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中西理の下北沢通信(旧・大阪日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-09-28 映画『散歩する侵略者』@横浜ブルク13

[]映画散歩する侵略者』@横浜ブルク13

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監督黒沢清

出演:長澤まさみ松田龍平長谷川博己前田敦子高杉真宙恒松祐里満島真之介東出昌大小泉今日子ほか

原作前川知大散歩する侵略者

配給:松竹 日活

©2017『散歩する侵略者製作委員会

 イキウメ前川知大代表作「散歩する侵略者」を原作黒沢清映画化した侵略SF映画である侵略SFと書いたが、原案となっている舞台版「散歩する侵略者*1

はもう少し作品輪郭について意図的あいまいさを残した舞台で、以前観劇した時に鴻上尚史の「トランス」と似ていると書いたのは「トランス」において何が精神疾患人物妄想で、何が真実なのかが二転三転するように、舞台版「散歩する侵略者」でも「概念を奪う侵略者宇宙人」が本当に実在するのか、登場人物らによる想像上の存在にすぎないかが、曖昧な描き方になっていて多様な解釈可能ものだった。

 黒沢版では原案のこういう微妙な部分はほとんどなくなっていて、その分アクションやスプラッタ風味が増えてストレート宇宙人侵略SFとして見られるようになっている。途中で奇妙な精神疾患が多発し、それを引き起こすウィルス存在が疑われ、大勢の人々がおかしくなってパニックになる描写もあり、それが広域に起こるということと3体(3人)の宇宙人がいわば先遣隊として地球に送られて、情報収集の課程で「概念を奪う」という行為を行うことで、場合によっては相手精神廃人に近い状態へと毀損してしまうということの間には後者が原因で前者が起こることについて論理的には説明できないことが数多く残るなど整合性に疑問が残る部分も少なくない。

とはいえ、恒松祐里演じる若い女性寄生(?)した宇宙人自分たち敵対する人間を次々と冷酷に虐殺していくことなどの描写において映画版では宇宙人存在自体はもはや疑いようがない。

[]有安杏果「色えんぴつ」のMV公開

有安杏果ソロコンココロノセンリツvol.1」で披露した新曲「色えんぴつ」の

MVが公開された。すでにこのサイトで報じた通りに曲中アニメ映像作家が外山光男。新アルバムのMVとしても採用される。

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珈琲の晩 [DVD]

珈琲の晩 [DVD]

2017-09-25 ブルドッキングヘッドロックvol.29『田園にくちづけ』 @下北沢 ザ・

[]ブルドッキングヘッドロックvol.29『田園にくちづけ』 @下北沢 ザ・スズナリ

f:id:simokitazawa:20170926212954j:plain

田園にくちづけチラシ

作・演出喜安浩平

出演

 葛堂里奈

浦嶋建太

瓜生和成(東京タンバリン

吉川純広

山岸門人

寺井義貴

深澤有紀

猪爪尚紀

はしいくみ

小笠原健吉

竹内健史

橋口勇輝

�癲橋龍

平岡美保

山田桃子

山本真由美

吉増裕士(ナイロン100℃/リボルブ方式

永井秀樹青年団


スタッフ

舞台美術長田佳代子

音楽西山宏幸

照明:斎藤真一郎

音響:水越佳一(モックサウンド)

映像:猪爪尚紀

衣裳:正金彩

舞台監督田中翼・伊藤

演出助手:陶山浩乃

音響操作佐藤こうじ(Sugar Sound)

映像操作:吉田幸之助

宣伝美術:オカイジン

宣伝写真舞台写真保坂

宣伝ヘアメイク上野小百合

宣伝イラスト永井幸子

WEB寺井義貴

票券:鈴木ちなを

制作協力:リトル・ジャイアンツ

制作足立悠子・藤原彩花

協力:株式会社フィグライト KNOCKS,INC. ECHOES 宮津ルーム バウムアンドクーヘン krei inc. ランドスケープ ダックスープ マッシュ ナイロン100℃ 青年団 東京タンバリン リボルブ方式 capital inc. ムシラセ

企画製作:ブルドッキングヘッドロック

2017年9月22日(金)〜10月1日(日)

喜安浩平ナイロン100℃俳優として所属しているが、その傍ら自分劇団「ブルドッキングヘッドロック」を主宰し、作演出を手掛けるとともに映画脚本家としても実績を作っている。演劇という畑ではケラに一日の長があるにしてもすでに映像方面評価ではいくつもの賞を受賞し、一定以上の評価を得ていることから、ケラと喜安の関係大人計画松尾スズキ宮藤官九郎関係に準えることができるかもしれない。

