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1989-07-27

「新鮮さ」の魅力で新時代を開け


 時代の波は急速に動いている。その中で、来(きた)る21世紀に誰が勝つのか、誰が新世紀を手中にするのか。今、生き残り(サバイバル)を賭けた熾烈(しれつ)な戦いが本格化している。経済界しかり、財界しかり、文化の世界も同様である。また、国も、団体も、個人においてもそうである。

 この時に何が必要か。最も重要なものは「新鮮さ」の魅力である。「新鮮」であるかどうか、「フレッシュ」かどうか――ここに勝敗の決め手がある。


 ともかく時代のテンポは速い。情報量も巨大である。人々は何でも直ぐに「飽きて」しまう。全ては直ぐ“古く”なる。そして、どんどん捨てられてしまう。

 言い換えれば、現代は「新鮮さ」そのものが「力」を持つ時代だといってよい。

 ゆえに、常に時流を先取りしつつ、他のどこにもない「新しい価値」を生み出していかねばならない。

 まず、新しい人材の輩出――。先日、イギリスのサッチャー首相が、若返り人事を断行したが、若い、新鮮な人材をどんどん抜擢(ばってき)していかないと、組織そのものが老い、よどんでしまう。

 私は毎日、若い学生部や青年部の人と会っている。それは、未来のフレッシュな人材の育成のためである。とともに、若々しい生命と触れ合うことで、私自身もリフレッシュされている。


 また、新しい企画、ビジョン、新しい表現、言葉を持たなければならない。新しいネットワーク、組みあわせ、例えば壮年部と青年部の組み合わせとか、新しい地域と地域の連帯、融合といったことが大事である。

 更に、新しい情報、新しい夢(希望)をどう与え、持たせていけるか。そして、新しい生命力をどう発揮していくかである。

 これらを、どう提供し、開発していくか――それが、あらゆる分野の“戦力”のポイントとなる。

 ただし、「新鮮さ」と「奇をてらう」こととは違う。あくまでも現実に即した「新鮮味」でなくてはならない。これが、時代の先取りであり、現代を勝ち抜く原動力である。


 更に、「イキがいい」こと。魚や貝類でも「イキのよさ」が最高の美味である。また、「もぎたて」のフレッシュさ、トウモロコシでも、もぎたての香ばしさ、おいしさは何ともいえない。

「イキのよさ」や「もぎたてのフレッシュさ」を失ったものは、価値が大きく落ちる。人間の組織も、トロンとした目の魚や(爆笑)、腐りかけたカボチャ(笑い)のようになってはどうしようもない。

「素人(しろうと)」の覚も大事である。変に「玄人(くろうと/プロ)」の真似をしないことである。

 とともに、「明快さ」を失ってはならない。何を言っているのかわからないような放し方では、相手の胸に届かない。「明快さ」はをスッキリさせ、「爽やかさ」を与えてくれる。

 また、背伸びしない「素直さ」と「柔軟」をもつことだ。背伸びをして“自分は何でも知っている。何でもできる”などと、虚勢を張ってみせても長続きはしない。結局、自分がしむだけである。同じ人間である。決して特別な人間がいるわけではない。自分に「素直に」生きればよい。

 そして、あらゆる人の見を「聞く」をもつことである。多くの人たちの見を聞き、分析し、次の進むべき道を探る。競争に生き残り、発展している組織は、これを絶対に欠かしていない。言い換えれば、常に勉強し続ける「謙虚さ」を失わないということである。これらを持続できた人や団体こそ、「時代の勝者」となっていけることを忘れてはならない。


 すなわち、「自分自身への挑戦」を常に行うことによって、自らの生命を「リフレッシュ」する。つまり、「自己革新」を連続して行える生命力、それをもつことこそ真の革新なのである。


【創立60周年開幕 記支部長会 1989-07-27 創価文化会館

富士山


 さて、もうすぐ吉川英治氏の生誕100年(1992年)。そのことも記して、私も吉川文学をめぐる対談集(対談者=土井健司創価大学教授)を今秋、上梓する予定でいる。

 氏の『宮本武蔵』は、私が小学生の時、担任の檜山先生が毎日読んでくれた懐かしいい出がある。

 忘れ得ぬ言葉も多い。その一つが「あれになろう、これになろうと焦(あせ)るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ」との一節である。

この言葉は有だが、それでは「富士のように」という、その「富士」はどのように自分をつくり上げたのか。すなわち、富士山はどのようにしてできたのか。このことに少々触れておきたい。

 なるべくわかりやすくするために、ここでは簡潔に概略のみお話させていただく。

 また、話したいポイントは、あくまで「人間」にあり、「生命」にある。その点、ご了承願いたい。


 傑出してそびえる秀峰・富士(標高3776メートル)。まず、富士はなぜ、あれほど高いのか?

