Hatena::ブログ(Diary)

雪景色

*手がけた仕事については「仕事」カテゴリにまとめています。
*2010年6月『文字をつくる 9人の書体デザイナー』というインタビュー集を出版。詳細はこちら
*活版印刷による『活字地金彫刻師・清水金之助』の本、完成。詳しくはこちら
*プロフィール詳細&各種ブログなど更新情報はこちら

2012-02-02-Thursday

[][]「活字発祥の碑」

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中央区築地のビルの一角に「活字発祥の碑」がある。昨日、印刷図書館で調べものをしていた際に、この石碑に関する資料をたまたま見かけたので、メモしておく。

「活字発祥の碑」は昭和46(1971)年5月末に建てられた。石碑建設のきっかけとなったのは、活字発祥の源である東京築地活版製造所の建物が、昭和44(1969)年3月に取り壊されることになったこと。印刷同業組合事務局に永年勤務していた牧治三郎*1が、全日本活字工業会の機関誌『活字界』第21号、第22号*2に東京築地活版製造所の社屋取り壊しの記事を連載し、これが端緒となって、何らかの形で残したいという声が大きくなり、全日本活字工業会総会にて、築地活版製造所跡の記念碑建設が決まったそうだ。

活字の石碑らしく、左右逆字ではないものの、文字部分が凸型に浮き出たかたちとなっている。この文字について、『活字発祥の碑』*3という冊子に記述があった。

 なお、表題である「活字発祥の碑」の文字については、書体は記念すべき築地活版の明朝体を旧書体のまま採用することとしましたが、これは35ポイントの見本帳(昭和11年改訂版)で、岩田母型のご好意によりお借りすることができたものです。

 また、記念碑は高さ80センチ、幅90センチの花崗岩*4で、表題の「活字発祥の碑」の文字は左から右へと横書きとし、碑文は右から左へ縦書きとし、そのレイアウトについては、大谷デザイン研究所・大谷先生の絶大なご協力をいただきました。(P.15)

朗文堂のブログに、「『 活字発祥の碑 』をめぐる諸資料から 機関誌『 印刷界 』と、パンフレット『 活字発祥の碑 』」という詳しい記事も発見。こちらもあわせてメモ。

*「活字発祥の碑」東京都中央区築地1丁目12-1 コンワビル敷地内

*1:1900〜没年不詳

*2:それぞれ昭和44年5月、7月発行

*3:昭和46年6月29日発行。活字発祥の碑建設委員会編纂、発行代表者:渡辺宗助、印刷・製本:今井印刷株式会社、発行者:活字発祥の碑建設委員会(全日本活字工業会内)

*4:かこうがん

2011-10-27-Thursday

[]途切れると、あっという間に/もじ部

ずいぶん長いあいだ更新していなかったこのブログを、ようやく再開させたはずだったのに、一度途切れたらあっという間に2週間が過ぎていた。ひさびさに書き始めて「常にアウトプットをしているほうが、書くことや考えが浮かびやすい」ことを痛感したばかりだというのに。

今日はいろいろな方と電話で話した。正直なところ、電話はあまり得意ではないのだが、でもやはり「声を聞く」ことは大切だなとしみじみ思う。

* * *

おっと、そうだ。ひとつ告知。

『デザインのひきだし』で私が担当している連載企画「もじ部」にて、モリサワ文研(兵庫県明石市)見学会の参加者を募集しています。応募者多数のため抽選になりますが、10月31日(月)まで受け付けていますので、ご興味のある方はぜひ。モリサワフォントがつくられる流れを見ることができます。