 田園風景が広がる地方一家を背景にそこで起こっている日常的な一家族の物語とその一家の隣りに住んでいる漫画家他人キスをすることで味に関する記憶を吸い取って生きるという謎の生命体による顛末をどたばた調のコメディーとして描く。

生命体の設定に現在映画を封切り中の「散歩する侵略者」との類似があって「アイデア剽窃しているのではないか」との声がネットに書き込まれていた。私も最初はあれ似た話かなと一瞬思ったがそんなことを言い出せば「散歩する侵略者」の方にもジャック・フィニイの「盗まれた街」やそれを映画にした「ボディスナッチャー」をはじめとして数多くの参照項があるわけだし、都市核家族化の間隙をぬった静かな侵略を描いた「散歩する侵略者」と「田園にくちづけ」では物語アスペクトがまるきり異なる。

奇妙な存在である隣家の住人たちの存在無視してしまえば、セリフに四国方言が使われ、瓜生和成(東京タンバリン)、永井秀樹青年団)の現代口語演劇系の手だれの俳優たちが集う今回の芝居は最近劇団でいえば小松台東、あるいは青年団リンクエイ、少し前の舞台なら松田正隆弘前劇場渡辺源四郎商店などに近い。特に祖父葬儀に合わせて離れていた人物がひさびさに故郷に戻ってきたという設定は弘前劇場の「家には高い木があった」や小松台東の「山笑う」を彷彿とさせる。そして何よりそれらの舞台をこの芝居を見ていて連想することになったのは弘前劇場「家には高い木があった」には永井秀樹が「山笑う」には瓜生和成がそれぞれ客演として出演していたからだ。

 地方家族はかなり緻密かつリアルに設定されている。この家には2兄弟がおり、長男(吉増裕士)、次男永井秀樹)にはそれぞれ妻子もいる。亡くなった祖父の手掛けていた田んぼ長男が継いでおり、その息子(寺井義貴)も教師を務める一方、農家を手伝っている。息子は冒頭で見合いをしているという設定。作品中盤以降はその婚約者的な存在という女性も登場してくる。一方、次男地方公務員東京などから移住してきた人をこの町に定住してもらうプロジェクト担当しており、その一環として東京からここに引っ越してきたのが漫画家先生(瓜生和成)なのである

以前、ナイロン100℃フローズン・ビーチ」(1998年8月/第43回岸田國士戯曲賞受賞作)、「薔薇大砲 〜フリドニア日記 #2〜」などの作風を称して「異世界捏造する演劇」と評して、大きなウソ虚構)をある種のリアルをもって体現するために小さな虚構を積み重ねると書いたことがあったが、今回喜安浩平が「田園にくちづけ」で駆使したのもそうした手法に近いかもしれない。

 この作品で描かれている田舎光景一見リアルものではあるが、少しづ現実世界とはずれ込んでいる。面白いのは冒頭近くのシーンから長男の妻の料理の味付けが滅茶苦茶であり、異常なまでにまずいという設定が提示されるのだが、これがギャグ的な要素とされて設定されたのかと思いきや、このせいでこの家族だけは隣家に住んでいて美味しい食事記憶を糧として摂取している特殊生命体の記憶の捕食から免れている。この家の息子は隣の若い女に突然キスをされたうえに「まずい」と言われ、さらにはその同居人である漫画家秘書役を務める男にも同様の行為をされたうえに「まずい」と言われ、トラウマになるほどのショックを受ける。しかし、それは実は息子の接吻テクニックが下手とかそういうことでは全然なくて、息子の母親料理が異常にまずいため、まずいものを食べた記憶のみが彼の中には蓄積されているからなのだった。

 漫画家自身普通人間であって、娘と称することになった女と出会って、彼女らを匿うようになり、美食主題にした漫画を描くようになって、取材と称してアシスタント役の男が美食についての思い出を採集すると称して、食の記憶摂取することの手助けとなるようになった。ただ、男のこうした行為は次第に狭い田舎町のなかで人々に疑惑を抱かせるはめになった。

 そしてそれはついには役所勤めの次男とその同僚も知ることになり、知った上でIターンPRのためにその成功例としての漫画家を助けようとする。とはいえ、やはりこうした糊塗策にはやはり無理があって、しかも彼らの記憶の捕食が捕食された人間記憶の食以外のものも奪い取ることで、夫婦関係破綻させる例がでてくるなど何かの悲劇が起こりそうな予感を残して物語は終わるのである

2017-09-22 超人予備校 「木の葉 オン・ザ・ヘッド」@ シアターグリーン BASE T

[]超人予備校 「木の葉 オン・ザ・ヘッド」@ シアターグリーン BASE THEATER


「木の葉 オン・ザ・ヘッド」

人を化かすタヌキ。

月夜には腹鼓を打つタヌキ。

なぜ、そんな伝説が広がったのでしょうか?

