科学政策に関する公開質問状、雑感

いよいよ明日に迫ってまいりました、衆議院選挙。
皆さんもそろそろ投票先を決められていることとは思いますが、せっかく質問状を出した手前、投票前に感想でも書いておこうと思います。
まず、わたし個人が科学技術政策に対して抱いている方向性はこんな感じ。

    • 国家プロジェクトは目的を明確にし、妥当性のあるロードマップを描き、人材を使い捨てにしない
    • 教育は国民に対して最大限開かれているべきで、ここに出し惜しみするのは日本の自殺行為
    • 基礎研究は種まき、応用研究や実用化は収穫から調理まで。種まきは多様性を大事に、調理までは出口をしっかり見て
    • 大学の役割は一つではないし、教育から研究までいろいろな重点を持った大学があってよい

いろいろな立場があるとは思いますが、わたしが評価するのならこういう観点かな。

質問状はメールと郵送(配達記録)双方で各党本部に送付したので、そこまでの到着は間違いないと思います。
回答をいただけたのは民主党*1共産党*2国民新党*3
残念ながら与党自民党公明党からはいただけませんでした。
考えられる理由としては、

    • それどころじゃない
    • NPOってなに?くえるの?
    • 現状と変わりなし
    • 科学政策は文科省に訊いてくれ

といったあたりでしょうか。
確かに現状で科学技術基本計画が出ているわけですから、大きく変わらないという解釈が妥当でしょう。でも回答はして欲しかったなぁ。
では項目ごとに、各党の回答を見てみましょうか。

a)科学技術研究全般について

民主党

産学官が協力し、新しい科学技術を社会・産業で活用できるよう、規制の見直しや社会インフラ整備などを推進する「科学技術戦略本部(仮称)」を、現在の総合科学技術会議を改組して内閣総理大臣のもとに設置する。同戦略本部では、科学技術政策の基本戦略並びに予算方針を策定し、省庁横断的な研究プロジェクトや基礎研究と実用化の一体的な推進を図り、プロジェクトの評価を国会に報告する。
わが国の研究開発費は高いが、研究開発費総額に占める政府支出の割合は低水準にある。わが国は重要政策として、研究者などの育成を強力に進める必要がある。独創的研究や基礎研究には、必ずしも投下資金の回収が見込めないもの、あるいは大規模な研究投資を要するものが多く含まれる。加えて、実用化レベルにある技術の中にも、一企業では負担し得ないような巨額の投資を要し、政府主導のプロジェクトが必要となる技術が出現している。これら、民間セクターの投資が期待しにくい分野の増加に伴い、科学技術予算は、今後いっそう増額していく必要がある。

共産党

科学、技術は、その多面的な発展をうながす見地から、研究の自由を保障し、長期的視野から基礎研究と応用研究のつりあいのとれた振興をはかってこそ、社会の進歩に貢献できます。とりわけ、基礎研究は、ただちに経済的価値を生まなくとも、科学、技術の全体が発展する土台であり、国の十分な支援が必要です。
自民・公明政権による科学技術政策は、大企業が求める技術開発につながる分野に重点的に投資し、それ以外の分野、とりわけ基礎科学への支援を弱めてきました。また、業績至上主義による競争を研究現場に押し付けたことから、ただちに成果のあがる研究や外部資金をとれる研究が偏重されようになり、基礎研究の基盤が崩れるなど、少なくない分野で学問の継承さえ危ぶまれる事態がうまれています。
日本共産党は、こうした経済効率優先の科学技術政策を転換し、科学、技術の調和のとれた多面的な発展をうながすための振興策と、研究者が自由な発想でじっくりと研究にとりくめる環境づくりのために力をつくします。

国民新党

本件については、今後、科学技術の専門家などから意見を徴収し、党としての基本的な考えをまとめていきたい。

評:

民主党は研究開発をよりいっそう促進する方向ですが、現在の総合科学技術会議を信用していない模様。まあ自民党中心に作られた会議*4ですからそれはそうでしょうが、トップダウン中心の方針そのものは自民党とあまり変わりありません。一応、鳩山さんと菅さんは理系出身ではありますが…
気になるのは「基礎研究と実用化の一体的な推進」というあたり。基礎と実用は必ずしも一体化できないと思いますが、うまく区別してくれるのかどうか。
共産党は、より基礎、学問、研究者によりそった内容になっています。基礎と応用のバランスが大事というのはその通りで、例のトーマス・フリードマンですらグリーン革命(上)においてアメリカの基礎研究の重要性を説いています。ただし、産業面に対しては弱い内容です。与党は基本的に産業よりになるので、カウンターとしてはありでしょう。
国民新党の科学政策に関する知識は少ないようです。ただそれを率直に表明してくれることはありがたいし、潔い態度だといえます。小政党は全分野をカバーはできないが、うまく連立することで役目を果たすという立場もありうるでしょう。

