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2013-01-18

地縁と血縁でガチガチに結びついた地域共同体の話

04:35 | 地縁と血縁でガチガチに結びついた地域共同体の話を含むブックマーク 地縁と血縁でガチガチに結びついた地域共同体の話のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/mizchi/20130115/1358216244

興味深く読んだ。
 

 
リンク元の記事では触れられていないイナカの特質に「血縁重視」と「土着意識」がある。いわゆる「跡を継げ」とか「先祖伝来の土地を守れ」とか、そういう縛り。だからイナカに適応できないひとが長男長女に生まれると、すんごく大変。「個人」という概念がなく、すべてが「イエ」という単位で括られるため、「進路選択の自由」を得ることがそもそも難しい。「イナカが合わないんだったら成長したら都会へ出ればいいだけの話」と言い切れるひとは認識が甘い。大学進学などでイナカの柵から逃れられたひとはまだラッキーな部類です。

また、プライバシーという概念がなく、相互監視社会であるのはリンク元の記事でも触れられていたが、もっと閉鎖された地域になると、過去の因習やら怨念まで背負い込んだままで生きていくことを余儀なくされる。
現住民どころか、先祖代々までのヤバイ情報、住民全員が握り合っているんだよね。
「ヤバイ情報」とは一体何を指すのか、具体例を挙げ連ねると、
 
“あそこんちは2代前にキ○ガイがいて蔵に閉じ込められてた”とか。
“あそこんちの母親は娘のオトコを寝取った”とか。
“あそこんちの先代はあの家の居間で首つって死んだ”とか。
“あそこんちは貧農だったが農地解放でタダ同然で土地をもらったから今は金持ちぶってデカイ面してるんだ”とか。
 
その手の類の、恐ろしく品性下劣な内容です。
隣人の不幸を栄養にしてる部分があるので、この手の話は全部「悪い話」で、「良い話」はまず聞かない。
そういう「悪い話」を住民全員がお互いに握り合ってて、共同体内で虚実織り交ぜた噂話が飛び交ってる。だから先祖や親族の業まで背負わなきゃならない。非常にしんどい。が、しんどいからってそうそう見知らぬ土地に一族郎党移転することはできませんのでね。
で、取り繕って波風立てずにやってくために、「臭いものにはフタ」「見て見ぬフリ」が慣習になってくわけさ。そうでもしなきゃやっていけないもん。
  

わたしは本当に本当に地縁と血縁でガチガチに結びついた地域共同体ってやつが苦手で。なんで苦手かっていうと、その「地域共同体を形成する価値観」ってものから外れた人間に、イナカはとことん冷たいからです。異端が異端のままでいることを許してくれない。
異端の排除は都市部でもあります。どこに行ってもありますね。ただ、イナカのほうが精神的にキツイです。逃げ場がないから。
都市部では、ある集団からはじき出されても、自分を受け入れてくれる別の集団を探すことが可能です。でもイナカではそれができません。自分の属する集団を選択する自由がない。自由がないというより選択肢がない。だから、ひとつの集団から排除されれば、それはその地域では生きていけないことを意味します。イナカで排除されるということは死活問題です。
 
都会には都会のマイナス面もあるわけだけど、自意識過剰なネガティブ人間や、協調性や帰属意識のない人間、性的マイノリティに属する人間には都会の方がずっと住みやすいと思いますね。
ようは「イナカと都会はどちらが居住地として優れているか」という優劣の問題ではなく、単に向き不向きの問題。
適材適所っていうかね。
都会では「他人に必要以上に干渉しない」。
これを「冷たい」と受け取るか、「適度な距離感」と受け取るかという話。
「他人に必要以上に干渉する」ことを「温かい」「親切」と受け止められるひとはイナカ社会に対する適応能力を持っているひとだ。

自分にはイナカ社会に対する適応能力が全く無かった。
こんな文をいま書いているのは、適応できなかった恨み節である。
 
あー、もちろんこれは個人的な経験則に過ぎないんで「うちもイナカだけど、貴方が主張してるような事実はない」という反論もアリでしょう。 
「事実」も「正義」も、ひとの数だけあるよねえ。