることもあります。

【予約・お問い合わせ】 ●メール fw1212+yoyaku.111227@gmail.com あるいはBXL02200@nifty.ne.jp(中西)まで お名前 人数 お客様のE-MAIL お客様のTEL お客様の住所をご記入のうえ、 上記アドレスまでお申し込み下さい。ツイッター(@simokitazawa)での予約も受け付けます。

●(電話での予約・問い合わせ)

06-6251-9988 PM8:00〜 〔FINNEGANS WAKE]1+1 まで。

web:fw1plus1.info

Bridge Gallery & Bar 〔FINNEGANS WAKE〕1+1

http://www.ustream.tv/recorded/18570057

大阪市中央区心斎橋1-6-31 リードプラザ心斎橋5F

(東心斎橋清水通り。南警察署2軒西へ)

2011-12-24 劇団ヘルベチカスタンダード「夢幻地獄」@京大西部講堂

[]劇団ヘルベチカスタンダード「夢幻地獄」@京大西部講堂

 言葉遊びとモノローグによる語りの多用。野田秀樹しか夢の遊眠社時代)の影響が濃厚だ。雰囲気は遊眠社よりもさらに昔のアングラ演劇を彷彿とさせる部分もある。分からないのはなぜ今こうしたスタイルで芝居をするのかということだ。古き良き時代への懐古趣味(ノスタルジア)なのか? 冒頭近くのダンスシーンでかかる曲がチェッカーズキャンディーズなのだ。作・演出は現役の大学生のようだから、どう考えても生まれる前の曲じゃないか……。なにをソースにしてこういう世界を描くのかと疑問に思う。そこがよく分からない。

 作家妄想的なイメージを紡ぎだして舞台作品に仕立て上げる。舞台にもそういうやり方はある。野田舞台もある意味そういうものではあったが、あの時代の彼の舞台は確かに時代を切りとっていたと思う。この舞台からは「いま・ここ」にある世界と切り結んでひりひりしたリアルをこの舞台のスタイルから感じ取るのは難しかった。

2011-12-23 月面クロワッサン「望遠鏡ブルース 秋・冬編」@京都アトリエ劇研

[]月面クロワッサン望遠鏡ブルース 秋・冬編」@京都アトリエ劇研

―秋篇―

秋は殺し屋。サスペンス。

僕の彼女はアイドル。でも彼女と撮ったプリクラを、

僕はどこかにやってしまった!

プリクラ流出は、アイドルにとっては命とりらしい!

そしてなぜか僕に拳銃が向けられる。

世間はどうやら、彼女ではなく僕の命を

とることにしたらしい……

逃げまくるか。プリクラを見つけるか。あるいは……?

疾風のごとく駆け抜ける、秋の野山。

新感覚のシチュエーションコメディ

―CAST―

大原渉平(劇団しようよ)清水航平(月面クロワッサン

 立岡千裕(劇団西一風) 西村花織(月面クロワッサン

丸山交通公園(友達図鑑) 横山清正

―冬篇―

終わり。の季節は、はじまり。の季節。

諦めた夢を、諦めた恋を、諦めたくない夢を、

諦めたくない恋を。あるいは人の生き死にを。

僕らは、どうやって生きてきたんだろう?

僕らは、どうやって生きていくんだろう?

4つの叙事詩最終章は、一年の一番最後の

日が舞台の、とても小さな奇跡の物語

―心、温まったら、家に帰ろう。

さあ!明日がやってくる!

