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2006-07-23

[]大野松雄大野松雄の音響世界』(キングレコード

[大野松雄の音響世界(3)] 「『はじまり』の記憶」

[大野松雄の音響世界(3)] 「『はじまり』の記憶」

 拙著『電子音楽 in JAPAN』でもその半生にスポットを当てている、日本の音響デザイナーの草分け、大野松雄氏の入手可能な音源を集め、3枚のタイトルに収めたもの。コジマ録音からリリースされてヒットしたアルバム『鉄腕アトム/音の世界』の抜粋と、80年代の作品「大和路」「Yuragi」を収めた(1)、77年に東宝レコードから発売された唯一のソロアルバム『そこに宇宙の果てを見た』の完全復刻に、同年の東宝映画『惑星大戦争』のサントラ盤で使われた電子音のロスト・フッテージを追加収録した(2)、新作『『はじまり』の記憶』収録の(3)で構成される。このシリーズも、実現化までには、ちょっとした顛末がある。

 拙著『電子音楽 in JAPAN』の増補版刊行が決まった際に、どうしても追加取材をしたいと思っていたのが、大野松雄氏であった。実は98年版の取材時にも連絡が取れないものかとリサーチをしているのだが、『鉄腕アトム』放映時に大野氏が経営していたイベント音響制作会社「綜合社」はすでに倒産しており、唯一のつながりとして知っていたのは、助手だった小杉武久氏のことぐらい。まだニューヨークのマース・カニンガム舞踏団の音楽監督だったころで、こちらも容易にコンタクトを取れるわけではなかった。都内の老舗スタジオに話を聞いてみたものの行方しれず。だから拙著の刊行後、ワーナーミュージック・ジャパンから、手塚治虫生誕何周年記念かで『鉄腕アトム/音の世界』が復刻された時は驚いたものだ。そのCD版『鉄腕アトム/音の世界』が、ご本人によるリマスターだという話を聞いて、いまでも音楽の仕事をされていることを確認。そのCDリリースの際に、『モノ・マガジン』で特集が組まれたと聞き、当時編集部に『宝島』時代の友人の編集者がいたので、彼に聞いてみると今は京都に住んでおられるのだという。「なんで京都に?」 大野氏は生粋の東京育ちなのだが、都内の老舗スタジオに声をかけても消息がわからなかったのは、拠点を京都に移されていたためであった。ちなみに、大野氏によれば京都行きは、いわば「都落ち」。綜合社時代はタジマ・ハール旅行団の映画を作ったり、いろいろ先鋭的な仕事に関わったが、それが仇となって散財してしまい、会社を畳むことになって、どうやら債権者の追っ手をかわすために、遠路はるばる京都まで下ってこられたという話らしい。当時大野氏は、京都芸術短大の非常勤講師を務めており、子供を集めて『鉄腕アトム』の音響制作を実演するワークショップなどを開いたりして、地元の新聞などに大々的に紹介されていた。ちなみに京都芸術短大とは、今をときめく、京都造形大学の前身である。

 拙著の取材で京都のお宅を訪ねたのは、2001年の夏。まだスタジオが残っており、そこで制作途中だったレイ・ハラカミ氏のリミックス盤『レッドカーヴの思い出』の音なども聞かせてもらった。レイ・ハラカミ氏にも、この時、大野氏の紹介で会っている(ハラカミ氏は京都芸術短大のOBなのだ)。無事取材を終え、東京に戻った私は原稿を書き上げ、同年12月に改訂版『電子音楽 in JAPAN』をリリースすることができた。だが、その後、アシスタントで現代美術作家の由良泰人氏から、大野氏が体調を悪くされたとのメールを受け取る。この時、引っ越すにあたって、スタジオを解体されるという話を聞いて、非常に残念に思ったものだ。

 実は以前、最初に拙著が出た際に、Pヴァインという自主制作レーベルから連絡があり、拙著のタイトルをコンセプトにした、復刻アンソロジーができないかという話をいただいていた。これは実際、音楽評論家湯浅学氏と田口史人氏が監修者ということで何タイトルかが出ているものだが、湯浅氏と田口氏はすでにプランをお持ちだったため、私は名前を貸しただけで、原則関わっていなかった(但し、スターボー『たんぽぽ畑でつかまえて』、井上敬三『インティメイト』は、私のリクエストで加えてもらったものである)。だがその後、Pヴァインプロデューサー氏と直接やりとりができるようになり、湯浅氏、田口氏が選ばなかったアルバムの再発ができないものかと提案。その中に、大野松雄氏の唯一のソロ『そこに宇宙の果てを見た』をリストアップしていたのだ。原盤はきっと東宝ミュージックにあるはずだからと。だが、それは湯浅氏、田口氏らの選んだ復刻タイトルの売れ行きが鈍いことから、結局、日の目をみることはなかった。

 2001年の改訂版の刊行後、しばらくしてから今度は、キングレコードのA&R氏から連絡をもらう。所属は学芸部(のちにストラテジック部)だそうで、キングの学芸部と言えば、小泉文夫コレクションをなどを出している民族音楽の名門レーベルである。ここに移籍されたばかりのA&R氏から、『電子音楽 in JAPAN』に絡めた、日本の電子音楽作品のCD-BOXを作れないかという打診をもらったのである。A&R氏はなんと、工作舎の元編集者から音楽業界に転じた人で、ジョン・ケージ本の翻訳などを手掛ける、現代音楽筋の人である。ただその時は、拙著にも登場いただいている、元NHKエンジニアだった佐藤茂氏監修による『音の始源を求めて』という復刻企画がすでにあり、その続編が出る話を私はレーベルの方からも聞いていた。とはいえ、キングの学芸部がバックアップするというのは悪い話ではないだろうと、佐藤氏ほかスタッフを紹介。しかし、すでに続編が完パケていたことや、佐藤氏がじっくり時間をかけてやりたいとの意向があり、メジャーと組んでのアンソロジー企画は難しいとの判断に至った(メジャーでは、最初に決まるのが発売日で、そこから逆算してスケジュールを組み、予算組みをするので、かなり限定したスケジュール進行になってしまうのだ)。せっかく、A&R氏と濃密な時間を過ごせたのに、それがカタチにならなかったことを残念に思ったが、今度は氏から代わりに「なにか復刻向きのテーマはないか」と打診され、そういえばと思い出して提案してみたのが、以前Pヴァインでお流れになった、大野松雄氏の復刻企画だったのである。

