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2013-01-23

アルジェリア人質事件実名報道の問題

03:56 | アルジェリア人質事件実名報道の問題を含むブックマーク アルジェリア人質事件実名報道の問題のブックマークコメント

アルジェリア人質事件実名報道の問題。
朝日新聞と報道ステーションがご遺族の意向と政府の決定を無視して被害者の実名報道をしてしまって、ネットで紛糾してるという話。
 
問題の報ステの動画がこれ。
すぐ消されるだろうけど。
 
D 
 
古舘伊知郎:
「亡くなられた方、そしてそのご遺族、ご家族の方々の思いというものを考えてですね、日揮は、あるいは日揮の要請を受けた政府は、亡くなられた方の名前の公表を差し控えました。
私どもの番組も、どうするかについて考えました。議論をしました。
それぞれの人生があり、様々な喜怒哀楽を抱えて生きてきた人生があり、それが突然、卑劣なテロによって断ち切られてしまった。
その無念というものをお伝えする際に数だけで表現するのではなく、取材に基づいて、お名前をお伝えさせていただくという風に、先ほど決断を致しました。
まず亡くなられた方、7人の方のお名前、あいうえお順でお伝え致します。」
 
  
 
これが「国民の知る権利」に名を借りたマスコミの暴力だと、被害者に対する人権侵害だとネットで批判殺到。現在もあちこちで議論が紛糾中である。
 
「知る権利」には実は2つの種類がある。
「国家などに対して国民が情報の提供を求める権利」と
「国民が国家の妨害を受けずに自由に情報を受取る権利」。
 
ネットで「言論の自由を振りかざしてプライバシー侵害するな。知る権利というが、国民はそんなことまで知りたくない」とマスコミ批判をしている方々が論拠にしている「知る権利」は前者。
おそらく、実名公開に踏み切ったマスコミ側の論拠にしている「知る権利」は後者であろう。
まあだから、後者の論拠に沿った場合、「マスコミは間違ってる」とは言い難くなってしまうのだけど。「死者には人権ないので、人権侵害にはあたらない」という論拠も決して「間違っている」わけではないのだけど。
 
間違っちゃいないよ。
間違っちゃいないけどさ。
下っ衆だよねー。
報ステ・古館氏の言説を直球翻訳すると
「我々は下衆なので遺族を追い掛け回してお涙頂戴で視聴率を稼ぎたい。あなた方も下衆だから難しい時事問題よりもそういうワイドショーが見たいでしょう?」
になると思うのはわたしが下衆だからでしょうか。
ワイドショー的お涙頂戴な展開は視聴者の下世話な覗き見趣味を満足させてくれる上に、表向きは感動モノなのでその下世話さを視聴者自身が自覚しないで済む。
ただ、世間の皆さんはこういった事件に対してそこまで下世話じゃないと思うわけよ。
マスコミさんは下世話な覗き見趣味を「正義」「真実」「報道の自由」という大義名分でコーティングするところが実にタチが悪い。
 
わたしは自分が下世話な人間だという自覚はあるので「わたしには下衆な覗き見趣味など全く無い!ワイドショーなど大嫌いだ!」とは申しませんが、「報道」の看板を掲げている番組がこういった事件をワイドショーに仕立て上げてしまうことには激しく違和感を感じます。
わたしが「報道」を通して得たいものは「正確な現地事情と再発防止のための危機管理情報」であって、「ショー」ではない。ご遺族の意に沿わない実名報道よりも、そっちのほうが誰にとっても公益性があると考えるのは勝手な思い上がりですかね。