不思議な力を持ちながら、どこかドジで、愛嬌のあるタヌキ。

どこか昔の日本を感じさせる動物です。

町中にも信楽焼のタヌキやタヌキのゆるキャラなどがたくさん

溢れてます

タヌキは漢字で書くと『狸』と書きます

「けものへん」に「里」です。

人間と近いところにいたのです。

いや、今もゆるキャラなどに姿を変えて、我々人間と共に

いるのかもしれません。

タヌキとの結びつきを無くした今の日本

「里」というものが無くなっていきます

失われつつある懐かしい日本風景を、タヌキの存在を通じて

描いてみようと思います

超人予備校と強烈な客演陣で時にパワフルに、時に牧歌的

お届けします

(魔人ハンターミツルギ)

過去作品レビュー

超人予備校迷い犬のサクマさん」@independetシアター 1st

http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20061022

超人予備校プレゼンツ トリオ天満宮HERO'S 「ゴリラ柴犬彦」

http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20060709

【作・演出

魔人ハンターミツル

キャスト

日枝美香L / 尾松由紀魔人ハンターミツル

上原日呂 (月曜劇団) / ハシグチメグミ(パイのミ)

奥田さぶりな美樹てぃー (IsLand12)

中村美咲 / 森嶌正紀 (ティッシュの会)

北野勇作 (劇団★虚航船団パラメトリックオーケストラ)

森世まゆみ / 月亭文都リーフレディース

条あけみ (あみゅーず・とらいあんぐる) / 田口

スタッフ

舞台監督:青野守浩 / 照明:葛西健一 / 照明オペ:鎌江文子

音響大西博樹 / 制作協力:鉾木章浩(尾崎商店) / 宣伝美術:あまぞん

web制作山名伸右 / ソウル大臣アボンボ / 制作超人予備校

【日時】

2017年

9 月22 日 (金) 19:30★

9 月23 日 (土・祝) 13:00☆ / 17:00

9 月24 日 (日) 12:00 / 16:00

★…ゲスト中西理氏(演劇舞踊批評)と魔人ハンターミツルギによるアフタートークあり

☆…出演者によるアフタートークあり

※各回開演15分前より、アコースティックユニットバナナンボ」による生演奏をお楽しみください

受付開始は開演の45分前、開場は開演の30分前。

全席自由。受付開始より 入場整理券を発行します

未就学児の入場はご遠慮願います

【会場】

シアターグリーン BASE THEATER

劇場問合せ先〕

住 所:〒171-0022 東京都豊島区南池袋2-20-4

電 話:03-3983-0644

チケット料金】

[一般]

前売 2800 円/当日 3000 円

[割引]

U-22(22歳以下):1500 円

高校生:1000 円/小中学生:500 円

(U-22は年齢を証明するもの中高生学生証を提示要。)

リピーター割引:1500 円 (半券提示要)

【予約方法

7月7日(金)20時より予約受付開始

〔Corichで予約〕

予約完了後すぐに、自動返信メール送信されます

URL付きメールの受信を拒否されている方は、設定を解除してください。

ticket@corich.jpよりメールをお送りしますので、受信許可設定をお願いいたします

携帯からの予約はこちらをクリック!

■PC用:https://ticket.corich.jp/apply/82618/

携帯用:http://ticket.corich.jp/apply/82618/

劇団チケット予約〕

メール予約:

氏名・日時・枚数・券種(一般・U-22・高校生小中学生)・電話番号をご連絡下さい。折り返し確認メールをお送りいたします

リピーターの回を予約される場合、備考として「リピーター」の旨

お知らせ下さい。

大阪劇団超人予備校」の舞台をひさびさ(10年ぶりぐらい)に見た。この劇団は必ず動物モチーフにした芝居をやり、毎回付け耳を付けた役者動物の役を演じる。以前に書いたレビューでは「もっと舞台で展開されていることは冷静になって眺めてみると相当に馬鹿馬鹿しい。(中略)若い女優たちはまあ置いとくとしても、いい年をした男優たちが真剣になって演じる犬というのは考えようによってはとても気持ち悪い」などと書いたのだが、10年以上もの歳月がたっているのにも関わらずこの作品はまったく変わってないのだった(笑)

 特に今回のキャストには関西小劇場界の重鎮であり、別役実の芝居などを好んで演じる田口哲ややはり関西代表するベテラン女優である条あけみ、SF小説家として知られる北野勇作なども含まれるが、彼ら(彼女ら)も狸の付け耳をつけて喜々として狸役を演じているのを見ると思わず笑ってしまう。もっとも、15人の登場人物のうち人間役の2人を除けば全員が動物なのだが。

