世界経済

田原 榊原さん、いま円の独歩高が続いていますね。ドルが安い、ユーロも安い、そして円だけが高い。これはどういうことですか?

榊原 これは世界同時不況の始まりなんです。

田原 え、また不況が始まるんですか。

日本の景気は夏以降、落ちる

榊原 ええ。ギリシャ危機によってヨーロッパ経済がおかしくなりましたね。実はアメリカもいったん回復した景気が腰折れしているようなんです。いま順調なのはアジアだけです。

さかきばら・えいすけ1941年生まれ。大蔵省財務官時代は為替・金融制度改革に手腕を発揮し「ミスター円」と呼ばれた。早稲田大学教授などを経て、現在は青山学院大教授。著書に『フレンチ・パラドックス』など多数

田原 でも、日本の経済が好調だとはとても思えないけど。

榊原 日本はまだ好調なほうですよ。1〜3月期の経済成長率が年率換算で約5%でしたし、続く4〜6月期もそこそこの成長率でしょう。だから円が強い。

田原 そうは言っても円高株安・・・これは景気にとって最悪じゃないですか。

榊原 そうですね。いまはまだ大丈夫ですが、まもなく為替市場や株式市場を通じて世界同時不況が日本にもやってきます。

田原 日銀や財務省円高をこのまま放っておいていいんですか。榊原さんは大蔵省国際金融局長時代(1995年)に、為替介入して円高の是正に成功したじゃないですか。

榊原 当時はアメリカもドル安に懸念を持っていて、カウンターパートだったサマーズ財務副長官(当時)と私の考えが百パーセント一致したから円安誘導がうまくいった。

 しかし、今回はガイトナー財務長官もNEC(国家経済会議)委員長になったサマーズも、本音ではドル安を歓迎していますから介入に抵抗しますよ。アメリカが賛成しない限り、介入したところで効き目はありません。


田原 すると、このまま円高が続くわけですね。そうなると、輸出産業にとっては大打撃だ。日本の景気はいつから落ちるんですか。

榊原 夏以降、落ちていくでしょう。まず為替がさらに高くなります。史上最高値79円75銭('95年4月)を年末までには更新するでしょうね。

 円高が進めば、田原さんご指摘のように日本の景気を引っ張っている輸出産業は当然落ち込みますし、それに伴い設備投資も落ちることになります。

田原 いまはまだ景気が順調だと言っても、そんなのは東京、名古屋、大阪の大都市ぐらいで、実際には地方都市はすでに景気が悪くなっている。

榊原 そうですね。大企業だけでなく中小企業も中国に生産拠点を移転していますから、地方都市が空洞化してしまったんです。
田原 地方にしてみれば一向に景気が上向かないままさらに悪くなるなんて、どうすりゃいいんですか。

榊原 非常に難しい問題ですねえ。なにしろ日本と中国の経済が一体化しつつあるので・・・。

田原 経済が一体化?

榊原 日本の製品の多くが中国で生産されているでしょう。東アジア(日本・中国・韓国・ASEAN10ヵ国)もEUのように経済統合が進んでいるんです。EUの域内貿易比率は65%。東アジアは'90年の40%からいまや58%を占めるに至った。EUに近づいているんですよ。

田原 経済が一体化している中国は景気がいいのに、日本の景気は落ちてしまうんですか。

榊原 確かに日本はいま、中国の好景気に引っ張られていますが、中国はかなりバブル気味なんですよ。特に不動産がすごいことになっていて、上海も香港も地価が高騰し続けて、マンションなんかやたら高くなっている。

田原 '90年代の日本同様、バブルがいずれ弾けるということですね。

榊原 当局もこれ以上、不動産価格が上昇しないように金融を引き締め始めました。また、中国は輸出がGDPの40%前後を占めますから、欧米の景気が悪いとなれば輸出も悪化せざるを得ない。したがって、これから経済成長率は落ちてくるでしょう。

田原 中国はアメリカの圧力もあって人民元の切り上げに踏み切りましたね。これは経済にどんな影響がありますか?

