プロレスリング散空抱地 〜人類選抜戦〜

 ディーヴァズブラッドの『ナクサエレメンツ』が流れる。美しいピアノのリズムを背景に激しいラップが刻まれ、サビに入ると、それらが溶け合うような美しい歌声に変わる。
 朱雀哉眼が登場する。声援とブーイングと静かな拍手が彼を迎える。
 リングアナ「185センチ、85キロ。朱雀哉眼」
 アナウンサー「中野さん、朱雀選手には既に多くの女性ファンがついているそうですよ」
 朱雀哉眼はゆっくりと歩きながら通路を進んでいく。
 解説者「男の俺からすれば掴めん奴だがな。今どきはこういう奴がモテるのか」
 アナウンサー「姫河選手も結構女性に人気があるみたいですよ」
 解説者「マジか?」
 朱雀哉眼がリングに上がり、観客を無視するように下を見ながら、拳を高く上げる。
 アナウンサー「私の経験からすると、姫河選手のように厚みのある男性も意外とモテているような気がしますね」
 解説者「マジでか」
 アナウンサー「姫河選手といえば先ほど、リハビリをしている映像が流れました」
 解説者「お前の経験?」
 コールデストストームの『SKドリーム』が流れる。レゲエテイストを盛り込んだ激しいロックナンバーだ。SKハーシュが入場口に登場し、『SKドリーム』の激しさに呼応するようにカラフルな花火が次々と噴き出して鮮やかな人工の虹を作りだす。
 リングアナ「162センチ、75キロ。SKハーシュ」
 SKハーシュは軽快に走りだしてリングに向かう。
 試合が始まる。
 リーチに勝る朱雀が豪快に蹴り技を繰り出していく。
 強烈なハイキックをSKハーシュがかがんで交わす。
 解説者「身長差によって、朱雀はハイキックをミドルキックの要領でだすことができる。このアドバンテージは相当にでかいぞ」
 SKハーシュはしゃがみ、足を絡ませて倒そうとするが、朱雀はバックステップで交わす。
 SKハーシュは立ち上がり、激しく打ち合う。
 朱雀がボディブローをヒットさせ、続けざまにハイキックを出し、SKハーシュは腕でブロックするが、一瞬よろめく。
 アナウンサー「今度は交わせませんでした」
 解説者「ボディからのつくりが上手かったな」
 朱雀が続けざまに右ストレートを出す。SKハーシュはカウンターで腕を取って投げる。
 アナウンサー「予測していなければできない動きですね」
 解説者「ハイでぐらついたのはSKハーシュのまいたエサだったのかもしれん」
 アナウンサー「信じられない攻防です」
 朱雀はマットに倒れ込み、もつれて上になったSKハーシュがマウントポジションがら高速のパウンドの雨を降らせる。観客席が大きく沸く。
 SKハーシュは立ち上がり、朱雀を残してロープに走り、跳ね返ってジャンプし、朱雀の顔面に肘を落とす。
解説者「SKハーシュのアドバンテージはこのスピードと卓越した技術だな」
 アナウンサー「秒速2キロフラッシュからダイビングエルボーまでの流れは美しくさえありました。芸術と言ってさえ過言ではないかもしれません」
 解説者「だが、これはれっきとしたアートなんだよ、金井。芸術みたいじゃない。れっきとしたアートなんだ」
 朱雀が手で顔を覆って悶えている間にSKハーシュはロープに走る。
朱雀はすぐさま持ち直して立ち上がりかけるが、視界にSKハーシュがいないことに気付いて咄嗟に再びマットに身を伏せる。
 背後からSKハーシュがその上を飛び越え、反対側のロープから跳ねかえってくるが、、既に体勢を立て直していた朱雀哉眼のシャープなハイキックを出す。
 身を低くして交わしたSKハーシュは右足で朱雀の軸足を払い、バランスを崩して倒れた朱雀はSKハーシュの足を抱きかかえてテイクダウンしようとするが、SKハーシュは後退して身を交わす。
 朱雀哉眼は後転して距離を取りながら立ち上がる。
 SKハーシュが前に出てラッシュを仕掛け、激しい乱打戦になるが、朱雀のボディやジャブが的確にヒットする。
 解説者「キックボクシングでは朱雀がやや上か。マッスルファンクションの格闘エリートは伊達じゃないな」
 アナウンサー「朱雀哉眼はあのマッスルファンクションの出身者です」
 朱雀哉眼が畳みかけてコーナーに追い込む。
 左右の連打。
 SKハーシュロープに飛び乗って足を朱雀哉眼の顔に叩き込む。
 朱雀は効いてよろめく。
 SKハーシュは前に出てパンチの連打。
 朱雀は腰を折って後退するが、倒れない。
 Skハーシュは素早く懐に入って左のアッパー。
