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地を這う難破船 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-12-05

「受賞」をめぐる発言に目を通しての雑感


ふとアクセス解析を試みる。例のエントリの関連で来訪されている方が月曜あたりから再び増えた。もう収まりはしたが。理由は知っている。ここ数日、氏について幾度も好意的なスタンスから言及されているブロガーの方もいる(私とはいささか見解が違うが。同意する点もいくつかある)。私が触れる要があるのか、とは思ったが、当該のエントリの当日のアクセスがえらいことになっていた手前、一応「sk-44の見解」というものは記しておくべきなのであろう。「小倉ルール」ではないが、当該記事の内容自体にのみ準拠して感想を記す。自らがパブリクションとして提示した主張や見解や問題意識に準拠せずに、自分自身に対して論評を下されることを氏は不本意とするであろうから(私もまた嫌だ)。なお小倉秀夫氏に関しては、氏の新規の発言に対して的確な批判的指摘としてのエントリがいくつも掲示されている → はてなブックマーク - la_causette: ネット上の誹謗中傷といじめの関係 以上、私が言うべきことは特にない。というか、どういう人であるのか、よくわかった。まず私の当該エントリを。


小倉氏のエントリに対して思う - 地を這う難破船


以下は、ブクマが大量に付いている記事でもあり、今更インフォの意味もあまりない。ただ当ブログにて紹介はしておく。私はオーマイニュースというメディア自体に対しては昔も今も関心が薄いため、内部事情についても不案内である。むろん下記リンクにて批判されている佐々木俊尚氏の記事やBigBang氏による関連エントリ一連等にはあらかた目を通している。いったん掲示された記事が削除された理由についてはわからない。上に記したブロガーの方のコメ欄にて記事執筆者本人が事情についてわずかに語ってもいる。「編集部の不手際」であり記事自体は「実はまだ書き直してる」という。真相は知らない。であるからその点については触れない。


http://megalodon.jp/?url=http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx%3fnews_id%3d000000003392&date=20061203170733


http://megalodon.jp/?url=http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx%3fnews_id%3d000000003512&date=20061203170856


私が言及の要を覚えたのは、ブクマの量が示す「注目度」とは反対に、佐々木氏への批判を意図したものではない下の方の記事に対してである。いつものことであるが、強気で高飛車な筆の調子と飛躍的な語り口については(分量的な制限もあろうし)措く。「おまえが言うな」「どの口が言う」という批判のまったくの妥当についても措く。私は音羽氏の件に限らず、発言の検討に際してはそういったスタンスを取らない。措いたなら、下の記事にて記されている主張こそが、掛け値なしに、自己エントリにて私が記した「音羽氏の中心的な問題意識」の要点的な一切では、ある。少なくとも記事執筆者当人にとっては、おためごかしの空論では、ない。ここ数ヶ月の記事執筆者の行動を規定する、一貫した問題意識の在所である。ブクマコメントに肯定的とも読み取り得る評が見られたのも、頷けないことではない(佐々木氏批判記事におけるブクマコメにおいては肯定的な評がいくつか窺えた)。以前記した通り、かかる問題意識の所在とその掲示については、私は大筋では異論はない。ごもっとも、であって対論的な異論を示す気にはならない、ということだ。ただ、私が全面的に同意するかと言えば、補足しておきたい相違が大いに存在するのであって。「今回の受賞を批判したブロガー」のひとりとして、ちょっと対応的な見解を以下、記してみる。


上述したが、私はオーマイニュース自体に発足時も現在もさして関心がない。つまりは期待していなかった。ワッチの対象ですらない。であるから「オマニー」やその編集部を、あるいはその「傾向」を批判する意図も筋合いも資格もない。私が批判したのは鳥越氏による「編集長賞」の授与とその「講評」に見られた氏の個人的な恣意の存在についてであって、それ以上ではまったくない。放言するなら、そもそもオーマイの「賞」とはいかなる名誉であるのかそもそも私個人はわかりかねるのであるが、それはオーマイの全関係者に対する部外者による半畳であり非礼であるから、公的にそのような観点から批判するわけにはいかないし、批判としては成立しないものでもある。


私がワッチしていたのは「死ぬ死ぬ詐欺」騒動に関する事柄に限定される。音羽氏はそれに言及した当事者であった。私もいくらかは言及した。であるから「オーマイの市民記者である音羽理史」と意識して認識したこともない。ゆえに、その投稿内容ないし振る舞いは「記者」としてどうよ、とは私個人は批判しない。ただし本人が「記者」として所属する「オーマイニュース」の団体としての公式的な姿勢からは逸脱した言動であろうな、とは思う。とはいえ私は「オーマイニュースの団体としての公式的な姿勢」を支持しかねる部分があるので、その観点から「逸脱者」を批判する気はない。


音羽氏は「市民記者」という概念や「音羽記者」と自らが呼ばれることそして自らに「オーマイニュースの市民記者としての責」を求める意見に対して再三違和感を表明しているが、それを私はわからないでもない。かかる違和を再三表明している本人が「市民記者賞」を受賞したことこそが、本件の最大の皮肉である、とは思うし、私が妥当と考える批判者の指摘もまたその点に準拠している。元ねらー云々という批判は鳥越氏の恣意にこそ問題があると私は考えるが、「オーマイの市民記者」というアイデンティティを自らに対して認めず、そのことを言動によって証明している所属としての「記者」が「市民記者賞」を受賞した点は、批判されても仕方がないかな、とは思う。私は頼まれても「市民記者」など務める気はないし、先方としてもお断りであろう。で、この矛盾にこそ音羽氏の問題意識が反映されているのであろう、とは思う。


私は音羽氏が「オーマイニュースの市民記者」として「実名記事」を掲示することにこだわる理由が解せなかった。当該の削除された新規記事を読んで、最後の1ピースが埋まった。自らのブログエントリを真面目に淡々と更新していったらよいのでは、などという私の見当はまったく的外れであったらしい。音羽氏の問題意識に準拠したならば、私もまたブロゴスフィアだの2chだの既存メディアだの(括弧付きの)「オーマイ」だのといったローカルWeb村の「内輪」の「繋がり」しか視界にない視野狭窄人間の一員なのであろう。そして、そういった音羽氏個人の問題意識は私もまた個人的には勘定している事柄であるし、Webにアクティブコミットしている「倫理的」な人間が必ず抱くことになっている問題意識ではある。「倫理的」であることは首肯し得ることであるとは限らない。ただその種の(すなわち広義の「倫理」という観点からの問題意識を抱える)人間が現在のWebの状況に直面すればそれはそうなる。当事者性とは別個に。「死ぬ死ぬ詐欺」騒動の際に「当該団体や女児の両親およびその支援者の姿勢に対する批判的な検証者とその便乗者」達に対して「ねらー」と概括して(2chが大規模な検証活動の発信源となったことは事実であるが)いささかナイーブな非難の声を上げた人達は多く、そうした「倫理的」な人達であった。そして彼らの「倫理性」に対して、私は同意していたのであるが。個人的な問題意識の表出方法における瑕疵が、常に摩擦を引き起こすブロゴスフィアではある。


