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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2004-02-06

誠実な振る舞い


 町で“今日は創価学会の池田さんの話があるらしい。寄席(よせ)や講談より面白いぞ”と話している人がいました。会合中に“いいねえ、池田さんは。どこから見ても絵になる”とつぶやく未入会の方もいました。

 指導会で、先生がある和歌を引用し上(かみ)の句を言ったところでつかえてしまわれました。すると場内から下(しも)の句を言った人がいました。先生は会合終了後、壇上から真っすぐその方へ歩みより、「ありがとうございました」と深々と礼をされたのです。その人は未入会でした。そしてこの先生の姿に銘してその場で入会を決したのです。これには本当に驚きました。(杉山芳男さん・当時ブロック長)


葛飾総ブロック長時代のエピソード 『大白蓮華2004-02号】


 若き先生の雄弁振りを物語ってあまりあるエピソード。この時、先生実に29歳――。誠実なる青年の振る舞いに、人生観を変える人あり。それは策でもなく、パフォーマンスでもなく、ありのままの人間の発露であった。何と劇的な場面だろう。


 幹部であれば一度、自分の話を録音してみるといいだろう。再び聞く気になるかどうか。聞くに堪(た)えないような話であれば、後輩に痛を与えているということになろう。雄弁を支える最大の要素は、真剣と智と勇気だ。責任と希望と覇気だ。何をどう話したところで、信の決なき弁舌は空しい。


 教主釈尊出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ(1174頁)


 この御聖訓の味が、の底から納得できる。


 久遠とははたらかさずつくろわずもとの侭(まま)と云う義なり、無作の三身なれば初めて成ぜず是れ働かざるなり、卅二相(さんじゅうにそう)八十種好を具足せず是れ繕わざるなり本有常住なれば本の侭なり是を久遠と云うなり、久遠とは南無妙法蓮華経なり実成無作と開けたるなり云云(759頁)


 この御文が胸に迫ってくる。

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