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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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1960-01-01

『若き日の日記』に学ぶ第三代会長就任:昭和35年


11日


 午前6時、起床。厳寒のであった。


 全員で、前に端座。

 自分、妻、長男博正、次男久、三男尊弘、家内一同、大御本尊に厳護いただきし報、やみがたし。


 戸田城聖先生に、深く、新たなる本年の決を誓う。妻、その中を知るがごとし。


 立宗708年、いかなる年が開けたか。いかなる年が展開されゆくか。全学会員のいよいよの信と、幸福と、躍動を、祈らずにはいられなかった。とくに、大幹部の自覚と真剣さを欲する――と。


12日


 、ゆっくり起きる。妻より誕生日であるのに、顔色悪しと配される。どうしてこんなに疲れるのか、見当がつかぬ。決して、病に負けぬから、配するなと笑う。(中略)


 丑寅の勤行まで、一睡もせず。寒きゆえか、方までも眠られず。床の中で、大客殿建立寄進の構を、真剣に練る。

 嬉しくう。誇り高くもえる。ひとり、広布の陣頭でしみ、尽くすことは。


 今年は、学会にとっても、自己にとっても、大事な年に入ったじ。ただただ、大御本尊様にお導きいただくほかに、わが途(みち)なし。


14日


 この一年で、信の決定(けつじょう)と身体の健全を、本格的に計るを決する。

 政界は、次期総裁の決定の年となるか。


 宗内には、日達上人猊下のご登座。政界には、池田勇人か。

 また学会の最高責任者も決定せねばならぬ年か……。


16日


 戸田先生あっての学会であった。先生なくして、学会はありえなかった。よって、先生を中として、全学会のことを考えるならば、しぜんに現状も、領解(りょうげ)できうるはずだ。


 先生を利用し、自己の立場を利するために主観で語り、主張することは、恐ろしいことである。女には、とくにこのような姿が多い。


17日


 2〜3の先輩理事に、学会の本質、亡き先生の胸中を語ってあげる。エゴイストにならず、可愛い学会員のために、わかってもらいたいものだ。


 夜、青年部首脳来宅。共に会食。7年後、14年後の構を語る。わかったか、わからぬか。信じたか、信ぜずか。


19日


 8時過ぎ、本部に帰り、師の遺命である大客殿、正本堂の構を語り、真剣に取り組むよう、厳しく指導する。


 真剣な人あり、無責任の姿の人あり。

 師去り、いまだ2年たるに、その精神の、はや腐りゆくことを防ぐのみ。


110日


 遅くまで起きている。索に索の針が止まらぬ。妻、身体のことを配してか、早く休んだらという。


111日


 夕刻、N氏の関係者とKにて談合。新聞用紙の問題をば、種々打ち合わせる。

 いかなる会合にありとも、先生の精神と姿が、目に映ってならぬ。


112日


 昭和22年、19歳にて入信。その日、824日、勤行、受戒、堀込尊能師のお話ありて、その時間、午後1時ごろより3時ごろまでとおぼゆ。


 家、裕福ならず。兄弟4人まで、戦地に出征なれば、やむをえず。温厚実直なる父であり、母なれど、その労をわば、涙あり。


 親の偉大さを、沁々(しみじみ)と知る昨今となる。平凡な、正直一途の親なれば、尊敬の、深くなるばかりなり。


 昭和22年秋より、ひとり決して、戸田城聖先生の講義を神田にてうく。真剣なりし。この師のもとならばと、決一段と固まる。友らは喜々とした姿なれど、わがは、静かにして常に変わらず。


 昭和24年、13日――。

 戸田先生の牙たる日本正学館に、編集員として入社。戸田先生の弟子となりし、第一歩なり。われ懸命に、お仕え申し上げる。


 人生、社会、学会の厳しさ、次第に知り、勉強を真剣に始む。


 昭和25年、822日、東京建設信用組合の敗北。戸田先生にとって、第二のともいうべきか。ひとり、師と、決めたものの約束として奮戦努力する。この時期、最大なる人間革命となることを覚ゆる。