応募方法など、詳しくはこちら↓

デザインのひきだし・制作日記 : 次はモリサワ文研! 「もじ部」参加者募集のお知らせ

2011-10-13-Thursday

[]手帳問題。

来年の手帳をどうするか、そろそろ決めたい。昨日すこし見て回ったけれど、決め手にかけて購入に至らず。ここ数年は「ほぼ日手帳」を愛用していたのだけれど、昨年iPhone4を買い、Googleカレンダーを使うようになったら、紙の手帳にはあまり書きこまなくなってしまった。紙手帳が必要な場面はあるので、iPhoneに一本化するつもりはないのだけれど、使用頻度のわりに、ほぼ日手帳は重すぎる。来年はできるだけ薄くて軽い手帳にするつもり。こうして悩むのも、また楽しい。

2011-10-11-Tuesday

[][][]「言葉のデザイン2010」電子書籍 for iPad

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言葉のデザイン2010 オンスクリーン・タイポグラフィを考える」が、電子書籍(iPadアプリ)として登場しました。

監修は原研哉さんと永原康史さん、アートディレクションは永原さん。テキストは大城譲司さん、そして私は編集を担当させていただきました。

* * * *

このプロジェクトはTwitterから生まれました。2010年3月3日の深夜、原研哉さんがつぶやいた「web環境における日本のタイポグラフィの品質はなぜよくないのか」という言葉。そこに永原康史さんが反応し、オンスクリーンタイポグラフィについての熱い議論が繰り広げられました。

私はそれを、自宅のPCの前で、リアルタイムで見ていました。「こんな議論が繰り広げられている様子をリアルタイムで見られるなんて、Twitterが登場するまでは考えられなかった」と思いながら、息をのんでいました。

「ではまたどこか良い場所でお話しましょう」そう締めくくられた約3カ月後、「言葉のデザイン2010」の研究会の告知を見たときの興奮は忘れられません。あのときの議論がきっかけで、こうして一つのプロジェクトが誕生しているのだ……と。そこでもまだ私は観客でした。

研究会は全8回開催され、私はできる限り足を運びました。そして途中で、この研究会を電子書籍化するにあたり、編集者として声をかけていただきました。きっかけとなった議論が起きた際も研究会においても観客であった自分が、会場に足を運んでいるうち、制作スタッフとしてたずさわることになった。それも恐らくは、Twitterがなかったらありえなかったのではないかと思います。

この本は、2010年5月28日から2011年6月1日まで、約一年間かけて行われた「言葉のデザイン2010 オンスクリーン・タイポグラフィを考える」全8回の研究会の記録です。研究会講演に用いられたスライドやムービーをふんだんに盛り込み、再録しています。興味をお持ちいただけましたらぜひ、ご購入いただければ幸いです。

監修:永原康史、原 研哉

講演者:山辺真幸、小川裕子(アライアンス・ポート)/廣瀬則仁(物書堂)/鳥海 修(字游工房)/宮崎光弘(AXIS design)/高橋源一郎(作家)/橋本麻里(ライター)/松本弦人(グラフィックデザイナー)/小泉 均(タイポグラファー、グラフィッカー)/岡部 務(NHKデザインセンター)/中村勇吾(tha ltd.)/山田尚郎(日本経済新聞社)/糟谷雅章(毎日新聞社)/竹原大祐(朝日新聞社)/田中良治(セミトランスペアレント・デザイン)/山本太郎 (アドビ システムズ)/冨田信雄(モリサワ)

アートディレクション:永原康史

iTunes Storeでお求めください。

2011-10-08-Saturday

[]変わらずあることの幸せ

原稿を延々と書きながら日付が変わり、年齢をひとつ重ねた。終わらぬ仕事を抱えたまま迎える誕生日か、とも思ったが、「書く原稿がいつもある」ということは幸せなことなんじゃないか、と思い直す。

子どもは「勝利」をプレゼントしようとしてくれていたけれど、残念ながらそれはかなわず。でも、そんな言葉をくれたことそれ自体が贈り物になってるんだよ、と心のなかでそっとつぶやく。いてくれて、ありがとう。

