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2010-07-28

もはやこの国に死刑を執行する資格などありはしないだろう


死刑というのは文字通り「命を断つ」刑罰であり、本邦において最高の厳罰となっている。

今回千葉法相が死刑執行にサインしたことにはいくつもの問題がある。

まず、サインした日付は7月24日という話であるので、同26日に議員失職が確定している法相にとっては、事実上議員大臣として最後の仕事にも等しい。

そもそも千葉法相は「死刑廃止議連」に名を連ねていた(過去)のではなかったか?だとすると、その議員議員として最後の仕事として「死刑を執行した」ということになる。法相としての立場、というのはあるだろうが、それでは議連に名を連ねていた意味は何だったのか?しかもアムネスティ議員連盟にも名を連ねていた。法相という立場上、これらの議連から外れる、という行動自体は、今回の事態を想定してのものだ、と見ることはできる。法相として執行者の立場でもあり、執行する際にその議連に所属していることは問題視されるだろうから。

しかし、そうだとすると、一番最悪のタイミングでそのカードを切ったことになる。

確かに千葉法相は落選し、議員資格を失った。それは事実だ。しかし、今回千葉氏の得票数は落選者中最多となっている。

過去の千葉氏の得票はどうだったか?

第18回参院選 510,371 3位当選(民主党2候補計約115万票)

第20回参院選 843,759 3位当選(民主党2候補計約190万票)

第22回参院選 696,739 4位落選(民主党2候補計約144万票)

第20回参院選民主党が明らかに勝ち過ぎているので、それを考えれば第18回参院選よりも千葉法相は今回の方が票を伸ばしている。民主党計でも伸びている。今回の民主党神奈川における選挙戦は「現役大臣なら安泰」という胡坐をかいて序盤を過ごし、無名新人に多くを割り当て過ぎたため、3位と4位が逆転した戦略ミスによる失敗でしかない(ちなみにもう一つの要因はあきらかに「みんなの党」の党勢を見誤ったことにあると思われる)。千葉法相が「死刑を執行しない」ことに対して民意がそれを否定したわけではないだろう。

戦略ミスで落選しようが、落選は落選なので、言ってしまえば「ただの人」ではあるわけだが、それでも「弁護士」なのだ。過去の経歴や言動に、必ずしも支持できない点が少なくないものの、千葉氏が法相として起用されたのは「弁護士」としての経歴もあるはずで、死刑廃止等の氏の遍歴を見れば、それが民主党としてのメッセージであろう、と受け取るべきではないのか。「議員失職を大臣で救済するのはおかしい」「議員失職に伴い大臣を辞めるべきだ」という批判は、少なくとも憲法規定に反していない上、それは「通例」としてはあったかもしれないが、留任させたことでどうこう、というのはおかしな話ではないか。今回「死刑制度の存廃」など一度として選挙の争点になったことなどなかったのだから。

死刑執行は執行において大臣のサインを必要とする刑罰であり、それは他の刑罰と異なり、最後の最後までそれが正しいことなのか、問題はないのか、を考え、一部でも僅かでも疑義があれば、その執行を止めるためでもある。

仮に数カ月の間死刑が執行されなかったとして、それだけで「職務怠慢」とするのであれば、小泉内閣時の杉浦法相は事実上(「執行しない」発言は撤回したとはいえ)在任中の執行がなかったことはどうなのか(他にも複数の在任期間中の未執行法務大臣は存在する)。

また、6ヶ月という規定は「長く執行を待つことは無用な苦痛を与えるから」という理由で設定されたものであり、「6ヶ月以内に執行する」ということが自己目的化することは好ましい政策とは言えない。それを言うならば、執行まで平均7年以上かかっている現状は、過去の法務大臣も責任を負うべきだろう。再審請求などの期間は6ヶ月にカウントしないとしても、だ。

今回死刑を執行された死刑囚は、その罪状についてはどう考えても凶悪犯であり卑劣な犯行としか言い様がないものだが、上記を踏まえてもこの時期の執行には疑問を持たざるを得ない。

 

一つは問責というその職責適任者かどうかを問う提起がされている時期の執行、ということであり、もう一つは議員資格失効が確定し、失職直前に執行されている、ということにある。前者については、「問責そのもの」の理由が甚だ薄弱で、こんな理由で問責を通していれば今後あらゆる理由が問責の対象になりかねず、突っぱねることもできたはずだし、突っぱねるべきだった。後者については、前者の状況に対しての「執行したのだから適職だ」ということを主張したいのであれば、なお最悪で、それは必然的に「自己の正当性を補強するための死刑執行」という「執行しない以上に恣意的判断」と言わざるを得ない。しかも千葉法相は議員失職直後の7月27日に「死刑は大変重い刑であり、これまでも慎重に対応されてきた」と発言し「(死刑判決確定後も)再審が起こされていないとか、心身に問題がないかも含め、死刑は慎重にならざるをえない刑罰だ」と述べている。この言葉は何だったのか?