榊原 まあ、本格的な変動相場になるにはまだ10年はかかるでしょう。円と同様、人民元も10年先には対ドルで2倍の価値になるかもしれませんが、当面は大きな影響はないでしょう。

財務省と学者にやられた

田原 次に消費税について伺います。民主党参院選で惨敗を喫したのは、菅総理が消費税10%に言及したからだと言われています。ただ、日本の財政は国債発行残高、つまり国の借金が880兆円に上りGDP比189%。世界最悪です。一方で消費税率が5%というのは世界でもずば抜けて低い。その文脈で言えば、菅総理の消費税増税発言は当を得ていたわけですね。

榊原 そうですね。

田原 しかも、自民党だって消費税10%を主張していた。それなのに、どうしてあんな大敗を喫したんですかね。

榊原 世論調査をすれば、いずれは消費税を上げなくてはならないということに60%以上の人が賛成する。ただ、民主党マニフェストでは、次の衆院選まで消費税は上げないと明言していた。

 菅総理は「いずれは」という意味で増税に触れたんでしょうが、あの時期に言ったことで、実は次期衆院選前に上げるつもりなんだと有権者が勘ぐってしまった。約束を破ったと思われたわけでしょう。

田原 言うタイミングを間違えた?

榊原 口がすべっちゃったんでしょうね。

田原 榊原さんの後輩である財務官僚の振り付け通りに発言しちゃった?

榊原 その可能性は否定しません(笑)。菅総理は最近まで財務大臣だったから財務官僚とは非常に近い。財務省事務次官になった勝(栄二郎)君は、私の下で働いてもらったこともありますが、非常に優秀な官僚でね。彼も消費税の引き上げがいずれは必要になるということを、菅総理の耳に入れていたことでしょう。

田原 市民運動出身で官僚との縁は極めて薄かった人が財務大臣になった。こういう人は財務官僚にしてみれば言いくるめやすい?

榊原 いや、そういう言い方はどうかと思いますが、一生懸命に説明すると思います(笑)。
田原 財務官僚側に言わせれば、阪大教授(小野善康氏)の怪しい論理に乗っちゃったから、国民が反発したと言うんだけど・・・。

榊原 あるいはそうかもしれません。

田原 教授の説は、増税しても使い方を間違えなければ景気は良くなるということですね。これってにわかには信じがたい理屈なんですが、異端な説ですか。

榊原 いや、経済理論としては間違っていないんですよ。しかし、増税で集めたカネを百パーセント無駄なく運用するというのが前提で、それは神様の領域ですね。いずれにしても、総理という立場にいる以上、特定の経済学者にあまり依存しすぎるのは避けたほうがいいと思います。むしろ現場の言うことを聞くほうが有効な場合がしばしばありますからね。

3度目の世界大恐慌

田原 榊原さんも消費税の引き上げは必要だという立場ですよね?

榊原 いや、当面は引き上げなくていいんです。だって、日本は財政危機ではないから。

田原 え、財政危機じゃないの?

榊原 日本国債の95%は国内で買われているし、10年国債金利が1%を切っている。これは先進国で最も低いんです。

田原 ああ、そこが財政危機のギリシャとは違う。ギリシャは70%が対外債務で金利も高い。

榊原 そうなんです。つまり、日本国債はまだ売れる。しかも、日本の家計の金融資産は1400兆円以上もあります。

田原 日本全体で1400兆円以上の預貯金があるということですね。

榊原 ローンなどの負債を引いてもまだ1100兆円超の資産がありますから、国債残高880兆円との差額はまだ200兆円以上ある。国債を消化できる余力はまだまだあるんです。

田原 もっと国債を発行しても大丈夫なんだ。

榊原 ぜーんぜん大丈夫。

田原 じゃあ、菅総理が選挙中に「このままでは日本がギリシャのようになってしまう」と熱弁を振るっていたけど、あれは言い過ぎですか。国民への脅し?

