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2011-06-03 池田信夫氏をボコボコにしている人たち

[][]池田信夫氏をボコボコにしている人たち その二 nnnhhhkkk氏の巻 10:03

ブログ『日本経済をボロボロにする人々』の主宰者、nnnhhhkkk氏の池田信夫批判は実に痛快だ。

nnnhhhkkk氏は、私のたわいもないエイプリルフールネタにひっかかったのはいただけないが、一連の池田信夫批判はスマッシュヒットだ。

この人のブログは以前から私のブックマークに入っていて、更新するたびに読ませてもらってきた。その主張は池田氏とダブる部分が多く、一時は池田氏の覆面ブログかと思ったぐらいだ。ところが、原発問題を機に池田氏に対する強烈な批判勢力に転じ、オリジナリティあるブログに成長してきた。

一部引用しよう:

(浜岡原発の事故の)リスクに対して政治的決断(?)をした菅を褒めるのも一興のはずだ。

それにも関わらず、なぜか法律を持ち出して菅を褒めるとは何事かと主張するのが原発推進派の池田信夫氏だ。コメントを読めばわかるが、菅の方向性を褒めた前田氏を、これは法律違反だから褒めるのはおかしいと批判するのは論点が完全にずれている。それほどに冷静さを失っていると言えるだろう。

株価を暴落させるような菅総理がやった突発的な経緯を批判するのなら分からなくもないが、浜岡原発を止めたいという菅の思い(?)を褒めたことに法律で文句を書くのはおかしな話だ。まるで気に入らない投稿はするなとでも言いたげのようにすら感じる。これでは前田さんもアゴラに投稿しなくなってしまうだろう。

この部分、「自由な議論を」と言いつつ、実は管理統制が大好きな官僚タイプの池田氏の本質をついているように思う。

以下、nnnhhhkkk氏の池田信夫批判を紹介しておく。

「原発推進派の池田信夫が極端な反原発派と成り済まして記事を書くという滑稽」http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65659457.html

原発村化したアゴラの記事とこのブログの記事のまとめ

http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65653194.html

浜岡原子力発電所を停止すべきこれだけの理由

http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65651306.html

原発推進派が多数を占めるアゴラの記事を見て

http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65652280.html

東海地震の危険性はないと主張する池田信夫

http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65652812.html

原発村化するアゴラ

http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65653002.html

まことまこと 2011/06/04 22:57 安冨氏は京大の出身ですよ。

skullsberryskullsberry 2011/06/05 02:25 これはうっかりしました。すっかり東大だと思いこんでいました。確認すればよかったですね。訂正します。ご指摘、ありがとうございます。

安冨歩安冨歩 2011/06/06 23:38 ご紹介ありがとうございます。ただ、私は池田さんの攻撃を目的としているのではなく、「東大話法」を研究しているのです。そしてできれば池田さんには、こんな悪辣な手法を使わないでいただきたいと、強く願っております。

東大を廃校したらどうなるかというと、京大や早慶が東大の役割を果たすだけですので、意味がありません。東大の変革が不可欠ですが、内部からの自浄は不可能です。ですから、東大関係者の持つ悪意や悪辣な手法を多くの方々に理解していただき、きちんと拒絶してフィードバックを返すことが、唯一の道だと考えて、「東大話法」を研究しております。私自身も、この罠に嵌らないために、研究を続けております。

skullsberryskullsberry 2011/06/13 05:39 コメントありがとうございます。

私は、最近の池田信夫の言動を腹にすえかねているので、攻撃してもまったくかまわないと思っています。しかし、「バカ」、「アホ」、「マヌケ」、「天下り学者」、「三文大学の教授」、「博士号が云々」、「NHKがどうの」等々の個人攻撃はあまり感心しないし、効果的でもないでしょう。例えば、池田氏と小倉秀夫氏や濱田某氏の間のやり合いなどはそれに近いような気がします。まあ、それはそれで見ている側にとっては面白いし、大した罪もない鬱憤ばらしのようなものなので、本人達が楽しんでいるだけなら特に問題もないかと思います。

これに対して、「お前の考え方は間違っている」「世をたぶらかす詭弁である」「問題がわかっていない」等々は、攻撃的ではありますが、それが論理的であれば「批判」とも呼ばれるでしょう。そもそも個人に対する人格攻撃ではない「攻撃」というのは批判の別名ではありませんか?

東大話法というのは、「東大出身者」という相手の属性を特定していますので、ややもすると個人攻撃と受け止められません。しかし、それが東大の独特な文化の中で醸成された(または進化した)ディフェンス術であり、社会の中心にいる東大出身者のごまかしのテクニックとして使われていて、世のため人のため極めて有害であるという明確な論理的批判であれば「個人攻撃」のそしりを免れるでしょう。その際に、何故、東大は(東大だけが)そのような話法を教育するのかも明らかにしないと批判としては不十分だと思います。

安富さんは東大話法を以下のように定義しています:
−−−−−−−−−−−
東大話法というのは、

(1)自分の信念ではなく、立場に合わせた思考を採用する。
(2)その立場の都合の良いように相手の話を解釈する。
(3)都合の悪いことは無視する。
(4)都合の良いことだけ返事をする。
(5)都合の良いことがない場合には、関係のない話をする。
(6)どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す。
(7)その場で自分が立派な人だと思われることを言う。

というものである。東大関係者は、これの名手が多く、そういう風に教育を受けた人間が、官僚や大企業エリートとなって、日本を支配しているので、世の中、どんどんおかしくなるのである。
−−−−−−−−−−−
こうして見ると、池田信夫氏も確かに、東大話法の名手であります。そして、池田氏に対して「お前は東大話法を使ってごまかしをしている!」と批判するのは強烈な「攻撃」だと思います。とはいえ、(私の知る限りでは)安富さんは、何故、東大が学生を「そういう風に」教育するのかをあまり明らかにしていません。単に東大関係者はこれの名手が多いとしか言っていないように思います。ですから、ラベルとしてはちょっと弱く、東大出身者を揶揄する趣があり、若干の個人攻撃を含んでいるように感じます。

東大を廃校にしたら京大や早慶が東大の役割を果たすだけ、という議論には同意しません。もしも仰ることが正しいのであれば、東大を変革しても、京大や早慶が東大にとって変わるだけで、さらに京大や早慶を変革したら、また別の大学が取って代わるだけで・・・という馬鹿馬鹿しいいたちごっこになりませんか?

東大が東大たるようになり、「東大話法」を進化させるに至るまでには長い長い年月が必要だったのであり、おいそれと他の大学が代替できるようなものではないと思います。 東大話法を教育された東大関係者が「官僚や大企業エリートとなって、日本を支配しているので、世の中、どんどんおかしくなる」のであれば、東大と日本の支配構造はロックインの状態にあるということでしょう。であれば、改革は事実上不可能です。だから廃校するべきと考えるのですが、もっともそれも不可能と言われればそれまでです。

偶然のきっかけで東大が没落するのを祈ることにしましょう。例えば、先日の京大の携帯電話カンニングのはるか上を行く、極めて優れたカンニングのイノベーションが起きて、今のスタイルの受験が不可能になるとか。

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