挙句に執行後の会見で存廃を含めた死刑の在り方についての勉強会を立ち上げる指示を出したことを述べてさえいる。この発言を額面通り受け取れば、「議論のために殺した」と言うほかなく、そうでなければこの発言そのものが、過去の言動と今回の執行の矛盾批判を避けるために、「保身としての指示を出した」としか考えられない。さらに最悪な執行と言わざるを得ないだろう。

もちろん広汎な議論は行われるべきだし、そもそも死刑合憲説は占領下の1948年のものが根拠となっている。この合憲説そのものが、いわゆるA級戦犯処刑直前、という極めてデリケートな政治情勢下で下されたものであることは考慮しておいて良いだろう。この合憲判断については「応報論」ではなく「威嚇効果」「隔離効果」での判断となっていることも留意点ではあろう。

 

さらに酷いのはこれに対する公明党の「民意を得られなかった人が引き続き職務に携わることがいかがなものかと問われているときに、こうしたことを行うのは国民の理解は得られない」との発言で、散々「執行しない」ことを責め、その結果(それだけではないにしても)落選したことを「民意を得ていない」と責めていたわけで、それまでの発言を文字通り受け取るなら「民意を汲んで執行した」としかならないはずだが、まるで道理が通らない。

責める側も責める側で、「法相のクビを取る」ことにしか興味がなく、死刑執行をその政争の具として扱うことに躊躇しない姿勢は、それだけで「死刑廃止を選択するに値する」政治状況と言わざるを得ない。

もともと死刑が「大衆に見せる」刑としての側面もあり、それに対して必ずしも否定をするわけではないのだが、今回の一連のものはその「死刑そのもの」が持つ意味合いではなく、「死刑」そのものを見せものとするただの政争に過ぎない。果たして我々はこの醜悪極まる(そして執行待ちだったとはいえ)2人の命を奪った行為を、今後も観劇し続けたいのか、今回問われてくるのは最終的にはそういうことなのだろう。当事者を除けば死刑の執行は「社会正義」を確認する行為であり、また酷い場合は「閉塞状況に対するガス抜き」としての祝祭作用を得る行為でしかない。

まともな取り調べの可視化も行われず、強引な取り調べや無理な調査、場合によっては証拠や証人の捏造さえも行われることもあり得る状態で、この死刑という刑罰を、いまやその本来意義とは外れた形で見せ物化してしまった今回の行為は、現代日本における相当に重い汚点であることは間違いない。千葉法相は指揮権発動についても危うい発言をしていたが、今回の行為は最早議員以前に、また弁護士以前に、あまりに権力を自身のために振い過ぎた、人として問題がある行為であるだろう。そして、そうするよう追い込んだ要因の一つは野党の職務怠慢批判であり、マスコミの居座り批判であることは疑い得ない。寄ってたかって死刑囚を玩具にして弄んだ、という事実を一体どう受け止めれば良いのか。

