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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2003-12-31

希望なき人生は生ける屍


 希望なき人生、未来を持たぬ青年は、生ける屍(しかばね)に等しかろう。さらに、人生で最も優れた人とは、青年期にもった理、青年時代に築いた夢をば、一生涯貫き通してゆける人だ。


【『私はこうう』(毎日新聞社)1969-05-03発行】


 水滸会の教材でもあった『モンテ=クリスト伯』について先生は、「若き日の誓いを生涯にわたって果たそうとしたこと」に注目されていた。


 希望を抱くことは、今の自分の中に希望を実現できる可能を自覚することだ。目標のない人生は、バーのない走り高跳びのようなものだ。一生涯の理、10年後の希望、今年の目標、今日の課題をにらみながら、今を計画しよう。

2003-12-30

僣聖増上慢を倒せ!


極悪との闘争に妥協なし」の続き。


 大聖人は僣聖増上慢を指して「出家の処に一切の悪人を摂す」(228頁)と仰せだ。続けて「当世日本国には何れの処ぞや、(中略)よくよくたづぬべし」(同頁)と強く教えられている。


 邪宗日顕宗の登場によって、この御聖訓は現実のものとなった。ある古参の副会長が言った。「今まで、僣聖増上慢というのは、政治権力だとか、マスコミだとっていたが、どうしてもしっくりこなかった。日顕宗の登場によってスッキリと明確に御書を拝読できるようになった」。


 聖人と愚人との問答形式で書かれた「聖愚問答抄」にこのようなやり取りがある。


 愚人が言うには「誠に一人として謗法ならざる人はなし、然りと雖(いえど)も人の上沙汰してなにかせん只我が中に深く信受して人の誤りをば余所の事にせんとふ」(495頁)

《本当に、謗法を犯してない人は一人としておりません(そのことはよくわかりました)。しかし、他人のことを、あれこれ責めても仕方ありません。ただ自分のの中で深く(正法を)信授して、他人の誤りには関わらないようにしようといます》


 これに対して聖人がこう答える――


 聖人示して云く汝言う所実にしかなり我も其の義を存ぜし処に経文には或は不惜身命とも或は寧喪(ねいそう)身命とも説く、何故にかやうには説かるるやと存ずるに只人をはばからず経文のままに法理を弘通せば謗法の者多からん世には必ず三類の敵人有つて命にも及ぶべしと見えたり、其の法の違目を見ながら我もせめず国主にも訴へずば教へに背いて弟子にはあらずと説かれたり(496頁)


《あなた(愚人)が言うことは実にもっともです。私もそうっておりました。しかし、経文には、「身命を惜しまず」とも、「寧(むし)ろ身命を喪うとも」とも説かれております。なぜ、このように説かれているかと考えるには、「ただ他人を恐れることなく、経文のままに法理を弘通していけば、謗法の者が多い世には、必ず三類の敵人が現れ、そのために命にも及ぶにあう」と経文に記されているのです。また、法上の誤りを見ながら、自らも責めず、また国主にも訴えて悪をたださなければ、の教えに背くことになり、もはや弟子ではないと説かれております》


 この問答を浅く受け止めてはなるまい。世間では愚人の発言の方が通用するだろう。ある面で、常識的であり、それなりの節度を保っているように見えるからだ。だが、その根っこにあるのは、極悪を放置しておきながら、我が身の幸福だけを願う保身に過ぎない。大聖人が“愚人”として位置付けられていることを深く銘記すべきだろう。本質的には、信が確立してないために、悪を悪と見破ることができずして、世法に流される結果となっている。


 日顕問題勃発後、創価新報の記事を見て、「僧侶の悪口ばかり書いてる新聞は読みたくない」という人々が一部にいた。そして今度は紙上座談会を読んで、「品位に欠ける」「人権的に問題がある」という人々が現れた。先に挙げた愚人の考えと似通っているとうのは私だけではあるまい。


 また紙上座談会を批判する人の特徴は、特定の表現を問題にしつつ、日顕宗に対する怒りが薄れてしまっているところにある。悪との闘争において、取るに足らない表現方法をあげつらう内に、黒いシミのような不信が芽生えていることに気づかない。