 この一年の、師と共にありし死闘と因縁が、かくまで福運と変わり、宿命転換となるかをわば、実に正法の不議なるを知覚す。


119日


 体重が減ってくる。

 昨年4より、3貫目も痩せたるか。困ったものだ。病死魔は、厳しく、恐ろしい。


 妙法の信あれば、本有の病にして、大悪これ大善にかわらぬわけがない。この一年で、必ず回復してみせるぞ。罪の消滅ということは大変なものだ。


 重い身体をして、本部へ行く。幾十貫の錘(おもり)を、背に入れているようだ。


120日


 学会本部、日一日と活気を呈す。無言のうちなれど、何かを願い、何かに向かって胎動しているごとく。


126日


 午後、本部幹部会の打ち合わせ。第一応接室。


 理事全員、老いたる理事、若き理事、保身の理事、捨て身の理事――この姿を、否、胸の中を、牧口先生戸田先生が、厳しく見ておられるいであった。


127日


 日蓮正宗総本山より、お代替りの儀式の発表がある。学会は、10万の総登山を決行することにする。

 隆昌(りゅうしょう)の宗門。

 学会の現状。近く、梅の花が咲こう。桜の花が満開になってゆこう。


 夜、H氏、その他数人の友らと、食事をしながら、未来の学会の構を語る。


 真剣な眼差しの、若き将たち。

 今日一日も、無理をしすぎる指揮。

 学会の将来も、広布の未来の責任も、自分ひとりになってしまった。


 帰宅後、ひとり、大客殿建立のことを練る。御供養の時期、御供養の精神、その指導、発表の仕方、委員のメンバー、起工式の日取り、完成の時期、設計者等々、ひとりで考え、ひとりで雄大なる広布の、構を考える。


 因果の二法なれば、その福運も大であろう。師に歓んでもらいたい。

 師が見ていてくれれば、万事それでよし。


21日


 身体、実につらい。宿命打開の闘争。

 断じて負けてはならぬ。嗚呼。


25日


 左肺、一日中痛む。気持ち悪し。


 かつて、戸田先生が、法を学する者が自らの生命を解決できずして如何(いかん)、と沁々(しみじみ)とわれに申されしことあり。極言、至言、宝言なり。自己のたゆまざる修練の必要あるのみ。


211日


 戸田先生のお誕生日である。ご生存なれば60歳。還暦であられる。妻と共に、そのことを語り合う。先生の子供のごとく、娘のごとく。


 先生逝って、はや2年が近づく。早いともいえるし、全く長かったともえる。ただ、なんとなく恐ろしきが、頭に重い。責任、先輩、実績……。


215日


 理境坊に帰ると、猊下より電話あり。

 前会長は、たびたびお会いに来てくださった。

 戸田会長の遺志を継ぐ貴男が、大奥に来ないとは――不服である云々と。

 即座にお目通り。種々懇談。

 わが子のごとく、信頼と、お歓びの様子。

 ありがたき哉(かな)。


216日


 新たなる、学会の前進近し。誰人が知り、誰人が喜び、誰人が待っているか。


217日


 学会内にも、新旧の考え方に、断層が見えてきた。幹部の進歩、保守、信の向上の者、怠惰の者らが、私には見える。余りにも。


225日


 戸田先生の指導を忘れゆくことを怖(おそ)る。い出せば、雑記帳に誌(しる)す。


37日


 学会も一日一日、大事な段階に入ってきた。人びとは、何も知らず。幸せそうだ。


316日


 2年前の今日、化儀広宣流布の“記式典”を、総本山大石寺にて行う。

師の言なり。義深し。

 この日を、永久の広布実現の日の、開幕とすべきなりと、青年幹部に残す。

 陽春のこの日より、大儀式を行うことにい深し。化儀の広布の大式典は、一日にして終了するものではない。半年間の大切な日を簡(えら)び、展開させてゆくべきである。


321日


 一日一日と、53日が近づく。人びとは平凡にそれを待つ。しかし私は、いまだ自ら口に出すわけにはいかぬ。余りにも大事な、厳粛なることであるがゆえに。


 42日は、師の3回忌。この2年――何をしたか。直弟子として、何を報告すべきであるか。勇気なきわれに、叱られしことのみ多きか。


322日


 先生が亡くなり、自分の地位と権威を利用して、いばる人あり。その女房もまた同じ姿あり。愚かや、愚かや。皆も困っている。自分がしっかりせねばならぬを、深く配す。二重、三重の労あり。


329日


 3回忌近づく。宗門の内外に、戸田先生の偉大さが次第に浸透してゆくことだろう。その原動力は、遺弟の責務であろう。それを忘却せしものは、真の弟子に非ず。真の弟子、幾人ありぞや。

 先生を利用して、自己の保身に汲々たる者はなきや。厳しき師なきゆえに、要領と権威に流されゆくものなきや。


330日


 本部第一応接室にて、理事長より、全幹部の向なりと、また機熟したので、第三代会長就任を望む話あり。


 初代会長牧口先生と、二代会長戸田先生の、厳しく親しみに溢れた写真の下である。


 我侭(わがまま)なれど、きっぱり断る。疲れている。

 学会の要となって、指揮を執りゆく責任は果たす。しかれども会長就任は、7回忌にでも共に考えてゆこう、と。


 一日一日、津波に押し寄せられゆく深し。学会をただ一人、厳護してゆかねばならぬ責任のわれ。し。


45日


 53日の総会も、日一日と近づく。皆の期待を(おも)うと胸し。余りにもし。


 久遠の闘争――若き広布の将軍は、矢面に立たざるをえぬ運命なのか。


47日


 一日一日、重大なる使命を痛せざるをえなくなってきた。惰のうえに立った指導者なら楽だ。しかし、開拓と建設に邁進(まいしん)する運命に立つ指導者には、勇気がいる。要領など微塵も考えられぬことだ。困った。