b)科学技術コミュニケーションについて

民主党

この問題については、今後さらに検討していく。

共産党

科学者、技術者が科学、技術に対する国民の意見、考えを尊重し、自らの社会的責任への自覚を高めることは社会の発展にとって重要なことです。また、科学、技術が高度に発展し、その成果を国民が享受するうえで、国民が自らの科学リテラシーを高めることも必要になっています。こうした点から、科学者と国民の相互のコミュニケーションを深めること、いわゆる「科学技術コミュニケーション」を促進することは必要だと考えます。
そのために、この役割を直接になう人材として「科学・技術コミュニケーター」を大学などで育成するとともに、その社会的地位の確立をはかることが重要です。科学・技術コミュニケーターは、大学や研究機関において教育や研究にも従事する専門職であり、競争的資金による短期雇用ではなく、安定した雇用を保障すべきです。

国民新党

前記「a)」の回答と同じ

評:

共産党以外は科学技術コミュニケーションというものの存在を知らないような雰囲気です。やはり国政レベルの問題としてはまだまだ認識されていないということでしょう。
科学者側からの発信は科学界の責任でもありますから、より国民に対してその存在と意義を訴えていく必要があるのではないでしょうか。国民が重要と思えば、政治家も重要視するでしょう。
共産党は科学技術コミュニケーション人材の雇用にまで踏み込んでおり、よく状況を把握しているといえます。

c)高等教育政策について

民主党

すべての人が、生まれた環境に関わりなく、意欲と能力に応じて大学などの高等教育を受けられるようにする。現在、日本とマダガスカルのみが留保している国際人権A規約(締約国160カ国)の13条における「高等教育無償化条項」の留保を撤回し、漸進的に高等教育の無償化を進める。
学生・生徒に対する奨学金制度を大幅に改め、希望する人なら誰でもいつでも利用できるようにし、学費のみならず最低限の生活費も貸与する。親の支援を受けなくても、いったん社会人となった人でも、意欲があれば学ぶことができる仕組みをつくります。具体的には、所得800万円以下の世帯の学生に対し、国公私立大学それぞれの授業料に見合う無利子奨学金の交付を可能にする。また、所得400万円以下の世帯の学生については、生活費相当額についても奨学金の対象とします。今後は、諸外国の例を参考に、給付型の奨学金についても検討を進める。

共産党

長いので前半を省略。
(1)高校授業料の無償化をすすめる
(2)国公立大学の授業料減免を広げる。私立大学の授業料負担を減らす「直接助成制度」をつくる
(3)国の奨学金をすべて無利子に戻し、返済猶予を拡大する。経済的困難をかかえる生徒・学生への「給付制奨学金制度」をつくる
(4)国際人権規約の「学費の段階的無償化」を定めた条項の留保を撤回する

国民新党

国民新党は教育の機会均等を確保するため、国際人権A規約13条にある「高等教育無償化条項」の留保を撤回し、高等教育の無償化に向けて、積極的に取り組んでいきます。具体的には、高等教育の無償化や国立大学の授業料引き下げ、私学助成の増額、奨学金の拡充などを選挙公約に掲げ、その実現を図っていきます。

評:

民主、共産、国民新党いずれも、国際人権A規約に基づく高等教育の無償化を推進すると明言しています。これは非常に大きな前進でしょう。
民主、共産は無利子奨学金の拡充、給付型奨学金の検討を書いています。
親の経済力に依存する現在のシステムは高度成長期に適合したもので、今後は社会人入学も前提により自由に大学で学べるシステムが必要でしょう。

d)研究者の雇用問題について

民主党

2008年の169回通常国会超党派で成立させた研究開発力強化法の趣旨を踏まえ、今後とも科学技術を一層発展させ、その成果をイノベーション(技術革新)につなげていく。
幅広く研究者や各研究機関の意欲を高め、研究の質の向上させていくためには、組織単位の補助金を増やすのではなく、研究内容そのものに着目し、研究者単位で資金を配分すべきである。
こうした施策を展開していく中で、若手の博士号取得者、研究者の雇用の確保、生活の向上に資する環境を整備していく。

