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2005-08-15 終戦記念日に相応しいコラム・社説とは? このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

2005/8/15 産経新聞 産経抄

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きょうは六十回目の終戦記念日である。一週間ほど前に「海ゆかばのすべて」というCDアルバムキングレコード)が売れていると教えてくれたのは、知り合いの若い女性だった。戦時中国民歌「海ゆかば」を各種の演奏形態で収録、出陣学徒壮行会の実況録音も入れた一枚。▼海ゆかば水漬く屍、山ゆかば草むす屍、おおきみの辺にこそ死なめ、かえりみはせじ。大伴家持の長歌に東京音楽学校教授信時潔が曲をつけ、昭和十二年に発表した。戦場に赴く武人の決意を歌っており、終戦を十五歳で迎えた父が声を張り上げて歌うとかきむしられるような哀感が身体を貫いた。▼大本営による戦死報告のさいにこの曲が流れたこともあり、鎮魂歌として、日本人の精神の中枢に刻み込まれた。「ラジオから流れるたび直立して黙祷(もくとう)した。送り出した兵士や出陣学徒の面影とも重なった」とも聞かされた。▼「天皇陛下のおそばで死のう」という歌意が平和教育にそぐわない、と戦後は封印されていた感のある歌がいま、オンライン・ショップで売れ行き上位に入り筆者より若い世代が聴いている。英霊の鎮魂に対する礼を失した外国の圧力に揺らぐ政治家もいることを思えば、意味深い。日本人が自らの目で先の大戦を評価し直そうという機運の表れ、ともいえようか。▼ただ、歌につけても思われるのは、戦地に斃(たお)れた将兵の遺骨の多くが現在もなお、異国の山野に残されたままであることだ。一日も早く収集、慰霊し、故国で安らかな眠りについてもらうことは国の義務である。▼節目の日を、総選挙の喧騒(けんそう)の中で迎えることになったが、国に殉じた人たちに感謝と追悼の心を捧(ささ)げるとともに、あの歌にこめられた思いをかみしめ一日を始めたい。

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栄螺「海ゆかば水漬く屍、山ゆかば草むす屍」

並兵「栄螺!やめなさい」

栄螺「だってこのウタ著作権切れてるもの」

栄螺「このブログの中でもウタをうたうと著作権協会からバッチリ使用料をとられるのよ」※私は払ったことありませんが

並兵「そうか!!」

二人「おおきみの辺にこそ死なめ、かえりみはせじ。」


>オンライン・ショップで売れ行き上位に入り

ホントだ、Amazonで69位、ニッセンで17位に入ってるよ…。

どうやら「チャンネル桜BBSで紹介されているみたいですが、あの辺から広がっていったのでしょうか?あまり一般のCDショップに大量入荷するものではありませんし、オンラインで買うのが手っ取り早いということなのかもしれません。

「このCDを買った人はこんなCDも買っています」を見ても、熱湯浴の好きな「萌え系」「ガンダム系」が出てこないのでちょっとがっかりしたのですが、「このCDを買った人が買ったその他の商品」に「マンガ嫌韓流」があったのでやっと安心(?)しました。ただ、CDについては軍歌やクラシックしか出てこないので、熱湯浴ではなく知的水準の高い人が買っていることが分かります。まあ、産経で紹介したのを見た熱湯浴が買いに行って「このCDを買った人はこんなCDも買っています」に声優系ばかり並んでしまったらご愁傷様ということで。

>筆者より若い世代が聴いている。

買った人の年齢をどうやって調べたのでしょうか?ソース希望。「オンラインショップは若者が使う」という思い込みが正解なのかどうか分かりません。というのも、若者は普通にCDショップに行く機会があるので、わざわざオンラインで買うのは引きこもりと田舎もの(私を含めて)だからです。まして熱湯浴ともなれば、音楽はP2Pで落とすのでわざわざ買ったりしませんし。