音羽氏に関して、書き落としていたことがいくつかある。あそこまで言及した以上は遺漏についても記しておくべきであろうと思ったことが、さらなる新規エントリを起こした理由のひとつでもある。まず、音羽氏にいわゆる世俗的な「功名心」はまったくないし既存メディアでどうこう、という願望もない。あえて氏本人が嫌うであろう表現を用いれば、氏はそのような「キャラ」ではない。そのようなことを意識しているなら言動があまりに裏目で裏筋である。有名性と、功名ないし名声とは異なる。かかる「悪名」としての有名性もまた、まさに「内輪」としてのWebに限定された話であり、音羽氏はかかるWebの「内輪」に準拠してはいない、つもりであるらしい。単にそうした観点からの揶揄はおそらく本人にとって的外れであろうと思うから記しているのであるが。


また、音羽氏の例の記事以降の各所における言動は支離滅裂にも見えるし実際表面的にはそうであるのだが、本人にとっては首尾一貫している、のであるらしい。つまり、音羽氏のプライオリティ最上位にはただ自らの個人的な問題意識のみがあって、個別的かつ具体的な言動も含めた他の一切は、最上位の審級にある氏個人の問題意識にのみ従属する。それを小倉氏は一般論として「善」と名指したのであろうが。


そして、もっとも重要なのは、音羽氏はかかる自らの問題意識に基づき行動し発言しはするが、自己の内的な問題意識と直接には関係しない具体的な外部の事象に対して、無頓着かつ無関心である、という点だ。氏は自らの問題意識に基づき「死ぬ死ぬ詐欺」の検証者とその便乗者を概括して批判はしたが、「死ぬ死ぬ詐欺」やその検証活動の具体的かつ個別的な問題の所在とその資料に準じた検討に関しては、一切無関心であった。氏に当該の記事を記させた動機とはただ氏自身の問題意識にしかなく、問題意識の表明はなされたが、氏は「死ぬ死ぬ詐欺」やまして臓器移植に対する具体的な関心を終始持つことはなかった。氏にとって、自らの問題意識を表明する契機とさえなり得たなら、対象事例の資料に準じた具体的な検討など鑑みるに値しなかった。


「シム宇宙の内側にて」のコメ欄における管理人氏やコメンテーター諸氏との徹底したディスコミュニケーションと議論の不成立、そして音羽氏の非礼と暴言等々は、この点に由来する。音羽氏は臓器移植をめぐる問題について、いやそれ以前に当該問題をめぐるあらゆる具体的な事象の個別的な検討に対して、なんらコミットしてはいなかった。医学的な資料に対してもそれに記載された現実患者に対しても。「死ぬ死ぬ詐欺」や臓器移植の問題に対して自己の関心から深くコミットしてもいた当該サイトの管理人氏が呆れるのは当然のことである。しかるに、本人が関心を持たない問題をめぐっての事実認識および論理面に関して「論破」したところで、音羽氏にとってはクリティカルな批判とはなり得ない。氏の一見場当たりな言動はすべて、氏の個人的な問題意識にのみ律され、問題意識に則したなら一切は一貫している。――私は価値判断的な是非をあえて措いて記している。為念。


事実認識に対して問題意識が優先しときに越権する。事実認識が問題意識に対して従属する傾向にある。かかる価値観に拠る以上、個人的な問題意識を公的な問題提起として成立させることは困難である、と言わざるを得ない。他人は問題意識でなく事実ないしそれに準じた情報によって説得されるから。説得によって問題意識は共有される。事実ないしそれに準じた情報の性質およびそのインフォの方法的な性質に準拠して価値判断に及ぶ説得が成立するがゆえに、事実ないしそれに準じた情報およびそのインフォの方法的な性質に対する留意と精査が発信者受信者双方において要請される。かかる相互的な関係こそがWebにおけるリテラシーとして定義される。受信者云々の議論とは、受信者に対してのみ負荷を要求するものとは一概には言えない。であるからこそ、かかる認識全般に対する欠落ないし無視ないしネグレクトが、個人的な問題意識を公的な問題として提起する際における、決定的な瑕疵として関係してくるのだ。個人的な問題意識の表出方法には留意しなければならない、まして、それをパブリックな問題提起としたいのであればなおのこと。言葉(というかデジタルな字面)をのみ介したコミュニケーションにおいては、問題意識や価値判断のみに拠って他人は説得されてはくれないし同意してもくれない。私も含めて、納得することならあり得るが。ただし納得とは個人的な寛容に依存している。


かかる音羽氏の問題意識に対する私の見解へと移行するのだが、私の見解は二重というか二枚腰である。ところで、氏の言動における氏個人の問題意識にのみ拠った一貫性の証左ということでもないのだが。「受賞」の直後に、氏が不快の表明を含んだコメントを残した、氏自身について言及した複数のブログエントリとは、氏の唾棄する「内輪」的な「ネタ」として件の受賞を論評していたエントリであった。補足するが、私はそうした記事に笑い、大いに楽しんだ。音羽氏の言う「内輪」的な文脈から面白く事態を処理してみせた「ネタ」として。であるから各々の管理人氏に含むところはない。あまり文章における笑いの才もないし、多少は関わった件でもあるから、自分が取り上げるなら真面目にやるか、という位置分担意識が機能したに過ぎない。


ただし、当該の複数のエントリにおける、あえて「内輪」的なネタとして音羽氏とオーマイをめぐる一連の事態を処理してみせたスタンスに対して氏がわざわざ不快を表明したのは、音羽氏の個人的な問題意識に則したならば、コメントの内容自体はともかく、行動としては筋は通ってもいる。一方のブログエントリが、音羽氏も新規の記事において記しているが「コミュニティから締め出されたも同然の」と当初揶揄的に記述していたことは事実であり、それに対応する音羽氏のコメントもコメントであったとはいえ、結局「コミュニティ」とは何か、ということについては明確に解答してはいないし、音羽氏を説得し得る形で回答することはおそらく不可能であろう。そのネタ記事には大いに笑わせてもらったことを明記しておくが、野暮なことを言えば。つまるところコミュニティとは当該エントリにおける具体的例示に準じたところではてな村(あるいはブロゴスフィア)と2chのことでしかない。はてな村と2chのローカルな「内輪」とそれにのみ向いた視線など知ることか、というのが音羽氏の問題意識であるから「ネタ」文脈に準じての揶揄は、少なくとも本人にとっては無効であろう。他人事であることもあって、私は楽しむわけだが。


