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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2003-06-28

名字の言


▼明治維新の功により「古今無類の忠臣」とたたえられた西郷隆盛が、征韓論に敗れて政府を去り、1877年西南戦争を起こした。戦端が開かれるや、マスコミはこぞって西郷を「逆臣」「賊臣」と批判。そのさまは「西郷に私怨(しえん)あるものか」とわれるほど▼定見のないマスコミに怒ったのは福沢諭吉。同年、彼は『丁丑(ていちゅう)公論』を著して、「官」が許せば何でも行う「官許の讒謗(ざんぼう)」の不当を説き、あえて西郷の「抵抗の精神」を評価した▼小説『新・人間革命』では現在、1970年の「言論・出版問題」の経緯が綴られている。民衆の幸福を願い、行動してきた学会を、マスコミや宗教界、国会がこぞって讒謗。「創価学会に私怨あるごとく」だった▼その様子に、評論家・加藤周一氏は「丁丑公論私記」を書いた。「言論の自由」を振りかざし、学会攻撃をするマスコミこそ「『言論表現の自由』の侵害の状況そのもの」と指摘。「官許の讒謗」とは「官利」のための攻撃にほかならず、マスコミの「抵抗の精神」を失った姿こそ、むしろ問題である、と▼かつて「讒謗律」「治安維持法」など、言論の自由に抑圧的だった日本。この国にとって「民」のを代表する学会の存在は、ますます大きい。(佳)


聖教新聞 2003-06-28付】