―CAST―

小川晶弘(フク団ヒデキ) 奥田

のりす(劇団月光斜Team BKC) 橋岡七海 松本大地

森 麻子(月面クロワッサン

 月面クロワッサン京都大学、京都造形芸術大学の学生らを中心に旗揚げした学生劇団。旗揚げしてまだ1年もたたないという若い劇団だが、今回は11月に上演した「望遠鏡ブルース 春・夏編」と合わせて、望遠鏡のある同じ山の山頂を舞台にそれぞれ作風の異なる4つの短編演劇をオムニバスで連続上演するというきわめて野心的な試みであった。

 45分短編演劇の2本立てという公演形態は演劇集団キャラメルボックスが行っており、4本目の「冬編」などは新年が明ける特別な夜に一瞬の奇跡が起こるといういかにも成井豊好みの物語に仕上がっており、こうした作風を続けていくだけでも一定数以上の中高生など若い観客層を着実につかみそうな雰囲気はあるのだが、少し疑問を感じたのはこの集団あるいは作・演出の作道雄は本当にそういう方向性を求めているのだろうかということ。どうもそうだとは思えないのだ。

 4つの物語をそれぞれ見ても、軽いタッチミステリ風シチュエーション劇(春編)、宇宙人が登場するちょっと奇妙なファンタジー(夏編)、少しスラップスティックコメディ(秋編)、ハートウォーミングな奇跡譚(冬編)。作風にはバラエティーがあり、とにかくいろんなことをやって試してみたかったんだなというのは分かる気がする。しかも単なるオムニバスというだけではなく、最後の作品ではそれまでの3つの作品を最後の物語に登場した主人公が残した未完の小説にするという入れ子構造を用意し、きれいに落ちをつけている。

 若干20歳と若いに似合わず器用な人だなと感心するところがある半面、せっかく若い今のうちはいくらでも実験も失敗もできるのだから、こんな風にこじんまりきれいにまとめようとするよりも、壮大に破綻してもいいから、「自分たちはこれで勝負するんだ」というような野心が見える作品が見てみたいと思うのだ。

 実験演劇ではなくエンターテインメント志向というのを標榜しているようだが、80年代の劇団☆新感線といい、90年代の惑星ピスタチオ上海太郎舞踏公司といいいずれも娯楽性を持った劇団であったことは否定する人はいないと思うが、実は並みの前衛劇団とは比較にならないほど旺盛な実験精神もあった。さらに言えば東京大人計画ナイロン100℃、ゼロ年代に入ってからでもヨーロッパ企画シベリア少女鉄道もそうだったと考えている。実験精神と娯楽性は両立するのである。

 もうひとつ気になったのは最後の奇跡譚が起こったのを大晦日の夜としているのだけれど、これがどうもピンとこない。この年になるとこの手の話にはどうも白々しく感じてどうも共感しにくいところがあるのだが、世の中にはそういう小さな奇跡が起こってもそうはならない伝統の文学形式があるのではないか。そうである。それは西洋では小説の1つのジャンルをなしているぐらいポピュラーなもの、もちろんクリスマスストーリーのことである。さらに言えば上演時期も12月23日までという絶好のタイミングであったのになぜ作者はこの物語クリスマスストーリーにしなかったのだろうか……。ひょっとしたらMONOの「トナカイを数えたら眠れない」の登場人物たちのようにクリスマスに対しふくむところがある人だったのだろうか。しかも「銀河鉄道の夜」が引用されていたが、あれは夏祭りの夜の話ではなかったか。そんな余計なことを考えていたらクリスマスの夜眠れなくなってしまった(笑)。

2011-12-22 福島県立いわき総合高等学校 演劇部とチェルフィッチュ

[]福島県立いわき総合高等学校 演劇部Final Fantasy for XI.III.MMXI」@五反田アトリエヘリコプター

(原案=いわき総合高等学校演劇部、構成・作=いしいみちこ、演出=長瀬有紀子)

[]チェルフィチュ「三月の5日間」@神奈川芸術劇場中ホール 

2011-12-21 2011年演劇ベストアクト

[]2011年演劇ベストアクト

 年末恒例の2011年演劇ベストアクト*1 *2 *3 *4 *5 *6 *7 *8を掲載することにしたい。*9。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。

2011年演劇ベストアクト

1,マームとジプシー「Kと真夜中のほとりで」こまばアゴラ劇場

2,ままごと「わが星」アイホール)、あゆみ森下スタジオ)