私の見解の二重性ないし二枚腰性とは、そういったことである。私ははてなや2chといった「内輪」にのみ流通する文脈を楽しんでもいるし、しかるに一方でその弊害を知ってもいるし風潮には棹差したくもある。私の姿勢においては両方存在する。「内輪」は楽しいが「内輪」にはそれゆえの問題が存在する。問題を意識したうえで「内輪」を楽しみ、たまにその「問題」を自分の手の届く範囲で言挙げてみる、というスタンスかな。そうである以上、音羽氏の問題意識の所在については了解しているのであるが、全面的に同意するわけにもいきかねる。結局のところ、人は工学によってあるいは慣例によって設計された遊戯の規則からは、チェスボードに乗った以上は逃れ得ない。チェスの駒以外として振舞うことは、盤上においては極めて困難である。音羽氏はその困難について認識してはいるのであろうし、であるからこそ氏はオーマイニュースという「新機軸」でもあった媒体に実名記事を投稿することにいまだに賭けているのであろう。氏の賭金の対象とは「編集部」や「事業としての体制」や括弧付きの旧体制的な「ジャーナリズム」ではない。2chやブロゴスフィアといった「内輪」のローカルルールに束縛されない「オーマイニュースにおける自己記事の読者」すなわち氏の言うところの「新しい人」達である。そのような存在が成立するか、と問われたなら、難しい、少なくともオーマイという「新規」の情報発信媒体においては、と答えるのが私の見解である。


確かに。現状日本語圏のWebにおいては一切がゲームの規則ですよ。2chの規則もはてなのあるいはブロゴスフィアの規則もむろんSNSの規則も、マイナーなローカルルールに過ぎないのであって、大義としての「公共性」を形成してはいない。かかる規則ないしルールとは「サービスの利用者に望まれる作法」でしかないのかも知れない。しかるに現状のWebにおいて最適解を求めて活動する以上は各々のローカルな規則に通じそれに準じるしかない。これは効率の問題である。かかる規則は繰り返されてきたトラブルの処理に際する合理性とコスト削減のために歴史的かつ段階的に、無数の人間の介在によって制定されてきた。「お上」を経由しないローカルルールとは常にそうしたものだ。任侠道のしきたりと共通するとまで言う気はないが。そして、しきたりをわきまえない若い衆というか厨房童貞が増えて困る、という事態は現実にある。とはいえローカルルールの外部は存在し得るかというと難しいと私は考えるし、ルールへの無法が「構成員(というと言葉は悪いがルールに対して合意したうえで参加する者)」の顰蹙を買わないはずもない。現にそういった存在は2chにおいても顰蹙を買い無視&放置される。「空気嫁」という「抑圧」とは別の話。


たとえば、リスクヘッジを前提して棲み分けられた規則間の越権は原則として非難されるべきである。以前にも書いたが、炎上とは2chのローカルルールによるブロガーのローカルルールに対する越権行為であって。Disと揶揄は2chの挨拶であり、ROM専としての私はそうした2chを愛するが、そのことを知らないあるいは同意しないブロガーもいる。であるからトラブル回避としてのリスクヘッジとコスト削減という、ガバナンスの観点からの棲み分けが要請されるわけだが、つまるところこれは「いじめ」の問題とはあまり関係がない。悪意やあるいは差別感情の関与は事実であるが、悪意と差別感情の表出と流通がデフォルトであるWebにおいては、かかる問題は別個の観点から処理される。悪意や差別感情の噴出が「別個の観点」から処理されることを批判しあるいは抗議の意を込めて(ローカルルールの不協和音として)アクションを起こすことは自由であるし気持ちはわからなくもないのであるが、かかる非明文的なローカルルールの制定に関与した無数の人的なコミットメントとそれを要請した無数の不毛なトラブル、そういった試行錯誤への思いを馳せるべきではある。


そして、悪意や差別感情の噴出に対してあくまで人的な観点に基づいて処理しようとする態度が同意に基づき共有されることこそが、Webにコミットする者達の「民度」の水準を示している。これはあるいはWebユーザーに対して「構成員」たれと望む「選民思想」ないし「エリーティズム」であるのかも知れない。それを「選民的でなく平等」に、「工学的」にあるいは「強制力」をもって解決することは原理的には簡単なのだ。誰に対する呼びかけでもないのだが、Webにコミットする貴方が抱える「倫理観」はわかる。炎上も含めて、それってどうよ、と言いたくなるような事柄は多い。かかる事態を涼しい顔で看過する者達への憤りもわからぬではない。しかしながら。公共性の名のもとに求められる倫理を工学技術の導入によって実現することは、もっとも倫理からは遠い。工学的な規制の実施によって、倫理的な状態が実現されることは、倫理の敗北であるし、かくて公共性を志向するとは片腹痛い、とは思う。なお炎上自体を公的に肯定するWeb者など、少なくともブロゴスフィアにコミットする「内輪」にはいないと思うが。


ゲームの規則にコミットしている者はかかる規則をゲームの制度に過ぎないとは思わなくなり、現実的かつ公共的な最適解を無視し「現実」と「公共性」について取り違える。そうであるかも知れない。たかが球転がしと思ってプレイするサッカー選手はいない。金銭の非介在も含めて現実の社会的な文脈において直接的に機能してはいないのだから「選手」ではないだろう。そうではない。草サッカーであろうと真剣にプレイを楽しんでいれば、たかが球転がし、とは思わなくなるということだ。所詮遊びとしてのゲームである。かかるゲームが現実的な文脈における有害性を帰結していたとして、ではそうしたプレイヤーの心性を現実の社会的な文脈と公共性の観点から一概に否定し得るか。現に存在する工学的な環境が形成した巨大にして独自のローカルな世界観を、既成の「公共的」な「社会性」の文脈と接合させればそれで済むことなのであろうか。たとえば実名化によって。私はWebの一方向的な社会化に対してもまた棹差したい者ではある。


以下はあくまで事情に不案内な門外漢による勝手な感想である、と断る。オーマイニュースの現状における困難とは、現実の社会的な文脈に準拠した、旧来的でもある「公共性」概念を括弧付きのままWebにおける情報や見解の発信に際してそのまま敷衍し適合させようとしたことの不具合にこそあったと思う。それは「実名主義」に象徴されてはいる。Webにおける情報発信の倫理とは、現実社会における発言に際する倫理とはまったく異なる。発言者の個別的な身元確認とは、大量の発言が右から左へと氾濫して流れ続けるWebにおいては物理的に無理筋である、まして実名や所属など社会的な文脈にのみ限定して規定された身元の精査は無意味とは言わないが、コストの処理に多く結果が見合わない。ゆえに情報発信において要請される倫理意識もまた実際的な戦術も異なるし、発言者の人称的な個人性とは社会的な文脈に基づく「身元」によっては証されない。そして受信者に対して要請されるリテラシーとは、情報の内容的な検討にのみ準拠することの倫理の謂いである。すなわち、Webにおける情報発信および受信において実際的な見地から確立され得る「公共性」概念とは、現実社会におけるそれとは異なったものとなるであろう。それを読み切れていなかったのだろうか、とは部外者に過ぎない者としては思っているし、最初から無関心な部外者でしかなかったことも、その認識における「ズレ」に気が付いていたためであろう。