 先生は先の「聖愚問答抄」の御文を引かれ、次のように指導されている。


敵」との戦いなど、他の誰かにやらせておけば、気楽であろう。自分も傷つかず、疲れず、「いい子」でいられるかもしれない。だが、それでは、まことの弟子とはいえない、と仰せなのである。本当の「功徳」も得られない。「歓喜」もわかない。「成」もない。

「悪とは徹底して戦え」と御本が仰せなのである。ゆえに私どもは、誇りをもって、断じて戦う以外にない。同じ戦うのであれば、「楽しく」「痛快に」「悠々と」戦いたい。


北海道大勝利大会 1992-08-29】


「徹底して」という一点にを合わせられるかどうか――ここに仇討ちの魂がある。敵は倒すまで戦うのが法の精神である。つまらない慈悲が蟻の一穴(いっけつ)となることを恐れるのみ。

科学するものに正邪あり


 科学そのものには正邪はないが、科学するもの、科学を操作するものの生命状態には、あきらかに正邪がある。その生命の状態、ある瞬間の一が、原水爆の悪災害さえも生むのである。時代は、一の狂いが、人類の絶滅さえ起こしうるところまできてしまった。


【小説『人間革命』第9巻 1976-10-12発行】


 十界のいずれの境界(きょうがい)に生命が支配されているか。科学する目的がそれで決まる。


 近年においては、「バイオテクノロジーの特許」が話題となっているが、商用目的の謗りを免れることはできないだろう。金の成る木に群がる様は、三悪道・四悪趣そのものと言ってよし。

2003-12-29

持続それ自体が力


 強盛な信仰の第一条件は、まず、地道な行学の水のごとき持続であると申し上げたい。持続はそれ自体、すでに力であります。(中略)それも単なる平坦な持続ではなく、求道と向上の持続でなければなりません。


【男子部中期全国指導会 1972-08-02】


 流れゆく水は清らかだ。流れが止まった水は澱(よど)み、腐ってゆくことを免れない。落差があればあるほど勢いを増し、水しぶきを上げる。


 船に積まれている飲料用の水は腐らないそうだ。船が常に揺れているのがその理由だという。一切法皆是法。

2003-12-28

折伏の意義


 折伏ということを現代的に位置づけておきたい。折伏とは、人間としての共通の悩みに一緒になってしみ、それを語り合いながら、人間としての生き方に目覚めてゆくことである、と考えられる。言い換えれば、折伏とは自他ともの人間精神の覚醒運動であります。


【男子部前期全国指導会 1972-07-31】


 折伏は、勧誘にあらず、営にあらず、説明にあらず。魂からの叫びが友のを動かす。真剣・誠実・正義が友のを撃つ。策や要領が微塵でもあれば敗北と知れ。

2003-12-27

観念論はどこまでいっても観念論


 問題は、それがどこまで“実現できるか”というただの一点に尽きるわけです。

 観論は、どこまでいっても観論であります。実践、実現は至です。実践するか否かで、人間としての偉さが決まるのです。みなさんは、どうか仲良く団結して、これからの課題に、誇りと忍耐と明朗さをもって、世界第一の青年として、前進していっていただきたい。


【第1回北海道青年部総会 1973-09-09】


 水の上に右足を出す。その足が沈む前に左足を出す。更にその足が沈む前に……。こうして考えると水の上を歩くことも可能だ。これを観論という。


 若い内は中々持続力がつかず、決倒れで終わってしまうことも多い。雪山の寒鳥は決倒れのまま人生を終えてしまう。本化地涌の菩薩である我々はそうであってはならない。何千回、何万回、何億回と決をし、最後には何が何でも実現してみせるという気概を持つべきだろう。


 戸田先生は会長就任にあたり、「75万世帯の折伏は私が必ず行う。もしも、これが達成できなければ、私の遺骸は品川沖に投げ捨てよ!」と大宣言を発せられた。決は言葉にしなければならない。を積み、口を積み、そして身を積んでゆくリズムが正しいとわれる。行躰(ぎょうたい)即信であることを深く銘記したい。

