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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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1957-08-20

僧俗一致していた寺はなかった


 昔から僧俗一致ということが、我が宗内では叫ばれている。ところが、僧俗一致していたような寺はなかった。

 なぜないかという理由は、この信者側も悪い。坊さん側にもある。なぜかというと、お坊さん側では、信者を子分か家来のようにして使おうという頭がある。信者側では、坊さんを養っているという頭がある。

 ある御尊師が言うた言葉ですが、「どうも、旧信者は金を出さないで文句ばかり言っている。困ったものだ」というお言葉を承ったことがありますが、これは冗談であるか、嘘であるか、本当であるか、私は知りません。この点を直さなければならんのです。

 ただ、お坊さんの中でも、人格が高く、学問の深い方は、何も問題は起こっておらない。言葉でも不快気分を与えないだけの気持ちを信者に起こさせる。

 自分に力がなく、また、いい加減だというと、信者の実力ある者の機嫌をとって、そうして、その自分の地位を安定せしめようとする坊さんがある。そういう坊さんに機嫌とられた信者は、必ず退転して、ロクな目にあわない。

 いつも、夕張だけは、他もまた行きますけれど、ここで最初に注しておくことは、お坊さんに己(おのれ)はお世辞を使わないで、そして、どこまでも尊敬する。尊敬とお世辞は違います。ここは紙一重の差がついている。尊敬する。そうして、できるだけこのお寺の御僧侶が不自由のないようにすることを掛ける。

 その代わり御尊師に、もし間違いがあるならば、陰口なんて利(き)かずに、正々堂々と忠告すること。これはになりません。陰口はになります。だが、面と向かって堂々と話すことは決してになりません。しっかりやりなさい。


【正妙山興隆寺落慶入法要 1957-08-20 夕張・興隆寺】