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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2003-01-27

試練か訓練か


 試練が人格を鍛え上げ、訓練が人間を作り上げる。とはいうものの、最近では訓練を受ける風潮自体が極めて薄れている。どこの組織を見ても、嫌われ役は一人もいない。


 理由は何だろうか? 単なる遠慮か。あるいは幹部の自信のなさか。気づいていながら注すらできない臆病者も多い。結局、無責任の現れであり、信が弱くなっている証拠といえよう。


 訓練を受けてない人は、試練によって人間革命・宿命転換をするしかない。否応(いやおう)なく戦わざるを得ない状況になった時、初めて信が深まる。


 学会幹部として求められる資質は、他人の配ができる能力といってよい。同の人は、気づかぬ内に宿命転換も進む。例えば、病気で悩んでいる人に関わって、一緒になって題目を唱え切ってゆく。励ましに次ぐ励ましを送ってゆく。こうした振る舞いによって、自分自身の病気の宿命をも転換してゆくことが可能となる。


 学会活動とは、ありとあらゆる種類の悩みを持つ同志を、守りに守り抜いてゆく作に他ならない。責任に燃えるリーダーであれば、「本当に自分の行動はこれでいいのか?」という自省のに駆られる。当然の帰結として先輩に指導を求めるようになる。真剣な求道に応えるべく、先輩の指導は厳しいものとなる。これこそが、理的な戦うリズムだろう。


 組織から信指導がなくなってしまえば、町内会と変わらない。形式的な会合になってしまえば、近所の寄り合いと一緒だろう。


 慈無くして詐(いつわ)り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり(139頁)


 其れに付いても法華経の行者は信に退転無く身に詐親無く一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥(たしか)に後生は申すに及ばず今生も災延命にして勝妙の大果報を得(え)広宣流布大願をも成就す可きなり(1357頁)


 今日一日の出会いに「詐親」がなかっただろうか。ひたぶるに互いの向上を望んで今世の契りを深めることができだろうか。これ以上、大事にすることはできない、これ以上、尽くすことはできない、という限界に挑みたい。

2003-01-26

国連中心に「人間の世紀」を建設


 具体的に「人間本位」「民衆本位」の地球社会を21世紀に建設するための方策について、論じておきたい。

 その多くは、いうまでもなく国連の場で、あるいは国連を媒介にしての展開が期待されますが、その前に、アメリカの単独行動主義が目立つのと反比例して、唯一のグローバルな国際協調の場としての国連システムの地盤沈下が指摘されているのは、憂慮すべき事態です。安全保障理事会における常任理事国の拒否権行使によって、機能不全と極論されることもあった国連に、冷戦後、スポットライトが当でられ、活気を帯びだして長くはありません。しかし、早くもアメリカを中とするパワー・ゲームに翻弄され、恒久平和と人類益を志向する“カント的なもの”が姿を消し、主権国家同士の権益がせめぎ合う“ホッブズ的なもの”ばかりが横行しており、このままでは歴史の歯車は逆回転してしまう。当面、他に代わるべき組織はないのですから、そうした事態だけは避けてほしいといます。少数見の尊重、「弱者」の声にも耳を傾けることが民主主義の鉄則であるとすれば、それは、アメリカが標榜する普遍的理に沿った選択なのではないでしょうか。


【第28回「SGIの日」記提言/聖教新聞 2003-01-26】

2003-01-22

大野利夫


東京・足立区 会社経営 59歳】


 我が家は貧乏のどん底で46年前に入会しました。当時、私はまだ中学3年生でしたが、一回り年上の男子部の先輩に、会合に連れて行ってもらうのが楽しみでした。


 の温かい人で、電車やバスに乗る時は、いつも自分で切符を買って、そっと私の手に握らせてくれました。


 夏季地方折伏の帰途、あることで、先輩が労して旅費を工面していたと知った時は、ありがたさと申し訳なさでわず泣きました。


 ある日、私が「将来、働いていっぱい返しします」と言うのを聞いた先輩が、夜空を見上げながら、「僕は、君がいくらお金を稼いでもうれしくないよ。広布の人材になることが一番うれしいんだ」と言った一言が、忘れられません。


