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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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1953-11-22

僧とは学会幹部


 東洋哲学の根源を説くならば数限りないが、今日出た言葉の中から話す。

 午前中のは方法論、実際であるが、今は原理について話そう。

 ここで一言弁明しておきたいことは、私が先刻、赤ん坊を抱いたことであるが、未来の青年部を紹介したのである。

 さて、いま柏原君の話の中に「破和合僧」とあったが、僧とは社会を指導し、人を救う資格をもつのが僧である。中では互いに憎しみ、猫がネズミを窺うようなのは、形は法衣をまとっても僧ではなく、いまの学会の組長、班長が一生懸命で一切の人々のために働いている姿こそ、真の僧といえるのである。この結合を破る者には必ずがある。

 嘘だとったら、やってみ給え。和合僧とは、法上の哲理をもってすれば、学会のことである。

「異体同」という言葉をよく聞くが、このことは間違ってはいけない。夫婦のがいつも同じでいられるかどうか。親子が同じなのか。まして、他人のが同じか。みんなは同というが読めないから、信を誤るのである。


【第9回総会 午後 1953-11-22 東京中央大学講堂】