考えれば考えるほど、自分には「最早死刑を廃止するしかあるまい。まともな判断力と洞察力をもった人間がいないのだから」としか結論が出ないのだが。

また、千葉法相には可視化など、いくつか実現に扱ぎ付ける道筋をつけて欲しいテーマもあり、過去のあれやこれやに目をつぶっても暫定支持、という立場だったが、これについては金輪際撤回させて頂く。間違いなく最低の法相と言わざるを得ない。本人が否定しようが、そう受け取られることを承知でやったのであれば、なぜサインした段階で公表しなかったのか、またなぜサインしたのか、についての説明がない以上、何の言い訳も聞く気は無い。同時に、公明党も元から支持していないとはいえ、「『生命・生活・生存』を尊重する公明党の人間主義」といった綱領はまるで看板にもならないものだ、ということとして対峙するし、美辞麗句もそう判断する。マスコミもこの件に関しては同罪だろう。法的に問題がないから引き続き大臣として残って構わない、という点について「何でも適法ならいいのか」という批判はあるだろうが、その批判の一つが「死刑執行有無による適格性」であった以上、それに対する自身への言説は当然表明されるべきだ。まして、執行したらしたで「変節」だの何だのと言って法相批判に走るようでは、いかに「命」を玩具にしているのか、ということに無自覚でありすぎる。今回の執行は「なぜこのタイミングで千葉法相が死刑執行のサインをしたのか」ということであり、法相自身の問題と、今回の執行を生起した環境を誰がどう作ったのか、について深く考えるべきだろう。

そして、我々は「誰が大臣として適任なのか」について、今回の件でその判断の根拠とすべき過去の言動なり行動がいかに「信頼できないか」ということをまざまざと見せつけられたことになる。法相を支持する、支持しない、ではなく、そのことについても考えねばならないのだろう。

一体この国はどうなろうとしているのか。シニシズムに沈もうとしている自分が今ここにいる。

過去に統帥権について、その本質的意味合いとはまるで関係なく「干犯問題」として政争の具にした挙句に国を挙げて破滅へと走った、その行為は、今度は「死刑」という問題で行われようとしているのだろうか。もちろん死刑があろうがなかろうが、それで戦争になるなどと言うことは無いが、命でさえもそうして恥じるどころか問題さえ感じない、簡単に信念を曲げられ、また「ためにする批判」を行える政治家ばかり選んできたのだとしたら、一体全体まともな国などになりようも無いではないか。

 

遺族会の「やっと執行したか」という反応は、心情的には理解するが、それに対してのコメントは差し控える。

 死刑賛成 死刑賛成 2010/07/29 01:01 死刑が存続する理由の一つとして、国民の85%が賛成するという巨大な世論がある。
政治家の汚い動きは憤慨に値するが、それを絡めて死刑を廃止しろというのは完全にこじつけでしかない。
みみっちい意見書くのは恥ずかしくないかね?

sionsuzukazesionsuzukaze 2010/07/29 01:09 世論の存在も知っていますし、あの選択肢を提示されれば自分も間違いなく「場合によっては死刑も止むを得ない」という選択肢を選んだでしょう。
今も無差別大量殺傷テロのような行為に対して、死刑は刑として求めるのに躊躇はしないでしょう、個人的には。
しかし、それでも執行に関しては粛々と行われるべきだ、という意見は変えるつもりはありませんし、増してどこかの党の正義やどこぞの議員の正義のために執行されるべきだとは思いませんし、そういった執行が為されて良いとは欠片も思いません。
そうなるくらいなら、死刑など無い方がよほどマシです。
この見解も変えるつもりはありません。
みみっちいと思うならそれでご自由ですので、どうぞそう捉えてください。
恥ずかしいなんて欠片も思っていませんよ。そんなこと思ってたらこんなこと書けますか。

LudwigLudwig 2010/07/29 01:16 死刑の是非については私はよくわかりません。
ただ、団藤元最高裁判事のような元権力者や被害者家族等以外で、
死刑について反対する人たちは想像力が豊かで、理想主義的な傾向があるのかな、
とは思います。

sionsuzukazesionsuzukaze 2010/07/29 01:29 世界的に見れば死刑残置国の方が少数派となっている現状を考えれば、理想主義だけではないのかもしれません。
それと、死刑による重犯罪抑制効果、というのは実は研究が多い割にはよく分かっていない(効果があるから効果がないまで、幅広い分析が出ている)状況なので、そういったこともあるのかもしれません。

tsts 2010/07/29 01:29 結局のところ人を殺すのは可哀想っていう感情論だけでしょう。
重罪には厳罰をという考えはあなたもお持ちなら、終身刑を代わりに作れば良いんじゃないでしょうか。
実際は終身刑が現実でない財政もあって、死刑は廃止すべきではないという面もあります。