2017-09-20 HEADZ 『を待ちながら』@こまばアゴラ劇場

[]HEADZ『を待ちながら』@こまばアゴラ劇場

作:山下澄人

演出飴屋法水

■出演

飴屋法水山下澄人、荻田忠利、佐久間麻由くるみ

■会場

こまばアゴラ劇場http://www.komaba-agora.com

左半身不随だという男(荻田忠利)がベッドに仰向けに寝ている。傍には少女くるみ)がいて男に話しかける。どうやら2人は親子らしい。さらにそこにはどこかに出かけようとしてここで待ち合わせたなどと称して大柄な男(山下澄人)と聾唖の男(飴屋法水)がやってくる。ここがどこであるかということについて最初のうちから向かいに「東大電気」という店があるとか、教会があるとか会場となったこまばアゴラ劇場を思わせるような場所についての言説がかたられるが、どうも辻褄が合わない。

そこに車に轢かれて死んだらしい血だらけの一輪車少女がやってくる。そして分かってくるのは彼女はすでに死んでいるということだ。途中で内臓と思われるものをずるずると引き出されるなどスプラッタなのだが、次第に分かってくるのはここにいる人たちは皆すでに死んでいるのではないかということなのだ

父親は娘に自殺を試みたことがあるのかと聞かれていた。その場面では試みたが未遂に終わり、生き返ったものと単純に考えていたが、もう死んでいるのかもしれない。残りの二人の男たちもどこかに旅に出たいというが、どこにも行けないのはやはり亡者からではないか。

最後くるみが演じている少女けが生きているのかとも思ったが、彼女が折に触れて朗読するのが「アンネの日記であるのは彼女もやはり死者であるこなとを暗示しているからではないだろうか。

アンネの日記」のイメージとも重なるところだが、閉ざされたこの場所には外側がない。劇場空間の外側には俳優たちは何度かはけていくが、入場の際に通常は楽屋(つまり劇場の裏側の場)として使われている場所から急な階段を通じて劇場に通されたようにこの場所にはもはや表も裏もなく、内も外もないようなのだ

 外側がないというのはもはやこの閉ざされた空間以外に世界はないのではないかと感じさせられるということだ。これに少し似た空気感を持つ舞台をだいぶ以前に見たことがあると思い、苦労した揚げ句何とか思い出したのが、深津篤史作演出の「熱帯魚」という作品。断片的な記憶しかないが、倉庫のようなところに閉じ込められた人々がごちゃごちゃと無駄愚痴を言い合うような舞台で、最後は明示はされないのだけれど世界はとうに滅びてしまっていて、亡者たちの残留思念のようなものけがそこに集まってきて壊れたテープのような会話を繰り返すというもので、阪神大震災被災者としてその心象風景の中で創作されたものだが、一方でベケットの「エンドゲーム」を下敷きにしたものだった。

2017-09-19 『を待ちながら』@こまばアゴラ劇場

[]HEADZ『を待ちながら』@こまばアゴラ劇場

作:山下澄人

演出飴屋法水

■出演

飴屋法水山下澄人、荻田忠利、佐久間麻由くるみ

スタッフ

プロデュース佐々木敦

美術飴屋法水 山下澄人

音楽宇波拓

音響:牛川紀政

照明:富山貴之

舞台監督河内

舞台監督助手松本ゆい

衣裳:コロスケ

演出助手西島亜紀

制作土屋光 有上麻衣 白迫久美子

芸術総監督平田オリザ

技術協力:鈴木健介(アゴラ企画

制作協力:木元太郎(アゴラ企画

■会場

こまばアゴラ劇場http://www.komaba-agora.com

左半身不随だという男(荻田忠利)がベッドに仰向けに寝ている。傍には少女くるみ)がいて男に話しかける。どうやら2人は親子らしい。さらにそこにはどこかに出かけようとしてここで待ち合わせたなどと称して小人と呼ばれる大柄な男(山下澄人)と聾唖の男(飴屋法水)がやってくる。ここがどこであるかということについて最初のうちから向かいに「東大電気」という店があるとか、教会があるとか会場となったこまばアゴラ劇場を思わせるような場所についての言説がかたられるが、どうも辻褄が合わない。

そこに車に轢かれて死んだらしい血だらけの一輪車少女がやってくる。そして次第に明らかになってくるのは彼女はすでに死んでいるということだ。途中で内臓と思われるものをずるずると引き出されるなどなかなかにプラッタなのだが、次に分かってくるのは彼女だけでなく「ここにいる人たちは皆すでに死んでいるのではないか」ということだ。

父親は「娘に自殺を試みたことがあるのか」と聞かれていた。その場面では「試みたが未遂に終わった」との返答から、生き返ったと単純に考えていたが、もう死んでいるのかもしれない。残りの二人の男たちもどこかに旅に出たいというが、どこにも行けない。やはり亡者からではないか