方針としての実名主義に別に異論はない、ただ実名であることが「責任ある発言」をWebにおいては必ずしも担保も意味もしないであろうと、当時から思ってはいた。事実どうであったかという以前に、私の価値的な判断に過ぎない。それこそ2chのROM者として、発言の内容自体について経験的に検討する癖の付いていた人間としては、Webにおける発言に際して「実名」ないし「所属」と「責任」とが等号にて結ばれる「社会的な文脈」に準拠した原理自体が、間違ってこそいないが、文脈の相違を踏まえてはいないな、と思っていた、ということである。そして、実際のところ、音羽氏も含めて記者氏の「実名性」自体についてWebにおいては多くの人はこだわってはいない。実名よりハンドルの方がいまだに流通していることへの違和感を音羽氏が記事にて表明しているが、別にみなその件に関してはからかっているとも言えない。失礼ながら「現実の社会的な文脈における無名人有名人ではないということに過ぎない)」の実名もまたハンドルと同様に単なる人称識別の記号としてのみ流通するのがWebの特性である。実名が個人の個人性を証すわけではない。それは発言と行為によってしか証されない。たとえば私が今実名を公開したところで、その漢字の羅列が「sk-44」以上の意味を多く持つわけではない。人称識別の記号でしかない。なら実名にしろと言われてもしないのは、Webにおける言動の、現実の社会的な自己に対するフィードバックを能う限り遮断するためであることは事実である。


そして、かかる要請が現状においてWebユーザーの大半に存在する以上、Webにおける「発言ないし情報発信における責任」という概念が現実社会における文脈とは別個の形で構成されることは必然の結果である。リテラシーという「倫理」はそこから生まれる。そこに「発言ないし情報発信における責任」を「実名」という「社会的な身元の確定」にのみ接続させる価値観を鳥越氏言うところの「挑戦的」にぶつけてきたところで、反動とは言わないが、価値的な軋轢以前にそれこそ現実的に無理筋であろう、とは思う。確かに、実名と社会的な所属を晒して差別発言をする人間はあまりいません。しかしそれは「責任ある発言」という倫理の手前にある単なる社会的な首縄に過ぎません。リスクヘッジないしリスクコントロールとしてのプラグマティズムの一方的な実施は、倫理とは関係がありません。


社会的な首縄の及び得ない世界における社会性と倫理と公共概念、それをこそみな模索して個別的に悪戦苦闘し試行錯誤しているのであって、かかる下部的な知恵の絞り合いを一切スキップないし捨象して「社会的な首縄」を発言者に対して装着させればWebにおける社会性と倫理と公共概念が実現され健全に保たれ得る、というのは筋が違うどころか無茶な発想としか当事者としては言えない。「社会的な首縄」の不在を前提することこそが、Webにおける倫理を考える際の要諦であろうと、私は考えるのだが。明確な違法行為に関しては多く発信源の特定は可能である。たとえばであるが、炎上の対策として社会的な首縄の全員装着を求めるというのは、蝿を散弾銃で撃ちまくるような過剰な対応です。しかも弾は多く蝿に当たらず盲滅法な方向へ。


読み返す。複数の方の発言や見解に対する感想が混淆している。書き落とした事柄と書き過ぎた事柄が幾らもある気がする。後で修正するかも知れないとはまたしても記しておく。とまれ、佐々木氏への批判記事の方も含めて、内容自体にのみ準拠したならば、それほどに悪い記事ではないと思う。問題意識自体が直球で投げ出されているからであろうか。自らの言葉で記しているからでもある(この記事に関しては、アドルノホルクハイマーへの言及に関しても、必ずしも権威依存的な言葉遊びであるとは思わない)。であるからリンクした。佐々木氏批判のエントリも含めれば、ブクマコメントにおいてそうした反応がいくつか存在することは、はてな村とやらの健全性を示す兆候であるとは思う。批判の余地の所在について延々と記したうえで私はそう言っている。ひとつの好意的な声の背後には100倍するそれが、声なき反応として存在する。むろん逆もまた真なりであるが。


なお「自己吐露は記事ではない、チラシの裏に書け」というような立場は当然あり得るだろうが私は採らない。以前にも記したが原則として私は「チラ裏」という批判のスタンスはWebにおけるパブリクションについては自らにも他に対しても取らない。本当に無意味な「チラ裏」であれば無反応のまま終わる。無反応を結果する無意味をそれを理由に終了宣告する気も筋合いもない。かつ前記の通り「団体としてのオーマイニュースが志向するとされている公式的な姿勢」すなわちごく簡単に要約的に言って、現実における社会的な文脈を前提するいわゆる既成の「ジャーナリズム」概念のWebにおける敷衍適用という方針を支持しかねるので。氏が個人的な問題意識の表出媒体をブログではなくオーマイニュースに求めている、その理由も(わかり難くはあるが)表明している以上は、私はかかる価値観に対しても同意しかねるが、気持ちはわからないでもない、御自由に、健闘を祈る、ということです。私個人は一匹である人は関わり合う気はなくとも嫌いではなかったりする。一匹の人がそうあるのは多く自業のゆえであると、我が身を省みてもいささか思うが、自らの業とは意思であると、強弁することも可能では、ある。強気と高慢はイコールではないし、矜持を無礼と無法によって示すことは、到底エレガントとは言えないけれども。――〆

音羽理史音羽理史 2006/12/06 21:41 > 音羽氏は臓器移植をめぐる問題について、いやそれ以前に当該問題をめぐるあらゆる具体的な事象の個別的な検討に対して、なんらコミットしてはいなかった。

「具体的な」事象ですか。ふん、まあそれもいいでしょう。ひとつずつ考えてみましょうか。

> 「死ぬ死ぬ詐欺」や臓器移植の問題に対して自己の関心から深くコミットしてもいた当該サイトの管理人氏が呆れるのは当然のことである。

シム宇宙のコメント欄でぼくが示した論文は以下のとおりです。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=16138715&dopt=Abstract
http://www.mayoclinicproceedings.com/inside.asp?AID=3934&UID=
http://www.emedicine.com/ped/topic2503.htm
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=92280612
さらにシム宇宙の人が示した論文もあわせて考えてみても、数字はどれもばらばらですよね。症例が少ないから。
それで教えてほしいのですが、この程度で医療専門家でもない人が、いや専門家でも何が言えるというのでしょうか。あるのは、ごくわずかな症例に基づくネット上の資料だけで、それを素人判断しているだけです。せめて、専門誌で論文でも探してくるならまだしも。
悪いけれども、「深くコミットメント」って本気で言ってるとは僕には到底思えないですよ。

臓器移植の問題?ええ、それはもしくはあるかもしれない。でもそれをさくらちゃんを救う会にすべておっかぶせてよってた語って詰問する(それもネットでだけで!)彼らのやり方はいったいなんだったんでしょうか。それこそそういう問題提起をしたいならば市民活動でもやればいいのです。なぜ、彼らはネットで小さな団体を炎上させることぐらいしかできないのか。どうしてなんですか?

