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2013-01-26

「意思の勝利」は1930年代のロックコンサート映像

04:44 | 「意思の勝利」は1930年代のロックコンサート映像を含むブックマーク 「意思の勝利」は1930年代のロックコンサート映像のブックマークコメント

ナチス・ドイツがレニ・リーフェンシュタールに撮らせたプロパガンダ映画、「意思の勝利」をDVDで見た。
「圧倒的な映像美、衝撃的高揚感、独創的手法によって演出されたアングル・カメラワーク、光と影を巧みに使った演出、臨場感、80年近く前の映像とは思えない斬新さ、壮大な美的感覚。プロパガンダ映画としての貢献は大きく、洗脳効果があまりにも危険であるため、いまだにドイツでの上映は禁じられている」
といわれている作品である。
そういう位置づけの作品であると肝に銘じた上で、覚悟して見たんですが。
 
えっと、すいません。
別に斬新だとか圧倒的だとか思いませんでした。
というのは、「こういう手法で撮られた映像みるの、これが初めてじゃないよなあ」と思ったから。
「初めてじゃない」どころか、今までに何度も何度も何度も何度も見てる。
飽きるほど見てる。
既視感バリバリ。
どこでこの手の映像をそんなに見たか、というと。
ズバリ、ロックコンサートのライブ映像。
ロックバンドのライブ映像、ロックバンドのドキュメンタリ−って、完全に「意思の勝利」と同じ手法で撮られている。
「意思の勝利」の、夜の集会におけるサーチライトの演出(強い光で垂直に上空を照らす手法)、花火の演出は、ホントに現在もロック・コンサートで多用されている。
ステージの上のミュージシャンをカリスマや祭司に見立てて、神に群がる信者のようにそれに熱狂する多くの人々。
多くの人間が狂信的にステージの人物に熱狂する図を映した映像を流すことで、その映像を見ている側の人間を「あのステージ上の人物は凄いひとなんだ」と洗脳するやり方、ロック映像ではお馴染みですが、そうかルーツは「意思の勝利」でしたか。
ロックのライブ映像撮影してる監督はほぼ確実に「意思の勝利」を見て、臨場感や高揚感を効果的に視聴者に伝える手法を学んでいるはずだ。
だって、そのままだもん。
 
近代PAを発展させるきっかけを作ったのはナチスらしいね。PA(音響設備による公衆伝達)を用いたプロパガンダはナチスが最初にやった。党大会には音響効果のために100台以上埋め込んだスピーカーを用いたそうだ。
そういうところもロックのライブそのまま。

ようするにナチスの党大会って1930年代のロックコンサートだよ。そりゃ大衆も熱狂するわ。 
「ヒトラーは最初のロックスター」とデヴィッド・ボウイが評していたそうだが、
さすがに本質を突いていらっしゃる。
  
 
あまりにもこういった手法を用いた映像があちこちに氾濫してるので、現代に生きる人間はもうそういうプロパガンダの技法に慣れっこになってしまっている。
だから、いま「意思の勝利」を大衆に見せたところで、1930年代のような洗脳効果は無いんじゃないかと思う。
まったく無いとは思わないけど、1930年代ほど影響力は強くないんじゃないか。
確かに当時としては斬新で、あらゆるプロパガンダ映像の手法のフォーマットを作った凄い作品であることは確かなんだけど。ここまであちこちにプロパガンダ映像(政治的なものも娯楽的なものも商業的なものも)が氾濫してる現在、そんなに衝撃的だと思わないというか、上映禁止で情報量が少なく、実際に映像を見た人が少なすぎて、長年の間にすっかりゲタを履かされてたんじゃないかという印象が。どうしても。
 
 
 
ちなみに公開から90年近くたっても、尚まだ圧倒的な高揚感と臨場感、大衆を扇動する効果を感じてやまない映像は個人的にはフリッツ・ラング無声映画メトロポリス(1926年)だ。
「メトロポリス」は支配階級と労働階級の対立を描いたSF映画。特撮がチャチくて今見ると陳腐な箇所も多いのだが、摩天楼を擁する近代都市のヴィジュアルと「扇動するカリスマに群がる大衆の狂信」が衝撃的で、製作者の意図を超えて「意思の勝利」以上に危険なアジテーション洗脳効果を持っているんじゃないか、と個人的に思ってる。
実際、ヒトラーにナチスのプロパガンダ映画作るように要請されてたらしいね、フリッツ・ラング
すっごくよくわかる。ヒトラーのように権力を美学ととらえる思考回路のうえに、誇大妄想の気があるひとには「メトロポリス」ってたまらん作品だもん。
ラングはユダヤ系だったので、快諾したあとで即ドイツから亡命したらしいけど。
たぶんレニ・リーフェンシュタールよりもフリッツ・ラングが「意思の勝利」撮ったほうがよっぽど洗脳効果が高い作品ができただろう。
でもその後のレニ・リーフェンシュタールの不遇(ナチスの協力者という烙印を押され、どんなもん作っても正当に評価されない)を考えると、ラングはアメリカに亡命しといて正解だったと思います。イデオロギー的にもクリエイター的にも。

  
  
D
音響を追加し、映像にカラー処理を施して編集しなおしたジョルジオ・モロダー版メトロポリス(1984)の予告編