くるみが演じている少女だけは生きているのかとも思ったが、彼女が折に触れて朗読するのが「アンネの日記であるのは彼女もやはり死者であることを暗示しているのではなかろうか。

アンネの日記」のイメージとも重なるが、閉ざされたこの場所には実は外側がないのかもしれない。劇場空間の外側には俳優たちは何度か出かけてはいくが、演劇が始まる前の入場の際に通常は楽屋(つまり劇場の裏側の場)として使われている場所から急な階段を通じて劇場に通された。この場所にはもはや表も裏もなく、内も外もないようなのだ

 外側がないというのはもはやこの閉ざされた空間以外に世界はないのではないかと感じさせられるということだ。これに少し似た空気感を持つ舞台をだいぶ以前に見たことがあると思い、苦労した揚げ句何とか思い出したのが、深津篤史作演出の「熱帯魚」という作品。断片的な記憶しかないが、倉庫のようなところに閉じ込められた人々がごちゃごちゃと無駄愚痴を言い合うような舞台で、最後は明示はされないのだけれど世界はとうに滅びてしまっていて、亡者たちの残留思念のようなものけがそこに集まってきて壊れたテープのような会話を繰り返すというもので、阪神大震災被災者としてその心象風景の中で創作されたものだが、一方でベケットの「エンドゲーム(勝負の終わり)」を下敷きにしたものでもあった。

「を待ちながら」は芥川賞作家である山下澄人オリジナル脚本によりベケットの「ゴドーを待ちながら」のような作品をというのが、元々の企画意図だったようだが、出来上がった作品ベケットぽい匂いは残しながらも「ゴドー〜」とはかなりかけ離れた設定となっている。山下、飴屋が演じる男たちのウラディミールエストラゴン面影がかすかに見受けられる程度であろうか。

 舞台最後では音楽担当舞台上(内)で出演者に入り交じって演奏オペレーションを行っていた宇波拓ベケットのものの一部と思われるテキスト朗読した。それは何のテクストなのだか判然としないのだが、「ゴドーを待ちながら」ではないことは間違いないしどうも「エンドゲーム」でもなさそうなのだ

 それゆえ、この舞台構造の全体もベケットのその作品準拠しているという可能性は否定できないがやはり私には「エンドゲーム」を下敷きにしているのではないかと思われた。そうなるとますます深津篤史の「深海魚」と比較したくなるのだが、そういう比較になるとやはり自らが遭遇した阪神大震災記憶媒介とした深津作品の方に軍配を上げざるを得ない*1のだった。飴屋法水には東日本大震災を背景とした「ブルーシート」という作品もあり、こちらは先述した深津作品拮抗した作品の強度を持つが、今回の作品からはそこまでの切実さを読み取るのは難しかったのである

*1:こういう書き方をすると単純に当事者性のことを言っているように取られかねないが、言いたいことはそうではないのでそれがどういうことなのかはより深く考えないといけないのかもしれない

2017-09-15 青年団若手自主企画 伊藤企画「きゃんと、すたんどみー、なう。」@

[] 青年団若手自主企画 伊藤企画「きゃんと、すたんどみー、なう。」@小竹向原アトリエ春風舎


作・演出伊藤毅


2017年関東郊外。三人姉妹が住む一軒家。長女は、知的障がい者である

親はもうなく、主に三女が家を仕切っている。次女が結婚し、夫と建てた新居への引っ越し日。引っ越し業者とともに作業をする姉妹たち。

そこに、長女と結婚したいという男が現れる。

出演

木崎紀子 村井まどか 緑川史絵 由かほる 尾粼宇内 中藤 奨 新田佑梨(以上、青年団

海老根理(ガレキ太鼓) 工藤さや(カムヰヤッセン) 赤刎千久子(青年団リンクエイ) 岡野康弘(Mrs.fictions)

スタッフ

照明:井坂 浩

音響泉田雄太

衣装:正金 彩

舞台監督伊藤

宣伝美術内田

絵・制作:赤刎千久子

青年団俳優である伊藤毅によるプロデュースユニット伊藤企画青年団の若手ユニットには演出所属作家演出家のものが多いが伊藤俳優部の所属でかつてこの形態をとって独立した前例松井周がおり、いろんな形態が許容されているのが青年団のよいところだと思っている。

群像会話劇かつ現代口語演劇平田門下の青年団は才能溢れる劇作家演出家の宝庫だが、実は平田に似たスタイル作家現在は珍しい。そういうなかでは伊藤平田手法を一番巧妙に消化しながらも、知的障害者を抱える家族問題など平田があまり手を出さない類の主題への挑戦を試みている。