2011-10-07-Friday

[]だれもが呼んだことのある名前

ある分野のだれもがきっと名前を呼んだことはあるけれど、顔は知らない、そんな人に取材できることになった。いまからとても楽しみ。

筆を下ろすまでは、果たして書けるのだろうかと不安でたまらなかった原稿。無理にでも書き進めて、ようやく不安が払拭された。あともうひとがんばり。

[][][][]『デザインのひきだし』の編集に参加しています

しばらくこちらを更新していなかった間の仕事をいくつか。

大きなところでは、6月に発売された『デザインのひきだし』13号から、編集に参加しています。これまでライターとして連載や取材記事など担当してきましたが、編集への参加ということで、特集のリサーチからがっつりと。とはいえ、『ひきだし』の内容はかなり専門的、わからないことだらけで右往左往しながら、なんとか13号、そして今週発売になった14号の制作を終えました。

デザインのひきだし13

『デザインのひきだし13』では、いつもの連載企画「名工の肖像」「もじ部」のほか、特集ではあちこちの印刷会社をまわり、青焼きやピンクマスターなどの現場を見せていただきました。画家の牧野伊三夫さん、デザイナーの西島秀慎さん、横須賀 拓さん、日本システム印刷の武田美津子さんによるピンクマスター座談会も担当。巻末取材では平野甲賀さん×大原大次郎さんのタイポグラフィ対談を担当しました。現場取材も座談会も、とても楽しかった……!

連載企画「名工の肖像」では、特種東海製紙でファンシーペーパーの開発に携わってこられた杉本友太郎さんを訪ね、岐阜工場に行ってきました。「もじ部」はお待ちかね、鳥海修さん編の後編。最近一番の自信作というかな書体「文麗仮名」について詳しく語っていただきました!

デザインのひきだし14

そして2011年10月発売、つまりできたてほやほやの『デザインのひきだし14』、特集は「貼る・写す・塗る ピカピカもしっとりも特殊効果もおてのもの! 表面加工A to Z」。印刷加工会社はもちろん、フィルムやニスのメーカーまで幅広く取材。

表面加工特集、正直、知識不足の私には、最初はなかなか理解できず、むずかしかったです。でも、「デザインのひきだし」ロゴのオリジナルホロフィルムをつくったり、LCコートや高精細疑似エンボス「ブリオコート」のトライアルをしたり、楽しかった……!(LCコートのトライアルは横須賀拓さん、ブリオコートはコズフィッシュから独立された吉岡秀典さんにお願いしました)

フィルムひとつとっても、PP、PET、ナイロンと、素材によって光沢度や特徴が異なるんですね。勉強になりました。

今回も綴じ込み実物サンプルぎっしりです!

連載企画「もじ部」ではタイプバンクの高田裕美さんが登場! UDフォントや学参フォントの興味深いお話をたっぷりとしてくださいました!

「名工の肖像」は特色インキ調色師の千田宗雄さん(印材舎)。インキ工場はインキを練る機械や検査する機械、ずらりとならんだインキ缶などそそるものだらけ。とても面白かったです。ぜひご覧ください!

2011-10-06-Thursday

[]悲しい知らせと、うれしい知らせと。

スティーブ・ジョブズの訃報で幕を明けた朝。印刷会社に入ったころは、ちょうど写植からDTPへの移行期。会社にはすでに数台、Macが導入されていた。最初はもっぱら手書きで写植指定をしていたが、ほどなくしてMacも併用するように。それからずっとMac。信者というほど熱い気持ちではないと思っていたから、ジョブズが亡くなってこんなにショックを受け、悲しいと感じる自分に驚く。私に訃報を伝えてくれたのは、手のなかのiPhone。「会ったこともないのに、この人がいなかったら違う人生だった、と思わせてくれる人はそういない」。友だちがそう書いていた。本当に、そう思う。ありがとうございました。

申請中だった電子書籍「言葉のデザイン2010 オンスクリーン・タイポグラフィを考える」for iPadが、無事公開されたとの知らせ。手探りしながらつくりあげた本。とてもうれしい。

