幻燈日記帳

2018-04-10

ドムドムドウとベルの音がきこえる 20:12


某日

リハーサル。ベースにゴロニャンずでも一緒にやった池上さんをむかえる。まず佐久間さんと3人で合わせた後、別日で5人での仕上がりを確認。ある曲を合わせている時に、何かスイッチが入った気がした。メンバーには伝えていないけどスカートが今までに意識してやってきた事があったんですが、その先にようやく行くヒントのようなものを得る。森、木、枝、葉。


某日

結局仕事はまったく落ち着いていないのだが、目先の断崖はなくなったので、まる1日眠っていた。そんな怠惰な日によろけながらもインプットが必要なのでたまりにたまったレコードを部屋を片付けながら聴いていった。まず直近のものから、と安い値段で転がっていたもんだからCDで持っていたのに買ってしまったプリンスの「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」から針をおろした。なんとなく"Rainbow Children"を買ってからプリンスブームが来ている。今までもちょいちょいあったけど今まで手元にレコードを聴き返すぐらいにとどまっていたけど今回はちょっと違って、既に数枚今まで聴いてこなかったレコードを手に入れた。とにかく"hitnrun Phase Two"がすばらしすぎてひっくり返っているところです。


2018-03-30

純情・純情・純情 01:22


京都に行っていた。ワンマン終わってしばらく滞在して、結果3泊4日だった。いろんな仕事が落ち着きつつある、つぎの仕事に向かうためには休息が必要だ、と長めの京都滞在でリラックスするつもりだったけど、結果オフ日は一日もなかった。でもどれも楽しかったから結果最高の京都滞在になった。何年か前、スカートで京都行った時にみんなで行った東福寺がとても良かったのでもう一度行きたいな、と地図を見てみると意外とすぐらしく、レンタサイクルを借りて鴨川沿いをひたすら南下した。鴨川沿いも桜はまだ咲いてたり咲いていなかったり。日差しは暖かいのに風はとても冷たい、そんな春の日だった。ほぼ思いつきで行動するのがとても好きだ、というのを改めて思う。そしてそのまま磔磔へ。自分のラジオの都合で本番は見に行けなかったけど平賀さち枝さんとホムカミのリハを観にいったのだけどとてもよかった。「白い光の朝に」「カントリー・ロード」はこれまでの人生の中でも特別な曲。何かの思い出とかに直接結びついていないもんだからすごい。「あの時ああだった」みたいな感じではなく、曲を聴く度にはじめて聴くかのようにどきどきする。


散髪を済ますと一気に春が駆け上ってくる。桜も咲いていた。上着なくてもいいぐらいの陽気になっていた。花粉は随分飛んでいた。それでもまだ春が来ていなかったのは髪を切っていなかったからだった、と気がついた。何回かあとのラジオの選曲テーマに「春」という回がある。その選曲をしていた頃はまだコートを着ていた気がする。今ならもうちょっと違う選曲になったろう、とシャーペンの「バインダー」を聴きながら車窓を流した。

池袋のココナッツディスク池袋店で買い物。どついたるねんの新譜、サンプルで頂いていたけど聴けば聴くほど心地よくなっちゃって製品を買う。他には中川くんがおすすめしていた公衆道徳。韓国の宅録ユニットの2015年の作品だそう。いま2曲目なんですけどちょっとすごい事になってるっす。あと中古でノエル・アクショテのカイリー・ミノーグカバー集「ソー・ラッキー」。これは当時、ブログで豊田道倫さんがこのアルバムのことを書いていてすぐジャニスに借りに行った。久しぶりに聴く。10年振りぐらいかも。当時よりも沁み入る。あの頃ぼくは二十歳で、豊田さんも三十台後半ぐらいだったはずだ。いろいろ考え込む。あとジョン・ピザレリポール・マッカートニーのカバー集をスッとつまむ。まだ聴けていないけどとても楽しみ。


多くの大人をやきもきさせながらようやく作曲作業を再開。がんばるっす。うす。

2018-02-05

いつもさようなら 15:15


スーパーに行くために一日ぶりに部屋を出る。甘く切ない自宅作業の日々よ。そこから冷えるような真冬はついに過ぎた。北向きの駐車場の雪もほとんど溶けた。春の予感である。人生は春だね!

粗末な夕食を摂り終えて仕事にかかる。うまくいかないなかでもしっぽを掴めばそこから広げていく。そしてデモを作り終えた。深夜三時。私は山を越えた。ある種の達成感と一緒にマネージャーにデモを送信。しかし実際越えたと思っていた行為はせいぜいその山を越えるために十分なものを買い込んだだけだった、というのはよくある話。私は来るべき山の存在のためにやれるだけのことをやったのだろうか。山は普段のナイキのスニーカーを履いている私を見たらなんていうだろうか。私は今、山を越えたい。同時進行でふたつの案件が進んでいて、ひとつはデモを送信したが、もうひとつは作詩が残っていたのだ。デモを送信して、肩の荷降りたわ〜と布団に潜り込んだあたりで空恐ろしくなって身体は疲れているから眠っているんだけど、使い倒した頭だけぼんやり起きていて眠れない状態の中、話し声が聞こえる。「そういえば詩書いてないじゃん!」「大丈夫さ、いつものようにやれば平気だよ」「録音はいつだ!」「最近買って読めてない漫画も読もうね」「ベーシックは◯日、歌入れは◯◯日です!」「余裕はないようである」「余裕はあるようでないとも言える」「寝るしかないよね!」。最近、眠る前はピチカート・ファイヴの「カップルズ」を小さい音聴いている。会話の奥の方から「いつもさようなら」が聴こえたとき、いつも聴いているのとは違うアレンジが聴こえたような気がして、一瞬目が覚めたけど「いいから寝ろ!」とそこから先は夢の中だった。もしかしたら、全部まとめてそういう夢だったのかもしれない。