2003-12-26

惰性が仏法を腐らす


「諸君は、去年も活躍したようにっているだろうが、実際は惰に流された活動であったのです。僕が講義をし、僕が座談会へ行く。そこだけにしか学会活動はなかったといってよい。僕がいないところでは、なんの活動もなかった。こんなことでは正法の久住は嘘になる。観だけだということになる。座談会に私がいようがいまいが、どしどし折伏活動を前進させなくてはならない。私のあとをつけまわすだけが信ったら、大間違いです。それでは惰になってゆく。大聖人様の法をいつのまにか腐らすことになる。本当に怖いことだ」(戸田先生


【『人間革命』第3巻 1967-03-16発行】


 小説『人間革命』は20代で7度読んでいる。今年は『新・人間革命』の通読を決。上記指導は第3巻であるから、まだ戦後間もない頃の話だ。地方折伏を行い、戦前の牧口門下生からポツリポツリと連絡が寄せられていた。池田先生は第2巻で入会されているから、昭和23年後半ぐらいか。ご存じのように、第3巻では復員した和泉副会長の壮絶な体験が記されている。


 学会を再建せんとする戸田先生は、ひたすらご自身の分身を望まれていたことだろう。弟子の自覚を促す指導の内容は厳しい。


 この後、第5巻にて戸田先生が第二代会長に就任され、「雁(かり)がね行進は打ち切る。驀進(ばくしん)あるのみ!」と宣言され、若き池田先生が蒲田支部へ派遣される。願である75万世帯の本因が決定された瞬間である。

2003-12-25

君ありて 嵐の学会光さす


 君ありて 嵐の学会光さす 妙法の指揮 不議なりせば


【『和歌・句集 こころの華』(聖教新聞社)1982-08-24発行】


 この歌は、第3代女子学生部長就任を祝して『池田会長講演集』第2巻に揮毫されたもの。日付は昭和45年624日となっている。言論問題の渦中で任命された女子学生リーダーに、これほどまでの期待を寄せられていることに驚きを禁じ得ない。婦人部があって、女子部があって、女子学生部があるという関係ではない。師の生命世界にあっては、「君と私」という師弟直結の関係しか存在しないことを知る。


 最もしかった男子部部長時代に、私がしがみつくようないで、胸に抱きしめていた歌。

ご挨拶


 ここは「創価スピリット」で紹介した指導の覚え書きblogである。(「創価wiki」で開始、2006年926日に「はてな」へ引っ越し、「創価王道」に)


創価スピリット」は2003年1225日から発行。この日は、私が青年部時代に過ごした地域の中会館を、先生が最後に訪れた日である。若き日の誓いを、青年部のその時以上に燃え上がらせるために、今再び先生の指導をして拝して参りたい。


 尚、ここに綴ることは個人的ないとなる故、私の主観が色濃く出る場合もあろう。飽くまでも参考程度にして頂けると幸いである。


 紹介するのは、いずれも指導全体のわずかな一節であるが、深く索し、広布最前線での格闘の中で体得してゆきたい。


 ご見→「創価仏法研鑚掲示板」管理者へのお問い合わせメールマガジンに返信


 コピー、転載はご自由に。以下のURLを明示して下されば、よござんす。

 http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/


blogによる大研鑚運動の提唱


 blog(またはweblog)とは、個人による情報発信サイトのことをいう。ただ、これは広義であって、一般的には、トラックバック機能のあるサイトシステムを味する。トラックバックとは、他サイトの関連情報や関連記事をリンクした際、pingで先方にリンク通知が送信される機能だ。これを活用すれば、御書や学会指導などの大研鑚運動が可能となる。はたまた、見知らぬ同志と一冊の書籍を学び合うことも直ちに行える。


 パソコンを初める際に、キー操作の練習を兼ねて、指導の入力をしている学会員も多いことだろう。私自身、先生の指導を7万字入力した時、タッチタイピングをマスターしていた。


 学会系の掲示板などに貴重な情報が書かれていることもあるが、掲示板ではどうしても体系立ててゆくことが困だ。一方、blogを使えば、たとえわずかな情報や索であっても、トラックバックによって直ちに他の情報と結びつけることができる。リンクというつながりは、どこか縁起(えんぎ)をわせるものがある。また、Web空間それ自体が虚空会(こくうえ)によく似ている。更に、blogによる共同作は、脳内でシナプスが結び合う様を連させる。