 2010/07/29 01:30 だから拷問形でいいって言ってるじゃん

sionsuzukazesionsuzukaze 2010/07/29 01:41 終身刑の導入、というのは死刑を廃止すれば確実に必要となるでしょうね。
まぁ終身刑があっても死刑を無くすかどうか、というのと別問題でもあるので、終身刑は終身刑で導入して良いとは思いますが。
財政事情は周知の通りですが、それだけを理由として死刑を執行する、というのも問題でしょうね。
罰はあくまで罪に対して、であり、それ以外の理由で量刑を左右して良いはずがないでしょうから。
感情論と言われれば、逆の意味での感情論はあるかもしれませんね。
千葉法相はズルズルと後退して執行するくらいなら、最初から執行すれば良かったのです。
 
ところで、拷問なんて現代国家において許されるべきではありませんよ、とだけ言っておきます。

infoblogainfobloga 2010/07/29 01:46 1. 死刑制度に対して賛成か
2. 法相は機械的に死刑執行に署名するべきか

これは別の問題だと思います。
http://informatics.cocolog-nifty.com/news/2010/07/post-72fa.html

sionsuzukazesionsuzukaze 2010/07/29 01:54 記事のご紹介ありがとうございます。
少なくとも昨日までは自分は1も2もYES、の立場でした。
そして、それのいずれかに賛成で残りに反対、ということも普通にあるだろう、ということも了解はしています。
ただし、今回の件は、果たして「機械的に執行したのか」と言われれば、相当疑問です。
まぁ疑問であり不審だからこそこんなことを書いている、とも言いますが。
執行に立ち会った点は評価すべきだ、という点には大いに同意もしますが。

infoblogainfobloga 2010/07/29 02:19 「機械的に」とは書きましたが、
それは必ずしも「一切の審査を経ずに」とは限りません。
「2. 死刑執行に反対でも署名するべきか」というつもりで書いたのですが、
ちょっと誤解されたようですね。
政治的パフォーマンスだから「機械的」じゃないって解釈されたみたいですが、
「機械的」という言葉にそこまでのニュアンスを含める
必要はないと思います。

だいたい、行為の意図なんて特殊な場合を別にして誰にも分かりません。
そして、全ての公的な行為は、
それが評価されるかということを前提に行われています。。
間違った行為をしたときに「政治的パフォーマンス」と非難されるのならともかく、
「行為としては正しいが政治的パフォーマンスだから間違い」というと、
全ての政治的行為が非難されることになります。

rr 2010/07/29 06:26 醜態が起こるから、醜態を見たくないから死刑制度は廃止にするって、
そんな理由で廃止になったら、それこそ今まで死刑になった人や、
死刑囚の被害者やら遺族会を弄んでないか?
どんなに最低の理由でも「死刑そのもの」のデメリットで廃止されるべきでしょ。

せっかく自分が火種蒔いてるのに、自分で蓋してどうすんだよ。

ケンタローケンタロー 2010/07/29 06:32 千葉大臣が死刑にした1人が調書は捏造だと主張してる件。こうなるとあやしいよな〜。足利事件でもやってもいない罪を自白させられてたからな〜。

http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/6a2f06eed055c7eed6cbc355bf6c88ba

尾形英紀死刑囚の供述調書が警察と検事の作文だということ、共犯に無理矢理サイン、指印をさせたということ、尾形死刑囚の調書は最後のページのサインがあるところ以外を差し換えたということなど、ほんまかいなという話ではあるが、青木理氏が尾形英紀死刑囚に出した手紙への返事には、そこらのことが詳しく説明されている。

「俺の調書には、サインした時の内容と全く違う事(否定した所が認めていたり)が書いてありました。それは何でかと言えば、俺が事実と違うから認めなかったので、それでは都合が悪いから、サインのある最後のページ以外は俺のいない所で差し換えたのです。共犯の2人については、事実と違うけど、しつこくサインしろと言われたり、もう作られてしまったからサインしなければいけないものだと思ったと裁判で証言しています。
 しかし、裁判では被告人の言う事より検察の言うことの方を無条件で信用されるのだから、警察・検察はいくらデタラメな事をやっても平気なのです。所詮、裁判官も役人、役人どおし助け合うのです。
 俺の調書で、検事調べをやっていない日の調書がありました。調書を差し換えた時のミスが日付に出たのです。まともな裁判なら、どっちの言い分が正しいのか調べるのではないですか。まったく不公平で司法の無能さがよく分かり、検事の犬になり下がった裁判官どもは人を裁く権利はありません。
 俺は死刑になりたくないとは1度も思った事はないので、自分が不利になるのを承知で殺意をもった時点を証言しました。それを、調べた刑事が証人尋問で認めました。刑事が俺の供述と調書の内容が違うと証言したのです」(青木理『絞首刑』)