2017-09-14 ロロ vol.13「BGM」@下北沢ザ・スズナリ

[] ロロ vol.13「BGM」@下北沢ザ・スズナリ

脚本演出三浦直之

音楽|江本祐介

振付北尾亘(Baobab) 中村

出演|⻲島一徳 篠崎大悟 島田桃子

望月綾乃 森本華(以上ロロ)

石原朋香 井上みなみ(青年団)

油井文寧 江本祐介

ロロBGM」@下北沢ザ・スズナリ観劇。時はある人気アイドルグループ解散を決めた2016年の夏。*110年前に友達の午前2時(島田桃子)の失恋を慰めるために3人で出掛けた東北へのドライブ旅行。いまは仙台に住む彼女結婚するというので、もう一度その時のルートを車で回ろうという2人の男、泡之介(亀島一徳)、BBQ篠崎大悟)によるロードムービー演劇である

 ロロの描く青春が眩しくせつないのはそれが今じゃなく失われたものからじゃないかと思う。舞台では10年前の夏の回想と現在2016年)の出来事融通無碍なつなぎにより交互に語られていく。そしてそのことで10年という年月の持つ距離感が浮かび上がってくるような仕掛けとなっている。ただ作品中にいろいろ謎めいた要素が埋め込まれているのも確かだ。

登場人物のほとんどがニックネームのような名前で呼ばれているのに望月綾乃けが登場人物名もで望月綾乃のままで出演していて、演劇をやっているとか、いわき市アリオスという劇場演劇公演を見に行くという設定になっているのはなぜだろう、とか。逆に泡之介、BBQ、午前2時といういかにもいわくありげ名前は何を意味しているのか。旅の途中で遭遇する奇妙な人物たちにはそれぞれ何か意味があるのだろうかとかだ。

 いわき松島仙台石巻の旅程を選んだ土地がすべて東日本大震災被災地であることには絶対に偶然ではなく大きな意味があるはずだ。この作品主題が失われてしまった過去風景であることを考えれば、この作品で設定された10年という歳月にはただの物理的な時間というだけではなくて、2016年から2006年へと過去に遡る際に、その間に2011年3月11日はあり、しかもそれは過去風景を完全に消し去ってしまうような切断線としてそこにあるんだということを誰も否定できないだろう。

 ところが、この舞台三浦直之はあえて物語の核心である震災には触れることはない。この芝居を見る全ての観客が設定から予期すること、つまり震災記憶をあえて描かないのが三浦らしいと思った。そしてそれがこの物語を単なるノスタルジーではないものとしている。舞台を彩る江本祐介による音楽が本当に素晴らしい。最後に踊る人たちは皆楽しそうである。でもだからこそ永遠に失われたものを描く、この作品はせつないのだ。SMAPへの言及が冒頭にあるのも「永遠に失われたもの」の象徴からなのかもしれない。

劇中曲配信中! | ロロ vol.13「BGM 」official web

*1:ある人気アイドルグループと書いたがもちろんSMAPのこと。最初解散報道があったのはももクロライブ「桃神祭」初日の夜=8月13日のことだったこともありはっきりと覚えている。14日のライブ感想では嵐、ドリフターズと並び、ももクロ目標ひとつだったSMAPのことも書いているhttp://simokitazawa.hatenablog.com/entry/20160814/p1

2017-09-13 悪い芝居「純白」@悪いけど芝居させてくだ祭・浅草九劇

[]悪い芝居「純白」@悪いけど芝居させてくだ祭・浅草九劇 

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『純白』

【作・演出山崎

【出演】

中西柚貴 岡田太郎 松尾佑一郎 長南洸生 植田順平 野村麻衣 佐藤かりん 渡邊りょう

悪いけど芝居させてくだ祭・浅草九劇

作品

山崎彬 作・演出

 『純白』 『神様それではひどいなり』 『マボロシ兄妹』

渡邊りょう 作・演出

 『それはそれとした』

東直輝 作・演出

 『夢を見た後見てる夢』

劇場浅草九劇

悪い芝居「純白」@浅草九劇観劇劇団員による作演出作品含め5作品一挙上演のスタートは山崎彬の完全新作だった。むくつけき男どもが女子高生を演じるのでついつい笑ってしまうのだが、見終わると意外に悪い芝居らしからぬストレート恋愛劇。なぜだかせつない気分にさせてくれるのが不思議だ。

2017-09-11 有安杏果「色えんぴつ」の映像作家は外山光男

[]有安杏果「色えんぴつ」の映像作家は外山光男

有安杏果ソロコンココロノセンリツvol.1」で披露した新曲「色えんぴつ」の曲中で流れたアニメーション映像作家が外山光男という人だと判明。新アルバムのMVとしても採用されると思われる。