3,TAKE IT EASY!!「千年女優梅田芸術劇場

4,悪い芝居「駄々の塊」アートコンプレックス1928)

5,クロムモリブデン「節電ボーダートルネード」(HEPHALL)

6,渡辺源四郎商店「どんとゆけ」ザ・スズナリ)、「あしたはどっちだ」ザ・スズナリ

7,柿喰う客「悩殺ハムレットABCホール

8,岡田利規+森山開次「家電のように解りあえない」(あうるすぽっと)

9,SPAC「オイディプス」静岡芸術劇場

10,バナナ学園純情乙女組「バナ学バトル★★熱血スポ根秋の大運動会!!!!」(元・立誠小学校)

次点、ロロ「夏も」京都アトリエ劇研)

次点、野の上「臭う女」京都アトリエ劇研)

次点、快快「SHIBAHAMA」in OSAKA(コーポ北加賀屋

次点、東京デスロック「再/生」(KAIKA)

特別賞、くじら企画「山の声」(independent theater2nd)

 

2011-12-20 2011年ダンスベストアクト

[]2011年ダンスベストアクト(暫定)

 2010年ダンスベストアクト*1*2*3 *4を掲載することにしたい。原稿はまだですが、とりあえずリストだけ先に掲載します。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。

2011年ダンスベストアクト(暫定)

1,白井剛「静物画-still life」京都芸術センター

2,アンサンブル・ゾネ「Still Moving2」両国シアターX(カイ)

3,Monochrome circusENSEMBLEアートシアターdB

4,東京ELECTROCK STAIRS「届けて、かいぶつくん@シアタートラム

5,KIKIKIKIKIKI「ぼく」アイホール

6,contact Gonzo「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」アイホール

7,黒子沙菜恵+宮北裕美「服をきるように さらっと振付て踊る」アートシアターdB

8,いいむろなおき「Yのフーガ'11@神戸アートビレッジセンター

9,金魚「HEAR」青山円形劇場

10,矢内原美邦構成・振付「お部屋」松山ひめぎんホール

東京ELECTROCK STAIRS「届けて、かいぶつくん

D

2011-12-18 Monochrome circus「ENSEMBLE」@アートシアターdB

[]Monochrome circusENSEMBLE」@アートシアターdB


演出・振付坂本公成

振付アシスタント 森裕子、小寺麻子

【演目】

『最後の微笑』初演:2006年

30分間の微笑みっぱなしのカルテット

身体と表情の相克。誰もが意識しているその乖離をこのダンス舞台で露にする。一体彼等は笑っているのか?笑うとは何か?そして最後に「心から」微笑んだのは誰か?謎を残す、不条理ダンス。モノクロームサーカスならではの絶妙なアンサンブルも魅力。

振付・構成:坂本公成

出演・振付:森裕子 佐伯有香 合田有紀 野村香子

音楽:真鍋大度

上演地:アトリエ劇研、水戸芸術ACM劇場京都芸術センター ほか

朱鷺によせる哀歌』初演:2007年

極小のコンタクト。滅びゆくものに捧げるダンス

現代音楽吉松隆による哀切な傑作『朱鷺によせる哀歌』に捧げた作品。曲が素晴らしすぎるので坂本は構想を10年温めたと云う。いうまでもなく朱鷺は国鳥。そして絶滅危惧種。数十年野性には存在せず保護されていたが、最近10数羽が野性に放たれた。

振付・構成:坂本公成 

出演:坂本公成、小寺麻子

上演地:ArtTheater dB , SI Dance Festival (ソウル)、茅野市民会館(長野

レミング』初演:2009年

地球よとまれ、僕はゆっくり映画が見たい ―寺山修司

パンデミック。爆発的感染。爆発的に増殖しては集団自殺するという逸話をもつネズミ科の動物レミング」。ますます狭くなっていく地球。否応無く他者と共生を余儀なくされる人間の葛藤を、カンパニーダンサーとオーディションによるダンサー混成で描く。異なるバックグランドを持った様々な身体から放たれる光と混乱のエネルギー