そして今日、起きてレコードを聴いていたところに電話がなった。リテイクのお知らせだった。私は山を超えたい。

2018-01-31

ブリトニースピ村新司 11:34


寝起きでギターを持つ。誰かから聞いた話であるアーティストは寝起きの時が一番曲がかけるそうだ。理由は判断が鈍るから。その話を突然思い出してギターを持ってみたが、自分には合わないやり方だった、と痛感する。仕事で五反田へ。電車の中で久しぶりに高野文子さんの「おともだち」を読んだ。全ての線やら影やらが最高。ああ、こういう事だよ!なんて想いながらページをめくっていった。乗り換えで高田馬場で電車に乗ったのだが動きださない。アナウンスでは2号車のドアが閉じなくなっちゃったとのことで、その電車は結局回送電車になった。作業場が五反田にある友人に連絡しておにやんまでうどんを食べる。コーヒーショップに寄って作業場で雑談。仲がいい人間としか出来ないどんよりとしたムードに話題の花を生けていった。仕事を終えてぐるぐるする頭ではもはや高野文子の単行本は力を失い、触覚も視覚も使わない娯楽でおなじみのiPhoneで音楽を聴いた。聴いていなかった"The Rainbow Children"を最近買ったことをきっかけにプリンス熱が再燃。薪(AppleMusic)もあるからどんどん火が大きくなっていきます。母が持ってて実家にあるイマンシペイションも久しぶりに聴きたい。

"Do Me Baby"を爆音で新宿を歩いてバディオスへ。K-PRO主催のトッパレを見る。ここ1年ぐらいはお笑いのライヴに足を運んでいる。きっかけとしてはテレビマンの友人がいろいろ勧めてもらっていたのが大きい。そういえばhiko1985さんも友人が勧めてくれたのにもかかわらず観に行っていなかった浜口浜村やランジャタイを観に行っていたな、なんて思い出す。Aマッソが観たくてはじめて行ったベストエンタで街裏ぴんくさんを観たりできたのも幸運だった気がする。Aマッソも街裏さんランジャタイも面白いのはもちろんなんだけど話の飛躍、例えばAからBに行くとして、AからBへどう行くのか、というのが美しくて、ヴァン・ダイクやブライアン・ウィルソン、プリンスの音楽とかに近い何かを感じる。なにがどうなってこうなるのかわからないんだけど、そこに身を委ねる快楽みたいなのがあって楽しい。この日観たAマッソは格別だった。言語中枢をやられてしまった加納さんの狂気に似たそれ!最高!!感動しました。

2018-01-29

ロード 18:59


年が明けた自覚のないまま日々が過ぎる。最初に春の海を聴いたのはタイムフリーで聞いた伊集院さんのラジオでだった。

年が明けるなり様々なもろもろで日記も書いていなかった。ここ数週間はひたすら曲を書いている。こんなにがむしゃらにギターを持ったりピアノに向かう日々はいつぶりだろうか。


外出するのは仕事か近所のスーパーに行く時ばかり。北向きの駐車場には雪が大いに残り、いまだに溶ける様子もない。ある日、鼎談の仕事があり(近日公開)、その帰りに千駄木の青柳くんのところで整体を受けた。その帰り道、帰り道を工夫して無理やり御茶ノ水のユニオンに寄ることにした。久しぶりの店内で探していたハイハワの8cmを見つけたりしたとき、店内の看板が目に入った。5枚買うと10%やすくなるよというので次々にCDやレコードを選んで帰るつもりが4枚目を選んだあたりで調子が悪くなった。どれだけレコードを見てもCDを見ても目が滑る。心がどこかに行ってしまったようだ。不安な気持ちを抱えて丁寧に今の自分に必要な音楽は何かと問えば問うほどみえなくなっていく。レコードやCDを買うときに呼ばれる感覚というのがあると思う。目が合うと言えばいいのか。そういう予感が一切ない、いまここにある全てのCDやレコードからフラれてしまったような気持ちで店内をうろついた。最近人に勧められたCDやレコードの在庫はあるか、とか見ていくうちにみるみるゲージが削れていく。それで在庫があればいいのに全てないんだ!憔悴しきった顔で店内をやみくもに回るだけのマシーンと化した私にどんな気持ちで音楽が聴けるというのだ!(奇しくもそのときパリス・シスターズが流れていた)そのとき鼎談相手の方が名前を出したレコードを思い出した。普段聴かないフュージョンのCD。どんな気持ちで聞けばいいのかもわからなかったけどこれで決着がついたよ、ありがとうYさん!と心の中で強く思った。悲しい気持ちが晴れて救われたような気持ちになった。最終的にはとてもいい気分で店を出れた気がする。