tamiqul-qtamiqul-q 2010/07/29 10:47 裁判所で判決が出ているものを大臣の思想はともかく行政が腐敗しているから執行すべきでない、というのは職務放棄かと。
話がずれるかもしれませんが、薬害問題での厚生省の怠慢を思い出しました。
過程がだめならやらないほうがまし、というもんでもないと思います。

mameyomogimameyomogi 2010/07/29 11:41 法務大臣が、法の規定にのっとり職務を遂行しただけだと思うのですが。
各マスコミの報道は、ことさらに個人的な信条や立場をあげつらって批判を繰り広げているように見えます。
問題とするなら、千葉法相も含め、法の規定よりも自身の思想信条を優先させてきた過去の職務態度を問題とするべき。
死刑の執行と、法相の適不適任・死刑廃止の是非・等とは全く次元の違う問題だろうと思います。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2010/07/29 12:06 このタイミングで、法務大臣として初の立ち会いのもと死刑を執行し、制度のあり方を考える勉強会とやらをつくるというのは、死刑制度を政治的な議論の俎上にのせるために行ったことだと考えられる。
もちろん、ここで死刑に処された囚人は、議論喚起のための「生け贄」といえるだろう。
その批判は理解できる。
しかし
死刑制度というのはそもそも「生け贄」を要求する制度であり、この国に死刑制度がある限り何人もこの生け贄制度からは逃れられないということを可視化した行為だということもできよう。

僕自身は、どうしてこ殺したい相手がいたら自分の人生と引き替えにして殺す。
いかなる共同体にも直截的な生殺与奪の権限は与えない。
という考えだ。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2010/07/29 12:13 「どうしてこ殺したい相手がいたら」×
「どうしても殺したい相手がいたら」○

ついでにいうと、千葉の今回の行動は、個人的な信念がいかなるものであっても、この国に生きるということは死刑囚を殺す存在であることを可視化したと肯定的に評価している。
僕は先ほど、殺したい相手は自分で殺すと言った。
それはつまり、そうでない相手は絶対に殺したくないということだ。

安全なところから人を殺せとわめく連中には吐き気がする。

たけしたけし 2010/07/29 13:33 個別の論点に対するつっこみもあるけど、
そもそもその前に、もう少しわかりやすい論理的な構造の文章書いたらどうでしょう?

K_TakeK_Take 2010/07/29 15:33 初めまして。私は、死刑制度に反対です。
理由は、一昨年の秋葉原の無差別殺戮事件で、さらに強く感じたことですが、「死刑されることを望んで、無差別殺戮をされたら、善良なる一般市民の安全が脅かされかねない」ためです。
同様の事件が、ひたち野うしくでも発生しています。
終身刑が財政的に無理ならば、囚人自らが、自分の食い扶持、および、その他諸経費を稼ぐように改善すべきであり、現在の死刑囚自身の生活費を税金で賄っている現状も、決して許せたものではないです。
また、6ヶ月という規定は「長く執行を待つことは無用な苦痛を与えるから」という理由で設定ならば、死刑囚に対しては、じっくりと執行を待っていただくこととし、遺族の方たちには、希望により、死刑執行に立ち合わせるなどすべきです。
さらに、死刑廃止の考えは、「冤罪の可能性に対しての救済」も、考えています。
少なくとも、死刑と司法判断されるような方に対して、余りに残酷なので死刑廃止と言う考えでは有りません。

K_TakeK_Take 2010/07/29 15:40 上記の書き込みで、訂正がございます。大変申しわけありません。
「ひたち野うしく」は未遂であり、実際は、「土浦連続殺傷事件」でした。
http://daibosatutouge.seesaa.net/article/136150266.html
なお、主旨である「死刑されることを望んで、無差別殺戮を犯行」については、間違いありません。