振付・構成:坂本公成

振付アシスタント:森裕子、小寺麻子

出演:佐伯有香、合田有紀、小寺麻子、アミジロウ、現地出演者※

(※)ゲスト岩田奈々、藤原優彦、松本鈴香(以上 近畿大学)、福井幸代

オーディションメンバー=小倉笑、小山まさし、坂井加奈、手代木花野浜田優、濱田陽平、満喜美、村上

制作

Underline、Mt.Bo-Bo野村香子

舞台

渡川

宣伝美術

南琢也

web

柏田由香

舞台写真

下村康典、清水俊洋

2011-12-17 contact Gonzo「Musutafa United V.S. FC Super Kanja」@アイホール

[] contact Gonzo「Musutafa United V.S. FC Super Kanja」@アイホール


Take a chance project027

演出ノートより

「Musutafa」と「Super Kanja」は両方、これまで僕たちが滞在した移民街の<象徴>からチーム名をとりました。 この作品は、ふたつの集団をつくり、ふたつの要塞をつくり、戦うことを実際にやります。 戦いが始まるところから、休戦したり、誘拐されたり、何かを投げたり、各々が戦う理由をあとから考え、隠れたり、避けたり、 戦車が遅かったり、木製の投石機が失敗したり、不可解な武器があみ出され、届かず、状況を待ったりしながら作品を進めます。

シンガポールでは、パキスタンからの労働者が狭い部屋に10人ぐらい住んでいたりする「リトルインディア」という地区暮らしていた時期があり、 みんなも僕らも「Musutafa Center」という、酒以外はなんでもあると言われるところに買い物に出かけます。滞在中、「Mustafa Center」が、 この地域サッカーチームのスポンサーになり、シンガポール全土で試合をする様子を夢想していました。それは皆があまりにも慎ましく、 一ヵ所に住んでいるように見えたからかもしれません。

そんな折、ベルリンで見た旧西側と東側の、でかい町内戦争のような、何かを叫びながら相手にティーバッグの束を真剣に投げつけたりする、 ゆるやかな戦いに巻き込まれたところから、はじめに出していた別のプランを全部ひっくり返して、この作品は始まりました。

ちなみに「Super Kanja」とは、ベルリンに住んでいたマンションの向かいにあった、セネガル人の店の週末だけのメニュー。

[ contact Gonzo ]

contact Gonzoとは、集団の、そして方法論の名称、つまりローファイなスパークである。 静けさと無。つまり攻撃と防御、その渾然とした両立とその放棄を瞬く間に行う事に美しさをとらえ、活動を行うことを厭わない。 朦朧としながら「痛みの哲学、接触の技法」を謳い、独自の牧歌的崇高論を構築。つまり殴り合ったり、山の斜面を落ちたりする。 その、斜面とは、高さというエネルギーを身体を媒介として、速度に変換し、身体をグログロと揺るがす存在であると考えられる。 身体は言語よりも速いのかもしれない。そういった落下の過程で、インスタントカメラを破壊しながら、誰よりも自分たちに近づく手法 「the first narrative」を開発し、大量の写真撮影をおこなう。そういったものを展示したり、雑誌としてまとめることもする。 最近は斜面そのものも展示に現れ始める。現在は、自分たちで作りながら、電気配線の勉強をしたり、カウンターの丁度いい高さについて考え、 またその過程における必然的な帰結としての「投石機」や「遅い戦車」、「山サーフィン」を開発中。