 今も健在で、私を見守り続けてくれている先輩は、私の誇りです。


【「みんなの広場」/聖教新聞 2003-01-22】

2003-01-16

ガンジーの一生


 学校の成績は中位で、臆病な生徒。

 しかし並はずれた道徳の持主。

 18歳でイギリスへ。

 弁護士資格を得、

 友のためにアフリカへ渡る。

 そこで直面したのは、

 人間の人間に対する差別と侮辱。

 その体験が人生の一大転機。

 彼の地における21年間で芽生えたのは、

 非暴力による不屈の精神。

 獲得したのは、国際的な賞賛。

 そしてこの信と確信を胸中に

 1914年、帰国する。

 しかし、母なる祖国インドは

 イギリスの植民地。

 抵抗と闘争の中、

 度重なる逮捕と投獄を甘受する。

 断食もいとわず、

 聖なるものの面前において

 恥じることのない“真我”を追求。

 宗教の融和に努め、

 カースト制度の廃止にもを砕く。

「私の人生の行動は、人類への

 奪うことのできない愛から生じる」――

 この信ゆえに、非暴力を徹底。

 そして、女への限りない敬

 青年への期待と熱

 人々への絶対的信頼と賛を表出した。

 その人のは、

 マハトマ・ガンジー

 彼の運動を象徴したのは、“塩の行進”。

 イギリス人に専売されていた塩を

 自分たちの手で作らんと、

 アーシュラムから海岸までの385キロを

 24日間かけてゆっくりと歩く。

「善きことは、カタツムリの速度で動く」

 それは数百万人の

 奇跡の大運動となった。

 こうした闘いを重ねて1947年、

 インドは200年にわたるくびきを断って、

 悲願の独立を達成。

 しかしその翌年、

 一人の狂信者の凶弾によって、

 ガンジーは78年の生涯に終わりを告げた。

 最後の言葉は

「その青年を許せ」であったという。




 荼毘(だび)にふされたラージガートに、

 ガンジーの碑文が刻まれている。


『七つの社会的罪』 Seven Social Sins

 1.理なき政治  Politics without Principles

 2.労働なき富   Wealth without Work

 3.良なき快楽  Wealth without Conscience

 4.人格なき学識  Knowledge without Character

 5.道徳なき商  Commerce without Morarity

 6.人間なき科学 Science without Humanity

 7.献身なき信仰  Worship without Sacrifice


 マハトマ・ガンジーのこの魂の箴言(しんげん)は、

 人類への

 普遍的な問いかけである。


【山田養蜂場:広告/聖教新聞 2003-01-16付】

2003-01-10

水間芳子


【57歳 圏副婦人部長(婦人部本部長兼任)愛媛県・保内町】


プロローグ


「お父さん、お母さん、勝ちましたね! 本当におめでとう」――来賓祝辞に立った新婦の上司が、開口一番、そう語った。先月28日に松山市内のホテルで行われた、結婚披露宴。予期せぬ言葉に、新婦の母・水間芳子さん(57)=川之石支部、圏副婦人部長(婦人部本部長兼任)=の瞳から、大粒の涙があふれた。


 原因不明の慢多発関節リウマチと闘って26年。陰で支えてくれた夫・弘運さん(59)=保内支部、副本部長(支部長兼任)=とともに、3人の娘を育て、全員を創価大学に送り出した。昨年9月に嫁いだ三女・玉井令恵さん=松山市、土居田支部、ブロック担当員=に続く、長女・晴子さん=砥部町、宮内支部=の晴れ姿。信仰の書びにあふれた母と娘が、いを綴った。


母の手記


 私たちが信できたのは、晴子のおかげでした。小さいころから引っ込み案だった晴子が、配で配で。そんな私を見かねた姉が、お題目を唱えては、と励ましてくれました。


 実際に唱えると、不議なくらいが軽くなるのです。反対する夫を何とか説得し、娘たちと入会したのは、1976年(昭和51年)のことでした。


 晴子はまだ五つ。でも、いつも私の隣で、題目をあげていました。その晴子が、見る見る積極的になっていくではありませんか。私の信の原点となりました。


 翌年、病が私を襲いました。慢多発関節リウマチでした。錐で傷口をえぐられるような鋭い痛みが、全身の関節を襲うのです。


 身体にちょっと触れられても、跳び上がるほどの痛さ。起き上がりたくても痛くて手を付けない。あごの関節が痛くて、食事もほとんど取れません。トイレに行く回数を減らすため、水分も極力取らず……体重が38kgまで減った時もありました。


 強力な痛み止め薬を、飲みました。しかし、飲み続けると身体に負担がかかるため、常用はできませんでした。


 薬を飲まない日は、夜中も激痛に襲われました。毎晩、うめき声で娘たちを起こさないように、タオルを口にはさんで耐えました。「この痛みと一生付き合っていくことを覚悟してください」――医師の言葉が脳裏をよぎります。


 そんな私を、娘たちが励ましてくれました。3人で力を合わせて、家事もしてくれました。晴子と香代=二女・圏女子部長=が、買い物や掃除を、3歳だった令恵まで、エプロンを着けて「きょうは私がお母さん!」と言っては、できないなりに、台所で洗い物をしてくれるのです。


