徒然のんき このページをアンテナに追加 RSSフィード

::::::::::::::[since 2005.03.08]::::::::::::::
     
◇◇色々ひっくるめて雑感してます、宜しくですん。◇◇ 

("のんき"と言います、お見知りおきの程を)

2015-06-17 「夏祭り」によせて

[][] 「夏祭り」によせて - 徒然のんき を含むブックマーク

 最近思うんだけど、演奏テクニックとかボーカルテクニックとか、そりゃ上手いに越したことはないけれど、音楽演る上で最も大切なことって音を楽しんでいるかってことなんだよね。技術的にちょっと上手くなってくると、下手な人に対してやたら批判的になったり批評する輩が時々いるけれど、じゃあお前は一体何さまなのかと。


演奏している人が楽しんでいることが先ず第一。


それでもって、見たり聴いたりしてくれてる人が楽しんでくれているかが第二。


 まぁなんだ、自分だけで演奏するなら第一を満たしていればいいけれど、人様の前で演奏するなら、第二も必要しかし、ここで要になるのは見たり聴いたりしてる人たちが楽しんでくれるためには、テクニックって十分条件かもしれないけれど必要条件じゃないんだよね。そのことに気がつくのにずいぶん時間がかかった。ようやっと最近だもんな(苦笑)。

以前、ホワイトベリーの「夏祭り」を聴いた時は「なんじゃこりゃ!?あまりに荒っぽ過ぎて、よくこんなの売り出したなー」などと思ってたけど、先日、何かのきっかけで再び耳にしたら残る残る(笑)、結局現在ヘビロテ中。

勢い一発には間違いないだろうけど、その勢い度合いが実は「活き活き」してるんだな。そこに吸引力があるし、「夢の中〜♪」のフレーズ時に登場するルート音に対する♯M7の響きのフック度合い、ギターソロチョーキング連打の勢い度合い、そんなのが波状攻撃になって攻めてくるのだ。決してテクニック云々ではないと思う。「活き」と「華」があるんだな。これ、必要にして充分な要素。今頃気がつくなんてね〜♪

D

ついでながら、本家本元のジッタリンも復習中。

D

良いと思ったんだから良いのだ。自己完結かもしれないけどやっぱ良いわ(笑)

riamnriamn 2015/07/05 09:41 日本人の心の琴線を刺激する!!
素敵っ。

同じ意味でこの曲もそう・・・

ZELDA Dancing Days #09 小人の月光浴

お祭りビートは普遍!!


いつも、素敵な曲をありがとうございます。

感謝っ。

slowgoingslowgoing 2015/07/05 15:37 『えんやとっと』と言うわけではないにしても、日本人にはどうやらオンビートが似合ってる部分が多いみたいですな(^^;

かつて、洋楽ロックに近づくために、随分とアフタービートの練習をしたもんですが、生理的に入りやすいのは実はオンビートだったりするんですよね(笑)。
でも一方で、オンビートばっかりだとバタくさくなっちゃうからやっぱりアフターも演る以上は必要要素ってなわけで♪

なんていうか、オンが好きになる時期とアフターが好きになる時期ってのがどうやらあるような気がしてまいりました。
ちょっと今はオンビート寄り。いずれはまたアフターに行くでしょう(^^;

ZELDA・・・面白いね〜、これ。アイリッシュなビートのようにも聞こえますね〜。。

riamnriamn 2015/07/06 20:45 テリーさんのブログを覗いたら、奇しくも、全く同じテーマについて語っていました。
つまり日本人のビート感!!