> 当該問題をめぐるあらゆる具体的な事象の個別的な検討

いいでしょう。何かひとつでもウラが取れていて具体的に検討できる段階のものがあるならば、ぼくも知りたい。で、それは何なんですか?

sk-44sk-44 2006/12/08 07:15 音羽理史さん、はじめまして。レスをいただくとは思っていなかった。そして、これが、貴方の御返事ですか。残念です。私は再三余計なことをしただけであったようですね。変わらぬ貴方と「議論」を試みるほど私も酔狂ではないのですが、一応再三言及した者の責として、貴方の問いに対して私なりに回答をします。

まず、貴方の癖は知られている。

>>何かひとつでもウラが取れていて具体的に検討できる段階のものがあるならば、ぼくも知りたい。で、それは何なんですか?

ググれば、と答えて終わる話です。事実ググっているでしょう。「ネット上」での情報収集はとうに済ませている。なぜ知られた癖を繰り返すのですか。というか「ググって収集し参照し得るネット上の情報」自体に準拠することに、貴方は信をおいていないのでしょう。挑発的に疑問で記すのではなく、自ら出している結論に至るまで述べない限り、かりそめの「意見交換」にすらなりません。「『当該問題』に関して、何かひとつでもウラが取れていて具体的に検討できる段階のものなどネット上には自分が見た限りではありません」と。貴方のそうした意識に対して、私は以下真面目に答えるつもりです。

>>シム宇宙の人が示した論文もあわせて考えてみても、数字はどれもばらばらですよね。症例が少ないから。
それで教えてほしいのですが、この程度で医療専門家でもない人が、いや専門家でも何が言えるというのでしょうか。あるのは、ごくわずかな症例に基づくネット上の資料だけで、それを素人判断しているだけです。せめて、専門誌で論文でも探してくるならまだしも。

『シム宇宙の内側にて』における「議論もどき」の帰結に対する貴方の一貫した主張の要諦ですね。オーマイニュースの受賞発表記事の「ひと言」欄においても貴方は同様の主旨の主張を行っていた。ひと月は前に「終結した」ことになっている他人様のブログにおける「議論」の自明の再放送を要求されても応じかねるため、私の観点からあくまで貴方に対して説明しますが、貴方が当該ブログの管理人氏やコメンテーター諸氏に対しておっしゃっている上記の事柄は貴方自身に対してこそ当てはまることですよ。

エントリの通り当該ブログにて貴方に応対した方達のように市民記者として云々とは私は言いませんが、貴方は自己のスタンスを肯定しておられるのですよね。なら他人に対してのみ批判するべきではない。「記者なのだから」という理由のもとに自己のスタンスを批判されることに対して不当を感じておられるのであれば、私個人はその点を批判する者ではないと再度表明しておきます。たとえば「医療専門家でもない人が」「ごくわずかな症例に基づくネット上の資料だけで」「素人判断」に基づいてWeb上において何か言ったとして、かかる括弧で括られた条件自体が、主張や発信された情報の審査に影響を及ぼし得るとは、私個人は思いません。

そもそも、そうであるならば貴方もまた病状の件に関して「何が言えるというのでしょうか。」となる。むろん私もまた「何が言えるというのでしょうか。」となりますし、事実具体的な病状の件に関しては何も発言してはいません。私は貴方のおっしゃっているスタンスは採らない。であるから貴方個人も含めて誰に対しても、そういった「シロート」が「ネットの情報だけで」といった箇条書きの条件に基づいてのジャッジは勘定しない。つまり、エントリにて記した通りの「リテラシー」概念を採用する者です。少なくとも私個人は。

>>音羽氏は(中略)当該問題をめぐるあらゆる具体的な事象の個別的な検討に対して、なんらコミットしてはいなかった。

という私の記述における「あらゆる具体的な事象の個別的な検討」とはかかる「リテラシー」の水準における話です。書き落としの補足不足であったようで、大変失礼しました。貴方はWebに特有の「リテラシー」という概念に対してコミットしてはいないし意思的な拒否の姿勢を示している。それを批判するものではない。ただそうした相手と「議論」を試みることは勘弁願う、成立しないし、という事例を私は貴方に限らず体験的にいくらも知っている。Webにおける「事象の検討」を尊重する発想がないと私には思えるから。

Webにおける「事象の検討」とは貴方が繰り返していたような「(現実的な文脈における)根拠」をこそ要求しそれにのみ準拠することとは異なる。「(現実的な文脈における)根拠」の蓋然的な不在を前提して事象を検討する、かかる必要に基づいて導入された概念こそが、Webにおいて固有の「リテラシー」という実際的な方法論です。以上私見であると断りますが。

端的に言って『シム宇宙の内側にて』において管理人氏がこだわっていた「根拠」と貴方がこだわっていた「根拠」とは、位相が異なる。貴方はあくまでも現実の文脈と接続し現実の文脈によって直接的に担保された「根拠」をこそ求めた。貴方は「根拠」に現実の直接的な文脈の介在を求めたし(論文よりも主治医の診断に付く、というのはそういうことでしょう)、当該の管理人氏らは「リテラシー」に拠って規定され採用された「根拠」にこそ準拠した。そんなものは紙切れどころかURLと文字の羅列に過ぎない。貴方が再三表明していたこととはこうしたことでしょう。

今回、私は改めて価値判断を措いて記している。貴方が問題とした記述において、説明不足のまま貴方に対し一方的に断罪的な表現を用いた点また申し訳なく思うため、ここに補足として追加の見解を記します。私は基本的に、事態や事例の分析のみをインフォすればよいと考える人間であるから。ただし、上述の通り私の価値判断は、多く現実とは接続せず信用の置けないWebにおける記述ないしソースにのみ準拠した『リテラシー』という、合意されつつはある方法論としての倫理の旗幟に在る。

>>悪いけれども、「深くコミットメント」って本気で言ってるとは僕には到底思えないですよ。

「深く」は私が主観的に用いた強調表現であり、強調の意を込めすぎた点も含めて貴方の同意を得ることは難しいかもしれない。程度問題について示す要があったことを御理解いただきたいです。もう少し言うと、Webにおいては関心の所在ないしその程度は、行動や発言によってしか証されない。私は例の件に関して、臓器移植も含めた医療面については一切言及も発言もしなかった。女児の両親の資産面に関してもまた。私の関心の所在と個人的なコミットとはかかる行為の結果としてしか証明されないし、発言したところでその内実次第に拠ってまた外部から勝手に規定されてしまう。資産面はともかく臓器移植自体に関しては私もいくばくかの関心を以前から寄せており情報も集めてはいたが、発言や言及等の行為として変換しなかった以上、かかる表出されざるコミットメントなどWebにおいては無である。そういうことです。そして、最後に。

>>臓器移植の問題?ええ、それはもしくはあるかもしれない。でもそれをさくらちゃんを救う会にすべておっかぶせてよってた語って詰問する(それもネットでだけで!)彼らのやり方はいったいなんだったんでしょうか。それこそそういう問題提起をしたいならば市民活動でもやればいいのです。なぜ、彼らはネットで小さな団体を炎上させることぐらいしかできないのか。どうしてなんですか?