49日


 本部にて、遅くまで臨時理事会を開催。第三代会長の推戴(すいたい)を決定の由、連絡を受く。丁重にお断りする。


 胸奥に、嵐のごとく宿命が吹きゆく。全生命に、使命の怒涛が押し寄せては、返していく。宿習の太き綱が、余りにも強く、厳しく、締まりゆく。


 妙法蓮華経――戸田城聖先生――7回忌まで、余裕ある人生と闘争とを――32歳――若い。


 7回忌――満36歳――数え37歳――日興上人様の御相伝を受けられた年であられる。

 誰か――疲れ果てたわれに代わり、指揮する者ぞなきか。嗚呼(ああ)――。


 語る人なし。わが煩悩を、静かに見守る妻。


410日


 重しきであった。いかにしても。

 力強き勤行をいたさんとすれど、胸に鉄板をはめてあるごとし。境地冥合の……。


411日


 午後3時30分より、本部会議室にて、緊急理事会。第三代会長決定の重大会議。所詮、断りきれず、自分が大任を果たす運命となるか。幾度か断れど、いかにしてもやむをえず、決せざるをえぬか。


 御(ごぶっち)とはいえ、実にしむ。言語に絶する緊張を(おも)う。


 大御本尊様は宇宙大であり、永遠無量であられる。ただ、おすがり申し上げ、指揮をとる以外の何ものもなし。

 青年だ、男子だ。堂々と前進してゆこう。怒涛と嵐と、山と砂漠を乗り越えて――。


 身体疲れてならぬ。全学会員のために、大切にせねば――。


412日


 身体の調子、よからず。


 午後、H理事、Z理事とNにて会う。第三代代会長への、皆の強い願望の伝言あり。私は、お断りをする。


 胸奥には、戸田会長の紹継は決すれども、形式的には、どうしても返事をできえず。矛盾あり。わが――。


 会長は、7回忌まで延期の由を伝う。再三、再四、理事会を催している様子。皆の困惑の姿、よくわかる。すまぬい、多々。


414日


 午前8時30分、家を出る。足重し。


 再び、第一応接室にて、第三代会長の願望をば、理事長はじめ、3理事よりうける。時、10時10分なり。断ることができえず、しぜんに承認の格好となれり。運命いかに。


 皆の歓喜の波――皆の小躍りしゆく姿――。


 理事長ら、ご遺族も、皆、待っているとのこと。


 万事休す。この日――わが人生の大転換の日となれり。


 やむをえず。やむをえざるなり。戸田先生のことを、ひとり偲(しの)ぶ。ひとり決す。


415日


 次期決戦への、陣列の態勢を考える。

 師の7回忌を目指して、本門の出発だ。


 勝利の連続の4年間でありたい。

 昭和39年。この年の42日と、そして、その年の53日の大総会に勝って臨みたい。


 戸田会長に、直弟子として育てられたわれが。訓練に訓練をされてきたわれだ。なんで戦いが恐ろしかろう――ごを返す時が来たのだ。


 日本の歴史、世界の歴史を創りゆく戦いなのだ。人生にあって、男子にとりて、これにすぐる誉はなかろう。


 戸田城聖先生 弟子 池田大作


 53日、第三代会長就任式決定。

 本部内、次第に多忙となる。(中略)


 一漁師の子、池田大作、遂に広布の陣頭指揮に起つ。一大事の宿命を知覚するのみ。諸天も、三世十方菩薩も、護れよかし。


 の所作ということを、今回ほど深刻に考えたることなし。重大なる今世の修行を、胸奥から、恐懼(きょうく)す。


 所詮、大御本尊様を、持(たも)ちきることだ。信じ行じることだ。強盛な信が一切である。この法の力によりて、全てが決定されていくのだ。


426日


 身体の疲れ、重なる。

 本部、静寂のなかに、緊張あり。一日一日、幹部も、真剣になっている。


 これからの4年間を、全力を尽くし、勝負を決せねば――。断じて、指揮をとる。


 4本部幹部会――台東体育館。午後6時、開始。


 新会長の挨拶となる。諸兄諸姉、皆、から喜んでくれる。私は、人間らしく、青年らしく、今までと少しも変わらず指揮をとる旨、無作の境地で話す。


 帰り、T夫妻と新橋にて会食。


 身を鍛えねばならぬことを、痛切にずる。

 5より、わが本門の活動か。


53日


 創価学会第三代会長に就任。


 日大講堂にて12時――推戴の総会開始。


 昨夜来の疲れ、少々あり。


 師の喜び、目に浮かぶ。粛然(しゅくぜん)たり。


 生死を超え、今世の一生の法戦始む。


 わが友、わが学会員、から喜んでくれる。


 将らしく、人間らしく、青年らしく、断じて広布の指揮を。


54日


 疲れる。


 第一段階の闘争の目標――。

 師の7回忌までの4年間の構を練る。

 ただ一筋に、昭和39年を。


 諸天の加護を、深く知覚す。われ、地涌の菩薩なり。


 大幹部会――皆、嬉しそう。


 新たに学会は回転し始めた。うなりをもって。躍動の生命体。