 実は、富士の雄大な姿の基礎には、古い二つの火山がある。その二つの火山の上にそびえているゆえに、富士のあの高さがある。

 いわば、現在の富士は「第三代」なのである。


 すなわち、約70万年前、小御岳(こみたけ)火山が噴出する。これが“初代の富士”である。今も、5合目あたりに、その頂上が突出している。

 次に約8万年前、“初代富士”の南斜面で、古富士(こふじ)の活動が始まり、約1万年前まで続く。

 初代の上にできた、この古富士が“第二代”の富士である。

 更に、現在の“新富士”の活動が、約5000〜8000年に始まる。ほぼ現在の形になったのは、約3000〜5000年前とされる。

 これが“第三代”の富士(狭義の富士火山)である。

 つまり、縄文時代(ほぼ紀元前8000年から前200年頃まで)、人々は富士山が、少しずつでき上がっていくのを目撃していたわけである。ロマンを誘う話である。


 ローマは一日にして成らず、あの高峰も一挙にできたのではなかった。

 少なくとも70万年前からの基礎があり、その上に「活動し続けた」からこそ、次第に高く完成されていった。

 何事も「土台」「基盤」が必要である。ピラミッドも上から造ったわけではない。偉大な建設には時間がかかる。いくつもの段階がある。一段一段、積み重ねていく以外にない。

 個人も、一家も、企等あらゆる組織も、国家も、この方程式は同じである。

 広宣流布も、末法万年の、また尽未来際(未来永遠)への壮大な構築作である。今は、その一切の基礎を固めている時である。ある味で、最も大切な、最も激しい開拓と建設の時代である。

 そう自覚しているゆえに、私のは何が起ころうと微動だにしない。ただひたすらに、大切な学会員の皆さまの幸福のために尽くしてゆくだけである。


 富士の中央火口――。ご承知の通り「八葉(はちよう)の蓮華」にたとえられる八つの峰が取り囲んでいる。

 この富士の頂まで、地価のマグマ(高温で溶融している造岩物質)が押し上げられてゆく力は、まことに巨大である。

“三つの富士”をつくった「根っこ」であり、「原点」であるエネルギー源は、地球内部のマグマ溜(だまり)にある。

 そこへの道、つまり「火道(かどう)」が、火口と地価深くを結んでいる。富士がどんなに高くなろうと、この「原点への道」は、いよいよ太く通じていた。

 だからこそ富士は、各時代の活動の一切を「積み上げて」、成長し続けることができた。火道がそれたり、詰まったりしたのでは、あの立派な完成の姿は、あり得なかった。


 人間も、団体も、その「原点」「根っこ」に通じる道をなくしたら、もうエネルギーは出ない。どんなに立派そうな格好を見せたとしても、もはや未来はない。死んだ火山のごとく、形骸化し、風化してゆく。行き詰まったり、堕落してしまった団体のほとんどは、この一点が要因である。

 断じて、烏合の衆になってはならない。「形」ではに。「力」である。常に赤々と燃える灼熱のエネルギーに満ちていなければならない。

 そのためには、「原点への道」「原点からの道」――永遠にそれを閉ざしてはならないと、強く申し上げておきたい。

 大聖人の法は「本因妙」の法である。常に本源の出発点に立ち戻り、そこから新たに前進を開始する。この繰り返しの中に、妙法の正しきリズムにかなう道が限りなく広がってゆくにちがいない。


 さて、富士の姿はまことに秀麗である。それではなぜ、富士はあれほど美しいのか?

 それは富士が、世界でまれな、あの見事な円錐(えんすい)形をつくったのは、「一度の爆発」によってではなく、「活動の繰り返し」によって徐々に形を整えたからである。

 お化粧でも、あわてて(笑い)、「ともかく一挙にやってしまおう」(爆笑)としたのでは、中々うまくいかないのではないだろうか(笑い)。

 それはともあれ、富士の「美」は、長い着実な活動の結果である。人間も修行と試行錯誤の繰り返しで、次第に完成されてゆく。一度に自己完成はできない。地道に、着実に活動した人が最後には勝つ。美しく輝く。


 富士の美しさのもう一つの理由は、現在の富士が、火山としては極めて若い(3000〜5000歳)からである。若いゆえに、「大沢崩れ」は別として、浸食作用や風化による崩壊が進んでいない。