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珈琲の晩 [DVD]

珈琲の晩 [DVD]

2017-09-09 有安杏果の1stアルバム「ココロノオト」詳細発表♪

2017-09-08 Q「妖精の問題」@こまばアゴラ劇場

[]Q「妖精問題」@こまばアゴラ劇場


Q「妖精問題

1、ブス

2、ゴキブリ

3、マングル

作・演出市原佐都子

出演 竹中香子

映像出演 山村崇子(青年団

スタッフ

舞台監督:岩谷ちなつ

舞台美術中村友美

照明:川島玲子

音楽額田大志

ドラマトゥルク:横堀応彦

宣伝美術佐藤瑞季

制作大吉紗央里

制作補佐:杉浦一基

市原佐都子が劇作演出を担う。2011年より始動。その後コンスタントに公演を重ね、芸劇eyes番外編God save the Queen、F/T13公募プログラムに選出されるなど注目を集める。作品にはよく動物食べ物が登場する。ニンゲンの世の中の「形」に飼い馴らされきれない、そこからはみ出している、無理している存在が気になっている。

  中編が3本の3部構成。「妖精」というのは「そこにいるけど目にみえないもの」。つまりこの社会から差別され排除されているもの象徴で、話自体は全く無関係表現スタイルも大きく異なる3つの短編連続して上演されることで、このモチーフがつながり、多層的に展開される仕掛けとなっている。

最初のブスは落語仕立てという演出だ。「ぶす」と言えば「附子」と表記して狂言演目でもあり、古典落語にそれを映した演目でもあるのかなと思ったが、どうやらそういうわけではなさそうで、竹中香子の語り口もそれほど落語っぽいというわけではなく、落語パロディーだとしたら微妙。単純に容姿不細工という意味でのブスで、田舎学校で「ブス」な2人が卒業後どうしたらいいのかと話しているところから始まる。

 そして途中で「美人」というのは平均的ということで、平均からはずれたものたち(ブス、老人、障害者ら)が社会から排除されて社会が均質化することで、一般の人たちが安心して暮らせる世界が生まれるといい、そうした異物を排除していくような近未来の姿が描かれていく。ここでひとつ気になったのは竹中香子が「ブス」を演じる際に顔を意図的にゆがめたり、セリフをなめらかなものではなく吃音を交えたりして、記号的に障害者を思わせるものを混ぜ込んでいることで、ここでは構造的に社会から排除されるものとしてブス=障害者等価ものとして提示しようとしたともとれるが、障害者に対する揶揄的な表現ともとれるようなところもありあまり愉快でないものを見せられている印象があった。さらに作者は自分ものが食べられないような老人は社会的排除すべきであると論じる架空政党政見放送などの映像を流しながら、それが作者自身の主張ではないことは明らかだとしても世の中が確実にそちらの方向に向かって行っており、そういう世界が来るんだということを芝居は描き出していく。

 ただ、ここで作者はそういうもの不快に思うという生理そのもの構造的な差別を内部に孕んでいる社会刷り込みなのだということを主張したいのだと解釈することも出来るわけで、そこのところを考えさせられた。

  一方、「ゴキブリ」はゴキブリに悩まされる夫婦ゴキブリとの戦いの顛末ミュージカル仕立てで描き出していく。舞台自体は笑える場面も多くて楽しめるのだが、ことゴキブリモチーフとなると1本目の芝居で扱った社会的被差別者とは比べものにならないほど共存イメージするのは困難だ。私の家庭ではいわゆる諱(いみな)だが、これはその名前を呼ぶことさえも忌まわしい存在として「G(ジー)」と呼称されている。妻はことのほかこれを忌み嫌っているので、大阪時代に住んでいたマンションでは非常に小型のGが1匹発見されただけで仕事から家に帰ってみると妻が「実家に帰る」と泣き叫んでいて、結局バルサンどころか業者に頼み込んで駆除してもらった揚げ句に最後はその存在自体がGの存在連想させるということからゴキブリが完全に駆除された後は駆除業者までを忌まわしいものとして忌諱始めたほどだった。多分、この芝居に妻を間違って連れてきていたら、そういうものが出てくる芝居に連れてきたというだけで死刑宣告されるところなのだが、長年そういう相方暮らしているとやはりGを受け入れることはできないのだ。

