Hatena::ブログ(Diary)

自由の翼 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-07-24

天賦自由民権論

馬鹿無能与党選挙に勝てないだらしのない確かな野党が補完しあって出来たのが安保関連法案


安保保守平和安全法制と呼び、護憲左翼戦争法案と呼ぶ。


なんという欺瞞だろうか。


もはや屍になりつつある日米安保憲法9条に過激延命治療を施し、正当な政治手続きを得ない憲法解釈論による屁理屈によって咲いた時代の徒花である


自衛隊正規国軍とせず、非正規雇用のまま地球の裏側に派遣するというもの


つまり人材派遣会社による派遣雇用のようなものだ。


しかも、派遣先南スーダン中国人民解放軍元請けといったところか)の支援をやっているという歪で危険な状況だ。


中国脅威論なんてものは元々吹っ飛んでいるのである。


日米安保の枠組みなんぞは国連常任理事国である米英仏中露の枠組み(新ヤルタポツダム体制)の外である。


簡単説明するならば、正規の国軍を創設するというのは自衛隊を派遣雇用から正規雇用に切り替えるということだ。


国軍として、しっかりと国防任務遂行する為の名誉軍事力を保持し、同盟国による侵略戦争に参加しない、敵国でもない国を侵害しないように規制し、軍隊の内務規則や遵守すべき法令や軍法をしっかりとつくるべきというのが自分の考えである。



国軍は国命(日本国民同意天皇による認可)によって任務を遂行するもので無ければいけない。


米国戦勝国体制の命令によって敵国でもない国の戦争に参加するような不名誉があってはいけない。


だからこそ憲法を正しい政治手続きによって改正し、独立国家として国軍を保有し、他国の軍事力に依存しないことが大切である。


軍事力だけではなくて食糧エネルギーも他国に依存してはいけない。


軍事、食糧、エネルギーの3つを他国を依存している状況は独立国家として成立し得ないのだ。



自分は大日本国憲法と日本国憲法の良い部分を継承しつつ、時代のニーズに併せて必要なものをプラスする自主憲法制定を望んでいる。


婦人参政権の無い時代や特高警察のようなものがある時代に戻るようなこともあってはいけないし、基本的人権の尊重天賦人権論も必要だと想う。


天賦人権論によって日本国民全員が国民健康保険(皆保険制度)による恩恵年金といった社会保障の恩恵を受けて生活しているのも事実である。


国民健康保険、年金、生活保護等のセーフティネット

社会保障は安全保障と同じくらい重要なものだろう。


安全保障と社会保障は国家の両輪である。


君民一体による國體のもとに自由と民権も保障されなければいけない。


故に自分は天賦自由民権論と基本的民権の尊重を主張するものである。


これはあくまでも自説であり、個人的な論考である。


他人に押しつけたりする意図は毛頭無い。


同意も求めない


夫々が自分の置かれている立場で憲法の在り方や軍隊の在り方をしっかりと考えて頂きたい願って書いたものである。


そういう意図で書いた駄文であるが、何らかの参考になれば幸いである。


以上


にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村



政治 ブログランキングへ

2016-07-02

保守とリベラル

わしは革命というものが大嫌いである

何故か?

フランス革命大勢貴族ギロチン刑で大人から女子供までみんな殺されれたからだ。

革命に対するアンチラーゼがエドマンド・バーク保守主義の源流であり、保守とは本来、リベラルから派生したものだ。

実はわしは自分こそが正統派真正保守であると現在自己認識している。

保守思想が悪ではない。

保守を名乗る者たちが間違っているのだ。

日本の保守主義の源流を解説すれば、天皇皇室過激暴力革命から護るという主旨である。

現在の保守政党と保守団体自称保守がおかしなだけであって天皇・皇室の生命を過激な革命や労働闘争による暴力から護るという思想はリベラルであり、過激な革命を推し進めることを目的にしている共産主義社会主義へのカウンターであり、アンチラーゼでもあるのだ。

私が共感する左派とは元々アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチであってリベラルである。

リベラルは左翼ではない。

むしろアムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチは日本の左派が全くやらないチベット支援ウイグル支援や南モンゴルの支援に取り組んでいる。

保守が中共による少数民族支援をやっているといっても、少数民族を保護して支援している主体はアムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチである。

この2団体は拉致問題北朝鮮人権問題にも積極的に取り組んでいる。

保守は本来、リベラルから生まれた思想であり、保守とリベラルは親和性があるものだ。

自民系保守がおかしいだけ。

保守の社民系左派みたいなのが自民系保守である。

日本の政治というのは自民系保守が戦後体制を補完し、社民系左派である村山内閣旧民主党が更に体制を補完するために一時的政権担当したのだ

既存政党は全て戦後体制を補完するものでしかない。

だから国民は二択で微温的に自民とおおさか維新を選んでしまうのだ。

この私の問いかけは日本の左翼や左派には全く理解できないだろう。

二極を脱却した第三極の到来こそ、現在の日本に求められている。


にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村



政治 ブログランキングへ

2016-05-05

原点回帰

ブログですが実験的に「右翼リベラリズム自由の翼』」というタイトルにしていたのですが、結局のところ「自由の翼」というタイトルに戻しました。


オフィシャルブログというものも、尾びれ背びれのような気がして削除してシンプルに「自由の翼」というタイトルにしました。


今までの自由の翼の活動を振り返ると・・・御陵清掃にせよ、拉致問題にせよ、ウイグル支援活動にせよ、何にせよ、自主的に自由の翼というコミュニティに色んな参加者が、色んな物を持ち込んで勝手自由に創ってきたもの。参照


インディペンデント・・・つまりは、独立した、自主の、自治の、自由な、(他に)頼らない、自主的な、独立して、(…に)頼らないで、依存しないで、独立心の強い・・・これが自由の翼のひとつの特徴であるからです。


内容を読むと、右派的なもの、リベラル的なもの、双方の方向性指向性を感じると想います。


しかし、ラディカルでもなければ、アナキズムでもなければ、ファシズムでもないし、キッチュでもないし、サブカルとも違う。


過激でもなければ、クールじゃないし、カッコよくもない。


つまるところ、それで良いんじゃないかという答えしか無かったというのが結論です。


平凡な日常を大切にしつつ、時代に寄り添いながら、変えてはいけないもの、変わらなければいけないもの、変わっていくもの・・・そういうものを見つめながら、何らかの問題提議なり、活動なり、出来れば良いと思ってmixiコミュニティを創ったのがはじまりです。


名前を変えようとしたのは、自分以外の何かになろうとした・・・変身願望とか弱さだったんじゃないかと想います。


しかし、そういうカッコ悪い自分も認めて肯定するしかありません。


今更、自分探しの旅をしようとも想いません。


尊大自己評価も、卑屈な自己憐憫も、自虐的自己否定不要


落ち込むことが反省ではなくて、大切なのは自分を省みて等身大の自分を知ること。


等身大の自分を認めて、そこから、また、一から、はじめていけばいいじゃないか。


そういうことで原点回帰しました。


これからも、やることは変わりません。


みんなで持ち込み、みんなで自由に創っていく。


自主制作精神モットーに歩んでまいりましょう。


ありがとうございます



にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村



政治 ブログランキングへ