 左右のフックの連打。右のロー。ボディに左の膝。顎に右肘。
 顎に左のジャンピングニー
 朱雀はロープに当たって跳ね返り、SKハーシュと体を入れ換える。リング中央で何とか振り向いて迎え撃つが、SKハーシュが追撃に行く。
アナウンサー「ここまでのラッシュは見たことがありません」 
 ジャンプしながら右の肘を顎に当てる。
 朱雀はロープにまで飛ばされ、SKハーシュはそのままの勢いで突進するが、朱雀のカウンターの前蹴りが顔に当たる。
 アナウンサー「ブート!!」
 解説者「決まってしまったか。立ち上がれるとは思えん」
 SKハーシュは倒れて動かなくなる。観客席が静まり返る。
 朱雀哉眼は前髪のごみを払ってからリング中央に仰向けに倒れたSKハーシュの方に歩いて行く。そしてそのままSKハーシュの体の上を歩く。
 アナウンサー「アイウォークアローン!!アイウォークアローンだ!!」
 満員の観客席を暗い沈黙が支配する。
 解説者「くそっ。やめてくれっ」
 SKハーシュの体を渡りきった朱雀哉眼は立ち止り、あやしい笑みで観客席を見上げる。
 カメラは観客席上段で怯えている夫婦の表情を映し出す。その後ろでは少年が、母親らしき人物の手に目を覆われている。
 解説者「もう勝負は着いていた。朱雀はカバーしさえすれば良かったんだ」
 朱雀哉眼はマットに両膝を付き、嘲るような表情で失神したSKハーシュの顔を覗き込んで、右腕一本で抑え込む。
 レフェリーがカウントを取る。
 レフェリー「ワン、ツー、スリー!!」
 ゴングが鳴る。
 朱雀哉眼は立ち上がり、片腕を上げる。
 朱雀哉眼のテーマソング、ディーヴァズブラッドの『ナクサエレメンツ』静かに流れる。
 アナウンサー「アイウォークアローン。朱雀哉眼は勝利するためにはSKハーシュをカバーすればいいだけでしたが、この技を出してしまいました。そこまでする必要はなかったのに」
 解説者「レフェリーは早めに止めるべきだった。朱雀哉眼という男が背負っている業の深さというものを感じたよ」
 朱雀哉眼がリングを降りて会場を去る。リング上に伸びたSKハーシュが映し出される。
 突如、観客席からどよめきが起こる。
 緑のロングタイツを履いた赤髪の男が元気よく通路を走って行く。
 男はロープの下からリングに上がり、伸びているSKハーシュの前に立って見下ろす。
 観客席からその男に対して激しいブーイングが飛ばされる。
 男はコーナーまで下がると、ロープに足を掛けてコーナーポストのてっぺんまで上がる。
 そこにしばらく座って、瞑想するように目を閉じ、ヒーリングミュージックを聞いているかのような表情で投げかけられるブーイングに聞き入っている。
 そして、目を開けると立ち上がり、飛び立って背面宙返りでSKハーシュに衝突する。
 ブーイングは衝突の瞬間に増大し、激しい悲壮感を帯びる。
 アナウンサー「グロリアスデイ。あまりにも無慈悲です」
 解説者「こんなに胸の悪くなる夜はないな。俺の人生最悪の日だ」
 男は立ち上がり、無表情でSKハーシュを見下ろす。
 その顔がアップでスクリーンに映し出される。
 突如、客席から希望に満ちた歓声が起こる。
 スクリーンに大写しになった顔は何事かと当たりを見回す。
 一人の逞しい男が通路を全力で掛けてくる。
 リングに上がると、緑タイツの男にクローズラインを仕掛ける。
 緑タイツの男はかがんで交わし、振り向いてから後退し、ロープから跳ねかえってくる男を手を上げて制する。
 そして、体を前に向けたままゆるゆると後退して器用にリングを降りる。
 緑タイツの男はリングを降りてからも体をリングに向けたまま後ろ歩きで下がっていく。
 リング上の男はSKハーシュの身を案じて駆け寄り、膝を付いて話しかける。
 そして、SKハーシュの無事を確認すると、立ち上がってリングアナにマイクを要求する。
 野上拓馬「もう忘れたのか、阿杜。来週、ここ雅婁馬アリーナのこの場所で、世界王座戦が争われる。出場選手は誰だったかな、阿杜。お前の大好きな雅婁馬さんに聞いてみろよ。お前に逃げ場所はないぜ。隠れる場所もな」
 観客席から歓声が沸き上がる。
 リング上で闘志に満ちた表情の野上拓馬が映り、次に入場口の下で苦々しげな顔で野上を見上げる阿杜未森が映る。
 アナウンサー「プロレスリング散空抱地。今週はここまでです。来週の世界王座戦にご期待ください。さようなら」
 溶暗。