きゅういちきゅういち 2010/07/29 16:43 こんにちは、こちらにもお邪魔しました。コメントの流れを全く気にせず、勝手なことを言い逃げしにまいりました。要は吾輩の死刑問題についての所見をちょろっとね。
現時点では死刑制度に消極的に賛成。なぜなら、理想はない方がいいと思っているが、終身刑で一生拘置しておくコストや、犯罪抑止の観点から現時点で「総合的に死刑制度があった方が良いのでは」と考えております。
この問題に関しては内心の問題(宗教的など)も絡んでくることのので、賛否は冷静に議論すべきで、感情的に対立が起こるようなことを望んでおりません。
それにしても「死刑反対論者」であったはずの千葉法務大臣が、今までの節を曲げてなぜこのタイミングで?ということは不可思議ですね。パフォーマンスのため?というのも吾輩には良く理解できません。(><;)
ただ一つ言えることは、「半年以内に執行しなくてはならない」という法律があるのにも関わらず、「法務大臣」という立場に「死刑反対論者」を就任させること、そして引き受けてしまうこと、スタートからしてボタンの掛け違いが始まっているように思えます。
「法を制して自らそれを犯せばなに思ってや下を率いん」(チバーバが決めた法律じゃないけどさ)と曹操が語ったといいますが、法務大臣自らが法を犯す行為をするであろうことを見越して就任させている、そんな方々が国の中枢にいるというのは真っ平御免、そう思う次第です。

キャシィキャシィ 2010/07/29 23:56 今回の一連の出来事で感じるのは、官僚というものの圧倒的な怖さ。法務官僚が千葉氏をここまで支配して
しまったことに、政治の官僚に対する敗北を見せつけられた気がします。

turimotonaokiturimotonaoki 2010/07/30 23:16 >そもそも千葉法相は「死刑廃止議連」に名を連ねていた(過去)
のではなかったか?だとすると、その議員が議員として最後の仕事として
「死刑を執行した」ということになる。
法相としての立場、というのはあるだろうが、それでは議連に名を連ねていた意味は何だったのか?

これは死刑廃止議連・アムネスティ議員連盟加盟者としての問題であり、法務大臣としての問題ではないでしょう。
そもそも日本の法務大臣は死刑執行命令が義務付けられていますので、
上記の疑問は千葉景子氏の法務大臣就任時に問いかけられるべぎてした。


>仮に数カ月の間死刑が執行されなかったとして、
それだけで「職務怠慢」とするのであれば、
小泉内閣時の杉浦法相は事実上(「執行しない」発言は撤回したとはいえ)
在任中の執行がなかったことはどうなのか
(他にも複数の在任期間中の未執行法務大臣は存在する)。

これは単なる職務怠慢です。


>それを言うならば、執行まで平均7年以上かかっている現状は、
過去の法務大臣も責任を負うべきだろう。

その通りだと思います。


>それだけで「死刑廃止を選択するに値する」政治状況と言わざるを得ない

程度の低い政治家の存在と、法の廃案の是非は何の関係も有りません。
職務態度を批判する形での他党批判は日常事です。
また政争の具として使われるからと言って、俎上に載った法や職務を
廃止するべきだと言う意見は現実的ではありません。
『絶対に政争の具に使われない法律』なんて恐らく無いでしょうし、
仮に死刑制度が廃止されたとしても、今度は終身刑や懲役刑を政争の具にする政治家が出るだけです。


>この死刑という刑罰を、いまやその本来意義とは外れた形で
見せ物化してしまった今回の行為は、
現代日本における相当に重い汚点であることは間違いない。

私も、今回の死刑執行は確かに法務大臣の進退が絡んだ、不純な動機での行動であったと思います。
或程度はこの執行動機は批難されるべきでしょうが、
sionsuzukazeさんの「死刑執行は極力慎重に厳格に行うべきだ」という考えは大袈裟過ぎます。
私は死刑制度や死刑囚の命にそれだけの重い価値が有るとは思えません。
千葉景子氏の執行動機は確かに問題ですが、
執行は既に決定していて執行命令は法務大臣の義務でもある。
いつかはやらなければならない仕事です。
動機の不純さは義務の重さと比べれば些細な事です。


>そうするよう追い込んだ要因の一つは野党の職務怠慢批判であり、
マスコミの居座り批判であることは疑い得ない。
>マスコミもこの件に関しては同罪だろう。法的に問題がないから引き続き大臣として
残って構わない、という点について「何でも適法ならいいのか」という
批判はあるだろうが、その批判の一つが「死刑執行有無による適格性」
であった以上、それに対する自身への言説は当然表明されるべきだ。
>今回の執行は「なぜこのタイミングで千葉法相が死刑執行のサインをしたのか」
ということであり、法相自身の問題と、今回の執行を生起した
環境を誰がどう作ったのか、について深く考えるべきだろう。