 おそらく当初は、『鉄腕アトム/音の世界』と『そこに宇宙の果てを見た』の復刻の話だけだったと記憶する。『鉄腕アトム』はワーナーミュージック・ジャパンから復刻されていたが、以前にも10年以上前にメジャーのビクターから出ており、オリジナルはクラシック系の自主制作盤の老舗であるコジマ録音からであった。ワーナー盤がなぜか「盤起こし」(レコードからマスターを作る手法)だったため、あれれれと思っていた私は、きっとコジマのほうにマスターがあるのではないかと提案。コジマに調査してもらったが、自主制作レーベルのため古い音源の所在や権利関係が錯綜しており、結局マスターは見つからなかった。再発していたビクターにも残っておらず、大野氏にコンタクトを取ると、マスターはすでに紛失しているという。おそらく綜合社にあったマスターが、倒産の際に債権者か誰かに渡ってしまい、行方不明となっているようで、手塚治虫氏の実娘、手塚るみ子氏からワーナーでのCD化の話をもらった時も、オリジナルマスターがなかったため、ディスクから取り込んで大野氏がノイズ処理をするという手法が取られていたのだ。また、この再発リリースの際に、『鉄腕アトム/音の世界』はワーナー原盤として再登録されているのがわかった。よって、キングからのフルサイズでの復刻が、ここで一度見合わせられることとなった。

 一方、東宝レコード倒産後の同社の原盤を管理していた東宝ミュージックに問い合わせると、『そこに宇宙の果てを見た』のマスターが存在することを確認。ところが、これ以外に大野松雄名義でリールがあるという。それをキングのA&R氏が引き上げると、なんと『惑星大戦争』のサウンドトラック盤で使うために、大野氏が制作した素材テープだったのだ。『惑星大戦争』の映画のほうは、音響効果を有名な東宝効果団がやっており、大野氏は不参加。これは『惑星大戦争』の公開に先行して作られた、東宝レコードの独自企画で、元々が「音だけ」で完結している作品だった。これを『そこに宇宙の果てを見た』のボーナストラックに入れるのはどうかと大野氏に提案してOKをもらい、こちらは一足先に商品化の目鼻立ちが付くことになった。

 先に記したように、京都のスタジオを解体した大野氏だったが、プロ・トゥールズを主体としたコンパクトな設備を再構築しており、一昨年に退院してから、一気に作り上げたという新作があった。これが、ピンク・フロイドの『神秘』のようなサイケデリックなサウンドになっており、これも出そうという話になる。さらに、大野氏の資料庫にあった80年代のいくつかの短い作品を『鉄腕アトム』のほうに収録するということで、3枚のイメージが固まり、後にリリースされる『大野松雄の音響世界』のラインナップとなるのである。

 タイトルはA&R氏が命名、大阪万博のパンフや星新一の小説の挿絵で有名な真鍋博のイラストを使うアイデアも氏によるものである。全3枚のライナーノーツには大野氏への新規インタビューを入れることになったが、この時は、以前『サウンド&レコーディングマガジン』の拙著の書評で、「大野松雄氏にインタビューして『ヒッチコック×トリュフォー』みたいな本が作りたい」というアイデアを書かれていた、元P-modelの横川理彦氏にぜひインタビュアーをお願いできないかと打診(実は、横川氏は後期『TECHII』編集部にも籍を置いていたのだ)。だが、タイミング悪く海外渡航の予定が組まれており、京都行きがスケジュール的に難しかったため、序文だけをお願いして、インタビューは再度私が担当することとなった。

 新作『『はじまり』の記憶』は、当初はマスターに「#1」「#2」などのミュージック・ナンバーのみが書かれていたのだが、大野氏の提案で、曲名はA&R氏と私を交えた3人で付けようということになり、この時、ミニコンペみたいなこともやっている。初めての経験だったが、インスト曲に曲名を付ける作業というのは、なんとも難しいもの。私が提案したものがいくつか採用されたことだけでも救いだが、今手元にある候補リストを見ると、赤面ものである。「何これ? ピンク・フロイドの未発表曲?」とか言われそう……。

 ちなみに、これには後日談がある。先のコジマ録音での『鉄腕アトム/音の世界』のマスター所在調査は未遂に終わったものの、同作のプロデューサーである元めんたんぴんのメンバーだった吉田秀樹氏が電子音響のクレジットで参加していた、別の作品のマスターが見つかったのだ。これがなんと『ディスアポイントメント・ハテルマ』という土取利行+坂本龍一名義のインプロヴィゼーションのアルバム。これが見つかったのは偶然だった。その後、私とA&R氏はさっそく、キング音源だった細野晴臣『コチンの月』、高橋幸宏『サラヴァ!』『音楽殺人』と併せた第二弾の復刻企画を立ち上げて、ソニーとの連動によるYMOソロ作品復刻シリーズに着手するのである。