 我々の闘争の現場は、広布最前線の組織であることは言うまでもない。だが、日々、精神への滋養を与えて下さる師匠の指導を書きとどめ、我が索と行動を記し残してゆくことが、多くの同志に勇気と希望を与えることは間違いない。


 blogを立ち上げた方は是非ともご連絡頂きたい。

2003-12-21

組織利用の定義


MLに投稿したもの】


 いつくままに書いておきます。尚、気づいた点がありましたら、ご助言下さい。


 私の地域では、「自ら好んで購入した場合は致し方ない」という指導があるそうです。先ほど地区婦人部長から聞きました。これを完膚なきまでに破折しておきます。兵庫の上井夫妻みたいのが出て来たら大変ですから。


 創価学会広宣流布を目指す信組織である。いかなる者であろうとも、この目的以外に組織を利用することがあってはならない。これが鉄則である。


 マルチ商法などに見られる人脈を開拓する販売方法は絶対にダメ。売る側の人間が善に基づいていたとしてもダメである。


 相手の役職が上だから買わなければならないという強制力を伴う場合がある。購入したことによって、買ってもらった側が厳しい話をしにくくなる。買った側が何らかの発言に対し「買ってあげたのに」となりかねない。金銭貸借の場合、小額であったとしても、こうしたことが起こりやすいことを銘記すべきだ。


 更に、それを見たり、聞いたり、知った学会員までもが、買わないといけないとい込んでしまうことも十分考えられる。「買わせられるのかな?」というの負担にもなりやすい。世間の目も、どこで光っているかわからない。


 結局、ある品物を購入した瞬間から、広布を目指す同志という関係が破壊され、売り手と買い手という関係になってしまう。利害に基づく堕落しきった人間関係といってよい。


 売り手は一度甘い汁を吸うと、組織の人々を、「買う人間」と「買わない人間」とのふるいにかける。そういう眼でしか周囲を見られなくなっている。かような人物が活動する目的は、最終的に物品を売ることに費やされるのは明らかだ。勤行・唱題をする際にも、一人ひとりのことを祈しながら、最後は「一人も漏れなく買ってくれますように」となっていることだろう。


 こういう存在は、広布の組織を破壊する人物であり、厳を以て対処する必要がある。厳重注をした上で、その後、一度でも行った場合は、役職解任か除にする旨をはっきりと通告すべきだ。


 小売店やクリーニング店などの場合は、緩やかに考えても構わないだろう。但し、利益を得る側が、会員に対して「内の店に来て欲しい」と口にするのは、やはり組織利用の謗りを免れない。


 利益が生じない品物を勧めた場合は、当然、問題とはならない。


 昭和40年代初頭の頃は年賀状ですら禁じられていた。貧しい会員が幹部に気をつかって年賀状を出す必要など全くないことを示したものである。組織での宴席が禁じられているのも同様である。信と関係のないことで、会員に金銭的な負担をかけることがあってはならない。


 こうしたことを踏まえると、例えば結婚披露宴などに先輩が招かれた場合、これを断ることも自由であるということだ。「出席しなければ、今後の活動に支障が出るかな」などということは考慮する必要なし。「今は金がないから行かないよ」というわけにはいかないだろうから、「どうしても抜けられない仕事があって……」と上手く断ることだ。


 前にも書いたが、私は青年部を卒する際、先輩を送るための宴会には参加しなかった。「この景気の悪い時に、どうしてのうのうと後輩の金で酒が呑めるんだ?」ときっちり断った。記品は既に作成したとのことで、これは断り切れなかったが……。


 また、先生に差し上げるものを買うために、一部幹部でお金を集める場合もあるが、これも同様で高額になってはならない。本当はそんなことをする必要はないはずだ。個々人が真からの品を持ってゆけばいいことだ。5.3や11.18、1.2が近づくと、本部でとか、分区でなどといって支部長以上から金を集めるケースが時折、見受けられる。一人でも嫌ないをする方が出たら、幹部はを受ける覚悟をすべきだ。


