中村隆之『カリブ‐世界論』

2009年カリブ海のフランス海外県グアドループ島やマルティニク島などで発生したゼネストはどんな意味をもっていたのか?フランス本国に対する島の経済生活改善の大規模な異議申し立ての背景には、フランス植民地主義の歴史が累々と連なっている。90年代に紹介され流行した「クレオール」文化論を、綿密な文献調査と現地調査に基づいて社会的、経済的に掘り下げ、セゼール、ファノン、グリッサン、あるいは「クレオリテ」の作家たちだけでなく文学的抵抗を試みたさまざまな作家を紹介し、民衆の抵抗と文学を語り結ぶ本書は、カリブ海だけではなく、植民地を背景にもつフランス語圏の文化・文学理解のために、今後、必読の基本文献となるだろう。平野千果子『フランス植民地主義の歴史』と合わせて読みたい。
 さらに、本書はただの地域研究に終わっていない。エドゥアール・グリッサン研究の一人者である著者は、グリッサンの視点でカリブ海の問題を資本主義とグローバリズムが席捲する現代社会の問題として提示しようとする。海外県の抱える問題は容易に解決できるものではない。グリッサンの提言もゼネストも、カリブ海の現実を変革するには程遠い。だが「ユートピアの可能性は、グリッサンの考えるようなカオス世界観のなかで、予期せぬかたちで実現する〈出来事〉のうちに宿るように思える。」その出来事は、持続しなくとも、「消えたあとに現実世界に大きな痕跡を残す」(p.400)。大切なのは、そうした思想や社会運動の成否を議論することではなく、その出来事のうちに宿る可能性を捉える感性と想像力を鍛えることだろう。遠い場所の出来事を見据えることは、自分の生きる場所を理解することにつながるのだ。