所謂、オン・ビートとバック・ビートって、タテノリとヨコノリのことなんでしょうか?
あまりにも基本的な質問で申し訳ありません。

たしかに西洋人のビートは、オン・ビートですよね。それに対して、日本人のビートは、オフ・ビート?
所謂、タテノリ?
これは・・・狩猟民族と農耕民族の違いを反映しているのかな?(笑)

テリーさんのブログでも語られていたのがパープルの初来日公演における「スモーク・オン・ザ・ウォーター」での手拍子。
リッチ―があのイントロのリフを弾き始めると、観客がそれに合わせて手拍子をするんだけど、それが所謂タテノリ。
リッチーが・・・「いやいや、違うんだ。こうだっ」みたいに、ゆっくりと同じリフを刻み続ける・・・
これは西洋と日本のビート感の違いを象徴してるような気がしました。

ゼルダ。興味深いでしょ?(笑)

ゼルダを聴いていると、そのビート感がバンドの音楽性の変遷と密接にリンクしていて興味深いです。

初期のエスニック・パンク。
ZELDA Dancing Days #08 Ashu-Lah

中期のプログレ・パンク。
黄金の時間(live)-ZELDA

或いは・・・ツェッペリン・グルーヴとお祭りビートの融合。
ZELDA Dancing Days #05 ラッキー少年のうた

そして後期に於ける・・・
16ビートのダンス・グルーヴ。
ZELDA - LAZY HEAD and DROP



その人の好きなリズムを知ることで、その人の生活感覚がわかる。


ホント音楽って深くて面白いっ。(笑)

slowgoingslowgoing 2015/07/07 12:38 そうかぁ、そうでしたかー。なんか妙なシンクロだなこりゃ(笑)。
日本人のノリは、どっぷりオンビートですよー、riamnさん。
いわゆる宴会ノリ。
いちとにーとーさんとーしーとー
これの「いち」と「さん」で擦りもみ手なんですな。
これが西洋方面では「にー」と「しー」で入る。
ちょっとアップビートになっちゃうと、よっつの拍数の「とー」のところでクラップっすわ。
アフタービートってのはそんなわけで中々日本人には馴染みがない。
宴会でアフタービートで手拍子したら、じっとしてられなくなるでしょ?(笑)何ていうか、腰を据えて飲むことが許されなくなっちゃう。いかんです(^^;

ZELDAは不思議ですなー。当時はあんまり意識してなかったです。
情報ありがとうございます〜♪

terryyokotaterryyokota 2015/07/07 14:11 どうもです。
自分は一貫してバックビート好きで、黒人系のそういう音楽を
支持してきたんですけど、これはね……。

うちの実家がカラオケスナックで、小学生の頃から大人になるまで
酔っ払いの下手な演歌を(オンビート)夜な夜な聴かされて、
本当にうんざりしていた。
で、たまに有線で掛かるボサノバとかR&Bに、
ほっと生き返る思いがしたんですね。その経験が大きい。

民族の血よりも、幼児体験のトラウマです。笑。

slowgoingslowgoing 2015/07/07 14:29 トラウマきましたか〜。
最強の経験値ですな、こりゃ。
そういうので養成されたものって何ものにも勝るグルーヴ感ですわ。

幼児期のカラオケスナック体験・・・さぞや頭をいじくられ回されたことでしょう。
その反射反応でボサノバに行くってのも屈折感が滲み出ていて、涙無くしては語れないですねぇ。

ま、でもま、そうこうしたプロセスを経てアイドルオタ・テリーさんが出来上がってきたのでしょうから、必要悪と言いますか何と言いますか…結果allright!?(^^;

riamnriamn 2015/07/07 20:41 なるほど・・・ようやくわかりました。
宴会ノリのビートですね。
今まで全く勘違いしてたんだ。お恥ずかしい〜。

つまりエンヤトット!! ♪松島ぁああ〜の・・・(斎太郎節)。これがオン・ビートなんだ。
船の櫓を漕ぐビート感。それが日本人の体に浸透したビート感?
民謡も演歌も基本はエンヤトット。
だから・・・アイリッシュと日本民謡は相性が良いのかも。

たとえばソウル・フラワー・ユニオン「風の市」「海行かば 山行かば 踊るかばね」。
これは和洋折衷の象徴的ナンバーかもしれません。

一応参考までに下記に記させていただきました。


海行かば 山行かば 踊るかばね / SOUL FLOWER UNION  NO NUKES 2012
https://youtu.be/FpQXJIyUmhQ

ソウル・フラワー・ユニオン - 風の市 @ KAIKOO POPWAVE FESTIVAL'10
https://youtu.be/x1oMPNya0cI


昔、20代の頃、職場の宴会でカラオケ大会になり、44マグナムの曲をカラオケなしで唄ったら、みんな手拍子が打てなくてぽか〜んとしてたのを思い出しました。
あの反応こそ、オン・ビートとの相違に戸惑った結果だったのでしょうね。

そうか・・・パープルのライヴ・イン・ジャパンで、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフを弾いたときのお客の反応も、つまりオン・ビートの反応だったんだ。だからリッチ―も戸惑ったわけですね。(笑)
それで全て納得できました。
人生はいくつになっても未知の驚きと可能性に満ちていますね!!

