世界王座廃止に関する資料

 

 先日、プロレスリング散空抱地の三回目が催され、シングルマッチで阿杜未森が初出場のSKハーシュに、タッグマッチで朱雀哉眼野上拓馬組が阿杜未森宮門我意組をそれぞれ倒し、大盛り上がりの中に終幕した。
 観戦してくださった皆様の中には「世界王座」のワードに引っ掛かりを持たれた方が多いものと我々散空抱地スタッフは想像する。
 世界王座は何故廃止されることになったのか。中野“ジャック”幸助氏は何故、「世界王座」の復活に反応してあれほどまでに激昂したのか。
 当時を知らない若いファンには不思議に思われたことだろう。
 そこで、7年前の世界王座廃止当時のことを知らない方には事態を把握する手引きとして、そして、当時を知る方には情報を整理し当時を思い出す助けとなるよう、我々散空抱地スタッフ一同は当時のあの一連の事件に関する資料をできるかぎり集めた。
 以下に参考になりそうな資料をいくつか掲載していく。
 それらは主に当時の新聞記事などからなる。
 

 

 日刊新聞『事象の輪』○×△△年◇月☆日
 (見出し)地球プロレス八百長発覚か!?列島に激震走る!!
 ルチャリブレの魂を持つメキシコ出身のガラパゴスマスクが3度に渡るエメル・クレメンタインの挑戦を退けて世界王座のベルトを守り、世界を震撼させたことは記憶に新しい。
 その興奮冷めやらぬ中ひとつの疑惑が列島を震撼させた。
 その疑惑とは、100年近くに渡って人々を楽しませてきたプロレスリングはすべて筋書き通りに演じられたものであるという、一見荒唐無稽な内容だが、その疑惑を裏付けるものとして、先日の世界王座戦をも含む、試合の内容と結果、そしてマイクパフォーマンスの筋書きが記された“ブック”なるもの数冊が何者かによって公安部に提出されたという。
 目下のところ公安部は沈黙を貫いているが、この疑惑が事実となれば、史上まれにみる一大虚飾事件へと発展することは予断を待たない。
 (中略)
 この報道を受けて、6度の世界王座を保持するトニー・ヒーロー氏は「まったくバカげている。いままでも似たようないたずらは数々あったが、それらのいたずらが最後にはどうなったか覚えているかい?困難が訪れるたび俺たちは本物の闘いによって跳ね返してきた」とコメントしている。
 事情に詳しい西帝大学の熊谷達也教授は、「“ブック”に記された内容は既に行われた試合のものであるため、第三者による偽造は容易だが、もし“ブック”なるものが警察に提出されたという疑わしい情報が真実であるなら、警察は筆跡鑑定による捜査を導入するだろう」との見解を示している。
 また、「プロレスを守る会」を名乗る団体が各種報道機関の本社前に居座るなど、事態は刻々と混乱の濃度を深めている。




 地球プロレスホームページより 代表 済木象璽楼(さいき しょうじろう)氏の声明
 この度は日頃から応援を頂き、我々の闘いを支えて下さっている皆様をお騒がせしてしまったことを申し訳なく思う。
 悪意ある悪戯に端を発する一連の疑惑はすべて事実無根であり、このような事態になったことは極めて遺憾であると言わざるを得ない。
 (中略)
 このような悪戯は、日々命を削って闘っている選手たち、そして、すべてのファンに対する冒涜であるが、今回の件に対して我々にできることは、リング上での魂のこもった闘いによって徐々に信頼を回復していくことしかないと考えている。
 どうか、皆さんの熱い声援によって私たちを支えてくれたらと思う。
  地球プロレス代表 済木象璽楼



 

 日刊新聞『事象の輪』○×△△年◇月☆日
 (見出し)“ブック”の筆跡が地球プロレススタッフと一致!!疑惑は確定か!?
 世間を震撼させていたプロレス界の八百長問題に進展があった。
 公安部が、地球プロレス八百長の証拠として提出されていた“ブック”の筆跡が地球プロレスのスタッフの一人の筆跡に一致したことを発表した。
 (中略)
 公安部長の坂原雄一氏は「今はまだ、“ブック”の筆跡が地球プロレスの職員の一人と一致することがわかっただけであり、これが組織ぐるみの犯行であると断定できる段階ではない」としているが、この情報を受けて今回の疑惑がいよいよ深まることは必死であり、近代最大のエンターテインメントであるプロレスは最早後戻りできないところまで来ている。