どうしてなのか、と私に訊かれても。昔も今も一貫してROM専ですよ、私は。例の告発ないし糾弾に関しても。証明は無理ですが。貴方は、Webの文脈と現実の社会的な文脈との断絶と、Webの文脈の旗幟に「無自覚」に立つ者達の現実における社会的な文脈を省みない「自閉」と、その現実社会に対する「無自覚」な体での結果としての越権に対して苛立っているのですか。Web者が各々自覚的に問題提起を意図して、市民活動のような「社会的」かつ「パブリック」なムーブメントを形成する方向を目指すべきだ、と。

でも、それは無理ですよ。こと貴方が指す「小さな団体を炎上させる」「彼ら」に関しては。市民活動たることを意思的に拒否しているからこそ「死ぬ死ぬ詐欺」という本当に卓抜な名が冠されるわけでしょう。であるけれども「小さな団体を炎上させる」「彼ら」の意識自体は「似非」市民活動のそれと似通っている、といったことを何人かの「レフト」のスタンスを採る方が、概括的な形で批判的に記してはいましたが。一理あると思うかと問われれば、それこそ無根拠な感覚のうえでのみ、あくまでごく限定的には頷き得る事柄ではあるのですが。かかる限定には概括表現の解除も含まれる。

愉快犯的な意識ないし悪意や差別感情に基づく炎上に対して、無条件に肯定的な態度を示すブログ運営者など、まずいません。アクセスが多い方であればなおのこと。これも証明は無理ですが。私は公的に「炎上する側にも責任がある場合がある」とは言いません。現実の「いじめ」の問題とはまったく別個の事柄であると認識したうえで、ですが。以降は自エントリの再放送になりますので、こんなところです。

そうだ、再投稿された記事、読みました。もし誤解があるなら記しておきますが「記事の質、最終的には『説得力』」という佐々木氏の記事は、私はリンク先を見るまで存在すら知りませんでした(いや、今ようやく思い出した!以前読んだ記憶がある。とりあえず、内容も含めて全然憶えていなかった)。貴方の再掲記事と一緒に読んで、なるほど、こういう文脈が存在していたわけか、と。私はオーマイどころか小倉氏どころか佐々木氏の日頃の言動に対してすらも関心の薄かった男なので。困ったことですが、本当に。あぁ、影響下にある発言と思われているということか、と。間接的な影響はむろん存在したでしょうが、直接的に佐々木氏の日頃の発言を読むこと自体が、今回の一件以前にはほとんどなかったりする。見解などとうに既出であるわけですね。とまれ、腹を括った良い「オピニオン」であるとは、思いました。本当に。もう言及することはないと思います。オーマイに対しても貴方に対しても。

音羽理史音羽理史 2006/12/09 01:58 > 挑発的に疑問で記すのではなく、自ら出している結論に至るまで述べない限り、かりそめの「意見交換」にすらなりません。

それぐらいは読み取れると思って書いてないわけですけれども。

> そもそも、そうであるならば貴方もまた病状の件に関して「何が言えるというのでしょうか。」となる。

いや、ぼくは事実何も言ってない。一年以内の生存率を問題にしたのはぼくではないし。しかし、手術をしたほうが生存率が高いことは明らかでしょうね。
そもそも「手術をしなかった患者の予後は不良だった」と書いてある論文を元につまらない数字をあれこれ言える彼らの神経がぼくには分からないです。

> 「リテラシー」

ぼくにはそれが意味のある言葉だとは思えない。
それを(多分)ネットで使い始めたネット右翼の人たちにとって、それは都合のいい読み方ぐらいの意味だった。だから基本的にそういう言葉が出てきたら信用しないようにしてる。
そもそも本来の意味でのリテラシーというのは、例えば医療論文に対して医学知識があるか、とかそういう意味だと思う。

> あぁ、影響下にある発言と思われているということか、と。

いや、まったく思わなかった。書いたとおりぼくは佐々木さんという人をよく知らないので、どれくらい有名なのかも分からない。知ってることが当たり前だとはまったく思わない。

ドクタードクター 2006/12/11 15:45 >シム宇宙のコメント欄でぼくが示した論文は以下のとおりです。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=16138715&dopt=Abstract
http://www.mayoclinicproceedings.com/inside.asp?AID=3934&UID=
http://www.emedicine.com/ped/topic2503.htm
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=92280612
さらにシム宇宙の人が示した論文もあわせて考えてみても、数字はどれもばらばらですよね。症例が少ないから。
それで教えてほしいのですが、この程度で医療専門家でもない人が、いや専門家でも何が言えるというのでしょうか。あるのは、ごくわずかな症例に基づくネット上の資料だけで、それを素人判断しているだけです。せめて、専門誌で論文でも探してくるならまだしも。

この最後の一言で,自分の恥を曝しているのですが・・・?ncbiなどのPDFなどでファイルをダウンロードできるシステムを知らないんでしょうか?医学系に限らず,今は多くの分野領域で,紙での出版及び電子ジャーナルという形を取っています.
確かに医師でもない素人(失礼な言い回し申し訳ありません)が文献を集めても説得力は無いかもしれませんが,少なくともあなたが適当に集めてきた文献と違い,『シム宇宙の内側にて』の方々が集めてきた文献の方が一考の余地があるものでした.
記事を書いた以上は当然RCMとDCM,HCMが違うことは把握していますよね?

RCMの患者さんの予後に関しては諸説あり,少ないながらも症例報告が進むにつれてまた変わっていくでしょう.ただし,色々と問題になっているような50%ウンヌンのくだりは表現に問題があるかもしれません.少なくとも検証のための論文をざっと読んでみた結果,50%とは言い難い(もっといいんでは?)と感じました.あなたが疑っている素人考えと,私を含めた複数の医師の意見は一致しています.