大変、勉強になりました。ありがとうございます。

slowgoingslowgoing 2015/07/08 09:18
アイリッシュと日本民謡、そうそう、それね、まさに最近思ってるんですけど、似た感性を感じますよね。ケルトの何がしもまた同様。

ソウル・フラワー・ユニオン。拝聴しました。
こりゃ、もはや盆踊り大会ですなー。
ステージングを見ればわかると思いますが、みんなオンビートで跳びはねてるので、西洋人系ロックバンドのあの独特なかっこよさみたいのが見事にそぎ落とされて、逆に「さぁみんなおどれ〜」みたいな不思議グル―ヴが醸されてますよね。
相手を射抜く為の呼吸の裏を取るスタイルよりか、共に歩む為の呼吸のシンクロを重視した和人の心がここにあると思うね。大きく出過ぎたけど(^^;

それにしてもriamnさんの楽曲認識率の高さにはいつも驚かされております。すごいもんだ。
宴会で44マグナム歌っちゃう八方破れな展開もすごいですね〜。

2014-07-04

[][][]音楽の捉え方雑感なり 音楽の捉え方雑感なり - 徒然のんき を含むブックマーク


 世の中、天才的な音楽家になると、ある特定キーの響きに「悲しみ」を覚え、またある特定キーには「喜び」を感じ、そして、その音楽家が曲を紡ぐ時にはストーリーとそれにまつわる感情を並べていく(キーを組み立てていく)ことでひとつの壮大な楽曲ができると言う。


 特定の音に、特定感情。。。もうね、こういうマニアックな連関を脳内に想起するレベルと言うのは、天才ではなく奇才の世界ではないかと思うし、正にそれこそが真の芸術領域ではないかと思えたりする。


 演奏技術を磨きあげ、高度な運指テクニック表現力を世に知らしめるのも芸術とは思うが、音に音ではないものを音として解釈している水準ってのは、残念だがテクニック云々とは格が違うと思わざるを得ない。


当然のことながら私にはそういった超感性は持ち合わせていない。


でも、そう言うのを持ち合わせている人の楽曲聴くと、間違いなく鳥肌が立ってくる。


聴く側の資格くらいは持てているのかもしれない。


錯覚かもしれないけど、その気にさせていてくれませんかねー。

そうでもないと、悲しくなっちまうわ。キャッホー。

2014-06-19

[]ヘヴィ・○○! ヘヴィ・○○! - 徒然のんき を含むブックマーク

3大ヘヴィ・メタル

「3大」なんて冠をつけてしまうから、議論が絶えない。

でもね、そのルーツ的なことを考えると、基幹的に「モントローズ」と「アイアン・メイデン」はカウントしてあげないといけない気がする。ほんで、メタルの雄という存在でいけば「メタリカ」も必要だろうということで、この辺りの楽曲をチョイスするのが順当ではないか。ってなわけで、先ほどお客さんとこの話題になった時に私が選んだのは、