塚原悠也 [ Yuya Tsukahara ]

contact Gonzo主宰。

1979年京都生まれ。2006年垣尾優と共に「contact Gonzo」を大阪にて結成。公園や街中で、「痛みの哲学、接触の技法」を謳う。 即興的な身体の接触を開始。互いの行為を写真に収める「the first man narrative」という方法を開発し、大量の写真撮影も行い、 映像は動画サイトYou Tube」で即時配信される。'07年大阪パフォーミング・アーツメッセ「720@PAMOAWARD」大賞受賞。 同年大阪府現代美術センター主催の「吉原治良賞記念アートプロジェクト」をきっかけに、ヘルシンキ南京ソウル沖縄の4都市を巡り、 '08年『project MINIMA MORALIA』を発表。以後、舞台芸術現代美術の2つのフィールドで注目され、「南京トリエンナーレ2008」や 「あいちトリエンナーレ2010」などの国際的な美術展や芸術祭等に参加。 現在、conatct Gonzoは、金井悠、加藤至、三ヶ尻敬悟、小林正和、松見拓也を加えた6人のメンバーで、国内外の様々な空間におけるパフォーマンス、 インスタレーションマガジンの発行などその活動は多岐にわたる。関西学院大学文学研究科美学専攻修了。大阪在住。

2011-12-12 第4回ダンス・コミュニティ・フォーラム「We dance 京都2012」開催

[]第4回ダンスコミュニティフォーラム「We dance 京都2012」開催

 毎年横浜で開催されていた「We dance」が4回目を迎え、初めて京都で開催されることになりました。情報が送られてきたので掲載することにしました。

アーティストラン〉により、日本のコンテンポラ リーダンスの活性化を目指す「We dance」。毎回多分野 のアーティストアイデアをともに探求する場、疑問

を投げ合う場、境界を越えた議論や活動が生まれる きっかけとなるダンスの場を作っています。第4回目 となる「We dance 京都2012」は、京都からの「舞台芸術

における創造的場の構築」を目指し、初の関西での開 催です。京都関西拠点の若手アーティストを中心 に、関東からは東京デスロック多田淳之介も参加

し、舞台芸術における身体性をテーマとした実験と交 換を試行します。ご期待ください!


日程:2012年2/3[金]〜2/4[土]

会場:元・立誠小学校、UrBANGUILD

主催:NPO法人Offsite Dance Project、「We dance 京都2012」実

行委員会、京都造形芸術大学舞台芸術研究センター

助成:公益財団法人セゾン文化財団

協力:立誠・文化のまちプロジェクト運営委員会事務

局、初音館スタジオ、UrBANGUILD

プログラム we dance in kyotoオープニングジャムセッ ション/トークセッションダンサーが考えるダンス未来」/若手振付家・ダンサーの交換企画/演劇ダンスの身体性の交換企画/トーク&ダンサーズクラ ブナイト(クロージングパーティー

参加アーティスト 内山一/京極朋彦/クリタマキ/ 相模友士郎/竹ち代毬也/多田淳之介(東京デスロッ ク)/長洲仁美/筒井潤(dracom)/萩野ちよ/福岡ま な実/増田美香/松本芽紅見/荒木志珠/齋藤亮/野 渕杏子(KIKIKIKIKIKI)/馬場陽子(淡水)/重里美穂 (淡水)/菊池航(淡水)/松尾恵美/飼鳥愛/倉田 翠/今村達紀/中西ちさと/日置あつし(suger&solts) /福井菜月(ウミ下着)他 *2011年12/6現在

プログラムディレクター:きたまり/舞台監督浜村 修司/音響:小早川保隆/照明:三浦あさ子/宣伝美 術:相模友士郎/ウェブデザイン:加藤和也制作

岡崎松恵/制作協力:小倉佳子

2011-12-11 木ノ下歌舞伎「夏祭浪花鑑」@京都アトリエ劇研

[]木ノ下歌舞伎「夏祭浪花鑑」@京都アトリエ劇研

 これまでの歌舞伎の現代化において優れた舞台成果を残してきたやり方としては歌舞伎をもともとは義太夫から発したような「語りの演劇」の一典型と考え、現代的な様式における新しい「語りの演劇」を構築した試みがある。原テキストとなる古典のリソースとして、シェイクスピア劇やギリシア悲劇と同様に歌舞伎テクストを用いるというもので、宮城聰ク・ナウカ安田雅弘の山の手事情社などが「語りの演劇」による歌舞伎テクストの上演を行ってきた。

