2012-01-18
江國香織の本を一冊持って、当てのない旅だなんて27歳に相応しいじゃない、と自惚れ、汽車に揺られてアモイまで来た。数日後には昆明に行く。その先は決まっていない。
上海のゲストハウスにおいてあった村上龍の小説は、男性の欲望に忠実なまでに生きた男の物語だった。
男性作家の描く恋愛小説は、性描写を描きたいためだけに書いているのでは、と思ってしまう。おそらく私に文学を理解する力がないからそんな卑猥なことを思うんだろう。あまり気持ちの良いものではなかった。
江國香織の小説は、とても素晴らしかった。ドラマも小説もどちらもよかった。おそらく私は犬山治子だと思った。そのためか、情けなくて、みっともない姿だけがフューチャーされて私の目には映る。大部分の男は、犬山治子の相手はーいや、犬山家の女性陣の相手ーできないだろう。
治ちゃんは、会社ではクールでバリバリ仕事しているのに家では熊ちゃんに依存しまくり、惚れてくれた相手に対して横柄だし、むちゃくちゃだ。浮気しても悪そびれないし、社内でも浮気ネタで嫌がらせを受ける。だからと言って、はるちゃんが性格を変えるかというと、おそらく男を変えるだけだろう。社内の嫌がらせも一瞬怯むも、落ち込む風ではなかった。
大切なのは、のびやかに恋愛(もしくは人生)をする様であり、他人と違っても卑屈になる必要はないということだ。皆と同じ価値観でないと後ろめたさを感じたり、日本男性が好むパターンーつまりそれは、重くなくて、疲れなくて、ほおっておいても自立して、いつも笑顔で家事もできる子ーにならなければと思っていたが、「そうじゃなくてもいいんだよ。」「そんな男なら捨てちゃえば?」と江國香織からいわれている気がしてよかった。
自分がしたいことだったら、どんなにみっともないことでもいい。実際にこれをできている人間は少ないが、この覚悟を持てば人間は強くなれる。
27歳のいま、この本とドラマに出会えて、旅がスタートできてよかったと思う。
次の宿では、一体どんな本と巡りあうんだろう。