「Rock The Nation」

「Murders In The Rue Morgue」

「Enter Sandman」

となり申した。

もちろん、この楽曲が不動とは限りません。



一方、ヘヴィ・メンタルなら、さくさくと。。

「待つわ」

「まちぶせ」

「部屋とYシャツと私」

(こちらは議論になりませんでした。)

riamnriamn 2014/06/29 18:16 門徒ローズ(モントローズ)は、渋谷陽一お気に入りのバンド。自身のラジオ番組でも頻繁に流していましたっけ。LAメタルの原型ですよね。
メイデンと、いえば、ポール・ディアノ。と、言う方も大勢いらっしゃると思います。なにしろ、ニュー・ウエーブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(NWOBHM)ですからねっ。
そして、メタリカ。
実は、高崎晃も、正式加入のオファーを受けたことがあったそうです。デイヴ・ムステインの後任を探していたときに・・・
凄い話ですっ。

slowgoingslowgoing 2014/06/30 09:03 riamnさん、さすが、すべからくを当然のようにご存知で(^^;
高崎のメタリカ参加オファーのトピックは知りませんでした!
あの人はアイドルからメタルまでの紆余曲折というか、いばらの道を頑張って突き進んできましたわな。デビュー当初はミッシェルでしたっけ?本意かどうかはさておき、いろんなシーンを体験できたでしょうな。

riamnriamn 2014/07/01 20:47 高崎はスージー。で、Voの影山がミッシェル。元々、メンバーにニックネームを付けようというアイデアは、かまやつさんだったそうです。レイジーに、「君たち、プロになりたいなら東京へ出てこないか?」と声を掛けたのも、かまやつさんでした。でも、いざ彼らが東京へ出てくると、最初の思惑とはどんどん食い違っていく過程で、かやまつさんは、これは違うなと思い、離れていったそうです。つまり当初から、事務所は、アイドルとして売り出す戦略を掲げていたわけですね。ベイシティローラーズのようにタータンチェックのおそろいの衣装を着てデビューしたのも、その戦略に則っていたわけです。でも、そんな苦い過去も、全て自身の中で血肉化されていったからこそ、現在があるわけですよね。アイドル時代に、売れる曲はどうすれば書けるのか?それを身をもって学ぶことが出来たわけですから。事実、彼らのヒット曲を改めて聴きなおしてみると、全然古臭くないんですよ。寧ろ、ポップでキャッチ―!!に響くわけです。それは、ポップな曲を量産していた頃のレインボーを想起させます。そう考えると、人生には無駄なことなんてひとつもありませんよね。(笑)

slowgoingslowgoing 2014/07/02 09:35 あ、そうだそうだ、スージー。
へぇ、ネーミングはかまやつさんだったんだ、なんか判る気がします。古くGSの目指していた方向は、日本では間違いなくポップでアイドルチックな多くの若者に支持されるラインであったのだと思います。まぁ、その良しあしは脇に置いといて、あ、置いとけないな(笑)。私らがプロを目指そうとロックスタイルを硬派にして、デモテープを事務所やスタジオに持って行った当時(80年代初頭)も「で、なにやりたいの?売れなくちゃ話にならないぞ」と商業主義を思いっきり突き付けられたっけ。あたかも「それ以外のジャンルは価値がない」と言わんがばかりの切り捨てであった。
確かに、音楽「産業」ですからね、商売にならなきゃ意味がない。でも自分がこの歳になったから言えることだけど、当時の事務所やスタジオの採用側にいた人間たちは「沢山売れるか」だけを主眼に動いていた。視野が狭かったね。マーケットには費用対効果で勝負掛けられるバンドやそれを求めるリスナーが沢山いたはずなのだ。なのに、大衆迎合路線ばかりの環境が不愉快でねぇ。。
しかし、そういう考えにムキになってた自分もかわいいというか子供だったな。
先ずは売れる…そして少しずつでもいいから自分カラーを出して行く、いずれは不動の自分カラーで攻める。自分のカラーではない部分を糧にして。。
こういった戦略も必要な要素だった。勿論最初は、フラストレーションが溜まるだろうが、それでも成功への階段は一足飛びには勝ち上がれない。。レイジーにしてもB'zにしても、そこんとこわきまえて(いたかどうかは私にはわかんないけど)、進化できた稀有な存在なんだと思います。
進化のための犠牲?・・・いいえ、それはかつての私が思っていたこと。今は、進化のための変化の受容、そう思ってます。自分を犠牲にしてきたのではなく、自分を大きくしてきたんだと。。

riamnriamn 2014/07/03 21:14 多分、当人たちはそこまで意識的にはなれなかったと思います。目の前の仕事を日々忠実にやり遂げる。その繰り返しだったのではないでしょうか。そこはサラリーマンと一緒。後になってからいろいろとわかってくることがある。高崎晃も、自身がメジャーな存在になったとき、初めて、自身の過去の蓄積が無駄ではなかったと気づいたのではないでしょうか。人生って、そんな当たり前の日々の繰り返しですよね。最後の瞬間まで、それは続くのだと思います。(笑)

