SKY NOTE

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「ダメな議論」を読む

飯田 泰之氏の「ダメな議論」を読んでみると、なかなか面白い。この本は、ダメな議論の仕方を理解し、その上で有益な議論をより分ける事を目的としている。面白いのは、著者が経済学者なのでコストをベースに物事を解釈している事。
 
1.興味をコストで解釈する

  • 例えば、身近な事に対しては、人は興味というコストを払うが、自分には関係ないと思えば、コストをかけない。故に低いコストでも受け入れられる主張をするか、または、自分達に関係があるのだと説明してコストを引き上げるかのどちらかをするべきというアプローチが説明されていた。

 
2.定義が曖昧だと結論に至らない

  • 定義が曖昧で何の説明にもなっていない主張は、一見、正しそうに見えて、実際には何も言っていないのと同じくらい無意味である事。例えば、景気回復が必要だといっても、景気回復の定義が、失業者の現象なのか、平均給与のアップなのか、物価も含めた実質所得の向上なのか、具体的に定義できないと、最終的に何を中心に議論していいか迷走し、結果として結論が出ない議論になるという。

 
3.雰囲気に流されるという状況

  • 人は自分にとって都合のいい情報は信じたがる。この著者の言い方で言えば、付加価値の高い(耳障りの良い)意見となる。しかし、それは自分にとって都合がいいというだけで何の意味もない意見かもしれない。そこで問題の定義づけを厳密に行う事で、それで実際に問題が解決できるのかという分析をしてみる事も重要との事だった。つまり、雰囲気というのは、自分には関係ないと思っている事は、あまり詳しく調べずに聞いてしまう。つまり、調べるというコストを払わない。その上、自分にとって耳障りが良かったり、逆らいようのない正義などは、よく調べないまま正しいと認めてしまう事が多いという。しかし、そういう意見の危険性は、それを実現する為の手段にあるという。今風に言えば、青少年育成条例が、それに該当するだろう。「子供を守る」という目的は誰もが逆らいようのない正義であるが、それを実現する為にやる事が「表現の自由」からの逸脱した言論統制まがいの手法、客観的な証拠がなくても人を罰する事が出来るという法とは言えない極めて危険な手法(弁護士の方も言っていた)など、そういう見た目の正義の裏にある危険性を見逃してはいけないという。

 
この本の感想

  • この本は序盤が面白いが、後ろになってくると、著者が経済学者である事の欠点が浮き彫りになってくる。例えば、コストで物事を解釈する手法を全般に渡って行っているが、それを実現するのに必要な時間の概念が欠落している部分があるのと、気象変動などの自然科学的な問題に著者のコスト主体の主張では、適応できない可能性が高い。なぜなら、問題を解決するのには、時間とコストが必要であり、例えば、コスト的にいかに有利な状況でも、それを生み出す為の時間を無視している傾向があり、その為、後半部分の著者の主張は瓦解する可能性が高い。例えば、食料自給率改善をコスト的に見て解釈しているが、実際には、農地で作物を作る時間よりも遥かに早いスピードで相場の値が変動するので、高くなったら作ればいいというコスト主体の論理だけでは、食料安全保障は成り立たない。生産量が少なければどこの国でも自国民を守る為に輸出規制をする可能性があり、輸出が止まる可能性も捨て切れない。そうなったら、どんなに高い値段をつけても食料が買えない事態になりかねない。今年はロシアが不作で小麦の禁輸処置を行った為、小麦の相場価格が高騰している。急激な変動を安定したものにする為には、各国で食料を自給し、農地を分散した方がリスクを分散することになり、安全である。ただ、この本のいいところは、コストという概念で、人が雰囲気に流される事や、どーでもいい意見を簡単に認めてしまうメカニズムを極めてクリアに説明している事であり、それに対する対処法として、曖昧な定義のパターンを紹介し、それらを客観的に否定する事で建設的な議論を行おうという主張には賛成できる部分も多かった。