日刊新聞『事象の輪』○×△△年◇月☆日
 リング禍の衝撃!!渦中の地球プロレスで死者が出る!!
 悲劇は先日行われた地球プロレスの第4試合、金山一樹対笹山慶二戦で起こった。
 試合開始から約10分後、金山一樹選手が自身の必殺技であるダイバーズヘブンを放った。技は笹山慶二選手(24歳)に命中し、倒れた笹山選手はそのまま起き上がることはなかった。
 地球プロレスは八百長疑惑を受けて公安部に捜査されている中での興行だった。
 この事故を受けて7度の世界王座保持者で、“ジャック“の異名を持つ中野幸助氏は本紙の取材を受けてこう答えた。
 「これは不運な事故だった。安全対策は充分に敷かれていたが、時としてこういう不運としか言いようのないことが起こる。亡くなった笹山選手は良い選手であるだけでなく立派な人間だった。二度とこのようなことが起こらないよう我々は今まで以上に安全対策に力を注ぐつもりだ」
 だが、北越大学の社会学教授である額賀洋二郎氏の見解は違う。
 「事故は起こるべくして起こった。おそらく選手は直前に発覚したスキャンダルによって失墜した信頼を回復させようと躍起になっていたのだろう。何故ならこの日、会場を埋め尽くした観客は“プロレス反対”のプラカードを掲げ、この日の興行が始まってから事故によって中断されるまでブーイングが鳴りやむことはなかったからだ。今回の出来事は、プロレスが人々を騙す悪辣なものであるだけでなく、非常に危険であることをも示すものだ。子供たちの未来を、そして、選手を選手自身から守る為にも政府は適切な対応を取ることを求められるだろう」
 公安部長の坂原雄一氏はこの件について「綿密に調査し、安全対策に不備がなかったかを確認していく」としている。
 八百長疑惑から始まる一連の地球プロレス問題は、最早プロレス業界のみに留まらず、大きな社会問題へと発展している。



 
 
 神国青年党ホームページより 神国青年党代表 彦根誠一氏の声明文
 地球プロレスの八百長が発覚し、人民は甚大なる衝撃を受けたという。
 しかし、私はこの情報をある筋から聞かされた時、さほどの驚きを感じなかった。
 というのも、私はこのような出来事が起こることをかねてから予言していたのである。
 今回の地球プロレス八百長問題は、人と人との関係が希薄になり、相互信頼を失いつつある我が国の状態を象徴するものであろう。
 つまり、問題はことプロレス界には留まらないのだ。近年巷を騒がせている新世界構想もそのひとつだ。国家の枠組みを廃絶するというこの新世界構想は、曇りのない眼で見ることさえできれば、この構想が西側諸国による世界侵略の為の目論見であることは明らかだが、混沌の舞う近頃の世相の中で堕落に引き込まれた人間の眼には魅力的に映ることもあるようだ。
 高度な教育を受けたはずの知識階層にさえ、この新世界構想に賛同の意を示す人物も存在していることが、誰を信じればいいかわからないこの国の混迷を示す何よりの証拠だ。
 我々はかねてからプロレスの廃止を訴えていた。何故ならそれは人々から徳を奪うものだからだ。人間の獣性を隠さないそれは、人類を最も野蛮だった時代に回帰させるものである。
 そして、今回の地球プロレスの八百長は、募る国民の不信感を爆発させるきっかけになった。この罪は重い。
 続いて起こったリング上の悲劇は必然だったと言っても過言にはならないだろう。
 政府は速やかなるプロレスの廃止を決定すべきだ。
 子どもたちの未来を守るためである。
 神国青年党代表 彦根誠一




 日刊新聞『事象の輪』○×△△年◇月☆日
 (見出し)地球プロレス理事川相英作氏刺殺される!!神国青年党に脅迫されていた!?
 地球プロレスの理事であり、4度の世界王座保持者の川相英作氏(44歳)が自宅近くの公園で刺殺されていたことがわかった。
 殺害された時、川相氏は近所の子供たちにプロレスを教えていたという。
 この件で、会社員である川上琢也容疑者(25歳)が殺人の容疑で送検された。
 容疑者の供述によると、地球プロレス理事を務めていた川相氏に、興行を中止するよう求めた脅迫状を送っていたが、川相氏がその要求を無視して興行を行った為に犯行に及んだという。
 容疑者が中止するよう求めていた興行では、第4試合の金山一樹対笹山慶二戦で事故により、笹山慶二が死亡している。
 また、現在までに入った情報によると容疑者は思想団体である神国青年党に所属しているとのことだが、神国青年党代表の彦根誠一氏は、党のホームページに「確かに川上氏は神国青年党に所属しているが、川上氏の犯行は個人的な動機によるものであり、神国青年党とは一切関わりのないものである。人命は尊いものであり、それが失われたことに遺憾の意を表明する。しかしながら、プロレスリングが有害であるという我が党の主張はなお変わらず、我々はこれまでと同じようにプロレス根絶の為の活動を継続する所存である」との文言を掲載している。
 川相英作氏の通夜は21日、しめやかに行われた。
 通夜の後に川相英作氏の長男である竜作さんの姿が見えなくなり、現在も捜索中であるという。
 竜作さんはプロレスラーとしての腕を磨くために海外で武者修行をしていたが、父の訃報を受けて帰国していた。


 

 日刊新聞『事象の輪』○×△△年◇月☆日
 (見出し)世界王座廃止!!そして、済木象璽楼氏自殺する。一連のプロレス問題は収束に向かうか!?
 一連の地球プロレス問題に、おそらくこれが最後になるであろう出来事が起こった。
 地球プロレスの代表である済木象璽楼氏が昨夜、地球プロレスのホームページに世界王座を廃止する旨を記した文章を掲載した後に自室で首を吊って死亡していたことがわかった。
 そばのテーブルに置かれた紙に鉛筆で「俺の夢は終わった」と書かれていたことから、警察は自殺の方面で捜査を続ける方針であるという。
 八百長リング禍、刺殺事件と社会を騒がせていた一連の地球プロレス問題は、済木象璽楼氏の自殺という最悪の形で収束を迎えたのかもしれない。