共産党

(1)若手研究者の就職難の解決をはかります 大学・研究機関による博士の就職支援、ポスドクの転職支援が充実するように政府の対策を抜本的に強化すべきです。文科省の「キャリアパス多様化促進事業」を継続・拡充し、人文・社会科学系にもひろげ、採択機関を増やすとともに、機関間の情報交換、連携を強化します。大学・研究機関がポスドクなどを研究費で雇用する場合に、期間終了後の就職先を確保するようにします。博士が広く社会で活躍できるように、大学院教育を充実させるとともに、博士の社会的地位と待遇を高め、民間企業、教師、公務員などへの採用の道をひろげます。博士を派遣社員でうけいれている企業には、直接雇用へ切り替えるよう指導を強めます。 
日本の大学の本務教員1人当たりの学生数は、イギリスの1.4倍、ドイツの1.7倍であり、大学教員の増員は必要です。大学教員の多忙化や後継者不足を解消するために若手教員を増員し、研究者の非正規雇用の拡大をおさえます。大学院を学生定員充足率で評価することや、画一的な大学院博士課程の定員削減はやめ、大学院の定員制度の柔軟化をはかります。
(2)若手研究者の劣悪な待遇を改善し、じっくりと研究できる環境をつくります
院生やオーバードクターへの研究奨励制度の抜本的拡充、ポスドクの職場の社会保険への加入を促進します。日本共産党は政府に働きかけて、独立研究機関が雇用するポスドクの公務員宿舎への入居を実現しました。国立大学法人の宿舎整備をすすめ、ポスドクの入居をひろげます。大学非常勤講師で主な生計を立てている「専業非常勤講師」の処遇を抜本的に改善するため、専任教員との「同一労働同一賃金」の原則にもとづく賃金の引き上げ、社会保険への加入の拡大など、均等待遇の実現をはかります。また、一方的な雇い止めを禁止するなど安定した雇用を保障させます。
大学院生が経済的理由で研究を断念しなくてすむように、無利子奨学金の拡充と返還免除枠の拡大、給付制奨学金の導入を実現します。卒業後、低賃金などの事情で返済が困難な研究者を救済するため、日本学生支援機構奨学金の返済猶予事由を弾力的に運用し、年収300万円に達しない場合に返済を猶予する期限(5年)をなくし、広く適用させます。

国民新党

今後、党として議論していきたい。

評:

民主党は個人レベルでの研究費配分に触れていますが、これは競争的資金のことを示すのかはっきりしません。研究内容を判断するには政治側にも高度な知識を持った人材が必要だと思いますが、その辺どうするのでしょう。雇用にも言及していますが、具体策はありません。
共産党はやはり詳細な対策を打ち出しており、この分野では他党の追随を許さない迫力があります。述べられている方針に異論はありません。ひとつ言うならば、大学側も自ら改革する姿勢がなければ、広い支持は得られないだろう、ということです。

国民新党は、この分野にはアイデアはないようです。

e)リスク管理と科学について

長いので要約します。
民主党共産党は基本的に、食品安全委員会吉川座長の姿勢が「独立性と中立性」、「科学性と運営手法」において疑義がある、としています。根拠としては、
プリオン専門調査会が米国・カナダについてのデータが「質・量ともに不明な点が多い」ことや両国のリスク管理措置の「遵守を前提に評価せざるを得なかった」ことを理由に、BSEリスクの「科学的同等性を評価することは困難と言わざるを得ない」と結論したにも関わらず、両国の牛肉と国産牛肉のリスクレベルの「差は非常に小さい」と報告したこと
・その後、専門調査会の半数の委員が辞任する事態にも至ったこと
などがあげられています。
国民新党は無回答です。

評:

確かに、「リスクレベルの差が小さい」というのであれば、「科学的評価は困難」でとまっているのはちょっと変な話かもしれません。その辺の整合性と、委員をまとめる力に関して疑いが出たということのようです。

f)大学政策について

民主党

「学生・研究者本位の大学」「創意ある不断の改革を現場から創発する大学」「社会に開かれ、社会と連携・協働する大学」を目指し、「象牙の塔」から「時代が求める人づくり・知恵づくりの拠点」として大学改革を進める。その際、世界的にも低い高等教育予算の水準見直しは不可欠である。また、産業振興的な側面ばかりでなく、学問・教育的な価値にも十分に配慮を行う。
自公政権が削減し続けてきた国公立大学法人に対する運営費交付金の削減方針を見直す。また、大幅に削減されてきた国立大学病院運営費交付金については、地域高度医療の最後の砦であることや、医療人材養成の拠点、研究機関としての機能を勘案し、速やかに国立大学法人化直後の水準まで引き上げるとともに、今後十分な額を確保していく。
なお、大学入試のあり方については、大学センター試験・大学入試そのものの抜本的な検討を進める。
地方分権を進めていく中で、地方大学の役割を高めていきたい。地方における雇用不安が高まる中で、地方の大学を先端技術・ベンチャーの拠点にするなど支援策を講じていく。