 人間も若々しく活動している時が、最も美しいと私はう。

「動き」にこそ、「生」の本質があり、「人間」の躍動もあり、「美」の光もある。停滞は「死」と「醜」への道である。


 このようにしてできた富士の形は、最も「安定」した形である。誰でも気がつくように、石垣を組んだ日本のも同様の形である。

 地震等の災害や年にも耐え抜いて立ち続ける――。その形は、自然から学んだ先人の知恵なのかもしれない。あるいは、共通の「法則」に合致した結果でもあろうか。

 学会は、「人材の」「人材の山脈」をつくっていかねばならない。

 その道程では、富士のごとく様々な出来事があり、段階がある。それら全ての経験が積み重なって、最も安定した形になってゆく。永遠をもった建設が完成されてゆくのである。


 その味で長い目で見なければ、物事の本質はわからない。そして、長い目で見れば、必ず深い味がわかってくるものだ。特に信の世界はそうである。


【創立60周年開幕 記支部長会 1989-07-27 創価文化会館

1989-07-14

バスチーユ牢獄


 今日、714日は、フランス革命の発端となった「バスチーユ牢獄の襲撃」から、丁度、200周年の記日である。

 本国フランスでも、盛大な記行事が行われている。

 フランス、ヨーロッパのみならず、人類の歴史に深く大きな足跡(そくせき)を刻んだフランス革命。その義について語るべきことはあまりにも多い。現在も尚、様々な議論があり、見があることはご承知の通りである。

 本日は、革命の起点、「バスチーユ襲撃」の義について、一点だけ申し上げておきたい。

 民衆による「バスチーユ牢獄」の攻略と解放。この事件は結果的には、実質的な味よりも、むしろ象徴的な義が大きかった。民衆の精神に与えた影響が決定的であった。

 すなわち、この日、牢獄にいた囚人は何人であったか。外なことに7人しかいなかった。しかも、いわゆる弾圧による“犯”等は一人もいない(4人は手形偽造の罪、2人は精神障害者、一人は家庭争議による依頼入獄)。

 ただ、バスチーユは、人々にとって圧政の社会の象徴であった。先祖以来、しめられてきた「専制政治」と「パスチーユ」は同義語であった。

 楽、威圧的にそびえるバスチーユは、悪しき権力の砦として、人々の憎悪に燃える目に映っていた。

 事実、かつてのバスチーユは恐怖の牢獄であった。罪なき正義の人が次々に犠牲になった。イギリスの同様の施設「ロンドン」も私は見たが、まことに権力の爪は残酷である。

 生命をかけて、こうした悪と戦い抜いた歴史の勇者から見れば、現代において、悪で何か言われたくらいで動揺するような人が、もしいたとすれば、全く気の弱い、幼稚なの人といってよいだろう。


 それまで恐怖の対象であったバスチーユの権威は、この日、民衆の力によって完璧に破壊された。正義が勝った。人々は狂喜して晴れ晴れとした自由と解放の空気を吸った。

 すなわち、バスチーユという権威の「壁」を壊した時、人々が壊したものは実は、それまでの自分自身の臆病にとらわれた「の壁」だったのである。バスチーユを打ち破った瞬間、民衆は自らの臆病さを打ち破った。そこに、この事件の本質を私はみる。

 この「の壁」を破った結果、革命の波は一挙に高まり、沸騰し、奔流のごとく新時代の広大な天地を走り始めた。「壁」の向こうには、解放された無限の舞台が待っていた。

“この世界は、俺たちの世界だ。私たちの世界だ。我々がう存分、自由に叫び、生き、戦い、変革していいのだ。立ち上がった民衆の自由の乱舞を、誰人もさえぎることはできない!”――と。


 弱きの壁を、い切って打ち破った時、そこから「新しい歴史」をつくる「新しい勇敢なる人間」が出現した。

 勇気なくして前進はない。勇気なくして勝利はない。勇気なきところ正義は力を失い新でゆく。

 大聖人も「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(1282頁)と強く仰せである。臆病であっては、大聖人の門下とはいえない。

 人間は人間らしく、信の人は信の人らしく、信仰者は信仰者らしく、毅然と、堂々と、我が道を生き抜いていかねばならない。


 何らかの圧迫を受ける。その壁を破ろうとして全力で抵抗する。そこに「生命力」は増大する。人間としての成長も、進歩もある。その味で、圧迫こそ、自身の新しき可能を開いてくれるのである。圧迫ゆえの進歩――それが生命の法則である。

10の圧迫の力があれば、こちらも10以上の抵抗の力を出せばよい。100の圧迫の力があれば、100以上の知恵と力を発揮して、打ち勝てばよい。人間の生命には宇宙大の力が秘められている。


 何ものにも屈することなく、壁また壁を次々と破りながら、無限に自己を解放し、拡大してゆく。ここに法者の生き方がある。信がある。「生命の法則」に則った人間の生き方の本道がある。

 ゆえに、真に強き者は、安逸を嫌い、むしろ進んで「圧迫」の壁に向かって挑戦する。その道以外に、自身の「自由」も「解放」も「革命」のないことを知っているからである。


【第19回本部幹部会 1989-07-14 世田谷区・東京池田記講堂】


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