>いや、ぼくは事実何も言ってない。一年以内の生存率を問題にしたのはぼくではないし。しかし、手術をしたほうが生存率が高いことは明らかでしょうね。
そもそも「手術をしなかった患者の予後は不良だった」と書いてある論文を元につまらない数字をあれこれ言える彼らの神経がぼくには分からないです。

少ない症例かつ少ない手術件数で,術後経過が手術よりも良いという文献はあなたは探したんですか?手術=必ず良くなるという訳ではないんですよ?何度も色々な人より指摘されていますが根拠のない自信に満ちた言い回しは,私たちの世界では失笑の対象ですよ?後,大事なことは数字が先で結果が後です.結果から詰まらない数字といえるほどあなたは勉強されていませんし,こうした文献の重みがわからない方が医療関係の記事を書くという時点で間違っています.
あなたはあまりにも無知です.こうした問題に言及するには早すぎたと思います.記者を名乗る以上は,もっと勉強してください.

幸いにも件の患者さんは予定では本日渡米予定だとか.何とか早くにドナーが見つかり,無事手術が終了すること,経過が順調であることを願います.

慣れない長文,乱筆申し訳ありません.

音羽理史音羽理史 2006/12/12 01:59 医者だと名乗れても、それだけでは根拠になりませんから、身分を確認できる程度まで貴方の情報を明かしてほしいんですが。具体的には、実名と勤務先ぐらいまでは。

> ncbiなどのPDFなどでファイルをダウンロードできるシステムを知らないんでしょうか?医学系に限らず,今は多くの分野領域で,紙での出版及び電子ジャーナルという形を取っています.

だから?話が噛み合ってないですよ。

> 記事を書いた以上は当然RCMとDCM,HCMが違うことは把握していますよね?

特発性心筋症と拘束型心筋症と肥大型心筋症で良いんでしたっけ?でも、特発性っていうのが原因を表すのに対して、後者の二つは病状を示してますよね。だから、「特発性拘束型心筋症」という言い方をするわけですし。厳密に考えるならばそういうふうに並べるのは適当ではないと思うんですが。

> RCMの患者さんの予後に関しては諸説あり,少ないながらも症例報告が進むにつれてまた変わっていくでしょう.

何が、ですか?

> 少なくとも検証のための論文をざっと読んでみた結果,50%とは言い難い(もっといいんでは?)と感じました.あなたが疑っている素人考えと,私を含めた複数の医師の意見は一致しています.

複数の医師があんだけしかないネット上の論文だけで判断したんですか?それとも、それこそ専門的な資料を読んだんですか?そうなら、医師にそれほどの余暇があるんですか?そもそも、どうして複数の医師がこんなローカルなネットの話題で資料の読み合わせなんかやってるんですか?それに、貴方たちは何科の医師なんですか?

> 少ない症例かつ少ない手術件数で,術後経過が手術よりも良いという文献はあなたは探したんですか?手術=必ず良くなるという訳ではないんですよ?

「手術前」とおっしゃりたかったんですかね?
しかし奇妙なことをお聞きになる。それでそのままにしておいてどうなると貴方は思うんですか?

> 何度も色々な人より指摘されていますが根拠のない自信に満ちた言い回しは,私たちの世界では失笑の対象ですよ?

そうですか。じゃあ、ぼくも貴方に根拠とやらを示してほしいんですが。

> 後,大事なことは数字が先で結果が後です.

それ、ぼくが主治医に言われたら絶対その人に手術してもらおうと思わなくなるせりふですね。

> 幸いにも件の患者さんは予定では本日渡米予定だとか.何とか早くにドナーが見つかり,無事手術が終了すること,経過が順調であることを願います.

貴方に限らずですが、そのせりふを付け足しておけばいいと思ってませんか?

(´д` )(´д` ) 2006/12/12 07:57 やぁ、部外者ダヨ
オマニー関連読んで楽しませてもらってます

音羽先生、「?」使うの好きだね
これが戦法という奴ですカ?
回答を待って、さらに細かい指摘を重ねて煙に巻くみたいなw

sk-44sk-44 2006/12/12 11:22 新規のエントリを掲示しました。応答から漏れてしまった(´д` ) さん、ども、はじめまして。私は少しく複雑なのですが(気楽な別の話を書きたい)、どんな話であれ楽しんでいただいたのならこれに勝る喜びはありません。

(´д` )さんが指摘されている音羽さんの「?」戦法については自分なりの考察(というほどのものかしら)を新エントリにて記しています。宜しければ御笑覧ください。

うぉちうぉち 2006/12/12 11:45 音羽さんへ

宮城県在住でしたっけ?

以下3つについては東北大学図書館にあるようですので
一度確認して頂けないでしょうか?

「The Journal of heart and lung transplantation」
「American heart journal」
「Heart」

図書館の蔵書はネットで検索可能です

ドクタードクター 2006/12/12 13:48 わかりにくい文章でほとんど意味が伝わらなかったようで申し訳ありません.

>> ncbiなどのPDFなどでファイルをダウンロードできるシステムを知らないんでしょうか?医学系に限らず,今は多くの分野領域で,紙での出版及び電子ジャーナルという形を取っています.
>だから?話が噛み合ってないですよ。

これは,あなたが最初のコメント(ここでの)の中で言っている「ネット上の資料だけで、それを素人判断しているだけです。せめて、専門誌で論文でも探してくるならまだしも。」に対しての言葉です.専門の雑誌なのですが・・・?話が噛み合っていないという回答になったのは言葉が足りなかったこちらの責任だと思います.申し訳ありません.要は,ちゃんとした資料ですと言いたかったのです.

>特発性心筋症と拘束型心筋症と肥大型心筋症で良いんでしたっけ?でも、特発性っていうのが原因を表すのに対して、後者の二つは病状を示してますよね。だから、「特発性拘束型心筋症」という言い方をするわけですし。厳密に考えるならばそういうふうに並べるのは適当ではないと思うんですが。

3つを並べたのはあなたが持ってきた文献においてこの3種をハッキリと区別できていないと思ったからです.そして案の定間違っておりますが・・・.自分で調べてくださいね.
特発性は基本的には「idiopathic」という単語が付きますので,病気の略称にはほとんどの場合「I」が付きます.ちなみにICMは別の病気の略称とすることが多いです.多少病気のコトを勉強された方ならば,少なくとも特発性〜〜〜とは思わないと思います.特発性心筋症にどういった病気が含まれるのかぐらいは調べた方がいいと思いますよ.

>> 後,大事なことは数字が先で結果が後です.
>それ、ぼくが主治医に言われたら絶対その人に手術してもらおうと思わなくなるせりふですね。

言葉足らずで勘違いさせてしまい申し訳ありません.シム宇宙の内側にて挙げられていた論文に対するあなたの言葉に対しての文章でした.違うところの議論をこちらで話すというのは間違いでしたね.申し訳ありません.言葉の意味としては,あくまでも医学論文を書く際には,でてきた数字に対して考察を行い,それによって結果を考えるものです.「結果の文章がアレコレなので,こんな数字は意味がない」なんて事は無いのです.同じ数字であったとしても,考察の仕方によっては違う結果が導き出されることもあります.そういう意味での「数字が先で結果が後」です.結果が自分の好ましくない文献だから詰まらないという様なスタンスは駄目だと思います.