最後の「マングルト」は女性の膣でヨーグルト発酵させるという健康食品健康法)を推奨する会のPR活動を芝居に仕立てたものだがこれも生理的に嫌な感覚が残るのはなぜだろう。全体的な仕掛けがサンプルの「ブリッジ」と似ているのだが、どちらもそこで出てくる健康法(?)を自分で試そうと言う気にはならないが、サンプルの舞台で展開されていることにはこの「マングルト」ほどの生理的嫌悪感は感じなかった。今回の3本の芝居を通しての主張としては社会から排除につながるような嫌悪感はそれ自体偏見であり、「寛容なる世界」を作っていくためにはそういう生理的嫌悪感を克服していくことが大切であるというようなことを訴えているとは思うのだが、この芝居自体の醸し出す生理的不快感リアルにそれを裏切っている。これはどういうことなんだろうと考えざるをえないのだ。 

2017-09-07 『坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT』 第76夜「ももいろフォーク

2017-09-05 マンガワールド「堂々とアイドル推してもいいですか?」小城徹也@東 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

マンガワールド「堂々とアイドル推してもいいですか?」小城徹也@東京カルチャーカルチャー

場所渋谷東京カルチャーカルチャー

出演者小城徹也先生WiLL、はっぴっぴ(夏海うららさんは都合により欠席となります)、

ふたりオポジット(凪原明季、本間美咲)、ロッカジャポニカ内藤るなは欠席となります)

【司会】IKKANみなみゆめ、ももたにかな

 東京カルチャーカルチャーマンガワールド56 【堂々とアイドル推してもいいですか?】にトークライブで出演 楽曲スーパーダストクロス」ではステージ小城徹也先生所十三先生、その他ヲタク数名を上げ雑巾がけ大会を行った。また物販終わりに隣のブースで物販を行っていた所十三先生本間美咲から誕生日プレゼントとして雑巾が贈られた。

ふたりオポジット

D

2017-09-03 青年団リンク ホエイ「小竹物語」@アトリエ春風舎

[]青年団リンク ホエイ「小竹物語」(3回目)@アトリエ春風舎


「恐怖」をエンターテイメントにする怪談師たち。

「恐怖」を快感とするオーディエンス

今日怪談イベントネット中継の日。


本公演は、怪談イベントネット中継する人たちの話です。

本編中に行われる怪談イベントを実際にネット中継(ライブ配信)します。遠方にお住まい劇場まで足をお運び頂けない方もお楽しみいただければ幸いです。

配信アドレスtwitter:@WheyTheaterにて公開いたします。

なお、怪談イベントは上演の一部ですので、上演全編を中継するわけではありません。あらかじめご了承ください。

作・演出山田百次(ホエイ劇団野の上)

出演:河村竜也(ホエイ青年団) 菊池佳南(青年団うさぎストライプ) 永山由里恵(青年団

斉藤祐一文学座) 成田沙織 和田華子 山田百次(ホエイ劇団野の上)

プロデュース宣伝美術河村竜也 制作:赤刎千久子 照明協力:井坂浩 演出助手楠本楓心

芝居冒頭に河村竜也が演じる高橋*1が「私はもうすぐあちらの世界(と舞台方向を指す)に行ってしまいますが、またこちらの世界に戻ってくるかもしれません。その時はどうぞよろしく」みたいなことを客席の中央部分に設けられたネット配信の中継ブースの中から客席に向かって話しかける。最初にこの作品を見た時にはただの前説だと思ってうっかりしてその重要さを見落としていたが、実はこの部分が非常に重要だ。3回舞台を見終わった上で、この舞台のことを反芻していて初めてそのことに気がついた。

 青年団リンク ホエイの「小竹物語」の主題は様々な意味で通常交わることがない「あちらの世界」と「こちらの世界」を対比させ、その境界を揺さぶろうということじゃないかと思う。

 

*1:あるいはこの時点ではまだ前説を行っている青年団リンクエイプロデューサー、河村竜也が、なのかもしれない

2017-09-01 青年団リンク ホエイ「小竹物語」@アトリエ春風舎

[]青年団リンク ホエイ「小竹物語」(2回目)@アトリエ春風舎


「恐怖」をエンターテイメントにする怪談師たち。

「恐怖」を快感とするオーディエンス

今日怪談イベントネット中継の日。


本公演は、怪談イベントネット中継する人たちの話です。

本編中に行われる怪談イベントを実際にネット中継(ライブ配信)します。遠方にお住まい劇場まで足をお運び頂けない方もお楽しみいただければ幸いです。

配信アドレスtwitter:@WheyTheaterにて公開いたします。

なお、怪談イベントは上演の一部ですので、上演全編を中継するわけではありません。あらかじめご了承ください。

作・演出山田百次(ホエイ劇団野の上)

出演:河村竜也(ホエイ青年団) 菊池佳南(青年団うさぎストライプ) 永山由里恵(青年団

斉藤祐一文学座) 成田沙織 和田華子 山田百次(ホエイ劇団野の上)

プロデュース宣伝美術河村竜也 制作:赤刎千久子 照明協力:井坂浩 演出助手楠本楓心