ところで、凄い動画を見っけたんですよ。
LAZY(レイジー) Armed and Ready ― Michael Schenker Group Cover

これはスゴイですっ。ぜひっ!!

slowgoingslowgoing 2014/07/04 09:08 たぶん、riamnさんの仰るように、当人たちはそれほど深いとこまで読んで行動していたのではないと思います。そうですね、日常サラリーマンな私なんかとそういう意味では、世界こそ違いこそすれ、流され方は同じだったかと(笑)。

レイジーの動画、観ました。笑ったー!すげー。オーディエンスまるで無視!こういうのがあったんだー!
圧巻はエンディングクレジットですね。石野真子とか岩崎宏美の微妙な手拍子が楽しいっ♪

riamnriamn 2014/07/20 09:40 実は、以前にもご紹介させていただいたかもしれませんが・・・
凄い動画!! 高崎晃、奥田民生、斎藤和義のトリプル・フライング?!! が炸裂っ。

LAZY 一夜限りの復活祭?
ぜひっ。

で・・・高崎へのリスペクトを熱く語るご両人の動画も。

LAZY 一夜限りの復活祭?

みんなみんな・・・メタルで大きくなった!!(笑)

slowgoingslowgoing 2014/07/20 15:13 まぁなんだ、今にして思えば、70年代80年代と、商業主義真っただ中にあって、ちゃんと自分を「読めてた」人間ってのは、アーティストに限らず、みなさんまっとうなサクセス、してますな〜♪
ぐぅーっと盛り上がるというよりも、なんか、ほんわかと観てしまいました♪

2013-05-17

[]どうでもいいが予備知識備忘記録。 12:23 どうでもいいが予備知識備忘記録。 - 徒然のんき を含むブックマーク

Q;日本で一番の一発屋はだれでしょう?

A;ジェリー・ウォレス(男の世界)ダニエル・ブーン(ビューティフル・サンデー)

オリコン・シングルチャートで総合1位を獲得し、かつそれ以外の曲でTOP100チャート・インがないのはこの2人のみだそうです。(一曲のみリリース、企画物アーティスト等を除く)

日本で一番の一発屋は(どちらも)日本人ではないことになるんですな。

皆さん誰を想像されたでしょう?

KANでも、バラクーダでも、皆川おさむでも、たまでも、大事MANでも、円広志でも、さとう宗幸でも、堀江淳でも、久保田早紀でも、ややでも、山根康広でも、GAOでも、ザ・ヴィーナスでも、D-51でもなかったんですね〜。




あ、それから別件。

知人に教わったのですが、あの「きゃりーぱみゅぱみゅ」を舌を噛まずに発音する手法と言うのを教わりました。

*「きゃ」

*「りーぱ」

*「みゅぱ」

*「みゅ」

の4つに分けて発音するとOKだそうです。

いつも舌を噛んじゃう方、やってみてね♪

2012-06-22

[]スギちゃんとプレスリーと松田聖子 22:58 スギちゃんとプレスリーと松田聖子 - 徒然のんき を含むブックマーク

f:id:slowgoing:20120622224922j:image:medium:left

スギちゃんがあまりにも有名になってしまったが、彼の芸風『ワイルドだぜ〜ェッ!』っと、語尾で声がひっくり返る例のやつね、あそこに「ヒーカップ唱法」を連想してしまった。


あれ、元ネタ(と言うのがあるのかどうかわかんないけど)は、ロカビリーとかの50'sとか60'sに見られるやつに似てると思うんだが。。。判ります? 