2018-01-01

おりしもそのときヴィンス・ガラルディ21:24


年末に入るかもしれなかった仕事がなくなってしまい、開催が危ぶまれていた(高校の頃所属していた)美術部の集まりが無事開催。そもそも年越しで集まるようになったのはどんなに仕事が忙しくても年末年始はみんな休みっしょ、という事だったのだけど、部のLINEに投げてみても色のいい返事が返ってこなくなったのは、それぞれが家庭を持つようになったからだ。去年に引き続き自宅でひっそりと少人数での開催。新たに導入したPS2桃鉄7で人知れず年越しをした。年々、年越しの瞬間に対する執着が減っていく時に思い出すのは誰かが言っていた「旬のものを食べるというのは旬のものの勢いをいただく(自分に取り込もうとしている)という部分もある」という言葉だ。我々は年越しの喧騒の力を借りなくても年を越せるような人間に無事なれたのだろうか。10年近く開催されているこの会ですが今年はついに初詣すらいかなくなった。夜通し遊んだり話したりした明け方を抜けたのちに「これから人混みに飛び込んでいく」という選択がついにできなくなってしまった。30代は老いなのだろうか。いや、ノーだ。とラウンドワンに向かいボウリングと卓球を楽しんだ。アクティブに行くぞ。ところで、最近記入したアンケートに「昔想像していた大人になれていますか?」という項目があった。迫りくる締切の波また波へ飲まれそうになりながら書き上げた解答は「いい意味でも、悪い意味でもなりました」というものだった。そんな事を考えながら、試される三十代の荒野を行くしかないのだ。

旧友たちとのたのしい時間を過ぎると、既にユニオンが開いている時間になっていた。元旦からレコード屋に行くのは初めてかもしれないな、なんて覗いてみると、10年前のような気分になった。ずっと値段が上がり続けていたフラッパーとかが安価で買えてとても満足。10年ぐらい前のユニオンは盤質Bとかでちょっと汚くて安い値段だけど盤拭いたりすればピカピカ、みたいなのがゴロゴロあった。ここ5年ぐらいでそれがじわじわとなくなっていった印象があったので、懐かしい気持ちになれた。2年前にShazamして以来探していたトッキーニョとヴィニシウスとマリリア・メダーリアのアルバムが安かったりしたのがとても嬉しい。今、それを聴きながらこの日記を書いていて、椅子に座ってぼんやりと聴く音楽の心地よさ、というのを思いだした。締切は懐かしい友人のような顔で近づいてくるけど、インプットがなければアウトプットができない凡人なので、いいバランスを取って行きたい。昨年買ってまだ読めなかった漫画や本を少しずつ読んで行きたい。そしてヴィンス・ガラルディのレコードに針をおろした。

2017-11-23

九時に起き太郎 05:00


メンテナンスが必要な身体になってしまい幾星霜。ここ数ヶ月の忙しさから身体がバキバキで、なにをしてても身体がこわばるような感じもあって、前からある肩痛に加え、腰痛、咽頭痛、という具合だったのでメンテナンスに全て(の預金)を賭けた。まず耳鼻科。これは単純。定期的に飲んでいる薬とうがい薬がなくなってしまった。カメラを通したりもしなかったから安価で済んでひとあんしん。続いて肩痛&腰痛はいつもの青柳くんのところへお世話になる。だいぶ楽になり姿勢もちょっと良くなった。地下鉄を乗り継いで新宿三丁目に出る。伊勢丹の地下でマヌカハニーを購入。以前も書いたかもしれないがマヌカハニーを本当に効くか怪しんでいるのでオカルトとして一番効くであろう「新宿の伊勢丹においてある一番高いマヌカハニーを舐めてる自分」という呪いにかかりにいった。相変わらず高い。泣きそうになりながらも財布から金を払った。続いて斜向いのビックロへ。こないだ原稿仕事や取材のチェックなどが重なりもうこれ以上はどうにもならない、と腹をくくってMacBookAirを購入した時、ポイントがそれなりに溜まったので、それ全額ドドンと利用して加湿器を購入。一日を振り返ると咽頭痛、肩痛&腰痛、咽頭痛、咽頭痛という具合でだいぶ実りのあるメンテナンスになった。


この表紙は絶対おもしろいっしょ、と思ってたらtwitterタイムラインでも評判だった「我らコンタクティ」を買ってコミティアに行く途中に読んだ。序盤は書き文字がツチカさんっぽすぎて入り込めない部分があったんだけど話のスピード感がとても気持ちよくさっきまでの斜に構えた自分はいつのまに消えてしまっていた。不思議とすがすがしい。国際展示場正門駅のホームで固まりかけながらも読了。すごい気持ちでコミティアに望みましたとさ。