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2013-01-24

フォロワー数たったの150か…ゴミめ。

03:17 | フォロワー数たったの150か…ゴミめ。を含むブックマーク フォロワー数たったの150か…ゴミめ。のブックマークコメント

東浩紀センセイの発言が話題になっている。


東浩紀「150フォロワーの学生さんがツイッターについて偉そうに他人に説教しちゃまずいよ。」 - Togetter
  
f:id:snksnksnk:20130125020257j:image
 
 
ま、ようするにコレですよ。
「フォロワー数たったの150か…ゴミめ」って話。
 

ネットメディアにおける「数字」というのはある意味絶対的な正義。
ネットではとにかく数字を稼ぐ記事がエライ。
アクセス数で書き手の評価が決まってしまう。
だからネットメディア・ビジネスに関わった経験のある人間ほど、Twitterにおけるフォロワー数を己の正当性や優位性の根拠にしがち(むろん例外はある)。
これはもうどうしようもない。
ネットとはそういう特性を持ったツールだというのは揺ぎ無き事実だから。
「ネットの特性」といわれるもののうちの、ほんの1つに過ぎないんだけどね。
 
フォロワー数というのを「売り上げ」に例えてみると。「年商数十億の売り上げがある会社の社長に、年商数百万の個人事業主が説教するな。実績つんで(数字出して)から物申せ」という東センセイの主張は、まあ一理あると言えなくも無い。
ホントは「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」が重要なんだけど、「数字は正義」だと思ってるひとにそれ言っても無駄なんで。
  
「フォロワー数=売り上げ」という乱暴なレトリックをあえてここでもう一度使わせてもらうが、「年商数十億の売り上げがある会社の社長と、年商数百万の個人事業主」が対等な立場で意見の交換が出来る機会が得られる稀有な場であるというのも「ネットの特性」の1つなのだ。
が、「数字」を己の絶対的正義の補完にしてるひとはそういうのはガン無視しがち。
「数字は力・力は正義」のひとにとっては、ネットというのは「自意識肥大促進ツール」でもある。
特にSNSって自意識肥大の促進に拍車がかかるツールだよね。
簡単にいうとイエスマンで周囲固めて「裸の王様状態」が誰でも疑似体験できるっていうかね。
異論反論ぶつけてきてウゼエと思ったら粛清(ブロック)すればいいだけの話だし。
 
…というわけで、東センセイは大変、Twitterというツールに対する適性をお持ちの方だと感心しました。
 
煽り耐性低くて、基本的にヒトの話を聞かず、TLは側近と太鼓持ちで固める。
自分に都合のいい情報だけを取捨選択し、都合の悪いことは無視または忘れる。
返答に窮したら粛清(ブロック)。悪いのはあっち。バカなのもあっち。
そして俺こそがグローバルスタンダード!との強い確信を持つ。
 
こういうひとが最も向いてんですよTwitterは(暴論)。
東センセイ、毎日楽しいだろうな〜