Hatena::ブログ(Diary)

斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 創価王道を検索

1978-01-25

奈良支部結成17周年記念幹部会


 万葉の香りも高き白鳳山明日香文化会館で、久方ぶりに奈良の同志の皆さまと、勤行・唱題し、ともどもに広宣流布を祈し、自身の一生成を願い、また、先祖代々の追善法要ができたことを、最大の幸福としみじみずるものである。

 奈良へ来てうことは、若草山のことである。その若草山は必ず一年に一回、山焼きといって焼かれるという。しかし、その焼かれた若草山には必ず、また春になれば、根があるがゆえに若草が萌え出ずる。

 人生もまた、同じである。根がある人は必ず、また栄える。その根とは信であり、福運である。その根をより強く、より逞しく張ってゆくならば、一族、眷属が永遠に繁栄しゆくのである。また、和合僧という根を地域に張り巡らせてゆくえば、いかに三障四魔の火で焼かれても、また時が来れば、青々と蘇生してゆくことは間違いないであろう。

 自信をもって、決して焦らず、着実に、自身の福運の根と信の根を、また、地域の広宣流布の根を張っていただきたい。


1978-01-25 奈良・明日香文化会館

1978-01-01

新春メッセージ〜『一年有半』


 信頼し、期待する高等部の皆さん、新年おめでとうございます。だれもが清新の吹につつまれる新しい年の明け――諸君にとっては、ひときわ希望と抱負に胸ふくらむ元であろうと、私は信じております。

 日のたつのは早いものです。古来“少年老い易く学成りし”といわれるように、とくに若い時代の一年は、あっという間に過ぎ去ってしまいます。それだけに、かけがえのない青春時代の日々を、悔いなく大切に送ってください。

 私がちょうど諸君たちの年代のころ、興味深く読んだ本に、中江兆民(篤介)の「一年有半」「続一年有半」があります。“東洋のルソー”と呼ばれ、波乱万丈の生涯を送った。

 この人物については、ご存じの諸君も多いといます。その彼が晩年、喉頭ガンにかかり、余命一年有半の宣告をうける。以後約半年間、病床でガンと闘いながらつづられたのが、この本であります。

 人物論あり、時勢論あり、そして哲学論ありで、筆は縦横におよび、とても死期を間近にひかえた人のものとはえない。そのなかに、次のような一節がありました。もう一年半しか生きられないという、周囲の愁嘆のに対して、兆民はいうのであります。

一年半、諸君は短促なりと曰はん、余は極て悠久なりと曰ふ、若し短と曰はんと欲せば、十年も短なり、五十年も短なり、百年も短なり(中略)若し為す有りて且つ楽むに於ては、一年半是れ優に利用するに足らずや」と。

 まことに、気軒昂であります。そして兆民は、事実、数かの間に、文字どおり「一年有半」「続一年有半」と題する遺稿集を、後世に残したのであります。私は、病んでなお「若し為す有りて且つ楽むに於ては……」と全力投球をつづける兆民の気にほ、おおいに学ぶべき点があるとっております。

 まして洋々たる未来に向けて、前途有為なる諸君であります。私をはじめ先輩は、そして世界は諸君を待っております。一日たりとも無為に過ごすことなく、若人らしい、努力と精進の、黄金の日記帳を刻んでいってください。

 そのさい私が、とくに強調しておきたいのは、持続ということの重要であります。長い一生においては、一見つまらない、無味とわれるようなことに取り組まなければならないときも、あるものであります。しかしそれは、かならずしも無味であるとはかぎりません。しかもそれを避けずに、挑戦し続けたという事実は、間違いなく生涯の財産となっていくものであります。

 アメリカのプラグマティズムの創始者であるパースは、カントの「純粋理批判」を毎日2時間ずつ、3年間かけて読んだといわれています。ひとつのエピソードですが、読書にかぎらず、人生には、そのように長い期間をかけて学ばなければならない問題だらけであります。いな、人生そのものがそうであるといってもよいのです。ゆえに忍耐強き持続ということが大切になってくるのであります。

 どうか諸君は、あせって挫折したり、劣等のとりこになったりすることなく、順調のときも逆境のときも、勇気ある挑戦の日々を送っていってください。諸君の前途に、かぎりない展望が開けゆくことを確信しつつ、私のメッセージとさせていただきます。


【高校新報 1978-01-01付】


※このメッセージから一年半後に会長勇退となった。

Connection: close