 署や、記写真だって構わないはずだ。アルバムでもいいだろう。つまらぬ見栄を張って、高額な品物を買ってるところもあるようだが、そんなところで勝負する方がおかしい。どこまでも広宣流布の結果と、会員が功徳に浴している姿で勝負するのが学会魂ではないのか。


 どうしても、やりたいのであれば、中者が全て負担すべきだ。鼓笛隊が先生のポケットマネーから誕生したように。


「これぐらいは――」という油断が、会員を惑わし、組織を狂わせ、信を破壊することに、もっと敏になるべきだろう。




 これは余計な話になるが、ここ最近の刊誌『第三文明』に掲載されている広告は、その殆どが健康食品関連となっている。私は誌面を開く度に、猛烈な不安に襲われる。杞憂であればいいのだが……。

2003-12-19

詩聖・杜甫の像に寄す


 ともあれ、詩は「志(し)」である。胸中に湧き上がる烈々たる志(こころざし)をもって、人間のを動かし、社会を動かすのだ。

 それは、第一次の宗門事件の烈風が吹き荒れ、学会の悪戦闘が続いていた昭和54年11のことであった。

 その日、私は、神奈川で、深く信頼する若き闘魂の弟子たちと懇談した。

 席上、一人の青年が“師弟共戦”の誓いを述べ、皆で歌を歌いたいと言った。

 そして、20人ほどの凛々しき青年たちが、音吐朗々と歌い上げてくれたのだ。

「一献歌(いっこんか)」――西南戦争に参加した中津隊の若者たちを歌ったものである。


♪男の子じゃないか

      胸を張れ

 萬策つきて敗るとも

 天あり地あり師匠あり

 君 盃をあげ給え

 いざ我が伴(とも)よ 先ず一献


 青年たちは、長大な原詩から数聯(すうれん)を選び、一部、歌詞を変えて歌ったようだ。若き歌は、厳粛に響いていった。

 その歌を聴くと、微笑む師の顔が、私の胸に迫った。

「いい歌だ。もう一回」――結局、何度もアンコールした。

 正義の師弟ある限り、天地が無窮であるように、断じて行き詰まりはない。反転攻勢して、必ず勝ってみせる!

 私のは、厳然と晴れやかであった。


【「随筆 新・人間革命」364/聖教新聞 2003-12-19付】

2003-12-13

極悪との闘争に妥協なし


 時折、聖教紙上座談会への見をにする。云く「やり過ぎじゃないのか」、また云く「品位がなさ過ぎる」と。何となく一理あるような気にさせられる。


 同様の指摘は、同志社大学教授の渡辺武達(たけさと)氏の『聖教新聞の読み方――創価学会・機関紙のエネルギー源を探る』(三五館)にも書かれている。

 渡辺氏は非会員であるので措(お)いておこう。


 先に挙げた見は常識という次元では確かに正しいのだろう。何となく説得力がありそうにじるのもそのせいだ。


 善悪とは対社会的な価値である。他人の幸福に尽くすのが善であり、人々を不幸にする行為が悪である。悪にも大中小がある。物質的な損害を蒙らせるのは小悪か。また、直線的な人間関係で迷惑を掛けた場合も小悪といえるかも知れない。より多くの人々を不幸に追いやるような搾取的行為は中悪。誤ったや価値観などは、より大きな範囲に不幸を撒(ま)き散らすわけだから大悪といっていいだろう。


 そして、大善・極善を誹謗中傷することが大悪・極悪となる。我々は凡夫であるからにわかには理解しいが、殺人などよりもはるかに罪が重い。つまり、どんな凶悪犯よりも、学会の悪口を言う者の罪は重いのだ。これが法の理(ことわり)である。


 極悪に対して釈尊や大聖人はどのような闘争をされたのだろうか。少々長くなるが指導を引用しておこう。


 さて、現在、青年部は機関紙の「創価新報」等で、正義のための言論戦を展開している。それについて「あまりに激越すぎるのではないか」という見もあって、私も青年部にその見を伝えたのだが、全然、聞いてくれない(爆笑)。