榊原 いや、このまま放置しておくと危機に陥るという認識は正しいんです。日本の貯蓄率はどんどん下がっていて、ついに3%を切りましたから、このまま金融資産と国債発行残高のギャップが縮んでいけば、10年先には危機に陥る。でも、当面は危機ではない。ここを峻別して考えなくてはいけません。

田原 さて、7月22日に来年度予算の概算要求基準が決まりました。景気はこの先どんどん悪化傾向だというのに、菅内閣財政支出によって景気を刺激しようという積極予算を組むつもりはないようですね。

榊原 そうですね。きっと財務省に抑えられちゃったんだな(笑)。

田原 新聞各紙もたかだか1兆円超の特別枠(元気な日本復活特別枠)を、いったい何に使うつもりだと攻撃していますね。

榊原 新聞は積極財政に否定的なんですよ。でも、実際に予算を組む時期には景気が相当に悪化しているはずですから、思い切って積極財政を採用すべきだと思いますね。ノーベル賞学者のクルーグマンによると、1870年型の不況が来るということですから。

田原 1870年? 日本は明治維新のころですね。

榊原 そうです。近代、世界不況は2回ありました。ひとつは世界大恐慌(1929年)ですが、それ以前にも1870年にイギリスから始まった世界不況があるんです。大恐慌は株がドーンと暴落し、1870年のほうは緩やかに5年ぐらい続落していきました。

田原 不景気が長引くのは怖いですね。

榊原 怖いですよ。ヨーロッパはギリシャの前にもラトビアハンガリーの経済が悪化し、2008年にIMF(国際通貨基金)が緊急融資しています。その後がギリシャで、今後スペイン、ポルトガルも経済危機が続きそうです。1870年型不況になる可能性は大いにある。

田原 でも、EUの大手銀行のストレステスト(健全性審査)の結果は、思ったほど悪くなかったんじゃないですか?

榊原 これってホントかねえという結果でね。ヨーロッパの金融機関はギリシャ国債を持っているわけですから、ギリシャが国家破綻に近い状況となれば、金融機関への公的資金の投入もあり得ると思いますよ。

田原 ギリシャGDPが30兆円ぐらいですね。

榊原 そう、つまり小国なんです。だから危機を脱するためには、観光資源が豊富な島を売ればいい(笑)。

田原 確かに高く売れそうだ(笑)。でも、その小国の危機がスペインやイタリアなどの大国に拡大していったら本当に大変なことになりますね。一方で、榊原説によれば、アメリカ経済も腰折れだという。オバマ大統領は金融救済のために24兆円を投入し、これで危機は収まったと見られていたんですが・・・。

榊原 アメリカの金融システムは一度崩壊し、アメリカ経済も崩壊した。そこで24兆円の公的資金を入れ、いわば生命維持装置を付けたわけですが、それでも維持できなくなってきたのです。

 住宅市場が立ち直らないし、従来アメリカの消費者はローンを組んで消費してきたわけですが、いまや消費をせずに借金を返し始めた。最近、アメリカの貯蓄率が上がっていますが、あれはローンを返し始めているに過ぎないんです。

田原 そうなんですか? 貯蓄率の上昇はアメリカが健全化した結果だと思っていました。

榊原 それは違うんですよ。返済で引き落とされるカネをいったん銀行に入れるので、統計上は貯蓄になってしまうわけです。

田原 アメリカ経済は持ち直しませんか。

榊原 持ち直すのは非常に難しいでしょう。ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーをはじめとするインベストメントバンク(投資銀行)等が会社の合併や吸収を仕掛けたり、新しい証券を発行したりして、自己資本を30倍、50倍に拡大していった。

 しかし、限界が訪れた。これがリーマン・ショックです。ジョージ・ソロスは「アメリカ型資本主義の崩壊」だと言っています。

内向きすぎるニッポン

田原 話は少しさかのぼりますが、日本では'96年の橋本内閣時代、長野厖士大蔵省証券局長が中心となって金融ビッグバンを進めましたね。東京株式市場をアジアのトップにするというのが目的だった。

榊原 私も長野局長と一緒にやったんですが、結果として東京はトップになっていません。上海、香港、シンガポールに負けています。日本にはアメリカ型のインベストメントバンクがありませんからね。

田原 日本の銀行はコマーシャルバンク(商業銀行)だから、アメリカ型の銀行経営者に比べて、呆れるほどリスクを取らない。

榊原 金融危機にあってはそれが幸いしたんですが、確かに保守的ですね。国内ばかり向いていて、中国にもインドにもあまり出て行かない。製造業が先に出て行って、銀行が後からついていくというのが日本の実情です。海外とは順序が逆なんです。

田原 このまま、世界で活躍できない金融機関でいいんですか。

榊原 もちろん、よくないですよ。みずほや三菱東京UFJのようなメガバンクこそ、楽天ユニクロのように公用語を英語にして、どんどん海外に、特に東アジアに出て行かなくてはいけないと思います。