 劇団☆新感線のいのうえ歌舞伎のように歌舞伎が本来持っていた「かぶく」という美学を精神的に受け継ぐことを意図しながらも様式やテクストはオリジナルなものをフリースタイルで展開していくようなありかたもあり、畑沢聖悟が「曽根崎心中」を下敷きとして「背中まで45分」を創作したように原作の構造の一部を借りながらそれを現代劇のなかに換骨奪胎するようなやり方もある。ネオ歌舞伎を標榜する花組芝居のように歌舞伎の様式や演技法を一部借りながら、現在の歌舞伎上演とは違う形での新たな歌舞伎の形式を模索していくような試みもあった。

 木ノ下歌舞伎が興味深いのは最初のいくつかの作品では「語りの演劇」を考えているのかとも考えているが役者の技量もあってそれがうまくいかないのか、とも考えた時期もあったが、どうやらそうではないことだ。ク・ナウカ山の手事情社では新しい様式を探究しているが、この「夏祭浪花鑑」を見る限り、おそらく木ノ下歌舞伎特有の様式というようなものは追求されていない。様式は作品ごとに異なるし、作品ごとに演出家さえ変わったりします。そして、ことなる演出家に演出された「勧進帳」と「夏祭浪花鑑」の間にはほとんど様式における共通点はない。

 これは一見、現代演劇を上演する集団としては不可解にも見えますが、その根底に「歌舞伎というものは本来そうしたものだ」という考え方があるような気がする。次回の新作として「義経千本桜」の通し上演をやるという風に予告している。「義経千本桜」は全五段の時代浄瑠璃ではありますが、歌舞伎の通し上演というのはそのなかに「世話」「時代」「舞踊」などさまざまな異なる要素を含んでいて、しかも人形浄瑠璃竹田出雲並木川柳、好松洛合の合作とされていて、それを3人の演出家がいろんなスタイルにより演出し上演するという試みはきわめて歌舞伎的といえそうだと思うのだ。

2011-12-04 “Klang Tantz Vol.4 高瀬アキ(piano)×岡登志子(dance)”@Art thea

[]“Klang Tantz Vol.4 高瀬アキ(piano)×岡登志子(dance)”@Art theaterdB神戸

2011-12-03 渡辺源四郎商店 とままごと

[]渡辺源四郎商店 「エクソシストたち」 @こまばアゴラ劇場

作・演出 畑澤聖悟 音響:藤平美保子 照明:浅沼昌弘 舞台美術山下昇平

 宣伝美術:工藤規雄(Griff) 宣伝写真・造形:山下昇平

 プロデューサー佐藤誠 ドラマターグ・演出助手:工藤千夏

 制作:渡辺源四郎商店 舞台監督三上晴佳、工藤良平、田守裕子

 主催・企画制作:渡辺源四郎商店 提携:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場

 出演:

 喜多川家の人々

 工藤由佳子 :喜多川まゆみ(33)/ちづるの母

 音喜多咲子 :喜多川ちづる(11)/まゆみと敏三の子

 音喜多昭吾 :喜多川敏三(38)/まゆみの元夫、ちづるの父

 山田百次[劇団野の上]:木立昇(32)/まゆみの内縁の夫

 エクソシストたち

 斎藤手恵子[PAC]:工藤素子(58)/カミサマ

 工藤良平  :安倍藤十郎(30)/僧侶(真言密教;

 牧野慶一  :城島政利(67)/神父(イエズス会;

 高坂明生  :鳥谷部薫(30)/ヒーリングミュージシャン

 その他の人々

 柿崎彩香  :封馬ルリ(28)/精神科医

 三上晴佳  :村田乃々子(25)/ちづるの担任スタッフ

[あらすじ]

