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2004-09-02

職場への遅刻


 戸田先生は叱った。

 職場にいつも遅れてくる職員がいた。

 あるとき、雷が落ちたごとく、その男に向かって怒鳴った。

「戦場にいつも遅れてくるとは何事だ!

そんな奴は、絶対に偉い人間にはなれない。一生涯、敗北の暗い不幸の人生で終わってしまうぞ!」

 そして、先生は言われた。

早く一番乗りして、人知れず掃除をしたり、職場全体を見渡し、仕事の準備に奔走する賢い人を、絶対に上司は見逃してはならない。その人を守り切るのだ。

 いつか必ず頭角を現し、偉い存在になることは、間違いないからだ」


【「師の指導を語る」3 聖教新聞 2004-08-18付】


 戸田先生と池田青年の邂逅(かいこう)は昭和22年814日。東京・蒲田の三宅ゆたか宅で行われた座談会でのことだった。これに先立つこと530日には、池田青年の長兄・喜一の戦死公報が届いた(昭和20年111日享年29歳。ビルマで戦死)。


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謝と決を即興の詩に託して吟ずる池田青年【内田健一郎画伯】


 爾来、57星霜――。池田先生は前代未聞の世界広布を成し遂げながら、尚、戸田門下生としての誠を貫かれている。813日付から新連載となった「師の指導を語る」は、戸田門下生としての新たな闘争である。


 先生は戸田先生との歴史を、絶対に単なる過去の出来事にしない。三世永遠に亘る師弟の原点として、更なる義を吹き込む。何と崇高な、そして、何と厳粛な生きざまだろう。


 戸田先生の逝去後、北海道に先生が行かれた際のこと。炭労問題で戸田先生が指揮を執っていた旅館へ足を運ばれた。先生は襖(ふすま)の前で、「大作、入ります!」と言われて部屋へ入った。去って去らず。戸田先生の魂は死して尚、巨大な大きさとなって先生の生命の中に脈動している。


 戸田先生は、職場でも、会合でも、一番先んじて駆けつけてきた人を、「今日は、彼が一番星だな」と愛(め)でられていた。そして、いつもいつも職場に真っ先に駆けつけていたその人こそ、若き池田先生であった。「先んずる者が人を制する」。そして、「遅参そのを得ず」である。


 その味では、全国の配達員さんは皆、一番星といえよう。人々がまだ眠りにつく中、雨が降ろうが、雪が降ろうが、日々、同志に先んじて広布の労作に汗を流して下さっている。このことに謝を忘れた人は、広宣流布の軌道から大きく外れてゆくことだろう。


 陰徳の人を見逃さないためには、自分自身が人知れず労する他ない。

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