餓鬼と施餓鬼会

現代は、
「まだ餓鬼のくせして、」などと、もっぱらいたずら盛りの子どもたちを指す言葉であるが、


元来は仏教用語で、生前の罪のむくいで、餓鬼道におちた亡者のこと。
餓鬼道とは、仏教で説く六道、あるいは三悪道の一つで、ここにおちた者は、
不浄のところにおり、常に飢えと渇きに苦しむ。しきりに水や食物を欲しがるが、
腹ばかりふくれあがり、のどは針のように細く、物を飲み食いしようとするたびに、
その水や食物は濃い血膿や炎と化してのどに通らない。
まことに悲惨きわまる、やせひからびた姿として描かれる。


餓鬼には「無財餓鬼」と「有財餓鬼」との区別がある。
前者は常に物を欲しがる類であるが、
後者はあり余るほど豊かな金品に恵まれながら、けちんぼで一層欲心をつのらせ、
そのためにかえって苦しむ類である。
前述のように、子どもを「餓鬼」と呼ぶのは、無財餓鬼の性格から来たものらしい。


お寺で行われる「施餓鬼会」というのがあるが、
これは、飢えに苦しむ生類や弔う者もいない死者の霊に、飲食物を施し供養するためのものである、という。
今年はどういう方法でか参加しよう。