共産党:(一部省略)

わが国の大学・大学院は、学術の中心を担い、地域の教育、文化、産業の基盤をささえるという大事な役割をはたしている、国民の大切な共通財産です。大学改革はこうした大学の役割を尊重し、その発展を応援する方向ですすめるべきです。日本共産党は、「今日の国立大学の深刻な事態をうみだした「大学の構造改革」路線に終止符をうち、国立大学法人制度の抜本的見直しを行います。
運営費交付金を毎年削減する方針を廃止し、基盤的経費として十分に保障します。法人化後に削減した720億円は直ちに復活させます。国立大学法人の施設整備補助金を大幅に増やし、老朽施設を改修します。
国が各大学の目標を定め、その達成度を評価し、組織を再編するなど、大学の国家統制を強めるしくみを廃止し、大学の自主性を尊重した制度に改めます。教授会を基礎にした大学運営と教職員による学長選挙を尊重する制度を確立します。
国立大学は、運営費交付金を増額するとともに、政府が検討している競争的資金化を中止し、財政力の弱い地方の大学に厚く配分するなど、大学間格差を是正する調整機能をもった算定ルールに改めます。また、地方の国立大学の地域貢献をきめ細かく支援するとともに、国による一方的な再編・統合や地方移管には反対します。
公立大学については、地方交付税交付金における大学運営費の算定を増やし、公立大学予算の増額をうながします。
地方の私立大学は、多くが中小規模で経営が困難であり、国の支援を強めるべきです。私大助成を大幅に増額し、定員割れ大学・短大への補助金カットをやめるとともに、定員確保の努力を支援する助成事業を私学の自主性を尊重しつつ抜本的に拡充します。

国民新党

国民新党は国と地方の協議を法制化し、地方の声、現場の声を聞きながら国と地方の役割を見直し、地方に権限を大幅に譲渡します。
その結果、地方が自由に使える財源が増加し、自治体が地域のニーズに適切に応えられるようになり、地方の活性化が期待されます。その意味で、地方の大学が知的拠点としての観点から、今後、益々地方の活性化に果たす役割は大きくなるものと思われます。

評:

民主と共産は、運営費交付金の削減方針を見直すと明言しています。これが大学にとってはもっとも大きいことでしょう。実は自民も見直しを言い始めているのですが、これまでの政策との整合性が問われます。民主党は大学入試改革にも言及していますが、どういう方針なのか具体的には述べていません。個人的には、入試ももっと大学ごとに多様性があってよいように思います。結局それは大学がどういう人材を育成し、そのためにどういう学生を得たいのか、という個々の方針によるのですから。
大学の個性化は今後の必須課題でしょうが、これは大学自身が考えなくてはならないことで、国に言われるのを待っているようではダメでしょうね。

総評:

基礎研究、教育の観点からはやはり共産党が強いです。産業面での弱さを除くと、ほとんどの方針が妥当といえるでしょう。この分野に関しては、この党に一定の発言力を持たせておくのがよいのかもしれません。
民主党は教育への投資意欲があることは伝わってきますし、方針転換を明言しているいくつかの点は期待できます。しかし基礎研究や科学コミュニケーションに関しての知識は少ないようです。ただ、もっとも早く回答を返してきた点から、外部の意見を取り入れる姿勢はあるようなので、専門家は正確な情報をどんどん上げていくべきでしょう。
国民新党は教育と地方には関心があるようですが、科学技術という分野には疎いようです。しかし、不得意分野でも回答する姿勢そのものは評価できます。

小さなNPOとブロガーが書いた科学に関する質問状に3野党が返信してくれた、という事実はそれほど悪くないように思います。
与党の回答がないのは残念でしたが、こういう活動が続いていけばやがてはどの党も無視できなくなってくるのではないでしょうか?
ネットを民主主義に活用する一つの有効な手段として、今後も注目していきたいと思います。
そのほか、こんなにも沢山の団体が同様の取り組みをしています。皆様のご参考になれば幸いです。