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2003-07-13

カナダ


上野久仁子 カナダ・バンクーバー(60歳)】


 カナダでの池田先生との出会い。生涯、あの光景は忘れないでしょう。それだけでも“宝のドラマ”です。それが……。驚きました。身体中が動で震えました。


 615日付の聖教新聞で、先生の地球紀行「我がふるさとは世界」の「カナダ優しさの空間」に、そのドラマがつづられているのです。


「私はモントリオールから、西のバンクーバーへと飛んだ。ここで、私は『人生の虹』に出会った。総会へ行くと、会場の一番後ろに、車椅子の婦人がいた。シックな服。50歳くらいだろうか。私は、まっすぐに近寄っていった」――。


 1993年。先生の3回目のカナダ訪問の折、私はバンクーバーでお迎えしました。会場に入ってこられると、先生は後方にいる車椅子の私を見つけられ、を掛けてくださったのです。


 紀行文の言葉です。


「えらかったね。よく頑張ったね。みんなの模範だね」。身にあまる言葉です。


 私は大阪に生まれました。10代で両親とカナダへ。そして、バンクーバーで入会。アクシデントはその後でした。1966年、ロサンゼルスへ車に乗せてもらって向かう途中、交通事故で半身不随になりました。24歳でした。その時、妙法に巡りあっていなかったら、私の勇気と挑戦の人生は幕を閉じていたでしょう。


 同志に支えられ、励まされ、今日の私があります。先生は、すべてご存じでした。先生は、私の人生を“太陽の光”のような温かさで見守ってくださいました。だから、私は勝てました。事故から36年の歳が流れました。だいぶ覚が戻っています。新たな挑戦の欲がわきます。


 池田先生と初めてお会いした時のことを「ああ、前にトロントの空港で会った。皆と見送りに来てくれた日系の女だ」と。また、驚きました。そこまで覚えてくださっていたのです。


 そして、バンクーバーでの「元気そうだ。幸せそうだ。よかった」との“の言”。胸奥に強く響きます。


“一人との出会い”をこれほど大切にされる指導者がいるでしょうか。“先生への謝”が、私のカナダ広布への支えです。同志の方々をから励ましていける白身に成長します。


【「」/聖教新聞 2003-07-13】