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萌え理論ブログ

2007-02-18 報告-

生産性議論についての補足

分裂勘違い君劇場 - 今回の生産性論争の流れを簡潔・公平・分かりやすくまとめてみた

さすが劇場だけあって絶妙なタイミングのまとめですね。ええと、実は相対賃金説というのが既に大昔からあって、不完全情報の市場では労働者(企業も)が自分の限界生産性を知らず、また組合が格差を縮めるように要求するので、賃金が相場に依存するという説明があります。労働者の限界生産性が分からない状況は、現実ではある意味普通で、働くまでどれ位生産できるか分からないし、企業も働かせるまで分からないものでしょう。

だから普通は新卒とか大雑把な単位で括ってしまいますが、それでも職場全体では限界原理が働くだろうし、成果評価や歩合制で粒度が変わることもあるでしょう。また、法律で最低賃金を決めたりして賃金は下方硬直性があるので、賃金ではなく失業率の形で現れることもよくあります。でもこの話は、限界生産(というか労働の需給)モデルを元に複雑化したのであって、平均的生産性なら説明できるというのとは少し違います。

分裂勘違い君劇場 - プログラマの労働条件を過酷にしているのは、過酷な労働条件を受け入れるプログラマです

だから、このfromdusktildawn氏の主張は、相場による賃金ではなくて、より限界生産を反映した賃金へ、ということではないですか。プログラマが書いた何百万行ものプログラムはすぐに生産性が判明せず(後々隠れたバグが見つかるとか)、不完全情報のため人月とか行数の丼勘定になってしまいます。そうやって人数で決めると、例えば優秀なPG一人でやれるところを、平凡なPG10人でやれば十倍になる、という理不尽な賃金体系になります。だから自分の価値を知って意思決定して交渉しろ、という話ですが、それこそ先に述べたように、自分の限界生産力を知って、競争による賃金に近づけようということでしょう。

確かに産業間の微妙な関連性はあると思うけど、市場の情報は不完全なので「平均的な生産性」なら、その全体を見通せるわけでは全然ありません。今までの議論の流れで、「限界」は経済学的概念として単純化するけど、「平均」の方は現実の事情を全部入れて、後者の優越を説くタイプの議論がありましたが、全くナンセンスです。

それはモジュール化しないで全部一つの関数にしちゃえばプログラムの生産性が上がる、といったような乱暴な議論です。現実では紙片より鉄球が早く落ちるからといって重力の法則が成り立たないわけではないでしょう。ただ、「実証データ」については、計量経済学の方であると思うけど、いかんせん専門家ではなくて素人なので、すぐ引っ張ってこれないですね。

最初のまとめに書いたことを繰り返すと、「生産力の向上」を掲げて製造業に力を注いだらそれに引っ張られて社会全体が豊かになるかといえば、なりませんでした。これは教科書に書いてあるわけではなくて個人的な思考ですが、全体の平均よりも部分の限界(極値)を最適化した方が、上手く行くというのが近代経済学的発想でしょう。なぜそれが上手く行くのかといえば、神のみえざる手というところでしょうか。

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