>日本人が自らの目で先の大戦を評価し直そうという機運の表れ、ともいえようか。

単なる「ノスタル爺」をよくそこまで曲解できますね。まさに産経的「ノスタル自慰」です。

>一日も早く収集、慰霊し、故国で安らかな眠りについてもらうことは国の義務である。

それ自体は大いに賛成です。是非とも行っていただきたい。

ただ、押さえておかなければならないのは、そういった遺骨のうち身元不明(今となってはほとんどがそうだと思いますが)の場合は「靖国神社」ではなく「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」に安置されることになっています。靖国神社には全ての戦没者が合祀されているわけではありません。

>国に殉じた人たちに感謝と追悼の心を捧(ささ)げるとともに

どこかの社長が、南京事件のことについて証言した元日本兵に対し「処刑宣言」したことがありました。戦死した人は追悼し、運良く生き残った人については、戦争賛美は○、戦争非難は×という姿勢を見せるという点に、連中の異常性が表れています。生き残った人にも戦死した人にも、等しく感謝と尊敬の念を持つべきでしょう。

ただ、戦争“責任者”は別。あえて「戦犯」ではなく「戦争責任者」と言いましょう。私は、東京裁判が無ければ日本国民の手で裁けたのにと、その点については非常に残念に思っています。戦争責任者は日本人によって処刑されるべきでした。そうすれば東条孫がその血縁だけを理由に大きな顔をすることもなかったでしょう。あれだけの犠牲者を出した戦争について、誰も責任を追わないなどという馬鹿げた話は有り得ません。東条英機にすら戦争責任がないとするなら、その他に責任追及できるのは昭和天皇内大臣・木戸幸一しかいません。たった二人で謀議して太平洋戦争を始めたのでしょうか?まさかね。開戦当時は東条が首相陸相陸軍大将だったのですから、いくら「東条は戦争回避に尽力した」といったところで正当化できるものではありません。「会社を維持するべく懸命の努力をしたが、力及ばず倒産させてしまった」という社長に対し、債権者が「頑張ったんだからあなたには責任はない」と言ってくれるわけではないでしょう。結果の出せない努力は何もしていないのと同じです。戦争責任者の命と引き換えに日本平和がもたらされました。責任は責任として負って頂かなくてはなりません。「戦犯ではない」と強弁したところで、戦争責任を免れるわけではないのです。

敗戦に誰も責任がないわけはなく、まして「一億総懺悔」で済ますわけにもいきません。東京裁判が気に入らなければ、改めて日本国民の手によって戦争責任の追及を行うべきでしょう。広田弘毅無罪になるかも知れませんが、東条英機の責任は間違いなく問われます。そして、戦後うまく立ち回って戦犯認定を受けても政治舞台に舞い戻った連中の多くも責任を問われるでしょう。それはそれでまずいことがあるのではありませんか?だから、今は東京裁判を尊重するという姿勢を見せるより他に方法はないのです。


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一応、他紙の社説コラムを見ました。私が今(8/16夜)書いた15日分と16日分の意見と一部重なる点があって驚いたのですが、それは別に私がパクったわけではなく(見る前に書いたので)、同じような物の考え方をしているということで、「最も一致しないのは産経」というのが実際のところです。

読売は、8月15日付の社説[戦後60年」「『戦争責任』を再点検したい」が光っていました。東京裁判への疑問を提示しつつ、冷静な議論を呼びかけています。

朝日は、8月14日付の社説「なぜ戦争を続けたか 戦後60年に考える」に興味深い記述がありました。ただ、自紙の責任については「検閲があったとはいえ、新聞も追従する紙面を作った。重い戒めとしたい。」とあっさり流されているのはいただけません。これでは産経の旧日本兵誤報の“検証”と大差ありません。

毎日は…サイト見にくいですね。それはさておき、8月15日付余録には、毎日新聞に今でも残っているスタンスが表れて興味深いものがあります。同日の社説は「力をこめればこめるほど見ているほうが気恥ずかしくなる。」が自分に返ってきているのは間抜けですが、「靖国があまりにも歴史の短い神社」とは見事な風刺です。

※靖国の歴史はたったの136年、それを「伝統ある神社」と自称しているのです。日本には1000年以上の歴史を持つ神社が無数にあります。

他紙と同じテーマで比較してみると、産経の稚拙ぶりに改めて頭痛がします。