 実は、法においては、敵に対しては容赦なく手厳しく追及していくのが、根本精神なのである。

 大聖人もそうであられた。釈尊もそうであった。


 例えば、釈尊と極悪の法破壊者・提婆達多との戦い――。

 それは、絶対に妥協が許されないとの戦いであった。釈尊は、提婆達多の「嫉妬」と「陰謀」のドス黒いを鋭く見破り、断固とした戦った。

 御書には、その様子を、「世尊・提婆達多を汝愚人・人の唾(つばき)を食(くら)うと罵詈(めり)せさせ給しかば」(205頁)――釈尊が、提婆達多を「お前は愚か者だ。人のつばを食べるような(下劣な)人間だ」と、罵られた――と。

 釈尊の言葉は厳しかった。激しかった。容赦なかった。多くの弟子たちの面前で、遠慮なく、提婆達多を叱責した。プライドを傷つけられた提婆達多は、凶暴な本を明らかにし、釈尊殺害を画策する。

 しかし、釈尊の破折も勢いを増す。「提婆達多が、その身において、またその語においてなすところは、もはや法僧のものではない。ただ提婆達多であるのみである」。

 形は僧侶であっても、その言動は法者のものではない。ただ提婆達多という、衣の下の“個人”が勝手に言い、動いているだけだ――と。

 また、「提婆達多地獄に堕して、一劫(測りがたい極めて長い時間)の間、もだえしむであろう』と、厳しく提婆達多を責めた。

 それは、ある味で、が発したとはえないほどの痛烈な言葉であった。

 弱き民衆に対しては、一人ひとりを抱きかかえるように守っている慈悲深き釈尊。その釈尊が、提婆達多に対しては、辛辣(しんらつ)を極めた。一体、なぜ、そこまでするのか――。


 一つの逸話が残されている。

 あるとき、提婆達多が結託していた阿闍世王の弟・阿婆耶(あばや)王子が釈尊を困らせようと、釈尊を食事に招いて、問答を挑んだ。

は、人が快くわない粗暴な言葉を吐くことはないはずである。なのに、それを発したとすれば、と凡夫との区別はないではないか」と。

 そう言えば、釈尊は返答に困るであろうという惑であった。釈尊は、相手が喜ばない言葉をが発しないかどうかは一概に言えないとして、王子を諄々と、さとした。

「王子よ、もしも、あなたの子供が誤まって小石を口に入れたとすれば、あなたはどうしますか」

 王子は、ちょうど、子供を自分の膝に乗せていたのである。「もちろん、子供のために、それを取り出します。簡単に取れなければ、指を口の奥深く入れて、たとえ血が出るようなことがあっても絶対に取り出します。それが、我が子に対する親の慈悲でしょう」

 それを聞いて釈尊は、きっぱりと言った。

が、人が快くわない不快な言葉を発するのも、それと同じことです。その言葉が真実であり、価値を生み、また多くの人をも救うのであれば、は時を見定めた上で言い切っていくのです。それは、すべて慈悲のから生じるのです」


 今、私どもが、堕落し腐敗しきった宗門に対して厳しい糾弾のをあげるのも、同じ方程式にのっとっているのである。決して世間的な単なる悪口などではない。法にかなった行動なのである。

 彼らは、師である大聖人に違背した敵である。言うべきことを言わなければ、大聖人の法が破壊されてしまう。皆が不幸になる。

 正法を守るため、民衆を守るため、激烈なまでに叫び、断固として言い切っていく――それが法者の精神である。「大聖人の信徒」としての当然の務めである(大拍手)。

 は言い切った分だけ切れる。中途半端であったり、妥協した分だけ、の毒気が広がっていく。

 この道理のうえから、諸君も真の法者、真のリーダーとして、ご健闘をお願いしたい(大拍手)。


【青年部幹部会、学生部第36回総会、未来部第5回総会 1992-09-12 東京戸田記講堂】


 この指導に全てが言い尽くされている。


 攻防戦の現場を知っている学会員であれば、常識が通用するような相手でないことは百も承知だろう。


 更に敵との闘争は、法正義を称揚することもさることながら、師匠仇討ちであることを忘れてはならないだろう。“魂の借り”を返すのに微塵の躊躇もあってはなるまい。


 我々は、「弾呵の」(15頁)をもって、「法を壊(や)ぶる者を見て置いて呵責駈遣挙処」(26頁)し抜く、法王道を歩む。