田原 どうも日本全体が内向きになっていますね。

榊原 国が豊かになり国内市場が大きくなったので、国内だけで商売が成り立ってしまう。韓国は人口4800万しかないから国内だけで食っていけず、アグレッシブに海外に出て行かざるを得ない。いまの日本は、贅沢さえ言わなければ何とか生きていけるよ、というメンタリティになっているんです。

田原 GDPに占める輸出比率は韓国が50%、日本がわずか14.7%。日本は輸出立国だなんてウソですね。

榊原 だからもっと東アジアに進出しろと言いたい。国内市場は今後どんどん人口が減っていくんだから成長しようもありませんが、東アジアは逆にぐんぐん成長しています。

田原 榊原さんは菅さんのブレーンなんだから、内需拡大ばかり唱えている民主党にそうアドバイスすればいいのに。

 ところで民主党は今後、予算編成や法案審議でかなり苦労することになりますね。国会のねじれ現象をどう見ますか。

榊原 自民党と政策協定したらいいんじゃないでしょうか。大連立にする必要はないけれど、いまの自民党は右寄りの人がみんな離党してしまい、リベラルな人が多いので政策協定できるはずです。

大きな政府」に舵を切れ

田原 実は、両党の政策は大差がない。これはこれで問題ですね。二大政党なのに、選択肢が不明確になっている。

榊原 ですから私は、民主党は積極財政で民主党カラーを明確に出せばいいと思うんですよ。子ども手当も全額支給する。高校の授業料無償化も大学にまで拡大する。そのためには「大きな政府」にしなければならないと、はっきり言えばいい。財源は先ほど言ったとおり、当面は国債の発行で賄えるんですから。

田原 民主党は「大きな政府」を公約にしたくても、世の中の反発が恐くて言えないんでしょ。

榊原 「大きな政府」とは大きな国家予算を持ち、公的負担の大きい政府であり、市場に大きなシェアを持つことから民間の経済成長を阻害するとして批判され続けましたから、確かに政治的には言い出すタイミングが難しいでしょう。私は政治家ではないから平気で言えるけど。

田原 特に小泉政権以降、「小さな政府」を志向した規制緩和、自由競争によって格差が拡大し、働いている人の最低賃金生活保護を受けている人の受給額より少ないという、おかしな事態になっている。最低賃金の人とは、すなわち若者ですね。

榊原 日本の福祉は年金や医療、つまり年寄りのほうしか向いていない。若年層に対する福祉が軽視されてきました。日本は「小さな政府」のままで格差の拡大を許容するのか―竹中平蔵さんはそれでいいという考え方でしょう。

 それとも教育や出産、育児に予算を投入して、若年層に対する福祉を拡充し、格差を縮めるのか。それをやるには「大きな政府」しかないわけですが、どちらを選ぶのかということです。

何かを決断したくても、政権基盤が弱くては・・・

田原 「大きな政府」にするということは、当然ながら国民が負担する税金が増えることになる。

榊原 はい。ただ、日本は法人税は先進国のなかではかなり高いのですが、国民の租税負担率は21.5%です。アメリカが26%、イギリスが38.5%、フランスが38%ですから、先進国のなかではわりと低いほうなんですよ。

田原 アメリカは「小さな政府」、一方ヨーロッパは「大きな政府」ですね。

榊原 アメリカはまさにアメリカンドリームの国で、格差が大きくてもそれを許してしまうイデオロギーですから「小さな政府」でいいんです。しかし、日本にそうしたイデオロギーはないでしょう。

田原 日本は伝統的に、競争より平等を重んじる国ですからね。

榊原 ええ。ところが、メディアはこぞって「小さな政府」でなければダメだと言っている。

田原 官僚叩きと「大きな政府」批判だ。

榊原 民主党も当初はヨーロッパ型の「大きな政府」を志向していたんですがねえ・・・。

田原 メディアや世論を恐れてどんどん言うことが後退し、何をやりたいんだかわかんなくなっている印象ですね。

榊原 「モノからヒトへ」を謳うのであれば、ここではっきりと格差の縮小、若年層への福祉の拡大のために「大きな政府」へ舵を切ると宣言すべきです。それこそが政権交代による新たな国づくりの第一歩だと思いますよ。