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1992-12-06

『月刊ペン』裁判の真実


 以下に丸山実『「月刊ペン」事件の内幕』(幸洋出版)を参考にしつつ、『月刊ペン』裁判について、基本的な事実を記しておく。


月刊ペン1976年3、4号に、「四重五重の大罪犯す創価学会」などの見出しで、反・創価学会の特集が組まれた。それに対し池田誉会長らが誉毀損で告訴した。東京地裁は、1978年6、池田誉会長の下半身スキャンダル攻撃が、《表現方法も侮辱的、嘲笑的で、文体や内容も不確実なうわさや風聞を取り入れて》おり、誉毀損にあたると、被告人である『月刊ペン』編集長・隈部大蔵に“懲役10ヶ執行猶予1年”の有罪判決を宣告した。二審の判決も、被告・隈部大蔵側の「控訴を棄却する」であった。わざわざ上告しておきながら、隈部側は証人を1人しか立てられないというのが実状であった。


 さて、その後の最高裁である。むしろ、司法ではなく、“政治”に属する機関である。だから、一、二審を破棄し、東京地裁に差しもどした。この差しもどし審議中に、隈部大蔵『月刊ペン』元編集長が病死したため、裁判はその時点で棚上げになったのである。


 最高裁が差しもどしたというと、『月刊ペン』側が有利になったかに見えるが、事実はまったくそうではない。他人をあれこれあげつらったにもかかわらず、誉毀損を免れる場合がありうるとすればどのようなケースか。1.公共の利害に関するものである、2.目的が専ら公益を図るものである、3.内容が事実であるという3条件がすべてそろった場合のみである。


 第一審の判決は、記事のあいまいさ、いいかげんさをも指摘していたが、二審は1の条件を充たしていないからこそ、それだけで上告は成立しないと判断した。3条件がすべてそろわなければならないのだから、1を充たしていないだけで充分だと、判断したのであろう。最高裁はこの形式論理のワナに飛びつき、大きな団体の長である池田誉会長の場合、私的風聞は“公共をもつ”という一点だけのクレームで、全裁判の努力を無に帰せしめたのである。


 いいかえるなら、地裁、高裁、最高裁、差しもどし審を通じて、誰一人『月刊ペン』がこの3条件を充たしていると、つまり池田誉会長をターゲットにした下半身スキャンダル攻撃を“事実”であるなどと、客観的に認めた者はいない。これが“事実”のすべてである。


【『メディアは踊る 「反・創価学会」報道の本質』岡庭昇(三五館)1992-12-06発行】