現代。北東北、人口30万、県庁所在地の小都市。そ の閑静な住宅地にある2階建ての家。30代の母親と 小学生の娘が生活している。娘に異変が起きたのは 2ヶ月前から。男のような声でわけのわからぬこと を口走り、卑猥な言葉を発し、母を罵倒するように なった。顔はむくみ、ひび割れ、目は真っ赤。頬は 痩せこけ、可愛かった面影はどこにもない。「悪魔 が憑いた」と判断するよりほかなかった。そして、 この日、ある異様な客たちがこの家にやって来た。 様々な能力を持った悪魔祓い(エクソシスト)たち である。悪魔祓いたちと悪魔との戦いがいま始まる のであった。

 ウィリアム・フリードキン監督による名作ホラー映画エクソシスト」を下敷きにした弘前劇場時代舞台「月の二階の下」を改定した作品。とはいえ2階に籠ったまま奇怪なふるまいをしているらしい娘に憑いたらしい悪魔を退治するために神父、密教僧、精神科医などが次々とやってくるという趣向はそのまま生かしながらも、それ以外の物語のディティールは大幅に変更したため、表題も「エクソシストたち」と変更したこともあり、事実上新作と考えるべきなのであろう。

 笑いのある喜劇的な場面をつなぎながら、いつもまにかシリアスかつ重大な問題に切り込んでいくのが、畑沢聖悟の得意とするパターンで、「エクソシストたち」も前半いかにもいんちきくさいエクソシストたちが大いに笑わせてくれる。弘前劇場時代の「月と二階の上」ではこのいんちきエクソシストに畑沢聖悟自身と当時畑沢の一番弟子的存在だった山田百次が出てきて笑わせるためにだったらどんな卑怯な手を使ってもいいとばかりに大いに笑わせてくれたのだが、今回は畑沢が演じた密教僧を工藤良平、ヒーリングミュージシャン高坂明生が演じ笑いをとった。彼らは結局、悪魔のような形相で暴れてるらしい、二階の娘(音喜多咲子)の前では詐欺師同然の無能力さを露呈してすごすごと逃げ帰ってくる。

 だが、単なるホラーを下敷きにしたコメディーに終わらないのが渡辺源四郎商店=畑沢聖悟の真骨頂である。東日本大震災物語の一部に取りいれながらも、単純に震災の悲劇を描くのではなくて、エクソッストの悪魔よりも震災の津波よりもこわい人間の心の闇を悪魔払いの物語に託して描きだしていうのだということが分かってくるからだ。

 実は一見、映画エクソシスト」の少女のように悪魔に取り付かれたかに思われる少女の変異が実は母親によるドメスティック・バイオレンスDV)が引き金になった神経疾患ではないのかということが、精神科医の女性(柿崎彩香)によって暗示されて、これは母(工藤由佳子)と娘の相克が原因ではないかということが明かされていく。夫とうまくいかずに外に男(山田百次)を作った妻は夫と別れて青森に引っ越し、夫のいる東北の(続く)

[]ままごと 「あゆみ」 @森下スタジオ

出演:秋葉由麻 黒宮万理(少年王者舘) 鈴木亜由子(ザ・シャカリキ) 長沼久美子 藤吉みわ フタヲカルリ(劇団あおきりみかん) 真嶋一歌 吉田愛(オイスターズ )

脚本・演出=柴幸男 舞台監督佐藤恵 美術青木拓也 照明=伊藤泰行 音響=星野大輔 演出助手=きまたまき/辻村瑛子 宣伝美術=セキコウ 制作協力=佐藤泰紀(急な坂スタジオ) 制作=ZuQnZ [大石将弘/加藤仲葉] 製作総指揮=宮永琢生 企画制作=ままごと/ZuQnZ 助成=芸術文化振興基金公益財団法人セゾン文化財団