初めての場所で、ひさびさの人に会った。気がつけば、けっこうな年月が過ぎている。

2011-10-05-Wednesday

[]はじまりはいつも暗中模索

某誌特集のリサーチを始める。はじまりはいつも暗中模索。これでは無理かなと思った検索ワードで狙いどおりのものが見つかる、そんな些細なことにも喜びがある。

なかなか着手できない原稿。草稿を見つめるも、具体的なイメージが降りてこない。もっと深く潜らなければいけない。

2011-07-14-Thursday

[][][]「活字地金彫刻師 清水金之助の本」完成記念実演会を開催します。

清水金之助さん(89歳)の活字地金彫り実演会を行いま​す。

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日時:2011年7月17日(日)13:00 - 17:00(13:30以降にお越しいただくとよいかもしれません)

場所:大田文化の森 4F(東京都大田区中央二丁目10番1号)

活字地金彫(活字直彫、種字彫刻)とは、活版印刷で使わ​れる活字のもととなる母型(凹型)を作るための、さらに​もととなる種字(父型)を、鉛と錫の合金である活字材に​原寸・左右逆字でじかに凸刻していく技術のことです。新​聞などに使用される大きさのわずか数ミリ四方の小さな活​字材に、下書きもなくまたたくまに美しい文字を彫り上げ​るさまは、まさに神業。人の手がこれほどの仕事をできる​のかと驚くばかりですが、昭和30年代(1950年代後​半)にベントン母型彫刻機という機械による母型彫刻が普​及するまでは、こうした種字職人が活字を生み出していた​のです。

すでに種字からの母型製作は途絶えて久しく、直彫りを行​える職人さんも、ごくわずかしか残っていません。現代の​私たちからは想像もつかない神業を見ることができる、貴​重な機会です。ぜひ、みなさまお誘い合わせのうえ、お越​しいただければ幸いです。

※刊行基金にご協力いただいた方で、ご来場いただける方​には、このときに本をお渡ししたいと思っています。また​、本を申し込んでいない方にも、ぜひ実演にいらしていた​だければと思います。ぜひ、周りの方々に広くお伝えくだ​さい。

※入場無料、時間内出入り自由です。

大田文化の森 アクセスマップ

Twitterハッシュタグ #kinnosuke

活字地金彫刻師 清水金之助の本をつくる会ブログ

2011-03-24-Thursday

[]焦土の中に萌えいずる緑

ふと書棚に目をやると、ずいぶん前に読みかけになっていた寺田寅彦の『柿の種』が目にとまった。手に取り開いた頁に書かれていたのがこの文章だった。

 震災の火事の焼け跡の煙がまだ消えやらぬころ、黒焦げになった樹の幹に鉛丹(えんたん)色のかびのようなものが生え始めて、それが驚くべき速度で繁殖した。

 樹という樹に生え広がって行った。

 そうして、その丹色(にいろ)が、焔にあぶられた電車の架空線の電柱の赤さびの色や、焼け跡一面に散らばった煉瓦や、焼けた瓦の赤い色と映え合っていた。

 道ばたに捨てられた握り飯にまでも、一面にこの赤かびが繁殖していた。

 そうして、これが、あらゆる生命を焼き尽くされたと思われる焦土の上に、早くも盛り返して来る新しい生命の胚芽の先駆者であった。

 三、四日たつと、焼けた芝生はもう青くなり、しゅろ竹や蘇鉄が芽を吹き、銀杏も細い若葉を吹き出した。

 藤や桜は返り花をつけて、九月の末に春が帰って来た。

 焦土の中に萌えいずる緑はうれしかった。

 崩れ落ちた工場の廃墟に咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。

(大正十二年十一月、渋柿)

寺田寅彦『柿の種』岩波文庫、1996.04 P.68-69

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本に呼ばれたのかもしれない。

いまは一日もはやく春の帰ってくることを、心から願う。