私もたかだか10個程度の文献を斜め読みした程度であるので,生存率50%きるかきらないかは正直判断できません.が,ただ一ついえる事があるとすれば・・・もっと勉強しましょうということです.われわれは専門外の領域であっても,当然専門医に聞くのは当たり前として,自分でも疾患についてある程度勉強するのは当然だと思います.その際に用いる方法は簡便なものだと日本語の雑誌.後はネット上で調べることです.googleじゃなく,pubdmedあたりが簡単で便利な方法だと思います.

勘違いされているなと思ったところをかいつまんで回答してみました.ただ,RCMとDCM,HCMそしてidiopathic cardiomyopathyを理解出来ていないであろう相手には十分すぎるほどの時間を割いてしまったかな?と最後に大人気ない事を書いて終わります.
論文ならまだしもこういう文は苦手です・・・.

音羽理史音羽理史 2006/12/12 19:40 > 要は,ちゃんとした資料ですと言いたかったのです.

だから、そういうことではなく、論文の文脈もなくただ数字だけ抜き取って考えるならばそれは素人判断に過ぎないと言っているのです。

> 3つを並べたのはあなたが持ってきた文献においてこの3種をハッキリと区別できていないと思ったからです.

ああ、もうひとつは拡張型でしたっけ。失礼しました。

> 言葉の意味としては,あくまでも医学論文を書く際には,でてきた数字に対して考察を行い,それによって結果を考えるものです.

いや、そもそも論文で問題になるのは数字の根拠です。あの程度の症例で絶対的な数字だと読めるわけがない。書いた当人ですらそうは思っていないでしょう。論文というのは権威で読むものではないはずです。

> 私もたかだか10個程度の文献を斜め読みした程度であるので,生存率50%きるかきらないかは正直判断できません.

だったら、あなたは何が言いたかったんですか?

> pubdmedあたりが簡単で便利な方法だと思います.

pubmedですか?英語論文の要約だけ読むのが勉強ですか?

ドクタードクター 2006/12/12 23:12 >だったら、あなたは何が言いたかったんですか?

もっと勉強しましょうね。

>pubmedですか?英語論文の要約だけ読むのが勉強ですか?』

どこの世界にabstractのみで議論する医療人がいるのでしょうか?当然中身を読むのです。図書館に行けば紙の媒体で手に入れることも出来ますし、電子ジャーナルという形でPDFファイルを手に入れることが出来ます。
abstractしか読めないと思っていたのでしたら申し訳ありません。あなたの言葉を借りれば、「それぐらいは読み取れると思って書いてないわけですけれども」という事ですね。

記事を書く以上は、記事の内容に少しでも責任を持つことが出来るようもっと勉強されるよう宜しくお願いします。

音羽理史音羽理史 2006/12/13 00:07 > 図書館に行けば紙の媒体で手に入れることも出来ますし、

それならはじめから図書館に行けばいいんじゃないですか?そもそも、英論文だから図書館に入ってない場合もあると思うんですけれども。

> 電子ジャーナルという形でPDFファイルを手に入れることが出来ます。

むしろ、それはタダでは乗ってないところのほうが多いと思うんですが。

> 「それぐらいは読み取れると思って書いてないわけですけれども」という事ですね。

お金まで払って読めと言っているのでしょうか?あなたの真意まではぼくにいくら国語力があっても読み取れないので、未だに分からないんですが?

(´д` )(´д` ) 2006/12/13 07:06 突っ込みが瑣末的になってきたヨ
がんばれ音羽先生

論文探し論文探し 2006/12/13 13:06 音羽さん

ネット上のアブストで必要な情報を確認し、参考になりそうな論文であれば、
ダウンロードできるものはそのまま入手。

そうでないものはまず学内の図書館で検索。
学内の図書館になければ他大学からコピーを入手できますよね?

他大学図書館からのコピーの取り寄せ方法は大学の図書館で聞きましょう。

それでも手にはいらないようでしたら、あなたの担当教授にでもご相談を!

わからないことがあれば大学の先輩に質問してみるとよいのでは?

sk-44sk-44 2006/12/14 05:56 新規のエントリを掲示しました。うぉちさん、論文探しさん、はじめまして。誠に的確なインフォとしての指摘、ありがとうございます。「誰か突っ込んでこい」が明白な発言であることは確かなのですが、そして私は全然人のことを言えない科学に無知な者なのですが……新規エントリにおいて更なる応答を記しております。宜しければ御笑覧ください。

(´д` ) さん、ども。またいらしてくださったうえ、簡潔にナイスなコメントをいただきありがとうございます。実は私は今、自らの新規エントリを読み返して致命傷があちらこちらに散見されることに気付き青くなっておりますが、とりあえず晩になってからどうするか考えます。「誰か突っ込んでこい」の対象は私であるかもしれない。生兵法というのは、怪我しますね。

><>< 2006/12/18 10:36 音羽さんは図書館情報学と資料・文献探索について勉強されるとよいかと思われます。上でも「論文探し」様がおっしゃっているようにお金をかけずに資料を入手する方法があります。文献取り寄せ・複写サービスは市町村の公共図書館でも利用できます。是非、レファレンスまでお問い合わせください。

また、これも数多く意見が音羽さんに寄せられておりますが、ネット上の文献が意味の無いものであると判断なさるのは非常な早計です。そもそもインターネットの発想が研究者間の情報交換であり、医学含め先端科学分野ではごく早い時期から権威ある学術誌のネット移行が進んでおります。ネット移行した学術誌、電子ジャーナルは大学図書館や一部公共図書館では自由に閲覧することができます。当然その内容はこれまでの紙媒体資料と同等の信頼性を得ているわけです。

なお、図書館情報学および文献探索につきましては以下の書籍をお読みになることをおすすめいたします。ただし、私自身の知識が学部生レベルですのであしからず。

図書館に訊け!,井上真琴 著,筑摩書房
図書館情報学入門,藤野幸雄ら 著,有斐閣
図書館のプロが教える“調べるコツ”,浅野高史ら 著,柏書房
リーガル・リサーチ,いしかわまりこ他 著,柏書房
自分で調べる技術,宮内泰介 著,柏書房

><>< 2006/12/18 10:38
「自分で調べる技術」の出版者が柏書房となっておりますが正しくは岩波書店でした。お詫びして訂正いたします。

><>< 2006/12/18 10:41
三度失礼します。リーガル・リサーチも柏ではなく日本評論社です。1年生からやり直しだ・・・。

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