 健気に手伝ってくれる娘たちを見て、私は胸の中でいつも祈るのでした。“この子たちを、必ず立派に育てます! 広宣流布の人材に!”と。


 夫は月の半分が出張。婦人部の先輩が毎日のように食事を作りに訪れてくださり、学会同志のありがたさを痛しました。


 発病して1年がたったころから、“薄紙をはぐように”痛みが軽くなっていきました。


長女の手記


 母はいつもお題目を唱えていました。そして、口癖のように話す言葉が三つありました。


「お母さんの身体はね、今はこんなでも、必ず良くなるからね! 『冬は必ず春となる』のよ」「お父さんが信できるように、皆で祈ろう!」「池田先生のもとへ、創価大学に行こうね」――母は、膨(ふく)れた手を合わせながら言うのです。その確信あふれる言葉が、私たち姉妹の希望でした。


 私自身、小学校に上がる前から勤行に励み、母を手伝ったのも、“お母さんと一緒に頑張り、お母さんの祈りをかなえたい”との一からでした。


母の手記


 80年、夫の転勤で、仙台から愛媛に戻りました。そのころには、多少は動ける身体になっていました。


 私は、“絶対に宿命転換しよう”と決し、聖教新聞の配達を始めました。しかし、いとは裏腹に、疲れやすく、なかなか足がついていきません。


 その時も、娘たちが手伝ってくれたのです。特に就学前だった三女の令恵は、毎日、三輪車に乗って、「私たちが配った分だけ、お母さんが楽になるんでしょ?」と言いながら、一緒についてくるのです。その姿に、幾度も胸が詰まりました。


 身体は、見る見る良くなっていきました。その姿を見て、84年、ついに夫も入会。翌年4月、愛媛青年平和文化祭で、夫妻そろってダンスの演技に出場することになりました。


 本番一週間ほど前の夜でした。練習が終わって帰宅すると、家中に小さなメモが張ってあるのです。玄関、壁、ドアノブ、果ては蛇口や箸置きにまで。そこには「あと少しで先生に会えるよ、頑張ってね」「お父さん、運転に気をつけてね」「お母さんの分、お題目あげてるからね!」……1枚1枚には、娘たちの前も書いてあります。私は、その文字に込められた娘たちの優しさに、疲れも痛みも忘れ、泣きながら3人を抱きしめました。


 当日、文化祭に出席された池田先生の前で、夫とともに元気に踊ることができました。そして誓いました。“先生、これからは、私の人生すべてを、人々の幸せのために使っていきます!”と。


長女の手記


 文化祭を大成功に終え、母は毎日、元気に活動へ出掛けていきました。帰宅すれば、「きょう、○○さんと法対話してきたの!」と、うれしそうに話すのです。母の話を聞くのが、私の楽しみでした。


 支部婦人部長に任命された88年には、母はあの身体で運転免許も取得しました。そして95年からは、全長約40kmの“日本一長い”佐田岬半島を含む西宇和本部の婦人部本部長としてはつらつと活動する毎日でした。


 女子部で本部長を務めた香代が驚いていました。「私の友人は、あなたのお母さんさんの体験を聞いて入会できたんです!」「お母さんの明るさと体験にひかれて発しました」と、あちこちの女子部員から謝され、あらためて母の偉大さを実したと言うのです。


 私たち姉妹は順番に、89年、91年、93年と、創大に入学し、池田先生のもとで鍛えの青春を送ることができました。母の祈り、そしてもちろん、グチもこぼさず懸命に働き続けてくれた父のおかげ、と謝でいっぱいです。


母の手記


 リウマチの合併症と言われる強膜炎を患い、失明寸前になりましたが、信根本で乗り越えました。


 昨年、十数年ぶりにリウマチの検査に行くと、変形した手首の関節を検査した医師が、「病期は、ステージ4(末期)です。本当に痛みがほとんどないのですか?」と、目を丸くしていました。


 幼き日、娘たちに告げた祈りは、すべてかないました。今うと、身体が不自由な分、何倍もの“”で勝負できたからだといます。これからも、婦人部の先輩として、娘たちに負けてはいられません。


長女の手記


 最後に、披露宴で読み上げた、両親への「贈る言葉」を――。


「お父さん、かつては信反対だったのに、創大に行かせてくれて、本当にありがとう!

お母さん重いリウマチもにもかかわらず、いつも太陽のように励ましてくれたありがとう!

これからも、婦人部の良き先輩として、いろいろと教えてください。


晴子より」


【聖教新聞 2003-01-10付】

2003-01-02

『「太陽の世紀」へ 地球市民の哲学を語る』


 森羅万象は「縁(よ)りて起こる」のであり、相互に関係しあいながら存在している、そして人間の生命も、他の人間やすべての生命体、さらには宇宙の法則とつながっている。


ヘイゼル・ヘンダーソン対談(主婦の友社)】