爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「気候変動を理学する」多田隆二著

地球科学専攻で古気候学専門の東大教授の多田さんがサイエンスカフェで一般(かなり知識はある人たちのようですが)の人々を相手に古気候学の最新の研究成果について5回に渡り話した内容をまとめたもののようです。
二酸化炭素温暖化説が脚光を浴びるようになって以来、それに反対する説も出て騒がしいばかりですが、単に温室ガス効果で温度が上がりますというだけのものでもなく、またそれを否定するだけの説もまた不十分のようで、地球規模の気候の変動というものは実に多くの現象からなっているもののようで、それらを考慮しなければ軽々に論じることは難しいようです。

全球凍結と言う説も出たのはごく最近の話であり、1980年代になってようやく発表されたものの、最初はまったく相手にされなかったようです。いったん凍結してしまうとそこからまた融解するということが考えづらかったためですが、1992年になってカーシュビンクという研究者が全球凍結から融解までのメカニズムを解明して発表しました。しかし、その説が広まるには10年以上かかったようです。
その説によれば全球凍結は22億年前と6億年前の2回、何らかの理由で大気中の二酸化炭素が減少して全球凍結、そうすると地上の岩石の化学風化が止まり鉱物による大気中の炭酸ガスの結合が止まり二酸化炭素濃度が上昇、
さらに火山の噴火により二酸化炭素が大気中に供給され濃度が上昇、そして全球凍結解除と言うことになるそうです。

なお、全球凍結にいたる過程というものはまだ仮説が林立する段階ですが、これには生物の発生が関わっているという説があります。地球の初期の大気はメタンが多かったのが生物により消化されて二酸化炭素になってしまった。メタンより温室効果が少ないので急激に気温が下がったというものです。また二度目の凍結は多細胞生物が発生したのと同時期ですが、有機物としての二酸化炭素固定が急激に起こったのではないかということです。

気候変動には太陽からのエネルギーの変動も大きな影響を与えます。現在は氷河期の最中なのですが、これまでも氷河期というものは定期的にやってきています。この原因についてセルビア天文学者ミランコビッチが太陽の明るさの変動パターンをミランコビッチサイクルとして発表しました。この要素は3つあり、地球の公転周期の離心率変化、地軸の角度の変化、歳差運動の変化ですが、それらをすべて合わせても地球全体の太陽から受け取る光線の明るさの合計は変わりません。しかし、それが南北の半球のどちらになるかで地球全体の温度の傾向に影響が出るということです。つまり、南半球は海が多く、北半球は陸が多い、そのために比熱が南北で異なるからだそうです。
したがって、ミランコビッチサイクルが気候に影響を与えるということは、大陸移動により南北の比率が変わるということの影響でもあるということです。

二酸化炭素の量が気候に大きな影響を与えるとしても地球表層における炭素は循環しており、その存在量も変動します。一番大きなものは海洋での溶存無機炭素の形ですが、大気中の炭酸ガスを海中に送り込むシステムは生物ポンプ、アルカリポンプ、溶解ポンプの3つが考えられるそうです。
また海中でも深層水が循環しているという説があり、高濃度に炭素を溶かした深層水が地球規模で循環しているということのようで、グリーンランド沖で沈み込んだ深層水が大西洋から南極、太平洋をぐるっと回って最後にまたメキシコ湾流にのりグリーンランド沖に戻るというものです。

映画「デイ・アフター・トマロー」ではこのメカニズムに基づく急激な気候変動というものを描いていました。もちろん映画は起こりうる事態を非常に誇張して表現していますが、気候学的に見てもあり得る事態ではあるそうです。
大西洋北部で大きな氷の塊が一気に溶け出すことで塩分濃度が急に減るということが起こったことがあるという証拠があるそうです。それにより深層水の循環システムが崩壊し気候の大きな変化が起こったということです。
温暖化で部分的にしろ急激な気温低下が起こるというのも変な話と思っていたのですが、実際に理論的に起こり得ることだそうです。ただし、映画ほどのダイナミックなものではなく3年ほどの期間に気温が10℃低下するというものだったとか。

太陽活動自体の変化というものも影響を与えるもののようです。ただし、光の量の変動と言うものはどうやら0.1%程度とごく小さいものと言うもので、その影響を疑問視する研究者も多かったようです。しかし、この光の変動を周波数別に細かく分析すると可視部ではあまり変化しないものが紫外部・赤外部ではかなり大きい変動があることが分かりました。紫外線の量の変動というものは実は宇宙線の流入量に影響を与えます。それにより水蒸気の発生が影響を受け雲の量が変動し気候への影響が出るということもあるそうです。

気候変動では中世温暖期、小氷期といったものの存在が知られていますが、こういった気候変動も実はよく知られているヨーロッパでの影響は判っていたものの全地球的な解明は進んでいませんでした。その研究が進んでくると、実は全地球的に見るとこのような変動も平均気温としてはわずかなものだったそうです。つまり、地球全体として暑くなる・寒くなるという単純なものではなく、どこかの地域の温度が急激に上がり、別の地域では下がるといった地球規模での気候バランスが変化するといったもののようです。

このような微妙な気候制御のシステムに対して、やはり急激な二酸化炭素の人工的な増加と言うものが影響を及ぼすという可能性は強いということです。これまでの制御システムによる変動の3ケタくらい上の変動が起こっているので、制御システムがうまく働かなくなるかもしれません。気候と言うものがバランスの上に成り立っていて崩れると別の状態にジャンプするということもこれまでにもあったようで、著者はそれが起こることを恐れています。

地球科学とそれに基づく気候学というものは近年非常に力が入れられ進歩しています。最新の学説から目が離せない状況だと思いますが、それにしても実際の世界の動きはそれとはまったく大差のある状態です。鍋で徐々に煮られるカエルといったものなのでしょう。