エルビス・プレスリーとかが得意としていたアレです。

しゃくりあげ歌唱とも言われてました。



f:id:slowgoing:20120622225028j:image:medium:left

Elvis Presley - Baby Let's Play House 

スギちゃんのひっくり返りフレーズには、その匂いがあるんだな。スギちゃん自身が編み出したネタなのか、それとも事務所が提案したネタなのか。。。

芸人さんのネタについて事務所側が「こういうネタで売ってみない?」などと提案する事なんてことはなさそうだし、スギちゃん自身が作ったんだろうと思うんだけどね。それでも、「事務所との関わりなんてのもあるんじゃないかな?」なぁんて思ってしまうのだ。

何故か。

スギちゃんの所属するサン・ミュージック、そうです、あの「サン・ミュージック」です。70年代から80年代にかけて特にブイブイと息巻いていた事務所ですわね。

あの時代に勢い付いた芸能プロダクションとか広告代理店等の社長たちって、何気にロカビリー全盛旺盛な時期に青春謳歌した方々って多いじゃないですか。ほんで、自分たちの中に深く浸透した「印象的部分」を「ウリ」の題材に使ってみたくなるんではないかしらん、と。

まぁ、要するにあれだ、昨今のCMに使われてるBGMが80年代とかの当時売れてた(もしくは当時マニアックに売れてた)曲などだったりするじゃないですか。そういうのに出くわすたびに、(あ、俺と同世代のやつがCM作ってるな!?)などと思ったりするんですわ。それと同じような匂いです。

今60代、70代な諸先輩方がヒーカップをモチーフにしたネタが受けるやもしれないと、そのネタでTV界を賑やかせてみようと思ったりして。。。そりゃないか。



でもね。



サン・ミュージックで思い出したんだけど、松田聖子先生。いわずもがな、彼女はサン・ミュージックにて売り出したモンスター級アイドルである。

彼女こそ歌謡界(特にアイドル界)にヒーカップ唱法を導入したパイオニア的存在じゃないかと。

f:id:slowgoing:20100405222600j:image:medium:left

それまでの往年のニッポンの歌謡界を俯瞰した時、なんたってニッポンは演歌の国だ。

演歌にヒーカップは似合わない。ニッポンにはコブシという強力な歌唱法があったんだよね。

しかし、その後聖子先生によって、物凄い変化が起きた。

自分の記憶が正しければ、アイドル黄金時代に突入したあたりから、カワイコ系アイドルが皆んなして舌っ足らずなしゃくりあげ唱法を多用してカワイコ・アピールを開始した。

多分、その元祖は松田聖子大先生であったと思われる。

それまでのアイドル、例えば百恵さんやら安西さん(あ、ちと古典か)辺りにはセクシー歌謡路線はあっても、ヒーカップはなかったんだよね。聖子ちゃん辺りから多用されるようになったんじゃないかな?>珊瑚礁

それ程聖子ちゃんの存在と言うか、歌い方は強烈なアピールだった。

(ってか、今復習して改めて感じたけど、この曲は「ヒーカップてんこ盛り」じゃんけ!…その後の聖子ちゃんヒッツのナンバーを聴いてもここまで執拗にヒーカップしている曲はないなぁ)

「あ〜〜、わたっしぃのォッ、こぉいわぁ〜〜〜♪」の「ォッ」の部分。

ここが「ワイルドだぜ〜ェッ」の「ェッ」の部分と共通項ね。

二重線引いときましょう。

そしたら当時の皆んな、猫も杓子も聖子ちゃんカットになって、パーカーシャツ着て、デッキシューズ穿いて、ブルーのアイラインをひくようになって、ヒーカップになっちゃった。

声をひっくり返しさえすれば、「カワイイ」になれた時代がやってきたのだ。

恐るべしヒーカップ聖子。

では、だれが聖子ちゃんにヒーカップを植え付けたのであろう?

ご自身で編み出したということも考えられなくもない。が、世は次世代アイドル創世記、この時は事務所などの発言力が強烈で、きっとご自身のアイディアなどは中々通らなかったのではないかと推測できるのである。

この辺がお笑い芸人とは決定的に異なる。

おっと、ここにサン・ミュージック。

さぁ、後はあなたのご想像にお任せしよう。。。てんてんてん…っと。(^^;