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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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1995-01-26

「平和と人間のための安全保障」


「自体顕照」というごとく、自らの本然の個を、内から最高に開花させていく。しかも、その個は、いたずらに他の個とぶつかったり、他の犠牲のうえに成り立つものではない。相互の差異を慈しみながら、花園のような調和を織り成していく。そこに、教の本領があるのであります。

 典には、「鏡に向つて礼拝(らいはい)を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769頁)――鏡に向かって礼拝すれば、映る姿もまた、私自身を礼拝するのである――という美しい譬(たと)えがあります。

 教の精髄ともいうべき、万有を貫く「因果律」のうえから、他者の生命への尊敬が、そのまま鏡のごとく、自身の生命を荘厳していくという道理が示されているのであります。

 このように、人間や自然の万象は、縁りて生起する相互関係のなかで、互いの特質を尊重し、生かし合いながら存在していくべきことを促しているのが、教の縁起観なのであります。

 しかも、その関係は、まぎれもなく、万物と連なり合う宇宙生命への直観に基づくものであります。

 なればこそ法では、“森羅万象のかけがえのない調和を絶対に壊してはならない”として、一切の暴力を否定するのであります。


【ハワイ・東西センターでの記講演 1995-01-26】

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