これは話がずれています。八つ当たりもいいところだ。
法務大臣であろうとなかろうと職務を怠る議員は他党から批判されない訳が無いし、
落選議員が大臣を続ければマスコミは当然批判するでしょう。他党やマスコミは極当然の事をしているに過ぎません。
こんな当然の行為を責められたら他党批判や議員批判なんて出来なくなってしまいます。
千葉景子氏の行動の全責任は千葉景子氏に有ります。


>考えれば考えるほど、自分には「最早死刑を廃止するしかあるまい。
まともな判断力と洞察力をもった人間がいないのだから」としか結論が出ないのだが。

酷い理屈だ。その理屈に従うと日本政府は重大な決定を何一つ下せなくなってしまう。
臓器移植問題やら基地問題やら増税問題やら、死刑制度以上に重要な問題は幾等でも有ります。
「まともな判断力と洞察力をもった人間がいないから実行を止めよう」
なんて考えは現実的ではありません。ただ逃げているだけです。
喩え政治家の程度が低かろうと現実世界に問題が山積している以上、
限られた持ち駒で闘うしか無いでしょう。


>そして、我々は「誰が大臣として適任なのか」について、
今回の件でその判断の根拠とすべき過去の言動なり行動がいかに
「信頼できないか」ということをまざまざと見せつけられたことになる。

我々って誰と誰ですか?


>過去に統帥権について、その本質的意味合いとはまるで関係なく
「干犯問題」として政争の具にした挙句に国を挙げて破滅へと走った、
その行為は、今度は「死刑」という問題で行われようとしているのだろうか。

なんでこんなに規模の大きい話になっているんですか。大丈夫ですかあなた。


>世界的に見れば死刑残置国の方が少数派となっている現状を考えれば

死刑廃止国95箇国に対し、死刑存置国は102箇国なので死刑廃止国の方が少数派です。
死刑廃止国と存置国
http://homepage2.nifty.com/shihai/shiryou/abolitions&retentions.html
アムネスティインターナショナルはどういう基準なのか、死刑が10年以上執行されていない国を
死刑廃止国だと勝手に認定して死刑廃止国数を水増しして発表していますが、
現実には死刑廃止国の方が少数派です。


>財政事情は周知の通りですが、それだけを理由として死刑を執行する、というのも問題でしょうね。
罰はあくまで罪に対して、であり、それ以外の理由で量刑を左右して良いはずがないでしょうから。

これは単なる理想論で現実世界には当てはまりませんね。
個人的には不経済な場合は軽犯罪犯であれ死刑にすべきだと思っています。

turimotonaokiturimotonaoki 2010/07/31 01:18 >不経済な場合は軽犯罪でも死刑にすべきって主張も凄いな。他のあらゆる言動が適切だったとしてもこの一言で聞く必要もないコメント一直線。
>まったくないか殺してもらいたいのか RT @kyuuiti: @sionsuzukaze こんばんわ〜。そういう方は、自分が出来ごころで軽犯罪を犯すとか、冤罪にあう、といったことへの想像力が働かないのでしょうね。

なんだそりゃ。
「俺は出来ごころで軽犯罪を犯すとか、冤罪にあう可能性があるから軽犯罪への死刑適用に反対だ」
という事をkyuuitiさんは言っているんでしょうか。なんかずれた自己保身からの説得力に欠ける意見に見えます。
刑罰を論じる時に、自分が出来心で犯罪を犯し罰せられる事を前提に話をするという発想は私には無いですね。
殺してもらいたいとは思っていません。

tsukinohikaritsukinohikari 2010/08/13 11:28 死刑廃止論者は死刑の代わりに終身刑を考えているようですが、
終身刑って、一生塀の外へ出られないんでしょう、そんなの
かわいそうじゃないですか。残虐ですよ。
終身刑は残虐な刑罰だから日本国憲法上、許されないと思います。
懲役30年はどうかな?うーん、これも残虐だ。
懲役20年は? これもやっぱり残虐だよ。
人生70〜80年、そのうち事情によっては奪っても残虐と言えないのは
せいぜい10年くらいじゃないのかな。
そうすると、死刑だめ、終身刑だめ、懲役30年・20年だめ、ってことで、
結局、人を何十人殺そうが何百人ころそうが、せいぜい「懲役10年」って
ことで、いかがでしょうか?

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