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1995-11-02

トリブバン大学講演「人間主義の最高峰を仰ぎて 現代に生きる釈尊」


 釈尊の人格を構成するもう一本の柱は「慈悲の大海」の姿であります。

 慈悲の第一のメッセージは、「人類の宇宙的使命は慈悲にある」という使命論であります。釈尊にとって、まさに「宇宙は慈悲の当体」であり、自らの振る舞いは、その慈悲の体現でありました。

 宇宙の森羅万象は、一切が「縁起」、すなわち、縁りて起こっている。お互いに支え合っているがゆえに、何ひとつ無駄なものがない。また味がないものはあり得ないというのであります。

 その相互依存の「糸」を活用して、宇宙は生命を育み、この地球上には、人類をも誕生させたわけであります。

 法では、現代天文学の知見とも一致して、この大宇宙の他の天体にも、知的生命が活躍していると論じております。まさしく、宇宙それ自体が創造的生命体であり、尊い慈悲の顕在化であると見ることができるのであります。

 釈尊は、生まれ故郷である貴国を目指していたとも推察される“最後の旅”の途上、訪れた町で豊かに生い茂る木々を見つめながら、繰り返し、「楽しい」「楽しい」、「美しい」「美しい」との慨を漏らしておりました。

 生涯、広大な大地を歩きに歩き、民衆救済の平和旅を貫いた釈尊の慈悲が、宇宙生命の永遠なる慈悲の律動と共鳴していた姿であると私は信ずるのであります。

 翻って、近代が直面している一番大きな課題は、「生きる味の喪失」であります。

 何のために生きるか。人間とは、一体、何か、人間は何のために生きるのか――。生きる「味」を見失った現代人は、「味への渇望」に身を焼きながら、社会からも、自然や宇宙からも孤立し、疎外のなかを、さまよい続けております。

 法の慈悲論は、この地球上に誕生した人類の使命は、宇宙の慈悲の営みに参画し、その創造のダイナミズムを高めつつ生き抜くことにあると明示しております。

 つまり、万物を育み、繁栄と幸福に導く慈悲の行動こそ、宇宙より人類に託された使命であり、この使命の自覚と達成にこそ、「生きる味」があると釈尊は呼びかけているのであります。

 このような慈悲論は、今日において、一人一人の人間を尊重しゆく「共生の文化」を養い、地球環境と共栄しゆく「自然観」を培っていくことでありましょう。

 そして、更には、「分断」から、「結合」へ、「対立」から「融和」へ、そして「戦争」から「平和」へと人類史を軌道修正させゆく、菩薩道の行動を促してやまないのであります。


【トリブバン大学での記講演 1995-11-02 ネパール・カトマンズ、インタナショナルコンベンション・センター)】